「さぁみんな!ウチはこっからよ!相手に見せ付けてやりなさい!!」
控え室からベンチに移動したリコは腰に手を当て、片手を陽泉ベンチに向けて指差していた。
「...カントク、舐められてる事に我慢ならないらしいな。」
「えぇ!?でも、この作戦考えたのカントクじゃあ...。」
「実際に罵られてゴミ屑扱いされたのが予想よりもムカついたんでしょ。」
その横でひそひそと伊月、降旗、英雄が話しまわりも耳を傾けながら、リコを眺めていた。それに気付いているであろう陽泉高校の面々も涼しく受け流している。
当然ながらしわ寄せは誠凛高校メンバーにやって来た。
「返事はぁ!!?」
「「「はい!!」」」
どこぞの鬼監督かのようにメンバーを整列させる。
「よし!こっからはあちらも5人全てでOFを展開してくるわ。でも!そんな事は最初から分かってる!練習どおりにプレーが出来れば勝てるわ!日向君、前半で精神をすり減らした事も理解した上で言うわ。陽泉にとって脅威であり続けて。厄介な存在だと思わせるの。」
「あぁ、分かってる。もう2-3じゃ、俺達は止められない。」
「伊月君、ウチのOFが成立するかは伊月君に掛かってる。いきなりの実践投入は無茶、でも第3クォーターは任せるわ。」
「もちろんだ。寧ろ待ち焦がれていたよ。」
「英雄、これで負担がどうとか言い訳は出来ないわ。ここで勝てばベスト4、あんたの目的に大きく近づく。あの高さ相手に勝算は?」
「在ろうが無かろうが関係無い。勝つよ。キセキの世代だろうと世界のエースだろうと、ね。」
「火神君、失敗を恐れないで。とにかく前に進むのよ。これ以上勉強時間を上げられないわ。ウチのエースを名乗るくらいなら何とかしてみせなさい。」
「うっす。」
「...鉄平。誠凛のCはあんたよ。...楽しんでらっしゃい。」
「おう、これ以上ないくらいに楽しんでるぜ。」
ハーフタイムを明けて第3クォーターが開始された。
福井がボールを運んでいく。
福井には伊月、氷室に火神、残る3人はインサイドを担った。
劉に日向、岡村に英雄、紫原に木吉である。
「意味が分からん。トライアングル・ツーではないのか?」
陽泉の監督である荒木は予想を裏切る誠凛に疑問を浮かべ、横目でリコを見た。
その横顔は得意げになにかを画策しているように見え、荒巻は再度思考を巡らせた。
「....おい。前半何点だった?」
「は、はい。13点差です。」
スコア係りに眉を寄せながら聞くが、頬がひくりと引きつった。
「違う、そうじゃない。私達は何点取ったのかと聞いている。」
「は?あ、39点です。」
「多いな...。」
「はい、今日は皆調子が良いようです。内訳はええと、リバウンドを取ってのカウンターが多いですね。おおよそ5割がそれに当ります。」
「やられた...。」
「え?」
スコア係りはピンと来ていないが、荒木は前半の違和感について当りをつけた。
手がかりは今試合の前半総得点にある。
「っち。(ウチに大差を付けられたチームにしては元気すぎる。)」
本来、全国的にみて陽泉高校にはOF力は低い。何故なら、チームの中心人物である紫原が面倒臭がりOFに参加しないからである。4人でのOFでは、どれだけ1人1人の実力があっても限界はあるのだ。
それでも最終的に相手の心が折れる事で終盤で一気に得点し、平均で80点になるのがいつものパターン。
相手の心が折れる原因は紫原によるところが大きい。しかし、細かく言うと岡村や劉とのリバウンド争いで疲労し、スタミナ切れを起こすのがへし折る引き金になっている。
だからこそリバウンドの可否を無視したのだろう。
DFリバウンドに木吉を専念させる事で、ボディコンタクトを減らし体力を温存させている。他のメンバーも同様。
高さに対して走力でというが、相応の体力が必要だ。実行すれば大きな疲労から逃れられない。しかし、そうは見えない。
逆にそれでも点を取れたのは日向の奮闘もあるが、誠凛のOFリズムが保たれていたことにある。
