ルークは、『シャープネス』という譜術によって音素の刃をまとい力を増した木剣を振るい、イノシシ(サイノッサと言うらしい)を打ち据える。
キュウコン(こちらはプチプリと言うらしい)が、鞭のように葉を振り回し体当たり気味にルークを打ち据える。しかし、譜術『バリアー』によってルークの全身を覆う音素の障壁に阻まれ、ルークの肌を切り裂く事はできなかった。受けた右腕に薄っすらと赤い線ができるのみ。
ルークはそれを無視して、プチプリを木剣で殴り倒す。
最後の一匹のサイノッサが、力強い四肢を駆使してルークに突進するが、譜術『ディープミスト』によって、視覚を惑わされ、ルークにではなくその後方の大木に激突した。
目を回すサイノッサに、ルークが一足飛びに接近し、大上段から渾身の木剣を打ち下ろす。
着地と同時に、木剣を返し全身のバネを総動員して身体ごと剣を跳ね上げる。
サイノッサは、妙にか細い声を漏らし、その場に倒れ伏した。
ルークは、慎重にサイノッサに近づき、木剣の先でつつき安全を確かめる。
「どうだ!! これがヴァン師匠直伝のオレの剣だ!!」
ルークが、誰に言うでもなく、威勢良く吠えた。
正直に言えば、逃げ出したいくらいほど怖かった。しかし、ルークは逃げなかった。そして勝った。メシュティアリカの譜術があったからだ。彼女がいたから勝てた。
なるほど、『音律士』『第七音素譜術士』と特別な名前で呼ばれる事も納得できる。彼女のような能力を持った人物がいるか、いないかで戦い方がだいぶ違ってくるだろう事は、戦闘の『素人』のルークにも分った。
しかし、当のメシュティアリカは何やら浮かない顔をしている。未だ、ルークが戦う事に納得しきれていないのだ。
ルークは、そんなメシュティアリカの様子には気付かず、
「じゃっ、行こうぜ」
と歩き出すが、数歩進んだ所で彼女が立ち止ったままだという事に気が付いた。
「お、おい? どうしたんだよ? ボゥっとして……まさかどっかヤラれたのか!?」
「え?あ、いいえ! 違います。大丈夫です……」
「ホントかよ……?」
ルークは、メシュティアリカの身体をジロジロ見回し、傷がない事を確認すると、少しほっとした。
「じゃあ、どうしたんだよ?」
「いえ……その……わたしはこんなに弱かったんだ……と思いまして……。少し落ち込んでいたんです」
それはルークにとって意外な答えだった。
「いや、弱くねえだろ。三、四匹出てくるまで投げナイフとか光の弾とかでスゴかっただろ? カッコよかっただろ?」
ルークは、思った事を素直に口にするが、メシュティアリカは困った様に苦笑するばかりで、その顔色は晴れないまま彼女は口を開く。
「はい、あれには……わたしも自信が有ったんです。少しだけですけど……。でも、思っていたほどで出来なくて……戦えなくて……。この辺りの魔物は、あまり強い部類では無いはずなんですが……」
『あまり強くない』?
