リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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 貴方はいつも泣いている。

 自分が化け物と思い込んだあの日から、
 我が悪魔に憑かれたあの日から、
 貴方はずっと泣き続けている。

 その涙を見て、悪魔は最高の食事だと笑う。
 その涙を見て、我は最悪の悪夢だと嘆く。

 貴方はそれに気付かずに、我が名を呼び続ける。

 貴方が呼んでいるのは、我ではないのに。

――――――――――――???/月村邸



第13話d 子猫のゾウイ《肆》

 さざなみ寮にある那美の部屋。かつて学生時代を過ごしたそこで、リスティは那美と一連の事件について話をしていた。

 

「なのはちゃんに悪魔が……分かりました。やってみます」

 

「ああ。那美と久遠なら怪しまれずに近づける。頼むぞ」

 

「くぅ!」

 

 那美の決意に久遠も声をあげる。那美にとって恭也に可愛がられているなのはは妹のような存在だったし、久遠も小学生のなのはと心を通わせたことがある。

 

「でも、魔法世界のロスト・テクノロジーですか? そんなものが海鳴りに落ちてきているなんて……」

 

「ああ、だが、那美の掴んだ情報ともこれで繋がった。裏の世界で悪魔が起こす事件の増加。それを取り締まる――デビルサマナーだったか? その人たちも悪魔が何か目的を持って呼び出されていると言ってたんだろう? 宝石を狙っている人物が悪魔を使っているなら、その悪魔が問題を起こしていてもおかしくない」

 

 那美は自分の一族が遺した膨大な書物の中にリスティの言う化け物(ジュエルシード暴走体)がいないのを確認してから、別の怪異と戦ってきた存在へ話を聞きに行っていた。影の奥に潜む怪しい者――悪魔と呼ばれる存在へ立ち向かうため、同じ悪魔を使役して対抗する悪魔召喚師・デビルサマナーと呼ばれる人々。那美のような悪魔を祓う退魔師と違い、悪魔と契約して悪魔に対抗する勢力。那美よりもずっと社会の深い部分に精通する彼らは、確かに悪魔がこのところ活発に、しかも何か明確な意思を持って事件を起こしているという情報をくれた。そこへ、リスティが持って来た魔法世界の遺産とそれを狙う悪魔の情報。先の結論に達するまで、さほど時間はかからなかった。

 

「何か、私に出来ることがあったら言って下さいね? 御祓いは専門ですから」

 

「ああ、そうだな……」

 

 軽い言葉だが、緊張を隠しきれない口調で言う那美。リスティが頷きかけたとき、携帯がなった。失礼と一言断って通話ボタンを押す。

 

「もしもし……ああ、寺沢警部、何か収穫が……なっ! ……はい。はいっ! 分かりました、すぐ向かいます!」

 

「どうしたんですか?」

 

 切羽詰った声で通話を終えるリスティ。尋常じゃない様子に那美が不安そうな声を出す。リスティは厳しい顔つきで答えた。

 

「早速だが、力を借りることになりそうだ。忍の屋敷に悪魔が出たらしい」

 

 

 † † † †

 

 

「リスティさんっ!」

 

「あ、ああ、リニスさんか。しかし、本当に飛んでくるとは……」

 

 月村邸前。リニスは驚くリスティと那美の前に降り立った。

 

「ホ、ホントに魔法使いっていたんですね……」

 

「……霊能力者に言われたくないだろうな。ボクも人のことを言えた義理じゃないが」

 

 横でしきりと感心する那美に突っ込むリスティ。そんなやり取りをする2人を見て、アルフもリニスに問いかける。

 

「リニス、この2人は……?」

 

「ああ、この間話した刑事さんですよ。リスティさんと……」

 

「神咲那美です。ええっと、この近くの八束神社でアルバイト……じゃない、巫女をやっています」

 

「リスティ・槙原だ。よろしく。ええっと……?」

 

「あたしはアルフってんだ。よろしくな」

 

 簡単に自己紹介をしてくれる那美とリスティ。アルフも返事をしたものの、どこか疑問の目を向けている。何せ2人からは何の魔力も感じないのだ。これからフェイトを助けに行くというのに、お荷物を抱えるのは得策ではない。

 

(リニス、この2人連れてって大丈夫なのかい?)

 

(……一応、悪魔、というか妖怪の類との交戦経験はあると聞いています)

 

 リニスもそう答えたものの、正直なところ半信半疑だった。寺沢警部からある程度2人の噂は聞いているが、実際にどの程度の力を持っているか目にしたことがない。

 

(いざとなれば、移転で強制的に退避してもらうしかありませんね)

 

 いまだ不審な目を向けてくるアルフをよそに、念話に出すことなく思う。この世界で培われてきた退魔の術でもって悪魔とも渡り合ってきた上に月村家とも交流があると聞く2人は、危険だから待っていてくれと言っても聞いてはくれないだろう。それどころか、そっちこそ待っていてくれと言われかねない。向こうもこちらの力がどれ程のものかを知らないのだ。結局、説得の時間もない以上、退魔の力が悪魔に通用することに期待せざるを得ない。

 

(負担にならなければいいんですけど……)

 