誠凛の得意なゲーム展開は、見て分かる様にトランジションゲーム。対して陽泉は基本岡村と劉がポストアップしてからの遅攻を多用する。陽泉がペースを握っている場合、当然遅攻になっているはずなのだ。
しかし、リバウンドからのカウンターという状況になれば陽泉であっても走らなくてはならない。陽泉は気付かない内に誠凛の得意な領域で戦っていたということになる。
それも回りくどく、気付かせないように。
気付かなかった理由に関して、思い当たる事もある。それは、紫原のOF参加。
数分で圧倒したイメージは敵どころか味方や観ていた観客にすら植え付けた。だから、この予定以上の得点に気付きにくかった。紫原がいるのであればしょうがないと。
更に紫原の登場が第2クォーターの終盤だった事にも、疑問が残る。
並みのチームならともかく、誠凛は優勝候補だった桐皇学園を下したチームだ。その実力が本物であれば、遅かれ早かれ紫原が積極的にゲーム参加している可能性が高い。
であれば、寧ろ紫原の登場のタイミングは遅かったのではないかという不安も浮上するのだ。
「(なるほど、女子高生と言えどもここまで引っ張ってきた実績は伊達ではないという事か)だが、それくらいの事でどうにかなると本気で思っているのか?」
しかし、陽泉高校は全国でも随一の高さを誇り、キセキの世代紫原敦を擁している。またその実力も本物である。
荒木の言葉同様、ポストアップした紫原が猛威を振るう。
「ふーん。1人でいいの?」
「ぐぅぅぅ!!(やはりこのパワーは..)」
木吉のチェックによる影響が一切なく、福井の高いパスを受けてそのままリングに叩きつけた。
陽泉にマンツーマンDFを仕掛けたチームはいない。平面では対応できないあの高いパス回しを封じる事が出来ない限り。
「速攻!遅れるな!!」
「「「おう!!」」」
紫原がOF参加したことで生まれた、ゴール下のスペースを狙って一直線にパスを回す。
こうなれば、得点も前半に比べて容易だと思える。がしかし、そうもいかない。
Cとも思えない程のフットワーク、そしてその広い歩幅で紫原が追ってきている。
「(んな馬鹿な!?)けど、英雄!!」
伊月は紫原の運動能力に驚愕するが、右斜め後ろに英雄が走ってきている事を把握しており、パスを渡した。
「後半1発目、いっきまーす!!」
英雄はミドルレンジから前方しながらのシュート、ヘリコプターシュートで強引に突っ込む。
並走していた紫原も右手を伸ばしてコースを寸断する。
「止めろ!!」
それを追っていた岡村が叫ぶ。福井は既に追いついており、伊月のチェックを行う。
「(はぁ?何言ってんの?これは...)パスでしょ!」
「火神!」
英雄の手から逆サイドにいた火神が受け取り、ゴール下に入り込む。しかし、それを読んでいた紫原は、着地後素早く移動し火神の面前に立ちふさがった。
既に15点差、ここを止めれば誠凛は致命傷とまでは言わないが、大方の体勢が決まってしまうだろう。
「だぁあああ!」
「うるさいよ!」
力任せでボールを引っぱたき叩き落す。そこに偶々いた英雄が掴み、ルーズボールをキープ。
そして、フェイダウェイで得点を狙った。
「しつこい!!」
再三のブロックがボールを掠めて、リングに弾かれる。氷室が日向を背負いながらボールを奪ってカウンター。
「っくそ!!戻れ!!」
誠凛が前掛りになった状態で、英雄は追いつけない。伊月が臨時でカバーするが、氷室の華麗なドリブルで抜かれ3Pラインを突破。
「まだだ!氷室ぉ!!」
その間に戻っていた火神が迫り、再度ボールを奪う為に圧力をかけた。
「どうやら、やっとその気になったようだな。さぁ、勝負だ!」
前のめりに突っ込みフロントチェンジ、火神が右のコースを警戒したところで逆をついた。
「(インサイドアウトか!?)」
右のコースをチェックする為に移した重心が動き出しを遅れさせ、ものの見事に左を抜かれた。
「もらった!」
「んな訳ねぇだろ!!」
「...だろうな。」
それでも火神は持ち合わせている脚力で追いつきブロックを試みる。しかし、それもフェイク。
