黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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動かざる事 山の如し

両チーム共にOFで堅実性を高め、無難な立ち上がりを見せていた。

DFに関しては、英雄のフェイスガードにより洛山OFの選択肢を狭めているのだが、明確な成果は出ていない。

ボール運びを代行する実渕と日向の1対1になる事が多く、おしいところまで迫っても結果として失点を抑えられない。

 

「っ!」

 

黒子からパスを受け、日向がシュートを打った。

どれだけ厳しくマークをしても、黒子を中継させればシュートチャンスは作り出せる。

反応の遅れた実渕は直ぐに反転し、手を伸ばして迫る。

 

「「リバウンド!」」

 

未だ距離間を掴んでいない日向のシュートはリングに嫌われた。同時にゴール下の木吉と根武谷が体に力を入れる。

単純な力が物を言うボックスアウトでは、ジリジリと根武谷が有利なポジションを奪っていく。

 

「っぐ(寄り切られる)」

 

根武谷が内側に、木吉が外側にと、力比べの結果が出始めた。

 

「おらぁっ!」

 

ボックスアウトで勝利した根武谷は、力で木吉を押さえつけながら、ボール目がけて先に飛び上がる。

木吉は体勢を崩しジャンプ出来ない。咄嗟に伸ばした片腕も空しく、根武谷にリバウンドを奪われた。

 

「よっしゃぁあ(速攻、イケるか)」

「駄目よ、永吉。無理しないで」

 

ボールを抱えて速攻のチャンスを窺った根武谷を、実渕が冷静に嗜めた。

つい先程受けた英雄のスティールを警戒した為の判断である。

誠凛がDFに戻る時間を与える事になったとしても、今は堅実にゲームを作るべきなのだ。

その通りに、戻る木吉を見送った後に、根武谷は実渕にパスを出す。

 

「っち。なんか調子出ねぇな」

 

「口にするんじゃないわよ。みんな同じなんだから。多分、向こうもね」

 

両チームのPGが攻撃参加出来ない為、互いのOFは停滞気味になっている。

全ては英雄のフェイスガードから始まっており、割と荒っぽい根武谷にとってもややこしい展開だと言える。

第1クォーターは、特別な手立ての無いまま様子見と決まったばかりなのだが、速攻も出せなくなるとストレスも溜まってしまう。

そんな愚痴を聞いた実渕はやはり冷静に嗜めた。

 

「何か、つまんないね」

 

客席から試合を眺めていた紫原は、思った感想をそのまま言葉にした。

キセキの世代の1人として、結末を見届けようと柄にも無い理由で来ていたのだが、表情も内心も冷めていた。

 

「決勝の序盤なんてこんなもんだろ」

 

展開はスローペースで、ハーフコートバスケットがほぼ全て。

動きは硬く、どちらのチームも『らしさ』が無い。

福井の意見が分からなくもないのだが、面白くないと言うのも的を射ている。

 

「(第1クォーターは、このままじゃろうの)」

 

「(誠凛はタイガ。洛山は実渕を起点に得点を重ねている。一見、互角に見えても有利なのは洛山。動かないのではなく、動く必要が無い)」

 

岡村と氷室は、洛山の対応の意味合いを考えていた。

丁度、行われている洛山のOFは、実渕・葉山・根武谷を中心になっている。

パスを回して、再び実渕がボールを持ったところから始まり、持ち前の高い個人技を生かしてチャンスを作る。

客観的な実力差から、日向と実渕ではミスマッチを言わざるを得ない。

既に3Pを決めている事もあって、精神的にも実渕が優勢となっている。

対して誠凛は、バランス良くバスを配給しているのだが、フィニッシュの部分で上手く行かず、最終的に火神が無理やり決めているのだった。

ペース配分と今後の展望を考えると、分が悪いのは誠凛。

 

「黛さんナイス!」

 

葉山のパスで抜け出した黛が、レイアップを決めて追加点を挙げる。

そして、続く誠凛OF。

 

「火神っ、もう少し中だ!大丈夫っお前ならやれる!」

 