 ちらりと孔を見る。孔はデバイスを結界に向けていた。挨拶を自分たちに任せて、もう解析を始めている。悪魔を前にして何度も大切な人を失っているせいだろうか。相変わらず使い魔のパスから感情らしいものは流れ込んでこないが、焦りを無理に抑えこもうとしているのがビリビリとした雰囲気で伝わってきた。リニスにはそれが酷く痛々しく見える。大して社会の仕組みも分かっていない年齢の孔が、まるで周囲の不幸を背負い込んでいるように思えたのだ。

 

「I4U、どうだ?」

 

《Yes, My Dear. 悪魔の結界反応を確認。この屋敷全体を覆っているわ》

 

 そんなリニスの前で、孔はI4Uと対策を練り続ける。一見何の変哲もない屋敷に見えるが、その魔力反応と強い霊的磁場は、ここから先が悪魔の領域であることを物語っていた。

 

《外界からは目視不能。干渉も不可。うまく空間を異界につないで指定した人間だけ結界に閉じ込めて、他の人間は現実世界に作り出した虚像に誘導してるみたいね》

 

「対応は?」

 

《可能よ。今境界可視化のプログラムを実行するわ》

 

 I4Uから月村の館に光が伸びる。その光は結界の効果を上書きし、干渉できる対象を変化させる。術者が指定した月村一家やフェイト以外に、孔達に加え魔力を持たないリスティ達も入り込めるように。光は館を覆うドーム状の結界を這うように広がり、通った先から外装を浮かび上がらせた。それは薄気味悪い肉色の膜で構成され、ところどころ脈打つように蠢いている。まるで生きた内臓だ。

 

「くぅっ!」

 

 その禍々しい姿に久遠が警戒したように声をあげる。外見的なグロテスクさはもちろん、漂う空気も尋常ではない。肌に絡むねっとりとした感触が、うっすらと不快感を与える腐臭が、この先は普段生活している世界とは違う場所だと告げていた。

 

「気持ち悪いねぇ。悪魔の結界って、普通の結界とどう違うんだい?」

 

「そうですね……普通の結界はあくまで魔法の延長、術者の指定した空間全体にプログラムを干渉させるものですけど、悪魔の結界は現界するのに使ったマグネタイトの一部を魔力で制御して作り出した空間です。まあ、空間へプログラムで干渉するか、空間そのものを魔力で侵食するかの違いと思って下さい」

 

 アルフの疑問にスティーブン博士の受け売りで応えるリニス。アルフはまだ理解していないのか疑問符を頭に浮かべている。そんなアルフを置いて、リニスは孔と対策を立て始めた。

 

「これだけ大規模な結界を作るだけのマグネタイト……やはり、ジュエルシードの力を使ったのか?」

 

「ええ、そう考えるのが妥当でしょう。ロストロギアの魔力ならマグネタイトの代用も可能かもしれません」

 

「しかし、プログラム干渉じゃない以上、結界破壊の魔法では破ることはできない……どうする?」

 

 通常、ミッドチルダで流通している結界に対抗するための魔法は、その結界のプログラムを打ち消すような術式を組むのが主流となっている。そもそもプログラム干渉ではないこの結界を破るのは別の方法を使う必要があった。

 

「アンタがその化け物みたいな力で殴ったらいいんじゃないのかい?」

 

「アルフッ!」

 

 アルフのどこか敵意がこもった提案に、咎めるように声をあげるリニス。しかし、孔は大して気にした風もなく答える。

 

「いや。力技は難しいだろう。一緒に中の人まで吹き飛ばしたら事だ」

 

 じっと結界を見つめる孔。どのくらいの強度かは分からないが、結界の崩壊に救助対象が巻き込まれるのは避けたい。そんなとき、

 

《My Dear. 悪魔の結界に入り込みたいのなら、私が解析できるわ》

 

「入れるのか?」

 

《ええ。マグネタイトの流れを読み込みさえすれば、そこに通路を開くことは可能よ?》

 

 孔の声にこたえるように、I4Uが回答を提示した。スティーブン博士謹製だけあって、悪魔の技術にも対抗できる力を持っているようだ。

 

「そういえば、以前ゲームに閉じ込められたときもスティーブン博士が通路を切り開いてましたね」

 

《あの時は外部からの強力な操作があったみたいだから読み込みが難しかったけど、今回は純粋に悪魔が作り出しているだけだから、私単独でも可能よ》

 

 I4Uの説明に頷くリニス。どうやらこのデバイスもいろいろと特殊らしい。悪魔の知識だけでなく、強い自我と知性を感じる。自分も開発に携わっていたが、ほとんどのパーツにブラックボックスがあった。スティーブン博士は使用者に見合うだけのモノを封印してあると言っていたが、

 

(もし危険なら……対処できるようにしておかなければなりませんね)

 

 悪魔の危険性をよく知るリニスは、予想外の性能を発揮するデバイスを危惧していた。パーツを受け取ったとき、安全性は可能な限り追求してあるという言葉を貰ってはいたが、毎回事故を起こすスティーブン博士やプレシアを見ていると、果たしてそれにどこまで信憑性があるのか疑わしくなってくる。そんなリニスの心配をよそに、孔はデバイスを操作した。

 

「頼む。解析を始めてくれ」

 

《Yes, My Dear. Aria search mode, execute》

 

 I4Uから悪魔の結界へ光が伸びる。その光は結界の壁に突き刺さり、徐々にシミの様に広がっていった。やがて、結界は音を立てて口が開く。

 

「うげっ……。気色悪いね」

 

 嫌そうな声を出すアルフ。腐った肉のように崩れ落ちて出来た入口からは、見た目に違わず異様な雰囲気が漂っていた。

 

