リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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「今日会うのはこの2人、か……」

 トールマン神父から渡された資料をめくりながら、これから迎える上官の事を考える。リンディ・ハラオウン提督とクロノ・ハラオウン執務官。母子で管理局の要職をこなすエリートだ。

(上手く乗りきれればいいけど……)

 悪魔の事はオブラートに包んだ形で伝え、なおかつプレシアさん達の事をコウの活動の邪魔にならないよう話さなければならない。考えるだけでボロがでないか不安だ。

(でも、もしこれで手がかりが掴めるんなら……)

 何としても、上手くこなさなければならない。

――――――――――――クルス/メシア教会自室



第17話b 来訪者の悪意《弐》

「信じる者は皆救われる。迷える子羊よ、祈りなさい。ようこそメシア教会へ。リンディ提督に、クロノ執務官ですね? お待ちしていました」

 

「ええ。貴女がクルス二等空士ね? 御苦労様」

 

 孔達が翠屋を訪ねている頃、メシア教会ではクルスが2人の時空管理局員を迎えていた。ひとりは緑色の髪をポニーテールにまとめた女性で、人当たりのいい笑顔をたたえている。もうひとりは黒衣の少年で、こちらは無愛想な表情のまま軽く目礼で答えた。

 

(女性の方がリンディ・ハラオウン提督……時空管理局本隊で大型艦の艦長を任されている人。こっちの男の子がクロノ・ハラオウン執務官、弱冠14歳でこの階級まで上り詰めたエースか。2人とも資料よりずいぶん若く見えるな)

 

 頭の中でデータと照らし合わせながら会議室への廊下を歩く。やがてたどり着いたそこには、トールマンとプレシアが既に待ち構えていた。

 

「WELCOME! ヨウコソミナサン! ヨク来テクレマシタ! ワレワレハァ、アナタ達歓迎シマス!」

 

 いつも通り大袈裟な歓待に苦笑するクルス。気のせいかプレシアの表情が妙に疲れて見える。一方のリンディは一瞬驚いた様な顔をしたものの、すぐに笑顔で応えた。どうやらこの手の対応に眉をひそめるタイプの人間ではないらしい。クルスは無駄に悪印象を与えなかったことに軽く息をつきながらも、気を緩めることなく間に立って話し始めた。

 

「えっと、挨拶が終わったようですので紹介させていただきます。此方がトールマン神父。すでにご存知かと思いますが、元管理局少将です。そして、プレシア女史。魔法世界出身でこの世界に移住されていたところ、今回の事件に巻き込まれてしまった被害者です。お2人とも、この世界ではジュエルシード捜索の手伝いをして頂いています」

 

「この度はご協力に感謝致します。管理局員として、最大の感謝を……」

 

 お決まりの文句とともに礼を言うリンディ。トールマンは歓迎の笑顔を崩さず聞いていたが、プレシアの方はそうもいかない。

 

「感謝していただくのは結構だけど、もう少し早く来られなかったのかしら? ロストロギアの情報自体は貴女達の方にいっていたのでしょう?」

 

「対応が遅れた事につきましてはお詫び致します。ただ、ミッドチルダでもここ最近局員を狙った襲撃事件が多発していまして……」

 

 申し訳なさそうに答えるリンディ。しかし、何処か形式的な感じがするのは決してクルスの邪推ではないだろう。プレシアが口にしたのは管理局によくあるクレームであり、その答えも「多忙のため」と決まっている。魔導師という人材的側面に戦力を左右される管理局としては事件解決に割り当てられる人員に限界があり、次元震をはじめとした災害への対処はどうしてもミッドチルダに影響を及ぼしやすい世界を優先的に割り振られる。地球のような管理外世界の災害は後回しにせざるを得ない。が、それは同時に理解され難い理由でもあった。ミッドチルダの市民には管理外世界の出身者や移住者も多く、自分の地元や住居が次元災害の脅威に見舞われているのに管理局が何もしてくれないというのは納得がいかない。

 

「管理局はいいわね。普通の企業じゃ通用しない言い訳が出来て」

 

「申し訳ありません。こちらとしても今後の対応は迅速に取りたいと思いますので……」

 

「こちらとしては今後の対応じゃなく、過去の責任を説明して欲しいところだけど?」

 

(い、胃が痛くなるよ……)

 

