黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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狙い打つは弱気な心

高々と掲げた勝利宣言に、岡村の頭も冷えてマークの英雄に集中出来ていた。

少しだけ不甲斐ない思いに駆られながらも、自分に与えられた仕事を全うする為に。

 

「馬鹿っぽいの、相変わらず。嫌いじゃないがの。」

 

「賢いふりは嫌いなんすよ。」

 

冗談交じりの会話もここまで。

英雄は強気に前に出る。

スピード・小回りは英雄が勝る。岡村の役割は、3Pを防ぐのが最優先で、インサイドでのシュートへの対応は紫原に一任されている。

岡村を抜く事自体に問題はない。

 

「ぬう!!」

 

レッグスルーで抜き、フリースローライン付近にまで侵入。木吉にパスを出して、ゴール前に立ちはだかる紫原に牽制する。

木吉も直ぐに折り返し、岡村を引き付けて英雄から振り切らせた。

連携1発でフリーになり、ゴールから0度のスペースにいる火神へとパス。ゴール下へのチェックが薄く、得点チャンスである。

しかし、その程度の揺さぶりでは紫原から逃れきれない。

 

「....行かせません。」

 

「黒ちん..!」

 

黒子がスクリーンを仕掛け、火神の元に近づけさせないように肩を入れる。

本来であれば、パワー不足で紫原の障害になるはずもない。スピードでも勝っており、火神へブロックするのも容易い。

しかし、それが出来ない。

火神がシュート体勢を作り、ゴールに迫っているのにも拘らず、紫原の足が出ない。

黒子のスクリーンごとき楽勝のはずで、まだ間に合う。

 

「....っく!」

 

「らぁぁぁぁ!!」

 

氷室がブロックに行くが高さで勝る火神のダンクが決まり、加点を止められなかった。

この失点は陽泉にとって予定外の事。今のプレーなら紫原がブロックするはず。

 

「おい!今のは間に合うだろ!?何やってんだ!!」

 

福井が紫原の行動に異議を出し、活を入れようと詰め寄った。

 

「今のはゴメン....。」

 

素直に詫びを入れてOFに向かう紫原だが、様子が明らかにおかしい。

いつもの様なふてぶてしさなど欠片もなく、表情も優れない。

 

「え?あ、おい!!」

 

気持ち悪いほどに素直さに違和感どころでない福井は、呼び止めるが振り向きもしない。

 

「DF!!」

 

誠凛は変わらず、変則1-3-1ゾーンプレスを仕掛けてきており、考える隙も与えない。

正直、TOを取りたいところだが、第4クォーター開始してあまり時間が経過してない今取るかどうかを迷わせる。

消耗戦に持ち込んでいる誠凛を喜ばせるだけになる可能性もあり、判断が難しい。

 

「上がれ!!」

 

氷室に預けて、紫原・岡村・劉が前に向かって走り、福井が氷室のフォローに備えた。

ドリブル突破できっちりハーフコートまで運べば、陽泉の高さで勝負できる。しかし、あくまでもゾーンDFなので、パスコースを作ってチェックを散らす為に福井も合わせて走る。

 

氷室がパスを受けた時点で、英雄から距離を取っている。

スピードを落とさず一気に駆け抜けられれば、良いのだ。残りの不安は黒子の所在のみ。

日向をかわして、黒子のスティール及びチャージングを警戒し、背後から英雄が追ってくる前にパス。

氷室が背負った負担は重いが、迷わず足を動かしていく。

 

「うっ....やば!」

 

「(よし!次)は...?」

 

先ずは日向をかわした。その直後に黒子が来ると思い込んでいた。

しかし、その予想は外れ、視界の先には誰も居ない。少し遠くに火神がいるだけ。

肩透かしを強烈に食らい、思考が乱れてしまった。

一瞬の躊躇を逃がさず、再び日向が氷室の目の前に現れ、英雄も遂に追いついた。

 

