リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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 違った。あの時のメールで、私は受け入れられたと思ったけど、違った。

 あの羽の生えた猫を殺したのはリスティさんで、私じゃなかった。
 化け物を殴るのは当たり前で、やっつけると喜ばれる。

 そう、あの卯月君みたいに。

――――――――――――すずか/温泉旅館



第14話d 胎動の戦線《肆》

「支配人室って、確かこの先よ」

 

 静まり返った廊下を、アリサはすずかと共に歩いていた。夏織に言われて支配人室へ向かう途中、アリサは不気味な静寂を少しでも緩和しようと、必死にすずかに話しかける。

 

「なんかこの辺は静かよね? 旅館って、もっと人が動き回ってると思ったんだけど」

 

「……」

 

「やっぱドラマとかでやってるのとは違うのかしらね」

 

「……うん、そうだね」

 

 時おり消え入りそうな声ですずかが相槌をうってくれる。が、それはアリサを余計に焦らせた。すずかはもともと大人しいタイプではあったが、話題を振ればいつもキチンと答えてくれる。今のように生返事で返されることはない。アリサはそれを薄気味悪い雰囲気に当てられたせいだと思い込み、

 

(早く、はやくっ!)

 

 この空気から脱げ出そうと急いだ。目指す部屋にはまず間違いなく人がいる筈だ。支配人と面識はないが、父の部下であるシドには何度か会ったことがある。アリサの印象としては実直な人物であり、あらかじめ夏織から話をしてくれているのならば、それなりのもてなしてくれる筈だ。不気味な空気も薄まるに違いない。そう思いながら、すずかの手を引き小走りに客室が続く廊下を駆け抜け3階へ。「staff only」と書かれた看板を無視して進み、ついに支配人室と書かれた扉に巡りついた。

 

「失礼します……っ!?」

 

 勢いよく扉を開き、部屋に飛び込むアリサ。

 同時に言葉を失った。

 出迎えたシドは、身体中を食い千切られ、絶命していたから。

 

 

 † † † †

 

 

 時間は僅かに遡る。夏織の指令で展開された結界。それは館内を包み込み、違和感となって脱衣所から出たばかりの孔と修を襲った。

 

「っ! ジュエルシードかっ!?」

 

「いや、急激な魔力上昇じゃないっ! 誰かが結界を展開したんだ!」

 

 違和感の元へ駆ける孔と修。走りながらデバイスを起動し、廊下を駆け抜け売店が並ぶエントランスへ。階段の先に魔力の壁が見えた所で、結界に杖をかざすリニスを見つけた。

 

「リニスッ! リスティさんも!?」

 

「卯月君か! なのはちゃんの監視をしていたんだが、結界とやらで切り離されてしまってね!」

 

「コウッ! 結界の解析は終わっていますっ! いつでも行けますよ?」

 

 同時に声をかけてくる2人。孔はそれに頷くと、結界の前で剣を構える。以前月村邸を覆っていた結界と違い、ミッドチルダ系統の術者が使う結界。魔法で破壊することができる。リニスのデバイスから送られてきた情報を元に、剣に術式を乗せて一閃。結界は見事に切断され、人が入り込めるだけの亀裂が出来た。

 

「リニスとリスティさんは先生達を頼みます。危なくなったら外へっ!」

 

 そう言って突入しようとする孔に、リスティと修が食い下がる。

 

「卯月君、なのはちゃんちゃんの警護はもとはといえばボクの仕事なんだ。そっちは那美とアルフが向かってる。ボクも行こう」

 

「俺も行くぜ。待ってるだけってのはもう十分だ」

 

 孔は一瞬戸惑ったものの、すぐに頷く。硬い意思のこもった目を向ける2人を止めるだけの時間と言葉はなかった。

 

(コウ、皆待っています。必ず戻って下さいね?)

