リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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――――――――――――

「ヒャハァ! 燃えろぉ! 燃えちまえェェェ!」

 目の前で爆発するビル。轟音が頭に響いてハイになる。炎の立てるバチバチって音が、電波に変わった。

――壊セ

――コノ世界ハ間違イダ

「ヒ、イヒ、ヒャーハハハハハハハハ!」

 いつの間にか、俺は大声で笑っていた。そうだ。この世界は間違いなんだ。あのクソ親父も、あいつらも、全部間違いだ! 間違いは直さなきゃならねぇだろぉお!

――――――――――――狂人/路地裏



第11話b 双頭の番犬《弐》

 スマイル海鳴。海鳴市でも有数の大型商業施設であり、市民の生活を支えるインフラと化している。しかし、普段ならば活気に満ちているビルも、今は騒然としていた。

 

「何があったんだい?」

 

 溢れかえる野次馬を抑えるために派遣されたであろう警官に、サラリーマン風の男、橿原明成が問いかけた。

 

「ああ、橿原先生。火事らしいですよ。この間の動物病院に続いて、放火だそうで……」

 

 先生と呼ばれた通り、橿原は近くの高校で世界史の教師をやっていた。変わり者だが優しい先生という評判のためか、生徒の生活指導も担当している。彼は登校の時間帯に火災が起こったというニュースを聞いて、一応様子を見に来たのだ。問いかけられた警官は橿原の元教え子であり、事情を察して状況を簡単に説明する。

 

「かなり大きな爆発があったみたいですが、学生さんの被害者は今のところ報告されていませんよ。午後には片付いてるでしょうけど、近付かない様に言っといて下さい」

 

「ああ、ホームルームにでも伝えておくよ。それにしてもこの場所で放火か……いや、そんな筈は……」

 

 何か考える様に火災現場を見る橿原。警官の方は苦笑する。

 

「またオカルトですか?」

 

「えっ? いや。オカルトはオカルトでも、今度のはちゃんとしたマイヤの文献に……」

 

 長くなりそうな橿原の話を、はいはいと適当にうなずきながら聞き流す元教え子。彼はこの先生が熱心なオカルトマニアであり、何かにつけて超常現象と結びつけたがるのを知っていた。世界史の授業でも遺跡が教科書に出てくる度に、オカルトチックな雑談で盛大に脱線し、なかなか進まなかったのをよく覚えている。

 

「あ~、先生? あれってうちの高校の生徒じゃないですかね?」

 

 熱く語り始めようとする橿原を止めるため、警官は野次馬に混じってぶつぶつと何やら呟いている少年を指差す。警官が言うとおり、その少年は橿原が勤めている高校の制服を着崩していた。

 

「……そうみたいだね。授業中の筈なんだが……まあ、ちょっと声をかけてみるよ」

 

 本来の仕事を思い出したのか、橿原は少し残念そうにしながらも話題を引っ込め、少年の方へ向かった。

 

 

 

「キミはうちの高校の生徒だろう? 授業はどうしたんだい?」

 

 髪を染めた、見た目からして不良な少年に橿原は持ち前の優しさでもって話しかける。しかし、少年は橿原を無視する様にぶつぶつと焦点の合っていない目で呟き続けていた。

 

「……電波が言ってったんだ……燃えるって……あの病院みたいに、燃えるって……」

 

「っ! キミ、しっかりするんだ!」

 

 それを聞いて慌てた様に少年の肩を掴んで揺する橿原。少年はようやく橿原に気づいた様に、鬱陶しそうに声を出した。

 

「んだよ。先生か? 今、電波が五月蝿いんだ。分かるか? 電波だよ、電波……。ああ、先生にゃぁ分からねえか。先生だもんなぁ?」

 

 ノロノロと疲れたように話す少年。橿原は目を見開いた。

 

「電波……っ?! キミはあの火災について何か知ってるのかい?!」

 

「ああ、電波が言ってんだ。間違った世界を燃やせって……」

 

 訳の分からないことをしゃべり続ける少年。普通の先生なら強制的に話を打ち切って学校へ連れて行くか、両親なり警察なり病院なりへ通報するところだろう。しかし、橿原は

 

「……その電波のこと、詳しく聞かせてくれないかな?」

 

 詳しく話を聞こうとした。先生としてではなく、かつて目指した学者として。

 

 

 

「……それで、須藤君。キミはあの病院の火災を見てから電波を聞いて、スマイル海鳴の事故を予言したのか……」

 

「ああ、電波がな、言ってたんだ。次はそこだって……」

 

 進路指導室。橿原は連れてきた先ほどの少年、須藤竜也を前に話を聞いていた。この教室は他に使う先生もおらず、半ば橿原の私室となっている。よく見ると本棚に受験案内や大学情報に混じって、『聖槍』だの『日本古代文明論』だの、怪しげな本が散見された。

 

「須藤君。キミはマイア人を知っているかな?」

 

「……あぁ?」

 

 突如聞きなれない単語が出てきて、須藤は疑問の声(非常に短いが、本人はそのつもりである)を上げた。

 

「マイア人というのは、人類に文明を与えたプレデアス系星人のことだよ。世界中に散らばるオーパーツがその存在を証明してるんだ」

 

 僕が教えている世界史の教科書には載ってないけどね、と付け加える橿原。須藤は黙って話を聞いていた。

 