「だから言ったっしょ!迷いますって!!」

 

「ハーフコートよ!DFの変更急いで!」

 

日向と英雄が時間を稼いでいる最中、リコの指示で火神と木吉がゴール下を守り、紫原へのディナイを強める。

基本を積み上げ昇華した氷室は、積み上げた理に沿ってプレーしている。つまり、突発的で想定外への対処がやや弱い。だから、あえて黒子のチェックをなくして、虚を突いた。

普段ならともかく、こういった均衡状態の中でならその人物の本質が出てしまうのだ。

 

「氷室!!」

 

福井がフォローに向かい、氷室がパスフェイクで日向を引っ掛けて横を抜く。

 

「今だ!!」

 

「....っくっそ!!」

 

「ファウル!DF黒4番!!」

 

日向が1度福井に目を向けた瞬間の事だった。

それを日向が強引に食らいつこうとしてファウルを取られてしまう。

ターンオーバーの機会を潰してしまった事を悔しそうに地団駄する。

 

「わり....。いけると思って油断した。」

 

「モウマンタイっす。充分イケてますって。」

 

スローインまでの間に、福井に対するダブルチームを日向と黒子にして、氷室のマークを火神の戻した。

そして、何度目の対決だろうか。氷室がボールを受けて、火神と向き合った。

少し前のシュートセレクションのミスを挽回する為、ドライブに見せかけて劉へパスを送った。

 

「紫原!」

 

劉を中継し、高いパスで確実に紫原へと届けた。後は、紫原が得点し、直ぐにDFに戻って速攻だけは止めなければならない。

紫原はその場でジャンプシュートを打った。

 

「はっ!?」

 

ブロックをかわす為、虚を突いたプレーとも言えるが、はっきりいってらしくない。

ゴールに近づいて圧倒するようなものではなく、焦っているようにも見える。

近くにポジション取りをしていた岡村も驚いていて、リバウンドポジションをとっていない。

氷室を追求した紫原が同じ様に、シュートセレクションを乱して、リングに嫌われる。

 

「っち!入れよ!!」

 

自らリバウンドに行って、手を伸ばす。木吉が片手を伸ばして競り合うが、強引に奪って、再度ジャンプシュート。

 

「何でだよ!!」

 

しかし、また外れてしまい、リバウンドに手を伸ばす。

チャンスと思い、火神もリバウンド争いに参加。

紫原の突然の不振に岡村・劉も慌ててゴール下に入り込む。

 

「ここは絶対勝つ!」

 

木吉の声に反応し、火神が超ジャンプで我先にボールに触れ、落下点が変わる。

ゴール下に密集してボールを追える人間は限られて、陽泉側では劉・氷室・福井。

状況はリバウンド争いではなくなっている。これは、既にルーズ争いである。

リバウンドが取れないなら、取れる状況に持ち込めば良い。それでも駄目なら、リバウンドを取らせないように仕向けて、ルーズに持ち込む。これならば身長差関係なく、全員が参加できる。

誠凛でルーズ奪取率の高い英雄が、密集地帯をスルスルっと抜け出て、真っ先に拾った。

 

「火神!グッジョブ!」

 

黒子の中継パスで抜け出て英雄のワンマン速攻。日向も続いている。

追っているのは、福井と氷室。紫原達は少し遅れていた。

氷室が駆け寄り、福井がパスが出たときの対応に備える。陽泉の最善の行動だが、誠凛の優位性は変わらない。

 

「(来ましたね~)英雄、いっきまーっす!!」

 

大きく振り上げてコートに投げつけると、ボールは大きくバウンドする。ドライブでも、シュートでも、パスでもない行動に氷室の読みは遅れた。

 

「(何を....。)これは!?」

 

気が付き、英雄の前に出ようと足を動かすが、英雄の動き出しが僅かに速い。

バウンドしたボールはリング付近まで浮いて、落ち始めるところで英雄が両手で掴み叩きつける。

 

