げんそうごろし!~Imagine Breaker~【凍結】   作:海老酢

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にちじょう
【第一話】はじまり


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学校。

 

 

君はこの場所にどんなイメージを持っているかな?

勉学に勤しむ場所。退屈な場所。好きな人と出会える場所。楽しい場所。

色々なイメージがあると思う。人それぞれで全く異なるイメージがある場所っていいよね!

 

 

………え?そういうアンタはそんな学校にどんなイメージを持っているのかって?

そうだなぁ…………たまには喧嘩もするけど最後にはみんなで笑い合いながら一つのことをやり遂げる。そんな場所。

 

 

まぁ、音楽室とか物理実験室とか。変だけど面白そうなものが沢山あって一つの国みたいなところだとも思ってるけどね。

 

 

で。君はどう感じ、どう思ってるのかな?聞かせてよ。このせ・ん・ぱ・いである私に!

………ふふ。ゴメンゴメン。やっぱり先輩って呼ばれて、頼られるっていいなぁ。しかも男の子に頼られるなんてのはなかなか無かったから余計に。

 

 

ふっふっふっ~。ほらほら先輩だよ~?君よりも一つ上の先輩だよ~?もっと頼りたま……痛っ!?きゅ、急にチョップするなんて酷いよ!

 

 

もう。まぁ君には色々と言いたい事もあるけど。もっと先輩を敬う気持ちを持ってとか、先輩なのに子供扱いするのはどうなのかとか。本当に色々あるけれど!!

 

 

今はさっきの質問に答えて貰うからね。絶対に!絶対にだよ!?

…………………………よし。じゃあもう一度聞くね?

 

 

 

 

 

 

 

貴方にとってこの『学校(せかい)』はどんな場所?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減に起きなさい丈槍さんっ」

 

「うへぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業中に居眠りしていたら先生による脳天を正確に狙ったチョップを叩き込まれ、わたしこと丈槍由紀は目覚めたのである。

痛い。とにかく痛い(と思ったが別に痛くは全然なかった)せっかく気持ちよく眠れていたのに。この世とは理不尽極まりないものだと改めて認識した。

その後は何やかんやあって無事授業を終えたわたしは鼻歌を鼻から奏でながら(?)廊下を走る。

 

 

私立巡々丘学院高等学校。それがわたしが通う学校の名前だ。この学校には様々な面白いものがたくさんある。

聞いた話だと、確かソーラーパネルとか浄水施設だとかよくわからないけど他の学校にはあまりないスゴイものがあるらしい。

 

 

いや~そんな高校に通えるわたしは本当に幸せ者だなぁ……

何一つ傷ついてない窓から溢れる日差しと髪を撫でるような涼しい風が流れ。ああ、気持ちいいっ。

 

 

そして周りから聞こえるこの学校の生徒たちの会話、生活音、ガラスの破片を踏む音(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 

うん、何もおかしくない。漫画とかに出てくる、退屈と表記されるような、けれどとても大切な日常。

そんな光景が、そんな物音が、そんな会話がわたしの耳に流れ流れる。本当に心地良い…………………

 

 

「よし、とうちゃ~く」

 

 

周りで会話を交わす生徒達の横を通り過ぎながら着いたのは『元』生徒会室で「今」はわたしが所属する部活、学園生活部の部室である。

生徒会室と書かれている室名札の上に重ねる形で紙がテープで留められていて、そこには学園生活部と書かれている。

いつ見ても雑だ。それも良い味が出ていると好意的に解釈しながらわたしはドアを開く。

 

 

「ようっ、ゆき」

「やっほーくるみちゃん」

 

 

ドアの先にはシャベルを持った女子高生がカンパンを食べていました。

と言うと大抵の人は「そんな女子高生がいるか」「妄想ですか?」「あらあら」といった反応をするだろう。

が。ところがどっこい現実です。いや本当だよ?

