リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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 分かっていた。いつかこうなるとは。

 あるいは、あの男が言うように、我々は、誰かに滅ぼされるために生まれてきたのかもしれない。

 しかし……

――――――――――――シグナム/海鳴市児童保護施設



第6章 終末ヲ呼ブ悪魔~A's①闇の書/崩壊序曲篇
第19話a 闇の書の騎士《壱》


 シグナム達4人が八神はやての家で目覚めたのは、数年前。ここで「やってきた」ではなく「目覚めた」と表現したのは、シグナム達が人間ではなく闇の書が産み出したプログラム生命体と呼ばれる存在だったからだ。

 

――封印を解除します。

 

 その闇の書――管理局の言葉を借りればロストロギアの一種は、魔力を注ぎ込むことで白紙のページが埋まり、666ページ全てに魔力を行き渡らせる事が出来れば、どんな願いでも叶えることができるという代物だ。無論、魔力を収集するためのツールも組み込まれている。

 

「我らヴォルケンリッター……夜天の主の名の下に」

 

 それがシグナム達、雲の騎士――ヴァルケン・リッターだった。闇の書は魔力の収集方法として、魔力炉のように燃料を消費して魔力を産み出したり、自然界のものを吸収したりする方法ではなく、結晶体や魔法生物、果ては人間のリンカーコアまで多岐にわたる魔力保有者から直接魔力を吸収するという方法を採用していた。そして、その為の手段も多様な対象に対応出来るよう応用力に優れた生物――すなわち、人間を模して作られていたのだ。

 

「あかんよ。自分の身勝手で人に迷惑かけたら……」

 

 しかし、いやだからこそ、新たな主となった少女――八神はやてはその役割を否定した。代わりにこう口にしたのである。騎士の面倒を見るのが主の役目だ、と。

 

 それから、はやてとの生活が始まった。

 

 当初、シグナムはその生活に戸惑った。元々が魔力収集用のプログラムである。記憶に残るのは身の危険が迫った場合――人間や魔法生物からリンカーコアを奪うための戦闘技術や主となった人物から粗雑な扱いを受けた場合の対処方法ばかりで、家族として迎えられた記憶など何処にもなかったのだ。もっとも、なかなか慣れなかったのはシグナムくらいで、

 

「ヴィータ、どこへ行っていた?」

 

「ん? シグナム? この間はやてと一緒に行った公園だ。爺さんたちと、ゲートボールしてきたんだけど……あれ? シャマル、はやては?」

 

「あら、ちょっと診察が長引くって、さっきザフィーラから連絡があったばかりじゃない」

 

「そうじゃなくて、なんで台所に立ってんだよ?」

 

「ん~、はやてちゃん、今日は遅くなるから、お料理は私がって思って……」

 

「はあ? お前、そんなこと言って、前、失敗してただろ?」

 

「じゃあ、ヴィータちゃんには味見をお願いしようかな?」

 

「げ……」

 

 元々柔軟な性格に設定されていたシャマルはすぐに馴染み、こどもっぽさを残したヴィータも次第に心を開いていった。忠義に厚いザフィーラも、自分の役回りに納得しているように見えた。

 

「シグナムさん、ちょっといいかしら」

 

 だが、そんなある日。病院で脚の治療を受けるはやてを待っていると、柊黎子――はやてのメンタル面での主治医に、呼び止められた。

 

「なんでしょう?」

 

「いえ、ちょっと、はやてちゃんの自宅での様子を聞きたいなと思って」

 

 聞けば、メンタルケアを行う上で、家族との生活の様子は気になるのだという。シグナムはその質問に、可能な限り答えることにした。

 

「そうですね……ヴィータは、妹のように扱われています。シャマルも、まあこの間料理に失敗していましたが、家事を手伝っていて、慕われているようでした。ザフィーラも……」

 

「シグナムさんと一緒にいる時は、どう?」

 

「それは……」

 

 だが、次いで問いかけられた質問には、答えに詰まった。

 

「楽しそうに、してない?」

 

「いえ、そんなことは……」

 

「じゃあ、シグナムさんは、はやてちゃんと一緒に居て、楽しくないかしら?」

 

「そんなことは、ありません!」

 

「でしょうね。なら、きっと、楽しさがかみ合っていないだけよ」

 

「楽しさが、かみ合っていない……?」

 