「人間がただの猿から進化するには、彼らの持つ高度な文明に導かれる必要があった……しかし、そのマイヤ人も同じマイヤ人同士の宇宙戦争で滅んでしまったんだ。ただ、勝ち残ったボロンティック族もただでは済まず、宇宙船を駆ってこの海鳴市に流れ着いたんだ。そこで偶然出会った猿同然の人類に文明を与えたんだ! その文明は世界に広がっていく……中南米の神話がそれを証明している! ここ海鳴こそが、世界の文明の発祥の地だったんだよ!!」

 

 須藤が大人しく聞いている(と橿原は思っている)のをいいことに、普段誰も相手にしてくれない奇論を興奮気味に語り続ける。常識を持つ人間が見れば、こいつは頭がおかしいんじゃないかと思われることだろう。

 

「ボロンティック族は滅んでしまったわけじゃない……! 今も人類を進化に導こうとこの海鳴の地下で眠り続け、時折メッセージを送ってるんだ!」

 

「……それが電波だってぇのか?」

 

 もはや叫んでいるとも形容できる橿原に、須藤が口をはさむ。その言葉は興奮剤となって橿原をさらに燃え上がらせた。

 

「その通り……! 今海鳴で起こっている火災も、マイヤ人が拠点とした神殿の位置で起こっている! 人類が進化するために必要な生贄を、贖罪の炎で焼いているとしか思えない! 君は電波としてマイヤ人の信託を聞いていたんだ!」

 

 興奮しているのか、立ち上がって腕を振り回しながら熱弁する橿原。常識を持つ人間が見れば、病院へ連れて行かれることだろう。しかし、次に放った一言は須藤を大きく揺さぶった。

 

「僕はこうした教科書が黙殺している真の歴史を後世に伝えるのが使命だと考えてるんだ! それにはチャネラーである君の力が必要なんだ! 力を貸してほしい!」

 

 

「……っ! そうか、アンタは……先生は電波がわかるのか……! 俺の電波を、聞いてくれるのか……!」

 

 須藤は嬉しかった。不良のような外見をしているが、彼の父親はいわゆるエリートであり、幼い頃から須藤にエリート教育を強制していた。その世間体を第一とした教育は須藤にこどもらしい行動を許さず、幼少の頃から抑圧し続けてきた。須藤はそれに耐えられず妄想の世界に浸り、ついにはまるで妄想が声のように頭の中に響くようになっていた。その妄想の声は確かに須藤を救ったが、周囲からは嘲笑の対象にしかならなかった。逃げ込んだ先に見つけた電波を否定されることは、彼にとって自分を否定されるに等しい。そんな中で、ようやく自分を認めてくれる人物がいたのだ。

 

 

「もちろんだ。今、私はマイヤ人の文明を解説した本を書いているんだ。それに協力して欲しい」

 

 橿原も嬉しかった。かつて学者の道を目指していたが、自分の書いた論文は見向きもされず、ついには断念せざるをえなかった。しかし真の歴史を後世に残すという夢をあきらめきれず未だ没頭している研究に、妻にすら一笑に付される夢に、証拠と一緒に理解者までもできたのだ。

 

「具体的には、電波が聞こえたら教えてほしい。今のまま行くと火災はもうすぐに起こるだろう。神殿の場所は、あと二つ。一つは神社だ。あそこは数年前に巨大な雷が連続で落ちるという事故が起こっている。不自然な雷……あれは間違いなくマイヤ人の遺跡が起こした現象に違いない。もう一つは調査中だが、可能性があるとすれば……」

 

「そうか、神社か。神社で……」

 

 嬉しそうに語り続ける橿原とぶつぶつとそれを反芻する須藤。

 

 橿原は分からない。夢を認められた喜びのあまり、生徒を誤った道へ導いていることに。

 

 須藤は気付かない。それが理不尽な現実から目をそらす自分を加速させていることに。

 

 誰もいない授業中の進路指導室に、妄想にとり憑かれた男と、狂気にとり憑かれた男の笑い声が響いた。

 

 

 † † † †

 

 

「そうか、分からなかったか……」

 

「ごめんなさい。色々調べてみたんですけど……」

 

 その頃、海鳴市の神社では、社の縁側に座りながら、リスティはここで巫女のバイトをやっている神咲那美に話を聞いていた。勿論、リスティの義理の母である愛の病院を襲った黒い化け物についてだ。バイトといっても那美の所属する神咲家はその世界では有名な退魔師の一族であり、数々の心霊現象を解決してきた実積がある。リスティに限らず、警察でも怪奇的な事件とくれば相談に来る刑事も多かった。もっとも、怪奇現象など信じない者も多く、神仏に頼っているとなると警察の体裁上も良くないため、一般には知られていないのだが。

 

「一応、姉さんが家で文献を当たってくれてます。ただ……」

 

「……望みは薄い、か?」

 

 うなずく那美。それなりに歴史がある退魔師の一族として、幾多の魑魅魍魎の類いを払ってきた神咲家。駆け出しの頃からその蔵書に目を通してきたが、リスティの言う黒い化け物など聞いたことも見たこともなかった。

 

「くぅ、くぅ……!」

 

 そこへ、那美の腕に抱かれていた子狐が声をあげる。那美が飼っている妖狐で、名を久遠と言う。妖狐、と書いた通り、ただの狐ではない。600年前に祟り狐となって仏閣や神社を破壊していた所を、神咲家に封じられた存在だ。もっとも、封じられていた祟りは那美によって払われ、今では那美のよきパートナーとなっている。

 

