げんそうごろし!~Imagine Breaker~【凍結】   作:海老酢

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裏側の軌跡 The_ truth_ isn't_ always_ one.
【第六話】終焉から始まる物語  A_ fool_ chooses_ destiny.


突然の話になるが、上条当麻という人間は不幸な人間である。

一歩歩けば仕舞ったはずの財布を落とし、二歩歩けば足下にボールが転がり込み、三歩歩けば上から物が落下する。とは言っても彼の不幸の半分は自業自得な箇所もあるため一概には全て不幸のせいだとは言い切れない。他人から見れば不幸というよりは単に不運なだけでは?と感じるだろう。中にはそれだけで『不幸』だなんておこがましいと感じる者もいるかもしれない。

 

ただ不幸というものは人によって、見方や価値観によって、変わっていく。ある人から見れば上条は不幸な少年に見えるだろうし、ある人から見ればただ不運なだけの悪い意味での自業自得野郎にも見える。だが一番重要なのは不幸にも不運にも見えるその人生を歩む人間自身がその環境をどう捕らえているか。それが実際に「幸せ」なのか「不運」なのか「不幸」なのかは問題ではなく。上条当麻自身が自分は不幸だと感じているかが。結論から言えば上条当麻は自身を「不幸」な人間だと信じており、逆に不幸を自負している節もある。彼は自分の不幸を呪ろうと同時に自分の不幸に感謝もしていた。

 

確かに自業自得な箇所も多々あり、気をつければ問題がない不幸もあったが、それでも逃れられない不幸もあった。幼少の頃は疫病神と呼ばれ蔑まれた時期があり、借金を抱えた見知らぬ男に刺されたこともあったらしい。上条自身に覚えは無いのだが。だがそれでも上条は自分に降りかかる不幸が無くなればいいとは思わない。辛いことは数え切れない程にあった。逆に自身の不幸によって様々な人達を傷つけたこともあった。けれどこの「不幸」は上条に他の不幸に導いてくれる。この「不幸」のおかげで上条はあらゆるただ不幸に曝されるしかなかった人々へ手を差し伸べることができたし、その悲劇を食い止めることができた。

 

だから上条はこの不幸を憎みはすれど、感謝はすれど、失いたいとは絶対に願わない。

不幸は上条の人生に絶対のもので、あらゆる体験や経験や新たな出会いを与えてくれるものだから。

 

 

 

 

 

その空間は彷徨う骸達の呻き声と鳥の鳴き声だけが支配していた。

そびえ立つビルや飲食店は所々が崩れかけた状態で、自動車やバスは道路で放置されている。

空は快晴。風は心地よく、きっと今日の平均気温は高いのだろう。今は夏なのだから当たり前と言えば当たり前だが。こんな日には海水浴に出かけたり、アイスを食べたり、悠々自適に過ごすのが正解な一日であろうと予測される。……なんて現実逃避を始めているのはショルダーバッグを担ぎ、白シャツに黒のズボンという一般的な夏服の高校制服に拳から手首にかけて白い包帯を強く巻き付けたツンツン頭の少年。巡々丘学院二学年男子、上条当麻は一度首をポキッと鳴らしてから状況の把握へ早急に取り掛かった。上条の今の状況はというと。

 

『…ぁ』

「…」

 

周りを左右に揺れながら歩く『彼等』が囲み、喰らうべき餌を探している状態にあること。

上条の持っている武器が包帯を巻きバンテージをしている己の拳のみであること。

主に上条を囲む約6体の『彼等』の内4体が徐々にその距離を詰めてきていること。

上条は前後左右を軽く見回す。

 

(後ろと右から一体、左から二体、前には離れているけど二体か)

 

さて。

どう上手く切り抜けようか上条は思考を巡らせる。短く、されど適切な判断を下すために。そのためにはまず冷静に敵を観察し分析することから始めなければならないが。

 

(前のは無反応、右は左腕の欠損、後ろは右足の負傷、左の片方は損傷が見られずもう片方は両腕が無い…か)

 

『彼等』は腕や足などの身体欠損程度では止まらない。その動きを止めるには頭部の破壊、首を刎ねるという二つの手段ぐらいだろうか。観察に勤しむ上条ではあるが本来は相手にしなくてもいいはずなのだが理由が出来てしまい今に至っている。

 

(こういうときに都合良くやつらが駅に集まってるなんてな。脱出したときに邪魔になるだろうし数を減らせるときに減らすのが得策か?)