 クルスは冷や汗をかきながら目の前のやり取りを見守っていた。言うべき事はしっかり追求するプレシアと謝りながらも態度を崩さないリンディ。しばらく2人は笑顔で睨み合いを続けていたが、

 

「……まあいいわ。それは後にしましょう」

 

「恐れ入ります」

 

 気がすんだのかプレシアが矛を納める事で一応は落ち着いた。クルスもプレシアにあらかじめ謝っておいたので、嫌味を言う程度にとどめてくれたのだろう。もっとも、その時は「放っておかれたのだから、どちらかというと貴女は謝られる側でしょう」と言われている。怒りが再燃しないうちに次に進まないと面倒だ。クルスはこの期を逃さずいそいそと話し始める。

 

「ええっと、問題のロストロギアですが……」

 

 やや早口になりながらも、クルスは今までの経緯を簡単に説明していく。ジュエルシードを輸送中に仮面の魔導師に襲われた事、降り立った地上で運よくプレシアを始めとした魔力を持つ協力者と出会う事ができた事、メシア教会の保護を受けながらジュエルシードを探した事、その中で「魔法生物」と交戦した事――。

 

「プレシアさん達のお陰で何とかロストロギアの回収は進んでいますが、その魔法生物はかなりの知能を持っている上に何者かの意思によって動いているようで、まだジュエルシード全ての収集が済んでいるという訳ではありません。中には人間に寄生するタイプの生物ものも確認されていて、実際に被害も出ています」

 

 デバイスを操作して、会議室のスクリーンにフェイトが記録した月村邸での映像を写し出す。そこには何かに抵抗する様に杖を振るう少女と狂気を纏うフェレットがいた。

 

「あのフェレットがユーノ・スクライア、ジュエルシード発掘の責任者です。ご覧の通り、事前にお渡しした資料とは魔力パターンが一致しません。白いバリアジャケットの魔導師が高町なのは、この世界では珍しい魔力保有者です。元のデータがないので魔力パターンからは判断できませんが、異常な行動を示しており、優れた魔力量から利用されているものと推定されます」

 

「……想像以上に事態は悪化しているみたいね」

 

 スクリーンを見据えたまま眉をひそめるリンディ。後ろに控えるクロノも睨むように映像を見ていたが、やがて口を開いた。

 

「二等空士、寄生された被害者は元に戻せるのか?」

 

「いえ。残念ながら治療法は確認できていません。ただ、この世界ではごく稀に同種の魔法生物が出現するという証言があり、いくつか成功例を聞いています」

 

 簡単に神咲家の話を続けるクルス。しかし、やや宗教的側面が強い部分を説明しなければならない事もあり、クロノは失望した様な顔をした。

 

「科学的な手法としては確立していないのか……」

 

「はあ。ですが、効果はあるという事ですので……」

 

 クロノの反応にクルスは頭をかいた。那美が言う「術」は説明だけ聞くと民間信仰に近いものがある。説得力のある技術体型として確立していない以上、その効用については疑問を抱いても仕方がない。リンディも同じ感想を持ったらしく、ため息をついて続ける。

 

「治療法と魔法生物については本部にも問い合わせてみましょう。あと、今後、この件は此方で全権をもって調査しますので……」

 

「お願いするわ。今度は犠牲者が出ないうちに解決して欲しいものね」

 

 対応を申し出るリンディにプレシアは当然とばかりにうなずく。リンディは相変わらずいかにも申し訳ないという顔をしていた。これだけ露骨に嫌味の効いたクレームを前にして表情を保っているのは流石と言うべきだろうか。「偉い人」特有の反応に感心するクルス。リンディはそのままクロノの方へちらりと目を向ける。それを受けてクロノは前に出た。

 

「では、ジュエルシードの引き渡しについてですが……必要であれば我々がお伺いしますが?」

 

 どこか言いにくそうに続けるクロノ。恐らく念話で指示を受けたのだろう。流れとして部下に要求させてここからは事務手続きなんですと言外にアピールする辺り手慣れている。クルスは再び感心しつつ、押し付けられた執務官には軽く同情した。

 

「いえ、結構よ。回収した分と魔法生物のデータは持ってきてるから、確認して頂戴」

 

「で、では、頂戴いたします」

 

 怖い笑顔のまま杖型のデバイスを掲げるプレシアに、クロノはひきつった表情でS2Uを差し出す。同時に、プレシアのデバイスから発せられた光がクロノの持つカード型デバイスへと吸い込まれていった。

