テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第49話 砂漠の隊商、血に染まる白刃,血に染まる両手

「よぉし、イオンを助けに行くぜっ!!」

 

 とは言ったものの、冒険活劇か何かように「パッといく。」という訳にはいかず、宿場ごとに馬を換えて走り通した。初めは失っていた分別が尻の痛さと共に甦ってくるのを感じた時、彼らが到着したのは砂漠を越える人々を相手に道案内や護衛を「売り物」にして成り立つ町『レイモーン』であった。

 

 町とはいっても、砂漠の天候によって場所を変えるという(それゆえに『ケセドニアに案内する町に案内する』という商魂逞しい商売も成り立っているらしい)。テントや掘っ立て小屋が並ぶだけの不可思議な町だった。表向きには、ケセドニアの飛び地という事になっているらしい。

 

 元々ジェイドは、この町で砂漠を越えるための装備や人材を確保する予定だったらしい。しかし、予定通りではないのはルーク達の目的だ。ただ砂漠をまっすぐ越えられれば良かったのが、『ザオ遺跡まで大回りした上で、神託の盾騎士団を相手取り、イオンを救出する』という難事業が付いてしまったのだ。そんな面倒事に付き合ってくれる案内人は簡単に見つからないだろう。

 

 適当に「遺跡を観光したい」とでも嘘を吐いてしまえば良かったのかもしれないが、六神将たちが行った事を考えればそんな事はできなかった。いや、したくなかった。しかし、それで目的地に行けないのでは、本末転倒だ。

 

 困り果てた一行を見かねた案内人の一人が、

 

「なぁ、アンタら“王様”相談してみちゃあどうだい? もしかしたら、もしかするかもしれないぜ?」

 

 と、何故か自慢げに言うではないか。

 

 断った事を申し訳ないと思ったのか案内人は、こちらが聞いてもいないのに件の“王様”の事を話して聞かせてきた。

 

 彼の話を要約すると、“王様”というのはあだ名で、本当に王族というわけではない。持ち前の行動力と面倒見の良さ、剣の腕と堂々とした立ち振る舞いからこの町の案内人たちから信頼を集め、いつしかそう呼ばれるようになり、今ではこの町の若き長となっているとの事だった。

 

 そして、教えられた道を辿って行くと、大きなテントの前にたどり着いた。

 

 

 中でしばらく待つと、件の“王様”が現れた。“王様”は身の丈ほどもある大剣を背負い、鮮やかな紺色の革鎧を身に着けた若者だった。おそらくガイとさほど変わらない年齢だろう。

 

 ルークの抱いていたイメージとだいぶ違ったため

 

「アンタが“王様”か?」

 

 と、つい指を指して尋ねてしまう。なんとなく伯父であるインゴベルトのような人物を想像していたのだ。

 

 ガイが「ルーク」とたしなめるのを気にした様子もなく、“王様”は微笑み答える

 

「『砂漠の獅子王』には遠く及びませんが、町のみんなからはそう呼ばれています」

 

 と優雅に頭を下げた。彼の馬の尾のように高く結い上げた栗色の髪が揺れた。

 レイモーンの町あちこちで見かけた「どうも、野盗です♪」と言われたら、信じてしまいそうな他の案内人たちとは一線を隔す優雅な姿は役者絵から抜け出したかのようだ。

 

「初めまして、私はジェイド・カーティス。ご覧の通り、マルクト軍の者です。実は“王様”さんにお願いがあって参りました」

 

「ふむ、まずは御話を伺いましょう。力になれるかどうかは別にして……」

 

 微笑み交わすジェイドと“王様”。何時もの、良く解らない冗談ばかり言うジェイドとは何やら雰囲気が違う。

 

 そして、ジェイドは事情説明を始めた。思わず「そんな事まで話すのかよ?」と呟いてしまうような事まで話し、先程の案内人達にしていた時よりも熱が籠っているようである。

 

 王様は黙って、ジェイドの話を頷きつつ聞いていた。

 

「お話は分かりました。正直驚きましたが、砂漠に生きるレイモーンの民として見捨てるわけにはまいりません。お引き受けします。」

 

 王様は、いともあっさり微笑んだ。まるで買い物でも引き受けるかの様な気安さである。

 

「いやぁ、話が早くて助かります♪」

 

 ジェイドは引き締めていた相貌を緩めて、ずれてもいない眼鏡を直す。

 

「それで、手当てはいか程いただけるのでしょう?」

 

 王様は机の上に算盤を置いた。

 

「けっきょく、金かよっ!!」

 

「ルーク、お金は大事よ」

 