ルークにとって聞き捨てならない台詞が聞こえたが、今はあえて無視することにした。メシュティアリカを元気付ける方が今は先決だ。
何か不自然にならず、彼女を元気付ける話題は無いだろうか?話題をそらす材料でも構わないのだが……、ルークは考える。
考える。
さらに、考える。
その時、ルークは右手に何らかの違和感を覚えた。見ればそれは、先程の戦いで魔物から受けた傷……というより赤い線状のアザであった。
この程度の傷など、剣の修行をしていれば日常茶飯事で全く気にならない。
しかし、ルークは胸中で「これだぁ!!」と、今はとりあえず自身の未熟を脇に置いて歓声を上げた。
「イッテェ~! なんか知らんけどイテェと思ったら、あん時かぁ~!? オマエ、ケガ治せんだよな?! 治してくれよ!!」
多少、大げさに早口でまくし立てルークはメシュティアリカに右手のアザを見せる。
「は……はい! 少しじっとしてください。……癒しの光よ……『ファースト・エイド』」
メシュティアリカがルークのアザを両手で覆う様にかざし聖句を唱える。
すると、淡い翠色の光が彼のアザを優しく包み、たちどころにアザを消してしまう。アザが有ったなど嘘のようだ。
「おぉ! 治癒術はベンリだな! 師匠とはホーコーセーつぅのか? ホーコーセーが違うスゴさだな!」
ルークは、早口ではあるが、素直にメシュティアリカの譜術を称賛した。
「ふふ……これくらいは、治癒術士なら誰でもできる事なので。そこまで凄くは……」
「オレはデキねえぞ! だから、やっぱスゴいんだと思うぜ!」
「ルーク様……」
ルークは、メシュティアリカの謙遜……と言うより自己否定を真っ向から封殺し、
「王族の仕事もメイドやコックの仕事もホーコーセーが違うだけでジョレツ? を付ける事はできない、しちゃいけないって、師匠と母上が言ってた! だから……その……ケンソンだか何だか知らねえけど……逆にイヤミっぽいんだよ! ウゼェんだよ!! だから……やめろよ。オマエはスゲェで良いだろ?!」
と続けた。
始めこそ真っ直ぐに彼女を見詰めていたルークだったが、言葉を紡ぐにつれて視線が上下左右に泳ぎ、口調と言い回しが荒くなっていく。しかし、メシュティアリカには、心から自分に感謝し、尊敬を抱いてくれている事が分かった。
「ルーク様……。ありがとうございます」
「ん。……ん? いや、礼を言うのはオレのほうじゃねえ?」
「ふふ……いいえ。わたしの方ですよ」
「ア、アホな事言ってねえで、さっさと行くぞ!」
「はい……」
ルークは照れくささが限界に来て、逃げるように歩き始めた。
メシュティアリカは、そんな彼の不器用な態度に微苦笑しつつ、後に続いた。
「おらぁぁっ!!」
気合一閃。
ルークはサイノッサの額に交差法気味に踏み込み、それと腰の捻りで威力を増した木剣を叩き付ける。
譜術によって強化されたルークの剣は、魔物を一撃で昏倒させた。
「どーだ! なんとなく『コツ』がワカってきただろ?オレ!」
「はい……、無駄な動きが段々となくなってきています。でも、『慣れはじめ』が一番怖いんです。油断大敵です……」
木剣を掲げて、はしゃぐルークにメシュティアリカは、その実力を評価しながらも注意を促す。
「ワカってら! 師匠が『ユダン』するトコなんて想像デキねーしな? 師匠の場合『ヨユー』だろ? やっぱ。オレもいつか『ヨユー』を感じさせる剣士になるぜ! よし! 行こうぜ!」
ルークは、ムッとした顔をするも、すぐに屈託無い笑顔に換えて、未来への夢を語り元気よく歩き出す。
……と、その時ルークは爪先に何か光る物を見つけた。
ただの石ころではない様だった。思わずのぞき込むと、それは……
「ペンダント……?」
だった。
特徴的な薄紫色の宝石が美しい首飾りだった。拾い上げてみると吊り紐が切れてしまっていた。
「あ、それは……」
メシュティアリカは自身の胸元と、ルークの持つペンダントを交互に見る。
「なんだ、オマエのか? ほらよ」
ルークは、特に気にする様子もなく気軽に手渡した。
「良かった……ありがとうございます。ルーク様……」
メシュティアリカはペンダントを大切そうに押し抱き、ルークに深々と頭を下げた。