「うぅ。入りにくいなぁ。月村先輩、こんなところに閉じ込められて大丈夫かなぁ?」

 

「中にはノエルたちもいるんだ。きっと無事だ」

 

 不安を口にする那美を宥めるリスティ。夜の一族の力と絆を知っているリスティは、そう簡単に月村家が悪魔に屈するとは思っていなかった。那美もその言葉で結界に向き直る。

 

「行こう。I4U、セットアップを」

 

《Yes, My Dear. サーチは私に任せて》

 

 孔もデバイスを起動させ戦闘体勢に入る。どこか上機嫌に答えるI4Uにリニスはひっかかるものを感じたが、孔に続いて結界に飛び込んだ。

 

 

 † † † †

 

 

「ここは……忍のっ!?」

 

 孔に続いて結界に飛び込んだリスティは声をあげた。気色の悪い結界を抜けたと思ったら、何度か遊びに来たことがある屋敷の一室だったのだ。しかし、すぐに気付く。確かに回りはいつもの月村の屋敷だが、漂う空気は別物だと。高価な調度品、手入れの行き届いた埃一つないフローリング。そうした月村邸を表す記号はあれど、住人の臭いがどこにもない。

 

「すごい妖気……リスティさん。気をつけて下さい」

 

 部屋に漂うただならぬ雰囲気に那美も警鐘を鳴らす。あるいはそれは自分への言葉だったかもしれない。かつて久遠の封印が解かれたときと同じ、肌に絡むような悪意を感じとり、慣れない霊剣を確かめている。那美はどちらかというと霊を呼び出した上で説得し未練を断ち切らせる鎮魂を得意としており、剣でもって調伏するのは久遠の役目だった。

 

「くっ!」

 

 久遠もそんな那美の様子に気付いたのか、警戒して毛を逆立てている。これだけ興奮している久遠を見たのはどのくらいぶりだろうか。

 

「ああ、もうっ! 気分悪いね。早くフェイトを見つけないとっ!」

 

「アルフ、落ち着いて下さい。雰囲気にのまれていては、見つけられるものも見つからなくなりますよ?」

 

 魔法使い組にもこの雰囲気は異常だったらしい。何かを振り払うように叫ぶアルフをリニスが宥めている。それは孔も同じらしく、注意深く回りを観察しながらデバイスに手をかけた。

 

「とにかく、月村さんとフェイトさんを探そう。I4U、サーチを――」

 

 しかし、孔の声は廊下の奥から聞こえてきた金属音で止まった。ナイフを落とした時のような音が連続で響く。目配せは一瞬。5人は慌ただしく動き始めた。

 

「アルフ、貴方はフェイトを。この結界の中でも使い魔のパスと念話で位置は分かるはずですっ!」

 

「おうっ! 任せときな!」

 

 リニスの指示に勢いよく頷くアルフ。那美もそれに続く。

 

「私も行きますっ! この屋敷の事はある程度知ってますから。リスティさんはすずかちゃんをっ!」

 

「ああ、頼むぞ……!」

 

 言葉も短く悲鳴の上がった方へ足を向けると、リスティは先行する孔とリニスを追って悪魔の結界を駆け抜けて行った。

 

 

 † † † †

 

 

 リニスは孔が聞いた金属音がした方へと駆けていた。奥の廊下を曲がり、応接室へ。しかし、その足は扉の前で止まる。

 

「っ! これはっ!」

 

 目の前には先程の結界の外壁と同じ壁があった。壁といっても木のように床から生えた幾筋もの肉のオブジェのようなものであり、それが重なりあう様にして行く手を阻んでいる。肉色の木の壁。そんな形容が当てはまるそれを前に、孔がデバイスを掲げる。I4Uはすぐに解析結果を告げた。

 

《My Dear. マグネタイトの流れを確認したわ。どうやら結界の壁を作っていたのが中途半端に流れ出して壁になってるみたいね》

 

「破壊できないのか?」

 

《こっち側からじゃ難しいわ。流れを捻じ曲げている渦が後ろ側にあるはずだから、それを壊さないと》

 

 孔の質問に簡潔に答えるI4U。リニスは諦めきれずに木と木の隙間から部屋の奥を覗く。すると、

 

――貴方は……卯月君でいいのかしら?

 

 そんな声が聞こえてきた。思わず孔の方を見ると、驚いた様に顔をあげている。その視線は、やはり部屋の奥。もう一度視線を戻すと、リニスはそこに孔と同じ姿をした異様な雰囲気を持つナニかを見つけた。後ろからリスティが声をあげる。

 

「あれはっ! 卯月君?」

 

《あんなのが私の愛しい狩人であるはずがないわ。あれは悪魔が産み出した偽者ね。誰かのイメージから魔力で生み出された虚像よ》

 

――う、嘘よっ!

 

 I4Uの声を肯定する様にアリサの声が響く。しかし、

 

――アイツはもっと、もっと化け物だった!

 

 その言葉に孔は一瞬顔を歪ませる。リニスはその孔の微細な変化を見逃さなかった。普段表情の変化に乏しいせいだろうか。一瞬見せた主の苦痛はリニスの心を抉った。無意識に拳を握りしめる。

 

(リニス。いいんだ)

 

(コウ?)