 

 

「なぜここでシャベル」

「ふふーん、知らないな?」

 

 

と、ここでシャベルを持った女子高生こと恵飛須沢(えびすざわ)胡桃(くるみ)ちゃんはシャベルについて熱く、熱を帯びたような口調でシャベルについて語り出したが私は敢えてスルー。

 

 

興味が無く、聞いても何の役にも立たない話を真面目に聞いて居られる程わたしに(精神力の)耐久力はありません。

くるみちゃんのシャベルをブンブン振り回しながらわたしは今日の出来事をくるみちゃんに話した。

 

 

「今日さ、すっごく危ないところだったんだよ~」

「はぁ?どうしたのさ」

「部活忘れてうっかり家に帰るところだった」

「危ないなおい!?」

 

 

わたしの発言にくるみちゃんはカンパンに伸ばしていた手を思わずといった感じで止める。

心配と驚きが混ざり合ったような表情を浮かべながら「次は気をつけろよ」と言いながらカンパンへと伸ばしていた手を再び動かす。

 

 

カンパンを口へと運び、ポリポリと咀嚼し、口が乾燥したのか長テーブルに置いていたくるみちゃんの似顔絵が描かれたコップを手に取り、中身を飲み干した。

 

 

「わたしも食べよっと。ひとつもらってもいい?」

「おう」

 

 

わたしはくるみちゃんに許可を得てからカンパンの缶詰へと手を入れ、カンパンを取り出し、口に運ぶ。

ボリボリと音を口の中で立てながらカンパンの味を楽しむ。口の中が乾燥してくる。だがそれがいい。

 

 

「カンパンってなんかさばいばる!って味がするよね」

「わくわくするよな」

 

 

くるみちゃんは言いながら二つ目のカンパンを囓り、コップにペットボトルの水を一口分注ぎ、また飲み干す。

ふと。そこでわたしの頭にある疑問が湧く。

 

 

「そういえばりーさんとめぐねえは?」

 

 

りーさんとめぐねえ。二人はこの学園生活部の部員であり、創設者でもある。前者は部長、後者は顧問だ。

 

 

りーさんこと若狭(わかさ)悠里(ゆうり)さんはとにかく頼りになる人。それがわたしの印象。

いろいろなことを知ってるし、園芸も出来し、頭も良い。部長という言葉がとにかく似合う人。

 

 

めぐねえこと佐倉(さくら)(めぐみ)先生も頼りになる人です。結構抜けてて先生に見えない時も多々あるけれど。それでもわたし達に元気と勇気をくれる最高の先生。抜けてるところあるけど。大事な事だから二回言ったんだよわたしは。

 

 

「部長は屋上。園芸部の手伝い。で、めぐねえは……確か見回りに行ってくるとか言ってたな」

「そっか。じゃあわたしはりーさんのところに遊びに行こうかな」

「遊びに行くな。遊ぶにしてもせめて手伝いはしっかりとな」

「えぇ~」

「めぐねぇの方に行こうと思ったが…こりゃゆきの付き添いしなきゃな」

「ボソッと………何呟いてるの?」

「いや別に。私も行くよ」

「わかった!」

 

 

という訳でわたし達はりーさんの元へ遊び…………………もとい手伝いをするため、菜園がある屋上へと向かう。

 

 

「あ」

「どうした?」

 

 

わたしは部室のドアに手を掛けたその時。わたしは学園生活部に所属するもう一人の部員で唯一の男子生徒のことを訊き忘れている事に気がつく。

 

 

「そういえば『とーくん』は何処にいるんだろ」

「………そういえば朝から見てないな」

 

 

そう。学園生活部唯一の男子生徒であり、ツンツン頭が特徴的。そしてわたしと同じくいつも補習授業を受けている補習常習犯の男の子。とーくんこと上条(かみじょう)当麻(とうま)くんだ。

ちなみにわたしとくるみちゃんとりーさんは三年生なのだがとーくんはこれまた唯一の二年生。さっきから唯一を独占し過ぎだとわたしは心の中で静かに抗議する。

 

 

「ま、どうせそこら辺で困ってる女子生徒でも助けてんだろ」

「うーん。いつも不幸だ~って言ってる割には女運だけはいいし」

「いや女に会う度にトラブル会ってる時点で女運も地の底じゃ………」

「確かに?」

 

 

とーくんの代名詞といえば不幸と言えるほどとーくんには大小様々な不幸が降りかかる。

道を歩けば財布を(しっかり仕舞っているのに)落とすし、物を持っていれば何処からか飛んできたボールが丁度いいタイミングで足下に転がり込む。

 

