前半が終了し、両チーム共にコートを後にした。
我慢我慢と息苦しい時間が10分丸まると経過した為、客席にいた者もその空気から一時的に解放された。
誠凛が点差を大きく詰めたといえ、リードしているのは海常。
「手が空いている者はマッサージだ。早くしろ!体が冷える前に!!」
その海常はバタバタと慌しかった。控え室に戻った早々に出場選手を寝かせて体を揉み解すように指示を出していた。
冬の寒さで体が固まると、筋を痛めるなどの怪我をしやすくなる。加えて、僅かでも体力回復をするべくベンチ員全員で作業を始めた。
「あっ俺も...!」
「バカモン!お前はこっちだ!!」
周りがセカセカと動いているのを見て、黄瀬が自分もと言い出したが、武内に止められる。
「バッシュと靴下を脱げ。気休めぐらいだがテーピングをしてやる」
「えっ?監督自ら?」
武内が黄瀬の足元に座り込みテーピングを巻き始めた。馴れた手つきで黄瀬の足のケアをし、他の部員よりも綺麗だった。
「(あれっ?思ったよりも違和感が無い)」
「...言っておくが、お前らよりも断然上手いぞ」
丁寧に仕上げられたテーピングは負傷した部分への負荷を軽減させ、後半直ぐにでも出られそうな気がした。
「それは気のせいだ。まだ出さん」
感づいた武内は一言で却下し、黄瀬から離れていく。
「ああ。個人的にはどっちでもいいが、怪我を知られたくないなら長めの靴下に履き替えておけ」
「え、あ...そうします。じゃなかった、ありがとうございます」
武内のプランでは、黄瀬投入のタイミングは多少前後するとしても第4クォーターになる。黄瀬のケアは全て行った為、そのタイミングで怪我が誠凛にバレたとしてもあまり関係ない。
後は黄瀬のプライドの問題である。
「っく...っく...」
うつ伏せになり簡易的なマッサージを受けていた早川は、歯を食いしばり拳を握り締めていた。
「...すいませんでした....すいませんでした...ずびばぜんでじだ」
憤りが体を小刻みに震わせ、気が付けばチームメイトへと謝罪を始めていた。
「落ち着けよ。少しでも体を休めるんだ」
近くでうつぶせていた中村が声を掛けるが、早川の激情は収まらない。感情に任せ上体を起こした。
「けど、おぇ!おぇが!」
「っち...うるせんだよ馬鹿野郎」
笠松が早川の背中を蹴った。そのままうつ伏せになるように踏み潰していた。
「何時までも引っ張ってんじゃねーよ。熱くなりすぎだ」
想定以上に差を詰められた原因は早川であり、そこに疑問の余地は無い。だが、これは長いゲームの一コマであり全てではない。
後半までに切り替えていれば、挽回の機会も充分にある。
メンタル部分が異様に不器用な早川に言っても直ぐに実行できなかった。
「しょうがねぇな。おら、立て」
「はぁ...ワシは何も見てないぞ」
この後の行動を察知した武内は、一応の予防線を張るのだった。
「お疲れつっちー!」
「ああ、ありがとな」
土田が小金井からタオルを受け取り、汗を拭いて一息ついた瞬間に膝から力が抜けた。
「...!(力が...)」
「おい!大丈夫か!?」
水戸部が咄嗟に受け止めたが力が入らない。小金井の力も借りてベンチに座り込む。
今の土田は、張り詰めていた糸が切れた状態。一度切れれば再び張りなおすのは難しい。
どれだけ贔屓目に見ても土田は並みの選手に毛が生えた様なものである。そんな土田は全国大会の準決勝という場面でプレーする為に全てをつぎ込んでいた。
「わ、悪い。おかしいな...今になって足が震えて...」
軽いパニックに陥った土田は両膝に手を置いて左右に揺らす。尊敬すらする早川とマッチアップが決まった時、本音では怖かった。本番で何一つ出来ないのではないかと良いイメージも出来なかった。