 

(すまない、嫌な役目ばかり押し付ける)

 

 孔はリニスに思いつく精いっぱいの言葉をかけると、結界に飛び込んだ。

 

《My dear. 悪魔の反応を確認。3階奥の部屋からね》

 

 3人はI4Uのサーチ結果に導かれ、結界に包まれた温泉施設を走る。スタッフ用に設けられたエントランス付近の階段を駆け抜け、

 

「うおっ! また人がっ?!」

 

 廊下に出たところで、おびただしい数の死体に修が声を上げた。

 

「っ! 遅かったか……」

 

 凄惨な光景に声を漏らす孔。しかしリスティは死体を調べながら、冷静な声で告げた。

 

「……いや、これはここの従業員ではないよ。これを見てくれ」

 

 リスティが指し示したのは死体の手の甲。そこには、龍の刺青が彫られていた。旅館の従業員にしては確かに奇妙だ。

 

「この刺青は……?」

 

「台湾マフィア、天道連(ティエン・タオ・レン)のモノだ」

 

 険しい表情で淡々と言うリスティ。突拍子もないその言葉に、修は声をあげた。

 

「はぁ? な、何でマフィアがこんなとこにいんだよ?」

 

 ここは日本だぞとでも言いたげな様子で叫ぶ修。同じ「裏側」にしても魔法使いや悪魔とは一線を画す存在は確かに場違いだ。

 

「それは……恐らく、士郎さんへの依頼のせいだろうな」

 

「リスティさん、依頼とは?」

 

 考えをまとめながら話しているのか、間が空きがちなリスティに言葉を促す孔。リスティは話を続けた。

 

「さっきリニスさんにも言ったんだが、士郎さん――なのはちゃんのお父さんだけど、その人はもともと要人警護をやっていたんだ。要人警護っていっても、ただの警備会社の社員じゃない。御神という古い歴史を持つ勢力の出身で、刀一本で銃器ともやりあえる凄腕なんだ」

 

 孔はそれに心当たりがあった。以前恭也に襲われた時、御神流という実践剣術を経験している。剣術だけでなく、鉄針という暗器に筋力のリミッターを外す体術も使いこなしていた。銃器ともやりあえるというのは決して誇張ではないのだろう。

 

「御神は表社会で政府を相手取って首相クラスの警護に人材を斡旋する御神本家の他に、裏社会――それこそ大手企業や犯罪者から狙われる人物の護衛を引き受ける裏・御神とも言うべき分家の不破家があるんだ。士郎さんはその不破の出身でね」

 

「裏社会って……じゃあ、そのマフィアの邪魔をしたんで狙われてんのか?」

 

 言葉を切るリスティに声をあげる修。しかし、リスティは首を振った。

 

「いや。実は以前――もう十年近く前になるけど、その天道連に御神宗家が襲われる事件があったらしくてね。不意を突かれた御神流は壊滅、裏社会から姿を消してるんだ。もう組織として襲撃する理由はない筈だ」

 

「でもよ、コイツら、そのマフィアなんだろ? 他に理由がねえじゃねえか」

 

「……悪魔に対抗しようとしたのかもな」

 

 尚も疑問を挟む修に、孔が別の可能性を示す。

 

「スティーヴン博士が言っていた。悪魔にも通常兵器は有効だと。もし悪魔を使って暴れてる様な奴がいるなら、それに対抗しようとする人間がいてもおかしくない。そうした人物がリスティさんの言う裏社会に住む人間なら、武装したマフィアに殲滅を依頼することだってあるだろう。仮に対抗策にならなくても、足止めにはなる筈だ」

 

「足止めって……もう悪魔使いは逃げたって事かよ?」

 

「いや。悪魔の反応はまだ消えてない。逃げたかどうかは行ってみれば分かるだろう」

 

 そう言って孔は廊下の奥へ目を向ける。言いながらも孔には奇妙な確信があった。悪魔を呼んだ人物はこの先で待ち受けている、と。

 

 

 † † † †

 

 

 死の臭いが充満する廊下を抜け、支配人室の扉へ。孔はバリアジャケットの中にしまいこんだ銃に手をかけながら静かに呼吸を整えていた。隣のリスティもジャケットに手をいれ、いつでも銃を抜けるようにしている。修はポケットに手を突っ込み、ジャラリとコインをならす。

 

「2人とも、いいか?」

 

 リスティから声がかかる。頷く孔と修。リスティは、

 

「失礼します。支配人、聞きたいことがっ!」

 

 言うと共に勢いよく扉を開いた。しかし、その言葉は途中で止まる。目の前には、おびただしい血を流して倒れる支配人がいたのだ。

 

「こっ、これは……!」

 

 駆け寄るリスティ。首筋に手をあてる。孔が横に立つと首を振った。悪魔の犠牲者を悼んで目を瞑る孔。しかし、すぐに修の声で目を開いた。

 

「お、おいっ! お前ら、大丈夫なのかよ?!」

 

「ちょっと、な、何でアンタ達がいるのよっ!?」

 

 見ると、すずかとアリサが膝をついている。混乱しているのか、心配しているはずの修に食って掛かるアリサ。

 