「1人アリウープか!」

 

氷室の高さではブロックも儘ならなく判断の遅れで失点を防げない。

火神のシンプルでパワフル且つスピーディなワンマン速攻。そして、柔軟に基本的プレーとトリッキープレーを使い分け、セカンドブレイクへの移行も確実に得点に繋げる英雄。

ターンオーバーからの両名のワンマン速攻は、止められない。

前半のリードが嘘の様に詰められて、信じられないほどにあっさりと逆転した。

 

これには荒木も動き、TOを取った。

流れを1度切りたい思いもあるが、問題は紫原の失速である。完全に集中力が乱れ、プレーに影響している。

 

「....英雄。」

 

英雄はベンチに戻る為に岡村の近くを通ったが、特別何かをいう訳でもなく過ぎ去って行った。

もう、岡村を見ていない。目も合わせず、ただすれ違った。

 

 

 

 

ベンチに戻った時、なんとも頼りない姿の紫原が座っていた。

表情は暗く、一言も発さず、これがキセキの世代の1人とは思えない程に弱々しい。

 

「一体、どうしたと言うのだ。お前らしくない。」

 

「黒ちんを何とかしてよ。プレーに集中できない。」

 

荒木の問いにも曖昧な答えしか出せず、タオルを顔に掛けて息を整えている

紫原は今、黒子の警戒心が最大になっており、ゲームが見えていないのだ。

 

「もっと強気に行け。ファウル3つで縮こまってもらっても困る。」

 

陽泉が勝つには、紫原の活躍が必須。黒子も厄介だが、だからと言って他の4人にやりたい放題させておけない。

氷室でも、火神の相手だけでかなりの負担を負っている。

 

「とにかく、今は黙って休んでいろ。ここからが勝負所なのだから。」

 

紫原の気持ちの切り替えをさせて、他のメンバーに方針を伝える。

特に氷室の役割が重要になるはずなのだから。

 

「氷室。誠凛がゾーンプレスを続ける限り、お前のドリブル突破が鍵だ。なんとしても福井と共にボールを運べ。」

 

「分かってます。」

 

「福井もいいな?氷室に並走しながら、氷室が動けるようにスペースを作ってやれ。」

 

「うす。」

 

ガード陣の踏ん張り次第で、試合はどうとでも転んでしまうだろう。

誠凛は平面に勝機を見ている。逆に言えば、そこさえ凌げば陽泉の勝利は限りなく近くなる。

 

「岡村・劉は、パスコースを作る事とスクリーンを掛けて氷室をフォローしろ。OFは変わらず紫原と氷室で点を取る。」

 

的確に問題点を洗い出し修正するように指示を出した。そろそろ、陽泉のメンバーも慣れてくる頃。

逆転されたが、まだ勝負を諦めるような事態ではない。

 

 

 

「ナイス英雄!よく決めた!!」

 

誠凛ベンチでは、手荒い祝福により英雄がボコられていた。最近は、みんながみんな容赦なくなっている。もみじのくだりのせいだろうか。

 

「痛っ!火神ってめっっ!!」

 

特に火神からのがイラっとする痛さなので、殴り返そうか悩みどころであった。

 

「遂にひっくり返してやったぜ!!」

 

勢いなどではなく、自分達の力で逆転した事への達成感は清々しいものだ。

ここまでに超えてきた障害の大きさから見ても、どうにも笑いが止まらない。

 

「はいはーい!喜ぶのもいいけど、試合はまだ残ってるわ!!しょうもないポカしないように!」

 

浮き足立たないようにリコがしっかり締めて、再度集中させるように促す。このあたりは流石と言うべきか。

 

「紫原君の調子が戻るまでにどれだけ差をつけられるかが問題よ。攻守共に気を抜かないで!」

 

会場内でリコが行わせた作戦、その全貌に気が付いた人間がどれだけいるのだろう。

この作戦の狙いは、紫原の精神状態を崩す事だった。

 

