リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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――――――――――――

――私たちは「お話」があるから、あなたたちはコウくんを待っていてあげて?

 プレシアさんにそう言われた私たちは、病院の廊下で卯月くん待っていた。
 萌生や修、アリシアやフェイト、リニスさんにアリスちゃんも一緒だ。
 だけど、誰も何も話さない。

――ぷちん

 そこに、小さな音が響いた。アリスちゃんが廊下の隅に置かれた観葉植物の赤い葉っぱを千切っている。

「ア、アリスちゃん……」

 困ったようなリニスさん。でも、アリスちゃんは何も言わず、葉っぱに爪で何か書き込んでいる。

「アリスちゃん、何を書いてるんですか?」

「先生がねっ……言ってたの。この葉っぱにお願いしたら、頑張ったら叶うってっ……!」

 泣きながらアリスちゃんが差し出した葉っぱには、

――こうおにいちゃんがなおりますように

 そう書かれていた。

「じゃあ、私も書いてみようかな……」

 私も、一緒になって葉っぱを千切る。本当は病院の観葉植物を千切るのはよくない事だけど、アリスちゃんひとりで泣いてるの放っておけないし。アリスちゃんはびっくりしてたけど、

「あ、じゃ、私も。修くんは?」

「おい、全員でやったら葉っぱ無くなるだろ」

 萌生と修も葉っぱに手を伸ばすのを見て、泣き止んでくれた。そして、笑顔を見せてくれる。さっきまでのはしゃいでいた時の明るさはないし、まだ涙の跡が残っていて痛々しいけど、嬉しいってわかる笑顔を。

 卯月くんも、こんな風に笑ってくれればいいのに。

――――――――――――園子/海鳴市病院・治療室前



第12話e 妄執の巨木《伍》

 病院からの帰り道、園子はひとり無言で自分の家へ向かっていた。途中まで一緒だった修と萌生とはすでに別れている。

 

(何も出来なかったなぁ……)

 

 孔が傷ついたとき、気が付けばリニスが手当てをしていた。恭也に怒りをぶつけようとしたら、修が先に怒っていた。保護者のはずの士郎に文句を言おうとしたら、すさまじい剣幕でプレシアが詰め寄っていた。泣こうとしたら、アリスが先に涙を流していた。

 

――いや。俺は大丈夫だ

 

 診察室から包帯を巻いて出てきた孔はいつも通り、気遣うように声をかけてくれた。血を見せたのがトラウマになったらいけないと思ったのだろう、しきりに気分は悪くないかと聞いていた。

 

(怪我したのは、卯月くんの方なのに……)

 

 何かしてあげたかった。しかし、自分には何も出来なかった。救急車を呼んだはいいが、あとは泣きじゃくるアリスの手をじっと握っていたぐらいだ。もっと、自分に孔の怪我を治すような力があれば……。

 

(結局、この宝石は渡せないし)

 

 ポケットの中から青い宝石を取り出す。そして、

 

(……あ)

 

 一緒に紅みがかった葉っぱが出てきた。病院の治療室前で孔を待っている間、飾ってあった観葉植物――アガスティアのものだ。一緒に待っていたアリスがこの葉に願い事を書けば叶うと言ったのを受け、みんなで書き込んだものだ。

 

(アリスちゃんも先生に教えてもらったんだっけ? 「先生」って、やっぱり江戸川先生かな?)

 

 アガスティアの伝説については、園子もあの怪しげな社会科講師の江戸川の授業で知っていた。確か、インドの聖人アガスティアが一人ひとりの運命を予言し、それを書き綴った葉だった筈だ。もちろん、現代に平然と観葉植物として売られているアガスティアの木にそんな予言は書かれていない。ただ、葉には少し傷をつけただけで文字を書くことが出来、それが成長しても残り続けることから、昔は紙の代わりに用いられていたらしい。ある貴人がその葉を使って日記を書いており、後に日記の末尾に書かれていた目標を成し遂げて大成したという古事がある。これがインドから渡ってきたアガスティアの伝説と結びついて、いつの間にか「記録を残し、目標を書いて努力すれば願いが叶う」という伝承が生まれた。そして、「アガスティアの木」と題されたその都市伝説は、更に「同じ葉に二つ願いを書けば呪われ、最悪死に至る」「しかし、その願いは叶い易くなる」等と尾ひれがついて広まっていったという。普段は不気味な授業で出てきた身近なネタだっただけに、園子もよく覚えていた。海鳴にも確か2か所ほど巨大なアガスティアの木が植えられている公園があった筈だ。カップルがよく一緒になって葉に願いを書き込んでいる姿を目撃し、羨ましく思ったものだ。