「落ち着いて。すずかちゃんにアリサちゃん。もう大丈夫だ」

 

 そんなアリサに優しく声をかけるリスティ。アリサは震えながらも頷く。それで普段のペースを取り戻したと見たのか、修が疑問をぶつけた。

 

「高町はどうした? いつここに来た? 怪しい奴を見なかったか?」

 

「分かんないわよっ! そんないっぺんに聞かないでっ!」

 

 が、やはり立ち直っていなかったようだ。目の前に死体があるのだから無理もない。目があったすずかもガチガチと青くなって震えている。孔はアリサとすずかをリスティ達に任せ、デバイスに指示を送った。

 

「I4U、この部屋のサーチをっ!」

 

 が、それは廊下から響いた咆哮で遮られる。

 

「卯月君?!」

 

 狼の遠吠えのようなその叫びに、剣を取りだし扉へ走る孔。後ろからリスティの声が聞こえたが、気にせずに廊下に飛び出す。しかし、数歩進んだところで立ち止まった。

 

「な、なに、あれ……!」

 

 遅れて出てきたリスティ達の後ろから顔を出したアリサが恐怖の声をあげる。孔の目の前には、全身赤毛の、強い熱気を放つ巨大な狼のような獣がいたのだ。

 

「ヒャッハァ! 見りゃ分かんだろっ! 悪魔だよ、悪魔!」

 

「須藤っ!?」

 

 アリサの問いに答える様に狂った声が獣の正体を告げる。孔の後ろ――もう誰もいない筈の支配人室から響いたその声の主は、すぐに姿を表した。黒いコートに血のこびりついた日本刀を手にしたその男に、リスティが声をあげる。しかし、すぐに冷静さを取り戻すと、アリサとすずかを庇うように前に出て問いかけた。

 

「須藤竜也。 神社ならびに大型量販店の放火、貴様の犯行で相違ないな?」

 

「あぁ。電波が許してくれねぇんだよ。もっと燃やせってなぁ」

 

 どうでもよさそうに答える狂人。銃を向けるリスティから視線を外すと、半分火傷で覆われたその顔を孔に向けた。

 

「もう、あっち側の事、思い出したのか?」

 

「……どういう意味だ?」

 

 孔は前にいる悪魔から目を離さず、須藤に背を向けたまま答える。竜也は大きく溜め息をついた。

 

「そうかい、その女も可哀想になぁ」

 

「どういう意味だと聞いているっ!?」

 

 まるで友人にでも話しかける様に言う狂人に、声をあげる孔。が、竜也はそれを制するように、

 

「シーっ。外の奴等に聞こえる」

 

 そう言って窓の外を指差した。一瞬の目配せの後、悪魔と相対する孔と竜也から目を離さないリスティに代わり、修が窓の外を見る。

 

「アイツら……銃を持ってる。マフィアか?」

 

「あぁ。あのクソ親父が俺を消そうとしやがったんだっ! 俺は死なねぇぞぉ! そうだぁ! ヒャハァ! あのガキも、俺をこんなとこに閉じ込めやがったあのクソ親父も、みんなぶっ殺してやるっ! ヒャハァハッハッハッハ!」

 

 修の言葉を聞き、狂気の笑い声をあげる竜也。しかし、急にそれを止めたかと思うと、

 

「でもよぉ、お前はすぐに殺さねぇ。悪魔どもを差し向けて、じわじわなぶり殺しにしてやるっ! 電波もそう言ってるしなぁ!」

 

 そう叫び、何かを投げた。それは勢いのまま床を滑り、孔の足元へ。視線を落とす。銃だ。デバイス等ではない、殺傷兵器としての機能のみしか持たない銃。それもかなり大型のもの。

 

(レジスタンス製・DBW(Devil Baster Weapon)3 ダビデスリング――?!)

 

 孔は突然頭に浮かんだその銃の名称に目を開く。否、浮かんだのは銃の名前だけではない。施設の先生に拾われたあの日、病院で見た廃墟のビジョンも脳裏にフラッシュバックしたのだ。

 

「使えんだろ? 知ってんだぜ? 悪魔に向かってBAN、BANってよぉ!」

 

 そこへ追い討ちをかけるように竜也が叫ぶ。目眩と頭痛を感じて思わず目を瞑る。真っ暗になった視界には、迫る悪魔とバラバラに引き裂かれた女性が見え、

 

「広域強行犯501号! 放火・殺人容疑ならびに銃刀法違反および恐喝の現行犯で逮捕するっ!」

 

