テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第20話 次なる旅の始まり

  

 ルーク達は、マルクト兵士達に前後左右を囲まれて、森の出口へと歩いて行く。

 

 そんな中、ルークは息苦しさを覚えていた。マルクト兵士全員が顔をほとんど隠してしまう面頬付のカブトを装着を被っているからだろうか? そんな彼らに無言で囲まれていると、なかなか怖い物がある。

 しかし、ティアも、イオンも、コゲンタも、ついでにミュウも、見た目平然と歩いている(ミュウは例によって空中を泳いでいる)ように見えた。

 

 ルークは、「舐められてはいけない……」と思い、背筋を努めて伸ばし、ややヤブ睨みな顔をして歩く事にした。

 

 わざと歪めたルークの眉間が疲れを覚え始めたちょうどその時、一行はチーグルの森を出た。

 

 そこには、何台もの馬車が止められていた。いずれも大きく、でこぼことした力強い車輪を履いた軍用の馬車だった。

 しかし、馬車には馬が繋がれていない。ルークは、「逃げちまったのか?」と首を傾げた。

 

「おぉ、こりゃ凄い! 自動四輪車だ! まさか間近で見られるとは……」

 

 コゲンタが、ぱちりと手を叩いて歓声を上げた。

 

「ふはっ!自動四輪車なんて言いかた古いですよおぅ。これは『バギー』ですよぉ。イシヤマさん」

 

 そんなコゲンタを見て、アニスが補足した。

 

「ティア! もしかしてコレが『馬のいらない馬車』か? そうなのか?! そんなんだな?! そうだよな?!」

 

 ルークは、勢いよくティアに向き直ると、はしゃぐように言った。

 

「ル、ルーク落ち着いて……」

 

 ティアは、ルークの勢いに圧されて、困ったように苦笑する事しかできない。

 

「あ、ワ、ワリい……」

 

 我に返ったルークは、バツが悪そうに頭を掻いた。

 

「ふふ……、わたしも軍用にできるほどの物は初めてね。採用されたなんて話は聞かなかったけど……」

 

 ティアは、感心したようにバギーを見つめながら言った。

 

「いやぁ。設計者の一人として、無理矢理ネジ込んじゃいました♪ 実際乗り回してみない事には何も分りませんので♪ あっ! 安心して下さい。試作品と言っても安全第一を心掛けて造りましたから」

 

 ジェイドは、満更でもなさそうな笑顔で、訊いてもいない事まで言った。

 

「オマエが造ったのか? ズゲエな!!」

 

 ルークが感嘆した。

 

「図面を引いただけですから、それほどでもありますけどね~♪ とゆーわけで、ルークさん。これに乗って『パッと行く』?」

 

 ジェイドは、ルークに満面の笑みと親指ポーズを送り、奇妙な質問をした。

 

 こうしてルーク達は、ジェイド達マルクト軍と共に、『馬のいらない馬車』に乗ってエンゲーブへ戻る事になった。

 

 

 

 エンゲーブに着いたルーク達は、ジェイド達マルクト軍と別れ、イオンを伴ってエンゲーブの村長であるローズの下へ向かう事にした。

 

「スゴかったなぁ! バギー! 馬車より断然速えぇし、乗り心地もイイし!! ここまでアッと言う間だったぜ! なぁ!?」

 

「はいですの! それにスゴくカッコいいですの! カクカクしてて、ピカピカですの」

 

「やっぱ、それだな! そこは外せないぜ! カッコいい!」

 

 興奮冷めやらぬルークとミュウは、『バギー』について熱く語り合っている。

 

「アハハハ。アっツイですねぇ」

 

 アニスが、はしゃぐ彼らを見て苦笑して、イオンを伺う。だが、返事がない。

 

 見れば、イオンは真剣な表情で何か考え事をしているようだ。

 

「アニス……」

 

 イオンは何かを思い至ったのか、弾かれるように顔を上げ、アニスを真っ直ぐに見つめた。

 

 アニスは、思わずドキリッとしてしまったのだが……

 