 

《Collating the Date......completed》

 

「ロストロギア、ジュエルシード、確かに受領しました。また、情報提供に感謝します」

 

「礼はいいから、早く解決してちょうだい」

 

 形式に乗っ取った礼を言うクロノにプレシアはしっかりと釘を刺す。苦い顔で「全力を尽くします」と応じるクロノ。再び襲ってきた胃のストレスを押さえるように、クルスは声を上げた。

 

「あ、あのっ! 必要な手続きが終わったようですので、今後の具体的な対策についてご説明したいと思いますが……」

 

 少しでも気を引こうとスクリーンを切り替えるクルス。先程とは逆にクロノの視線から憐れみを感じたのは思い過ごしだろうか。しかし、もちろんプレシアとリンディには末端の管理局員への同情による譲歩など存在しない。

 

「あら、今後の対応はお願いした所だから、私はもう退出してもいいのかしら?」

 

「いえ。出来れば簡単に意見をいただけると助かるんですけど……」

 

 張り付いた仮面の様な笑顔で向き合う2人。方や複雑な事情から地球に移住をせざるを得なかった大魔導師。方や艦長職を任される歴戦の提督。2人が抱える過去をクルスは詳しく知っているわけではないが、性格が違えど共に苦境を乗り越えて来た女傑同士、お互いに何か感じるものがあったのだろう。強烈なプレッシャーをかけあっている。何か言わなくてはと思うものの、緊張の中で下手な発言をするわけにもいかない。強まる胃痛に耐え切れず助けを求めてクロノの方をみると、すぐに視線を外されてしまった。トールマンに至っては笑顔のまま微動だにしない。この裏切り者どもめ。

 

「あ、あの、リンディ提督? あまりお引き留めするのもなんですから、参考に意見をお聞きするのは後日にして……」

 

「あら。構わないわよ、クルスちゃん。あとでこられても鬱陶しいし」

 

 なんとか言葉を絞り出すものの、プレシアに抹殺されてしまった。リンディがすかさず口を開く。

 

「それは助かります」

 

 プレシアの顔から一瞬笑顔が消えたのはクルスの気のせいではないだろう。心の中で悲鳴をあげるクルス。

 

(もうやだお腹痛い)

 

 心の叫びは、しかし誰にも届くことなく会議室に虚しく響いた。

 

 

 † † † †

 

 

「君も大変だったな」

 

「そう思うんなら助けて下さいよ」

 

 腹痛会議を終えたクルスは話しかけてきたクロノに疲労を隠さず答えていた。プレシアにトールマン、リンディは先に戻ってしまったので、会議室には2人だけだ。

 

「いや。艦長もクレーム対応は慣れてなくてね」

 

 苦笑するクロノに軽くため息をつくクルス。悪魔を魔法生物としか伝えていないため仕方のないことではあるが、ただの苦情で終わらせてしまうあたりプレシアの状況を軽く扱っていると言わざるをえない。

 

「はあ、まあ、執務官が気にされる事でもありませんよ」

 

「すまないな、二等空士」

 

 クルスは内心の不満を押さえて答える。事件の特殊性を言葉で伝えるのは難しい。事前情報は受け入れやすい形で伝えた以上、事実認識の微妙な齟齬は実戦を交えて理解してもらう他ないだろう。

 

「ところで二等空士の処遇だが、しばらく我々と行動してもらう事になった」

 

「はい、お世話になります」

 

 そんなクルスをよそに本題に入るクロノ。わざわざ会議室に残ったのは、クルスに本部からの命令を伝えるためだった。クルスは素直にうなずく。悪魔の存在を抜きにしても、元々ロストロギア発掘者の警護は自分の仕事だ。追撃を命じられるのはごく当然の指示といえた。

 

「アースラ、僕たちが乗ってきた次元航行船だけど、そこに部屋も用意してある。すぐにでも入れるが?」

 

「じゃあ、午後にでもお伺いします。荷物はほとんどありませんけど、お世話になった方に挨拶しておきたいので」

 

「分かった。移転魔法は使えるな? アースラの座標を送るから、デバイスを出してくれ」

 

 言われるままデバイスを取り出すクルス。同じ時空管理局では標準装備になっているS2Uではあるが、クロノが標準的なカード型なのに対しクルスのそれは青い十字をあしらったロザリオの形をとっている。

