紫原の連続ゴールからのダメージを必死に押し殺し、再びOFを仕掛ける。
今度はスタンダードに日向がスローイン。英雄がボールを運び、ハイポストで待つ木吉にパス。
木吉がシュートを狙って紫原を引き付けた。そして、黒子でシュート。紫原が着地後に直ぐに立て直してブロック。
「っち!(...でもこれは?)」
その軌道に偶然にも紫原の手がわずかに入っていた為、ボールはリングに弾かれた。
「リバウンド!!」
ゴール下にいるのは、火神と岡村の2人。
紫原は連続ジャンプの後で間に合わない。劉は福井と共に英雄のマーク。
「(分かってる!分かってるんだ!...けど!!)っぐ!!」
岡村に押し込まれてポジションを奪われていく。キセキの世代以外の人間でパワーであっさり負けたことなどない。しかし、こうして岡村・劉にいいようにされている。
「ぬるいわ!!」
岡村の力で押し込まれている分、火神のジャンプのタイミングは遅れた。
完璧にボールを補給し、外にいた氷室にパスを出す。
日向では、氷室との1対1は止められない。氷室は1歩たりとも反応させずにハーフラインを超えていく。
「くそ...(やっぱ上手ぇ!)」
日向同様外にポジションを取っていた英雄が氷室を止めようと駆け寄る。
既に3Pラインを超え、氷室のシュートレンジ内に入っている。
「君のDFは感心する。だが、ボールを持てさえすれば関係ない!!」
英雄のDFはボールを完璧にキープするまでに威力を発揮するものである。
その瞬間の隙はキセキの世代であろうが変わらない。ただ、ボールを持たせてしまって尚且つカウンターを仕掛けられてしまえばどうしても不利になる。
火神程のバネを持つ脚力がないのだから。
「シュート!?」
氷室のジャンプシュート。
しかし、火神程でないにしろ英雄ならば届く。
はずだったが、触れる事すら許されず、ボールは英雄の腕をすり抜けるようにリングまでの放物線を描いた。
「このシュートは止めさせない。誰にも!」
「これがあるんだよねぇ...。」
流石の英雄の難しい顔を隠しきれない。そもそも、この状況になった時点で失点の可能性は濃厚だったのだ。
リバウンドを取られてからのカウンターに対して効果的な対抗策が出来ていない。
時計を見ると残り数十秒、最後のOFになるだろう。きっちり決めて後半に繋ぎたいところだ。
「(つっても若干テツ君の影が濃くなってるんだよね。...頼り過ぎたか。)」
黒子からの提案で、予定でもどこかで1度ベンチに下げなければならない事もあり、第2クォーターのOFを黒子中心にしてきた。
しかしその弊害か、黒子のミスディレクションの効果がなくなりかけていた。その状態で紫原に通用するのか。
「んな訳ないじゃん!」
「やばっ!!」
うっすらでも黒子の位置が確認できた紫原はとっさに英雄からのパスをスティールした。
そして、そこからドリブルを始めて単独突破を図る。
「(でけぇくせに速えぇ!)」
目の前に居るのは果たして人間なのだろうか、巨大な塊が襲って来る。正に戦車を相手にしているかのような。
「自分のミスは自分で...。」
「へぇぇ....だから?」
英雄が挽回しようと紫原の目の前で腰を低く落として構えを取る。
しかし、圧倒的なパワードリブルで英雄の体が無理やり後退させられている。
少し前のやり取りでチャージングを警戒した紫原はあっさりと自分のシュートレンジ内に到達した。
「結局そーいうことでしょ?」
高速のピボットターンは英雄を置き去りにする。その場から跳んでも圧倒的に高さが足りない。
「まだだ!!」
「ここは止める!!」
英雄の踏ん張りの間に木吉と火神が追いついていた。
紫原に2人掛りでブロックを試み、シュートコースを塞いでいく。
「....で?」
2人の上から覆いかぶさるように押しつぶす。それは分かっていても止められない。
「ぐぁっ!!」
「おぉぉ!?」
炸裂したダンクの威力に2人は吹き飛ばされた。
それを紫原がリングにぶら下がりながら見つめ、着地して一言。
「ど~お?気分は。」
やっとの事で引きずり出した紫原はやはり強大な壁となった。
この事態を予測していたが、その予想を遥かに超えた紫原のプレーは未だ全力とは言えない。