赤司のマークでOF参加が難しい英雄は、少しでも変化をつけようと声を出す。

火神をいつもより内側の位置に入らせて、木吉と2人でインサイドを攻める。

 

「おおっ!」

 

不慣れでも、迷わず指示に従いポストアップ。

10cmの差とパワーで押し切れば、多少の雑さは問題ない。

 

「(やはりインサイドか)」

 

これだけベターな作戦に、赤司は当然の様に気付く。

英雄が余計な事をしない様に、厳しく距離を詰めた。

 

「(テツ君の乱用もよくないけど、順平さんも狙われてる)くそっ何とかしなきゃ」

 

黒子を中継点にすれば、パスを回すのは楽だろう。

けれど、火神の体力同様に、ミスディレクションの浪費もなるべく控えておきたい。

消去法で日向からパスをいれて欲しいところだが、これも実渕に勘付かれており、中へのパスは簡単に通せない。

 

「行かせる訳がないだろう」

 

フォローに行こうとした英雄の進路を防ぐ赤司。

英雄のフェイスガード分を丸々やり返し、英雄のやりたい事をやらせない。

 

「理解しろ。これが僕と、お前の差だ」

 

赤司と英雄。

行っている事は変わらない。同じだからこそ、差が如実に現れていた。

両者ともDFに比重を置き、ボールを持つ時間が少なくなっている。

しかし、赤司は完全に押さえられている訳でもなく、実渕へのアシストも決めた。

対して英雄は、ボールを持っても直ぐにパスを出しており、まともにプレーが出来ていない。加えて、そのパスも奪われない為の逃げであり、OFに関しては他のメンバーに丸投げしているだけ。

 

「キャプテン!」

 

結局黒子に頼り、インサイドへとパスを送った。

インサイドに入ってきた火神ではなく、根武谷からのチェックが甘くなっていた木吉にパス。

 

「なろっ(火神は囮かよっ)」

 

パスを受けた木吉が、そのまま根武谷の内側に入り込んでショットを打つ。

根武谷が直ぐに肉薄しプレッシャーを掛けてくるが、シュートコースに届かない。

 

「(いいパスだ。黒子は集中できているのか?)」

 

火神と葉山の身長差を逆手に取った黒子の判断。

ここだけ見ればいつも通りに見えなくも無いが、黒子は表情に出ないタイプであり、実際のところは分からない。

プレー自体に問題は出ていないものの、あくまで今のところの話である。

 

「ナイスです」

 

「おうっ。良いポジショニングだったぞ」

 

根武谷の意識を引いた事により、チャンスは生まれた。

ポストスキルに不安があっても、誠凛の得点源を担っているか火神がポストアップすれば、木吉が楽になる。

そして、不安の部分は英雄の指示でカバーできている。

 

「(落ち着け。今はこれしかないんだ)」

 

しかし、英雄の顔色は優れなかった。

ある程度、予想していた事なのだが、赤司にフェイスガードをしていても追い縋るのがやっと。

 

「(これは、不味いんじゃないか?)」

 

外から見ていた伊月にも、状況の悪さが良く分かった。

赤司のマークにより、英雄が思うようにプレー出来ていない。OFの起点が潰されて、黒子以外にインサイドへパスを送れない。

そして、日向について。

日向の復調は、誠凛が勝つ上で必須である。しかし、その兆しは未だに見えない。

このまま待つべきなのか。それとも、1度ベンチに戻すべきなのか。判断は非常に難しい。

 

「(カントクは動かないのか。黒子に頼りきりだと後が苦しくなるだけなのに)」

 

英雄のフェイスガードに、洛山は早くも順応し始めている。

このまま主導権を渡してしまう訳にはいかないが、リコに動く気配はない。

あえてそうしているのか、試合が見えていないのか、不安だけが募る。

 

「......英雄」

 

誠凛がマンツーマンDFをする限り、洛山は実渕を起点としてOFを展開した。

じっくりパスを回したかと思えば、今度は日向との1対1を仕掛ける。

 