 

(……葉っぱ、持って帰ってきちゃった)

 

 ポケットから宝石と一緒に出てきた葉を園子はじっと見つめる。あの後、治療室から出てきた孔にアリスが抱き付いて泣き出し、終始心配してアリシアが声をかけ続けていたため、願いを書いた葉を渡すどころではなくなってしまった。

 

(私もあんな風に甘えられたらなぁ)

 

 年齢より幼く見える2人を思い出す。孔がアリスやアリシアに向ける顔には、普段見せない、柔らかい表情があった。それは、いつかバレンタインデーのときに見せてくれた笑顔の様で、

 

(私も、一緒に渡しとけばよかったかな?)

 

 わずかな後悔と共に手の中の葉を見つめる園子。そこには、アリスと同じ「はやくなおりますように」という文字が書かれている。だが、改めて見るとどうも自分の想いとは違う気がする。

 

 園子は少し迷ってから、蒼い宝石のとがった部分で紅い葉に2つ目の願いを刻み、

 

 同時、強く青い光を感じた。

 

 

 † † † †

 

 

 その頃の高町家。なのはは独り部屋のベッドで横になっていた。ちなみに、ユーノは喫茶店の打ち上げが終わった後、ゲーム大会の間はジュエルシードを探しにいくと言って出ていってしまっている。ユーノも孔のことは苦手としているらしい。

 

――部屋でいい子にしててね

 

 あの後、突然やってきた救急車に乗せられた兄を追って、両親と姉は病院へ行ってしまった。本当はなのはもついて行きたかったのだが、何がなんだか分からないうちに、気が付けばひとり留守番をする事に決まっていた。

 

(どうして……?)

 

 どうして、アリスが泣いていたのか? どうして兄が救急車に担ぎ込まれているのか? どうして、両親がプレシアに責められていたのか? なのはは何も聞かされていなかった。ただ、あの台詞、

 

――いい子にしててね?

 

 と言われて、ただ黙って大人しくしているしか出来なかった。

 

(……また、皆どっか行っちゃうのかな)

 

 それが酷く現実味を帯びて感じられる。救急車を見送る時、チラリと見えた孔。何があったのか、真っ赤なハンカチを巻き、腕には鉄の針が刺さっていた。

 

(みんな卯月くんの所に行っちゃった……)

 

 孔は心配されていた。リニスに、アリスに。孔は囲まれていた。沢山の友達に。それに引き換え、自分はどうだろうか?

 

(ひとりだ……)

 

 部屋には誰もいなかった。父が退院してからは家にいる時間が長くなった家族も、あの時に孤独をまぎらわしてくれたアリスも。

 

(卯月くんがいなかったら……)

 

 一瞬襲ってきた恐ろしい思考を、なのはは首を振って追い払おうとする。が、一度浮かんだその思考は、毒のように心を侵食していった。

 

(……いなかったら、いなかったら……私モモット見テ貰エル……?)

 

 そうだろうか? きっとそうだろう。修や園子はともかく、すずかやアリサとはもっと仲良くなれていただろうし、アリスも孔ではなく自分を一番に慕ってくれたかもしれない。

 

(……嫌な子だな。私)

 

 自分でもそう思う。しかし、孔の持つ得体の知れない空気を思い浮かべると止まらなくなった。次第にすずかやアリサが孔に向けていた憎しみとも結び付いて、孔は分かりやすい「悪者」のようになっていった。悪。倒されるべき悪。なのははいつか見たテレビアニメの魔法少女を思い浮かべた。もう見なくなってしまったが、女児向けらしく主人公である少女が「悪」を倒して町を守り、友達に感謝されていた。

 

(私なら……)

 

 なのはは自分が悪である孔を倒す姿を想像した。バインドで固定し、砲撃で撃ち抜く。非殺傷設定を解除して、悪を呪うその一発を撃ち込むごとに、後ろからすずかやアリサの歓声が聞こえ、

