黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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限界と戦う者達

オールコートマンツーマンではなく、ハーフコートに変更した海常。範囲を変えてもプレスDFであることに変わりは無い。

スローインの日向に対して森山が腕を大きく動かして、パスコースを寸断していく。

 

「キャプテン!」

 

それでも黒子がパスを受ける事で、より安全に体勢を整えられる。日向からのパスを中継し、伊月に渡る。

 

「(よし!)1本じっくり!」

 

伊月がキープし時間を稼ぐ間に、他の4人がポジションを変えていく。木吉がローポストに入り、日向は同サイドのアウトサイド。逆サイドに火神が向かい、黒子はフリーランス。黒子が混じる事で完全にオリジナル化した誠凛のトライアングルOF。

危険度の高い黄瀬に対して、落ち着いて攻めるにはこのフォーメーション以外に無い。

 

「(けどやっぱ、プレスキツイな)」

 

勝負所の笠松のプレッシャーを受けながらでは、キープするのも一苦労。だが、伊月がここでミスをすれば、TO直後のターンオーバーと言うチームのリズムや雰囲気までも壊しかねない事態に陥る。

キープするのはある程度で構わない。ボールを持ち過ぎる方が晒される危険も多く、パスを回してリズムを作りたい。

 

「日向!」

 

作戦に従って、右ウィングの日向にパス。連動するように木吉がハイポストに上がって、伊月も日向との距離を少し詰める。

 

「木吉!」

 

リングを目視してみたが、森山のプレッシャーも厳しくそれも難しい。シュートまでの崩しを作る為に、上から木吉にパスを送る。

木吉がキープでタメを作り、平行して火神と黄瀬の位置を確認する。手を拱いていても仕方ないが、迂闊に突っ込めば黄瀬にやられる。

実際のところ、なるべく黄瀬と距離を取っておきたいが為に、火神をややボールから遠ざけていた。黄瀬がブロックなりヘルプに来れば、逆を突いて火神にパスを出す。

シュート意識を維持しつつ、質の高いパス回しと言うのは非常に難しい事なのだが、それをしなければ本当に逆転もあり得る話なのだ。

 

「(ならば)」

 

右と見せかけて左。ポストDFで食らい付いている小堀の裏を狙ってターンを仕掛けた。マンツーマンである限り、インサイドで1対1を制すればチャンスを作るのは難しくない。

体力的にも能力的にも木吉が有利となるこのマッチアップを態々避ける理由も無い。

 

「この(やらせるか)」

 

そんな事は小堀本人にも分かっている。ここで簡単に得点を許せば、今後集中的に狙われる事になる。海常の”イケる!”と言うムードを壊す事にも繋がる為、最悪ファウルをしてでも止める覚悟で臨む。

木吉の前へとステップを踏むと同時に、ビハインド・ザ・バックパス。パスターゲットは、早川のマークをすり抜けてきた黒子。ペイントエリアの真ん中で受け、独特なフォームで構えた。

 

「(不味い『幻影のシュート』!)完全に頭から離れてた!」

 

前回と違う点は木吉の存在と黒子のシュート。陽泉との試合で見せたプレーは、昨日にチェック済みだったはずなのに、ここに来て海常の警戒網から抜け落ちていた。

遅れて早川が走り出しているが、ブロックは間に合わない。仮に間に合ったとしても、見えないシュートの対処法が確立出来ていない以上、分が悪すぎる。

 

「!!(黄瀬君)」

 

海常の誰もが失点を覚悟した。

オールコートを止めたのも、試合終盤で投入された黒子が大きな原因となっていた。ヘルプやマークの受け渡しがややこしくなり、プレスDFのデメリットだけが残るからだ。

現状、黒子を抑える事は難しく、他からの失点を抑える事で精一杯。

だが、黄瀬だけは素早く反応し、黒子の前へと立ちふさがった。

 

「(今の黄瀬なら、マジで止めかねない。だけど、パスに切り替えれば)」

 