「久遠も知らないみたいで……。ただ、もし邪霊の類いだとしたら、相当強力な霊です」

 

 退魔師と言っても漫画やゲームのように凶悪な悪霊を毎日のように狩りまくっている訳ではない。未だ現世に留まる霊を説得して鎮めたり、お祓いをしたりが殆どだ。人間に害意を持つ霊というのは稀で、気のせいや思い込みが大半だった。霊力のない「偽物の」退魔師はこういった霊のせいにする人を相手にする。当然、そういった退魔師は本物の霊を目の当たりにしたときは何も出来ない。だからこそ神咲家の様に「本物の」退魔師が事件の現場に呼ばれる事になるのだが……

 

「霊って、実体の無いのが殆どなんです。何かを憑代にする事はあっても、実体を持って、しかも、コンクリートの建物を破壊してしまうなんて……」

 

「だが、目撃者が実際に複数確認されているんだ。無視する訳にはいかない」

 

 あくまでも刑事として答えるリスティ。心配そうな那美に、リスティは軽い調子で付け加える。

 

「それに、その化け物を追い払ったの、小学生らしいよ」

 

「しょ、小学生……!?」

 

「そう、その少年が化け物を超える化け物なのか、化け物が実は化け物じゃなかったのか、これから事情を聴きに行くところだ」

 

 驚く那美を横に立ち上がるリスティ。仕事へ戻る時間だ。

 

「じゃあ、そろそろボクは行くよ。今日はありがとう」

 

「いえ、私のほうでも心当たりを調べてみます」

 

 那美に別れを告げると、リスティは鳴海署へと向かうため、近くのバス停へと向かった。

 

 

 † † † †

 

 

 児童保護施設。孔はリニスとともに寺沢警部とリスティの訪問を受けていた。

 

「大体の事情は分かった。だが君は、そんな獣をどうやって追い払ったんだ?」

 

「すみません、あの時は夢中だったもので、よく覚えていないんです。ただ、俺が追い払ったと言うより、崩れた瓦礫に吹き飛ばされたと言った方が正しいです」

 

 正確には修が瓦礫とともに吹き飛ばしたのだが、流石にそこまでは言うことが出来ない。嘘も言わないが、全部も言わない。それが孔の方針だった。

 

「……そうか。もし何か思い出せたら、連絡してくれ」

 

 リスティも質問を切り上げる。それを見て、今度は孔の方が質問を始めた。

 

「スマイル海鳴でも放火があったと聞きますが、あの黒い化け物は見つかったんですか?」

 

「いや。私たちも現場を見に行ったし、聞き込みもしたんだけど、目撃者はいなかったよ」

 

 ここへ来る前に行った火災現場を思い出すリスティ。爆風で吹き飛ばされた窓が脳裏に浮かぶ。しかし、同時に寺沢警部が漏らした言葉も思い出した。

 

――これは酷いな。でも、あの病院程じゃないな。噂の化け物じゃないのか……?

 

 確かに火災としては近年まれに見る大事件だろう。しかし、愛の動物病院の様に原型も止めないほど破壊されてはいる訳でもない。

 

「……気になるかい?」

 

「それは、まあ。連続で爆発なんて、滅多に聞きませんから」

 

 口を開いた寺沢警部に答える孔。警部はしばらく孔を見つめていたが、

 

「……まあ、気持ちは分かるが、今度化け物を見かけたらひとりで止めようとせずに警察へ連絡してくれ。番号はこれだ」

 

 そう言ってメモの切れ端を渡して話を終わらせる寺沢警部。

 

「では、これで失礼します。ご協力、有り難うございました」

 

「いえ、こちらこそ、お役に立てず……」

 

 立ち上がって出ていこうとする2人に内心安堵する孔。孔とリニスも見送るべく立ち上がる。しかし、玄関を出たところで、リニスが刑事2人を呼び止めた。

 

「あのっ! 刑事さん……信じてもらえないかもしれませんが、この一件、超常的なものが絡んでいるんじゃないかと……」

 

「リニス……」

 

 孔は遠巻きながらも悪魔や魔法の事を口にしたリニスに驚いた。2人の間では、悪魔や魔法の事を「普通の」人に知られるのはタブーとなっていたのだ。第一、信じてもらえないだろう。現に、警察官2人も驚いたように固まっていたが、

 

「はっはっはっ」

 

 寺沢警部は笑い始めた。

 

「やっぱり……」

 

「いや、ここのところ訳の分からん猟奇的な事件が多くてな。日本中がSFの町になっちまったみたいだ。超常現象でも設定しないと説明つかんよ。実際に化け物の目撃もあるしな……」

 

 しかし、寺沢警部は否定することなく受け止める。リスティは難しい顔をして後ろでそれを聞いていた。それが警察として事情を聞く上での礼儀だったのか、本気にしたのかは分からなかったが、

 

「じゃあ、またな」

 

 そう言って2人は車に乗り込み、走り去って行った。

 

 

 

「……リニス、何故あんな話を?」

 

「すみません。余計な事を言って……。ただ、アリサちゃんの事を考えると、誰かに現実を知っていて欲しかったんです」

 

「まあ、警察も悪魔の存在を知っていた方がかえって安全かも知れないし、問題ないとは思うが……」

 

 孔は特に責めるような口調では無かったが、軽く謝ってから理由を言うリニス。孔の方も流石に隠し続けるのに重圧を感じ始めていたので、リニスの気持ちもよくわかる。

 