「っぐ」

 

「(甘い。隙だらけね)」

 

中学時代、チームのエースとして張ってきた実渕は、3Pだけでなくドリブルスキルも兼ね備えている。

葉山程でなくとも、日向にしてみれば変わらない。堅実なパス回しからリズムを変えたドライブは止められないのだ。

火神のブロックを警戒し、木吉がヘルプで出てくる前に、ドリブルストップからのジャンプシュート。背後から日向が手を伸ばしても、高い打点に手が届かない。

 

「いいなー。俺ももっと攻めたいのにぃ」

 

「はいはい。文句言わないの」

 

3Pを決めてから、徐々に調子を上げてきた実渕を羨ましそうにする葉山。赤司のOKが出れば直ぐにでも1対1を仕掛けるだろう。

尤も、現状では有り得ないので、実渕は適当に相槌を打つ。

 

「(くそっ。何やってんだ俺は!もっと集中しろっ!)」

 

DFの穴と定められ、徹底的に責められている。

これを屈辱と言うのは傲慢かもしれないが、全く付いていけていない自分に対して苛立ちが抑えられない。

 

「カントクっ、日向を1度下げるべきだ!このままじゃ」

 

伊月には、日向が空回りしている様に見えた。

勝つ気がない訳ではなく、寧ろ必死になってプレーをしている。

しかし、シュートは入らず、DFも反応が遅い。

実渕が上手だとしても、簡単に振られすぎている。悪循環に陥る前に手を打つべきなのだ。

明らかに何時もより判断が遅いリコに向かって、伊月は意見をぶつけた。

 

「っえ...あっ、そうね」

 

判断が遅いどころではなかった。

周りの観客と同様に眺めているだけで、リコの頭は試合展開を追えていない。

 

「(駄目だっ、俺が何とかしないと...!)水戸部。悪い、準備してくれ」

 

事情は察するが、今のリコにこれまでの様な采配は期待できない。

必要なのは変化。空気を入れ替え、組み立て直し、傾き始めた流れを押し戻さなければならないのだ。

予想以上に早い出番がやってきて、伊月自身も不安を抱いている。

 

「大丈夫。気持ちだけは準備出来てる、だって」

 

水戸部に代わって、小金井が返事。

名前を呼ばれた水戸部はスクリと立ち上がり、ジャージを脱ぎ伊月から作戦を受けた。

 

「...それよりさ。全力で英雄に乗っかった方がいいんじゃないか?素人考えなんだけど」

 

「......いや、悪くないな。だったら......カントクっ」

 

序盤の主導権争いに駆り出され、これからしんどい目に合うと言うのに、水戸部の態度から不安は見て取れない。

小金井もチームの1人として、ゲームを見つめており、自分なりの意見を言った。

この落ち着き様に少し驚きながらも、伊月はすぐさま行動に移す。

 

「このっ(マジで見えねぇ!)」

 

フリーでパスを受けた黒子のファントムシュート。根武谷のブロックに止められなかったが、リングに弾かれた。

 

「リバウンド!」

 

黒子のシュートは入らなかったが、木吉がリバウンドを奪った。

木吉の着地に合わせて根武谷が迫り、木吉のシュートに手を伸ばす。

 

「(ここで『後出しの権利』かよっ)」

 

ギリギリのタイミングでパスに切り替え、根武谷のブロックを再びかわした。

 

「ぅわっ(やっべー)」

 

空いたスペースで火神がパスを受けて、一瞬でゴールまで迫る。マークの葉山は慌てて追うのだが、内心でもう無理だと思った。

そして、思った通りに火神が切り込み、レイアップを決めた。

 

「小太郎」

 

「ホントっごめん!」

 

試合が始まってから、葉山の見せ場は無く、寧ろミスを連発していた。

流石に赤司が注意に向かう。

 

「満足に攻められないとは言え、DFが問題ありだぞ」

 

「挽回するからさー。交代は勘弁!」

 