黄瀬がヘルプに行けば、当然火神が空き、シュートモーションに入った黒子が持つ選択肢は2つ生まれる。

そのままシュートか、火神へのアリウープパスか。他へのパスコースは、角度が無かったりマークが厳しかったりで難しい。

裏をかこうと火神は逆サイドから走り出し、黒子はボールを打ち上げた。

 

「(パスかシュートか。見えなくたって、その右手の延長線上を)叩く!」

 

「なっ」

 

どちらかを読むのではなく、黒子の動きに右手を合わせ、見えないままボールを強く弾いた。

正面から叩いたボールはバックコートへと向かい、ルーズボールを笠松が追う。

 

「くそっ、戻れ!」

 

日向と伊月が自陣へと駆け戻り、少し遅れて他の3人も走る。笠松のボール確保は免れず、カウンターを防ぐ為に真っ直ぐにゴール前を目指した。

 

「っへ!(こっちは何1つ取りこぼせないんだよ!)」

 

ボールを拾って顔を上げると、伊月と日向が直ぐそこまで追いついていた。

躊躇わない笠松は、正面切って勝負に持ち込み、得点を狙う。しかし、体力の消耗が激しく、切り返しのキレもベストとは程遠い。伊月に狙い撃ちされる危険性が高い。

故に正面から、カウンターの勢いで無理やり後退させる。崩せればそのままシュート。崩れなければ味方を待ってセカンドブレイクを狙った。

 

「(くっそ、まだこんな力が)」

 

元々、力技に対して相性の悪い伊月は、疲弊しているはずの笠松に押し込まれながらシュートへのチェックを行った。

 

「先輩!」

 

そして笠松の力技キープが実を結ぶ。声だけを頼りにパスを送り、3Pラインまで追いついてくれた黄瀬へとパスを送った。

取れる点は多ければ多いほど良い。黄瀬はパスを受けて深く沈みこむ。

 

「(緑間の3P!)やらせっか!」

 

高弾道で放つには、オリジナルよりもタメが必要になる。しかし、今の黄瀬はZONEに入っており、全く同じタメで打つことが出来る。

火神のブロックは僅かに合わず、猛追を防ぎきれない。

 

「よし!これで11点差!」

「背中が見えてきた!いけるぞ!」

 

誠凛OFを止め、生まれたチャンスを自ら決めた。先程までの大差が半分にまで迫り、海常側は最高の盛り上がりを見せる。

 

「よくやった!黄...瀬?」

 

この活躍に流石の笠松も褒め称えようと、DFに戻る黄瀬の顔を見た。

笠松が見た黄瀬の顔は、試合の流れを支配した者の顔ではなかった。止めどなく汗が吹き出て、呼吸も荒く表情は抜け落ちている。

 

「お前」

 

「交代は無しっスよ。俺はまだやれる」

 

その言葉に信憑性が全く無かった。第1クォーター同様、全開のプレーは3分弱にも関わらず、消耗の早さが比べ物にならない。

『完全無欠の模倣』とZ0NEの併用は、爆発的にパフォーマンスを高める半面、その負担は今までの数倍以上なのであった。

燃え尽きる前のロウソクは燃え上がる。黄瀬は正にその状態。どう考えても最後まで辿り着きない。

 

「追いつくまで、逆転するまで、俺はやる!ぶっ壊れても構わない!!」

 

全てはチームの勝利の為に。

笠松達は、黄瀬と心中するつもりで無茶をしてきた。黄瀬もまた、明日を投げ捨てチームと心中するつもりなのだ。

万が一、最後までプレーする事にでもなれば、間違いなく黄瀬はその輝かしい才能ごと潰れてしまう。

この覚悟がZONEに入れさせたと言うのなら、なんて皮肉なのだろうか。

誠凛でも他のライバルでもなく、自らの才能に黄瀬は潰されるのだ。

 