前半で、3P一辺倒と言ってよい消極的OFを仕掛け、誠凛のあえて舐めさせたところから始まっている。

最大17点差まで広がった時には、『大した事のない奴等』と認識されただろう。機転はそこから。

トライアングルOF・ダブルチーム等々で翻弄し、徐々に追い詰めていた。

本来ならその場で評価を改めて仕切りなおしでもするところだが、紫原はそれまでの認識により悪あがきに見えたことだろう。そのフィルターが邪魔をして、格下だという認識を改めなかった。

そして、意識がゲームから離れ、個人的な苛立ちがプレーに影響し始めた。その苛立ちは陽泉のメンバーにさえ八つ当たりしだし、不和を招いた。もっとも八つ当たりに関しては想定していなかったが。

最後に黒子のチャージングによって、意識が完全に試合の勝敗から黒子への警戒に移り、コンディションが最悪の状態にまで陥っている。

途中で、舐められている事に腹を立てだしたリコを理不尽以外に思えなかった誠凛メンバーであった。

 

キセキの世代達は、皆それぞれが精神的な不安定さを抱えており、どこかにムラがあったが、紫原は中でも1番不安定だとイメージ出来る。

面倒を嫌ってOF参加をせず、気分次第でOF参加した時には、相手を感情に任せて1人で捻り潰すほどの活躍を見せる。

そして普段の生活ではお菓子を食べてばかりで何もせず、バスケ以外はてんで残念な人物と言える。

等々、黒子から聞いた情報から推測したのだが、これ程分かりやすい性格をしていれば、そこに付け込む隙があったのだ。

 

「やっぱ、紫原は復活すんのかな?」

 

「はい。このまま終わってくれるほど優しい人じゃないですから。」

 

小金井の疑問に黒子があっさり答え、相手はあくまでもキセキの世代と言う事を再認識させた。

 

「ねぇ、リコ姉。」

 

「ん?どしたの?」

 

インターバルももう間もなく終了となる時に英雄が真顔で問いかけた。

 

「チームの力も、監督としてのリコ姉も全国に通用するって証明出来たしさ....もういいよね?」

 

誠凛は層が薄いという評価を改めさせ、リコを無能呼ばわりした世間に知らしめた。だからこそ、次へと進まなければならない。

 

「こっからは、俺個人がどうか。それ以外にない。」

 

「....そ。気張ってきなさい。」

 

リコが軽く流すのは、心配するべき事ではないと知っているからである。

無茶を過ぎてチームと共倒れするような無責任ではなく、チームの勝利という最低条件を守った上での決意であるのだ。

相手には2m越えが3人もいて、この場以外でこんな高さを経験出来ないからこそ、全力でぶつかりたい。

そんな英雄の決意を静かに了承した。

 

 

 

ゲーム再開。

陽泉がスローインで前を向くと、誠凛はゾーンプレスを解きハーフコートで待ち構えていた。

 

「(まただ!また先手を取られてる....。)くそっ!!」

 

対策を立てて突破しようとすると、誠凛は先にシステム等を変更し、翻弄してきた。

引かば押し、押さば引く。なんとも見事なものだろうか。

やりようのないやり難さに顔を歪ませる福井。

 

「福井!ボール運びが楽になっただけじゃ!いつも通りにいくぞ!!」

 

岡村が積極的に声を出して、動揺を押し留めようと奮起する。

氷室で突破する予定も変更し、福井からのOFを試みる事になった。

 

誠凛はやはり福井に日向と黒子でダブルチームを仕掛けて、パス供給の寸断を狙った。

これまで、ボールキープをしてきた福井もゲーム終盤となり、疲労を隠せない。対して、日向・黒子共に体力的な不安はない。

誠凛の積み上げてきた事が徐々に現れ、陽泉の力を剥ぎ取っていく。

バスケットにおいて、重要視されるポジションはCとPGである。

スモールラインナップを求められる昨今でも、Cというポジションは高く強くであるべきだ。そして、ゲームで最もボールに触れるPGが弱いと、ゲームが破綻する。

陽泉は、その両方に莫大な負担を掛けていた。紫原は自滅に近いが、福井はダブルチームに晒され、体力を削られてきた。勝利の為のラストスパートまで保つのか。

 