「『バギー』は一台どれくらいの価値があるのでしょうか? それから、ぼくでもアレを動かせるでしょうか?」

 

 イオンは、重大な決意を表明するようにアニスに問いかけた。

 

「へっ?」

 

 アニスは、呆気に取られたように言った。

 

「ジェイドに頼めば、一台……」

 

「ダメです! ダメダメ! アブナイですよ! あんな物、不良の乗り物です。絶対にいけません!!」

 

 アニスは、慌ててイオンを止めた。

 

「不良……? でも、あの全身で風を感じる感覚を味わえるなら……、ぼくは……!」

 

 イオンは、やはり熱い眼差しで虚空を……いや、風を見つめ、何かを決意したように頷くと、もう一度アニスを見つめた。

 

 とその時、一行はようやくローズ夫人の館に到着した。

 

「あ~! イオンさまぁ! 村長さんの家に着きましたよぉ! 早ーい! アハハハ~」

 

 困ったアニスはその場を誤魔化して、問題を先送りにする事にしたらしい。

 

 ルーク達は、コゲンタを先頭にローズ夫人の館に入った。

 

 館に入ると、ローズ夫人はすぐに姿を現した。

 

 ローズは、肩に手拭いを掛け、ズボンが、土で僅かに汚れている。外で、なにがしかの作業をしていたようだ。

 

「やぁ、戻ったのかい先生。……にしても、随分大人数だねぇ? イオン様にルークさん達まで一体全体何事だい?」

 

 ローズは、手拭いで顔を拭きつつ、首を捻る。

 

「あははは。話せば長くなるのだがの。実は……」

 

 ゴゲンタは苦笑しつつ、事の顛末を語り出した。

 

 

 ローズは、ルークとイオンの活発な行動力を知り、「はぁ……」と一つ溜息を吐き、重そうに頭を抱えた。

 

「無茶ばかりして。危ないったら……」

 

 夫人は、キッとルークとイオンを見つめた。

 

「もしもの事が有ったらどうするんだい? もしも自分に何かがあったら、家族がどう思うか解らないほど、子供じゃないだろう? ティアさん達まで一緒になって……」

 

 夫人は、控えめにではあるが、ティアとアニスを咎めるように見つめて、言った。

 

 ローズの言いたいことは、ルークにも理解できた。口調と言い回しは違うものの、雰囲気は剣の修行などで怪我をした自分を見るシュザンヌと同じだった。

 

「まぁ……、充分反省している人に、ねちねち言っても意味がないね。ここまでにしよう。ともかく皆無事で良かった。」

 

 ローズは、表情を緩め、ルーク達を見回すと、言った。

 

「まずは、お茶にしよう。そこいらに座っていて下さいな。私は手の汚れを落としてくるから」

 

 そう言ってローズは、寄り合いにでも使うのだろう大きな机を指差すと、再び外に出て行った。

 

 ルーク達は一つの机を囲み、ローズに事の顛末を話した。 

 

 チーグルの事、ライガの事、チーグル達との商売の事、ライガ達は争う意志がない事、そしてミュウの事、話しておくべき事は全て話した。

 そしてコゲンタは、ここからは話すべきか迷った。だが、話さねば先に進まない。

 

「ルーク殿にティア殿。ローズ殿なら信用できると思うが……。どうだろうの? ミュウの稼ぎ分の手続きもし易くなるが?」

 

 コゲンタは、持って回った言い回しで、ルークとティアの顔を順に見た。

 

 しかし、ルークとティアには、コゲンタが「ルークの出自について、ローズに話してはどうか?」と言いたいのだろうという事が分かった。

 

 確かにその方が話は早いし、誤解もないだろう。しかし、ルークには決めかねた。また、この村に来た時のように……、特に目の前のローズとは、諍いを起こしてくなかった。

 ルークは堪りかね、助けを求めるようにティアを見た。

 

 ティアは、考え事をしているのか、左手の指先で頬を撫でながら、瞳を閉じていた。

 やがて、ルークの視線に気が付いたティアは、控えめに微笑み返してきた。

 

 ルークは、慌てて目を逸らした。

 