「(どうすれば。止めるべきか?いや、無理だ。俺には出来ない)」

 

帰還を待ち望み、勝利を齎してくれると期待し、その手に託した笠松が、今更止めろなどと言う権利は無い。

 

「(ならTO...と言いたいトコだが)」

 

ならばTOを取るべきか。黄瀬の状態に動揺している自分も含めて、今一度決心を固める必要がある。

しかし、それも難しい。今から申請するとして、ゲームを切るには失点するかボールを外に出さなければならない。戦略的だとしても失点をよしと出来るほど余裕は無く、今の黄瀬なら誠凛を高確率で止める。

誠凛がボールを出すか、TOを取ってくれれば良いが、その間に黄瀬の体力は継続的に消費していく。

 

「(もう俺に判断出来るレベルの話じゃない)」

 

口には出せないが、状況を伝えるべく武内の目と合わせる。目を細めて首を軽く左右に振って事の深刻さを表現した。

交代を直接進言するのではなく、黄瀬に非常事態が起きたと伝え、その判断を委ねた。

 

 

 

「(何なのこれ?こんな状態初めて見た)」

 

海常側は誰一人として知らないが、黄瀬の状態を正確な数値で把握出来る能力を持つ人物がいる。

その目には、超絶プレーを続けるその内側で、猛毒でも受けているかのように見る見る内に弱っていく黄瀬が映っていた。

足の怪我以上の事実に、リコはキセキの世代の才能の大きさを改めて感じ取った。

 

「ってそんな事考えてる場合でもない!」

 

このまま点差が一桁になろうものなら、海常の勢いに飲み込まれる恐れがある。その前に対策の1つも打っておきたい。

TOも1つの手段だが、後々の事を考えると取っておきたい心情に駆られる。

気になるのは、ZONE状態での『完全無欠の模倣』は諸刃の剣である以上、黄瀬のプレーが最後まで続くとは思えない事。

ZONE自体は、海常にとって予想外であり、黄瀬の激しい消耗に対処など出来る訳が無い。

 

「(耐え切れば、間違いなく勝てる。だったらここで使い切っても)」

 

海常が勝利するには、まず黄瀬がいる内に逆転しなければならない。仮に逆転されたとしても、黄瀬は下がらざるを得ず、再び勝ち越しを狙える余力を誠凛は残せる。

ここからの展開は8割方予想できる。誠凛にとっての最悪のシナリオは、ここからターンオーバーを5連続で決められる事。ストレートで逆転を許せば、勝負は分からなくなるだろう。

だとすれば、リコはTOを取って耐え忍ぶ作戦を伝え、メンバーには気合を入れなおして欲しい。

 

「よし!」

 

多少らしくない、消極的な作戦と言えなくも無いが、元々万全ではない上に決勝行きが懸かっているのだ。

手段を選ぶ余裕はない。と、立ち上がったリコ。そして、ペタンと再び座らされていた。

 

「まーまー」

 

「ちょっ!何すんのよ!」

 

英雄に腕を引っ張られ、その場から動けない。何やら諭すように『まーまー』と繰り返してくるのがうざったい。

 

「リコ姉の判断は間違ってないけど、もうちょっと見てみない?」

 

振りほどこうとしても、両手でガッチリと掴まれて、やっぱり動けない。

 

「その根拠は何?」

 

「コートにテツ君がいる。ZONEにも動揺してなかったし、落ち着いて集中できてる」

 

せめて納得出来るだけの根拠を求めるリコに、英雄は黒子を指差した。

 

 

 

 

「(TOは取らないのか?正直これは堪らないぞ)」

 

なにやらベンチがざわついていても、ゲームは止まらなかった。伊月もこの場は一旦切るべきだと考えていた。

”どうする”と迷いを持ったまま戦ってどうにかなる状況ではない。

 

「切り替えろ!まだ点差はある!落ち着いて点とんだよ!」

 

