白き妖犬が翔る   作:クリカラ

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愉悦と機械

 

 

 

 

 

―――遠坂邸跡地

 

「………………」

 

超常の存在である2騎が争ったこの場で呆然としているの彼は、

遠坂家五代目当主である遠坂時臣。

彼は戦場となった遠坂邸が在った(・・・)場所を放心した眼で眺めていた。

 

彼は聖杯戦争における御三家の一つとして、聖杯を何としてでも手に入れなければならなかった。

それが遠坂の悲願であり、大望であるが故に……

 

時臣は今回の戦いに挑むに当たって、様々な策を巡らせていた。

 

まずは、サーヴァント召喚。

これは聖杯戦争において最重要な案件である為、一番力を尽くした。

その御蔭で、英雄王と呼ばれる破格の駒を揃えることに成功した。

 

そして聖堂教会派遣である審判役の璃正神父、聖杯戦争マスターである言峰綺礼、

彼らの助力も借りて環境的にも他を圧倒するアドバンテージを得た。

 

守りの工房も外来から訪れるマスターたちと比べると最高と言っていい状態だ。

寧ろ、負ける要素の方が無いだろう。

 

……だが、何事も思い道理に往かないのが世の中である。

彼は失念しているのだ。

冬木で開催されるこの戦い(聖杯戦争)が、人の常識で推し量れるものではないと云う事に……

 

たとえば、彼が呼び出した者に匹敵する存在が現れた場合は如何なる?

……普通に考えれば、その結果が解かるだろう。

いま自身が目にしている光景が、その答えなのだから……

 

遠坂時臣は勘違いをしている。

使い魔(サーヴァント)と云ってもそれは人間には手が届かない、遥か高みの存在。

過去の英雄を模して造り出した現世の現身。

 

上っ面な礼儀だけでやり過ごせる存在ではないのだ。

例え、令呪と云った楔があったとしても軽く考えてはいけない。

 

使い魔だからと自身の方が上と想うなかれ。

模しただけの偽者だと云って侮るなかれ。

 

彼らは正しく一時代を築き挙げてきた存在だ。

普通の人間であろうが魔術師であろうが関係ない。

 

歴史を読んだ彼らが想像する代物より、それは何倍何十倍の偉業である。

ぬるま湯の様な現世を生きている人間たちは正しく理解できない。

彼らの恐ろしさを……

 

そして彼はそれをいま身を以て実感した。

 

……たったの一晩だ。

それだけで彼の先祖が積み重ねてきた魔術師の歴史()と自身の住まいが共に吹き飛んだ。

 

ギルガメッシュと殺生丸が戦い始める前に、

何とか必要な物は持ち出せて自身も安全な場所まで逃げられた。

幸いだったのが、アーチャーが即座に仕掛けずに何とか逃げるだけの時間を稼げたからだ。

 

まあ、ギルガメッシュが時臣を気に掛けるなど世界が変わろうと起こり得ない。

ただ彼は、極上の餌を前にして軽い興奮を起こしていただけだ。

 

そんな感じで時臣の命は無事だったが、代わりに家及び辺り一面が更地になりました。

被害範囲は遠坂邸の本館が全壊し、敷地の庭を入れた範囲が吹き飛んだ程度だ。

民間の死亡者などは一切ない。

……少し被害が小さすぎないかだと?

 

それには一寸した訳がある。

理由を述べると、遠坂邸の周りに敷いてある結界を殺生丸が戦闘前に頑丈にしたのだ。

 

彼はこの場に訪れると同時に魔術で結界に干渉し、

強度を神話レベルのものにまで引き上げていた。

周りの被害を想定して、出来るだけ最小限にしようと考えた結果だ。

……それに、子供を死なせるなどは論外である。

 

まあ彼がその気になれば遠坂邸も守れはしたが、桜を苦しませた時臣になど慈悲は無い。

寧ろ、この戦いに巻き込まれて死なないかなと少し、ほんの少しだけ彼は考えていた。

 

話は戻るが、この場には時臣以外の存在も出向いていた。

秘密裏の同盟者、言峰綺礼である。

彼もまた、殺生丸に予定を狂わされた人物であり、いまこの場でもっとも関係ない存在であった。

 

綺礼はこの惨状を見ても、別段何とも感じていなかった。

この地において、遠坂邸は魔術を学ぶ為に何度も足を運んだ所であり、

思い入れがある場所の筈だ。

 

だが、それでも彼は何も感じなかった。

悲しみや後悔など普通なら自然と出てくるものが彼には無いのだ。

 

寧ろ呆然と立ちすくむ時臣の姿を視ていたら、何やら胸中がざわつくのを感じた。

この想いは何なのだろうと彼は考えたが答えが出そうも無かったので、

まずは目の前の些事を片づけるのを優先する事にした。

 

……この場に綺礼の顔を覗き込む存在が居れば、彼の変化に気付いただろう。

 

―――愉悦

 

彼の顔に表れていたものは、正しくその言葉通りのものだった。

このことを綺礼自身が知るのもそう、遠いものでは無いだろう。

 

「――我が師よ、此れからの事についてお聞きしたいのですが?」

 