 ルークは、「そうじゃなくて……!」と改めてティアに目を合わせ、

 

「どうしたらいい? ティア」

 

 と言った。

 

 ティアは無言で頷くと、再び瞳を閉じ、一呼吸おいてローズに向き直った。

 

「ローズさん、ルークは……。ええと、そうルークがチーグルの森へ行った理由は興味半分でしたが、けれど後の半分は、困っている村の人達の力になりたかったのも事実です。ルークは、無益な争いを好むような人ではありません……。その事を踏まえた上でお聞き下さい。大切な事なんです」

 

 ティアは、ローズを真っ直ぐに見つめ、静かだがはっきりとした口調で語り掛けた。

 

 一方ルークは、ティアの邪魔をしたくないので口を挟まなかったが、自分を褒めちぎっていると言っても過言ではない彼女の言葉に、かなり居心地が悪かった。

 

「ルークさんが良い人なのは承知しているよ。伊達に半世紀近く女をやっちゃいないからねぇ」

 

 ローズは、ルークの顔を一瞥してカラカラと笑った。

 

 ティアは、ローズの笑顔に釣られて微笑んだ。

 

 やはり、ルークは居心地が悪かった。

 

 そして、ティアは慎重に言葉を選んで、話し始めた。

 

「実は、ルークのフルネームは『ルーク・フォン・ファブレ』と言うんです」

 

「ふーん。ファブレねぇ……。なるほど、そうだったのかい。それで?」

 

 ローズは特に驚くでもなく、どこか納得したように頷きつつ、ティアに先を促した。

 

「もうお分かりかと思いますが……。ルークは、キムラスカの公爵の縁者なんです。でも、決してマルクトにもちろんエンゲーブに害意を持って行動しているわけではありません」

 

 ティアは、努めて冷静に、高圧的にならないように息遣い一つ、瞬き一つにまで注意を払い、話していく。

 

「えぇと。ルークとわたしは、とある事情……不測の事態で、道に迷ったと言いましょうか? キムラスカのバチカルに向かうはずが、マルクトに来てしまって……」

 

「なんだか話しにくそうだねぇ? 込み入った事情がありそうだ。まぁ、そこまで追求する気はないよ」

 

 ローズは、歯切れの悪い様子のティアに苦笑して、穏やかに頷いた。

 

「私個人としては……まぁ、マルクトの人間全員に言える事だけれども……。キムラスカの軍隊に、思う所がないわけじゃない。」

 

 ローズは笑みを消し、やや声を低くして言った。

 

 しかし、すぐにルークとティアに優しく笑い掛け、続ける。

 

「でも、キムラスカにも知り合いやお得意さんはいる。エンゲーブの野菜じゃなきゃ商売ができない! なんてね。それに思う所があるのは、軍隊にであって『ルークさん本人』にじゃない。私は、その辺がわきまえられないほど、若くもないし、耄碌してもいないつもりだよ。ははは」

 

 ローズは、再びカラカラと笑い一つ頷くと、ルーク達の顔を順に見回して、続ける。

 

「食料の事は、何とかしよう。料金とか細かい事は。私が引き受けた。しっかりご奉公するんだよ。チーグルの坊や」

 

 ローズは、最後にミュウに優しく微笑み掛けた。

 

「はいですの! ボク、ガンバリますの! ガンバってご主人様におツカえしますの!」

 

 それまで緊張の面持ちで、ローズの話を聞いていたミュウだったが、元気よく飛び跳ねて答えた。

 

 ルーク達は、その後ローズに振る舞われた野菜スープに舌鼓を打ち、しばしの間、冒険の疲れを癒した後、館を後にした。

 

 そしてルークは、これからどうするべきか考えた。

 このままイオン達と別れ、次の街へ向かうべきだろうか? 幸い、まだ日は高いが……。ティアに意見を求めようと彼女の顔を仰いだ。

 

 ちょうどその時ティアも、ルークに視線を送り、何かを言おうとしている所だった。

 

「何かしら? ルーク」

 

「あぁ、いや……。今からどーすっかな? ってさ……」

 

 ルークは、何故か歯切れ悪く言った。

 

