白き妖犬が翔る   作:クリカラ

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捻じれる参加者

 

 

 

 

 

―――遠坂邸襲撃の後、ランサー陣営

 

ケイネスは、その顔を忌々しそうに歪ませていた。

そんな彼に対して、ランサーは臣下の礼を取っていた。

 

「――殺生丸……か」

 

「……生前に出会った事が有るので、間違い無いかと思われます」

 

ランサーから告げられた情報をケイネスは吟味していた。

そしてこの戦いが、絶望的なものに成ったと考えた。

 

ケイネスは彼らの戦闘を観察しただけで、その結論を出した訳ではない。

その考えに至った一番の経緯は、ディルムッドの伝承の中に在る。

 

「……ランサー、お前は私に絶対の忠義を誓った、そうだな?」

 

「――ハイ、私は主に忠誠を誓った身。その言葉に、嘘偽りの類いは一切有りません」

 

「――ふむ、ならば此れより問う言葉に貴様は嘘偽りなく述べよ」

 

「はっ、承知仕りました」

 

ランサーは忠誠を誓った存在に絶対の自信を以て応えた。

そんな彼に、ケイネスは軽く問い投げた。

 

「――貴様を含めたフィオナ騎士団全軍(・・・・・・・・・)化生の神(殺生丸)に挑み……敗北した伝承は真実か?」

 

「――っ!?」

 

……ランサーにとって、その問いは答え辛いもので有った。

その事実をこの場で明かすのは、決定的な敗北宣言をするのと同義である。

 

だが、忠誠を誓う主の問いに彼が嘘など付ける筈は無かった。

彼はケイネスに、歴史の事実を正直に告げた。

 

「……我が主の言葉に偽りは御座いません。

 ――我らはあの者(殺生丸)に戦いを挑み、見事に返り討ちに遭いました」

 

「………………」

 

「………………」

 

ランサーは自身の返答に何も応えてくれないマスターに、不安と諦めの感情を同時に感じた。

当然だ、その話が事実ならばランサーが如何に努力しようとも、

殺生丸に一矢報いる事さえも出来はしないだろう。

自身の主に失望されていないかと云う不安、そして今回は忠義を果たせないと考えての諦め、

ランサーの感情を占めるものはその二つであった。

 

そんな彼にケイネスは今一度、問いを投げ掛ける。

 

「――ランサー、貴様一人で彼の化生に勝てるか?」

 

「――っ!?」

 

この質問の意味がランサーには解らなかった。

何故、先ほどの会話からこの様な問いが投げ掛けられるのか検討が付かないのだ。

 

騎士団全軍で挑みながら負けたと云うのに、ディムルッド一人で勝てる道理など無い。

それ故に、ランサーはケイネスの意図を測りかねていた。

 

ランサーはこの問いに自信を持ち応えようとした。

彼の者の首級は我が槍で……と、彼は考えたのだ。

 

だが、其処まで思考して彼は喋ろうとした言葉を止めた。

いま、彼のマスターは自身に何を求めているのだろうと……

 

「(――先ほど主は仰られたではないか、嘘偽りを申さずに応えよと……

  私は、出来もしない嘘を主に告げようとしているのでは無いのか?)」

 

ここまで考えて、彼は迷った。

騎士道に於いて、敵が強いからと初めから敗北を認めるのか?

……だが、今の彼では如何足掻いた処で手傷を負わせる事すら出来ない。

 

故に彼は悩みに悩み抜いて、その答えを出した。

 

「――私…一人では……勝てません……」

 

「――――――」

 

ランサーは惨め過ぎる想いを感じていた。

 

自身の主君に勝利を奉げる事も出来ない。

言葉にも出来ない。

 

この身は戦う事でしか役目を果たせないのに、其れすら不可能に成った。

一体、自分は何なのだろう?

彼には、もう何も残されてはいなかった。

 

そんな折、ケイネスが告げた。

 

「――貴様の忠義を認めよう、ディルムッド・オディナ」

 

「………………えっ?」

 

………………いま……主は何と述べた?

この……私の忠義を…認めて下さると仰られたのか?

