「まるで童話や絵物語に出てくる勇者や騎士のような……」
それがイシヤマ・コゲンタが、最初に見出したヴァン・グランツへの印象だった。
彼は齢二十七にしてダァトが誇る神託の盾騎士団の主席総長へと上り詰めたという、まさに物語のような経歴の持ち主である。
そして、妹であるティア以上の頑なさをヴァンは持っているとも感じた。
それは彼の弟子であるルークも持っている『真っ直ぐさ』ともいえるだろう。つまりは、「強く正しくありたい……!」という気持ちだ。
ただ、ルークの場合は空回りしていると感じるが……
しかしヴァンの場合は、その上に剣士としての『自信』が付け加えられる。コゲンタはそれに、ルークと同じく頼もしさを感じる。
しかし、同時にある種の違和感を感じてしまうのは、自分がルークやヴァンと違って“ずるい大人”だからなのだろうか?
「完璧など不自然な事だ……」だとか、「酸いも甘いも知ってこそ人生だ……」などと、もっともらしい言い訳をして、自分や他者の不義を見過ごしているだけなのかもしれない。
そして、さらに考えを巡らそうとした所に
「おっさん、そんな物で良いのかよ?」
という、剣友の声がコゲンタを思考の淵から引き戻す。
ルークは木剣を試し振りをしながら、コゲンタが持つ『そんな物』を指差した。
そう彼が持っていたのは、細かい枝を払って削っただけの木剣とも呼べないような『棒きれ』だった。
「確かに頼りないの。しかし、要は使いようじゃ」
コゲンタは不敵に笑い木剣を振るって見せる。
ルークは、一瞬気後れしたような顔をした。目の前のこの男が、自分の何倍もの年月を剣と共に生きてきた事を思い至ったようだ。
しかし、
「へっ……知らねぇぞぉっ!」
と、気を振るい立たせるように口早に言いつつ剣を正眼に構える。
コゲンタもそれと同時に構えた。その構えは半身になり、足を配って腰を落とす、剣を右手だけで持ちつつ、前へ突き出すように構えた。空いた左手は、真剣なら鞘があるはずの腰帯に添えられている。
「剣を抜けば誰でも緊張する……」
言いつつ、一歩踏み出すルークに合わせて同じく一歩さがるコゲンタ。
ルークは逃がすまいと、懐に飛び込むように打ち込んだ。
「ゆとりを持てと言うが、無理な話だのぅ。身も心も硬く……カチカチになる」
コゲンタはそれを右に動いて躱す。今度は、反射的に左に回り込むルーク。
「だんだんとゆとりを持たせる。身体もほぐれてくるわけだの」
ルークの横薙ぎの胴切りを、コゲンタはぎりぎりの所で弾いた。
ルークはすかさず八相に構え直すと、上段に打ちかかる。コゲンタはそれを後ろに飛び退いて躱した。
「まずは逃げまくる。相手が踏み込めば逃げる。逃げれば相手はイライラする。それが狙いって話だの」
コゲンタは右に左にと足を移していく。
ルークは自分がイラついているのに気が付いたと云うように、左右に首を振ると、素早くコゲンタにに追いすがる。
しばらく、木と木のぶつかるカッカツという音とルークの気勢だけが響く。
「逃げるのは身体であって心ではない。心は常に生きるために攻め続けている。すべてが勝つ為、いや……生きる為にの」
コゲンタは喋りながら、ルークの鋭い打ち込みを棒で受け止めると、空いている左手を伸ばしルークの肘を掴んで、強く押した。
「いててっ?!」
ルークは木剣を落としはしなかったが、痛みに目をつぶった。「やばいっ!」と思った時には、コゲンタの棒が首筋に当てられ決着はついていた。
「くそっ! おっさんの剣に打ち合うと力が乗らねぇや。綿で受けられてるみたいだぜ。それに……あれ以来、調子が出ねえや……」
小休止に入り木剣で手の平を叩きながら、愚痴をこぼすルーク。
「斬り合いが怖いかのぅ?」
コゲンタが優しげに尋ねる。
「そんなんじゃねぇよっ!!」
ルークは慌てて言い返そうとするが……
「いや、怖がりなされ。恐れを抱くという事こそ、日頃の腕前が発揮できる第一歩だ。過信や慢心よりはるかに大切な事だの」
とルークの言葉を遮るようにコゲンタが少し調子を強めた。
「ルーク殿は、基本も出来ておるし、体力も申し分ない。後は気持ちだけだのぅ……しかし、こればかりは稽古を重ねて『慣れる』しかない」
呆気に取られるルークにコゲンタが続ける。
「おっさんや師匠でも怖いのか?」
「左様。謡将殿でもの。あのくらいの御仁になると慣れるというよりも、恐れを味方に付けるというべきか?」
思わず顔をしかめるルークに、コゲンタは謎かけのような口調で言う。
「そんなのどうすりゃ良いだよ?」
答えの出せないルークは少しイラついた口調になってしまった。
「だから稽古しかないのだよ」
「なんだよそれ……」
コゲンタは「残念ながらなぁ……」というように首を振った。
つい文句を言ったがルークにも、彼の理屈は理解できた。ヴァンからも似たような事を教えられた記憶がある。
途方にくれたような気分で考え込むルークを他所に、コゲンタは続ける。
「だが、護りたい物のためならできる。やるしかない。護りたい物を思い浮かべて稽古をするのだ……ルーク殿の場合、ティア殿だの」
「そうだな……。てっ! なっ、なんでそうなるんだよ!」
ニヤリと微笑むコゲンタに、素直に頷きかけるルーク。しかし、言葉の意味に気が付くなり顔を赤くして叫んだ。
「むぅ? 前に森で話をした時、ティア殿を護りたいと言ってなかったかのぅ?」
コゲンタは首を傾げる。からかうような色は全く無い。
「そりゃそうなんだけど! そんなんじゃねぇっ! だいたい、そんなエラソーなコト言えるレベルじゃねぇだろオレ……」
ルークはクシャクシャと頭を掻きつつ怒鳴るが、どんどん声に勢いが無くなっていく。
「おかしなルーク殿だのぅ」
「だぁー、もう! ティアにはゼッテー言うなよ! ダセェーから!」
優しげだが呆れたようなコゲンタの微笑みに、癪に障ったルークは叫ぶ。
「他人の恋を囃し立てるほど野暮ではないつもりだがの……」
コゲンタはそんな事は意に介さず、微笑んだままだ。
「こっ……こ、こ、こ、恋とかじゃねーしっ!! とにかく今は、ヴァン師匠みたいに強くなるのが先だ!」
「うむ、世間一般で言われるのとは逆に失う物がある方が人は強い。失わぬために強くなれって話だ」
気を取り直し真剣な表情のルークの宣言を聞いたコゲンタは、力強く頷き応える。
ルークとコゲンタの『剣の稽古』はこうして始まった。
ルークは強くなれるのか?
そして、コゲンタの誤解は解けるのか?
こうして、長い旅はまだ続く……
この回を描こうと思ったのは……、
「テイルズオブシンフォニア」のロイドとクラトスとの稽古イベントが好きだったのと、もう一つは「アビス」にも稽古イベントはガイとの物があるのですが、ただ技を覚えるだけの物になっており、信頼を深める出来事にはなっていないので残念だったので、こういう形になりました。
ガイの活躍を盗り上げる形になってしまった事はファンの皆さんには謝らなくていけませんね。