全員が聞こえるように、日向は声を出しながら伊月へとスローイン。自らにもある焦りを振り払おうと海常ゴールに向かう。

まだ黒子の提案を試す事さえしていないのに、自滅するなど間抜けもいいところ。

 

「黒子!止められたからって、腰引くんじゃないぞ」

 

「はい。まだまだこれからです」

 

秋に行われたWCの東京都予選・秀徳戦のように同じ相手の2戦目では、ミスディレクションの効果時間が減少してしまう。黒子自身どうにもならない欠点であり、そして今回も当然そうなるだろうと予想できた。

その為、海常戦において黒子のパフォーマンスの底上げを、誠凛はチーム全体で行った。

黒子の出番は端から第4クォーターと決めており、更に重要なのは投入までの過程である。

実際は違ったが、序盤から終盤にかけて火神と黄瀬を中心に、試合の流れが激しく動く事は想像に容易い。そして、この2人の1対1が試合の全てになるはずもなく、他のメンバーのぶつかり合いで更に熱も帯びていく。

だからこそ、基本的な能力で劣る黒子が勝負所で投入されても意識が向かう事もなく、それまでのゲームを作ってきた人物へ集中する。

土田や伊月の積み上げてきた頑張りに報いるべく、黒子は目に見えなくとも気合を心に秘めていた。

 

「火神も頼むぞ。黄瀬と1対1で立ち向かえるのは、お前しかいないんだ」

 

日向が黒子とコミュ二ケーションを取っている中、伊月は火神に声を掛けていた。

ZONEに入った黄瀬を相手に、1人でどうにかしろとは言わないが、火神が気持ちの時点で負けていれば勝負にすらならない。

 

「俺1人じゃ何も出来ないのは悔しいけど。とりあえず、出来る事からやってみる、っす」

 

陽泉との試合で培った経験が活き、取り乱すことなく地に足をつけている。

ボールを運ぶ僅かな時間で意識を確かめあった。連続でカウンターを食らい、点差を詰められたダメージが大きかったが、これなら充分に戦える。

苦しいのは海常も同じなのだ。今は流れを掴んでいるが、1度でも押し返せればその先に勝利がみえるはず。

 

「(とにかく出来る事をやる。でも、もしそれで止められなかったら)」

 

チーム一丸、ONE for ALL。今日の誠凛は、文字通りそれを貫いている。

しかし海常もまた、全体が同じ方向を向き、勝利の為に高い献身性を見せていた。

そして、黄瀬の最後の切っ掛けが、劣勢に置かれても変わらぬ海常の奮闘だとすると、自らの提案に不安が過ぎる。

黒子は、自らの見通しの甘さを既に感じ始めていた。

 

 

 

 

「いい感じだからって手を抜くなよ!もう1本!集中だ!」

 

OFからの勢いを維持しつつ、DFにも転換出来る様に再度気を引き締める。

難度も言うが、押せ押せムードであっても、海常が常にギリギリの淵に立たされているのだ。

黄瀬の負担を和らげる為にも、先ずDFから神経を張り詰めさせていく。

 

「パス回していくぞ。セレクション乱すなよ!」

 

対して誠凛OFは、慌てず時間をじっくり使ってチャンスを窺った。

本来のラン・アンド・ガンで行きたいが、黄瀬投入後の得点はゼロ。流れは悪くリズムも悪ければ、火神でさえもシュートは入らない。

加えて、時間をかけて海常のペースを乱したい。少しでも焦ってくれれば、DFにも穴が出てくる。

伊月や火神に任せるよりも、伊月主導で再びパスを回す。

 

「(けど、黄瀬の早いヘルプに俺達じゃ対応できないぞ。火神にパスするのも一苦労だ)」

 

日向から見える逆サイドの火神もパス回しに参加しているが、少し甘くなれば即ターンオーバーとなる為、ほぼ他の4人でのパス回しが中心になっている。

火神にパスした時点でリターンよりも勝負させる方が良い。単純に1対1では分が悪く、ラストパスに工夫が欲しい。

 