 

ランサーは今迄で一番、混乱していた。

そんな彼の間抜け顔を見たケイネスは忌々しそうにしながらも言葉を続けた。

 

「――腑抜けた表情を魅せるな、愚か者。

 貴様があのサーヴァントには勝てないのは、幼子でも理解できる些事だ。

 ――もし貴様があの問いに対して、我が槍で示すなどと言った妄言を吐く様で有ったならば、

 即座に令呪で自害を申しつけたものを……」

 

ケイネスは今でもこの選択が正しいのか迷っている様だったが、更に言葉をこう続けた。

 

「だが貴様は自身の弱さを認めて、一人では勝てないと正直に告げた。

 貴様自身の事だけではなく、私への忠義に応える為にその事実を述べたと理解した。

 ――故に此処で、貴様の忠義を今一度信じることにした。

 唯、それだけだ……何か異論が有るのかね? ランサー?」

 

「――――――」

 

――――――ツンデレだ。

――――――高レベルのツンデレが此処に居る。

 

今迄、ランサーを冷たくあしらっていた彼がここ一番で彼を信じる等の言葉を投げ掛けていた。

別にケイネスは、そんな気持ちは一欠けらたりとも持ち合わせていなかった。

 

ただ、ランサーの言葉をやっと少しは、ほんのちょっぴり認めてやろうかなと考えただけだ。

信頼などと云ったそんな恥ずかしい感情は今の処、ランサーに対しては無かった。

 

だが、ランサーにとってはコレだけで幸せの絶頂ものだった。

 

やっと……やっと、主が我が忠義を認めて下さった!

勝てないと情けない言葉を告げたのに、

それでもこのディムルッドを信じてくれると仰られて下さった!

 

ここに、嬉しい誤解が起こっている。

 

ケイネスはランサーを一応は認めると言ったものの、

それでもまだ彼に対して複雑なものを感じていた。

ランサーは自分では勝てないと宣言したのに、

それでもこの身を見捨てなかった主に感激していた。

 

この二人、結構相性が良いのかも知れない。

ケイネスが毛嫌いしても、それにランサーが動じなければいいのだ。

 

此処に、勘違い主従が誕生したのだ。

 

っと、その場にケイネスの婚約者であり、ランサー陣営の協力者である一人の姿を現した。

彼女の名は、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。

ソラウは彼らの話し合いに一端、席を外していたのだ。

 

「――ケイネス、話は終わったの?」

 

「――ソラウ、私たちの話は終わったよ。これからの方針を今から決めたいと思う。

 君も話に参加してくれ」

 

「解ったわ、それとランサーは疲れてない?」

 

「……ソラウ様、私はサーヴァントの身です。

 肉体の疲労現象などは、決して起こり得ません」

 

「そう? 疲れたら時は私に言ってね?」

 

「………………」

 

「………………チッ!」

 

彼女は乙女だから、都合が悪い話はデフォルトで聴かない。

いつもだったらここで会話が終わるのだが、今日は一味違った。

 

「――いえ、その場合は我が主に伝えますので結構です」

 

「「………………えっ?」」

 

ケイネスとソラウは、自身の耳を疑った。

いま、彼は冗談を言ったのか?

真偽を確かめる為に、ケイネスは彼に尋ねた。

 

「――ランサー、冗談は其処までにしておけ」

 

「いえ、私に不調が起こった場合は主であるケイネス殿に

 私を視て頂かなければ…と愚行した所存です」

 

「………………」

 

「――ふむ、そういう事なら私に告げろ。

 貴様が使い物にならないなど、此方のイイ迷惑だ」

 

「――ハイ、主の仰る通りです」

 

「………………」

 

「……所でソラウ、如何かしたのかね? 先ほどから黙ったままだが?」

 

「……ソラウ様?」

 

彼らの話を黙って聞いていた彼女は、ケイネスとランサーに注目されてその口を開いた。

 

「――駄目よ」

 

「……ん?」

 

「……ソラウ様?」

 

彼女が何の事を話しているのか、男二人には解らなかった。

そして彼女はもう一度、声高らかに宣言した。

 

「――そんなの駄目……私は絶対に認めないわよ!」

 

「「えぇっ!?」」

 

二人は心底、彼女が何に対して駄目だと言っているのか解らなかった。

一つだけ、理解が出来る。

彼女は少し、興奮しすぎていないかと……

 

「そんなアブノーマルな関係は駄目よ、ケイネス!