 

「カスタムタイプか……」

 

「はい、一応、メシア教徒ですので」

 

 クルスの言葉を大して気にした様子もなくクロノはデバイスを操作する。どうやらクロノはあまり信教にこだわらないタイプのようだ。複数の次元世界を相手取る管理局として、文化的な面で余計な軋轢を生まない態度が身に付いているのだろう。当然といえば当然だが、一部の過激な集団のせいでメシア教徒に歪んだイメージを持っている者も多い。偏見から肩身の狭い思いをしたこともあるクルスは軽い安心感を抱いた。

 

「じゃあ、僕はこれで。午後から来ることは艦長にも伝えておくよ」

 

「はい。では、お見送りします」

 

 会議室を出る2人。時折すれ違うメシア教徒に挨拶を交わしながら、クルスはクロノを先導するように歩く。

 

「しかし、随分立派な教会だな」

 

「ええ。元々歴史ある教会だったし、トールマン神父が管理局を退いた時に大規模な出資を行ったらしくて」

 

 周囲を見渡しながら話しかけるクロノ。メシア教の教会は町中に設けられた小規模なものが多いことから出た疑問だろう。事実、教えの場所は誰もが利用できる場所にという考えから商店街の一角や地下街の一室を利用したものが中心で、そこでは信者以外の人も受け入れていた。

 

「前に見た聖王教会も大したものだったが、ここはそれ以上だな……あ、いや、これは失言だったか?」

 

「いえ、気にしてませんよ。こっちじゃ聖王っていっても分からない人がほとんどですし」

 

 他宗教と比べる発言に謝るクロノをクルスは笑って流す。聖王教会とは、かつてロストロギアでほろんだという次元世界「古代ベルガ」の王「聖王」を崇拝の対象とする宗教団体のことだ。古代ベルガは優れた魔法文明を持ち、過去の魔法技術に関する記録と受け継がれた技術から管理局と連携して危険なロストロギアの調査と保管を行っている。禁忌や戒律が緩いことも手伝って宗教人口はミッドチルダ最大ともいわれるが、その成立の過程と崇拝対象ゆえに信仰の分布は限定的で、古代ベルガが滅んだ際に人々が移り住んだとみられる世界にとどまっている。次元世界を超えて管理外世界にまで根を下ろすことは少なく、世界宗教というより民族宗教という趣が強い。唯一の神の教えを中心として、表向きは特定の政治団体と結び付きを持たず、あらゆる世界に信仰を広げるメシア教とは性質を異にすると言えた。

 

「執務官は、聖王教会へはどういったご用で?」

 

「別に追っている事件で少しね」

 

 言葉を濁すクロノにそうですかと短くうなずくクルス。人手不足の管理局員において、執務官クラスの人材が複数の事件を担当することは決して珍しい話ではない。片方の事件に動きが無ければ、未解決のまま他の事件に回されるのも日常茶飯だ。

 

(さっきリンディ提督が言ってた襲撃事件かな?)

 

 クルスもミッドチルダの情報は確認していたため、その事件についてはある程度知っていた。管理局員が連続で襲撃を受けたというもので、ここ数日は途絶えたと聞いている。

 

(それがどう聖王教会と関係するのかは分からないけど……状況的には他世界に容疑者が渡ったとみて、ついでにこっちに来たってとこか)

 

 嫌な予感に眉をひそめるクルス。「ついで」とはいい加減な意味ではなく効率を重視した結果であり、クロノ達が派遣されたということはこの世界に犯人がいる可能性が高い。最悪の場合は襲撃事件の犯人にも同時に対応することになるだろう。

 

(これ以上ややこしくなって欲しくないんだけどな……)

 

 そんな不吉な予感を顔に出さず、クルスは廊下を進む。繊細な天使のレリーフが見下ろす中を歩き、人気のない地下へ。重厚な扉の先には転送ポートがあった。先程クロノから受け取った座標を打ち込む。

 

「それでは、アースラへ転送いたします。貴方にも神のご加護があらんことを」

 

 十字を切って見送るクルスに苦笑しながら、転送ポートに身を任せるクロノ。クルスは遅すぎる来訪者が消えていくのを、不安を押し殺して静かに見守っていた。

 

 

 † † † †

 

 

「迎えが来てしまって……お世話になりました」

 