「ええ。家族って、始めから一緒にいるでしょう。それだけ、お互いに理解しようとする努力をするのを忘れがちだから……でも、はやてちゃんは、努力しなくても誰かを理解するくらいの、優しさを持ってるでしょう?」

 

 虚を突かれたように、目を見開くシグナム。なるほど、確かに、これだけ距離が縮まったのは、主はやての優しさのせいだろう。

 

「もし、シグナムさんがはやてちゃんに何かしたいのなら……まず、何をしてほしいか、聞いてみたらどうかしら?」

 

 だから、その夜、シグナムは問いかけた。

 

「主はやて。闇の書の蒐集を、我々にお命じ下さい。そうすれば、主の足も……」

 

 こんなに優しい主が、病で苦しんでいていいはずがない。

 こんなに優しい主を、救いたい。

 その手段に、自分が使われても、後悔はない。

 

「ううん……あたしは、今のままでも十分幸せや。みんなでいっしょに、静かに暮らしていけたらそれでええ」

 

 しかし、はやては再びそれを否定した。

 

「あたしはな、家族が欲しかってん。前は、真美さんがいて、メイちゃんとカズミくんもいたけど、すぐに会えんようになって……でも、黎子先生、戻ってきてくれて、誕生日には、シグナムたちが来てくれたやん。だから、もう、願いは叶ったんや。また、ひとりになんのも、誰かが傷つくのも、嫌なんや」

 

 そして、消えそうな声の後、はやては「願い」を口にして、

 

「シグナム、約束してな? 現マスター、八神はやては闇の書に、なんも、望みはない」

 

 シグナムは、それを、今の生活と共に受け入れた。

 

 

 † † † †

 

 

 受け入れてみると、自分の周囲は急に色付いた様に思えた。

 

「これから図書館行くから、一緒に来てくれる?」

 

 だから、そんな取るに足らない命令――否、お願いも、自然と受け入れることが出来た。

 

「図書館にはな、友達がおんねん。それで、シグナムたちの話したら、会いたいって……」

 

 はやての乗る車椅子を押して、図書館へ。入り口をくぐれば、声を上げて大きく手を振る少女と、控えめに手を振る少女が出迎える。

 

「あ、はやてちゃんだ。はやてちゃーん!」

 

「すずかちゃん! 萌生ちゃん!」

 

 来る途中に聞いた友達なのだろう。はやての車椅子が、急に速度をあげた。シグナムは手を離して、後ろからついていく。

 

「あっ! この人がシグナムさん?」

 

「うん! この間、会いたいって言ってたから……」

 

 そんな声に追い付いたシグナムは、すぐその中に混じった。

 

「シグナムです。ある……はやてが、お世話になっています」

 

 そう「混じった」のだ、自分から。はやては驚いたような顔をして、しかしすぐに楽しそうに笑う。

 

「もうっ! 固いっ! シグナム、固いでっ!」

 

「えー、そんな事ないよ、シグナムさん、格好いいよ! ねえ、すずかちゃん!」

 

「えっ?! ええっと……」

 

 それに続く萌生とすずか。シグナムは苦笑しながら、そんな3人を見つめていた。

 

 

 † † † †

 

 

 図書館に入った4人は、それぞれの好みに応じた本を手にしていた。すずかは童謡、はやては古典とも言える王道ファンタジー、萌生は漫画。シグナムはそんな3人を見守りながら、慣れない手つきでスポーツ誌を選ぶ。図書室特有の静かな時間は、しかし長く続かない。萌生が漫画そっちのけで、シグナムに話しかけてきたのだ。

 

「ねえねえ、シグナムさんはなに読んでるの?」

 

「スポーツ関連の雑誌です。近くの剣道場で、顧問をやっているので……」

 

 手元の雑誌を見せるシグナム。そこには、カラーのグラビアで色々な剣道の型が示されていた。

 

「ふーん? 面白い?」

 

「いや、それは……」

 

 回答に困るシグナム。戦闘用プログラムとして、命のやり取りを前提に調整された好戦的性格では、ルールのあるスポーツとしての剣道は、それほど楽しむことが出来ない。楽しむことが出来ないゆえに、道場に通う生徒にもスポーツの楽しさを伝える事が難しい。腕は立つのに教えるのが下手、と評される所以である。

 

「まあ、教える上での参考にはなります」

 