「……あぁ、そうだね。此れからの事について話そう……」

 

綺礼の返事にも力が無かった時臣だったが、何時までも落ち込んでいる訳にもいかなかった。

これはまだ始まりなのだ。

 

幸い、乗り気では無かったギルガメッシュもこの戦いを得て考えを変えるかも知れないし、

無事な礼装も未使用の令呪も手元にある。

綺礼のサーヴァントであるアサシンも居れば、璃正神父も無事に健在している。

まだ取り返しが付かない訳じゃないのだ。

 

そう自身を奮い立たせて、彼はまた立ち上がった。

それを視ていた綺礼は残念そうであったが……

 

彼は気持ちを切り替えて、まずは情報を整理する所から始めた。

そこであの戦いを視ていた綺礼と相談する事にした。

 

「綺礼、まずはあのサーヴァントが何者であるかは解っているね?」

 

「……アーチャーの言葉に偽りが無ければ、敵はかの大英雄である殺生丸に間違いありません」

 

「………………君の聴き間違いと云う可能性も「無いでしょうね」。

 ………………これは全部夢じゃ「無いですね」………………はぁ」

 

序盤で挫けそうになる時臣であった。

……胃が痛くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとそこの似非神父、その愉悦スマイルは止めろ。

目の前の顎鬚にばれるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――とあるホテルの一室

 

「………………」

 

同時刻、此処でも殺生丸とギルガメッシュについて考え込んでいる男が一人居た。

これは今聖杯戦争に於ける最後の参加者であるマスター『魔術師殺し』衛宮切嗣その人である。

 

彼はこの日に冬木に到着した身であり、昨夜の戦闘は今まで視てはいなかった。

相方である久宇舞弥が使い魔を通して収めた映像を視終った彼は、

その思考をフル回転させていた。

 

一瞬思考に何かが過った様に感じたが大丈夫だろう。

それよりも殺生丸(アレ)についての意見を舞弥に尋ねる方が先だった。

 

「――舞弥、あのサーヴァントについて解っている事は?」

 

「――遠坂のサーヴァントと思われるアーチャーは、大量の宝具を所持していることしか……」

 

「ああ、あの数は異常だ。

 だが逆に考えるとアレだけの宝具を所持する英霊は歴史に於いても限られる筈だ。

 その線で探せば直ぐ解る筈だ」

 

「ええ、アーチャーは直ぐに割り当てられる筈です。

 問題は、あの宝具の数を余裕で裁ききった白いサーヴァントの方です。

 武器は大剣を扱っていた様ですが、切嗣が呼び出したのはセイバーのサーヴァント、

 つまり敵はそれ以外によるクラスとなります」

 

「……剣や槍をぶっ放す英霊も居る訳だからセイバーのクラスじゃ無くても、

 剣に長けた存在が居たって不思議じゃない筈だ。

 それに、エクストラクラスと云う線もある。

 第3次の聖杯戦争に於いて、一度だけ召喚された事例があった」

 

「では、クラス特定は難しいのでは?」

 

そこまで会話をしていた切嗣がそこで少し考え、自身の至った答えを彼女に告げた。

 

「――舞弥、僕は奴の真名が解ったかも知れない」

 

「! ……本当ですか?」

 

「あぁ、アイツの大剣は腰に差してある刀を抜いた時に変化したものだったな?」

 

「その通りです」

 

「――そして、白を基準とした着物の上に鎧姿、長い銀髪と共に靡く毛皮……伝承の通りだな」

 

「……そのご様子だと正解のようですね」

 

「……君も解っていたんだろ?」

 

「いえ、貴方が特徴を改めて述べて頂いたお蔭で解りました」

 

「――『救世主』殺生丸。またの名を『正義の体現者』とも呼ばれる存在……か」

 

そう言った彼の眼には往き場のない怒りが込められていた。

 

「……馬鹿げてる。何が救世主だ、何が正義だ。

 アイツはアレだけの力を持ちながら世界を救えていないじゃないか?」

 

「……切嗣」

 

「――英雄なんて、所詮そんなものさ。

 僕たちに比べたら凄い力を持ち合わせているのにそれをただ破壊に費やしている馬鹿な存在。

 騎士道なんて戦場には無い、ただあるのは地獄だけ。掛け値なしの絶望だけさ……」

 

彼は多くの戦場をその眼にしてきて、その真理に至った。

 

戦場で死んでいく人間を救えない英雄の存在を彼は嫌った。

寧ろ、戦場に法があるなどと抜かす輩には殺意さえ抱く。

 

戦場に救いなどない。

あるのは弱者が強者に蹂躙される現実だけだ。

 

争いを世界から無くす方法を彼は探し求めた。

そして、衛宮切嗣はこの聖杯戦争に答えを見出した。

 

 

―――世界の平和

 

 

現実では到底成し遂げられないであろう願望でも、聖杯ならば叶う。

彼はこの戦いに望みを掛けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――この争いを、人類最後の流血にしてみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――敵対者が救世主だとしても……僕が勝者となる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――英雄に憧れた暗殺者、参戦

 

 


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