 

(受け入れられない力でも、止めることができれば、それで十分だ)

 

 孔もリニスの感情に気付いたのか、落ち着かせるように念話が頭に響く。違う。そうじゃない。リニスは心の中で叫んだ。そんな救世主のような役割はなど期待していない。ただ、誰かに受け入れられて、幸せになって欲しい。それではまるでプレシアに受け入れられなかったフェイトと同じではないか。いや、フェイトよりも酷い。あの時のフェイトは母の愛情を諦めていなかった。今の孔はもう他者に受け入れられるという希望すら無くしているように見える。

 

(……コウ、私はっ……!?)

 

 しかし、それを言葉にすることは叶わない。目の前で孔の顔をした悪魔が立ち上がり、すずかに手をあげたのだ。

 

「……よくも……」

 

 怒りで肩が震えた。それは孔に、いや自分に絶望を見せつけるような行為。

 

――イヤァァぁぁあああっ!

 

 悲鳴が聞こえる。そこには、まるで化け物でも見るような目で孔の顔をした悪魔を見つめるすずかがいた。

 

「……よくも……っ!」

 

 思わず漏れた声が震えているのがわかる。目の前の光景は、まるで自分が使い魔として、いや家族としての孔の幸せへの願いを踏みにじるようで、

 

「よくもコウの顔でっ!」

 

 気が付けば、山猫の姿に戻って覗いている隙間から飛び出していた。背後の壁にある血でできた宝石のような魔力の塊を後ろ足で蹴り飛ばして破壊しつつ、その反動で悪魔に電撃を纏ったままぶつかる。その悪魔はなすすべもなく壁に叩きつけられ、ズルズルと音を立てて影のように溶け始めた。その影から、得体のしれない霧のようなものが噴出している。リニスは猫の姿のまま再び魔力を纏い、

 

「そこかっ!」

 

 しかしそれを解放する前に、崩れた壁から飛び出した孔が怒号とともに銃の引き金を引く。打ち出された魔力の弾丸は消えかける影の直ぐ上の虚空、否、虚空と思しき場所に逃げていこうとする本体の悪魔を撃ち抜いた。

 

「ギニャァアアア!!」

 

 悲鳴を上げて床に落下する悪魔。そこには、毛を逆立てて此方を威嚇する黒猫がいた。リニスは今度こそ魔力を解放しようとするが、

 

「っ! ゾウイ……!」

 

 すずかが声をあげ立ち上がった。そのまま近寄って手を差し伸べようとしている。リニスは思わず叫んでいた。

 

「すずかちゃんっ! ダメッ!」

 

――ザン

 

 しかし、その叫びは届くことなく、悪魔が打ち出した鋭い風がすずかを襲い、右肩を切り裂いた。勢いよく血が噴き出る。

 

「っ!」

 

「すずかっ!」

 

 駆け寄る忍。姉に抱き留められながらも、すずかは信じられないようなものを見る目でゾウイを見ていた。その眼に浮かぶのは恐怖。リニスはすずかに駆け寄りながら、目の前の悪魔に疑問を感じていた。なぜ孔の姿をとったのか。なぜそれをすぐに捨てて猫の姿に変わったのか。しかし、その疑問は、リスティの声で止まった。

 

「なるほど、お前がすずかちゃんの恐怖心の結晶という訳か……っ!」

 

 銃声が響く。

 

――お、おのれぇぇぇぇえ!

 

 同時に叫ぶ悪魔。それはゾウイではなかった。倒れたゾウイの上、そこに翼を生やしたゾウイとは似つかない黒猫の悪魔――ファンタキャットが浮いている。

 

「ゾウイにとり憑いて、すずかちゃんに接触。恐怖を読み取って虚像を作り出した。しかし、本人が現れて失敗。やむを得ずゾウイの姿ですずかちゃんを襲うことでさらに恐怖を引き出そうとした。こんなところか? 生憎、今は大衆にも学問が浸透していてね。呪術や幻術への免疫も出来上がっているんだ。100年、古い手だったな!」

 

 銃を構え直すリスティ。その銃からは小さいながらも魔力が感じられる。

 

(この魔力は……質量兵器に術式を?!)

 

 驚愕に目を見開くリニス。質量兵器とは魔法世界で言うところの魔力を動力としない破壊兵器の事で、いわゆるBCN兵器の他、地球の紛争地区等で流通している銃や剣等が該当する。普通ならば魔力は感じられないはずだが、リスティの持つ拳銃――より正確には拳銃に込められた弾丸から魔力を感じたのだ。

 

「この弾丸は、特別製だっ!」

 

 事実、この弾丸には魔力が込められていた。否、この場合は霊力というべきか。悪魔を相手にするにあたってリスティが神咲家から譲り受けた対抗手段、銀の弾丸だ。使っている拳銃こそ警察で一般的に配備されている回転式拳銃・ニューナンブだが、聖句が刻み込まれたそれは、オートマタであるゾウイには傷一つつけられなくとも、怪異には十分な有効打となるだろう。

 

――おぉぉおおおっ!