 

路地裏に視界を移すとそこには殆どの確率で女の子(大抵美少女か美女)が不良に絡まれていてそこに突っ込み、怪我をする(普通の人なら通報するか見て見ぬ振りをするかだがとーくんは自分から突っ込むからこれは自業自得だが)

 

 

まぁ、そんなこんなで色々と不幸そうな人生を歩んでいるのだが当の本人は

 

 

「不幸だ」

 

 

と言いながらもケロリとしているのでそこまで深刻に考える事はするだけ無駄というものだろう。

というか不幸に押しつぶされるとーくんのビジョンが見えてこない。

どちらかというと女の子に押しつぶされるのが見えてくる………………………明確に見える?!!

 

 

「ま、まぁ今はとりあえず屋上に行こっか…」

「…………そうだな」

 

 

わたしは降ろしていた手を再び上げ、ドアに手を掛けて横に開く。

ここは三階。階段を駆け上がればすぐに屋上だ。さぁ、行かん。部長の元へ!!

 

 

「シャベルシャベル………」

 

 

くるみちゃんに何故わざわざシャベルを持って行く必要があるのか小一時間ほど問い詰めたい気分に駆られるが今は気にしないようにしよう。

 

 

「園芸に使うかもしれないだろ」

「……」

 

 

心を読まないで欲しい。ていうか何かの能力者なのくるみちゃん?

 

 

 

 

 

 

 

 

この学校の屋上には園芸部が所有する菜園がある。

植えてある野菜の種類が豊富で、見ているとお腹が空いてくるくらいに瑞々しい。

そんなことを考えてしまってはお腹が空くの別の事を考えよう。

 

 

何を考えようか……そうだ!最近の出来事を思い返してみようかな?

りーさんの美味しそうな手料理の数々、くるみちゃんのシャベル自慢、めぐねぇの板書間違い、とーくんのラッキースケベ(お仕置きもセット)。ああ、思い出すだけで沢山のことがあったんだなぁとわたしは思い出に浸り、感慨に耽る。

 

 

とーくんの不幸による(自業自得とも言う)エピソードは半日じゃあ語り尽くせないくらいあるが一番不幸なのはその被害に遭っている被害者(主に女性)ではなかろうか。

 

 

「でもその割にはりーさん……」

「どうした?」

「いやりーさんととーくんってどんな関係だったけな~て」

 

 

そう。学園生活部の部員の殆どはお互いに面識が無く、あったとしてもめぐねぇぐらいだ。

実際わたしはりーさん、くるみちゃん、とーくんとは面識は無いに等しかったし。くるみちゃんはりーさんと知り合いのようだけど。

 

 

しかしとーくんは学園生活部が設立する前からりーさんとめぐねぇとは知り合いだったようだし、わたしやくるみちゃんよりもどうにも親しげな様子で話していた。

 

 

しかし面識があるということ以外にりーさんととーくん、めぐねぇととーくんがどういった関係かははっきりとはわかっていない。

 

 

「う~ん……………………スマン。私もよくは分からねぇんだよ」

「そっか。なら仕方ないよ」

 

どうやらくるみちゃんもその関係については分かっていないらしく、さらに謎が深まる。

まぁ、直接本人達に訊けば良いだけの話だ。手伝いついでに訊いてみよう。

 

 

話し込んでいる内に屋上へと続く階段を上り終え、屋上への扉の前に着く。

屋上の扉には何かが付けた引っ掻き傷が無数にあり、まるで廃墟のようなイメージをわたしの頭に叩き込んでくる。

 

 

大方誰かの悪戯か、迷い込んだ犬なんかが付けたのだろう。わたしは気にせずにドアノブへと手を掛ける。

捻るとドアの留め具(?)のようなものが外れる音がした。元気よく、みんなに自分の楽しいという気持ちを与えられるように、目一杯の笑顔で。

 

 

「園芸部のみなさんお世話に

 

 

あいさつを…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ」

「えっ」

「は?」

「ん?」

 

 

 

 

 

 

とーくんがりーさんを押し倒していた。

豊満なその胸に顔を埋めながら横にしてこっちへと視線を移す形で。

ちなみに上からとーくん、りーさん、わたし、くるみちゃん。

 