 リスティの声に引き戻された。そんな声を無視するように竜也は孔に語りかける。

 

「どうだ? 思い出したか、向こう側の事ぉ!?」

 

 しかし、その声はもう孔には届かない。

 

「……何度も言わせるな。質問してるのは、俺だ」

 

 転がった銃から目を反らし、展開したI4Uに付属の銃を抜きながら答える。

 

「向こう側、とはなんだっ!」

 

 背中を向けたままの、しかし殺気を含んだ問いかけに竜也が吼えた。

 

「ちっ! いつまもバックレてんじゃねぇぞぉっ!」

 

 竜也は刀を掲げると、

 

「思い出させてやるからよぉ! そいつに喰われなかったら、シェルターまで来やがれっ! ヒャーハッハッハッハ!」

 

 そう叫んで、黒い影に呑み込まれる様にして消えていく。

 

「待て、須藤っ!」

 

 弾丸を撃ち込むリスティ。しかし、その銃声は悪魔の雄叫びでかき消える。

 

――ファイアブレス

 

 間髪入れずに孔を襲う炎の吐息。後ろにリスティ達がいる以上、避けることは出来ない。

 

《Protection》

 

 ゆえに、孔が選択したのはシールド。I4Uは構えるまでのモーションだけで孔の意を汲み、一瞬で術式を構築、炎が届く前に分厚い盾を展開した。その盾は炎を防ぐ壁となり、行き場を失った炎は目の前で渦を巻く。

 

「どけっ! 卯月っ!」

 

 同時に修の怒号が響いた。

 

「炎ごと吹っ飛ばしてやるっ!」

 

 同時、修が力を発現させる。背中に天使の羽を顕在させ、手の中のコインを宙に投げた。

 ただの電磁砲ではない、あの物質の向きを操る力で再加速したそれは、

 

「なっ! キミもHGSかっ?!」

 

 リスティの声をかき消し、容易く悪魔を貫通、施設に大穴を開けた。

 

 結界が消える。

 

 修のコインが通る直前でシールドを解除した孔は、構えていた銃をようやく下ろした。修の異能がなければこれで対抗するつもりだったが、もうその必要はないようだ。目の前には何事もなかったかのように静かな廊下が続いている。

 

「意外に呆気なかったな」

 

 当の本人からはそんな声が聞こえる。明らかなオーバーキルをやっておいてそれはないだろうと心の中で突っ込みながら、孔は振り向いた。同時にリスティの携帯電話が鳴る。

 

「……さくらか。そうか、良かった。いや、こっちも大丈夫だ。ああ、すずかちゃんとアリサちゃんも無事だ……」

 

 恐らく保護者に無事を伝えているのだろう。リスティは落ち着いた様子で話をしている。

 

「おお、お前ら、大丈夫だったか?」

 

 すずかとアリサに声をかける修。しかし、アリサは修を睨み付けて叫んだ。

 

「何よっ! アンタも魔法使いだったわけ?!」

 

 侮蔑の色を浮かべるアリサ。隣ではすずかが怯えた目を向けている。以前、吸血鬼のゲームに閉じ込められた時、同じ魔法使いの力を持つリニスに、2人はここまでの嫌悪感を見せていない。あるいは孔への当てつけに過ぎなかったのかもしれないが、少なくとも同じ異能という記号を持つだけで憎悪を向ける様なことは無かった。しかし、あれから立て続けに事件は起きている。あの病院で失った老人。園子。それを止めることが出来なかった孔への嫌悪感は、間違いなく成長していたのだろう。自分が育てた憎悪に耐え切れず、孔は口を開いた。

 

「バニングスさん、折井が使ったのは魔法じゃない。全く別の力だ。俺とは違う」

 

「っ! おんなじでしょっ! 何が違うのよっ!」

 

 が、アリサは孔の声を聞いて余計に語気を強める。そこへ、通話を終えたリスティの冷静な声が響いた。

 

「アリサちゃん、同じじゃない。HGS――高機能性遺伝子障害は、現代医学でも認められた遺伝子異常だ」

 

「えっ?」

 

 驚くアリサに、リスティはHGSについて説明する。それによると、20年ほど前に認められた未だ治療法が確立されていない難病・変異性遺伝子障害の一種で、先天的な遺伝子異常が様々な障害を引き起こすのだという。体が異常な電気を帯びたり、光をエネルギーに変換したりと遺伝子変異の形によりその症状は様々だが、共通点として発病時に羽根のような物質が現れる。一見すると便利な「超能力」のようだが、能力の暴発を抑えるために特殊な装置や大量の薬が必要であり、自ら命を絶つ患者も決して少なくはない――。