跳んだ火神をピボットでかわしてセットシュートを放つ。
「17点差か...。」
その光景を1人で見ていたアレックスは厳しい表情をしていた。
「スタミナの温存も出来てプラン通りなんだろうが、これ以上はヤバいぞ。」
誠凛は本当に健闘していると言える。だが、徐々に点差が開いているのもまた事実。
紫原の化け物っぷり、そして陽泉高校の実力は簡単に逆転出来るものじゃない。
「だが、今のOFは良かったな。あいつ等がやりたかった事がようやく分かってきた。」
アレックスは火神の個人レッスン以外で誠凛に関わっていない。誠凛の言う秘密兵器など知る由も無い。
始めは黒子のシュートの事だと思ったが、まだ他にあるように見える。
「確かに、タイガ次第かもしれん。」
以前に火神の特訓中に英雄が楽しそうに言っていた。『これが完成すれば』と。
「もう終いじゃ。この点差はもう覆らん。」
今度は隙を突かれないようにすばやく自陣に戻りながら、岡村が語りかける。
「もう、ですか...違うんすよ、オカケンさん。」
「ん?」
英雄の発した言葉が頭に引っかかり振り向くと、どこか寂しい表情で英雄が佇んでいた。
「ようやく紫原のギリギリが見えてきた。そして、陽泉のパターンも...。」
「なん..じゃと?」
「はっきり言います。あんた達のバスケは、そのスタイルはもう古いんす。」
「...英雄!行くぞ!!」
俯き気味だった英雄は、日向に肩を叩かれ気持ちを切り替え走り出す。
岡村も英雄の真意を量りながら、警戒心を強くした。前半からあった違和感が形を変え、今警報を鳴らしている。
「(なんじゃ、あの表情は...寂しい?意味が分からん。)ええぃ!全員プレスをかけろ!勝負を決めるぞ!!」
岡村の英断で陽泉は一気に勝負を掛ける。他のメンバーから何の疑問も生まれなかったのは、それぞれがその理由を理解していたからである。
誠凛は得意のラン・アンド・ガンで高速のパスワークを展開。だが、それは既にスカウティングが終えている。黒子のいないパターンでは予測も割りと容易ある為、これが警鐘の原因だとは思えない。
木吉がゴール下からハイポストに入りパスを受ける。同タイミングで火神が外に出て代わりに英雄がインサイドに向かう。
「紫原を釣り上げるつもりか!?」
岡村が木吉の対応に向かい、抜かれた場合は紫原に託す。劉は英雄を追っており、逆サイドに穴が開いた。
「火神!!」
そのスペースを木吉が突き、火神がパスを受けた。氷室は伊月のスクリーンを受け、マークを引き剥がされている。
「もう分かってんでしょ?意味なんてないってさぁ!!」
「ああ、分かってるぜ。勝つのは俺達だ!!」
火神のいる位置より更に外、日向がたった今走りこんできており、火神のパスを受けてシュート。
「...ナイスパスだ、火神!」
「うぃっす!!」
決めた日向と良く見ていた火神がハイタッチを交わし、意気揚々と自陣に戻っていく。
陽泉はあまりにもあっさりと点を取られ少し困惑しながらも、結局は外からと切り替えボールを運ぶ。
「紫原!」
福井がシュートの軌道よりも更に高くボールを放り、紫原のみが取れるパスを出した。
圧倒的高さを持つ紫原だからこそ出来る、脅威のアリウープ。
「がぁアア!!」
他を寄せ付けない暴風雨のようなダンクを止める事は出来ず、ただ跳ね飛ばす。
「っつつ..。」
尻餅をついた木吉はお尻を摩っていた。
「おい、木吉。」
「大丈夫だ、問題ない。というか、そんなに心配すんなよ。ここからが見せ場だろ?」
見かねた日向が駆け寄るが、木吉のその笑顔は本物で今の状況を楽しんでいるようだ。
「さ、楽しんでいこーぜ。」
「...英雄の影響か?この感じ、前より強烈になってる。」
「悪い事か?」
「いや、悪くねぇな。」
「だろ?楽しくてしょうがないんだ。これだから止められない。特にこのチームはな。」
木吉は楽観的な性格を持っているが、似た部分を持っている英雄の存在のせいか、へらへらと笑う事が多くなっていた。