 

 強い魔力を感じて我に返った。

 

 興奮で手が震えているのに気付く。それが収まらないうちに、ユーノから念話が届いた。

 

(なのは、ジュエルシードが発動したみたいだ。すぐに向かおう)

 

「うんっ!」

 

 なのはは意気込んで返事をすると、机の上のレイジングハートを掴んで階段をかけ降りる。途中、扉が開け放たれたリビングが見えた。散らばったままのジュースやお菓子がやけに虚しく感じられる。一瞬、

 

――いい子にしててね

 

 そんな声が聞こえた様な気がしたが、それを振り払うようになのはは玄関のドアを開けた。

 

 

 

(ジュエルシード?! 何でっ?!)

 

 魔力を感じとった人物がもうひとり。修だ。同時に心のなかで叫んだ。サッカーの試合後、孔と園子が一緒に帰る事がなくなった以上、発動する筈がない。

 

(園子の家の方か……! くそっ!)

 

 別れた友人の歩いていった先から感じる魔力に、嫌な予感が走る。修は部屋の窓を開けると、能力を使って空へ飛び出した。膨張を続ける魔力の元をたどると、そこには紅い葉をつける巨大な木が。

 

「マジか……!」

 

 思わず声に出して呟く。その光景は、木の形こそ修の記憶にあるものとは違ったものの、知識にある惨状と何ら変わりがない。

 

(どうする……? 俺が行っても封印できない。卯月の奴は病院……いや、アイツなら抜け出してくるか。念話は……ダメだ。俺じゃ届かねぇ)

 

 自宅から病院では距離がありすぎる上に、正確に孔が病院の何号室にいるかまで把握していなかったため、修の技量と魔力量では孔に念話は送れなかった。

 

(でも、園子があんなことになってるのに、見て見ぬふりはできないよなぁ)

 

 修にとって、園子は数少ない友達だった。幼馴染だった。いつか色あせてしまう、しかし大切になるであろう思い出の住人となりうる存在だった。ここで何もしなければ、きっと後悔するだろう。それに、

 

「卯月に助けてやってくれって言っといて、俺が無視するのはカッコつかねぇだろ!」

 

 修はそのまま自身を巨木へと飛ばした。

 

 

 † † † †

 

 

 えぐられた道のアスファルト。枝に押しのけられるようにして傾いたビル。あちこちから悲鳴が聞こえる。修は逃げる惑う人々を避けるように路地裏から様子を伺っていた。

 

「ちっ!」

 

 思わず舌打ちが漏れる。確かあの木は人間の想いを糧に出現したものだった筈だ。核となる人間がいて、それを引き離せば何とかなったはずだが、

 

(どうやって引き離せばいいんだ……?)

 

 その方法は見当もつかなかった。そもそも、核となっているであろう園子がどこにいるのかさえも分からない。上からパラパラと落ちてくるガラスの破片を能力で適当に撒きながら、焦り始める修。だがその時、

 

「っ!?」

 

 急に寒気を感じた。周囲を見回す。そして、その原因はすぐに見つけることが出来た。

 

「やぁ、邪魔をさせて貰ってるよ。それにしても立派な木だ。洪水をも生きながらえたあの木でも、これにはかないそうにない。まさに人の業だな」

 

 気配遮断の力などまるで通用しないかのように、こちらをはっきりと見据えて語りかける金髪の少女。修はその少女に既視感があった。いつか学校の廊下で出会った金髪の少年だ。見た目は全く違うのだが、心臓を鷲掴みにするような寒気はあの時の感覚そのままだ。

 

「どうやらニンゲンは、自ら危機を招き、いよいよ滅びの時を迎える準備に入ったようだが……。これは君が世界を望んだ時から抱えている願望の現れに過ぎない。正に彼のモノのシナリオ通りだ。ただ、君にはまだ少し力を振るうことが許されているようだな……。私はその力で抗えなどと言うつもりはない。ただ、あの振り子の落ちる先に影響する事くらいはできるようだと言っておこう。駒となる前に、混沌と秩序、決めてみてはどうかね?」

 