であれば、他でカバーするしかない。

紫原がペースを取り戻すまで、氷室メインと行きたいが、火神のマークも厳しさを増していた。

つまり、岡村と劉のプレー次第なのだ。少なくとも、どちらかがフリーになりやすく、チャンスをつくりやすい。突破口があるならそこしかない。

 

「劉!」

 

氷室経由でハイポストに入った劉が受けた。

英雄がチェックし、シュートチャンスを与えない。英雄は下から這うように迫り、劉はシュートの為にしゃがみ込む事が出来ないのだ。

 

「(紫原...は...)」

 

何気なくいつもの癖で、紫原のポジションを確認した。

そんな他愛のない隙を見逃さず、劉が上に抱えていたボールに手を伸ばす。

 

「目移りしちゃ駄目すよ。」

 

容易に奪われたボールは日向が拾って、既に走っている火神にパスを出す。火神は伊月からのサインが無くても動き出せている。

氷室も追っており、火神の前に出る。

 

「いつまでも易々といくと思うな!!」

 

しかし、ワンマン速攻自体がOF側の有利であるが為に、火神を止めきれない。

フルドライブからのフェイダウェイシュートで強引に点をもぎ取った。

 

「どうだっ!!」

 

「.....!(ここに来て、キレが増している。)」

 

火神に跳ばれたら氷室では届かない。シュートレンジに入られるまでが勝負するべきポイントであり、踏み込まれた時点で氷室は負けていた。

更に加えて、速攻に移るタイミングを火神が覚えてしまい、氷室も先読みし難くなっている。

 

「ナイスです。火神君。」

 

「おう!!」

 

陽泉ゴールから戻って黒子とハイタッチを交わす。

自己判断できるようになった火神の動き出しは速く、あっさりとMAXスピードに至る。そうなってしまえば、氷室では荷が重い。

陽泉がペースを掴む為には、まず確実に点を取ってターンオーバーをさせない事が必須である。

 

「(やっぱ紫原無しじゃ無理だ!どうにかして....)」

 

誠凛DFは既に戻りきっており、福井が得点へのルートを考えるが、やはりフィニッシャーが居なければこの窮地を脱却出来ない。

紫原がミスをする可能性を踏まえて、その上でフォローしていくしかないと考えた。

今一調子の上がらない紫原であるが、注意を引ければ幾らかチャンスは作れる。氷室へ直接パスをして仕掛けさせても、火神に一任している様で、他はディナイに専念している。注意を引いて氷室が、無難か。

 

「気合入れろ!DFもう1本!!一気に突き放すぞ!!」

 

この1本がどれ程の価値なのかを理解して日向が、一喝。誠凛メンバー全員がプレスを掛けていく。

福井→氷室→劉から紫原へ高いパスを届けた。

 

「このっ!」

 

黒子が福井にマークしている事を確認し、強引にダンクを狙う。

 

「やらせん!!」

 

「お前なんかに!!」

 

しかし、逸る気持ちが空回りして、タイミングはバラバラ。予備動作も大きくなってしまって、木吉のブロックが押し返す。

力では勝る紫原は、そのまま押しのけるが、リングにボールをぶつけて手からすっぽ抜けた。

 

「そんな....!?どうして....こんなはずじゃ。」

 

心身が乖離してしまった紫原は、普段ではありえない様なミスを犯す。

リングから離れていくボールは火神と劉が手を伸ばす。ゴール下で控えていた岡村は間に合わない。

 

「っらああぁぁぁ!!」

 

「高い!?」

 