 ルークは何となく裏切られたような気がして思わず怒鳴りつけてしまった。一方、ティアは至って冷静だ。

 

「ハハ、申し訳ない。我々は商人です。みだりに安売りもしませんし、売り渋りもしません。我々はそれだけの事はある『商品』ですよ」

 

 王様は実に爽やかに微笑んだ。まったく屈託がない。己の力への自信が窺わせる。

 

「これは心強い♪ それでは私はこれから値段の交渉に入りますので、皆さんは待っていて下さい」

 

 とジェイドは言うや、算盤をはじき始めた。

 

 こうして砂漠を渡る準備が整うまで、ルーク達には不本意な猶予が与えられる事になった。

なったのだが、用意されたテントで早々に手持ち無沙汰に耐えられなくなったルークは立ち上がるなり、

 

「だぁ~、もうっ! オレ達も何か手伝おうぜ! 早く師匠に追いつきたいんだ! それにのんびりしてたら神託の盾の奴らイオンに何するか分からねぇ」

 

 のばし放題の緋色の髪を掻きむしり吼えた。

 

「おいおい、ルーク……。勝手の分からない俺達が、しゃしゃり出ても邪魔になるだけじゃないのか?」

 

 ガイは彼に「座れ、座れ」というように手の平を上下させて、宥めるが……

 

「そんなモン、言葉があるんだから、『コレはアソコに運ぶのか?』とか訊けば良いじゃねぇか。良いから行くぞ」

 

 しかし聞く耳を持たないルークは、そんなガイの腕をひっ掴み、無理やり走り出す。彼は近くで木箱を両肩に担いで運ぶラルゴ並みの大男に話しかけると、戸惑う彼から木箱をふんだくるなり勢いよく走り出した。

 

 そんな光景を見ながらコゲンタは頭を掻きつつ、

 

「しからば、わしも手伝うとしようかの」

 

 と苦笑し立ち上がり、小気味よく肩を回しほぐす。

 

「そうですね。これから、しばらくご一緒するわけですし……。親睦を深めるのは大切ですよね。それに、イオン様やアグゼリュスの人たちの事を考えれば……」

 

 コゲンタの言葉に頷いたティアとアニスは立ち上がりかけたが、コゲンタはアニスを手で制して、

 

「いや、誰か体力を温存しておいた方が良いだろう。アニス殿は休んでいなさい」

 

「……じゃあ、お昼は何かおいしい物作りますね!」

 

「おぉ、それは楽しみ。お頼みしよう」

 

 こうして数時間が経った時だった。

 

 ティアが隊商のメンバーだという少年、少女と一緒に両手いっぱいの保存食や医療品を抱えて、幕舎に戻ってきた時、

 

「すみません、お客様に手伝ってもらっちゃって」

 

「良いんですよ。これからお世話になるんですから」

 

「そうそう! 『旅の恥はかき捨て』だぜ! なっ、お姉さん」

 

「それって、『旅は道連れ』じゃないの? バカね。あっ、あたしたっらお客様の前ではしたない」

 

「意味は通じましたから、大丈夫ですよ」

 

「そうそう、良いんだよ」

 

「さっきから、なに鼻の下のばしてんのよ。お客様に失礼でしょ」

 

「のばしてねぇよ、そんなモン!」

 

 ティアを挟んで少年と少女のポンポンと休みなく飛び交う仲の良い口喧嘩を見て、ティアが微笑んだその時、

 

「もし、お仕事中失礼しますわ。」

 

 と人混みの中から、濃紺のマントに身を包んだ若い女性に声を掛けられた。ティアは彼女の背中に矢筒が、包みに覆われているのを確認してから、彼女の顔に目を移した。しかし、すっぽりとフードを被っており、顔を分からない。

 

「あら、貴方どこかで……?」

 

 女性は何故かティアを見つめると、可愛らしく小首を傾げるが

 

「いいえ、ええと……次に出るケセドニア行きの隊商の方々ですわよね。わたくし一刻も早くマルクトまで行かねばなりませんの。わたくしもご一緒できませんでしょうか?」

 

 すぐに居住まいを正した。その仕草から育ちの良さがうかがえた。

 

「えっ? いいえ、わたしも利用客です。こちらのお二人が隊商の方ですよ」

 

 ティアは少し驚いて、首を横に振った。誰かに間違われたのだろうか?