 だから、萌生にはそんな言葉で誤魔化した。が、この年齢のこども特有の鋭さとでもいうのか、雑誌に面白さを感じていないのはしっかり伝わったようで、

 

「そっか……じゃあじゃあ、一緒に漫画、読も?」

 

 萌生は、読んでいた漫画を差し出してきた。苦笑するシグナム。シグナムにとって、スポーツ誌も漫画も、なじみのない娯楽という点でさして変わりがない。が、主のご友人の好意を払い除ける訳にもいかず、一緒になって漫画を覗きこむ。

 

「萌生ちゃんとシグナム、なに読んでんの?」

 

 それがよほど珍しい光景に見えたのだろう、はやてが興味を示した。萌生ははやての方へ本を傾ける。

 

「えっとねー『デビル○ルドレン』?」

 

「ドレン?って……萌生ちゃん、読むん初めて?」

 

「うん。だいぶ前、修くんが読んでて、なんか、ばいおれんす? って言ってた。ばいおれんすって何って聞いたら、戦いがリアルなんだって。この間シグナムさん、戦うの好きって言ってたでしょ?」

 

 話す2人をおいて、萌生が開いたページを見つめるシグナム。リアル、というか生々しい。自分ならともかく、主には不適切だ。対象年齢というものがある。すぐに萌生の手からマンガを抜き取った。

 

「い、いや、確かマンガは貸出禁止だし、どうせなら借りられるものが……つきむ、すずか……ちゃんは、何を読んでるんですか?」

 

 こういうのはシャマルかヴィータの役目だ、と思いながら使い慣れない言葉で強引に話題を変えるシグナム。幸い、2人の興味はすぐすずかへ移った。

 

「クラスで先生が進めてた本です。『雪の女王』っていう……」

 

「それ、先生が昔演劇部でやった事があるってやつだよね?」

 

 本を広げるすずかに遠慮なく話しかける萌生。どうもこの娘にとって、本は読むものではなく話すきっかけのようだ。

 

「あれ、そっちは?」

 

 そしてすぐにコロコロと興味の向く先を変える。指差した先には、すずかが今読んでいるのとは別に、本棚から持ってきた本が置かれていた。

 

「これ? 綺堂さんとお姉ちゃんが話してたの。図書館ならあるかもって。見つけたから、2人に持って行こうと思って」

 

「えっ! すずかちゃんもお姉ちゃんがいるの?」

 

 だがやはり本の内容には興味を持たず、萌生はどこかズレた反応を返す。それからは家族の話になった。

 

「いいなぁ。はやてちゃんにはシグナムさん達がいるし、フェイトちゃんもお姉ちゃんがいたし……」

 

「あ、あはは……でも、萌生ちゃんにはお母さんとお父さんがいるじゃない」

 

「そうそう、あんまり欲張ったらあかんよ」

 

 自然にシグナムをはやての家族として数える萌生とすずか。はやてもそれを受け入れる。それはシグナムにとって、とても幸せな時間だった。

 

(なるほど、先生が言っていた「楽しさが、かみ合う」とは、こういうことか)

 

 自然に笑みがこぼれる。

 

 主とその友人との楽しい時間は、図書館を出るまで続いた。

 

 

 そう、続いたのは、図書館を出て、帰路につくまでだった。

 

「あ、利用者票忘れちゃった」

 

「あ~、私も」

 

「それやったら、私の貸したげるよ?」

 

 利用者票を忘れたすずかと萌生に、はやてが受付へ向かう。

 

「ごめんね、はやてちゃん」

 

「ええよ、また今度会ったときに渡してくれれば……」

 

「じゃあじゃあ、また今度、一緒に図書館だね?」

 

 2人と別れるはやて。

 

「な? ふたりとも、いい子やったやろ?」

 

「ええ、そうですね」

 

 友達を自慢するはやてにシグナムは笑みをこぼし、

 

「あなたハ、八神はやてさン、ですネ?」

 

 突然背後から声をかけてきた怪しい神父に、緊張を走らせた。

 

「私ハ、あなたニ、用事がありまス。ちょっト、こちらに来てくださイ」

 

「断る!」

 

 浅黒い肌。狂気を隠そうともしない目。そして管理外世界ではめったに感じることのない魔力。戦闘プログラムを参照するまでもなく危険だと分かる人物に、シグナムははやてを車椅子ごと背後に回す。

 

「残念ですガ、それハ、できませン」

 