2mの劉が伸ばした手よりも高く、火神の手がボールを外へとはじき出す。

 

「英雄君!」

 

ルーズを黒子が拾って、そのままダイレクトで前方にパスを送った。

それを追って英雄が走る。

 

「まちやがれ!!」

 

福井と氷室が追う。しかし、火神程ではないが、英雄も速い。2度3度跳ねたボールを拾って、ゴールまで一直線。

福井をロールかわして、氷室に一瞬の肉薄後に跳ぶ。

 

「てい!!」

 

ボールをくるりと回しながらのダウ浮く、ウィンドミルを決めて点差を広げた。

 

「....(傍目には分かりにくいが...やはり彼は上手い。)」

 

氷室は、英雄の派手なプレーに隠れた地味なテクニックに素直な感心を示した。

 

「もう後が無い....(ああなったら、氷室でも止められん、か。)」

 

崖っぷちどころか、片足がもう落ちかけている。誠凛のターンオーバーへの対抗策は無く、陽泉OFも負のサイクルが回り、点が取れない。

氷室のドリブル突破が1番信頼性を持っているが、有効なパスを送れず体勢が良くない状態を強いらなければならない。

それでも、荒木は決断せねばならない。

 

「氷室にボールを集めろ!」

 

コート内に向けられた指示を耳にした福井は従い、氷室の位置を確認した。ダブルチームに捕まるよりも早くボールを渡して、直ぐに勝負を仕掛けさせる。

ハーフコートに入って直ぐにパス。

 

「....違う。」

 

火神と対面した氷室へボールが渡るところを見て英雄が呟く。その言葉を聞いたのは、岡村のみ。

 

「ぶつぶつとやかましいぞい。」

 

「オカケンさんは、その他大勢で満足なんすか?こんな『負けないバスケ』なんか...。」

 

言葉の途中で駆け出す。

 

氷室は、火神を抜こうとフェイクを仕掛け、前に出た途端にジャンプシュート。

ミラージュシュートの正体を突き止めた火神は、ブロックをひとタイミングずらして2回目のリリースに狙いを定めた。

 

「甘い!ばれてることなど端から分かってる!!」

 

氷室は、火神がブロックを遅らせてくる事を予期しており、1回目のリリースでショットした。氷室は1回目と2回目のリリースを打ち分けられる。

途中で変更が出来るまで昇華した、真の必殺技だったのだ。

 

「ちげーよ。俺は囮だ....悔しいけどな。」

 

氷室の目線とリングの間に手が伸びてきた。

2回のリリースがあるならば、両方をケアすれば良い。ミラージュシュートは強力な武器である。だからこそ、打ち手の心に隙がある。

紫原の集中力を奪った様に、今度は1番のシュートを打ち崩す事で氷室へ精神的ダメージを狙った。

 

「俺達には勝てない!どれだけ負けない理由を作っても!!」

 

火神や紫原のお株を奪うような英雄の豪快なブロックが炸裂した。

 

「火神行け!」

 

日向がルーズを拾ってターンオーバー。

跳ばなかった火神は直ぐに走り出し、そのままダンクを決めた。

 

「だぁっ!!」

 

連続ゴールを決めた誠凛の勢いは増すばかり。果てには氷室まで完璧に止められ、泥沼状態へ向かっている。

今まで、こんな事は無かった。

全国最大級のインサイド、3Pも打てて安定感のあるPG、鋭いドライブでDFを切り開くSG、負けるとすればキセキの世代が進学する様な強豪相手くらい。

負けるにしても、こんな展開なんかではない。

インサイドは半ば崩壊し、SGのドライブも成功率を5割を下回り、PGもダブルチームによって沈黙。

勝利のイメージがとてもじゃないが想像し難い。

今後も誠凛の速攻に晒されるだろう。陽泉OFが全て成功すればであるが。

 

「さぁ、もっとガンガン来てくんさいよ。俺はまだ見てない。」

 