 

「……………………………………………………………………………………………」

「えっ………………………………………あ~そういうこと」

 

 

静かにこの状況を理解しているくるみちゃんを余所にわたしは菜園に転がっていた蛇口から伸びている数メートルの長さを誇るホースを拾う。

 

 

「まっ、待ってくれませんか丈槍由紀大先輩いや丈槍由紀様これには空よりも広く海よりも深い深い訳がありまして」

 

 

と長々と言い訳をりーさんから離れながら必死に述べ続けるとーくんを無視しながらわたしは蛇口へと向かう。

 

 

「りーさんちょっと離れてくれるかな」

「え、ええ」

 

 

りーさんは制服に付着した肥料の混ざった土を手で払いながら立ち上がる。

とーくんは言い訳の間にりーさんへと謝罪の言葉を伝える。「良いのよ」と言いながらも満更でもない表情を浮かべるりーさんにくるみちゃんは何とも言えない表情になった。

 

 

「そうあれは若狭先輩の手伝いをしていたときだった俺は若狭先輩に植える種を持って来てと頼まれ言われたとおりに持って来た。けど段差に足を引っかけて転んだらそこに若狭先輩がいたんだだからその………………………スイマセンでしたァァァァぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」

 

 

言い訳の途中でとーくんは誰が見ても綺麗なフォームだと思ってしまうような、完璧な土下座を披露する。

言い訳からの土下座への移行が滑らかで素晴らしかったとも思える。

 

 

けど。

 

 

蛇口のハンドルを捻りながらこの手に持つホースを目標へと矛先を向ける。ロックオン。

土下座するとーくんのツンツン頭へ。

 

 

「とーくん」

「へ?」

 

 

土下座の体勢で顔を上げるとーくんにわたしはとびっきりの笑顔で!

 

 

「少し…頭冷やそうか?」

「物理?!」

 

 

水をぶっかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「冷てぇ…」

「あはは…ゴメンゴメン」

 

 

顔面に途轍もない水攻撃をモロに喰らったとーくんは濡れ濡れ状態になった。

その表情はとても暗い。ついでに不幸オーラが周りに漂っているようにも見えて仕方がない。

 

 

「ほら水にも負けないいい男っていう言葉もあるじゃん?」

「なんですかそれ……水も弾けるいい男でしょうが」

「水も滴るだろ」

『………………………………………』

「はぁ」

 

 

人は誰しも間違いを犯すものだよくるみちゃん。

 

 

「それよりもりーさん!」

「何?」

「わたし達に何か手伝う事はない?」

 

 

と、わたしはそこで危うくとーくんのラッキースケベのせいで忘れかけていた本来の目的を思い出す。

わたしとくるみちゃんの目的はりーさんの手伝いだ。それを忘れてしまってはいけない。

 

 

「そうねぇ…でも粗方作業は済んだし特にはないかな」

「うぇ~一足遅かったか~」

「当麻には感謝しなきゃね。当麻のおかげでスムーズに作業が進んだから」

 

 

ゴシゴシと頭をタオルで拭いているとーくんを見ながらりーさんは嬉しそうに言った。

その表情が本当に楽しそうで、幸せそうで。見ているわたしも癒されるし楽しい気分になる。

「不幸…いや何でもかんでも不幸で済ませたらダメだろ」と呟いている当人には見えていないだろうけど。

 

 

「それじゃあわたしは教室に行こうかな。みんな(・ ・ ・)も待ってるだろうし」

 

 

くるみちゃんとりーさんの表情に一瞬。陰りのようなものが見えた気がする。

だがそれもすぐに笑顔に変わった。にっこりと。

 

 

「分かったわ。行ってらっしゃい」

「私はしばらく屋上にいるわ」

「気をつけてくださいよ」

 

 

「うん、わかった!」と言って私は扉のドアノブを捻り、屋上から出る。

とその前に。わたしは扉を半分開き顔を覗かせた。

 

 

「どうしたの?忘れ物でもしたの?」

「あっ、そうじゃなくて」

『???』

 

 

一体どうしたんだ?という疑問を言葉じゃなく表情で表しているみんな。

もじもじと身体を左右に揺らし、捻りながらわたしはその表情に言葉で答える。

 