それでも実際にやれる全てを行ってきた。それなのに手が震え、足が震える。
「だ、大丈夫だ。まだやれるよ!これからなんだ...まだ半分も残ってる。この調子なら火神や木吉も、もう少し休めるだろ?」
第2クォーターは、誠凛が取った。少なくないビハインドが残っているとしても順調と言える結果だ。
この調子を継続できるのならば、来るであろう勝負所をベストな状態で迎えられる。
「動け...動いてくれ!今やらなきゃ、ここでやらなきゃ...俺は!」
しかし、体は応えてくれなかった。
「土田」
「日向!俺はやれてただろ!?まだ大丈夫だ、任せてくれよ!」
「どう見たって限界だろ。交代だ」
今まで見た事のない激昂を見せた土田に日向は厳しい判断を下した。
「......そっか。悪いな、見苦しいとこ見せて」
受けたショックが結果として頭に残っていた熱を放出させた。俯き両手を合わせてメンバーに謝る。
だが、俯いた顔には悔しさが残っていた。
「ありがとな。お陰でチームは大分楽になった」
「いや、いいよ」
木吉が本心で感謝を伝えるが、土田の顔は上がらない。
言葉が欲しかった訳じゃない。何か形を残したかったのだ。自己満足でチームに迷惑を掛けたくないと思いながら、自身の力で達成感が欲しかった。
「ちゃんと聞け!こっち見ろ!」
木吉が肩を掴み強引に顔を向けさせる。
「早川へのファウル...あれ、自分で考えたのか?」
「ああ...まともにやっても勝ち目がないと思って。そしたら秋頃にやった秀徳戦を思い出して。勝手な事した上に、見るに耐えないプレーして悪かった」
「何で謝るんだ!凄いじゃないか!」
「え?」
土田は秀徳戦を思い出すと同時に霧崎第一戦も思い出していた。汚いプレーでペースを乱された事は苦く、その後の英雄の暴走とチームの混乱も鮮明に残っていた。
躊躇いはあったが、それでも実行した。
責められる事はあっても褒められたものじゃない。そう思っていた土田にとって木吉の言葉は不意を付くものであった。
「あんな高度な駆け引きなんて、そう簡単に出来る事じゃない。ましてや海常を相手になんて、なぁ黒子?」
「僕もそう思います。少なくとも僕には出来そうにありません」
木吉に続き黒子が本心を伝える。
「確かに。ああいう手段がそもそも頭になかったな」
そして、伊月も一言。
「まぁ、これで負けたら火神のポカのせいになるけど」
「うるせぇ。つか何で俺がポカする前提になってるんだよ。お前こそ前半は大した事なかったじゃねーか」
「はぁ?俺の献身的プレーの数々見てなかったの?」
「このタイミングで揉めるな」
何故か英雄と火神が言い合いを始め、日向が諌める。
「細かい感想はあると思うけど、大事なところはみんな一緒だ」
英雄と火神を笑いながら見て、木吉がまとめる。
「土田がいてくれてよかった。この頑張りを嘘なんかにさせやしない」
互いのチームが反省と切り替えを終え、コートに戻ってきた。
前半のミスや問題点はこの先あまり関係ない。
「インターバル中のスポ根はよかったけど、ゲームに意識を戻して」
土田の件に関して発言を控え見守っていたリコは、後半のプランを伝える。
「ここから何時黄瀬君が投入されてもおかしくない。でもあまり意識しないようにね。コートの外は私の管轄よ」
黄瀬が負傷している事実を知らないリコは、状況次第で黄瀬の投入を予測していた。
しかし、前半での我慢に耐えきった事により、誠凛は攻めに比重を加える事が出来る。
「まずは、土田君は交代ね。あっ、日向君も」
「俺もかよ!つか、ついでみたいに言うんじゃねぇ!」