 

「まあ、ボクも医療は専門じゃないから原理的なところはそこまで詳しくないけどね。社会的な差別をなくすために、一般には秘密にされているんだ。それだけの難病だよ。実際に自殺者や能力の暴発による死者も出てる」

 

 それを聞いて、アリサは慌てて謝った。

 

「あ、そ、そうだったんだ。その、えっと……ごめんなさい」

 

「はぁ。ま、別にいいけどよ。助けてやったのにいきなり異常者扱いしやがって、まったくこれだからお子様のバニングスは……」

 

「わ、悪かったわよっ!」

 

 それに冗談めかして大きな溜め息をついて見せる修。アリサもいつもの調子を取り戻しながらももう一度謝る。どうやら修は化け物扱いされる事はなかったようだ。どうも科学で説明がつけば、人間というやつは受け入れるものらしい。落ち着きを取り戻し始めたアリサを見て、孔は自分という存在が再び2人に恐怖を与えないよう距離を取り、窓の外へ視線を移す。窓の外から見える駐車場には、修が見たであろうマフィアの影は既にない。代わりに、

 

「あの人は……高町さんのお父さんか」

 

 何度か自分に殺気をくれた相手を見つけた。同時にリスティの言葉を思い出す。

 

(確か、あの人が所属する御神という組織をマフィアに潰されたんだったな。宿敵を追って出てきた、というところか)

 

 しかし、と孔は思う。廊下に転がっていたマフィアの死体についた傷痕は鋭利な刃物のものではなく、食い千切られた様な形をしていた。あの悪魔にやられたと考えるのが自然だろう。その悪魔を操っていたのは須藤という狂人だ。その須藤は父親が自分を殺すためにマフィアを送ってきたと発言している。これだけだと士郎が居合わせたのは偶然の様にも思えるが、その士郎を誘った夏織という人物は悪魔使いと繋がりが疑われている。もし須藤の悪魔が何者かに与えられたものなら、そこの繋がりも考えなくてはならない。

 

(そういえば、スティーヴン博士が悪魔召喚プログラムを盗まれたと言っていたな)

 

 悪魔召喚プログラムを盗んだ人物にそれを与えられたであろう須藤、夏織、マフィア。裏で糸を引いているのは誰なのか。何より、

 

(自分は何者か、か)

 

 竜也が投げた銃を拾い上げ考える。殆ど実用性を考慮していないのではないかと思えるほどの重量を持つその銃は、しかし驚くほど手に馴染んだ。ゆえに孔は確信する。この先に自分の記憶がある、と。

 

 

 † † † †

 

 

「そう、分かったわ。すぐそっちに行くから」

 

 卓球場。リスティとの通話を終えたさくらは卓球で遊んでいる桃子となのはに視線を戻した。

 

(……ついさっきまで結界の中にいたなんて、信じられないわね)

 

 リスティからなのはが魔法で誘拐されたと聞いて、取り敢えず桃子と美由希の無事を確認すべく合流ポイントの卓球場へ向かったのだが、2人は無事だった上に数十分もすればなのはが一人で戻ってきたのだ。その際、

 

「卓球場に誰もいなかったから、すずかちゃんとアリサちゃんが管理人さんを呼びに行って……私は夏織さんって人と売店を見てたから」

 

 と言われている。夏織に何かされなかったか聞いても、別になにもと言うだけだ。

 

(この数十分で目的を達成した、と見るべきね。一つは士郎さんに依頼を受けさせること。もう一つはバニングスグループの重役、シド・デイビスの殺害かしら? でも、ただの企業間の対立にしては行きすぎているし、リスティが言ってたマフィアや須藤とかいう放火魔との関係も分からない……裏に何かあると見るべきね)

 

 得体の知れないところで動く夏織に目を鋭くしながら、さくらは横にいる美由希に言った。

 

「美由希ちゃん、私はすずかちゃんとアリサちゃんを迎えにリスティのところまで行くから、2人をお願いね?」

 

「はい。さくらさんも気をつけて下さい」

 

 剣士の目で答える美由希。まだ気を抜くべきじゃない。そんな意思を受け取って、さくらはリスティの元へと歩き始めた。

 