(警察が動くとまで行かなくとも、協力者くらいいれば……いや、公的機関とは言え、巻き込む訳にいかない、か)

 

 そんなことを思いながら、孔は夕暮れの闇に飲まれていく車を見送っていた。

 

 

 † † † †

 

 

 時は僅かに遡り、孔が警察から話を聞かれている頃。なのははアリスと一緒に遊んでいた。ただし、場所は公園ではなく神社だ。なのはの「習い事」とは魔法の練習のことであり、練習にはこの神社の裏の林道を使っていた。もちろん、アリスがいる今は練習をしていない。すずか達は「習い事」で誤魔化せたのだが、

 

「ねー、じゃあ、途中まで一緒に帰ろ?」

 

「えっ? いいけど、神社の方だよ? 逆方向じゃ……」

 

「平気だよ?」

 

「でも卯月くんも」

 

「孔お兄ちゃん、今日は用事があるから早く帰らないといけないって」

 

「……そう、なんだ」

 

 としつこく食い下がられ、断りきれなかったのだ。もっとも、断り切れなかったのはただ食い下がられただけではなく、

 

「……ねえ、どうしてもダメ?」

 

「う、ううん。ダメじゃないよ」

 

 アリスが孤独に耐えきれず寂しそうな目で見上げてきたためだ。なのはもかつて家族が相手をしてくれず、寂しさで押し潰されそうになった事がある。その痛みはよく知っていた。だから、神社に着いたときも、

 

「……お別れだね」

 

 と言うアリスを前にして、

 

「あ……。き、今日休みなの、忘れてた」

 

 思わず練習は休みにしてしまった。まあ、今日は先生役のユーノも何やら犬を探すとか訳の分からないことを言っていなくなってしまった。休んでも問題ないだろう。にっこり笑うアリスを見て、なのははそう思う事にした。

 

「じゃあ、アリスと遊ぼ?」

 

 アリスは普段来ることがない神社が珍しいらしく、なのはを質問責めにしていく。

 

「ねえ、これなあに?」

 

「絵馬だよ。願い事を書いて、ここに飾るの」

 

 なのはもお姉ちゃんとしてアリスに接するのは嬉しい。頼りにされるのは憧れのあの人に近付けた気がしたのだ。そんな時、犬がアリスに飛び付いてきた。

 

「きゃぁ! パスカル……じゃないや」

 

「アリスちゃん? 大丈夫?」

 

 驚く2人。そこへ、飼い主であるマヤがやって来た。

 

「メリー? ……あら? あなた達、大丈夫?」

 

「平気だよ?」

 

「あの、この犬……」

 

 犬のメリーを撫でながら見上げるアリスと、人見知りなのか驚いた様にマヤを見つめるなのは。マヤは安心させるように微笑んで2人に答える。

 

「メリーっていうのよ? 仲良くしてあげてね?」

 

 

 

「じゃあ、マヤさんはよく神社へは来るんですか?」

 

「ええ、いつもはもっと遅い時間なんだけど、帰ってきたらこの子が連れていけって聞かなくて」

 

 わんっ! と質問をしたなのはに答える様に鳴くメリー。アリスはメリーを撫でながら呟く。

 

「この子、パスカルに似てるね。姉妹かなぁ?」

 

「あら? パスカルって?」

 

「アリスちゃんが飼ってるハスキー犬です」

 

 聞き留めたマヤになのはが答えるマヤは苦笑しながら呟く。

 

「ハスキー犬とシーズー犬は似てないと思うけど……」

 

「ううん。似てるよ? 全然違うけど、なんか似てるの!」

 

「そう。じゃあ、今度連れてきて? 2人はよくここで遊ぶの?」

 

「ううん。今日はなのはお姉ちゃんがこっちだったから。何時もは公園だよ!」

 

「えっと、今日は私、習い事があったんですけど、急に休みになって、それで……」

 

 端折った説明をするアリスと、補足するなのは。マヤは笑いながらうなずいて聞いていたが、

 

「2人も似てるね。似てるっていうか、ふたりでひとつっていうか。見た目や性格は違うけど、だからこそ影みたいに惹きつけ合うのかもね……」

 

 そんな感想を漏らした。思わず顔を見合わせるなのはとアリス。

 

「ふたり一緒だって! よかったね、なのはお姉ちゃん!」

 

「う、うん、そうだね」

 

 なのはは納得していた。家族と一緒にいられなかった時、慰めてくれたのはアリスだ。それから、いつの間にかアリスはいつも一緒にいるのが自然な存在となっていた。それこそ影のように。アリスも先ほど一緒に帰りたがったところを見ると、きっと自分を必要としてくれているのだろう。マヤの言葉は今のなのはとアリスの関係を端的に表しているだけに、心に響いた。それはとても心地いい響きだった。他の人から見ても孤独はもうないのだと証明してくれたのだ。それと同時に、

 

(私もほむらさんやお兄ちゃんみたいに、アリスちゃん守れるようにしないと……)

 

 なのははそう思った。朝、ユーノに聞かされた魔法の存在。危険なジュエルシード。そして、その脅威から大切な人々を守れるのは自分しかいないという事実。実際にジュエルシードがどれほどの脅威か、それから守るとはどういうことかなのははよく分からない。しかし、目の前のアリスやマヤを守るというのは、とても素晴らしいことに思えた。

 

「なのはちゃんは、なにかペット飼っていないの?」

 

「ええっと、ユーノっていうフェレットを飼ってます」

 