リコの考えを疑うわけではないが、残念な扱いに物申す日向。
「第3クォーターは早川君の交代、もしくは復調するとしても時間が掛かる。だからインサイドで勝負するわよ」
簡潔な目的とメンバーチェンジを伝え、意思統一を図った。
『誠凛。メンバーチェンジです』
IN 木吉 OUT 日向
IN 火神 OUT 土田
後半開始直前に行われた交代に海常側も静かに見つめる。
「やっぱり出てくるよな」
木吉と火神の登場は簡単に予想できた。同時に第2クォーター以上の辛い時間が始まるのだ。
早川でなくても表情は強張り肩にも力が入る。
「(日向を下げ伊月はそのまま)そうきたか、面倒なことを」
それとは別に誠凛の狙いに目を向ける武内。今までのデータを振り返ってもこの組み合わせはあまりない。
「笠松」
「はい!」
この交代が意味する事を読み取り、コートに向かっていた笠松を呼び止めた。
「お前の判断に任せる」
「え?」
「去年の失態からここまで這い上がったお前の判断なら俺が許す」
時間が無い為に決して具体的な事を言わず、ただ笠松に委ねた。
常に厳しく激を飛ばす武内から意外な言葉を受け、素の表情を出してしまった笠松。
その意味を考えながらコートに戻ると伊月と目が合った。
「...正直、後半は補照とのマッチアップだと思ってた」
「だと思ってましたよ」
伊月の継続は海常にとって予想外だった。言い方は悪いが、笠松個人にとって楽な展開になる。
それを含んだ様な表情で返す伊月は、昨日のインタビューが原因なんだろうなと考えていた。
「それより、黒子を温存するなんてな。どういうつもりだ?」
「それはお互い様でしょ」
伊月以上に問題なのは黒子の存在である。
予想していたメンバーは、日向・木吉・火神・黒子・英雄の最大戦力だった。少なくないビハインドを一気に取り返しに来ると考えていた海常にとって意味が分からない。
「黒子がなんて言われてるか知ってます?」
「はぁ?何を今更、『幻の』...そういう事か」
伊月は笠松に誠凛の真意を少しだけ告げた。
黒子の通り名は『幻の六人目』。そう、6人目なのだ。
ミスディレクションの効果は、同じ相手の2戦目以降で効果が薄くなってしまう。そこでリコは勝負所に限定する起用方法を提案したのだった。
「汎用短期決戦兵器クロンゲリオンってか」
「本当にやめてもらえますか。っていうか早くコートに入って下さい」
誠凛ベンチでウダウダしていた英雄が黒子に真顔で促されていた。最終的にお尻をリコに蹴られながら入場するはめに。
「以前やった時は黒子に頼り切って勝ちはしたけど、内容じゃ負けてた。だからみんなで決めたんです。今度は地力で勝負して勝つって」
「どうでも良いけど、そんなに話していいのか?」
「良くは無いけど悪くも無いんですよ」
後半も伊月とのマッチアップが分かり一瞬拍子抜けをしたが、直ぐに気合を入れ直した。
誠凛は出来る限りを尽くして勝ちに来ている。それも正面から。
「そういう事なら...受けて立つ」
第3クォーターが誠凛ボールで開始。
伊月がトップの位置までボールを運び、左右に火神と英雄、インサイドに木吉と水戸部。
「まずは1本!じっくりいくぞ!!」
前半の流れを呼び戻す為に丁寧なプレーを呼びかける。
攻め方を精査する伊月は、攻める前から手ごたえを感じていた。
「(第2クォーターがしんどかったからか?何か楽に感じる...)」
火神と英雄がウィングに、木吉がゴール下に張っているせいで、海常はダブルチームにいけないでいる。
それでも火神への警戒が強く、全員がヘルプポジションを取っていた。
「(これは...イケる!)」
伊月に対するチェックも甘く、得点へのルートが容易に見えた。
「笠松スクリーン!」