 意味の分からない言葉を紡ぐ少女。しかし、修はその真意を問いかけることはできなかった。空気が異様に重く感じられる。重圧に口を開く余裕もない。それをはっきりと自覚したところで、

 

「はっはっはっ、私が怖いのかね? それでは君は駒になるしか道はないな?」

 

 少女は笑い出した。楽しげな笑い声が瓦礫の街に響く。修は何か言い返そうとして、

 

「閣下、何をなさっているのですか?」

 

 どこからともなく、老婆の声が響いた。

 

「おや……? ゆっくり話せればと思ったが……仕方がない。では、これで失礼するよ」

 

「……ぁ……待てっ!」

 

「いかんな。そんな声では聞こえぬよ? 私にも、彼女にも、彼にも、彼のモノにもな」

 

 ようやく絞り出した声は、からかうような少女の声にかき消された。同時、忽然と姿を消す少女。後には、

 

「ちっ! 何なんだ一体!」

 

 降り注ぐ瓦礫が残った。慌てて落ちてきた瓦礫を能力で吹き飛ばす修。意識が引き戻された現実を前に、今度こそ木に向き直る。

 

(超電磁砲は……無理だな。どこに撃ったらいいか分からないし、間違えて園子に当たったら殺しちまう。いっそのことベクトル操作で木ごと引き抜いてやろうか?)

 

 そんなことをすれば根と一緒に地面が掘り起こされ、今度こそ町は再起不能になるだろう。どうにも自分の能力は極端だ。

 

(フェイトか卯月に頼んでデバイス貰っときゃよかったな……)

 

 魔力があるにもかかわらず、封印術式を使えない自分を悔やんだ。力を持っているにもかかわらず、それが何の役にも立たないのが歯がゆかった。このままでは、この巨大な木に……

 

(そういえば、この木って何もしてこないな)

 

 しかし、修はそこで木が妙に大人しいのに気付いた。少し赤みがかっている木の根は不気味ではあったが、こちらに害を与えてくる様子はない。実際はみちみちと音を立てて成長を続ける巨体に圧迫され町が無茶苦茶になり、倒壊しているビルも見受けられるのだが、木そのものはRPGのモンスターのように枝を振るって暴れたりする気配はなかった。

 

(……本当に俺の能力は役に立たないな)

 

 自嘲気味にそう思う。この分なら被害はそう広がらないだろう。もっとも、それでも孔ならば怪我をした人々を助けたりしたのだろうが、生憎と自分はそのような高尚な精神は持ち合わせていない。目の前で倒れられたらどうかわからないが、積極的に危険な現場に飛び込んで、秘匿すべき能力を全開にしてまで見ず知らずの人を救いに行くのは気が引ける。かといって、園子を助けようにもその手段を持ち合わせていなかった。

 

(……結局、また待っているだけ、か?)

 

 先日の病院の一件を思い出す。あの時も自分はヒーローが助けに来るのを待っていた。その揚句がアレだ。誰がどう見ても「ハッピーエンド」には程遠い。

 

(……戻るか)

 

 もちろん病院へ、である。孔なら何とかできるだろう。自分では降りかかる災難をどうにもできないと認める行動に強い抵抗を感じながらも、病院の方へ続く道へと視線を送る。

 

(っ?! 何だアレ? )

 

 しかし、そこに二つ首の化け物を連れたリニスが向かっているのが見えた。

 

 

 

 修やなのはが魔力を感じるのと同時に、孔とリニスもそれに気づいていた。思わずベッドから身を起こす孔。しかし、すぐにリニスに肩を掴まれ、寝かせられる。

 

「ダメですよ? 寝ててください。ジュエルシードは私が見に行きますから」

 

「しかしっ!」

 

 やんわりと止めるリニスに抵抗する孔。ジュエルシードを狙っている相手が悪魔を使う以上、孔は対抗策を持っている自分が行く必要があると考えていた。

 

「コウ、貴方は怪我人なんです。それに、アリスちゃんと一緒にいてあげて下さいと言ったばかりでしょう?」

 

「だが、使役された悪魔が……」

 

「そのくらい、私が何とかします」

 

「しかし、一人では……」

 

「馬鹿にしないで下さい。私は貴方の使い魔なんですよ?」

 

 軽く笑って見せるリニス。孔は溜め息をついた。

 

「……もしリニスに何かあったら、プレシアさんに何て言い訳すればいいんだ?」

 

「では、聞いてみましょうか?」

 

「は?」

 

 驚く孔を横に、リニスはわざと孔に聞こえるようにプレシアに念話を送った。

 

(プレシア、聞こえますか?)