 

 魔力を警戒したのか、大量の鎌鼬を放つファンタキャット。リニスはそれから守るように前に出ると、防御壁を展開する。膨大な魔力で展開されたそれは常軌を逸した固さを誇り、数十発の空気の刃をすべて防ぎきった。

 

「リスティさんっ!」

 

「ああ、助かったよ」

 

 魔力の雨に襲われたにもかかわらず、リスティは冷静に発砲する。その弾丸は容赦なく悪魔の眉間を貫き、絶叫と共に悪魔は地に堕ちた

 

 ……かに見えた。

 

――ザンマ

 

 地面に激突する寸前、悪魔は最後の力で空気の弾丸を放つ。目を見開くリスティ。衝撃は来ない。尾を引いて走る魔弾の軌道は大きくそれ、服を切り裂いただけで通りすぎた。弾丸が向かった先には、

 

「っ!」

 

 忍に抱きとめられるすずかがいた。未だ呆然としているすずかは反応できず、

 

(いけないっ!)

 

 リニスの心が悲鳴を上げた時、倒れ伏したゾウイが飛び上がった。

 

 

 † † † †

 

 

 姉に抱かれながら、すずかは見た。

 

 空気の弾丸を止めるべくゾウイが飛び出したのを。

 ゾウイが空気の弾丸に貫かれ、真っ赤な血を撒き散らすのを。

 そのまま床に叩きつけられ、動かなくなるのを。

 そして、自分を見て何処か安心したように微笑んだのを。

 

 床にゾウイを中心とした赤い水溜まりができる。それは視界を赤一色で染めて、

 

「ゾウイィィィイッ!」

 

 

 すずかは絶叫をあげた。

 

 

 

 目の前に流れ出る命の赤。ゾウイはそれを機械の目ではっきりと捉えていた。

 

――アア、コレデ終ワルノダナ

 

 そんな答えを頭の中のプロセッサが弾き出す。避けられない死。それを目の当たりにしてもなお、ゾウイは驚くほど冷静だった。むしろ心は不思議な充足感で満ちている。何せ、目の前の少女が最期に自分の名を叫んでくれたのだから。

 

 

 ゾウイがその少女、すずかと出会ったのはさくらという人間の屋敷で目覚めてから数日の事だった。眠っていた綺堂の屋敷を連れ出され、月村の屋敷へ。年端もいかない少女を主だと紹介された時は目を疑った。目覚めたばかりの消えかかったメモリーにおぼろげながら残るかつての主の影と、その少女が重なって見えたからだ。

 

「ねぇ、名前は無いの?」

 

「なぁ」

 

「そっか、じゃあ、なんにしようか……あ、そうだっ! ゾウイ、ゾウイにしよう!」

 

 その少女は笑って出迎えてくれた。人間の言葉を話すことはできない猫型のオートマタに話しかけ、嬉しそうに児童書を広げる。主役の猫の名前を指さして、それをペットロボットである自分の名前にしてしまった。幼いすずかにとって自分のちょっとした閃きはどれほど輝いて見えていただろうか。その眩しい無邪気な笑顔を見て、ゾウイは新しい名前と主を受け入れることにした。

 

「そういえば、すずかって家に篭りっきりね」

 

「まあ、幼稚園に行かせるわけにもいかないしねぇ」

 

 それから数か月ほどして、屋敷の居間でそんな会話が聞こえた。さくらと忍だ。ゾウイの記憶に残るように、夜の一族の遺産を巡る争いは今だ残っているようだった。特にこの月村の遺産を狙うものは多いらしく、幼稚園に行かせるのも危険だという。そういえば、すずかはいつも本を読むかゾウイと遊ぶかで、同じ人間と遊ぶことは無かった。

 

「ほら、ゾウイ、猫じゃらしだよ?」

 

「にゃあ」

 

(……そんなもの、見せつけられても困るのだが)

 

 今日もすずかはゾウイと遊ぶ。庭に生えた猫じゃらしを突き付け嬉しそうだ。どうやらオートマタであることはさほど意識されていないらしい。心の中で抗議するゾウイ。異質なものとして忌嫌われるよりもマシではあるが、普通の猫と思われるのもこれはこれで心外だ。

 

「あれ? ゾウイ、楽しくない? ほら、ほら?」

 

「にゃ、にゃあ……」

 

(く、首は、首はやめろ首は!!)

 

 心外なのだが、体が勝手に反応してしまう。気が付けば猫じゃらしを追いかけまわしていた。

 

(も、もうたまらん!!)

 

「あはは。ゾウイ! ゾウイッ!」

 

 ついに降参して猫の本能に従うと、すずかは嬉しそうに笑った。笑ってくれるのは嬉しいのだが、こちらはそれどころではない。笑いすぎて腹筋が釣ってしまった人間のように転げまわる。

 

(……う、うぉ? ……ニャ、ニャンと……もとい! なんと、この我を猫じゃらしで制すとは……い、いかん。何とか脱出しなければ……)

 

 きっかけを掴もうと必死にあたりを見回すとネズミが走っているのが見えた。なんという幸運――いや、不衛生なネズミを放逐して主が病に侵されてはいけない。そのネズミに向かって走った。

 

「あ、ちょっと待って、ゾウイッ!?」

 

 猫じゃらしを放り出して追いかけてくるすずか。折角だ。人のいる方へ誘導してみよう。そう考えて、ゾウイは公園に向かった。

 

 

 

「だったら、明日も遊ぼう。ゾウイも連れてきてくれ」

 

「えっ? う、うん。いいよ」

 

「やった! ゾウイ、また遊べるね!」

 