火神を警戒する笠松の背後を英雄が迫ってスクリーンをセット。すかさず伊月が英雄の背中側から回りこみ、ミドルシュートを放った。
「ちぃ!(強気に攻めてくれるじゃねぇか)」
ファイトオーバーで対応した笠松だが1歩届かない。
本来ならば、森山がスイッチするべき場面。だが、それが出来なかった。マッチアップの英雄との身長差故に、3Pを警戒し離れられなかった。
インサイドの2人も元気な木吉にパスを入れられるのを嫌がり足が出ず。
「英雄はやっぱり便利だな。中と外、1回で2度美味しい」
「何かキャンプとかで使う十徳ナイフみたいっすね」
交代したばかりの火神や木吉への警戒を利用し、自ら決めた伊月。1度目のプレーながら、英雄のSGポジションの有用性を感じていた。
インターバル中でも自ら言っていたが、今日の英雄は地味でも的確なポジショニングで献身的なプレーをしている。
「おいおい。気合入ってるのはいいけど、こっちにもパスくれよ」
DFへと走る木吉は、伊月にパスを求める。
「ああ、分かってるさ。けど偶にはいいだろ?俺が目立っても」
「当然だ」
土田のあの姿を見て伊月も木吉も何も感じなかった訳がない。むしろ似た立場の伊月には土田の気持ちが良く分かる。
チームの勝利と喜びながら、あまり出られない悔しさを胸に秘め続ける。出場の機会があれば必死でプレーをしてきた。
だからこそ木吉も試合に出るという意味を改めて考え、その責任を噛み締めた。
「さぁDFだ!1本集中!」
誠凛DFはマッチアップを変えてのマンツーマン。笠松に伊月、森山に英雄、中村に水戸部、早川に火神、小堀に木吉。
海常は変わらずディレイドOFを仕掛ける。
「(早川に火神、森山に補照。嫌なくらいポイントを抑えてくるな)」
10秒過ぎるまで笠松はDFの動きを観察する。
伊月以外、身長によるミスマッチが存在せず、むしろ平均身長で負けている。バスケットにおいてこの差はジワジワと現れるものだ。
そして、早川に火神を当ててリバウンド対策を継続し、森山に英雄を当ててアウトサイドゲームへの妨害を図ってきている。
「(だが、簡単に中へのパスは通らない。だったら)」
レッグスルー1回で体勢を変え、状態を少し前に構える。
「ドライブか!?」
伊月が合わせて片手を下げて半身に構えた。すると笠松はノーフェイクでの3Pを放った。
「3P!?」
咄嗟にブロックを試みたものの、出遅れが原因でコースをチェック出来ていない。
ショットはリングを潜り、再び2桁差へと押し返す。
海常高校 47-37 誠凛高校
「ナイッシュー!頼りなるぜ!」
森山が駆け寄り笠松を称える。第3クォーターの最初で3Pを決めたことは、まだまだこれからとチームの士気を高められた。
「ああ」
しかし笠松とっては逆だった。伊月の意識の隙を突いた好判断ではあるのだが、逆に言えばそれしかなかった。
パスターゲットがほとんどなく、パスをしても効果的なOFを実行するのは難しい。
「(どうする?このまま遅攻を続けても...)」
黄瀬投入と言う勝負所を迎える為の時間稼ぎ。それが今求められている事。多少の逆転も視野に入れており、とにかく繋ぐ事を必死で行っている。
しかし、その結果は芳しくない。主力を温存されたまま点差の半分を詰められて、主力を投入し勢いを増す誠凛との後半戦。
「(いや、戦略上決まった事だ。今出来る事を全力でやればいい!)」
今の作戦に不安を感じながら笠松は伊月のマークに向かった。
「火神!」
1つ前のプレーによって、火神へのチェックが僅かに弱まった。伊月からのパスを火神が受け、中村との1対1。
「(よし!)」
中村をかわしてヘルプに来た小堀の横にパスを出し、フリーの木吉がショット。