 

不幸だとつい心の中で呟きそうになるが代わりに小さく息を吐く。

やはり『彼等』が集まっている原因は朝だからなのか。よく見れば『彼等』の殆どがスーツに身を包んでいて、雑居ビルに吸い込まれていくように足を運んでいる者もいた。まるで生前の行動を繰り返すようだと上条は思う。

 

(それでも、やらなきゃならない。例えこの世界が文字通りに『終わってしまっても』、あいつらだけは!)

 

息を整え、敵を見据え、右の拳を堅く握り締め、アスファルトの地面へ強く足を踏み込む。

改めて達するべき決意を胸に刻み、上条は手始めに距離が一番近い左側の両腕が欠損している『彼』の懐へ飛び込む。

 

――――が。

 

その直前。威力の増強のため右手を後ろへ引いた瞬間。後方から動物の、正確には犬の鳴き声が聞こえた。

 

「―――ッ!!!」

 

咄嗟に、というよりもほぼ無意識に近かった。

左回りに振り返ると同時に姿勢を低くする。右の拳を振りかぶりながら。

上条の視線が捕らえたのは一匹の、猛烈な勢いで上条の方向へただ走り続ける犬。一瞬だが身体の一部一部が腐っているようにも見える。犬が『彼等』と同じ存在であるということがその腐敗した部分のおかげで確認出来た。

 

(このまま、)

 

勢いを止めること無く、減速することも無く、上条は振り向きながら目標を『彼』から『犬』へ切り替えていく。

『犬』は一心不乱に上条のいる方向へただ走る。猪突猛進(ちょとつもうしん)の如くに。

上条は振り向き様に姿勢を低くしていった。『犬』の頬に拳を叩き込むために位置を調整していく。あらゆるスピードとあらゆるタイミングを。一撃で『犬』を仕留めるための布石を打つ。

 

『 』

 

上条が振り向き終わる前。腐敗したその身体に宿る驚異的な力で『犬』は跳ぶ。

歯茎が見えるほどに朽ち果てた口から放たれた咆哮(ほうこう)は最早この世の獣のものとは思えない。

だが上条は臆さない。そのような過程は当の昔に踏んでしまった。今の上条に出来ることはこの右の拳で戦うことだけだ。ならば「最速」と「必殺」を込めた一撃で相手を葬るのが理性を失ってしまった『彼等』への、せめてもの救いになるはずだと。

 

(殴り抜ける!!)

 

心の中で叫ぶ。決して声には出さないその叫びと共に上条は可能な限りの「最速」と「必殺」を兼ね備えた拳を振り下ろす。定めた部位へ。正確無比に。

魂の抜けた骸へ、救いという引導を渡すため、破壊と調整を担う右の拳を叩き込む。

 

ゴキンッ!!!と皮膚と筋肉に包まれた骨同士のぶつかる鈍い音がなるがこの空間に響くことは無い。

勝者は人、敗者は畜生。勝者である人は『犬』であった畜生をただ見つめる。『犬』だったものはもうピクリとも動かない。息もせず、脱力している。結果が出ただけ。勝者は生き、敗者は彷徨う死骸からただの死骸へとあるべき姿に帰っただけなのだから。だが上条には言い得もしれない、あらゆる感情がごちゃ混ぜになっていく感覚だけが彼の内側を支配していく。

 

(『救い』だとか『一撃』だとか…まるでフィアンマみたいだな)

 

みたい。というよりも近い………だろうか。

かつて上条がいた世界では第三次世界大戦なんていう短い戦争が起こった。

その戦乱の最中(さなか)、一人の赤い男が中心にいたのだ。

名はフィアンマ。第三次世界大戦を引き起こした戦犯の男。上条はフィアンマと何回か対峙したことがある。フィアンマの目的は『全人類の平等な救済』。人々を『不幸』にする戦争を引き起こしながらもその行動の到達点は人々の『救済』。目的と手段が明らかに矛盾しているフィアンマと最後まで戦い続けた上条は戦闘の中でフィアンマの行動理念や思考に触れた。確かに彼の振るう手段は他を顧みないものばかりで『救済』を明言する者の行動とは思えないものばかりだったが。同時にその想いは本物なんだとも感じられたのだ。ただ彼が世界というものを知らなさ過ぎただけであって。

ちなみに上条自身気づいてはいないが彼とフィアンマは正反対な部分も多いがそれと同時にその根本など共通点もある。

 

(何やってっかなアイツ。ベツレヘムの星から多少強引に脱出させたけど無事………なのか?)