 ランサーもソッチに往ってはイケないわ!」

 

「お、落ち着けソラウ! 一体、君は何を言っているんだね!?」

 

「ソラウ様! 如何したのですか!?」

 

「兎に角ダメよ! 私はそんなの認めないからね!!」

 

ソラウがこの様になった理由は、先ほど行われた彼らの会話が原因だ。

彼女は脳内で言葉の意味を桃色変換に変えて、聞いていたのだ。

 

 

 

 

 

―――ソラウビジョン

 

「いえ、私に不調(意味深)が起こった場合は主であるケイネス殿に

 私を視て(意味深)頂かなければ…と愚行した所存です」

 

「――ふむ、そういう事なら私に告げろ。

 貴様が使い物(意味深)にならないなど、此方のイイ迷惑(事実)だ」

 

 

 

 

 

………………色々とヒドイ。

 

彼女がこうなった理由は、簡単だ。

ソッチ系の雑誌がこのスイートルームに置いてあった所為だ。

 

前の客が持ち忘れていった物だろう。

ホテルの最上階を借りる際、少し強引に手続きを済ませた所為で、

充分な清掃が行き届いてなかったらしい。

 

彼女は偶然にもソレを見つけて、読んでしまったのだ。

ニホンはヘンタイ、はっきりわかんだね。

コレは多分、世界線がどれだけ違おうとも変わる事がない、一つの真理だ。

 

彼女は運悪く?ソレらに毒されてしまったのだ。

ソラウは箱入りとして今迄生活してきた所為で、そういった代物に対しての免疫が余り無い。

 

 

腐ってやがる…遅すぎたんだ……

 

 

 

 

 

ソラウを何とか鎮めた後、ケイネスはまず情報収集に力を注いだ。

殺生丸の事も事前に知っていれば、色々と準備できた筈と考えた為だ。

 

その考えに至った後の彼は、素早く行動した。

まず時計塔のコネに連絡を入れて、可能な限りマスターたちの情報を集めた。

 

そして、聖遺物の特定なども並行して行った。

ロードとしての繋がり、そして9代続いた名門としての情報網は甘くない。

彼は一夜にして、ほぼ全ての陣営についての情報を集めきった。

 

御三家の『遠坂』『間桐』『アインツベルン』。

聖堂教会所属にして遠坂時臣と師弟関係である、言峰綺礼。

自身の聖遺物を盗んだ教え子、ウェイバー・ベルベッド。

 

アインツベルンが探し出した、コーンウォールから発掘された聖剣の鞘。

遠坂が取り寄せた、この世で最初に脱皮した蛇の抜け殻の化石。

そして教え子が盗んだ、征服王が生前身に着けていたマントの一片。

間桐と言峰の媒介情報は、得られなかった。

 

自身を含めた、6組の情報を可能な限りは集めた。

だが最後の一組は、マスターの情報すら掴めなった。

 

それでも、ケイネスはこれらの情報を纏め上げた。

彼が本気になればこの程度、造作もないのだ。

ランサーとソラウにも自身が纏めた情報を公開し、互いの知識を共有した。

 

此処に、万全の準備が整った。

そんな彼らが、まず標的(ターゲット)にした存在とは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fervor(沸き立て) mei(我が) sanguis(血潮)

 

ケイネスは自身の切り札である魔術礼装、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を取り出した。

魔導を穢す、クズを処分する為に……

 

Automatoportum(自動) imperium(制御) defensio(防御):incursio(攻撃)

 

彼は、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を改良した。

自身で操作するのでは無く、礼装自身に全てを任せる扱いにしたのだ。

 

今迄の機能は、彼が常に命令と魔力を礼装に送る形を取っていた。

だが今回の戦いに備えて彼は魔力補充を充電式にし、命令系統を完全な自動操縦に切り替えた。

 

コレの欠点は、魔力が切れた際に完全に機能をストップすると云うものと、

充電する際の魔力量が膨大な事の主に二つの事柄が挙げられた。

だが、その欠点を補って余りある戦力にこの礼装は変貌を遂げていた。

 

切嗣は礼装に対峙しながら、自身の状況の不味さに焦りを感じていた。

 

まず、セイバーやアイリの情報が掴めなくなっていた。

ケイネスは、念話などの情報伝達魔術の効力を阻害する結界を周囲に張り巡らせていた。

 

次に目の前の礼装に合わせて攻撃してくる、ケイネスの存在が厄介であった。

彼は礼装に魔術を送る事も無く、自身の魔術行使にだけ魔力を注いでいた。

これが切嗣を悩ませていた。

 

彼の切り札である起源弾は、高い魔術行使に応じてその効力を増していく。

だが、ケイネスが現在使用している魔術は基本的なものばかりで、

致命傷を狙うには遠く及ばない。

 