やはり火神を止められる人間は限られており、今のメンバー内に存在しない。このプレーでそれが明らかになった。
「気にするな!OF行くぞ!」
笠松が先陣を切り、メンバーを引っ張っていく。これから先、同じ展開が続く以上、一々気にしていては精神的に参ってしまう。
試合終盤の事を忘れて、この10分を全力で向かう必要がある。
「(こうなりゃ、スクリーン掛けまくって外から打ちまくるしかねぇか。森山の調子自体は上がってるんだ。勝負は出来る)」
第2クォーターで早川の乱調が目立っていたが、要所で森山が3Pを決めていた。英雄をマッチアップさせたのは、それを分かっての事だろう。
それでも森山の独特なフォームは初見殺しの効果を持ち、少しでもチェックを外させれば直ぐには止められない。そして、森山に意識が向かえば自ら打てば良い。
早川の復調は未だ見えないが、そんな事を言っている場合ではないのだ。
キープドリブルをしながら、全体にサインで指示を出した。
「英雄!スクリーン!」
10秒を経過し海常が動く。英雄に対して中村のスクリーン。森山がその隙にオープンスペースに走りこむ。
「(よし!)ってコイツまた」
「...」
オープンと思いきや水戸部が前を塞いでいた。
この試合で何度か見せたスムーズなマークの受け渡し。DFのズレをほとんど見せずに英雄は中村のマークについていた。
「ナイス水戸部!(もう時間が無い。シュートかラストパスしかない)」
笠松へのリターンパスを防ぐ為、コースをディナイ。伊月に倣って他の3人もタイトに手を伸ばしている。
「(水戸部を中村につけた理由はこれ。スクリーンを多用させないつもりか)森山打てっ!」
初めてのマッチアップであるが、水戸部の方が高くシュートに触れる可能性も充分にある。森山のフォームではなく、ボールの動きに片手を合わせて伸ばした。
しかし、森山はボールを1度下げ、10cm横にワンドリブルで移動。そして時間ギリギリでショットを放つ。
タイミングをずらされ、水戸部のブロックは掠めもしない。
「よーし!いい感じだ。ここからペース作るぞ!」
連続で3Pを決めて体制を立て直しつつある。
誠凛の火神・木吉投入で、インサイドでの勝負は分が悪い。その為、徹底したアウトサイドゲームを展開し、最低でもシュートまで繋げばいいと判断した。
森山への負担が増えるが、嫌とは言わないだろう。
「(水戸部に対してならスピードで勝ってる。3Pじゃなくても中に切り込めばチャンスが広がるんだ。森山に集めるのも悪く無いか)」
OFの突破口になるかと考えるが、これ1本で勝負するには少し弱い。だが問題はDF。火神に対して中村1人ではまず止められない。
「早川!」
名前を呼びながら火神を指差す。笠松はダブルチームを指示した。
インサイドにスペースが出来るというデメリットを理解しているが、エースの火神に調子を上げられるのは1番に避けたい。
「火神にダブルチーム!だったらっ」
伊月はノーマークの水戸部にパスを送った。
すぐさま小堀のヘルプが向かうが、木吉にパスが通って追加点。
「(これも悪くないが、連携スピードに追いつけてない。それにOFも何か変化をつけないと。何かないのか)」
「笠松!」
ベンチから立ち上がった武内が指差しながら呼んでいた。
何かしらの指示であるのは間違いない。ボールを運びながら考えていると武内の言葉を思い出した。
【お前の判断に任せる】
改めて言われたが、今までもキャプテンとして状況判断を行ってきた。あえて今言ったという事は、他に意味があるのだろう。
思い返していると、キャプテンを指名された時の事も思い出した。
【だからお前がやれ】