「お……おう、別に拾っただけだし……。そんなに大事なモンなのか?」
ルークは、予想以上の感謝のされように困惑するも、そのペンダントに興味を抱いた。
「はい、大切な御守りです」
「オマモリか……良かったな。無くさなくて」
「はい、本当にありが……」
「やめろって! 何べんも礼を言われる事じゃねえだろ。ウザイって……」
ルークは、やや乱暴な口調で、そっぽを向く。
そして、メシュティアリカは少し考え込み……
「ええと……助かりました……」
「ん……ん? それも礼だろ?」
「……そうでしょうか?」
二人は揃って首を傾げた。
「ま、いいか! 『もちずもたれる』ってヤツだ! 仲間だしな!」
「もちず……? ああ、『持ちつ持たれつ』ですね?」
「そうとも言うな……。イイんだよ! 意味は知ってんだから! よし、いくぞ!」
ルークは、快活にフォローしつつ話題を切り上げる。『時々ことわざを交えて明るく話す賢く優しいオレ』の演出に失敗した彼は、屋敷に戻ったら真っ先に国語辞典を読もうと心に誓い、再び歩き始めた。
ルーク達は、魔物と戦い、時には逃げ、隠れてやり過ごしたりと、確実に渓谷を下って行く。
次第に森の木々が疎らになっていく。
「もう少しです。後は街道に出る事ができれば、ここがどの辺りなのか分るはずです。」
「やっとかよ……でも、これでまたツマんねえ屋敷の中に逆戻りか……。おもいっきり遠くだったらイイのに……」
「ルーク様……早くお屋敷に帰れれば、それだけ早く公爵様、お屋敷の方々は安心なさいます。きっと、それが一番ですよ……」
確かに魔物は恐ろしい。しかし、ルークにとっては、その『恐怖』と言う感情も屋敷では到底味わえない『新鮮』な物だった。
メシュティアリカの言う事も分る。父であるファブレ公爵が狼狽える様など想像できないが、従姉のナタリアは勿論、親友のガイ、庭師のペール、メイド達は泣いているかもしれない。母のシュザンヌに至っては、ショックで寝込んでしまっているかもしれない。
しかし、一度『新鮮な刺激』を体感してしまったルークに、成人までの三年間が耐えられるだろうか?
だが、国王である伯父インゴベルトの言い付けは絶対だ。ルークのワガママで、両親がお咎めを受けるかもしれない。
ルークは、耐えるしかない事だと思った。
そして、同時に『怖いけど、できるだけゆっくり帰りたい』と言うのがルークの素直な気持ちだった。
ルークは、今は考えても仕方がないと頭を振り話題を変える事にした。
「トコロでさっ……もしもの話、ココがマルクトだったらどうする?」
「それは……困りますね。マルクトには、ファブレ公爵に恨みを持っている人も多いでしょうから……ルーク様を狙って……という事も……」
「マジでか……!?」
想像に反して、重い話題になりそうな事に驚くルークだったが、彼はめげなかった。
「そ、そ、そうなったら……ヤバいしさぁ。ケーゴやめねぇ? 前に読んだ本で主人公のヤツら、そうやってミブン隠してたんだよ」
「は、はあ。でも……」
メシュティアリカは、突然の提案に困惑するが……、
「イイじゃねぇか。『仲間』だろ、オレら? バレてフクロにされるよりイイだろ? 命令だぜ」
「……解りました。じゃなくて……解ったわ。もちろん私的な場面だけです……だけよね? ルーク……」
苦笑しながらも、ルークの提案に納得したメシュティアリカは、彼を呼び捨てにし、敬語を止めて微笑み掛けた。
「お、おう……」
ルークは自分が言い出した事にも関わらず、照れくさくなり、そっぽを向いた。
「わたしの事は『ティア』と呼んでくだ……呼んで。親しい人は皆そう呼ぶから……」
と、微笑むティアに、
「お、おう……」
と、ルークは、目を合わせる事なく頷いた。
と、そこで、柔らかで控えめな朝の陽光がルークとティアを優しく包んだ。森を抜けたのだ。
「やっと出口か……?」
「その様です……様ね」
ティアが頷いたちょうどその時、小道から水桶を抱えた眠そうな顔の中年男が現れた。
「ふぁ……? なんだアンタら? こんな朝っぱらから、こんなトコで……まさか! 《漆黒の翼》か!? ……なんてな。盗賊みたいな連中が、こんな早起きなワケないよな。あははは!」