 結果的に、ゾウイの目論見は成功した。見慣れない人間2人に連れ去られそうになったときはどうしようかと思ったが、気が付けば引っ込み思案なすずかが同じ年頃の兄妹と楽しそうに再開の約束を交わしている。そんなすずかの様子を見て、ゾウイは幸福だった。あるいはそれはオートマタとしてあらかじめプログラムされた感情かもしれない。生まれながらに主に尽くす事を定められた存在。人間だったならば自分の生き方を自分で決められない事に憐れみを抱くだろうか。しかし、寧ろゾウイは定められた自分の存在意義に感謝していた。自分に醜い感情をぶつけるでもなくただ家族として接するすずかに、ゾウイはこの少女が主ならばオートマタとしてのレゾンデートルを背負ってもいいと思ったのだ。

 

「ほら、ゾウイ、猫じゃらしで喜ぶんだよっ!」

 

「わあ。すごい! 私にもやらせてっ!」

 

 ……気が向くと猫じゃらしで弄繰り回されるのは不満ではあったが。

 

 

 

 だが、その幸せも長くは続かなかった。いつものように公園へ行ったあの日。ゾウイは強い血の匂いを感じて、思わず駆け出した。

 

(主の危険は、排除する……!)

 

 これもオートマタの背負う業であろうか。ゾウイは走る。すずかの輝きが消えないように。一直線に公園の茂みの奥へ。そこには、

 

「……ぁ……」

 

 血の海に沈むあの少年、カズミがいた。

 

 そして、その惨劇を作り出した者も。

 

 目の前で、体長2メートルはあろうかという巨大な人狼が此方を見下ろしている。くすんだ白の長い体毛は所々返り血を浴びて汚れ、長い爪は抉りとった肉片が付着していた。目は獣の鋭い光が見える。ワーウルフ。そんな言葉が頭に浮かんだ。その理性の欠片もない目差しが、夜の一族の一派をなす人狼とは別の種族であると物語っている。その怪物はゾウイを認めると、咆哮をあげて襲いかかってきた。ゾウイはその獣の一撃を後ろに飛び退いて避ける。ワーウルフの爪にこびりついた血が宙を舞った。

 

(……これを主の元へは行かせられんな)

 

 迫る爪から逃げ回りながら、ゾウイは思う。何故こんな化け物がまだ明るい時間の公園にいるのか分からないが、すずかを第二の犠牲者にさせるわけにはいかない。

 

(遅いっ!)

 

 巨体の爪が迫ると同時、振るわれた腕を避け、くぐり抜けるように背後に回る。ゾウイは前足に仕込んであるブレードを伸ばした。普段は爪として体内に隠しているそれは、オートマタであるゾウイの唯一といっていい武器だ。

 

「……!」

 

 姿勢を崩している相手に飛びかかる。通常の猫を凌駕する脚力は、長身を誇る人狼の頭まで楽々とゾウイの体を運んだ。体を空中で捻る様にして、刃を首筋に突き立てる。たまらず悲鳴をあげる人狼。首にブレードが突き刺さってもしぶとく生きているのは流石と言うべきか。突き刺した刃にぶら下がるゾウイへ人狼は腕を振るう。しかし、その腕は届かない。ゾウイがブレードを爪に戻すことで首から刃を引き抜き、地面に降りたのだ。ブレードという栓を失った血管から血が吹き出す。人間ならば意思気を失うだけの流血でありながら、その人狼はまだ立っていた。

 

(しぶといな。だが、もう一撃といったところか)

 

 しかし、先程までの勢いはない。振るう腕の動きは重く、先程よりも余裕を持って避ける事ができる。同じように背後に回り、今度は足を狙おうとしたところで、人狼に限界が来た。その場に倒れ、もがきながら数メートルも這いずり、

 

(……なにっ!)

 

 カズミに吸い込まれるようにして消えた。

 

「……ぁあ……がぁぁぁあああ!」

 

 カズミは体をビクビクと弛緩させたかと思うと、突然叫んでのたうち回る。しかし、それも長くは続かず、直ぐに糸が切れた人形のようにピタリと止まると、崩れ落ちて動かなくなった。ゾウイは恐る恐るそれを覗き込む。ブレードをいつでも出せるように構え、慎重に近づいていく。しかし、

 

――ザンマ

 

 衝撃は背後からやってきた。衝撃が襲ってきた方を見ると、カズミから流れ出る血がうごめき、背後で翼の生えた猫の形をとっている。傷ついた体を引きずり、必死に体制を整えようとするが、

 

――盟約のためだ。その体、貰おう!

 

 そんな言葉が響くと同時、ゾウイの意識は暗転した。

 

 

 

 それから、ゾウイは悪夢を見続けた。まるで自分を主役にすえた映画を見せられるように、目の前の光景は流れ続ける。映像の中の自分は、すずかではない別の主に仕えていた。軍服を着たその男は白衣の男とともに命じる。

 

「夜の一族の技術を、オートマタの技術を手に入れろ。時間はいくらかかっても構わん」

 

 それに従い、悪夢の中でゾウイは設計図のコピーを盗んだ。設計図といっても元からあるものではなく、すずかの姉である忍がメンテナンスのついでに解明できた部分を書き記したメモのようなものだ。少しずつ解明されていく自分や他のオートマタの仕組みが書かれたそれを機械の目から画像データとして読み取り、白衣の男に届ける。

 

「素晴らしい……これを元にすれば悪魔も恐れるに足らん!」

 

「悪魔に対抗するマシン、か。我らの神がアレを押さえる間の戦力としては十分だな。期待しているぞ」

 