「ええっ!? そうなの!? アリス、知らなかったよ!」

 

 そんな想いを横に、楽しげな会話が続く。3人はアリスの門限まで他愛ない会話を続けた。

 

 

 † † † †

 

 

 翌日の放課後。孔はアリスと一緒に帰路についていた。ちなみに、アリシアとフェイトとも一緒に帰っていたのだが、途中から道が違うため既に別れている。

 

「神社って、広いんだよ? 裏に林もあるし」

 

「……そうか」

 

「絵馬っていうのがあって、願い事を叶えてくれるんだって! 今度買っていい?」

 

「……ああ、そうだな」

 

 昨日の神社での一件を嬉しそうに報告するアリスに、生返事を返す孔。孔はアリスの声を聞き流しながら、昼休み、萌生に呼び出されて告げられた言葉に思いを馳せていた。

 

 

 

「昨日、アリサちゃんと会って、伝えてって言われたの、言うね?」

 

 戸惑いながらもうなずく孔。言いにくそうにしていたが、やがて萌生は、

 

「あの病院で出た黒い化け物、殺してって。卯月くんなら出来るって……」

 

 うつむきながらそう告げた。続けて、アリサの異常な様子を話し始める。

 

「それ言った時のアリサちゃん、すごく怖かったよ。すずかちゃんもびっくりしてた。だから、化け物とか言っちゃダメって言えなかったの。ごめんなさい」

 

「いや、それは構わないが……」

 

 復讐に感情を歪めるアリサがよほどショックだったのか、泣きそうになって謝る萌生。孔はかける言葉もなく、ただ気の抜けた反応をして黙りこんだ。自分を化け物と呼ぶのは分かる。あのジュエルシード暴走体を化け物と呼ぶのも分かる。しかし、同列に扱われるのは、やはり心に刺さるものがあった。

 

「ね、ねえ。 私は、卯月くんのこと化け物とか思ってないよ? アリサちゃんも、きっとあのおじいさんが死んじゃって寂しいから……だから、きっとその内あんな事言わなくなるよ!」

 

 沈黙に耐えきれなくなった萌生は、一生懸命アリサと孔をフォローしようとする。アリサの感情は幼い萌生の精神を相当のストレスとなって圧迫しているのだろう。孔は何とか落ち着かせようと苦笑して見せながら答えた。

 

「ああ、分かってる。気にしてない。嫌がられるのもいつも通りだからな。バニングスさんにはあの黒い化け物は俺が何とかしてみるって言っといてくれ」

 

「ダ、ダメだよ、危ないことしちゃ!」

 

 しかし、萌生には逆効果だったようだ。そんな萌生に孔は今度こそ本当に苦笑しながら答えた。

 

「でも、そう言わないとバニングスさんも納得しないだろう? 大丈夫、危ないことはしないさ」

 

 うう、と萌生は納得いかなさそうな声をあげるが、結局昼休みの終わりを告げるチャイムで話は途切れた。その場はそれで済んだものの、孔はアリサの事を考え続けていた。別に仲良くなろうと考えていた訳ではない。あのジュエルシード暴走体も実際は自分の手で封印している。スマイル海鳴で起こったと言う爆発が少し気にはなるが、ジュエルシードについてはクルスの方から管理局へ話が行っている筈だ。此方もそう時間がかからず解決するだろう。しかし、悪魔や魔法に関わって、傷を、それも精神的に深い傷を負ってしまったアリサに対しては何の解決策も浮かばなかった。

 

(気にしなければいいのだろうが……)

 

 今日はアリサも普通に登校していた。いつも通り、孔の事は無視していたし、すずかやなのはと普通に喋っている。すずかは少しぎこちない感じはしたが、それでもいつも通りの範疇だろう。しかし、昼休み、萌生と一緒に教室に戻る途中、何処か責めるような目で孔を見て、

 

――早く、殺してよ、化け物

 

 そう呟いたのが聞こえた。暗い声だった。孔には、それが魔法だけでは説明できない力を持つ記憶喪失の自分に対する呼び掛けのように聞こえた。

 

(……化け物、か)

 

 自分は何者なのか。長らく平穏に浸かって忘れていたその問いを思いだし、孔はアリサを無視しできない自分に気づいていた。

 

 

 

「ねえ、ねえってば! 孔お兄ちゃん、聞いてる?」

 

 そんな孔にアリスが声をあげる。

 

「うん? あ、ああ、すまん。聞いてなかった」

 

「もう! 神社でお友達になったマヤさんにパスカル会わせたいから、連れてっていいって聞いたんだよ!」

 

 正直な孔に頬を膨らませるアリス。孔は苦笑しながらようやくアリスの相手を始めた。

 

「ああ、別にいいけど、ちゃんと面倒見て迷惑がかからないように」「やあ。今帰りかな?」「……寺沢警部?」

 

 しかし、孔とアリスの話を遮る様に車が止まり、昨日の警部がウインドウを下げて話しかけてきた。

 

「どうしました? また聞きたいことでも?」

 

「ああ、リニスさんにも聞いたんだが、噂の化け物以外に変なモノは見なかったかい?」

 

 見た目こどもの孔には軽い調子で聞いた方が効果的だと思ったのか、いかにも簡単な質問であるかのように聞いてくる寺沢警部。それとは対照的に、やましいものがある孔の方は心中穏やかではなかった。リニスと証言が食い違っては不味い。

 

(……リニス、聞こえるか?)

 

(コウですか? どうしました?)