「...はぁ...はぁ.....はぁ...。」

 

「あんた達はこんなもんじゃないでしょ?....止めてくんさいよ。そうじゃないでしょ?」

 

敗北色に染まりつつある岡村に英雄は、改めて言葉を送った。

誠凛の速攻の度に自陣に戻り、止められない事を承知で走り、その結果逆転。士気消沈も仕方ないのかもしれない。

しかし、敵側の英雄はそれを認めない。

 

「点を取ろうとしないFなんか怖くないんだよ!何時までCのつもりでやってんだ!?」

 

今にも膝をつきそうな弱々しい姿を認めない。

 

「ダブルエース?....っはは、その他大勢扱いで納得する程腰抜けだったんだ。ふざけんな!!」

 

「君!何をしているんだ!?止めなさい!!」

 

英雄の激昂に主審が駆けつけ、留めに入る。

近くにいた木吉も慌てて岡村に迫る英雄の首根っこを掴んで動きを止める。

 

「よせ!ファウルになるぞ!!」

 

「っく....。あんたは言ってくれたじゃないか...。チームを活かすって事は、自分が埋没する事とイコールじゃないって....!!」

 

「止めろ!英雄!!」

 

それでも止まらない英雄を日向が駆けつける。

日向は、後半からずっと嫌な予感をしていた。

英雄のエゴは一定のラインと超えると暴発する。

普段はヘラヘラとしている英雄だが、その心の奥に厳しさを秘めている。己に厳しく、日々に反省を繰り返す程に。

特に、認めた相手には容赦しない。木吉・黒子・火神・日向、誠凛のメンバーに対しても言い放ち、言い争いになる事もあった。

それは試合相手にも当てはまる。インサイドまでプレイエリアを広げた緑間との試合は、正直辛かった。次に対戦した時は負けるかもしれない。

結果として、経験を経て精神的にタフになったのは事実なのだが。

 

「テクニカルファウル!黒15番!!」

 

学生の試合では、多少の事は主審が注意で終わる事も多くあるが、今回は英雄の静止と反省が見られず、主審はファウルを宣告した。

テクニカルファウルを宣告されれば相手チームにフリースローが与えられ、その成否関係なく相手ボールから試合が再開される。

このまま勝利へと順調に行きたかった誠凛にとって、痛すぎる結果となってしまった。

 

「....馬鹿野郎。」

 

「....すんません。」

 

リコが直ぐにTOを申請し、ゲームを区切った。

ベンチに戻った誠凛メンバーの口からは何も発せられず、重苦しい雰囲気が漂っている。

 

「すんませんでした。俺....俺!」

 

「何かあったら一言言えっていっただろうが!」

 

日向が怒るのも当然。英雄は誠凛の作戦を自ら瓦解させたのだから。

 

誠凛DFは、陽泉を心理的に追い込んでいた事で成立していた。

大差からの猛追で、陽泉は多少なりとも焦ったに違いない。負けない為には、確実性を求めて紫原なり氷室なりにパスを回そうと考える。

逆に言えば、シュートを最初から捨てている状態だ。ある程度プレスを強めればパスに転ずる事を利用して、スティールからターンオーバーと繋げていた。

紫原がいるから、氷室がいるから、そんな風に考えている節があり、苦しい時ほどその考えは強くなる。

もっとも、陽泉が立ち直ってしまえば、効果は半減するだろう。

 

「それで、これで何か変わるのか?」

 

木吉が何も気にしておらず、微笑みながら英雄に質問を投げかける。

 

「....多分。少なくとも俺はそう信じてます。」

 

「あー!っもう!!嫌な予感はしてたんだよな!!」

 

日向が堪らず、声を上げて頭を抱える。感づいていた為に事前に止められなかった事を悔やんで仕方ない。

 

「英雄君....。」

 

「何んだい、テツ君。」

 

「気は済みましたか?」

 