 しかし、それを阻むように結界が発動した。結界、といってもシグナムが知る封時結界ではない。どちらかというと移転魔法に近いだろうか。周囲の光景が歪み、大通りが工事中のビルの中へと変わって、

 

「っ! 主っ!」

 

 後ろに逃がしたはずのはやては、怪しい神父のすぐ隣に飛ばされていた。

 地を蹴るシグナム。だが、透明な壁に遮られる。そんなシグナムを嘲笑うように、怪しい神父ははやてに向き直る。

 

「さテ、申し遅れましタ。私、シド・デイビスといいまス。八神はやてさン。あなたハ、図書館で本を借りましたネ? 私にその本ヲ、渡すのでス」

 

「も、持ってない! 借りてへんもん、私……!」

 

 恐怖を押さえつけ、それに叫び返すはやて。友達の名を出さないのは、この恐怖を自分だけで引き受けようとしているからだろうか。

 

「そうですカ。持ってないですカ……それハ、困りましたですネ。でハ、あなたに用はありませン」

 

 しかし、シドと名乗ったその神父は、そんな健気な友情をあざ笑うように腕を振り上げ、

 

「死んでもらいまス」

 

 頭に、振り下ろした。

 

「やめろっ!」

 

 不可視の壁にデバイスを叩き付けるシグナム。だが、切り裂くには至らず、シドの手がはやての頭を潰す

 

「……と言いたいところですガ」

 

 直前で止まった。

 

「彼女モ、あなたニ、死んでほしくないようですシ、あなたモ、死にたくハ、ないでしょウ。私から逃げのびテ、このビルから出られたラ、見逃してあげまス。フッフッフ。さア、お逃げないさイ」

 

 同時、シグナムは背後に強い魔力反応を感じて振り返る。そこには、床に広がる黒い染みと、そこから這い出す大量の怪物がいた。

 

 それはまさに「怪物」だった。

 

 かろうじて人型は保っているものの、まるで内臓が破裂したかのようにむき出しの体内と飛び出した目玉。肉色の身体。それが悪魔、ピシャーチャだと、その時のシグナムは知らない。

 

「シグナムッ!」

 

「主っ! お逃げ下さい!」

 

 こちらに車椅子を向かわせようとするはやてに、叫ぶシグナム。飛びかかってきた異形を切り捨てながら、状況を整理する。

 

(不可視の壁で周囲を囲まれている……化け物に襲われる私を見せつけながら、主をいたぶるつもりかっ!)

 

 可能ならばすぐに結界を打ち破りたいところだが、下手に穴を開けると怪物が結界の外周、はやてのいる方へ雪崩れ込みかねない。まずはこの怪物の数を減らす必要がある。

 

(それまで……お待ちください、主っ!)

 

 一時的とはいえ相手の思惑に乗らなければならない自分に歯噛みしながらも、次々と怪物をほふる。

 

「もっト、逃げ回っテ、私を楽しませてくださいヨ? フッフッフ」

 

 結界の向こうから神父の耳障りな声が聞こえる。

 目を向けると、必死に車椅子を動かすはやて。

 

「さア、むだな努力をするのでス。フッフッフ」

 

 結界を操作したのだろう、先回りするシド。

 

「もっト、逃げ回らないト、死んでしまいますヨ?」

 

 反転して逃げるはやて。だが、そこは行き止まりで、

 

「フッフッフッフッフッフ。さア、お遊びはここまでにしましょうカ。私から逃げられなかっタ、八神はやてさんにハ、死んでいただきましょウ」

 

 シドが、車椅子を蹴りあげた。床に投げ出されるはやて。

 

「さすがニ、出口の無いビルからハ、逃げ出せませんでしたネ。フッフッフッフッ!」

 

 しかし、

 

「翔けよッ! 隼ッ!」

 

――シュツルムファルケン

 

 怪物を全て片付けたシグナムは、デバイスを弓に変形させ、結界ごとシドを撃ち抜いた。魔力障壁も容易に破るその矢は、

 

「フッフッフッ! 残念でしたネ?」

 

 しかしシドを素通りし、ビルの壁に突き刺さる。数メートル先、はやての背後に姿を浮かべ、嘲笑うシド。だが、

 

「今だ! やれっ!」

 

 シグナムの声と同時、シドは背後から殴り飛ばされた。

 

「ヴィータっ!」

 