 コードがいたるところに生えた鉄の固まりを見上げて狂喜の叫びをあげる白衣の男。軍服の男もそれを激励する。その眼差しにはどこか毅然としたものが感じられた。しかし、そこに水を差すように扉が開かれ、スーツの男入ってきた。

 

「喜ぶのは結構だが、情報の見返りは忘れないで頂きたい」

 

「む? 氷川か。案ずるな。すぐにあのバンピールの邪魔者を消す指示を出そう。しかし、あのような程度の低い輩と組むとは……」

 

「大事の前の些事、だ。トカゲの尻尾は必要なのですよ」

 

 どこか怜悧な光を目に宿し、スーツの男は表情を変えないまま鉄くずに目を向ける。同時に軍服の男から指示が下った。

 

「古の盟約により命ずる。月村忍の両親を、殺せ」

 

 

 

 恐るべき命令。ゾウイは必死に抵抗しようとした。何とか悪夢を止めようとした。しかし、動かそうとしても体は動かない。何も出来ぬまま、目の前で、

 

 

 悪夢の中の自分は温泉帰りにすずかの両親が運転する車のブレーキを壊した。

 

 

 それから、すずかは以前のような輝きを失っていった。部屋に閉じこもり涙を流す。家族はその涙に気付かない。遺産を狙うあの安次郎とか言うバンピールの相手をしなければならなかったからだ。ただ、ゾウイだけがその涙に気付いていた。

 

――ウマソウダナ……

 

 しかし、悪夢の中の自分は哀しみと痛みに満ちたその涙を、大量のマグネタイトを含有する絶好のエサとして認識する。

 

「……ぁ」

 

 すずかはそれを慰めてもらったと勘違いしたのだろう。嬉しそうな顔をしていた。

 

「ありがとう、ゾウイ」

 

――違う

 

――ソイツは違う

 

――ソイツのことをその名前で呼ばないで欲しい!

 

――それは我ではない、貴方に不幸をもたらす悪魔なのだ!

 

 そんなゾウイの願いも届かない。すずかはいつもその黒猫をゾウイとして扱った。その黒猫は画像として記録できなかった設計図を紙ごと盗んで主を裏切った。怪我をした時に傷をなめてその血の味に喜んだ。にもかかわらず、その度にすずかは笑っていた。ゾウイだといって愛していた。

 

――違う。違う。違う。違う。違う。チガウッ!

 

――我に気付いて欲しい

 

――貴方が我に付けたその名前は、我を見て呼んで欲しい!

 

 悲鳴をあげるゾウイ。気が狂いそうな数年が流れた。ゾウイのように確たる存在意義を持っていない人間だったらとっくに折れてしまっていただろう。ゾウイ自信、何度殺してくれと叫んだか分からない。だがついに、

 

「設計図はもう十分だ。しかし、メインコアの仕組みが分からんな。この猫型のコアでは人型を制御できぬ筈だが……ううむ、サンプルがあれば……」

 

「なら、取ってこさせよう。例の装置の実験も兼てな。ちょうど、決起の前に夜の一族には圧力をかけようと思っていたところだ。それに、あの女がいれば、月村の監視を続ける必要もあるまい」

 

 その命令が下された。

 

「古の盟約により命ずる。オートマタと夜の一族を殺害し、コアを手に入れろ」

 

 

 それは最悪の悪夢だった。自分の存在理由を自らの手で破壊させようというのだ。いや、ゾウイにとってそれすらどうでもいいことだった。今すずかに迫っている脅威は自分の役割以前に絶対に認められないものだった。

 

(あの無邪気に輝いていたすずかが、光をなくし、化け物の影に怯え、孤独のふちに立たされ、誰にも理解されないまま、虫のように殺されるなど!)

 

 止めなければならない。

 

 伝えなければならない。

 

 救われないまま終わらすわけにはいかない。

 

 もう萎え始めた意識を奮い立たせ、悪夢に抵抗する。しかし、悪魔は科学者から渡された装置を使う。それは青い宝石の力を解放し、

 

――いぃイヤァァァァアアアア!!

 

 ついにファリンが殺されてしまった。引き抜かれたコアが、自分と同じようにすずかの幸福を願ったメイドの心臓が、あの科学者の下へ移転される。絶望に沈むゾウイの前で、しかし悪夢は依然として続く。

 

 その悪魔はついにすずかに牙を向けた。夜の一族の戦力を削るという盟約を果たすと同時にすずかをさらに苦しめて、流れる涙で、血で、マグネタイトを補充しようとしたのだ。

 

 やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろヤメロッ!

 

 無駄だと分かっていてもゾウイは叫ぶ。必死にもがく。数年間どんなに念じても、叶う事がなかった願いを叫ぶ。しかし、その叫びもむなしく悪夢は無常に流れ続け、

 

 銃声とともに終わりを告げた。

 

 体に力が戻る。目の前にはあの悪魔が浮いていた。悪夢ではなく、現実に。久々に動かした体は、鉛のように重かった。体中から軋みが聞こえる。あの悪魔が出て行くとき、生命力のようなものが一緒に吸い込まれたらしい。パーツが一気に劣化しているのが分かる。

 

(っ! 動けぇ!)