 

「えーとね、みんな好きだよっていうか」

「なんじゃそりゃ???」

 

 

みんなの表情に浮かべていた疑問色がさらに深く、なにいってんだこいつ的な雰囲気も混じっていく(気がした)

 

 

「ほら合宿忘れて帰りそうになったけどさ、別にみんなのこと忘れたんじゃないよっていうか」

 

 

少しだけ。頬が熱くなっていく、赤くなっていくのが自分でもはっきりと分かる。

照れくさいという感情がわたしの胸を埋めていくがそれと同時にどんな反応をされるか、なんて不安も募っていくのだ。

 

 

訊いておいて何だが、逃げたくなる。恥ずかしい、どう思われたか、どう思われているのか。

色んな疑問も、不安も、無尽蔵に湧き出てくるがそれでも。

 

 

それでも。

 

 

 

 

 

 

「わかってますよ、丈槍先輩」

 

 

とーくんがわたしの返答にツンツンと、だがどこか柔らかそうな髪をタオルでゴシゴシと荒っぽく拭きながら。

優しげで。でも、何処か遠くを見つめているような。そんな目でわたしを真っ直ぐに。

まるでわたしの溢れ出る感情を見透かすかのような。その目でわたしの心を射貫いていくような。

不思議な感覚を与えてくる。

 

 

「うん!」

 

 

とーくん。りーさん、くるみちゃん。みんなへ、今のわたしに出来る精一杯の笑顔で、快活とした返事を。

 

 

「それじゃ、行ってきます!」

 

 

わたしは屋上の扉を閉め、教室へと戻る。

ああ、次は何をしようかな。明日はどんな日になるのかな。

 

 

そう考えるだけで元気が出る。活力が湧く。希望が、望みが、願いが。

次々と頭の中で流れ星のように、浮かび上がり、消えていく。

 

 

(やっぱりわたし。この学校が、学園生活部が大好きだ!)

 

 

わたしは胸を躍らせながら、そこまで長くもない廊下を走り、自分の教室へと辿り着く。

一度。深呼吸をして、教室の扉へ、手を掛ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パキッと。硝子を踏む音が無人の教室(・ ・ ・ ・ ・)のなかで鳴り響く。

少女は気づかない。丈槍由紀という少女は音を知覚できないのではないが意識に、思考に。

その音という情報が割り込んでこないはずがない。

 

 

しかし。

 

 

それでも。少女はその音を認識できない、いやしない。

 

 

そう彼女が今の自分を構成している。不都合な現実(いま)を幸せだった理想(かこ)に塗り替え、それを阻害する事象を別の『何か』に置き換え過ごす。

 

 

そこに居ない誰かへ話しかけ、そこに無い何かをただ認識する。

居るように脳へ認識させる(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 

彼女が行っているのはそういうこと。丈槍由紀という一人の少女が無意識に実行している現実逃避。

悲劇かは分からない。見る人によっては茶番に見えるだろう。滑稽にも見えるだろう。幸せそうにも見えるだろう。

 

 

けれどそれは。その人間の『見方』次第だ。彼女のこの様がどれだけ悲劇に見えようとも、喜劇に見えようとも。

彼女にとっては掛け替えのない幸せの幻想(せかい)なのだから。

 

 

だからこそ。だからこそ。自分は(・ ・ ・)この先輩を守らなければならない。いや、守りたいのだ。

 

 

(だから俺は………ッッ!!)

 

 

自分はそんな淡く、脆い幻想を守りたいと思った。思ってしまった。ならこの想いは止まらない。

彼女が教室へと入っていく様子を壁に寄り添うように身を隠しながら。少年は決意を抱く。

 

 

無意識に己の右の拳を握り締め。必殺の凶器へ変えながら。

その幻想を殺さなければならないと自覚しながらも。少年は教室へと背を向ける。

 

 

幻想の守護と破壊。二つの役目を担うことへの苦しみを痛感してさえ。

どちらかを選ばなければならないと知りながらも。

 

 

 

 

そして。そして少年は――――――――――――




文章やキャラなど気になった点をご指摘していただければ幸いです。

ちなみにがっこうぐらし!の内容は原作五巻までになるかと。
なるべく長くならないようにします。それではまた次回。

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