 嬉しそうに叫ぶはやてをシャマルが助け起こし、ザフィーラが盾になるように前に立つ。結界を破ったのは、何も攻撃だけが目的ではない。シグナムは先ほどの矢で不可視の結界を貫通、奥の壁へヒビをいれ、外に自分の魔力を送っていた。それはこの襲撃を他のヴォルケンリッター達に知らせる合図の役割を十分にこなした。形勢逆転。しかし、

 

「フッフッフッ……!」

 

 シドは嘲っていた。

 

「魔導生命体が4体……そして、この反応……分かりましタ、分かりましタ。あなた達ハ、闇の書の騎士ですネ。それにしてモ、4体纏めて出てくるとハ、とても、ありがたいでス」

 

「なんだとっ! どういう……」

 

 ザフィーラがその意味を問いかける間もなく、シドが指をならした。

 

「でハ、闇の書の主、八神はやてさンは、いただいて行きまス」

 

――summon_デカラピア

 

 一瞬見えた怪物の姿。だがそれはすぐに消え、

 

 後には、無人の車椅子が残されていた。

 

 

 † † † †

 

 

「闇の書の騎士のみなさン、聞こえますカ? 聞こえたのなラ、UMINARIの公園に来るのでス」

 

 シグナム達にそんな念話が響いたのは、翌朝。夜通し探索に明け暮れていた4人は、すぐに唯一の手がかりの下へ向かった。

 

「お待ちしていましたヨ、闇の書の騎士のみなさン」

 

「はやて……テメェ! はやてに何しやがった!」

 

「よせ、ヴィータ」

 

 意識のないはやてを乗せた車いすを押すシドに、激昂するヴィータ。それを抑えるザフィーラ。シドはそんな様子を楽しむように見つめながら、耳障りな声で続けた。

 

「ご心配なク。ここにいル、八神はやてさンには、危害を加えていませんヨ。はやてさんを返して欲しいですよネ。返してほしけれバ、私のいう事を聞きなさイ。そうしたら彼女ハ、自由にしてあげましょウ。私に危害を加えたりするト、彼女の無事ハ、保証できませんヨ?」

 

 

 それから、黒い神父の命令が始まった。

 

 

「始めの」要求は、海鳴市のスーパーマーケット、スマイル海鳴の催し物広場にある神棚の位置を、12時ちょうどにずらせ、というものだった。

 

「つーか、そのくらい自分でやれよ」

 

「やむを得まい。様子を見られるのも今のうちだ。それに、ヤツの言っていた、このスーパーを『いい加減に』爆破した狂人、というのも気になる」

 

 店内の確認を兼ねて入ったスーパー内のファーストフードでぼやくヴィータを、ザフィーラがたしなめる。事実、大人しく命令に従いながら隙を伺う時間は、そう長くないだろう。あの危険な雰囲気を持つ神父が、この程度の命令で満足するとは到底思えない。シグナムは何とか希望を見出そうと、シャマルに問いかけた。

 

「シャマル、主の居場所はどうだ?」

 

「ダメね。公園で接触してきた時に、相手の移転先が追えるようにしていたんだけど、そもそも、アレは実体じゃなかったみたいだし」

 

 唇をかむシャマル。そういえば、工事中のビルの中で放った矢も、相手をすり抜けていた。どうやら結界や移転について高度な技術を持つ相手のようだ。ついでに、召喚魔法も使いこなしていた。頭数で押すのも難しいだろう。

 

(だが……)

 

 決して攻略不可能なわけではない。事実、その直後のヴィータの打撃は通じていた。あまり遠くへは虚像を見せられない可能性が高い。ならば、次の命令を伝えにくる時、あの黒い神父に隙を見いだすこともできるだろう。それには、この命令を終わらせなければならない。

 

「だが、人が多いな」

 

「ええ、この間、放火騒ぎがあったでしょう? リニューアル・オープンで、アイドル――モーロックだっけ? その復活ライブもやるみたいだから……」

 

 シャマルの答えに、渋い顔をするシグナム。ザフィーラが冷静な声をかける。

 

「結界で人払いをかけて、その間にずらすしかないだろうな」

 

「なら、私の出番ね」

 

 デバイスを取り出すシャマル。魔力光は一瞬。すぐに封時結界がスーパー全体を包み込んだ。

 

「急ぐぞ」

 

「ああ、さっさと終わらせて、あのニセ神父からはやてを取り返してやらないとな」

 