(士郎さんはともかく、企業重役のシドという人物は夜の一族と直接の関係はない。でも、明かにあの時の悪魔はすずかちゃんを狙った様子だった。2つの事件に夏織という共通点がある以上、繋がりは必ずあるはず)

 

 一連の事件を整理しながら廊下を歩くさくら。客室側から支配人室へと向かっていると、声をかけられた。

 

「あー、キミ。ここから先は立入禁止ですよ?」

 

 刑事とおぼしき壮年の人物が廊下を塞ぐように立っている。さくらは落ち着いてそれに答えた。

 

「被害者の保護者です。リスティ・槙原巡査部長から連絡を受けてきました」

 

「ああ、貴女が……いや、申し遅れました。海鳴署の寺沢です」

 

「リスティの上司の……失礼しました。綺堂さくらです。お噂はかねがね」

 

 手帳を取り出す寺沢警部に、さくらも居住まいを正して答える。警部はそんなさくらに苦笑しながら答えた。

 

「どういう噂かは……まあ本人に聞くとして、すずかちゃんとアリサちゃんの保護でしょう。此方です」

 

 先に立って誘導する寺沢警部。時折すれ違う警察官に敬礼を受けながら進み、やがて管理人室からやや離れた客室の前で止まると、扉を開いた。

 

「さくらさんっ! ほら、すずか、さくらさんが迎えに来てくれたわよっ!」

 

 瞬間、アリサが声をあげる。すずかも同時に顔をあげる。一見するとなんでもない動作だが、しかしさくらは違和感を覚えた。思わず名前を漏らす。

 

「すずかちゃん……?」

 

「……」

 

 それを静かに見つめ返してくるすずか。その視線はまるで何処か作り物のようで、

 

(すずかちゃんが、こんな人形みたいな反応をするなんて……)

 

 さくらは強い痛みを感じた。すずかは物静かなタイプではあったが、決して感情を出さないわけではない。相当ショックが大きかったようだ。

 

「あー、ちょっといいですか?」

 

 戸惑った様子が表に出てしまったのか、寺沢警部がリスティを手招きする。さくらはアリサとすずかにちょっと待っててねと一声かけると、2人からは死角になっている扉の前まで戻る。

 

「リスティから伝言です。すずかちゃん、悪魔が出たせいで相当参ってるから、ケアを頼む、と」

 

「そうですか……すみません」

 

「いや。俺も面倒を任されたんですが、どうもあの雰囲気を軽く出来なくてね」

 

「いえ。とんでもありません。むしろお礼を言いたいぐらいで……」

 

 被害者のメンタルケアをこなせなかった自分に不満なのか、頭をかく寺沢警部。さくらはそれに感謝しながらも、ここまで被害を撒き散らした相手に想いを馳せていた。

 

(このまま黙っているわけにいかないわね……次の依頼、氷川氏の警護、思い通りにはさせない……!)

 

 さくらは決意を固めると、再びすずかとアリサの下へ戻り始めた。

 

 

 † † † †

 

 

「……逃げたか」

 

 此方は駐車場。けたたましくパトカーのサイレンが響くなかで、士郎はじっと先程までマフィアがいた場所を見つめていた。手には携帯電話。先程、なのはと無事合流できたと美由希から連絡を受けている。

 

「なのはそのものが標的じゃなくてひと安心、か。しかし……」

 

 虚空を見つめて思う。果たしてなのはが標的だったとき、自分は護る事ができたのか、と。

 

(正直、自信がないな。いや、弱気になっている場合じゃないか……)

 

 そう言って温泉施設に向き直る士郎。同時に視界が炎に包まれる。それは御神宗家を襲ったテロ事件の記憶が産み出した幻覚だった。

 

――まあ、今回もまた貴方は時間切れで終わっちゃったみたいだけど

 

 脳裏に月村邸で聞いた夏織の声が響く。気がつけば、握った手に血が滲んでいた。

 

(夏織、お前に言われなくても、俺はアレを繰り返す気はない)

 

 士郎は首を振って幻覚を振り払うと、家族が待つ卓球場へと歩いていった。

 

 

 † † † †

 

 

「うまくやったものだな。手腕は流石、といったところか?」

 

「あら。まだ何もやってないわよ? 悪魔は随分平和ボケしてるわね」

 

 施設の屋上。そこには、そんな士郎を見下ろしながら、ユーノと言葉を交わす夏織がいた。平然と答える夏織に、ユーノは顔を歪めて笑う。

 

「ぬけぬけとよく言ったものだ。お前、悪魔なんじゃないか?」

 