チームを守る事を優先させてきた男が、ここに来て初めて選手個人としての戦いを望んでる。
その背中を日向は嬉しそうに見つめていた。
「やっとか...。」
「何だ?何か言ったか?」
「いいや。...行くぞ!!」
---やっと、本当の意味で肩を並べて戦える。
それを日向が言葉にする事はない。それでも、1年越しのこの想いはきっと報われたのだろう。
「(違うな。報われるのはこっからだ!)」
パスを受けた日向がシュートに跳び、岡村が釣られてブロック。
その状態で回り込んできた伊月に手渡し、伊月のペネトレイト。
「むぅ!(こんなパターンは今まで...)」
ペネトレイトに見えた伊月は岡村の近くで止まりシュートフェイクで紫原の1歩を動かし、英雄にパス。
英雄のミドルシュートを警戒して紫原は動かざるを得ない。
「けど、そのパターンは飽きたし。」
「じゃあ、こんなんどう?」
ボールを逆手に背後にボールを送った。
「日向!?」
ここに現れたのはまたしても日向。先程の伊月のポジショニングがそのままスクリーンになり、日向をフリーにした。パワーでは全く叶わないが、数秒稼ぐくらいなら出来る。
なにより、伊月は知っている。日向が3Pを放つのに必要な3秒という時間を。
そして、英雄もポジションを変える為に走る。
「(ピック・アンド・ロール...。)一々感に触るっ!」
ピック・アンド・ロールとはスクリーンを用いた連携の1つ。
スクリーンをした直後に走り出し、相手DFを困惑させ対応を遅らせる事が出来る。
視界をチラつく英雄に腹を立てながらも、紫原がリバウンドの為にゴール下に戻ろうとすると背中が何かにぶつかった。
「火神!?」
「ぐぐぐ....よぉ」
パワーでは紫原が上。幾らポジション争いをしようと結果は見えているはず。
「っは!木吉!?」
木吉がシュートの軌道に合わせて跳びあがった。
そしてやっと気付いた。日向はシュートを打った訳ではないことを。
紫原はゴール下から出てきたのではなく、引きずり出されていた。火神のスクリーンを振り払ってブロックに行きたくても間に合わない。
火神のマークをしていた氷室がカバーしようとも、ミスマッチで既に跳んでいる木吉をどうする事も出来ない。
「ナイスだ、日向ぁ!」
会心のアリウープは炸裂し、頑強だった陽泉DFを切り裂いた。
「アリ...ウープだと..木吉ぃ!!」
バスケを初めてこれまでにアリウープを決められた事はない。
それ故に、紫原のプライドは強く揺さぶられた。
「まだだ。」
「あぁ!?」
「まだまだ、借りは残ってる。ゆっくり返させてもらうよ。」
「ぐっ...!てめぇ...。」
形相は更に強くなり、今にも襲い掛かりそうな目で木吉を睨みつけていた。
「ケミストリー、か?」
紫原が守るゴールをここまで簡単に破ったチームは見た事が無い。氷室はコートで何が起きているのかを考え、桐皇戦の事を思い出す。
しかし、感覚的な判断だが少し違う気もする。
「違ぇよ、多分な。」
氷室と同じ桃井の意見を青峰が否定していた。
「でも、これって。」
「トレンド。そう言っとった。」
その横で今吉が1つの言葉を漏らした。
「あ?誰が?」
「補照にな。ハーフタイムん時にトイレで会った。」
「あいつ、どんだけトイレが近いんだよ...。」
青峰は以前、英雄にトイレで遭遇し制服で手を拭かれた事を思い出し舌打ちを鳴らす。
「....スモールラインナップって知っとるか?」
「さぁ、知らねぇな。」
「えっと、なんだったっけ?」
「バスケットにも歴史あり、や。元々、とにかく高くて力強いバスケットが主流やった。そして時代と共に流れも変わる。」
何十年前からバスケットにおいてセンターというポジションの重要性は高い。しかし、近年でそれが変わりつつある。
スモールラインナップ。今NBAでも注目されているチーム構成に関する考え方で、平均身長を下げる代わりに機動力を大幅に上げる事ができるというもの。