 

 故に、念話を使ってリニスに問いかけた。警部が帰りに質問してきた事を告げる。

 

(それでしたら、様子のおかしいな犬を見たと言っておきました。あと、病院で治療中の犬が逃げ出したんじゃないかと)

 

「特には……いや、様子のおかしい犬を見た、かな?」

 

 リニスの念話を聞きながら、警部に答える孔。警部は続ける。

 

「ふむ。それを追い払ったのも君かな?」

 

「いや、追い払ったというか、炎に驚いて逃げていったというか……」

 

 まさかケルベロスのブレスで灰になったとは言えない。適当に誤魔化しつつ返事をする。

 

「そうか……いや、有り難う。参考になったよ」

 

「そうですか(……何とか誤魔化せたよ。有り難う、リニス)」

 

(いえ。それより、今買い物で近くまで来ていますから、せっかくなので合流しますね)

 

 危機を脱した孔は念話でリニスに礼を言う。そこへ、アリスが服を引っ張ってきた。

 

「ねえ、孔お兄ちゃん! まだぁ? 早く行かないとマヤさん帰っちゃうよ?」

 

 孔に無視されてご機嫌ナナメのところに、第三者が出てきて我慢できなくなったらしい。苦笑いする警部を横に、孔は内心別れるきっかけが出来た事に喜んだ。アリスのワガママもたまには役に立つ。

 

「じゃあ、我々はここで失礼するよ。呼び止めて悪かったね」

 

「いえ、捜査、頑張ってください」

 

 運転席のリスティに車を出すよう合図する警部。それを見送るアリス。ようやく終わったとほっとする孔。しかし、

 

「ねえ、孔お兄ちゃん、あれ、何?」

 

 アリスが指差した先には、車の後ろに腰かける悪魔、それもいつぞや時の庭園で見たグレムリンがいた。

 

「なっ! 警部! 寺沢警部ーっ!」

 

 咄嗟に駆け出し後を追おうとする孔。追いかける孔に気付かないのか、距離は開き続ける。魔法でも使わない限り追い付けないだろう。人通りの多い白昼の街道ではそんなものは使えない。

 

「孔、乗ってくださいっ!」

 

 そこへ、リニスがバイクに乗りつけた。

 

「いつの間に免許を?」

 

「施設で働きはじめてからです。毎回移転していて、ばれたら事ですから」

 

 バイクに乗りながら聞く孔に答え、リニスは車を追うべく、バイクを走らせた。

 

 

 † † † †

 

 

「相変わらずこどもらしくない反応でしたね」

 

「ああ、随分と警戒されていたな。嘘をついている感じじゃなかったが、どうにもまだ何か知っているような感じがするな」

 

 車の中。悪魔が見えないのか、寺沢警部とリスティは孔への感想を言いながら、車を走らせていた。警部の長年の勘が、孔の何処かよそよそしい雰囲気を敏感に感じ取っていたのだ。

 

「しかし、まだ卯月君は小学生でしょう? 証言にも矛盾はありませんでした」

 

「まあ、そうなんだがな。どうにも慎重な受け答えされると疑っちまうんだ。お前は何か感じなかったのか?」

 

「確かに、普通のこどもとは違うという印象は受けました。心もよく分からなかったし……」

 

 こどもとはいえ、孔の異常ともいえる理知的な振る舞いに違和感を拭えない警部。この違和感が何か重要な手がかりに繋がっていると経験で知っていた。

 

「誰かに何か言われてああいう態度をとってるんじゃなきゃいいんだが」

 

「しかし、あのリニスさんも嘘を言っているという感じは受けませんでしたよ?」

 

「ああ、そうだな。案外あの超常現象がうんぬんと言うのが真相かもな」

 

「しかし、那美……神咲家はそんな化け物は知らないと言っていました」

 

「退魔師の一族、か。しかし、裏の世界も広いから……うん?」

 

 警部は不意に言葉を止めた。車のフロントガラスに吊るしてあった御守りの紐が切れたのだ。不吉な空気を感じながら拾い上げる警部。そこへ、リスティが声をあげた。

 

「っ! 寺沢さんっ! ブレーキが効かなくなってる!」

 

「何?! サイドはどうだ?!」

 

 寺沢警部に言われて、慌ててサイドブレーキを倒すが、車は止まらない。

 

「ダメです! 止まらない!」

 

「バカな! 交差点に突っ込む気か?!」

 

 目の前には交通量の多い交差点。信号は赤だ。リスティは咄嗟にハンドルをきり、電信柱に車をぶつけて強引に止めた。轟音と共にへしゃげる車体。2人は衝撃が襲いかかってくると同時にドアを開け、外へと飛び出した。

 

「っち! 全く、やってくれるぜ」

 

 電信柱にめり込んだ車を見ながら呟く。リスティも幸い怪我は無いらしく、こちらへ駆け寄ってくる。

 

「寺沢さんっ! 大丈夫ですか!?」

 

「ああ、俺の方は大丈夫だ。しかし……」

 

(これは本当に超常現象を疑わんといかんな)

 

 手の中の御守りを見ながらそんな事を考えていると、バイクの音が聞こえた。

 

「警部! 大丈夫ですか?」

 

 孔とリニスだ。バイクを近くに止め、警部に駆け寄る。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「リニスさん達はどうしてここへ?」

 

「信じられないかもしれませんが、車の後ろに腰かける悪魔みたいなのが見えたんですよ。それで追いかけて来たんです」

 