「そうか。もしまた海鳴に来ることがあったら遠慮なく頼ってくれ」

 

 教会の一室。朝倉はクルスに短いながらも別れを惜しむ言葉を贈っていた。クルスを迎えてからごく短い期間ではあったが、朝倉はクルスとそれなりの信頼関係を築いている。交わした社交辞令でない挨拶には別れの痛みが垣間見えた。

 

「クルスッ! ココニイタノデスネ!?」

 

 が、トールマンが入ってきたことで空気は変わった。クルスは嬉しいような迷惑なような複雑な表情を浮かべ、朝倉もどこか苦々しい顔をする。

 

「OH! クルス! ワレワレハァ、貴女ガイクサキニ神ノ加護ガ続クヨウ祈ッテイマァス!」

 

 そんな2人を置いて、相変わらず無理のある日本語でおおぎょうに喋るトールマン。もちろん空気読めよ等と正直な感想を言うわけにいかない。朝倉は先程より少し固いながらも、もう一度別れの言葉を口にした。

 

「……クルス。私も無事を祈っているから、たまには顔を見せに来てくれ」

 

「はい、ありがとうございます。トールマン神父も」

 

 しっかり2人に礼をするあたり、クルスの律儀な性格が出ている。彼女なりに雰囲気を壊さないように気を使っているのだろう。朝倉は心の中でため息をついた。少なくとも日本ではまだ雰囲気に気を配る年齢ではない。それを自然にこなすことが出来るようになるために、一体どれ程の経験が必要だっただろうか。

 

(これも文化と受け入れるべきなのだろうか……)

 

 背を向けて部屋を出ていく幼いクルスに問いかける。しかしその返答を拒絶するように扉は閉まった。断ち切るような音が部屋に響く。

 

「情が移ったか?」

 

 そこに声をかけたのはトールマン。当たり前のようにクルスを送り出したその目に、もはや人懐っこい笑みはない。

 

「あれは神に捧げられるべき者……。その役割は理解していよう」

 

「……」

 

 沈黙で答える朝倉。しかしトールマンは威厳と威圧に満ちた声で続ける。

 

「メシアの次なる試練は海に沈むあの宝石――貴様の娘を襲った悪魔もメシアの覚醒と共に裁かれよう。裁きの時間は近づいているのだ。それに、必要なデータはあの艦に送るよう指示を出した。自分の正体に気付く日も近いであろう……」

 

 朝倉はそれに答えない。ただ固い雰囲気を保ったまま無言で窓の外を見つめている。そこに表情はない。ただ苦渋を押さえこむように感情を殺した目で、午後の日射しを見つめているだけだった。

 

 

 † † † †

 

 

 海鳴市の海岸線に程近い林の中。結界越しに赤く輝く月に照らされ、3つの影が動く。

 

「オォォォオオオ!」

 

 目につくのは大樹。巨大な咆哮を上げながら、強靭な腕となった枝を2つの人影にふり下ろす。

 

「蒼窮を駆ける白銀の翼、疾れ風の剣っ!」

 

《Delayed Bind》

 

 だがそれが届く直前、絡みつく魔力の鎖に止められた。拮抗は一瞬。耐えられずに鎖は引きちぎられる。しかし、それは十分な時間を稼いでいた。余裕を持って跳躍した影――クロノは空中に留まったまま、手元に魔力を収束させる。

 

「ブレイズキャノンッ!」

 

《Blaze Cannon》

 

 高温となった魔力は熱線となって異形と化した大樹を襲った。苦痛の叫びを上げながら枝で受け止める異形。腕に当たるそれを炭化させながらも、しかし狂暴性は失わない。炎を撃った影に向かって地中から根を伸ばす。それは次の一撃を用意するクロノの後ろにまわりこみ、槍となって背後から迫る。

 

「クロノ執務官っ!」

 

 だが奇襲の一撃にはもうひとつの影が立ち塞がった。クルスだ。強大なシールドで槍を正面から受け止める。ヒビひとつ入らないその強固な盾にはかなりの余裕が見受けられた。

 

「すまない、すぐに終わらせるっ!」

 

《Blaze Cannon》

 

 それでもクロノは気遣う様に叫ぶ。2度目の砲撃は、間違いなく異形から宝石を切り離した。

 

 

 

「2人とも息ぴったりね」

 