 

「……そうでしたの。失礼しましたわ」

 

 彼女は、微笑むティアに優雅に頭を下げると少女たちに向き直った。すると少女は慣れた様子でハキハキと『営業』を開始した。

 

「お客様ですか? ただいま出発の準備の真っ最中です。受付はあちらの大テントで行っておりますので、ご案内いたします! あっ、でも、今回はちょっとウチの隊では問題を抱えておりまして……」

 

「問題の一つや二つ覚悟の上ですわ。わたくし、ともかく早く行きたいんですのっ!」

 

 最後に口ごもる少女に、女性は言い切ると、彼女の荷物を少年に押し付けると、問題の中身も聞かずに少女の背中を押して歩き始めた。思いきりが良いというか考えなしというか、気風のよい女性だ。

 

 ティアは、流石に抱えきれず、荷物を落としそうになった少年を慌てて支えると、

 

「えぇと、わたしたちはこの荷物を運んでしまいましょうか」

 

「うぅ……、そっスね。お姉さん」

 

 そうして、多少のトラブルもありながらルーク達はザオ砂漠へと旅立った。

 

 

 

 出発して二日が経ち、いくつもの馬車と何人かの人々が砂漠をゆっくり進んでいく。その中にルークが乗る馬車もあった。馬車の中には彼とティア、話しかければ返事もするし笑い返すが、なにか考え込んでいる事の多くなったアニス、先ほど馬での見張りをコゲンタと交代したガイがいた。

 

 ルークは荷台の縁にもたれて、

 

「あっちぃ……」

 

 と、幾度となく口にしたセリフをまた繰り返した。

 

「砂漠だから、仕方がないわ」

 

「そうだよな……。でも、なんで砂漠だと暑いんだ?」

 

 ミュウをウチワであおいでやりながら、いつもの口調で返事をするティアに、ルークは笑いながらいつものように質問した。

 

「えっと。多分、それは反対ね。暑いから砂漠になったんだと思うわ。この砂漠のどこかに『火の晶霊 イフリート』がいるらしいの。その身体から発せられる熱で砂漠になったと言われているわ。お伽噺というか伝説だけどね」

 

「なんて迷惑な晶霊だ……。イオンのヤツ、大丈夫かな?」

 

 気だるい馬車の揺れと砂漠の熱気を、ティアとの会話と水筒の水でやり過ごしいくルーク。

 

「大丈夫って言えばさ。急病人は大丈夫なのか?」

 

 水筒から口を放した時、ふと思い出した事を口にした。

 急病人というのは、出発直前になって、この隊商に便乗をしてきた客、自分たちに負けず劣らずワケアリなのかもしれない女性のことだ。砂漠に出て一日経った時、暑さにやられたという事でティアが診察したのだ。

 

「え? あぁ、ナタルさんね。まだ安静にしていなくちゃいけないけど、ひとまずは大丈夫。心配してくれて、ありがとう」

 

「別に、ティアがお礼を言う事じゃないだろ……」

 

 ルークはティアの言葉と笑顔に驚いて、しどろもどろになってしまう。

 

「そういえばそうね。でも、ナタルさんとは、もう友達だから」

 

 ティア大して気にする様子もなく続け微笑む。

 

 そんな彼女を目の当たりにして「それにしても……」とルークは思った。まだ会って少ししか経っていない人間を友達とは脱帽する。言葉の意味は分からなかったが、とにかく脱帽するしかないのだ。

 

 『脱帽』の意味を考えながらナタルというのはどんな人物なのかという話題を口に出そうとした時、馬車の揺れが唐突に止まった。一体どうしたというのだろうか?

 

 すると、馭者の男が妙に人の良い笑顔をのぞかせて、

 

「砂嵐をやり過ごしやす。ちょいとお騒がせしやすが、どうかそのままで……」

 

 などと言うではないか。ルークには意味が分からなかったが、ティアの顔に緊張が走るのが見えた。

 

「『砂嵐』とは面白い表現ですねぇ。砂丘の上に隠れています」

 

 ジェイドが外から馬車の中へ顔を入れると、赤い瞳を光らせた。背後で馬から降りたコゲンタが、かぶっていた編み笠を脱ぐのが見えた。

 

「数は約20人……。足並みから本格的な訓練はされていないようですが、手慣れた印象を受けます。おそらく野盗だと思いますが、油断できる相手ではありません」

 

 ティアは聞き耳を立てるように目をつむりながら呟いた。

 

「なるほど、わしも出よう。いくら『王様』殿たちがいるとはいえ、護衛役のわしが隠れているだけとはいかん」

 

 コゲンタが編み笠をルークに手渡した。

 

「まぁ、だよな」

 

 ガイがその声に頷いて、腰を浮かせた。二人も戦うつもりなのだ。頼もしく思うと同時に「神託の盾でもないのに……」と罪悪感が顔を出してくるのを感じるルーク。

 

 ジェイドはいつものように空中から槍を取り出し、

 