「(だったら、俺達だけやるしかねぇ!)伊月!俺に打たせろ!」

 

本人には申し訳無いが、今の流れで火神に勝負をさせるのは自滅行為。1番黄瀬から距離を取る日向を起点に確率の高い選択をする。

相手にも伝わってしまうが、ショットクロックに余裕が無く、手っ取り早い意思表示をした。

 

「(んなもん、こっちも想定してんだよ)森山!」

 

想定済みの上に、あちらから教えてくれた。分かっているOFを海常が許す訳がない。

笠松が森山に指示を出し、森山がパスすら入れまいと更に厳しくチェックに向かう。

 

「(日向!)」

 

「っく!このっ」

 

森山が前へと距離を詰めれば、背後への警戒が薄くなる。木吉の独断で森山にスクリーンを掛けた。

チェックの甘くなった日向がパスを受けるが、森山がファイトオーバーで対応。木吉と小堀がリバウンドに備えてリングに向かう。

 

「(時間がねぇ!このまま打つ!)」

 

森山の対応が上手く、思ったよりも距離を空けられなかった。パスに切り替えたいが、伊月に笠松がしっかり見ており、黄瀬を気にしてインサイドへ入れるにも気が進まない。

 

「(モーションに慣れてきたのがお前だけだと思うなよ!)」

 

日向が森山の変則シュートにアジャストしつつあるが、森山も同様にタイミングを掴んでいた。

時間に余裕が無い以上、『不可侵のシュート』は使えない。間違いなくそのまま打ってくる。後は、イメージに合わせて手を伸ばす。

 

「ここだ!」

 

多少の距離は、元々の身長差で充分カバー出来る。何よりも、このままでは終わらせないという強い気持ちが、内心にある黄瀬への申し訳なさが、森山の指先をボールに届かせる。

 

「(触った!?ホントにガス欠寸前なのかよ!)リバウンドー!」

 

ボールはリングに向かっているが、このシュートは入らない。そう感じた日向は、木吉に託して声を張った。

ピックアンドロールからゴール下に向かった木吉。小堀よりも先にボックスアウトを行ったが、厄介なのは小堀ではなく早川。

 

「(2対1...正直分が悪いが、陽泉に比べれば)」

 

リバウンダー早川を軽んじる訳ではないが、陽泉のゴール下はもっと苛烈だった。

2mオーバーが3人の高校屈指インサイドを思い出せば、充分にやれるとボールに手を伸ばす。

 

「(しめた!ボールがこっちに)ぉっおおお!」

 

チャンスと見るや、バイスクローで直接捕球。

 

「しまったぁー!」

 

得意なOFリバウンドではないが、誠凛に時間を使われるのは海常をじわじわと追い詰める事に繋がる。ここで競り負けてはいけなかった。

ショットクロックは24に戻り、DFも逸って少し乱れている。

 

「(このチャンス、生かせればデカイ!)」

 

2対1でもリバウンドを取った事は、日向にリラックスを与える事になる。この流れで打たせれば、入る可能性は高い。

黒子に中継させなくても、DFにズレが生まれて時間もある。直接パスしても『不可侵のシュート』で勝負できる。

そう思った木吉は、着地後にボールを振りかざした。

 

「なっ!」

 

バチィと、音がした。

背後から弾かれボールが転がる。

あろう事か、チャンスに目が眩み、黄瀬の存在を忘れて隙を生む。

 

「(『天帝の目』で動きを見据えて、超速ヘルプ!?)いかん!」

 

驚く暇も無く、ルーズを早川がキープしすかさずカウンターへと走る笠松にパス。

 

「(これも駄目か!)くそが、戻れ!」

 

つい先程と全く同じ形。笠松と森山が先行し、スピードで火神を突き放して黄瀬が追従してくる。

 

「(追いつけねぇ!これじゃあさっきと一緒だ!)」

 