 

(ええ。発動したジュエルシードのことかしら?)

 

(はい。孔は病院から動けないので、私が様子を見に行きます)

 

(そう。気をつけてね?)

 

(プレシアさん?! ちょっと待ってくれ!)

 

 まるで台本を棒読みしているかのごとくスラスラと決まっていく話に、声をあげる孔。

 

(何かしら? 貴方が見に行くのは却下よ?)

 

(いや、しかしっ!)

 

 有無を言わさない口調のプレシアに、孔はなおも食い下がる。そんな孔にプレシアの怒声が響いた。

 

(五月蝿いわね! 怪我人は大人しくしてなさい! だいたい、貴方の先生がどれだけ心配してるか分かってるの?! アリスちゃんだって待ってる間泣きっぱなしだったのよ?! アリシアだって家に帰ってからも心配して――)

 

 文字どおり脳に直接響く大音量で嵐の様なお説教。いきなりヘッドホンの音量がマックスになった様な衝撃に、流石の孔も音をあげた。

 

(いや、プレシアさん、今はジュエルシードを……)

 

(そんな物リニスに任せておきなさい! 大体、この間も独りでやろうとしないでって言ったばかりで……)

 

 取り付く島もない。むしろ勢いが強まった。念話には無駄だと分かっていても耳を抑える孔に向かって、リニスが一言、

 

「では、ゆっくり怒られて下さいね?」

 

「リニス?! ちょっと待ってくれ!」

 

 出て行こうとするのを引き止める孔。

 

「孔、いい加減に諦めないと、私も怒りますよ?」

 

「違う、そうじゃない」

 

 もう一度孔は大きく溜め息をついて、続けた。

 

「メリーとパスカルは連れて行ってくれ」

 

 

 

 そんなやり取りがあったとは知る由もない。修は双頭の巨大な犬を見て肝を潰した。よりにもよって、それをリニスが連れている。

 

(な、何だよアレ! 何であんなもんがリニスと一緒なんだよ!)

 

 あまりの事に唖然として、園子のことを伝えるどころではなかった。気が付くと巨犬はリニスの指し示した方へと走り出し、リニスは手近なビルの屋上へと飛んでいる。

 

(まさか、アレってアルフ? いやいくら何でも……)

 

 確かに記憶にみた狼の使い魔、アルフは大型だった。しかし、あくまで大型犬で通る容姿を持っていた筈だ。頭は二つもないし、あそこまで大きくない。そして、

 

(速っ! 大きさにしては速っ!)

 

 凄まじいスピードで巨木を登っていく。リニスが来たことで余裕ができたのか、修は現実逃避を始めた。

 

(……犬ってああやって木登りするんだ)

 

 修は安心していた。来たのは孔でもなのはでもフェイトでもなかったが、彼の頭の中ではジュエルシードの暴走体なんぞよりリニスの方がよっぽど強いはずだったからだ。ようやく見つけた希望は、

 

 しかし、突然飛んできた桃色の砲撃に塗り潰された。

 

 

 † † † †

 

 

 魔力を感じたなのはは市街地の上空へと来ていた。目の前には、巨大な紅い木に押し潰された町が広がっている。

 

「……酷い」

 

 なのはは思わず呟いた。範囲は限定的とはいえ、瓦礫が広がる光景を見たのはこれが始めてだった。たまに母親に連れられて賑わっている町を知っている分、余計に破壊の爪痕が痛々しく見える。

 

「前の暴走体よりも高い魔力……多分、コアになっているのは人間だね。ジュエルシードは強い想いを持った人間が発動させた時、一番強い力を発揮するんだ」

 

 例によって適当にユーノの頭から引っ張り出した知識をひけらかす様に喋る悪魔。それを聞いて、なのはは呟く。

 

「……人間?」

 

「そうだよ? 悪意を持って町を破壊しようと思ったか、町が邪魔になったかのどっちかじゃないかな?」

 

「そんなっ! 酷いっ!」

 