「戦力の逐次投入は愚の骨頂ですからね。一気に叩くのが、犠牲を増やさないためのポイント1です。というわけでティアさんとアニスは、ルークとミュウを頼みます。ルークも三人の事を頼みます」

 

 と得意げに微笑んだ。ルークはその優しげな笑顔が頼もしいがやはり怖かった。

 

 また、ルークの思いなど無視して戦いが始まった。彼は剣の柄を握りしめて聞き耳を立てた。しかし、辺りは静かで、仲間たちが砂を歩く音しか聞こえない。それが、自分の物だったのかミュウの物だったのか分からないが、生唾を飲む音が響いたその時だった。

 

 剣が響き合う甲高い音と、野太い咆哮が聞こえてきた。そして、それが何度か繰り返すと誰かの絶叫が響くが、譜術の炸裂音でそれもかき消された。とにかく誰かがやられたのだ。

 

 ひょっとしたら、ガイかコゲンタかもしれないと思うと、居ても立っても居られない気持ちになり、ルークは立ち上が……

 

 れなかった。何故なら、ティアの方が先に立ち上がっていたからだ。(おそらく自分もこんな顔をしているのだろう)切羽詰まったような顔をしている。

 

「テ、ティア?」

 

「ど、どうしたの?」

 

「えっと……、なんでもないの」

 

 ルークとアニスの声が重なる。ティアは二人の問いかけに困惑しきりののようだ。彼女自身にもよく分からない行動らしい。

 

 しかし、ルークにはティアの視線がしきりに、とある方向に向いている事に気が付いた。おそらく、いや間違いなく友達になったという件の急病人を気にしているのだ。

 

「気になるよな、普通。友達なんだもんな」

 

「えっ? ええ……。でも、今はルークの事が最優先です」

 

 ルークの言葉に、ティアは一瞬考えたがきっぱりと言い切る。それは自分に言い聞かせているかのように聞こえた。しかし、ルークにはその言葉が嬉しいのと同時に悔しく思えた。

 ティアはあくまでルークの護衛なのだから、その答えが当然なのだろうが、彼女に「友人を見捨てる」ような行動をさせている事がルークにはたまらなく悔しいのだ。

 

「よし、オレも戦う!」

 

 唐突に言うや、ルークは剣を掴んで立ち上がり馬車の出入り口に向かう。

 

「オレも、ガイたちと一緒に戦う! 具体的にはあっちの方で戦う! ティアは勝手に付いてきてくれ!」

 

 ティアは慌てて立ち上がって、ルークの腕を捕まえると、

 

「……待って。何言ってるの?」

 

 とだけ言った。否定的な物ではなく本当に意味が分からなかったような響きだ。

 

「師匠やイオンが同じ立場なら、そうすると思うんだ。だから、オレが勝手に行くんだからな! ティアのせいじゃないんだからな!」

 

 ルークはティアの手をゆっくりほどいく。

 

「ル、ルーク!?」

 

 ティアが呆気に取られている間に、外へと向かう。できるだけ歩幅を小さくしたがあっという間に出入口にたどり着き、垂れ幕を背にティアを振り返り、

 

「ティアの友達、助けに行こうぜ! きっと、それが正しいっ!!」

 

 と一気にまくし立てた。以前ティアが言ってくれた言葉だ。

 

「ルーク……!」

 

「無茶ですよ! 無理っ! 無謀っ!」

 

「ご主人様、カッコいいですの!」

 

 ティアは喜べんで良いのか悪いのか分からないという複雑な顔で浮かべる。その背後でアニスは交互にルークとティアの顔を見て両手をバタつかせて慌て、ミュウは感激した様子で大きな瞳を輝かせる。

 

「そう……、ほら! オレはちょっと『隠れ場所を変えるみたいなカンジ』なだけなんだし。その前に、ちょっと戦うけどな!」

 

「……ありがとう、ルーク」

 

 ルークとティア、ついでにミュウは頷き合うと馬車を飛び出した。

 

 後に残されたのはアニスだけ……、

 ルークの幼稚だが、真っ直ぐな正義感の籠った台詞の応酬に呆気に取られていた。

 

「すっげぇ。冒険小説みたぁい……って、待ってくださいよぉ!!」

 

 アニスは慌てて彼らの後を追う。

 

 

 馬車の幌一枚で隔てられた向こう側は『地獄』だった。灼熱の業火が燃え盛っているわけでも、極寒の冷気が吹き荒れているわけでもない……。ただ、人間同士が武器を手に争っているだけの、世の中にありふれた地獄であった。

 

 ルークはそんな光景を必死で無視して、ティアの指示に従って、砂を蹴る。

 