「悪魔、ね。ボクは何も見えなかったが……」

 

「私も悪魔なんて信じていませんでしたし、見間違いかと思いましたが、あんな事があった後ですので……」

 

 疑問を口にするリスティとそれに答えるリニス。そこへ、寺沢警部が口を挟んだ。

 

「……いや、リニスさん。詳しく話を聞かせてくれ」

 

「警部?!」

 

「……リスティ、署に連絡して車の処理を頼んでくれ。俺達は喫茶店で聞き込みをしてるって言ってな」

 

 驚くリスティを横目に、寺沢警部は孔とリニスを近くの喫茶店へと誘った。

 

 

 

「……成る程、そのグレムリンみたいな悪魔が車に座っているのが見えた訳か」

 

「ええ、それで2人で追ってきたんです」

 

「そうか……」

 

 喫茶店。一通りリニスの話を聞いて、寺沢警部は黙って何か考えている様子だった。リスティも隣でメモを取りながらじっと考え込んでいる。リニスと孔も考えを纏めながら念話を交わしていた。

 

(あのグレムリン、時の庭園に出たのと同じだった。あの時もスティーヴン博士は何者かが悪魔を呼び出したと言っていたが……)

 

(プレシアを追って地球に来たんでしょうか?)

 

(分からん。たまたま同種の悪魔を使っているだけかもしれない。だが、何れにせよ悪魔を使う何者かが事件の裏にいると見た方がいいな)

 

(そうなるとこの2人は危険ですね。すみません。やはり悪魔の事を告げたのは軽率でした)

 

(……いや、ジュエルシード暴走体の事を知った時点で、捜査を続ければいつか悪魔の存在に気付くか、その前に殺されるさ。告げた事そのものを気にする必要はないよ)

 

 軽率さを謝るリニスを軽くフォローし、前の2人を見る孔。事実、警部達がある程度理解を示している事もあり、下手に誤魔化さなかったのは失敗とは言い切れないだろう。

 

(いっそ、この人達が悪魔の事を知ってれば楽なんだがな)

 

 そんな事を思いながら、沈黙を破るべく口を開く。

 

「寺沢警部、この事故……」

 

「ああ、分かってる。何者かに狙われた様だな」

 

 険しい顔でそう返す警部。しかし、こどもの前でこれは不味いと思ったのか、すぐに元の気さくな調子に戻って言う。

 

「しかし、バイクに乗るならノーヘルはいかんな。君が狙われていたら大変だったぞ」

 

「あ、すみません」

 

「まあ、今回は大目に見よう。化け物については此方でも心当たりを探ってみるつもりだ」

 

「心当り、ですか?」

 

「ああ、超常現象に詳しい人が俺の知り合いにいてね。あと、神社に勤めてるリスティの知り合いが詳しい」

 

 横でうなずくリスティ。孔は警察がそんなオカルトチックな捜査をするとは思っていなかったため、驚いた顔をしていた。

 

「意外かな? だが、君が見たような悪魔の目撃例は結構前からあるんだよ。それへの対策は講じられているというわけだ。君達も、誰かそう言う関係でよく知っている人はいないかな?」

 

「それは……」

 

 一人、赤い服の紳士が思い浮かんだ。ここ数年は会っていないし、連絡の取り方も知らない。プレシアに聞けば分かるだろうか。

 

「……ふむ。心当りがあれば、教えて欲しいんだが」

 

「スティーヴン博士という悪魔の研究をしている人物がいます。もう何年も会っていませんし、連絡先も分からないのですが……」

 

 そんな警部に敢えてスティーヴンの名前を出す孔。恐らく他の次元世界にいるであろう博士の行方は、通常の捜査では掴めないだろう。しかし、スティーヴン博士の捜索で悪魔から目をそらせるかもしれない。仮に、行方を掴めるなら魔法関係者が警察にいるという事だ。そうなれば悪魔の事も正直に話して捜査に協力すればいい。

 

「ふむ。そうか……。ありがとう。参考になったよ」

 

「いえ。お役に立てれば……」

 

 会話を終えて、喫茶店から出る4人。外は夕暮れの闇に包まれていた。

 

「お、すっかり遅くなってしまったな。せっかくだし、送っていこうか?」

 

「そんな、悪いですよ」

 

「リスティなら兎も角、こどもに女性が歩いていては危険だろう?」

 

「いえ、バイクもありますし……」

 

 そう言って、ヘルメットを掲げて見せるリニス。

 

「そういえばそうだったな……しかし、リニスさん、なぜヘルメットに帽子なん」「寺沢さんっ!」「あ、いや、別にお前が女性らしくないと言ってる訳じゃないぞ?」

 

 話の途中に声をあげたリスティに言い訳を始める警部。しかし、リスティは山の方を見上げて言った。

 

「違います! 山が、神社が燃えてるんです!」

 

 

 † † † †

 

 

「さあ、ここなら遠慮なく魔法の練習が出来るよ」

 

「うん!」

 

 時は僅かに遡る。放課後の裏山。なのははユーノに導かれ、魔法の練習をしていた。町から見えてしまうためユーノが結界を張る必要はあるが、山中の開けた場所は練習にはもってこいだ。

 

「まずはデバイスをセットアップするんだ。起動ワードは覚えてる?」

 

「えっ! あんな長いの覚えて無いよぉ……」

 

 デバイスをユーノから渡されてまだ2、3日。デバイスの起動ワードを未だ覚えていないなのはは、涙目になりながらユーノを見返す。

 