中年男は、一人で勝手に冗談を言って、一人で勝手に笑う。
そんな男の『盗賊』発言に、ルークはかなり「カッチーン!」ときたが、隣のティアに「まぁまぁ、おさえて、おさえて……」という微苦笑に免じて、とりあえず黙っておく事にした。
「わたし達は怪しいものではありません。ただ、道に迷ってしまいまして……。ここから首都へは、どう行けば良いのでしょうか?」
「首都?ここからじゃ首都までは、かなりあるぞ。歩いて行くのはキツイんじゃないか?でも、ちょうどイイ事に、俺は辻馬車の馭者だ。終点は首都だぞ?」
「マジか?! ヤッタなティア! ノっけてもらおうぜ!!」
願ってもない事だった。色々な物を見たいのは山々だが『安全』には換えられない。
「そうで……そうね。この辺りの土地勘がないので、お願いできますか? ところで、その……」
ティアも馬車を使うの事には異論はないようだが、何やら言いよどみ、
「おいくら位……? あまり持ち合わせが無いので……」
と恥じ入る様に尋ねた。
「首都までとなると、一人一万二千ガルドだが、どうだ?」
「う……」
公爵邸から、『着のみ着のまま』飛ばされてきたティアにとっては、とても払えるはずのない大金であった。
ティアは、しばし考え込むと、何かを決意するように頷き、先程ルークが拾った『大切なペンダント』を取り出し……
「これでも乗せて頂けますか?」
と馭者に手渡した。
「へぇ、これは大した宝石だ。よし、乗せよう」
「ちょっと待った! おい、ティア! それ大事なモンなんだろ!?」
ルークは、ティアの行動に驚き、大声で馭者との間に割って入った。
「首都に着いたら、ウチで払うよ。だからソレは止めとけ。なっ!?」
「そうはいかないよ。前払いでないと……」
「あぁん! このオレが乗り逃げするってのか! コラァ!!」
ルークは、ティアを苦笑して止めつつ、馭者を睨み付け、ドスのきいた声で脅した。
「ルーク……そんな言い方をしては駄目よ。今は、あなたの安全の方が重要です。ペンダントよりずっとね」
ティアは、馭者に詰め寄るルークを、諌め、微笑みかけた。
「でもよぉ……」
「ありがとう、ルーク。大丈夫だから……。馭者さん、お願い致します」
今度はティアがルークと馭者の間に入り、馭者に頭を下げた。
と、その時である。
「そりゃあ、『スタールビー』かの? しかも薄紫色、こりゃまた珍しい。小豆色や真っ赤な物は、よく見るし、赤みの強い方が装飾品としては高価だが、『護符』としては薄紫が一番だ……」
それは、初老の男の声だった。変わった服を着て、腰に剣を差した男が、馬車があるであろう道の向こうからこちらへ歩いてきていた。そして、ティアのペンダントの『目利き』を続ける。
「それ位の物なら、その筋の店に持ち込めば、十万ガルドは、軽かろう……」
男は、腕を組み、うんうんと一人で納得している。
「つまり、何が言いたいのかと言うとの……」
男は、不敵に笑い、子供のヤンチャを諌めるような声音で、馭者に『びしり』と指を差し、
「『あこぎな商売してんじゃねぇ!!』って話だの。あははは」
と、朗々と言い放った。
ティアのペンダントのエピソードがメインでしたが、いかがでしたか?
知り合ったばかりの主人公とヒロインの関係性を深めるためには、なかなか理想的な場面だと思うのですが……
何故、原作のシナリオは、
『気遣いのできないルークは駄目で傲慢な奴』
『大切な形見の品を手放す健気で優しいティア』
という展開に終始しているのか、私にはちょっと分りません。
ガイ曰く、
「上辺の優しさしか解らないのはガキの証拠」
らしいですが……
自分が正しいのであれば、どんな場合でも、誰にでも、気が付いてもらえると考える方が幼稚だと、個人的には思います。
良かれと思ってした事や言った事が他人を酷く傷付ける事があるのだと思います。
二人が睦まじくあるためには
正しいことを言う時は
相手を傷つけやすいものだ
と気がついている方が良い
と歌う詩が有りました。私事ですが、私はとても感動しました。
興味がありましたら、『祝婚歌』で調べてみて下さい。