 立ち上がるザフィーラとヴィータ。シグナムとシャマルもそれに続く。逸る心を押さえつけ、エレベーターに乗って最上階の催し物広場へ。ライブ会場の設営は既に終わっているらしく、普段閑散としている広場はポスターやテープで飾られていた。そんな誰もいない賑やかな広場を素通りし、会場の裏手――Stuff Onlyの文字が書かれた看板の先へと進む。臨時に区切られたそこには、以前はやてと来たと変わらず、神棚が鎮座していた。

 

「シャマル、どうだ?」

 

「特に魔力反応は見あたらないわね……」

 

 シグナム自身、特に強い気配を感じた訳ではない。シャマルに確認したのも、念のためだ。それでも、4体の守護騎士は、自然とフォーメーションを取っていた。シャマルが後衛に控え、シグナムとヴィータがその前でデバイスを構える。神棚に手をかけるのは、防御に優れたザフィーラ。はじめからトラップを警戒するような陣形は、あの黒い神父への警戒であり、同時に全員ではやての下に戻ろうという意思でもあった。

 

「では、カウントを頼む」

 

「ええ……10、9、8……」

 

 ザフィーラの声で、シャマルが時計を手にカウントを始める。

 

「2……1……ゼロッ!」

 

 神棚が、動いた。

 

(魔力反応……っ!)

 

 シグナムがそう悟ったと同時、飛び下がるザフィーラ。

 

 否、飛び下がったのではなかった。

 吹き飛ばされたのだ。

 受け止めるシグナム。

 軽い。

 当たり前だ。

 

 ザフィーラは、胸から下を、失っていたのだから。

 

「ザフィーラァッ!」

 

 誰かが叫ぶ。

 

「散れ……っ! この、魔……は、プログ……をっ! 破壊……っ!」

 

 それに叫び返し、消滅するザフィーラ。

 

「ウォォオオ! 怨念が、吹き出る吹き出る!」

 

 代わりに、神棚があった場所から、声が響いた。否、声だけではない。吹き出した魔力が雲のようにうねり、まるで人間の顔のように形をとり始めた。目と口のように開いた穴、その穴の奥には、さらに同じような人の顔が覗き、

 

「テメェッ!」

 

 現れた不定形の怪物に、ヴィータがハンマー型のデバイスで殴りかかる。だが、鈍い音と共に弾かれる。

 

「っ! 硬っ!」

 

「ぐおぉぉおおお! エナジーが、みなぎるみなぎる!」

 

 地響きのような声をあげ、怪物が魔力を収束する。それは先程ザフィーラを吹き飛ばしたのと同じで、

 

「いけない! シグナム! ヴィータをっ!」

 

 危険を悟ったシャマルが、バインドで怪物を拘束する。同時に駆け出すシグナム。だが怪物はバインドをものともせず魔力を膨らませ続け、シグナムがヴィータを突き飛ばした瞬間に、魔力を解放した。

 

――ボルカニッカー

 

 閃光と共に吹き飛ばされるシグナム。

 

「っ! シグナム!?」

 

「ぐ……大丈夫だ」

 

 駆け寄ってくるシャマルに強がってはみたものの、右腕がバリアジャケットごとえぐられている。それは、シャマルの回復魔法をもってしても塞がらず、

 

(ザフィーラの言い遺した、プログラム破壊かっ!)

 

 解析するまでもなく、相手の放った魔法の正体を悟る。暴走した魔力炉から噴出した高濃度の魔力を浴びせられたようなものだ。それは脳や自律神経の生命維持――シグナムたちでいえばそれを模したプログラムに干渉する。直撃すれば、即死だろう。

 

「ちっ! なら、もう一発来る前に叩き潰してっ!」

 

「グゲゲゲゲゲゲゲゲゲェ!」

 

――サンダーブレイク

 

 ヴィータが再びデバイスを構える前に、辺り一面に電撃が降り注ぐ。体勢を立て直す時間もない。飛び退く3人。しかし同時に、シャマルから念話が届く。

 

(この魔力……あの化け物単体の力じゃないわ!)

 

(どう言うことだ!?)

 

(さっき、バインドを仕掛けたとき解ったの! コイツにはリンカーコアがないって……どこかから、魔力の供給を受けているはずよっ!)

 

(なら、お前とヴィータで止めに行けっ! その間――私が時間を稼ぐっ!)