しかし、その6割程度の力でこの影響力。2分に満たない時間でペースを奪った。
ビーーーー
「んん~?終わり?全く...悪運だけは強いよね。」
第2クォーター終了の合図が鳴り響き、劣勢になった流れを一旦止めた。
のしのしと自陣のベンチに向かってダルそうに戻っていく紫原。
「(...運?そんなはずは...)」
火神と木吉同様に近くまで来ていた氷室は冷静に状況を見つめる。
英雄が2人に手を伸ばして起き上がらせていた。
「大丈夫っすか?あんま無茶しないで下さいよ。」
「すまん、ついな。」
「っけ!そんな細けぇ事は知らねぇよ。」
「おーおー、すっかり熱くなっちゃって。」
起こされながらも火神はそっぽを向いて意地を張っていた。
まぁまぁと話しながらベンチに戻っていると、岡村に話しかけられた。
「おい。お前がなんじゃあかんじゃあと言いながらも、結果はこれじゃ。」
岡村が首で指し示した得点板には陽泉の優勢が表されていた。
陽泉高校 39-26 誠凛高校
誠凛が色々と仕掛けてきたがいつも通りにインサイドを支配した結果。
大人気ないと自身でも思っているが、思い知らせようとした。試合前に言われた事を忘れていない。
いくら旧知の仲とはいえ、チームを馬鹿にされて黙っていられるはずがないのだ。
「じゃが...あいつを引っ張り出した事は認めちゃる。」
「んだてめぇ...。何もう勝った気でいんだよ。」
その言葉に反応したのは火神であった。岡村と英雄のこれまでの事など知る由もないが、その上から目線は気に入らない。鋭く睨みつけて威嚇していた。
「こらこら、俺の出番を取るなっつの!...ま、そゆことっす。楽しみは後半、最後に笑ってるのは俺達なんすよ。」
前に出た火神を押しのけて英雄はドヤ顔で対抗した。
「何言ってんだ?お前は基本笑ってんじゃねぇか。」
「火神馬鹿。冷めるわ馬鹿。ジャンプ馬鹿。」
「うるせぇ!馬鹿って言った奴が馬鹿だ!馬~鹿!!」
「赤点野郎が何言ってんの?この前の...」
「あ~~~!!今言うんじゃねぇよ!!」
火神の失敗談をこの場で暴露しようとした英雄の口を必死で塞ぎにいった。英雄がふさがれモガモガ言っている。
「敵なんじゃが、お前等もう少し緊張感を大事にした方がいいじゃろう?」
一瞬にして空気になった岡村が、呆れながら言葉と同時にため息が出ていた。
「すみません。ウチは基本こんな感じなんで。」
「そうか、苦労してるんじゃの...。」
仕方なく代わりに応対した木吉の背後に日向が現れ、火神と英雄の首根っこを引っ張っていった。
その姿を見て岡村はふいに親近感を覚えていた。部員の奇行に困らされているのはどこも一緒のようだ。
「俺はともかく、ウチのキャプテンなんですが。...けど、このチームは楽しいですよ。きっとどのチームよりも。」
「.....。」
木吉は1度頭を下げてチームの元に戻っていった。
いきり立つ火神の頭に手を乗せて諌めながら笑っていた。現時点で負けているチームと思えない程に。
誠凛はハーフタイムを使ってプランの最終確認をしていた。
「みんなお疲れ!差し入れ準備してきたわ!!」
リコがタッパーを抱えている。どうにも嫌な予感しかしない。
全員が静かにそのタッパーを見つめていた。
「おいおい、またかよ。カントク、まさかまたレモンをそのままぶち込んでる訳じゃないよな?」
「ふふん!同じミスを何度もすると思ってるの?いつもとは違うのよ。」
なにやら自身ありのようで、強引に受け取らせた。
震える手でゆっくりとその蓋を取る。
「なんでよ!?」
「...察してくれよ。」
気を取り直して中身を確認すると、やはり丸ごと蜂蜜に浸かっていた。
「そうそうそう、やっぱ冬はミカンだよね~...って一緒じゃんか!」
「何が違うの!?」
この物体のどこに自信があったのかと必死にリコを問い詰めた。
「馬鹿ね~。それきんかんよ?レモンって結構高いのよね。」
「そっち!?」
「あ、俺。昔にミカンを山ほど食べさせられて足の裏が黄色になった事思い出した。」
「今言うなよ!食べる気失せるだろ!!」
メンバーがガヤガヤと揉めていると、水戸部が静かに果物ナイフを取り出した。