懲罰後退を恐れ、必死に懇願する葉山。

葉山の得意分野はOFにあるのだが、マッチアップを任せているのだから、それなりに対応してもらわなければ困る。

一定の事が出来ると思って任せているが、出来ないなら交代も止む無し。

 

「ゴール下ならともかく、平面で簡単に負けるな。第1クォーターは見逃してやるが」

 

「大丈夫だ、って!!」

 

2人の会話が終わる前に、英雄が割って入る。パスを受けられない様に、距離を潰しへばり付いた。

 

「行けっ小太郎。こっちに構うな」

 

「お、おお!(近くで見たけど、気合すごっいな)」

 

赤司に従いOFに向かう葉山は、間近で英雄の顔を見た。

事前のスカウティングで抱いたイメージとは違い、気合が顔に出ていて、必死な様子が伝わってくる。

 

「さぁ、精々付いてくるがいい」

 

「言われなくても...!」

 

OFも何とかしなければならないが、先ずはDF。どんな戦略を立てようが、赤司に好き勝手させれば効果はなさない。

ボールを持っての仕事が出来なくても、差が明確化しようとも、ここだけは譲れない。

 

「DF!先ず1本!」

 

木吉の声でスイッチを入れ、それぞれのマッチアップに向かい合う。

Cを中に残し、残り4人は外にポジションを取るところから始まる。インサイドに広がっているスペースを使おうと、葉山や実渕が狙っていた。

 

「(レオ姉の突破で、意識が向くと思ったんだけどな)」

 

「(くそっ。チョロチョロと...気が抜けねぇ!)」

 

火神との勝負を止められている葉山は、隙を突こうと常に窺っている。それによりヘルプに入るタイミングが遅れ、何時もの様なブロックにいけないのだ。

 

「小太郎!」

 

根武谷が火神にスクリーンを仕掛け、火神に肉薄した。

 

「気が利くじゃん!」

 

「マズっ!」

 

エンドライン際に抜け出した葉山に追い縋ろうとするが、根武谷に押さえつけられて動けない。葉山のバックドアに実渕がパスを合わせて、絶好の得点チャンスが訪れた。

 

「火神、スイッチだ!」

 

スペースを得た葉山を止めるのは難しいが、こうなれば木吉が対応するしかない。

ゴールまでの最短距離に体を張って壁を作り、葉山の次のプレーを予測する。

 

「(右か左か...いや、下っ)」

 

木吉が予測した切り返しではなく、葉山は懐に飛び込んできた。低いダックインからステップイン。シュートへの予備動作が小さく読みづらい。

 

「(際どい...!だが、まだ届く!)」

 

この体勢からはリバースショットしかないと考え、身長差を生かして左手を大きく伸ばす。

しかし、葉山のシュートはやってこず、逆サイドにいた実渕にパスが通った。

 

「実渕!?」

 

根武谷のスクリーンで抜け出した葉山がドリブルで突っかけて時間を作り、コーナーにポジションを移した実渕にリターンパス。

個人技だけじゃない。根武谷・葉山・実渕の織り成すトライアングルは強力無比。

京都府予選を含めて、ほとんどの試合をこの3人で勝ってきた。

 

「(こんな簡単に振られて...マズイ!)」

 

葉山のバックドアに気を取られて、実渕へのチェックを怠った。

実渕に何度も狙われて、これ以上ヘマは出来ないと、駄目もとで手を伸ばした。

 

「(フェイク...これは!?)」

 

沈めた状態から浮かび上がる実渕にブロックを狙ったが、再び沈み込む実渕の笑みが視界に映った。

そして誘いだった事に気付くが、焦ってほとんど体を投げ出した為に、身動きが取れない。

無防備になった日向にわざとぶつかり、少し前のめりの体勢でショットを放つ。

 

『ファウル!黒4番!バスケットカウント、ワンスロー!』

 

全国屈指の3Pシューター・実渕が持つレパートリーの1つ。ポンプフェイクで引き付けて、ファウルを貰いながら決める3P、『地』

 

「(しまった...!)」

 