「人間、という意味ならそうかもね。貴方もそう思うでしょ?」

 

 そう言って後ろに向かって問いかける夏織。そこには、シドの死体があった。物言わぬはずの死体は、しかし夏織の声を受けて起き上がる。

 

「フッフッフ。死者の体に死霊魔術を容赦なく使うとハ。確かニ、あなたハ悪魔ですネ」

 

 浅黒い肌にギラギラとした目。声をあげたその死体にかつての大企業重役としてのシドの面影はない。

 

「失礼ね。その死霊魔術とやらを使ったのは私じゃなくて、そこの悪魔よ? 人間は壊すことしかしないわ」

 

「フッフッフ。あなたハ、本当ニ、美しイ。デハ、私ワタシも依頼を楽しませて貰いますヨ。フッフッフ……」

 

 夏織の言葉と悪魔の深い笑みに底知れない笑みを残し、歩き去るシド。夏織はその背をじっと眺めていたが、やがて視線を駐車場に戻した。そこにはもはや誰もいない。

 

(宣戦布告はこれで十分かしら? 士郎に天道連……待ってなさい)

 

 まるで動き始めた戦線を暗示するように、炎のような夕暮れの赤に染まる施設。それを飽きることなく続けながら、夏織は笑みを深くしていた。

 

 

 † † † †

 

 

「放火事件の容疑者と接触したらしいな。報告しろ」

 

「はい。私が部屋に入ったときには支配人は殺されていました。容疑者、須藤竜也は支配人室から出た後、廊下で……」

 

 再び支配人室前。孔と修は寺沢警部に別室へ移されるすずかとアリサを見送った後、リスティが事の顛末を遅れてきた上官らしき人物に報告するのを聞いていた。

 

「はぁ、槙原、お前ちょっと休め。お義母さん、前の事件で酷いことになったんだろ? 温泉にでも連れていってだな……」

 

「谷さんっ!」

 

「リスティ・槙原巡査部長。今日付けでキミを捜査本部から外す。所轄の優秀な刑事だと聞いていたが……残念だ」

 

 が、遠くからはそんな声が聞こえてくる。肩を落として戻ってくるリスティに、修が声をかけた。

 

「だから言っただろうに。誰も信じないって」

 

 流石に悪魔とまでは言わなかったものの、事実を殆どそのまま伝えたリスティに呆れた様子の修。リスティはそれに軽く苦笑で返す。

 

「いや。ボクも信じて貰えるとは思っていないさ。何せ超常現象満載な上に、肝心の被害者の死体もなくなっていたからね。わざわざ馬鹿正直に報告したのは、どちらかというと捜査本部を抜けて別行動で事件を追うためだな」

 

「いいんですか、そんなことして?」

 

「ああ、寺沢警部には許可を貰ってるし、以前もこういう裏の事件が起きたときはわざと表から抜けたこともあったしね」

 

 暗い声の孔にリスティが答える。どうやら事件を放棄する気はないようだ。そんなリスティに修は今後の対策を問いかける。

 

「で、これからどうすんだ? まさかホントに家族で温泉に引っ込むんじゃないだろうな? 俺はもう温泉なんて御免だぞ」

 

「まさか。須藤の現実の犯行を見た警官はボク一人だ。ヤツは必ず確保する。それに、天道連にはボクもいろいろと因縁がある……卯月君はどうするんだ?」

 

「須藤の言っていたシェルターへ行ってみるつもりです。アイツは俺の何かを知っているみたいだった。記憶を教えてくれるなら、願ったりだ。折井、お前は……」

 

「いや。留守番の方がキツイってもう分かったからな。俺もいくぜ」

 

「そうか、すまないな」

 

 何でもないように言う修に、感謝の言葉を付け加える孔。修はそれを避けるように次の疑問を口にした。

 

「それより、シェルターって何処だ?」

 

「海鳴に建設中の都市型防災シェルターの事だな。今度、学校の社会見学で行くことになっていただろう?」

 

 孔もそれに答える。修とのやり取りもずいぶん慣れてきた。が、リスティの方は2人の会話に眉をひそめる。

 

「社会見学、か。もしその現場を狙われると面倒だな。さっき聞いた話だと、支配人とデイビス氏はともかく、マフィアの死体はしっかり現場に残されていた。警察は単純な抗争として処理するから、事前に社会見学に対して何かする事は出来ないんだ。と言って、このまま踊らされるわけにはいかない。ボクも一緒に行かせて貰うよ」

 