水戸部も学習して、リコの持ち込んだ食べ物(?)を後から手を加えられるように準備していたのだ。
「さっすが水戸部!!ぬかりねぇ!!」
「やっぱ水戸部だよな!!」
一切リコが賞賛されないオチも鉄板になってきた。
「と、とにかく!黒子君を一旦下げるわ。」
「はい。伊月さんお願いします。」
なんともモヤモヤ感が残るリコだったが、このままハーフタイムが終わりそうなので本題に戻る。
「黒子抜きで点を取るとなると...やはり紫原が問題だな。」
「ああ、それより木吉。膝は大丈夫か?」
「今のところはな。」
木吉が陽泉のゴール下の攻略法を考えているが、日向としては木吉の状態の方が重要だった。
ミドルシュートを解禁した事でOF時に掛かる負担が減るだろうが、リバウンド争いの疲労はどこまで溜まっているかが分からない。
「やらせてくれ。大事な時に使えないようじゃ、俺は...。」
「木吉...。」
木吉は今、チーム内における自分の存在意義を計っている。それほどに自分自身を追い詰めていた。
言いだしっぺが足手まといになる。その辛さは本人にしか分からない。
既にチーム内で周知の事実となったが、木吉の膝は関知しておらず、誠凛バスケ部としての試合は今回でラストなのだ。
賭ける想いは人1倍強い。
「鉄平さん。そんなあなたに良い物ありますよ?ジャッジャジャーン!!」
英雄は持参していたバッグからサポーターを取り出した。
「は?何なんだ?」
「M社のニーサポートは関節の横ズレをがっちりガード!その上、膝の曲げ伸ばしに一切違和感無し!上下のテンションベルトのフィット感是非体感して下さい!!」
「なんで通信販売風なんだ?」
「左右合わせてなんと18000円!!」
「「「高え!」」」
サポーターを持っていた事よりも金額に驚いていた。
「つか!そんなんあるなら最初から出せよ!」
「いやね?今日の試合前にはしゃいでたら、忘れっちゃってたんすよ!これがマジで。」
「うぜぇ...。」
周りから総ツッコミを食らって小話風に話す英雄にイラっとしたのは仕方が無いだろう。
「おぉ、遂にできたか。」
「立て替えたんすから頼みますよ。調整もおっさんに頼んでばっちし!」
英雄から受け取った木吉はそのまま膝につけて感触を確認していた。
サポーターを付けての試合は初めてだが、英雄の言葉どおり違和感がなかった。
「知ってたのか?」
「まあな。今まではリコのテーピングでなんとか凌いでいたが、長いトーナメントを勝ち進むんだ。こういう事も必要だろうと思ってな。」
誠凛バスケ部の台所事情は厳しい。
発足してから2年目のチームに与えられる予算内でリコがやりくりしている。
その為、木吉はテーピングで試合に臨んでいたのだ。
しかし、全国の猛者達やキセキの世代のいるチームとやり合うには、自己の体調管理が重要だった。
そこで英雄に依頼し、調達したものを景虎が調整、思いついたのがWC本線直前ともあってこれまでに間に合わなかったのだ。
「けど、これでやり通せる。」
「にしても...流石と言うしかないわね。彼が出てくるだけでこうも変わるのだから。」
前半の好調もあくまで紫原がOFに参加していないものでしかない。決して胸を張れないのだ。
「よく言うよ。始めはどうなるかと思ったぜ。リバウンドが取れないから5割は決めてね、だなんてな。」
「ま、いいじゃない。信用してるのよ?」
日向はきんかんの蜂蜜漬けをかじりながら苦言を漏らすが、リコは笑って流した。
「お前達、良く聞け。前半はいい感じだった。あちらのアウトサイドからのOFに晒されながらもインサイドを徹底して抑えたことにより、充分な点差を付けられた。紫原も、積極的になったのは予定外だったが、後半も期待していいのだな?」
「まぁしょうがないよねぇ。面倒だけど。」
陽泉高校の控え室でも後半のプラン確認が行われていた。
大きくリードしている側ともあって、雰囲気は明るい。しかし、それを素直に喜べない者もいた。
「.....。」
「氷室、浮かない顔をしているな。」
「いえ...。」
荒木は静かに汗の処理をしている氷室に声を掛けたが、返事も今一元気がない。元々、話すタイプではないが何か思い詰めているように見える。