 ティアは、「わたしも同じ事を言おう思った所……」と苦笑して、しばし何事か考える。 

 

「今日の所は、また村で宿を取りましょう。無理をして怪我をしたら、元も子もないし……」

 

「う~ん、だな」

 

 ルークは、ティアの言葉に喜んで良いのか悪いのか分らず、曖昧に頷いた。

 

「ルーク、ティア……、もうお別れなんですね……」

 

 ルークとティアのやり取りを見ていたイオンは、寂しげに微笑んだ。

 

「あ? そーなの?」

 

 ルークは、イオンの突然の言葉に呆気に取られたような表情で、言った。

 

 一方、ティアは再び、頬を指先で僅かに撫でながら考えている。

 

 ティアは、卑しくも神託の騎士団の末席を汚す者……『元』汚す者として、イオンの行動を気に掛けていたからだ。

 ライガの一件で、『何故、マルクト軍と一緒にいるのか?』『何故、導師守護役が一人しかいないのか?』等々聞く事ができず、うやむやになってしまった。

 しかし、今の……逆にルークに『守られてさえいる』自分には、『荷が重過ぎる』事だというのは明らかだ。

 

 せめて、マルクト軍……ジェイド・カーティス大佐の『真意』が知る事ができれば……。しかし、誘拐と勘違いされるような行動まで取り、しかも他国の軍隊と行動を共にしている以上、訊き出す事はできないだろう。

 

 『自分の立場では、どうする事も出来ないし、する権利もない。』というのが、ティアの結論だった。

 

「そうね。ルークは、ルークのするべき事……。無事にバチカルに辿り着くという事をしないと……」

 

 ティアは、ルークに微笑み掛けた。

 

「イオン様。私達は、これで……」

 

 そしてティアは、イオンと向き直り姿勢を正すと、深々と頭を下げた。

 

「ティア、待って下さい。ルーク、実は貴方に頼みたい事があるのです。良かったら『タルタロス』の……ジェイド達の陸艦なのですが……ぼくの船室に来て頂けませんか?」

 

 イオンは、ティアの言葉を遮る形で、彼女とルークを引き止めた。

 

「リクカン!? そんなモンに乗って来たのか? どこだ! 見えねぇぞ?!」

 

 ルークは、馬車の中から見た哨戒艦を思い出し、嬉々として周囲を見回すが、それらしい物は、見当たらない。

 

「エンゲーブの敷地の外に停泊してありますので、流石に、ここからでは……。でも、大きくて綺麗な立派な舟ですよ」

 

 イオンは、苦笑しつつ、その『タルタロス』とやらが停泊しているのであろう方角を指差す。

 

 チーグルの森とも、ルークが最初に入った村の入り口とも違う。ルークがまだ行っていない方角だった。

 

「ティア! せっかくだし、行こーぜ! リクカンも見てみてぇし」

 

 ルークは、子供のようにはしゃぎながら、言った。

 

 ティアは、他国の軍艦に、公爵子息が『遊びに行く』というのはいささか非常識が過ぎると、思った。と同時に、ルークの境遇では、「仕方がない。」とも思った。

 

 そして、イオンの『頼みたい事』も気になる所だが、おそらくイオン個人が対等の立場で語り合える『同世代の男友達』と離れ難いのも有るのだろう。

 

 マルクト軍も政治体制が違うとはいえ、同じく《王》を護る集団。

例え、ルークの素性が知られたとしても、『導師イオンの招いた客人』を粗雑に扱ったり危害を加える様な真似は、不用意にはしないだろう。

 

 多分に『希望的観測』が含まれているが……

 

 どうすべきだろう?

 ティアは、左手の指先で頬を僅かに撫でつつ考える。

 

 と、その時だった。

 




 前半は、少年らしいイオンを描いてみたという回でした。
 そして、後半は、原作では、ライガの一件で当事者であるエンゲーブの人達が「蚊帳の外」だったので、それは変だと思い、描きました。如何でしたでしょうか?
 如何……といっても、地味な会話劇なんですが……。またしばらく、地味な話が続きますが、ご了承下さい(笑)。

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