「集中が足りてないわよ。事情は知らないけど、甘いんじゃないの?」

 

準決勝で確認していたはずなのにも関わらず、冷静さを欠いて4点プレイを許してしまった。

そして、洛山は日向の不調に気付いている。徹底して実渕にボールを集めたのも、これが根拠となっていた。

 

「ドンマイっす!ファウル1回くらい」

 

多少の点差がついてしまうのは良いが、気持ちが切れる可能性がある。

今のプレーは仕方ないと、切り替えを促す英雄の言葉を遮る様に、ブザーが鳴った。

 

「えっ...!」

 

IN 伊月  OUT 黒子

IN 水戸部 OUT 日向

 

直後に、審判席からメンバーチェンジが言い渡される。

 

「日向!黒子!交代だ!」

 

「どうっ...何で、何で俺が!?」

 

サイドラインに立つ2人の呼びかけに反発する日向の脳裏は、真っ白に染まる。

 

「頭冷やせよ。霧崎第一の時と同じ事をしたいのか?」

 

実渕への対抗心。英雄に対する摩擦。チームの劣勢。

感情がぐちゃぐちゃになり、判断能力は低下の一途を辿る。

 

「だけどっ。待てよ、俺はなぁ!」

「下がってくれ!1度、頭を冷やそう」

 

伊月は肩を掴み、しっかりと目を合わせた。

やる気に水を差したくて言っている訳ではない。日向の力が必要でも、この状況を放置できないのだ。

変える為の1つとして、日向の交代は免れない。

 

「少し偏重になってるからやり方を変える。黒子も従ってくれ」

 

「...はい」

 

黒子が素直な態度を取った。

未だ底が見えない洛山を相手に、必ず来る勝負所では黒子にいて欲しい。

結局、早いか遅いか。どこかでやらなければならないのならば、出来る内にやっておきたい。

 

「頼む。ここは我慢してくれ。頼むっ」

 

「......分かったよ」

 

このタイミングで黒子を下げる理由は無いが、日向を下げる空気を作る為に一時温存と言う形を取ったのだ。

 

「(つまり、俺は気を使われたって事か)」

 

そして、日向は気付いていた。伊月の気配りも、プレーの質が悪い事も。

 

「(切り替えろっ、切り替えるんだ)」

 

 

 

 

「(そうか。誠凛が先に動いたか)」

 

誠凛ベンチで揉めていた時、赤司は冷静に流れを見ていた。

交代から意図を読み取り、先の展開が頭を巡る。

 

「全員聞け。少し早いが、こちらも動くぞ」

 

過去の勝ち方が、必ずしも適切なものとは限らないのだ。

コート上では、厳密に同じ状況が存在しない。臨機応変こそが慣用である。

 

「えっ?いいの?」

 

「顔に出すぎよ」

 

今にも万歳をしそうなほど、大喜びで赤司の言葉を受け止める葉山に、実渕はそれとなく釘を刺した。

 

「そろそろ木吉ぶっ潰したいと思ってたトコだしな」

 

「ねー、永ちゃん」

 

葉山は構わず、根武谷と意気投合。八重歯を晒して笑みを作った。

 

「...赤司」

 

「黛はまだ先だ。既に準決勝で見せているからな。時期が来れば、力を振るってもらおう」

 

簡略化された言葉でも赤司の意図は確実に伝わっており、全員が頭のスイッチを切り替えていた。

 

「(愚かな。安易な選択は、己の首を絞めるだけだと言うのに)」

 

 

 

 

「流石に日向を変えるか」

 

「フリーで外しまくってたから当然アル」

 

試合が始まってからの日向のプレーを見ていれば、納得出来る交代である。

福井や劉も疑問を抱かず、この後の展開を予想していた。

 

「(いや、早すぎる。我慢できなかったか)」

 

しかし、陽泉の監督・荒木は、この交代における問題点を見逃さなかった。

 

「(これでは、序盤でやりたかった事がブレてしまう。まさか、気付いていない?)」

 