「そうだね。ここで止めないと、町の被害がどんどん大きくなるよ」

 

 無知で感情的ななのはの扱い安さに口元を歪めながら、煽り続けるユーノ。そのまま指示を出す。

 

「でも、これだけ広範囲だと、核を探し出すのが大変だね。なのは、探索魔法は……」

 

「大丈夫」

 

 ユーノの言葉を遮るなのは。レイジングハートを構え、暴走体に向かって意識を集中させる。

 

「探して、災厄の根元をっ!」

 

《Area Search》

 

 魔力の塊を飛ばす。「サーチャー」と呼ばれるそれは、魔力の流れを掴み、その発生源をさぐって、

 

「見つけたっ!」

 

《Shooting mode , stand by leady.》

 

 なのはの声に反応し、レイジングハートが己のマスターが求める最適な形へと変化する。なのははコアに照準を定め、

 

「……っ!!」

 

 突如視界に入ってきたそれを認めた。

 

「む、アレは……」

 

 ユーノも声をあげる。二つの頭を持ち、牛のような巨体。なのはにとって、それはマヤを奪った化け物であり、憎むべき敵だった。

 

「……ぁ……ぁあっ!」

 

 神社での一件。ユーノはオルトロスが魔法で逃げおおせたのを確認していたが、初めて砲撃を放ったなのはにそんな余裕はなく、自分の魔法で倒したものだと思い込んでいた。が、目の前にそれは現れた。大切なものを奪った存在がのうのうと生きているという事実、そして、それがまた同じ悲劇を繰り返すだろうという未来が突き付けられたのだ。頭の中に涙を流すアリスがフラッシュバックする。

 

「なのは、落ち着いてっ!」

 

 ユーノのそんな声も届かない。なのはは自分の手が興奮で震えているのを感じた。つい先程、悪を呪い、滅ぼした妄想。その時の感覚そのままに、無意識に非殺傷設定を解除する。

 

「うわぁぁぁあああああ!!」

 

 そして、なのはは激昂とともに、魔力を解放した。

 

 

 

(っ! 魔力反応?!)

 

 それに最も早く気付いたのはリニスだった。市街地へ到達すると同時にビルに上って結界を展開、探索魔法を起動。予定通りジュエルシードを見つけたのだが、

 

(気を付けてください。誰かがサーチャーを飛ばしています)

 

(さーちゃー? 人間ノ魔法カ?)

 

 木に取付くオルトロスを確認しながら告げる。どうやらジュエルシードを探している魔導師、それもミッドチルダ系の相手がいるらしい。リニスも相手に悟られないよう身を潜めつつ、砲撃魔法の準備を始める。

 

(相手が出てきたところで、私が砲撃で撃ち落とします。メリーはジュエルシードを直接切り離して、あの魔法で離脱してもらえますか?)

 

(アオォーン! マカセルガイイ!!)

 

 咆哮を上げ、伝えた場所へと迫るオルトロス。リニスはオルトロスが移転魔法(厳密にはリニスが使うような「魔法」ではないが)、トラフーリを使えることを知っていたため、そんな作戦をとった。しかし、それを伝えると同時に魔力が迫る。

 

(砲撃魔法……! メリーッ!)

 

 しかし、オルトロスは冷静だった。

 

(落チ着ケ)

 

 慌てた様子で念話を送ってくるリニスにそう返したほどだ。

 

「同ジ手ガ何度モ通用スル筈ガナカロウッ!」

 

(待ってください、あれは非殺傷が……っ!)

 

 余裕をもってかわすオルトロス。リニスが叫ぶ間もなく、その一直線に飛んでくるその魔力の塊は、結界を貫き、容赦なく巨木をなぎ倒した。

 

 

 † † † †

 

 

 なのはは自身が放った桃色の閃光を見ていた。それは悪を滅ぼす光だった。憎むべき敵を倒す光だった。大切な人々の幸せを運ぶための光だった。その光が引いた後には、賞賛が待っているはずだった。

 

「あ……ぁぁ……ぁ、……あ」

 

 しかし、光が退いたその後には、なぜか見知ったクラスメイトがいた。

 

「な、んで……?」

 