「こんな事言うのは気が引けるけど、こっからなんだよね。」

 

2、3発殴られる事を覚悟していた英雄は、怒ると地味に怖い黒子と恐る恐る目を合わせて答える。

しかし、黒子も木吉同様怒っている訳でなく、英雄の心中を心配したものだった。

 

「そうですか....。では、頑張らないといけませんね。やってしまった事は仕方がありませんし、その上で勝つんでしょう?」

 

「楽に勝っても楽しいとは限らないからな。」

 

火神も笑い流して、この状況を軽く受け止めていた。強敵との対戦を望む火神にとって問題にならないらしい。

 

「まさか、交代させてもらえるなんて考えてんじゃないでしょうね?」

 

「ありえるとは思ってたよ。」

 

「冗談!体で払ってもらうわよ。覚悟しなさい!」

 

リコは英雄にデコピンし、簡単な罰を与える。

英雄が岡村に何かしらの想い入れがあるのは分かっていた。面倒事になるとは予想していなかったが。

 

「ははは....。体目的なんて照れるよ。」

 

「黙らっしゃい!この変態が!」

 

「変態か...。そんな頃もあったなぁ。」

 

試合展開が急変するかもしれない事態にこの態度。誠凛もタフになったものだ。

 

 

 

「結局何がしたかったのかは、分からんが。チャンスだな。」

 

陽泉ベンチでは、荒木が流れを変えられるかもしれない機会を逃すまいと画策する。

フリースローを2本とも決めて、更にフィールドゴールを決められればと。

 

「補照が馬鹿なのは、分かったけどさぁ。その先どうすんの?」

 

冷や水をかける様に紫原が余計な一言を言う。

多少の点差を詰められても、誠凛DFが機能している内は陽泉に流れは来ない。

紫原は試合に対する興味を薄れさせている。

 

「紫原少し....黙れ。」

 

「う....。何だよ...。」

 

意外な人物からの一喝で、紫原が口を塞いだ。

岡村は真剣な面持ちで、英雄の一言一言を思い返していた。

 

「(なるほどの、顔が負けておるわ。)」

 

とにかく息を整えている他のメンバーを見て、納得する。

 

プレイスタイルは変わったものの、バスケへの態度は昔のままだった。

よくもまあ、そのままで居られたものだと感心さえする。

誠凛はこちらの弱気な部分を狙っていた事も理解した。英雄はそれをばらす事になったとしても、待っている。

 

「(『何を?』だなんて考える事だけ不毛かの。全く以って嫌な後輩じゃ...。)」

 

己の不甲斐なさに苦笑いを零し、大きく深呼吸をした。

 

「どうした?」

 

意味深な笑いをした岡村の横で福井が問う。

 

「なに、少しばかり思い出し笑いをな。」

 

「気持ち悪いアル。冗談は顔だけにして欲しいアル。」

 

劉も会話に参加して、岡村を弄り始める。

 

「お前もどうした?そんな悲痛な顔をして、去年のお前だったらもっとがっついてたじゃろうが。福井も、存在感ないぞい?」

 

「うるせえよ。つかマジでどうした??今までこうしてきたじゃねぇか。」

 

「そうじゃ。でも、それで勝てんなら、変えていかんとな。監督、わしにやらせて下さい。」

 

紫原が進学してきて、初めて岡村が選手として1歩前に進んだ。余所から見れば小さな歩みかもしれない。しかし、何事も小さな変化から大きな変貌に繋がっている。

心に決意という硬く大きな力を宿し、眠れる巨人が目を覚ます。




少々酷評してしまいましたが、紫原のことが嫌いなわけではありません。
特に、原作の終盤戦とかはよろしいかと。
仮に2年目の紫原を想像すると、ものすごい選手になると思いますし。

・余談
コービーブライアント選手が怪我により再び戦線離脱してしまい、残念に思いました。
万が一の事になれば、時代の変わり目を齎すかもしれませんね。

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