 それをモニター越しに見ていたのはアースラの艦長、リンディである。クロノとクルスが連携してジュエルシードの対処にあたるのを見て感心した様に呟く。

 

「ホント。クロノくん、ペアを組むなんてはじめてなのによく合わせてくれてますよね」

 

 オペレーターのエイミィもそれにうなずいた。クロノはどちらかというとバインドを駆使した搦め手を得意としており、緻密な戦略に基づいたファイトスタイルを取っている。それ故にペアを組むのであればパートナー側にもそれなりの力量が求められるのだが、クルスはそれを見事にこなしていた。

 

「クロノとも相性がいいみたいだし、今度うちにスカウトしてみようかしら?」

 

「あ、それ、いいですね。相性が良すぎな理由も追及しなきゃだし」

 

 リンディの感想にニヤニヤ笑うエイミィ。クロノをからかいたくてしょうがないという感じだ。

 

(ちょっと母としては複雑ね)

 

 リンディはそれに少しだけ寂しいものを感じた。エイミィはクロノとは地球で言うところの士官学校に当たる士官教導センター以来の付き合いで、それなりにいい関係だった筈だ。はやる親心としては将来嫁に来てもらって云々とよく想像したものである。しかし、クロノがクルスとべったりなのを見ても、悲しむより楽しんでいるのはいかがなものだろうか。

 

(まあ、エイミィらしいといえばそれまでだけど……もうちょっと妬くなりしてくれないと面白くないわよね)

 

 これでは美少女が我が息子を取り合うという、想像するだけで嬉しくなる事態とは巡り会えそうにない。よし、ここはお母さんが一肌脱いで……

 

「今、背筋に寒いものが走ったが……」

 

「大丈夫ですか、執務官? あ、提督。ジュエルシード・Ⅶの封印が終わりました」

 

 だがそんな構想の邪魔をするようにブリッジの扉が開き、クロノとクルスが入ってきた。何かを感じとって身震いするクロノとそれを気遣うクルス。2人とも可愛い。そんな感情をおくびにも出さず、リンディはなに食わぬ顔で出迎える。

 

「ご苦労様。クルス二等空士もよくやってくれたわ」

 

「いえ。私は執務官のサポートをしただけですので」

 

「いや。二等空士が合わせてくれたお陰だな」

 

 真面目な顔で謙遜しあう2人。思わず頬が緩む。が、そこへエイミィが割り込んできた。

 

「ホント、2人とも夫婦みたいだったよ?」

 

「ぶっ!?」

 

 クロノが噴いた。相変わらずいいリアクションだ。

 

「エ、エイミィッ! 仕事中だぞっ!」

 

「えっ!? てことは、仕事じゃない時間はもう夫婦の関係にっ!」

 

「なっ! ち、違っ!」

 

「からかわれてるんですよ、執務官?」

 

 しかし、苦笑しながらクルスが取り繕う。クロノと違ってこちらは隙がないというかしっかりしている。このままでは面白くない。

 

「あら、クルスちゃんがクロノを貰ってくれるなら大歓迎よ? クロノも満更じゃないみたいだし」

 

「か、母さんっ!」

 

「ふふっ。執務官は愛されてるんですね?」

 

 リンディの悪ノリもあっけなく流すクルス。しかし、天使のような笑顔でクロノを見ていたかと思うと、軽く冗談を付け加える。

 

「あ、でも、私でよければいつでもお相手しますからね?」

 

「キミまでからかうのか……」

 

 エイミィの様な唐突感がないせいか、それはむしろクロノに余裕を与えた。狙ってやっているとすれば、なかなか出来た娘だ。

 

「と、とにかく、先程の戦闘でも件の魔法生物や寄生されたという魔導師は現れなかった。今のうちに対策を練っておくべきだろう」

 

 そんなクルスの配慮に気付いた訳ではないだろうが、クロノは露骨に仕事の話を始めた。こういう話の進め方にかけては、クロノは未熟と言わざるを得ない。

 

「その魔法生物ですけど、本部からは何か回答がありましたか?」

 

 それとは対照的に、至って冷静な声でエイミィに問いかけるクルス。上手くクロノの言い訳を利用した形だ。

 

「う~ん、あるにはあったけど、該当するデータはなし、だって。なんか代わりに変なレポートを送ってきたけど……」

 

「変なレポート、ですか?」

 