「じゃあ、僕に続けて」

 

 そんななのはをユーノが補助する。なのははうなずくと、ユーノ、否、ユーノに取り憑いた悪魔に導かれて契約ワードを口にした。

 

「我、使命を受けし者なり。

 

 契約のもと、その力を解き放て。

 

 風は空に、星は天に。

 

 そして、不屈の心はこの胸に。

 

 この手に魔法を。

 

 ――レイジングハート、セットアップ!」

 

《Yes, My Master.》

 

 なのはの起動ワードと共に、ユーノが渡したデバイス、レイジングハートが起動する。桃色の光が引くと、聖祥の制服をイメージしたバリアジャケットを身に付けたなのはが立っていた。

 

(相変わらず素晴らしい魔力だ。やはり人間には勿体ない……)

 

 悪魔はそれを見て口元を歪めた。普通ならこのまま喰らってしまう所だが、今は別に働いて貰わなければならない。

 

「なのは、昨日練習できなかったけど、今日は魔力の拡散をやってみよう」

 

「かくさん……?」

 

「この間やった魔力の集束の逆で、広く薄く広げるんだ。うまくすれば、その魔力に反応して、ジュエルシードを見つけられるかもしれない」

 

「でも、どうすればいいの?」

 

 首をかしげるなのはに、ユーノは魔法の使い方を説明していく。

 

「何時ものように、レイジングハートに向かって、イメージを送るんだ。今回は輪が広がっていくようなイメージをすればいい」

 

「うん、やってみるよ!」

 

 勢いよく返事をするなのは。しばらく考えるような仕草をしていたが、やがてなのははデバイスを掲げた。

 

「……お願い、レイジングハート!」

 

《Yes, My Master》

 

 インテリジェント・デバイスであるレイジングハートはなのはのイメージを形にし、魔力を放出する。桃色の輪がなのはを中心に広がる。しかし、それはガラスが割れるような音を立て、1メートル程で砕けてしまった。

 

「あ、あれ?」

 

「少し魔力が強すぎ、かな? こうするんだ」

 

 お手本とばかりにユーノが魔力光を出して実演する。緑色の光が水の波紋のように広がり、周囲へ延びていった。病院でジュエルシードを強制的に発動させた時と同じだ。

 

「わぁ……」

 

 なのはが感嘆の声をあげる。もっとも、魔力制御がうまいのに感心したというより、広がっていく魔力光が綺麗に見えたせいのようだが、

 

(これでジュエルシードが動けば楽なのだが、そうはいかぬか)

 

 そんななのはを横に、ユーノ、というかユーノにとり憑いた悪魔はそんな事を考えていた。

 

(病院で使ったときはうまく近くに転がっていたからいいが、この体では使える魔力が少なすぎるな。連発は出来んか。何年たっても人間というのは不便なものだ)

 

 心の中で愚痴を言う悪魔。ジュエルシードは上手く海鳴に落ちるよう誘導されているので、そう遠くまで行っていない事は間違いないのだが、それでも海鳴という範囲は広い。

 

(まあ、この少女を使えるようにするしかない、か)

 

 気をとり直してなのはに目を向ける悪魔。練習の再開を促す。

 

「……さあ、やってみて?」

 

「うんっ!」

 

 再びうなずくなのは。魔力の輪を広げ始めた。

 

 

 

「やった! 出来たよ!」

 

(ふむ。魔力制御は上手くこなせている様だな。才能はあった、というところか。これは都合のいい道具が手に入った)

 

 なのはを分析しながらほくそ笑む悪魔。続けて指示を出す。

 

「じゃあ、なのは。今度はもっと広げてみて? 今度こそ、ジュエルシードが反応するかもしれない」

 

「うん!」

 

 なのはは再び魔力の輪を広げる。

 

 そして、強い魔力を感じた。

 

「……っ! 今のって……!」

 

「ああ、ジュエルシードが発動したんだ。神社の方だね」

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――

愚者 橿原明成
※本作独自設定
 海鳴市の高校、私立風芽丘学園の世界史教諭。過去には大学で歴史学を専攻、様々な遺跡やオーパーツを調査してきた。過去に学者を目指していたが、彼のいう「遺跡が語る真の歴史」はあまりにも主流な学説と乖離しており、書いた論文の多くは失笑とともに無視され、結局学問の道は断念。しかし、現在でも歴史研究は続けており、息子のために「真の歴史」を残そうと日々怪しげな本を書き続けている。

愚者 須藤竜也
※本作独自設定
 私立風芽丘学園に通う高校3年生。通っているといってもほとんど授業には出ていない。政府高官である須藤竜蔵の息子であり、幼少の頃からいわゆるエリート教育を施されてきた。親の世間体を優先するその教育は、こどもだった彼に悪戯の一つも許さず、精神を圧迫していった。結果、そのストレスを誤魔化すために、物心ついた時から聞こえるようになった何かの「声」に導かれて犯罪に走ることになる。

――元ネタ全書―――――
スマイル海鳴
 ペルソナ2。爆弾テロの標的にされたスーパーマーケット、スマイル平坂から。食料品売り場の小物が地味に複雑で、マップを埋めるのに苦労したのは私だけじゃないはず。

警部! 寺沢警部ーっ!
 やはり御祗島千明版の漫画『真・女神転生』より。寺沢警部を友人のバイクで追いかけるシーンから。同作でも警部はこれをきっかけとして事件に巻き込まれていきます。

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