 そのクラスメイトとはあまり喋ったことはなかった。しかし、はきはきと意見を言って、先生にもよく褒められていた。友達も多かった。父のサッカークラブではマネージャーとして、男の子たちともよく話していた。そうした面からうかがい知れる性格の差のせいで遠くからしか見たことはなかったが、しかし普通にリーダーシップをとる彼女を羨ましく思ったことも多々あった。

 

「い、嫌ぁ……」

 

 それが、なんで血を流して倒れているのか。なんで片腕がないのか。なぜ足がなくなっているのか。

 

 なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで……

 

 頭の中を駆け巡る疑問は、すぐに答えに行きついた。

 

――私ガ撃ッタカラダ

 

「嫌ァァァぁぁぁああアアア!!!」

 

 絶叫を挙げるなのは。あの悪を呪って攻めた時、血は流れなかった。死体などなかった。ただ消えていく悪と絶対的な正義を行った自分への賞賛だけがあった。なのはが夢見た中には正義の勝利はあっても、犠牲者の死は含まれていなかったからだ。だがそれは、現実となってなのはに襲い掛かった。

 

「あぁぁぁぁァァアアアあああ!」

 

「チッ!」

 

 それに耐え切れず錯乱状態に陥いるなのはに、ユーノは舌打ちをして移転魔法を発動させる。なのはは絶叫を響かせることなく、破壊された町から消えていった。

 

 

 † † † †

 

 

 飛んできた桃色の光が紅い巨木に直撃し、轟音が響く。木の枝に寄りかかる事で辛うじて立っていたビルが崩れ、コンクリートの残骸が降りそそいだ。崩れていく町を前に、しかし修はやはり安心していた。

 

(アレって、高町の? やっぱ、魔法少女やってたのかっ?!)

 

 その光は修の持つ未来の知識と完全に一致していた。ヒロインが撃ったその一撃は、間違いなくジュエルシードを封印し、サッカーチームのマネージャーが残る筈だった。果たして、園子は確かに残っていた。残ってはいたが、

 

(なっ!!)

 

 修は大きく目を見開いた。園子の右腕と両足が無かったからだ。

 

「園子ぉぉぉおお!!」

 

 叫びながら走る。魔力を失い崩れていく紅い木。支えを失った園子はまるで果実が腐り落ちる様に、赤い血の糸を引きながら一直線に地面に向かっていく。

 

「っ!」

 

 能力を使い、衝撃をゼロにして受け止める。ボロボロになった園子は、

 

「あぁ、孔くんだぁ。あ、あはははハハハ……」

 

 笑っていた。

 

「っ! おい、確りしろっ! 園子っ!」

 

 壊れた様に笑う園子に必死に叫ぶ。しかし、

 

「うふふ、ふ。孔くんね、私、拾ったよ? 探してた宝石、拾ったの」

 

「っ!? お、お前っ! 目がっ!」

 

 園子の目にはガラスが刺さっていた。まるで泣いているかのように目から流れる血が頬を伝う。

 

「ね? コレ、探してたんでしょ?」

 

「おいっ! よせっ! 俺は卯月じゃねぇ!」

 

 耳元で叫ぼうとして気付く。耳からも血が流れていることに。轟音で鼓膜が破壊されたらしい。

 

「うふ、あハハ。こう……くんがわらった……。あのね、わたし、あなたにずっとワラッテホシカッタノ……」

 

「園子っ! やめろっ! やめてくれっ!」

 

 園子は死の激痛を前にして、幻を見ていた。それは生きようとする人間の防衛本能だっただろうか。ずっと思い続けた人と結ばれ、ずっと夢に見ていた様に、いつか小説で読んだ様に、その人の腕に抱かれているのだった。

 

「何だよ! 何で冷たくなってんだ! おいっ!」

 

 その幻から引き戻そうと、必死に修は声をかける。その大声が通じたのか、リニスの声が響いた。

 

「シュウくんっ!?」

 

「っ! リニスさんっ! 早く園子をっ!」

 

 しかし、リニスが駆け寄るよりも早く、修の手を離れた園子からガラスが割れるような音が聞こえた。振り返った先にいた園子は、

 

「なっ!?」

 

 体にひびが入っていた。

 

「うふ、うふふふフフフ……フ……」

 