必死に黄瀬を追う火神だが、徐々に離されていく背中を見るのは何度目だろうか。

違うとすれば、笠松の疲労具合が進行している事である。笠松の生命線であるスピードを生む足が鈍くなり、日向や伊月を突き放せない。

 

「(これなら!)俺が行く!」

 

「頼む!」

 

疲労を抱えてるのは伊月も同じ。休んでいた分だけ、先に日向が追いついた。臨機応変に対応すべく、伊月は森山へとマークを変更。

 

「(この結果は悔やむ事じゃない。そうしなきゃ、黄瀬に繋げなかった)」

 

当初から不本意な展開が続き、最早満足なプレーも望めない状況に立たされもした。それでも、その選択に誤りも後悔も感じていない。

怪我によるアクシデントなんて、長いトーナメントなら有り得る話。それが自らに降りかかっただけという事。伊達に全国区のキャプテンを背負っていないのだ。

 

「(今すべきは、言い訳じゃない!)」

 

スピードが低下し、日向に立ちふさがれた。こうなっては、速攻は失敗になるだろう。ならば、少しでも前に進んでアーリーOFで勝負する。

結局黄瀬頼みなのも、普段先輩ぶった分だけ情けないのも理解している。

だとしても、黄瀬が自らの未来すらこの勝負に賭けてくれると言うのなら、最後まで勝利に拘りたい。仮に、次の試合でどうなろうとも。

 

「(甘い!)そこだ!」

 

メンタル面で幾ら充実していようが、体がついてこなければパフォーマンスは向上しない。

目に見えて低下したドリブルを日向は見切り、ボールを弾く。

 

「ぐっ...ぁっ!」

 

ボールは笠松の胸板に当ったボールを強引にドリブルしようとするが、勢い余ってボールに足を引っ掛けて派手に転んだ。

 

『ファウル!プッシング白4番!』

 

ここにきて、まさかの判定。笠松が転んだ事は、日向によるものとしてファウルを宣告した。

試合のムードが審判に影響する事は、競技を問わず良くある事。ただ、止められたはずだった日向にとって、面白い状況ではない。

 

「くっそ!今のは俺じゃ...!」

 

「落ち着けよ。言っても仕方ないだろ」

 

流れもだが、審判も海常側に傾くと非常にやり難い。日向の気持ちも分かるが、冷静に勤めようと伊月は肩を掴んで諭し続ける。

 

「そうだぞ日向。速攻を止められただけ、良しとしようぜ」

 

ポンポンと何時もと変わらぬユルさで接する木吉。

 

「やめろ。子ども扱いすんな」

 

それはそれで腹が立つと、木吉の手を弾いて拒否する。

だが、木吉のいう事も尤もである。

体勢の悪いカウンターではなく、セットOFからならしっかりとした準備ができる。

 

「つー訳で、マジで頼むぜ黒子」

 

「はい」

 

今一つ上手く行かない現状に、フラストレーションを溜めつつも、劣勢を跳ね返す為に必要な事は理解している。

ここで黄瀬を食い止められれば、流れを引き込める。そして、流れを引き込められれば決定的だ。

後は後輩達に任せて、自分の役割を果たすだけ。

 

 

 

 

再開はハーフライン辺りで、笠松のスローインから。

運動量は落ち始めているが、止まった状態からなら精度の高いパスを出せる。

当然の様に、近くでパスを受けに来る黄瀬を火神がチェック。

 

「黄瀬!」

 

森山がスクリーンを掛けて、パスコースを作る。

 

「(スクリーン!っちぃ、また3Pか!)」

 

距離を空けられ、どんなところからでもシュートを打てる厄介さは、全てのDFを完全に後手に回させる。

よって、次のプレーは読みきれなかった。

 

笠松のパスは直接黄瀬ではなく、少し前方に向かった。

 

「(これは...!)」

 

