…なんて、たまたま仕上げ直前まで出来てただけなんですけども。
ご感想や評価、ありがとうございます。最近の一番の楽しみです。
<<--- Side Hachiman --->>
『じゃあ、後は任せるから。きちんとケアしてあげてね。おやすみなさい』
「ちょっと待て、ケアったってどう──くそ、あんにゃろ切りやがった…」
突然掛かってきたかと思ったら、一方的に打ち切られたその電話。
軽い舌打ちと共に、俺は廊下から暖かい自室へと身を滑り込ませた。
屋内とはいえ空気は十分過ぎるほどに冷たかった。萎縮した身体が暖かな室温によって緩んでいく感覚がこそばゆい。
「まーたなんか揉めごと?」
こちらも見ずに呆れた声を上げたのは、Tシャツ一枚の女の子。彼女は俺のベッドを占拠しつつ少年マンガを読み漁っている。露出したその健康的な肌は季節感を多分に損なっていた。今は真冬なんだけどな…。
こいつのせいで、俺は電話をするためにわざわざ自分の部屋からくそ寒い廊下へ退出するという、意味の分からない憂き目に遭ったのだ。
「…小町ちゃん、せめてなんか履きなさい」
誰あろう、この我が物顔の娘っ子こそ、比企谷王国のプリンセスにして愛妹の小町である。
いや、この状況で愛妹とか言うと世間様から要らぬ誤解を招くかもしれない。ここは敢えて愚妹と呼ばせて貰おう。
「安心してください、履いてますよ♪」
彼女がきゅっと細い腰をひねると、だぼっとしたTシャツの裾からペパーミントの布地が覗いた。
やっぱ愚妹で間違いないわ。とても年頃の娘さんのすることではない。
ショーツに包まれた女の子のお尻。
客観的にも正しい表現であり、それだけ聞くと大変魅力に溢れる響きと言える。
しかし真に遺憾ながらここに俺の主観が入った場合、目の前のそれは妹の半ケツとしか認識されない。
妹でなければもっと違う目で見られたのだろうか。いや妹でなければそもそもお目にする機会もない。これは可愛い妹を持つ兄を悩ませる、永遠のパラドックスなのだ。
「パンツだけじゃねーか。パジャマ着ろっつの。風邪引いたら看病すんの面倒だろ」
「そこで知らないって言わないとこ、ホントお兄ちゃんは小町のこと大好きだよねー」
一応は持ってきたらしいパジャマのボトムスが床に落っこちている。仕方ないから拾い上げてパステルカラーの眩しいおケツに被せてやった。
「ヤダーお風呂上がり暑いー。ほら小町、お兄ちゃんと違ってまだ若いから。もー代謝とか良すぎてコマっちゃう。ていっ」
こいつめ、フリフリっとシリを器用に振って払い落としやがった。なんだそれ可愛いな。間違っても外でやるんじゃないぞ、萌え死に多数でテロ事件になっちゃうからな。
「小町だけにってか」
「そそ、小町だけにー」
重ねて断っておくが、繰り返し尻に言及しているからと言って、この奔放な娘さんの身体に対する興味なんてものは微塵もない。
お兄ちゃんが可愛い妹の尻ダンスを見て思うことと言ったら「カンチョーかましたろか」くらいのものである。昔は実際にかまして泣かせたこともあったかもしれない。
小町がこうやって俺の部屋でマンガを読んだ後は掛け布団がぺったんこになるんだよなぁ…。その分
「雪乃さんなんだって?」
「一色に電話しろって」
先ほど聞いた話によると、何やらまた一色に対してのアクションがあったらしい。間接的な嫌がらせを受けたみたいな話だったが、本人も遠慮して言えないでいるとのこと。
無理もない。実際俺も聞いた時は呆れ声を出してしまった。その後きっちり雪ノ下に説教もされた。
ただ、個人的には責任みたいなものも感じてはいるのだ。写真のゴタゴタでこちらに注意を引きつけたものだとばかり思っていたのに、まさか一色の方にも手を回してくるとは。正直、予測を崩されたような気分だった。
何があったのか、詳しい事は本人に聞くように言われている。アフターケアも怠り無く、と念まで押されて。
ストーカーから受けた嫌がらせ。きっとそこらの粘着行為とは一線を画しているのだろう。
"愛してる"で埋め尽くされた便箋とか、それが体液まみれの封筒に陰毛とセットで入っていたとか、そんな感じだろうか。いやいや、凡人の俺にはちょっと思いつきそうにない。相当に高レベルな変態行為と見ておくべきだろう。確かに一色のメンタルを懸念する雪ノ下の気持ちも分かる。
「あー、お兄ちゃんの"彼女さん" ね」
小町にはこれまでの
「その言い方はおよしなさいな。お兄ちゃんに彼女さんが居た試しがないのはよーく知ってるでしょ?」
「あーうんそゆのいいから。早く電話したげなよ」
一色との偽装関係について、小町の反応はあまり芳しいものではなかった。偽の彼氏彼女という遊び人っぽいフレーズが中学生の潔癖さに障ったのだろうか。
理由を聞くと「一色さんのことはよく知らないから」と答えたが、知っている相手なら許せるという理屈もよく分からない。
「つか、なに当たり前の顔して寛いでんの?それ貸したげるからお部屋に戻んなさい」
「じゃあマンガは要らないから小町ここに居ていいよね?はやく電話してみそ!はやくはやく!」
バッカお前、そんな
「…パジャマは着とけ」
「あーい♪」
………聞いてください違うんです。
だって俺、一色と電話番号とか交換してないんですよ?