 

 デバイスを握り締めるシグナム。同時、わざと派手な音を立ててシャマルとヴィータが走る。

 

「ニガサンゾ-! ニゲラレンゾー!」

 

「お前の相手はっ! この烈火の将、シグナムだっ!」

 

――紫電一閃

 

 気が削がれた相手に、炎を纏わせた剣を、叩きつけた。

 

「グゲギャァッ!?」

 

 不定形の怪物が悲鳴を上げる。シグナムはそれを意外な目で見ていた。先程のヴィータの打撃のように、自分の斬撃も相手の膨大な魔力量に阻まれると踏んでいたのだ。

 

(魔力によるシールドではないのか……ならばっ!)

 

 剣型のデバイス――レヴァンテインに炎を纏わせ、一気に相手へ斬りかかる。過剰にスピードが乗ったその一撃は、まがうことなく怪物を捉えた。

 

「っ!」「グゲァァ!」

 

 しかし、浅い。先程右腕が削られたせいで、力がいつものように入らなかったのだろう。踏み込みのスピードを殺さず距離をとるシグナム。体勢を整えつつ先程の即死電撃が届かない場所まで退避し、再びデバイスを構え、もう一度斬りかかろうとし、

 

――ブレインバースト

 

 しかし、膨大なノイズに動きを止められた。

 

「ぐっ……あ! こ、れはっ!」

 

 ただの音響による攻撃ではない。神経に作用し、脳の命令系統に割り込む、ウィルスのようなものだ。プログラム生命体であるシグナムには、それがはっきりと解った。

 

「グゲァ!」

 

 咆哮と共に怪物が襲いかかる。その雲のような体に殴り飛ばされるシグナム。壁に打ち付けられ、内臓を揺らすような衝撃が走る。だが、体は動かない。反射的にダメージを受けた箇所を押さえることも出来ず、ただ目の前の怪物が、魔力を収束させるのを見つめ、

 

「ウォォオオ!」

 

 ヴィータの叫びを、聞いた。

 

 殴り飛ばされる怪物。壁に激突し、そのまま崩れ落ちる。

 

「うぉ……! エナジーがぁ! 広場の、さん、にんは、どうしたぁ!?」

 

「そいつらはなぁっ! もう私らがなぁ! ぶっ潰してやったよ!」

 

 容赦なくデバイスを振り上げるヴィータ。

 

「轟天爆砕……!」

 

《Gigantschlag》

 

 巨大化したハンマーは、

 

「ザフィーラと、シャマルの、仇ぃぃいい!」

 

 絶叫と共に降り下ろされた。

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――
悪霊 ピシャーチャ
 インド神話に登場する、邪悪な霊。「食肉鬼」または「噉精鬼(タンセイキ)」とも。死人の骨肉や人畜・穀物の精気を糧とし、邪法で人を呪う。自由に姿を変えることが出来るが、その姿を見たものは、9か月以内に必ず死ぬという。

外道 オルゴンゴースト
 宇宙エネルギー・オルゴンが実体化した存在。オルゴン・エネルギーはドイツの心理学者・ウィリヘルム=ライヒにより発見されたエネルギーで、その増減によりあらゆる事象を引き起こす。このオルゴンゴーストは、中でも負の事象を引き起こすデッドリーオルゴンが集積したものだという。

――元ネタ全書―――――
『デビル○ルドレン』
 伏せ字にするまでもなく、デビルチルドレン。ご存知の方も多いと思いますが、メガテンでは珍しい低年齢向けに開発されたタイトルで、漫画版も児童誌に連載されていました。もちろん対象年齢も、児童誌に準じている……はず。

あなたハ、八神はやてさン、ですネ?
 言うまでもなく『真・女神転生 デビルサマナー』。オープニングのイベント。本編ではこの後、主人公がいきなり死亡します。普通の人がピシャーチャなんか見たから、とか思ったのは私だけじゃないハズ。

ボルカニッカー
 やはり『真・女神転生 デビルサマナー』より、TV塔のボス、オルゴンゴーストが使用する電撃系即死全体攻撃。本作では回避方法が「届かないところまで退避~」となっていますが、原作ゲームだと運良く逃げられるかは50%のランダム。つまり、何も対策をしていないとパーティが半壊する。初見でいきなり飛んできて「え?」ってなった人も多いのでは?
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