ボールに向かって腕を突き放つ。急加速したボールは早川の両手に吸い込まれた。

それは、『加速するパス』と呼べる物であった。

黄瀬を警戒し、火神と黒子が人知れずダブルチームを試みていたが、それが仇となってしまった。

 

「っしゃー!黄瀬ー!おぇはやったぞー!」

 

ノーマークでゴール下のシュートが打てれば、先ず外さない。早川は、黄瀬の選択に得点で応えた。

大きくガッツポーズを振り下ろし、更にチームを盛り立てる。

点差が一桁へと到達し、正にムードは最高潮。両手を挙げて騒いでいるのは選手だけでなく、ベンチ含めて海常応援団も大きく揺れ動く。

 

この状況にリコは動いた。

邪魔する英雄を肘鉄で黙らせ、TOを申請。万全でなくとも用意した対策を伝えれば、まだ持ち直せるはず。

 

「皆、聞いて」

「あの。黄瀬君を止める作戦なんですが。すいません無理です」

 

戻ってきたメンバーに話を切り出すと、黒子が遮った。コート内での取り決めなので、リコには知る由もない。

分かった事は、何か対策を考え、それを断念したという事。

 

「以前の様に、僕がマークについて連携で止めるつもりだったんですが、先ずその状況に持ち込めないんです」

 

黒子が考えていた事。それは、練習試合の時と同様に黒子がマッチアップに向かい、そこから火神のヘルプと伊月の『鷲の鉤爪』でボールを奪うと言う物。

だが、緑間のロング3Pならまだしも、パスをも織り交ぜられ、その状況にすら持ち込めない。

 

「じゃあ、どーする」

 

「大丈夫。話の腰を折られたけど」

 

黒子の話が一旦終わり、再びリコが話し始める。

黄瀬の消耗と遅攻作戦の提案。そしてそのデメリットも含めた話。

デメリットと言うのは、受身の作戦の為の士気の低下。海常ムードのままで、海常OFを真っ向から立ち向かい、耐え切るというのは机上の空論でしかない。

陽泉戦の時は、その後に盛り返す狙いがあって、尚且つ耐える時間も今回ほど長くなかった。

今、既にギリギリのところで耐えているのに、何時終わるかも定かでない黄瀬の猛攻にどれだけ耐えられるのか。それは選手のメンタル次第で、リコにも断言できない。

 

「そうか。あの兼用は何時か終わるんだな。それならなんとか」

 

「ちょっと待ってくれ、です!」

 

終盤による勝ち逃げ狙いのディレイドOFは、今回で2度目。勝つ為と思えば、日向に抵抗は無かった。

しかし、そこで火神が待ったを掛ける。

 

「ここで引く訳には!今の黄瀬相手に攻め疲れを待っていたら、本当に逆転される!こっちも勝負掛けないと!」

 

理屈で理解した言葉ではなく、勘で感じた恐怖を叫ぶ。

黄瀬との決着が、個人的な願望が全く無い訳はないが、後ろから迫る敗北の足音を確かに感じていた。

キセキの世代のZONE状態を一番間近で見てきた火神ならではの警報は、異様に説得力がある。

 

「けど!じゃあどうすんだよ!黄瀬は止められない!こっちは点がとれないじゃ、手の打ち様が!」

 

状況を整理すればするほど、厳しさは増していく。火神の言い分も分かるが、このままでは敗北へまっしぐら。

やはり、黄瀬が失速してからの残り時間に賭ける以外の選択肢が無い様に思えた。流れも勢いも海常で、点差次第では困難を極める。ただ耐えるだけの戦い方。それ以外はないのだろうか。

 

「いいえ。火神君の言うとおりです」

 

火神の言葉でハッと目を見開いた黒子は、火神の目を見ながら言葉を続ける。

 

「点を取りにいきましょう」

 

「だから、それが難しいから」

 

今度は反論する伊月の目を合わせて、黒子が見出した活路を話す。

 

「大丈夫です。やっと見つけました。黄瀬君の、いえ『完全無欠の模倣』の死角を」


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