それは、桐皇の原澤も同じ。

調子の悪い日向を一旦下げて、切り替える時間を与える。インサイド中心に攻める為に、水戸部と伊月をいれる。

狙いは分かるが、勝負を急いでいる印象を受けるのだ。

 

『ワンショット!』

 

主審からボールを受けた実渕は、時間をじっくり使って自分のリズムでショットを放つ。

リングから1番近い位置にいるのは木吉と火神。落とせば高確率でリバウンドを奪取出来る。

根武谷や黛の侵入を体を使って阻止し、期待を込めて見上げていた。

 

『決まったー!一気に4点っ!』

 

その期待も空しくリング中央を射抜き、4Pプレイが成功となる。これこそが、実渕のレパートリーの1つである『地』。

 

 

誠凛高校 7-13 洛山高校

 

 

『地』の威力も、決めたタイミングも流石の一言。

主導権を手にした洛山が、完全に勢いに乗ってしまう前に対策を講じる。

 

「1本っ、仕切りなおそう!」

 

伊月の役割は明白。

自由にプレーできない英雄に代わって、ボール運びとゲームメイクを担う事である。英雄の負担を減らして、攻守の役割をはっきりと分ければ、展開にも変化が訪れる。

そして、水戸部を加えたフロント陣で点を取る。今はとにかくインサイドで何とかするしかないのだ。

 

「さぁ、いらっしゃい」

 

洛山DFは変わらずマンツーマンDFで、伊月のマークマンは実渕、水戸部には黛が付いている。他の3名のマークは変更無し。

 

「(実渕...やっぱり隙が無い。それに)」

 

伊月と実渕。1対1を仕掛けるのは厳しい。

あわよくば、赤司がマークに来るかもと思っていたが、当然の様に英雄をタイトにマークしていた。

赤司がこちらに来てくれれば、英雄にアウトサイドの起点に出来る。

 

「今まで通りにとは、思わない事だ」

 

「...別にいいけど。火神に付かなくていいの?」

 

赤司は、伊月は勿論の事、火神のマークに行く事も無く、英雄のマークを継続した。

誠凛の得点源はほぼ火神。着実に得点を挙げ、調子は上向き。

現状、葉山とのマッチアップは効果を発揮しておらず、赤司がマークを変わると言う選択肢もあった。

しかし、赤司は英雄の前にいる。

 

「構わない。お前を先に潰しておく方が、確実に誠凛を追い詰められるのだから」

 

これまで誠凛と対峙したチームは、火神を抑える事を最優先にしてきた。それは、キセキの世代と同格である火神が、決定的場面で活躍し続けてきた為である。

だが、火神1人の力だけで勝ちあがった訳ではない。昨日の試合で黄瀬を見事に止めて見せた黒子や、要所で光る2年生達の活躍があった。

そして、どんな状況でも対応してきた英雄の存在が大きかった。本来は代えの利かない木吉や火神の温存策など、苦しい時間帯で必ず存在感を示してきたのだ。

事実、英雄に好き勝手やらせた他の強豪は、引っ掻き回されペースを乱した。

だからこそ、赤司は英雄を逃がさない。

 

「お前の狙いは分かっている。僕のスタミナを削りたいんだろう?」

 

英雄の狙いを全て看破した上で、受けて立つ姿勢を取った。

誰が相手でも完封出来ると言う自信が、やれるものならやってみろと言う意志が感じられる。

 

「そっちは俺の疲労待ちなのか...仕方ないな」

 

態々英雄に自らの狙いを教える辺り、本当に負ける可能性を微塵も感じていないらしい。

舐めている訳でも、過剰な自己評価をしている訳でもない。赤司の目には、洛山の勝ち筋が見えている。

数字で見ても点差が生まれ、洛山の優勢を証明していた。

 

「やっぱ」

 

英雄はコーナーまで走りポジションを取る。

ポジションを取った後は特に動く事も無く、チャンスを待つだけ。

 

「やっぱり、アンタを道連れにするよ」




戦術ブルース・ボウエン
効果出てないけど

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