 真剣な目を向けるリスティに頷く孔。しかし、リスティは急に表情を崩すと、

 

「まあ、卯月君はその前に戻るところがあるみたいだけど」

 

 そう言って後ろへ視線を移した。同時に声が響く。

 

「コウ、よかった、大丈夫みたいですね」

 

「リニス? どうしたんだ?」

 

「どうしたんだ、じゃないでしょう。急に警察が来たから、みんな心配してるんですよ? 早く戻ってください」

 

 そう言えば、念話で終わったと伝え忘れたな、と苦笑する孔。わざわざ迎えに来てくれたのは、様子を見に行く事で先生達を納得させるためだろうか。

 

「卯月君。後は警察に任せて早く戻ってくれ。ボクの方が君の家族に怒られてしまう」

 

「すみません、リスティさん」

 

「それと、折井君」

 

「なんすか?」

 

 孔と一緒に戻りかける修を引き留めるリスティ。面倒臭そうに振り返る修に、リスティは、

 

「ボクは君のHGSについて詮索するつもりはないけど、力を使ったんなら消耗も激しい筈だ。精密検査ができるいい医者も知っている。何かあれば遠慮なく頼ってくれ」

 

 そう声をかけた。修は少し驚いたような顔をしていたが、どうも、とだけ言って歩き始める。

 

(受け入れられた、異能か……)

 

 孔は一瞬襲って来た感傷に浸っていたが、リスティにもう一度頭を下げると、リニスとともに家族の元へと修の背中を追い始めた。

 

 

 † † † †

 

 

「アリスとアキラ、よく寝てますね」

 

「随分はしゃいでたから。疲れたんでしょう」

 

 帰り道。孔は先生が運転する車の中で、本当の姉弟の様に眠る2人を眺めていた。あの後、結局警察が旅館を封鎖してしまったため、泊まることなく帰ることとなったのだ。

 

「孔がいなかったせいで、大変だったわよ? アリスはまだ来ないのって何回も聞きに来たし、アリシアちゃんなんか探しに行こうとしてたし」

 

「すみません。売店でいろいろ見てたら遅くなって」

 

 苦笑しながら適当な言い訳を続ける孔。ちょうど赤信号になったところで、先生はバックミラー越しにじっと孔を見つめると、気遣うように言った。

 

「孔、貴方も眠いんなら寝ててもいいのよ?」

 

「いや、俺は……そこまで疲れている訳ではないので」

 

 正確には精神的な疲労を感じてはいるのだが、眠る気は起こらなかった。竜也が言ったシェルター、そして投げ渡された銃。その時見えた廃墟のビジョン。一度に断片的な情報が提示され、脳が飽和状態だ。しかも、それがどれも自分に関係している可能性が高い。

 

(行ってみれば分かる、とはいえ、どうにも頭に引っかかるものが取れないな……)

 

 パーツから必死に全体像を思い出そうとするが、それ以上の情報は出て来なかった。考え込む孔に声がかかる。

 

「あんまり疲れてないように見えないわね。難しい顔して難しい事考えるのもいいけど、貴方がそんなのじゃ、またアリスに我儘言われるわよ?」

 

「……やっぱり、少し眠ることにします」

 

 青に変わった信号を進みながら、少し茶化すように言う先生。孔はいつの間にか表情を読み取られていたという気恥ずかしさも加わり、誤魔化すように瞼を閉じた。

 

(もし記憶が戻っても、先生やアリスとの関係は変わらないだろうな)

 

 眠るアリスとアキラの体温が、先生との温もりを運ぶ会話が、孔にそんな事を思わせる。家族の与えてくれる安心感を意識しながら、孔は襲って来た睡魔に身を任せていった。

 




――Result―――――――

・愚者 シド・デイビス 悪魔の牙による咬殺
・妖獣 ヘルハウンド  電撃に貫かれ消滅

――悪魔全書――――――

妖獣 ヘルハウンド
 イギリスに伝わる、燃えるような赤い目に黒い巨体をもつ犬の姿をした獣。ヘルドックとも。夜に現れては人を殺める恐ろしい存在として広く知られるが、その一方、墓地の番人として路に迷った子供や死者の魂の行き先を知らせる存在だともいわれる。

――元ネタ全書―――――

シェルターまで来やがれっ!
 やはりペルソナ2罰。原作では「空の科学館」ですが、この後の展開のせいで「シェルター」になっています。

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※御神を襲ったのが龍でなくて天道連だったりと無茶をやりましたが、クロスオーバーということでご了承下さい。
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