嘗て歴代最強とまで言われたチームを自らのミスで、初戦敗退にしてしまった記憶。
「(俺が...か。やれるのか?これで負けたら完全に俺の責任になるな)」
あの最悪のラストパスが脳裏を掠め判断に迷う。10秒まで時間を使いながらひたすら考える。
「(上等だ!黄瀬がいないから負けたなんて言われるよりよっぽどマシだ!)」
もう何度目かOFの切っ掛けとなる10秒が過ぎ、笠松の腹も決まった。
そして、1つサインを出した。
「(何だ?雰囲気が...)」
マッチアップの伊月も目の色が変わった事に気が付き、警戒心を露にする。
序盤から食らいついてきたが、実際に止められたのは始めの1度だけ。全開のドライブは慣れた目でも追いきれなかった。
「(速いっ!今までよりも桁違いに)」
タイトなマンツーマンDFをしている分、伊月の背後には広いスペースが生まれていた。
スピードのある笠松がスペースを得るという事は、正に水を得た魚。伊月から見て左のスペースに抜き去り、ボールを右手に持ち替える。
自らの体を防波堤代わりに使い、伊月がスティール出来ないようにひと工夫。
「(上手い!)くそっ」
そのままクイックネスを活かし、遅れてヘルプに来た英雄のブロックをギリギリのタイミングでミドルシュートを放つ。
『ファウル!白15番!バスケットカウントツースロー!』
ブロックが間に合ったものの、笠松の腕ごと弾いた為に審判に宣告された。
「こりゃ凄いね。フィールドゴールは防げたけど、これを多用されると厄介だ」
どうしても黄瀬の存在感で忘れがちになるが、笠松のドライブは海常の得点源の1つなのである。MAXスピードを初めて体感した英雄は、素直に感心を示していた。
「そーかよ。遠慮すんな満足するまで見せてやっから」
「ははは。あ、でも。間近で見るの俺じゃないんで」
森山の手を引かれて起きた笠松は英雄を睨みながら一言添えた。今のOFは自分の中でも良い出来だと思えたが、後1歩で邪魔をされた。
「大丈夫か?」
「ああ、問題ない。それより森山、お前はフォローとかしなくていいからオープンスペースに走ってくれ。俺が中に突っ込めばどっちかのサイドが空くはずだ」
英雄から目を離し、フリースローの合間に森山から全体へと指示を与える。
「基本は俺か森山で3Pを狙う。中村はガンガンスクリーンをかけて、他はリバウンドだ。必要なら俺もリバウンドを獲りに行く」
「それは...ディレイドをやめるって事か?」
笠松の話から小堀が意味合いを理解し、確認の為に質問をした。
「そうだ。シンプルで時間を稼ぐにはもってこいの手段だが、誠凛が慣れ始めてるし本来のプレーとは違う為に流れに乗り切れてない」
決心は固くはっきりとこの作戦は駄目だと発言した。監督・武内の指示が具体的に出てはいないが、任せると言ったのだ。だったらその言葉に甘えればいい。
「後、DF。ボックスワンで行くぞ。森山が補照にマンツーでついてくれ」
「分かった」
「早川。物怖じしてたら置いてくぜ」
「おぉっす」
「小堀。今まで通りフォロー頼む。今後ろを任せられるのはお前しかいない」
「任せろ」
「中村。何時も通り冷静にな」
「っはい!」
一人ひとりに声を掛けて自らの役割もはっきりと伝えた。
「先陣は俺が切る。俺について来い」
強力なキャプテンシーを放つその背中を見上げる事はないのに、とても大きく感じた4人。確実に2本のフリースローを決めて、我先にとDFに戻っていく。
「先ずはDF、絶対に中で打たせるな!」
海常はマンツーマンからボックスワンにDFを変更。森山が英雄にマンツーマンでつき、残り4人は4角形のゾーンを組んだ。
誠凛にも負けない硬い信頼関係で結んだゾーンを。