「うん。特徴が昔の研究施設に出たっていう幽霊に似てるって言うんで、その施設の。そんな噂なんて送ってこなくていいのにね」

 

 あまりにも馬鹿げた内容に途中から愚痴が混ざっている。オペレーターとしては、こういう不要な情報は本部が送信前に落として欲しいのだろう。各方面から問合せが殺到している本部のデータセンターも多忙のため、テキストデータの検索結果を吟味せずそのまま送信してくる場合も多い。

 

「そのデータ、詳しく読めますか?」

 

 だが、クルスはそれに食いついた。笑い話に使用としたところを真面目に聞かれて妙な顔をするエイミィ。リンディも疑問の声をあげる。

 

「二等空士、何か気になることでも?」

 

「いえ。この管理外世界でもおとぎ話みたいな存在だから、ミッドで起こった事件でも共通項があるかもしれないと思って。一応目を通しておきたいんです」

 

「もう、クルスちゃんは真面目だなぁ。そんなんじゃクロノくんみたいになっちゃうよ?」

 

 言いながらもエイミィはしっかりとクルスのデバイスにデータを送る。何か言おうとするクロノを置いて、ありがとうございましたと笑顔で答えるクルス。どうやらクルスはクロノの真面目さとエイミィのしなやかさを併せ持つタイプのようだ。戦闘では連携戦で持ち味を発揮し、ブリーフィングでは上手く相手を立てる調整役に向いている。良くも悪くもスタンドアローンを主体とするクロノとは相性がいいといえるだろう。

 

(そう考えるとクルスちゃんも悪くないわね……でも、所属する部隊は違うから、外堀を埋めるには上手く引き抜かないと……それに、メシア教会は聖王教会と違って戒律が厳しいって聞くけど、結婚は大丈夫なのかしら? 調べてみる必要があるわね……)

 

 止まらないリンディの妄想にクロノが再び身震いしたのは、また別の話である。

 

 

 † † † †

 

 

「やっぱり、人造生命体研究所……」

 

 アースラ内にあてがわれた部屋で、クルスは先ほどエイミィから受け取ったデータを見つめていた。デバイスが表示したのはごく簡単な内容のレポートでしかなかったが、それを読むクルスの目は冷たく、鋭い。

 

(サーフ・シェフィールド博士の研究を元に発足したプロジェクトで、人造人間の成功例もあり。コード名はアンリミテッド・デザイアで、高度な知能を有する素体として注目を集めた。さらに、同博士はより高次元の生命体の研究を提唱。「人造生命体の更なる強化プラン」を打ち出し、研究所には未確認の生物が多数培養された……)

 

 難解な専門用語が並ぶ中、研究内容を拾いながら文章を追っていくクルス。本部が内容確認を現場に任せただけに報告書としては読みにくいものだったが、必要な情報を拾うには目を通すしかない。

 

(当該生物は高度な知能を持つものから獣に近いものまで様々であり、中には人間の精神に干渉する脳波を発する危険なものも認められた。こうした危険性に加えて研究費の高騰、更には生物の実用性について疑問が呈された事から研究は破棄。同研究所は生命操作の設備・ノウハウを生かし、クローン技術研究所として運用される事となった。なお、産み出された生物については荒唐無稽な噂が多く、悪魔や幽霊というものから、中には研究所職員が材料になっているという証言、果ては研究所長まで改造されたなどというものまで存在する。これについてはサーフ・シェフィールド博士とその研究グループが否定している上、潜入したアレン・ハーヴェイ査察官もあくまで作り出された人造生命体と考えるのが妥当として……)

 

 先ほどエイミィが言っていた記述に目を止めるクルス。どうやら、人造生命体研究所の成果が悪魔と混同された様だ。悪魔の存在は「噂」で終わらせてしまっている。クルスは表情を厳しくして読み続けた。

 

(……研究廃棄の際に一部制御を失った人造生命体が暴走する事件があった。現場は混乱を極め、管理局員が鎮圧に向かうも、一部隊と研究員一名が犠牲になっている。死傷者は以下の通り。グレッグ・ラヴァフロー一等空尉およびアリオン・テスタロッサ二等空尉、死亡。ディビッド・エンジェル研究員、重体……っ!)