なのに雪ノ下が一方的に番号らしきものを送りつけてきて…超掛けたくないわーこれ。
嫌がらせされて不機嫌も警戒心もマックスハートな一色さんが、知らない番号からの着信に出てくれる確率。それたぶんガリガリ君でアタリ出す割合のがずっと高いですよ?
「は?誰ですか通報しても良いですか番号知ってたら掛けて良いとか友達のつもりですか慣れ慣れしくてムリですごめんなさいもう通報しました」とか言われそう。
その時の被ダメを考慮すると、やっぱり慰め要員のひとりも必要だと思うわけですよ。
「じゃ、かけるぞ…」
誰も求めていなさそうな言い訳を胸のうちでこねくり回しつつ。
雪ノ下から聞いた番号を入力し、通話ボタンを押した。
呼出音が一回──、二回──。
こ、この瞬間、すげえ居心地悪いんだよな…。
無駄に肩に力とか入るし、相手が既に気付いてて、でも出ようかどうか迷ってるんじゃないかーとか想像しちゃったりすると、もう気が気じゃない。
つか、俺だったら知らない番号からの電話なんて絶対に居留守を決め込んで──
『──いい加減にしてくださいっ!』
耳をつんざく第一声が、用意していた予想パターンの斜め上を突き抜けていった。
無事繋がった喜びに浸る間もない。俺は目を丸くして小町の方を見やった。
彼女はこちらを疑わしい目でじとーっと睨みつけている。
おや、口パクで何か言っているようだ──な・に・し・た・の?──いや何もしてないし言葉すら発してないよね、キミずっと見てたでしょ。
『つぎ電話してきたら、警察に通報しますからっ!』
電話の向こうは相当いきり立ったご様子で、掛ける番号を間違えたかとすら思った。
しかし、この甘痒い感じに鼻に掛かった声。怒っていても一色いろはに違いない。
ベースコーチの如くベッドに居座る小町からは「謝って!とにかく謝って!」とハンドサインが飛んでいる。
「わ、分かった。やっぱ電話はまずかったよな、了解だ。後でメールするわ」
『…え………あの、もしかして、せんぱい…ですか?』
「お、おう。悪いな、急に…」
『な、なんだぁ~!もー脅かさないでくださいよぉー!声低くて分かんなかったですー。無駄にカッコいい声出さないでくださいよー!』
「…いや、俺も相当驚いたんだが?」
急にいつものペースに戻った声色を聞いて、俺もようやく大きく息を吐いた。どうやらさっきのは、俺に対しての態度ではなかったらしい。
一色って怒らせるとあんな感じなのか。意外と凛々しい声も出るんだなとか、妙な感想を抱いてしまった。
ところで電話ってそこまで声が変わるものだろうか。いつも通りのテンションで話したはずなんだが。家族以外で電話する相手があんまりいないから統計の取りようがないな。くすん。
「お兄ちゃんの声、電話だと余計重いからねー」
一色の声が大きいせいか、会話が筒抜けだったらしい。余計ってなんだよ普段から重いみたいじゃねえか。
重くて嬉しいのは財布と漬け物石だけって相場が決まってるのよ?
『でもちょうど良かったです!あの、今すぐ教えて欲しいんですけど、
あれま。いろはすってば、結構な毒舌家でいらっしゃる。
雪ノ下と口調が違うせいか耐性がなくてダメージがよく通るわ…。
「ごめんなさい今後二度と電話しませんので堪忍してください」
『は?…違いますよ、先輩のことじゃないですー!ほら、聞こえませんか?コレ!』
スピーカーの向こうからは、やや遠くで鳴っていると思しき着信音が聞こえてくる。
一色の電話は今まさにこうして通話中なのだから、これはつまり彼女の家の固定電話だろうか。
「…今度はイタ電か。もうラーメンなら全乗っけって感じだな」
冗談めかして言ったが、正直頭を抱えたくなった。
ヤツはどんだけ一色に執着しているのだろうか。俺のやり方では生ぬるいのではないだろうか。
そして逆に、少しだけ安心もした。
悪戯電話をしてくる場合、犯人は相手の家に盗聴器も仕掛け、その反応を楽しんでいるケースが少なくないらしい。さっきの一色の啖呵やこうした相談の状況を盗聴によって察知しているのであれば、今もなお電話を鳴らし続けるとは考え難い。ゆえに現状、彼女の自宅における盗聴の可能性は低いと思われた。
「で、大丈夫なの?お前さんは」
…今なんか、電話の向こうで『はぅっ』とか息漏れする音が聞こえたんだけど。
ちゃっかりストレッチでもしてるの?実は余裕のよっちゃんなの?