故に、彼は決定打に欠けていた。

そして何より、もう前線を維持するのが難しくなっていた。

彼が用いる魔術は比較的簡単なもので、実戦で使える物と云えば魔術礼装である起源弾と、

自身が戦闘用に改良を加えた固有結界の亜種『固有時制御』の二つだけなのだ。

 

彼は礼装による自動制御攻撃とケイネスの風魔術の両方を同時に捌かねばならなかったので、

固有時制御を連続使用しているのだ。

だがこれは、寿命をただ先延ばしにしているだけでの行いであった。

 

『固有時制御』の効力は、固有結界の体内展開を時間操作に応用し、

自分の体内の時間経過速度のみを操作する代物。

当然それ相応の副作用があり、解除した後には世界からの『修正力』が働き、

反動によって身体に相当の負担が掛かる。

 

故に、通常では考えられない程の負荷が今の彼には掛かっていた。

そしてこの状況を切嗣は、意地と根性だけで何とか踏ん張っている瀬戸際であった。

 

「……ハァ……ハァ……ハァ!」

 

「――随分と息が上がってきたな、ネズミ。

 此れは、私から逃げ続けた事を称賛しなければならないかな?」

 

どちらが有利なのかは、一目瞭然だった。

切嗣は暗殺者としては優秀だが、逆を云えばそれだけ。

 

純正の魔術師と競い合うなど、彼では力不足も良い処だ。

そしてもう一つ理由を述べるとすれば、ケイネスの魔術師としてのレベルが高い所為でもあろう。

 

環境や条件が違えば、切嗣にも勝ち目はあった。

だが、現状は彼にとって最悪な状況と言っても過言では無い。

 

何しろ、この場では策を弄そうにも手持ちが足りない。

野外である為に、ケイネスの風の魔術がその能力を上げている。

起源弾を撃とうにもその隙さえ生まれない。

 

不利な点しか挙げられない。

最早、切嗣にとっては殺されるのを待つのと変わり無かった。

 

「――興ざめだな、魔術師殺し。

 貴様は魔術を扱うには、値しない存在だ。

 此れで幕を引こう」

 

「……クソッ!」

 

ケイネスが最後の攻撃に移ろうとしたその時、突如 乱入者が現れた。

 

その者は細身の剣をケイネス自身に投げつける事で、彼の攻撃を強制的に中断させた。

ケイネスはその攻撃を間一髪だが、避ける事に成功した。

 

だが、キモを冷やした。

何せ、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自動防御を越えてきたのだから……

 

「っ!? 一体誰だっ!!」

 

「――――――」

 

ケイネスは、剣が飛んできた方角を睨み付けた。

すると其処には元アサシンのマスターである、言峰綺礼の姿が在った。

 

綺礼の登場には、流石のケイネスも驚いたが、彼以上に切嗣が一番驚いた。

何故、この男が自分を助ける?……と彼は警戒したのだ。

 

ケイネスはこの状況に苛立ちを感じながらも、その場を即座に退いた。

二人以上を相手にするのにサーヴァントが傍らに存在しない状況下では、

不味いと冷静に判断したからだ。

 

理由として、ケイネスは言峰綺礼が教会に保護を求めたのを知っていたが、

敗退したとは露程も考えてはいなかった。

まだ、この男はサーヴァントを所持している。

この考えを頭に浮かべていた為の即時撤退である。

 

彼は、アサシンが行った遠坂邸襲撃の件を偽造だと既に見抜いていた。

だからこそ、今この場を去るのは最善だと彼は判断を下した。

 

ケイネスが撤退する様を尻目にしながら、綺礼は切嗣に意識を向けた。

切嗣も息を整えて、敵と何時でも交戦できる状態を即座に作り上げた。

 

……二人の間に静寂が訪れる。

 

切嗣は得体が知れない強敵に対して警戒を……

綺礼は自身の導いてくれる存在との遭遇に喜びを……

 

先に動き出すのはどちらか?

 

両者はタイミングを見計らい行動を起こそうとした。

だがそれは、無駄な徒労に終わってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――衝撃の出来事が、彼らを襲った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――この出来事は……(衛宮切嗣)に於いて、重要な分岐点のひとつ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――彼は……未来を勝ち取る事が出来るのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――其れとも……此処で終わって仕舞うのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――運命……その結末は如何に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――僕は……諦めない!

 

―――――――――1%の可能性が残っている……その時まで!

 

 

 

 

 

―――――――――次回『ケリィ死す』 デュエルスタンバイ!

 

 


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