 案内人達の奮戦、そしてアニスの譜術とトクナガの剛腕による牽制で盗賊どもに邪魔される事なく、件の「ナタルさん」がいる馬車までルーク達は辿り着いた。

 

 そこには五人ほどの盗賊が、三人の男女を取り囲んでいた。男女と言っても少年一人と少女が二人だ。少年は肩を斬られていて、うずくまっている。二人の少女は少年庇うように盗賊の前に立ちはだかっている。

 

「ナタルさん!!」

 

 ティアが叫んだ事で、初めてナタルの顔をよく見た。その顔はルークもよく見知っていて、「いや、こんな所にいるわけねぇ」と現実逃避しかける。

 

 美しい金髪と白い肌は砂でうっすらと汚れていたが、見間違えるはずがない。ナタリアだ。

 

 そう、目の前で弓を構えているのはルークの従姉妹にして婚約者『ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア』だったのである。

 

 ルークの脳裏にたくさんの疑問が浮かぶ。

 

(どうして、こんなトコに!?)

 

(伯父上に、駄目だって言われたじゃねえか!?)

 

(病気なのに弓矢なんか使えんのか!?)

 

 しかし、それも一瞬の事だった。考える事をやめたルークは剣を抜いて疾走していた。理由は「ナタリアが危ない!」それだけで十分だった。

 

 

 

 ナタル……いやナタリアには、一瞬何が起こったのか分からなかった。熱でぼやけた眼には銀光が閃き、赤い旋風が吹いたように感じた。

 

 赤い旋風はよく知る後ろ姿に変わった。ルークだ。

 

 従弟であり婚約者である『ルーク・フォン・ファブレ』であった。

 

 その肩は今まで見た事がないほど上下していた。

 

 その背の後ろ、つまりルークの目と切っ先が赤く汚れた剣の先には赤い砂が広がって、その中には二人の男が倒れていた。

 

「ル、ルーク……?」

 

 未だかつて見た事のない従兄弟の姿に、ナタリアが覚えた感情はまず『戸惑い』だった。そして、次に顔を出したのは愛しい婚約者でもある彼に抱いてはならない『恐怖』だった。

 

「こいつぁスゲェ……、思いもよらねぇ強敵だ。ここらで引き上げだ。ちょいと死なせすぎたぜ」

 

 リーダー格と思わしき盗賊が、倒れて血溜りを作る仲間を見回し呟き片手を挙げる。

 すると言うが早いか、油断なく武器を構えていた周囲の盗賊達が、蜘蛛の子を散らしたように各々が別々の方向に何の躊躇いも見せず逃げ出した。

 

「逃がすかぁあっ!!」

 

 赤黒く汚れた剣を振り上げルークは吼え、激情に任せて追撃しようと踏み出す。

 

「い、いけません! ルークっ!!」

 

 ナタリアは深追いは危険だと感じて声を上げたが、彼女は動けなかった。

 

 婚約者として彼を止めなくてはならないのに……

 

 それが体調のせいだけではないのがナタリア自身にも分かった。ルークの殺気を帯びた白刃の間合いに踏み込むと自分自身も「斬られてしまうのかもしれない……」と恐ろしかったのだ。

 

 しかし、

 

「……ルーク! もう良い、もう良いわ。もう大丈夫、大丈夫だから……」

 

 とティアがルークと敵の間に割って入ると、彼女は彼に側に寄ると剣の柄に手を置いた。

 それをきっかけにルークはまるで冬の最中に放り出されたかの様にぶるぶると震え始め、盗賊達の姿が完全に見えなくなると、その場にへたり込んでしまった。

 

 ティアはそんなルークの肩を優しく抱き寄せる。ナタリアはそれが自分ではない事に寒気を覚えた。何故、そんな感覚をおぼえるのか彼女自身も解らない。しかし、自己嫌悪を強く覚えた。

 

 

 そして、ルークの口から洩れる嗚咽にならない声が彼女の耳にも聞こえてきていた。

 

 




 更新が遅くなり申し訳ありません。さて、モブキャラで少し遊び過ぎた感じなのですが、誰が誰なのかお分かりになった方はいますか? ヒントは「竜巻」です。

 今回の最大の要所は、後半のルークが人を斬った事です。
 ヒロイン(でも、ナタリアはいわゆるサブヒロインなのでしょうか?)のために決断したわけなんですが、少し咄嗟過ぎてルークが「キレ易い若者」のようになってしまったかと心配です。原作のそのシーンはどうしても好きになれなかった物で、考えに考えて今回まで引っ張りました。

 待ちに待たせたナタリア加入の前振りはいかがだったでしょうか? 話も長過ぎたと反省しています。

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