「誠凛にとって1番大きいのは、木吉がシュートレンジを広げたことやろな。ハイポストに入れるようになった事で、陽泉の2-3はもうほとんど効果を為してない。入れ替わるように火神か補照が飛び込んできてスペースを生かせるようになった。」
スモールラインナップのメリットは、機動力アップにより攻守の切り替えが早くなる事。ゴール下での競り合いでの怪我が軽減される事。
「そういう観点から見ると、陽泉は時代を逆行してるとも言える。ビッグマンの紫原、岡村、劉、この3人を揃えた事は凄いが、カウンターの対処が上手い事いっとらんしの。つまりこういう見方も出来る。時代の流れに乗ったものと乗らなかったもの。」
「...なるほど。」
今吉の示した構図を理解し、うーんと唸る桃井。
「多分、この試合を若松に見せたらおもろい事になるかもな。」
「確かに。あ~撮っておけばよかった。」
3人がそんな話をしている最中にも試合は進んでいる。
「よこせ!」
激昂した紫原がボールを要求しているが、伊月が福井にチェックを強めておりそうそう高いパスを出せそうも無い。
「(だったら)劉!」
福井はミスマッチになっている劉を選択。日向では劉のシュートを止められない。
「この距離じゃ話にならないアル!」
フリー同然の状況でシュートを決めて再度17点差。
「戻れ!来るぞ!(アリウープの後にあっさり返されてもダメージなしか...)」
岡村は誠凛の速攻に備えて自陣に向かって走る。
「すまんみんな。」
「気にするな。俺達のOFが通用したんだ、こんな些細な事は問題じゃない。」
「こっからギアを更に上げるから、気にせずついて来いよ?」
「たりめーだ。」
日向の失点であろうとも今は関係ないのだ。正攻法で陽泉から点を取った。この事実は活力へと繋がっている。
誠凛のOFはまたしても木吉がハイポストにあがるところから始まった。
「どーせまた、俺をゴール下から離したいんでしょ?(その距離なら間に合う。ひねり潰してやる。)」
そして警戒していたのは福井も同様、木吉へのパスコースを塞ぐ。
「そー簡単にやらせるかよ。」
「....っふ。」
起点を潰された伊月が軽く笑い、ノールックで左にパスを出した。
受けたのは英雄、劉が一気に詰めていつでもブロックにいける体勢を取った。
しかし、その瞬間。誠凛のOFポジションが一変する。
逆サイドにいた日向が左のコーナーまではしり、木吉が英雄とリングを結ぶ一直線上の間に移動。
「(なんだ?何を狙っている?)」
荒木がベンチから目を細めて、誠凛の動きに注目していた。つい先程の失点についてまだ把握できておらず、何故ここに来て誠凛が止められなかったのかを早急に見極めなければならない。
「順平さん!」
「(日向か!?)」
劉側に3Pを打てる日向と英雄がいるのだ。堪ったものではない。だから、つい吊り上げられてしまった。
劉が開いたスペースに英雄が入り込みジャンプシュート。当然、紫原が迫ってくる。
その股下を綺麗にバウンドパスで木吉に送り、ゴール下でシュートを狙った。
「まだじゃ!(くそ...。)」
「そうだ。俺達はこんなもんじゃない!」
更に岡村のブロックをギリギリのパスでかわして、ミドルレンジでフリーになっていた伊月が決めた。
「(何だ?分かっていても、止められない!?)」
福井は困惑する頭を抑えきれない。アウトサイドシューターが2人いる時点で陽泉のDFが苦しいのは分かる。しかし、後半の失点はインサイドから崩されているのだ。
「これは...!そんな...まさか!!?」
ようやく荒木は気が付いた。誠凛が何をしているのか。生半可なOFでは破れない、強固な盾を切り裂いたその正体を。驚きのあまり、ベンチから立ち上がりもう1度その目で確認する。
「トライアングル・オフェンス!!?」
・インサイドアウト
クロスオーバーを使わず上体の動きとステップで抜く技術。速攻の時などによく使われており、スラッシャー系の選手はみんなこれが上手い。
・ピック・アンド・ロール
実践的なスクリーンのパターン。ピックとはスクリーンのこと。