 

 テスタロッサに一瞬プレシアを思い浮かべるクルス。しかし、そんなものはすぐに続く名前で吹き飛んでしまった。

 

「ディビッド・エンジェルッ! お父さんの名前だ……っ!」

 

 名前の記載があるという確信に近い予感があったその名前。この人造生命体研究所の事件から数年後、クルスが生まれ、母と共に不自由なく過ごしていたあの頃。しかし、それは突然襲ってきたガイア教団に奪われてしまった。自分を守るために致命傷を負った父が運び込まれた病院では、

 

――これは悪魔によるものだ。

 

 そう告げられた。悪魔を研究しているというその車椅子の紳士は、去り際にその悪魔は人為的に呼び出し、使役することが可能だという言葉を残している。

 

(もし、人造生命体研究所で扱っていたのが本当の悪魔で、その悪魔をガイア教団が戦力に利用していたのなら……生き残った研究員のお父さんが悪魔の研究の成果を知っていて、そのせいで狙われたのならっ! その悪魔が、今回の悪魔と繋がっているのなら……!)

 

 父を殺した犯人にも繋がっている可能性はある。もとより、クルスの父が襲撃を受けたのは10年以上前、人造生命体研究所の事件にいたっては30年近く前の事で、クルスは生まれてすらいない。ジュエルシードと関連性がある等と誰も思わないだろうし、共通項も悪魔という1ワードだ。しかし、クルスには両者がどこかで繋がっているという直感があった。いや、繋がっていて欲しかったというべきだろうか。資料を睨み付けるクルス。しかし、通信が入った事でそれは途切れた。慌てて表情を切り替え、デバイスを操作して通信をつなげる。

 

「あ、クルスちゃん、今大丈夫?」

 

「リミエッタ通信主任。どうしました?」

 

 もう、エイミィでいいよ。そう苦笑しながらも、エイミィはすぐに真面目な声に切り替えて告げた。

 

「ジュエルシードが発動したの。海上で6個も。すぐブリッジに上がって」

 

「分かりました。すぐに向かいます」

 

 通信を切るとそのまま小走りにブリッジに向かうクルス。レポートをデバイスからバックアップ用のストレージに移し替え、軽く装備を確認すると部屋を出る。飾り気のない廊下を抜けて、アースラの中枢とも言えるそこの扉を開くと、

 

「すみません、遅くなりまし……?」

 

 異様な雰囲気に出迎えられた。先程の戦闘後の会話に見られるように、アースラクルーには余裕があった。ジュエルシードというロストロギアの相手は決して油断できないとはいえ、AAA+クラスの優秀な魔導師に高い判断力を持つ艦長、最新鋭の通信機器を使いこなすオペレーターに加え、艦自体もアルカンシェルという強力な兵器まで擁している。悪魔という要素を除けばアースラの戦力は過剰とは言わないまでも、十分評価できるものだった。それが今、強い緊張感に包まれている。

 

「……どうしました?」

 

 思わず問いかける。正面のモニターにはエイミィが告げたとおり、暴走したジュエルシードのせいで荒れ狂う海が映し出されていた。しかし、誰もその緊急事態に目を向けていない。

 

「……クルス二等空士。横の3番モニターを見てくれ」

 

 クルスの疑問に答えたのはクロノだった。まるで何か感情を押さえつけるように、全員の視線を釘づけにしているサブモニターを指差す。そこには、魔力反応とともに、トレンチコートの男性と話すあの大人びた少年がいた。

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――
厄災 ジュエルシード暴走体Ⅶ
※本作独自設定
 願望を実現するロストロギア、ジュエルシードの暴走体。動物ではなく、植物である海鳴市海岸の木をコアとしている。それゆえか知能は低く、防衛本能を元に暴れまわる。ジュエルシードはシリアルナンバーが振られており、この暴走体の元になったジュエルシードはⅦ。

――元ネタ全書―――――
今、背筋に寒いものが走ったが……
 ペルソナ2罰の交渉「結婚したい女」。キープしとくかと言われた時の某警察官。本作では「結婚させたい女」への反応に。なお、リンディの「調べてみる必要があるわね」は同警察官の弟を心配するあのキャラへの反応が元ネタ。「なんていいお嬢さんなんだ」。
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※聖王教会の設定に疑問を持たれた方も多いかと思いますが、独自設定ということで寛大な目で見てやってください。
※人造生命体研究所ってなんだっけ? という方は第7話「魔女の過去」をご参照ください。投稿したのはもう2年近く前ですが、同話の伏線回収(というか追加)となっております。
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