「後半開始、恐らく黒子はベンチに下がる。そうなれば、火神とのマッチアップも増えてくるだろう。」
「それはありがたいのですが...。」
「...ふむ。他にも感じている者もいるだろう、この言いようのない違和感について。」
氷室以外にも岡村や福井も同じ様な表情をしており、代わって荒巻が言葉に出す。
「え~、考え過ぎでしょ。結果勝ってんじゃん。」
その中で紫原のみが、興味なさそうに反論。
「確かに、外に関してはそこそこ認めてもいいけど。けど、それだけ。そこらのゴミ屑を変わんないしね~。」
「言葉を選べといつも言っているだろうが...。ともかく、紫原のいう事も一理ある。気にし過ぎても害になるだけだ。警戒をしっかりしておけば、問題ない。いつも通り締めていけ。」
だが、言っている事は間違いじゃない。勝つ為に作戦を仕掛けてくるのは当然で、その上で陽泉はリードを奪っているのだから。
荒木は集中力を乱されるのを嫌い、この話題を終わらせた。
「誠凛のフォーメーションを攻守共に変更される。データの統計的に考えて、PGの伊月を投入してくる。」
「外が3枚か...。」
「じゃが、伊月自体には外からの成功率は低い。実質2人じゃ。が、マークに1人取られる。こちらもインサイドの人数は減ってくるの。」
黒子がいないパターンから考えうる状況を予想し、対応策を考えていく。
「インサイドに関しては紫原がいればまず問題ない。劉が開いて、岡村がフォローに回れ。」
「ん~。」
「はい。」
「後半どうなるかな?」
選手のいないコートを眺めていた青峰に桃井が質問をぶつけていた。
「...さあな。っち、やっぱ後半から来るんだった。(なんだこの違和感は...)」
「なによそれー!そんな事言って結局遅刻するんでしょ!」
普段のこともあり、頬を膨らませた桃井に強く言われて反論が出来なかった。
「むっくんが出てきたから、やっぱ誠凛は苦しくなるよね。」
「これはそんな単純な話じゃねぇよ。」
「え?」
本当は面倒だったが、桃井に根負けて状況の解説を始めた青峰。
「さっきも言ったが、誠凛は陽泉に対して3Pのみで対抗してるようなもんだ。つまり」
「つまり、猫被ってる可能性があるっちゅうこっちゃ。」
そこに別の方向からの声が話を割った。
「...あんた。受験勉強はいいのかよ。」
「今吉さん...。」
誠凛との試合後に引退し、受験勉強に励んでいた今吉がいた。
「気分転換がてらに見に来ただけや。これくらい問題ないわ。」
「あ、お疲れ様です。あの、今の言葉はどういう?」
突然現れた私服の今吉に対して、桃井がおずおずと問いかけた。
「どうもこうもあらへん。微妙な違和感を感じ取る奴は今見てる中にもおるはずや。のう、青峰。」
「.....そもそも。前半、誠凛の作戦はどう見ても成功するとは思えねぇ。」
「え...。」
誰もいないコートを眺めながら青峰はその違和感について話し始めた。
「偶々テツが新型シュートを身に付けたからこその、今の点差だ。それがなけりゃ、もっと点差は開いてたはずだ。もしくは、それ以外に点を取る方法があったが隠したか。」
「そしてDFもや。もっと効果的なやり方が存在する。」
「....ウチにやったようにですか?」
「そや。わしにやったようにPGからのパスの供給を抑えてしまえばええんや。4人なんやからそこまで難しくないやろ。」
「...考えれば考えるほど、確かに変ですね。あえてゴール下で勝負したってことになります。そして不利な状況がそのまま点差に繋がった。」
一見、陽泉有利のように見えるコート内には思惑が渦巻いていた。
前半に点差を付けられるのを想定していたかのように、端から前半を捨てていたかのように。
それでも、生半可な策略は陽泉には、紫原には通用しない。
「あえて追い詰められて、ケミストリーを誘発させるってのはどうですか?」
「可能性は捨てきれねぇが、考えにくい。つか、さつきが1番あいつ等過小評価してんじゃねぇか。」
「んもう!青峰君は黙ってて!!」
桃井の提言を否定した上で小馬鹿にした青峰に頬を膨らませた。
「はは、仲ええのう。」