 

今は何処にいるのか、そもそも生存しているのかも確証もないかつての敵に思いを馳せてみる。現在のこの殺伐とした状況でこの世界にいるのかも定かではない人物について思いを巡らせる上条は果たして大物なのかただのお気楽な馬鹿なのかは定かではない。

 

『………』

「っ!?」

 

思考に耽る上条は思い出したように周りへ意識を向ける。

いつの間にか。意識を思考の奥底に沈めている内に『彼等』に囲まれてしまったようで。

即座に戦闘態勢に入り、その拳を再び『凶器』へと変えていく。軽く見回すだけでも先程の倍以上はいるようだ。

 

『 』

「ぁ―――――――!?」

 

声にならない悲鳴が喉を通ろうとするのを必死に喉元で塞き止める。

何とか吐き出しそうになる悲鳴を呑み込むが同時に動悸が激しくなっていく。意識しなくとも右手に自然と力が入っていった。その原因は目の前で、唸りを上げる。こちらをジッと見つめながら。肩を上下に揺らしながら。

 

(『犬』…それも七匹?!)

 

大型が三匹、小型が四匹の畜生七匹が上条を中心に追い込むように囲んでいく。そのさらに周りを『人』型がゆっくりと徘徊しながらゆらゆらと揺れ歩いている。動悸は早まっていて、上条の内側を圧迫していくように緊張が押し寄せ、獰猛で素早い『犬』型と鈍いが数の多い『人』型に囲まれながら。上条は誰に聞かせる訳ではなく、自嘲する訳でもなく。しばらくの間、口にすることもなかったある口癖が無意識に喉元を通過する。

 

 

「不幸だ」

 

 

ピクリと。『彼等』がその声に反応し始めた。口癖を思わず呟いてしまうほどに愉快で悲惨な状況でも、何度でも言うが上条のやるべき事は変わらない。生き残るために叩き潰す。尊厳などという人間の作りだした言葉の意味が存在しない。彷徨い、闊歩し、徘徊し、歩く。そして動く肉塊へ喰らいつくためだけに動き続ける。そんな骸たちを葬ることだけが…。

 

「ォラァ!!」

『 』

 

一歩。アスファルトで舗装された固い地面を強く踏みしめ『犬』の一匹との距離を一瞬で零に詰める。その勢いのまま上条は下から突き上げるように『犬』の胴体へ左足の甲を叩き付けた。蹴り上げられた『犬』は抵抗することも出来ずに別の『犬』へ激突し、『人』型の何体かを道連れに吹き飛ぶ。

それが開戦の合図だった。『彼等』が一斉に上条の目視し、敵視し始める。『犬』は牙を剥き出しに、『人』は腐敗した声帯から捻り出す声とも唸り声にもとらえることが出来る音を発した。

 

上条の戦いというものは毎度の如く、『不幸』を軸に展開していく。上条が望もうが望むまいが。

上条の意思に関わらず戦いは続く。それがどれだけ不毛で絶望しか無かったとしても。

 

『ぁぁ』

(ッ!―――――――考える時間は無いか!!!)

 

暢気に思考する時間など無い。必要なのは最短の思考決断、最適の判断。

決して短絡的ではなく、かといって慎重になり過ぎてもいけない。情報を蒐集し、無駄な部分を削ぎ落とす。最適解を導き出し、最短の戦闘を実現させる。

 

「邪魔だッ!」

『ごっ、』

 

『人』の頭部へ回し蹴りを叩き込む。他の『人々』は上条に近寄ろうとはせず、『犬』は様子を窺っているようだ。そのおかげか、上条に若干の余裕が戻ってくる。あくまでも若干ではあるが。

 

(…)

 

巡々丘駅を横目に見る。ラジオからの情報を頼りにここまで来た。後は―――――――

 

 

(祠堂。頼むから、生きててくれよ)

 

 

右の拳を握り締める。一歩間違えれば己の拳を自壊させかねないほどの握力で。

言いようのない気持ちの高ぶりを沈めるために上条は最低限の思考以外は考えず思わず、ただ冷徹にただ冷静に拳を振るう。その矛先は『彼等』へと理不尽に向けられる。

 

途中から最初に定めた戦闘の理由や『彼等』に対する想いは忘却の彼方へ。だが上条はそれでも。駅周辺を闊歩していた『彼等』を。最後の一体になるまで―――――――といっても「一体」も残しはしないが、ただ無心に拳を振るい続けたのであった。




今回は短め。
この話を一言で言えば「無駄話」。
次回から本気出す…かも。

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