 

 それでも、ゾウイは立ち上がる。ノイズが走る視界には、あの時受けた空気の弾丸がすずかに迫るのが見えた。悲鳴を上げる機械の体。目のレンズに亀裂が入り、視界にヒビが走る。飛び出すと同時に、後ろ足が折れた。それでもよかった。最期に望んでやまなかった役割を今一度果たすことが出来るのなら、すずかが一瞬でも輝きを取り戻すことができるのなら。未来を与えられるのなら。

 

 空気の弾丸が貫く。

 

 それでも構わない。

 

 この身など、何も惜しくなかったから。

 

 

 † † † †

 

 

「ゾウイィィィイッ!」

 

 叫び声をあげて、ゾウイに駆け寄るすずか。お茶会のために用意したお気に入りのワンピースが汚れるのも構わず、ゾウイを抱きあげる。しかし、ゾウイは音を立てて崩れ始めた。むき出しになったコードが切れ、下半身がすずかの膝元に落ち、

 

――おぉ、機械の身に宿したマグネタイトが……

 

 声が聞こえた。そこには、ゾウイの体に手を伸ばす悪魔がいて、

 

 すずかの中で、何かがキレた。

 

「う、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛!」

 

 そのゾウイを冒涜しようとする羽を生やした猫の化け物に、すずかは殴りかかった。何かが潰れるような音とともに、化け物は壁際にまで吹っ飛ばされ、叩きつけられる。しかし、すずかは止まらない。

 

「ああぁぁぁぁぁああああああ゛、あ゛、あ゛、あ゛!」

 

 絶叫を上げながら、地に臥した黒猫を殴り続ける。夜の一族としての力。忌み嫌っていた力。すずかはそれを怒りに任せて振るい続けた。

 

 骨が折れる音が、肉が砕ける音が、しかしすずかには聞こえていなかった。ただ衝動に身を任せ、殴り続ける。

 

 殴って、殴って、殴って、

 

 断末魔とともに悪魔がいなくなったのに気付いた。否。完膚なきまでに破壊された化け物は、その体を維持できなくなり血を撒き散らして消滅したのだった。

 

 

「……ぁ……」

 

 

 血の海の中で膝をつき、がっくりとうなだれたまま動かなくなるすずか。心の支えを失った少女はその瞳にもう何も映してはいなかった。

 

「す、すずか……っ!」

 

 どこからか声が聞こえる。アリサの声だ。しかし、それは真っ白になったすずかの頭を虚しく通過して行く。代わりにいつか破り捨てた、童話の最後のページに載っていた残酷な童謡が脳裏に浮かんだ。

 

 Zowy the kitty健気な子猫。

 その身を犠牲に飼い主守る。

 Zowy the kitty 幸福な子猫。

 

 命を使命に使えたから。

 遺された飼い主が、

 いつか貴方を忘れても、

 役目を果たした貴方の輝きは、

 きっと永遠のものだから。

 

 Zowy the kitty, Zowy the kitty, Killed the kitty...!

 




――Result―――――――
・自動人形 ファリン・綺堂・エーアリヒカイト 衝撃に貫かれ機能停止
・自動人形 ゾウイ    衝撃に貫かれ機能停止
・妖獣 ファンタキャット 吸血鬼の力による撲殺

――悪魔全書――――――

厄災 ジュエルシード暴走体ⅩⅤⅠ
※本作独自設定
 願望を実現するロストロギア、ジュエルシードの暴走体。すずかの飼い猫が使用した際は単に大きくなりたいという願いを文字通り実現しただけだったが、後に人為的に暴走させられすずかの恐怖を月村の屋敷全体にまで広げて見せた。ジュエルシードはシリアルナンバーが振られており、この暴走体の元になったジュエルシードはⅩⅤⅠ。

自動人形 ゾウイ
※本作独自設定
 すずかが可愛がるペットロボット。見た目は普通の黒猫だが、実際は夜の一族に伝わる機械人形、オートマタの内の一体である。他のオートマタとは違い人語を話すことは出来ないものの、知能は高くその意味を認識はしている。過去に悪魔に憑依され、悪夢の中で過ごしながらもすずかを想い続けた。

妖獣 ファンタキャット
 世界各地で確認されている、翼をもった猫。19世紀ごろからUMA(未確認動物)として認知され、近代ファンタジー作品にも登場している。悪魔の化身たる不吉な存在とされることがある一方、マスコットとして使用されることも多い。

――元ネタ全書―――――
影の奥に潜む怪しい者
 真・女神転生デビルサマナー、取扱説明書より。今のゲームは取説といえば電子ファイルですが、当時は紙が中心で凝ったものも。悪魔の定義はシリーズで様々ですが、同タイトルでは端的に説明されています。

ファンタキャットとゾウイ
 偽典・女神転生より。主人公が両親から与えられたペットロボットのゾウイより。偽典でも、ゾウイは悪魔に憑りつかれ主人公の両親を殺してしまいます。憑りついた悪魔は作中で明言されませんが、グラフィックが似ているファンタキャットでは? と当時話題になったので本作ではクロス要素に採用しました。

よくもコウの顔でっ!
 猫繋がり、という事で気づいた人も多いかもしれませんが、ペルソナ2罰、エリーの台詞「よくもあの人の顔でっ!」より。作中の分岐、エリールートで見ることが出来ます。ちなみに、リスティの「100年、古い手だったな!」も同シーンの某刑事の台詞から。

魔力の壁
分かりにくいかもしれませんが、真・女神転生Ⅳの一方からしか壊せない壁。単純な構造の建築物を複雑なダンジョン化するのに一役買っている。

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