 よく見ると、体は徐々に青い水晶体に変わっていた。ちぎれた足の付け根から、残された片腕から。差し出した青い宝石のように。

 

「ウフ、アハハハハ! 寒イ……な、こうくん、わた、し、さむイ……ヨ……」

 

「そ、園子っ!」

 

 修は慌てて腕からジュエルシードをひったくる。しかし、結晶化した先から園子は壊れていった。

 

「ネエ、アッタ……メテ……」

 

「ああ、分かったよ! 卯月にそう言って頼めよぉ! 連れてってやるから! 俺からも頼んでやるからっ!」

 

 修は悲鳴のように叫ぶ。しかし、

 

「……デモ、イイヤ……アナタガ……わらってくれた……カラ、わた……し、シアワセ」

 

 修の腕の中で園子は、

 

「……ワタシ、シア……ワ……」

 

 粉々に砕け散った。

 

 

 † † † †

 

 

「これは……酷いな」

 

「さっき、巨大な木が見えたような……?」

 

 リスティと寺沢警部は未だ出動の準備に戸惑う警官に先駆け現場に来ていた。「巨大な木が突然生えてきた」という通報は悪質な悪戯として処理され、署で待機していた警官の多くは出動が遅れているせいだ。しかし、数日前に手に入れた宝石について「その筋の人」へ聞き込みのために出払っていた2人は比較的現場近くにいた。そして、一瞬視界に入った(が、リニスの結界ですぐに消えた)巨大な木に異常なものを感じて様子を見に来たのだった。

 

――何だよ! 何で冷たくなってんだ! おいっ!

 

 そこへ、叫び声が響く。2人は顔を見合わせるとすぐに走り始めた。そして、

 

「リニスさんっ!?」

 

「っ! け、刑事さんっ!」

 

 振り向いたリニスの目は濡れていた。その先には、崩れ落ちる少女とそれを支える少年。

 

「っ!? あれはっ!」

 

 少年が持つジュエルシードを認めて、慌てて駆け寄ろうとするリスティ。しかし、寺沢警部に肩を掴まれて止められる。

 

「警部?」

 

 思わず声を上げるリスティに寺沢警部は首を振って、少年の方に目を向ける。それと同時だっただろうか。

 

「う、あ……ぁぁぁぁあああああああ!」

 

 少年の慟哭が響いた。

 

「……ぁ……」

 

 声をかけようと近づくリニス。しかし、リニスは立ち止まる。彼女自身、なんと声をかければいいか分からないのだろう。それでも、何とか声を絞り出そうと口を開くリニスに、

 

「……そっとしといてやれ」

 

 寺沢警部の声がかかった。立ち尽くすリニス。警部は何も言わずに後ろを向いて、ようやく聞こえてきたパトカーのサイレンの方へと歩き始めた。リスティも迷うようにリニスと修を見ていたが、やがて俯いて寺沢警部の後を追うように歩き出し、

 

「……?」

 

 足元を流れるように、風に乗って舞う紅い葉が視界に入った。書けば願いが叶うというアガスティアの葉。破れて半分ほどになって舞うその葉には文字が書かれていた。文字を読もうとして手を伸ばすリスティ。しかし、紅い葉は手をすり抜け、枯れ葉のごとく風に吹かれて高く舞い上がる。

 

 誰にも読まれることはなかったそれは、もはや何の力も有していなかった。

 

――こうくんがもうきらわれませんように

 

 そして、書かれた願いは叶えられることなく、夜の空へと消えていった。

 




――Result―――――――
・愚者 大瀬園子  ロストロギアに巻き込まれ消失

――悪魔全書――――――

厄災 ジュエルシード暴走体Ⅹ
※本作独自設定
 願望を実現するロストロギア、ジュエルシードの暴走体。園子の願いを叶える樹木のイメージそのままに、巨大な木の形態をとる。しかし、本当に叶えたい願いではなく、それに附随する呪いが現実となってしまった。ジュエルシードはシリアルナンバーが振られており、この暴走体の元になったジュエルシードはⅩ。

――元ネタ全書―――――
アガスティア
 詳しくは本文参照。人の想いを記録するというところからクロス要素に採用しました。女神異見聞録ペルソナではその伝説故かセーブポイントに起用されていたので、着想自体はそこから得ています。
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