『な、なんですかこんな時に心配してみせるとか彼氏のつもりですかだいぶクラッときましたけどまだ本契約もしてないし自重して欲しいですごめんなさい!』
ああうん、とりあえず元気そうで何よりです…。
つか彼氏って契約してなるモノだったのか、知らんかった。まあ最近は魔法少女になるのだって契約が必要なご時世だしな。そう考えると、ミスったら暗黒面に落ちちゃったりするあたりも親和性がある気がする。
「…そんだけ口が回るなら心配は要らなさそうだな。差し当たり、家電の方は回線抜いといたらいいんじゃないの?別に一晩くらい無くても困らんだろ」
『そ、そうですね!すぐ抜いちゃいます!』
ぱたぱたっとフローリングを叩くような篭った感じの足音に、俺は何となく居心地が悪くなった。靴を脱いだ一色の立てる"生活音"にやたらと生々しさを感じる。そこから連鎖的に脳裏に浮かぶ、白さの眩しい太もも。そしてその感触までも…。なるほど、これは盗聴したくなる気持ちも分からないでは──いやないな、ないない。
ダメ犯罪、絶対。色即是空、空即是色…
『なんでお経とか唱えてるんですか嫌がらせですか!?』
…おっと、ちょっぴり口から漏れてたらしい。
「気にすんな、単なる精神統一だ。つかまだ電話機の音するんだけど、何してんの?」
『だって家の中、薄暗くておっかないんですよー。先輩、なんか面白い話しててください』
「無茶振りすんな。お前んちなんだから電気付けたら良いだろ。誰も居やしねえよ」
『だから怖いんじゃないですかぁ…』
「なら誰か居るんじゃねえの」
『ぎにゃーー!先輩の役立たずーー!』
「どうして欲しいんだよ…」
バタバタしているうちに鳴り続けている電話の音がはっきり聞こえるようになった。電話機に到着したらしい。
やかましい…というか、無機質に鳴り続けているのがかなり気色悪い。第三者として見ても鳥肌モノだ。これは当事者ならノイローゼになるわけである。ホント、一色はよく耐えているものだ。
いや、誤魔化しているだけで実際ストレスは相当に溜まっているのだろう。昨日のエロはす出現は崩壊の兆候かもしれない。このままストレスに晒され続けていたら、そのうち本気で覚醒してしまうのではないだろうか。
………。
すまん一色。今ほんのちょこっとだけ、また見てみたいと思ってしまった。
でも、取って食われそうなレベルの迫力があるんだよなー、あれ…。
雪ノ下に似合う大罪が"傲慢"なら、あの時の一色は間違いなく"色欲"だろう。何せほら、
『じゃあ、ぬ、抜きますね?』
暫くして、電話から聞こえてくる着信音がぶつりと止んだ。
小町の様子を見ると、枕に頭を埋めて隙間からこちらを窺う怪談モードに移行していた。俺達のやり取りから不穏な気配を察したのだろう。いちいち
『ふう…止まりました』
「それ、前々からあったのか?」
『いえ、たぶんこの相手は今日が初めてかと』
この相手は、か…。
これまでの苦労を
『拒否ってもガンガン掛かってくるんですけど、そういうの効かない電話ってあるものなんですか?』
「どんなホラーだよ。大方、公衆電話でもハシゴしてるんだろ。駅とかなら沢山置いてあるし」
さっきの番号を調べればその辺はすぐに割れる。なんなら現場に張り込むという手も…。いやそれは厳しいか。俺が相手の立場だったなら、警戒して次は場所を変えるしな。
『でも、わたしの番号、どうやって…男の子にも基本教えてないんですけど』
「いや、雪ノ下が電話しろって教えてきたんだよ、勝手に…」
『だから何ですぐ卑屈に走るんですか。今のイタズラの方ですよ!』
だって、めっちゃ嫌そうな声出すから…。てっきり俺に番号知られた事かと。
「お前も昔は女友達とか居たんだろ。だったらそいつらが男に聞かれてフツーに教えてる可能性は十分あるんじゃないか?何しろ今は大して仲良くないんだし」
『うぅ…痛いところをグサグサと…。だったら家電はどういうことですか?』
「そこはほれ、定番の連絡網あたりじゃないか?」
『でも
「まあそうだな。中学の時はどうだった?」
『ちゅ、中学?!た、確かに、電話連絡網でしたし、おな中の子もいます…けど…』
あの頃は全員に配られた紙切れが宝の地図に思えたもんだ。間に控える生徒を何人抹殺すれば目当ての人物と直結できるのか、数えたことがない男子は居ないだろう。居ないよな?
「情報漏洩ってのは概ねその価値に無頓着なところから発生するんだよ。金銭目当てって場合もあるけど、今回はそうじゃないだろ」
『じゃあ、その条件を満たす男子が犯人ですか?中原くんは違うはずですけど…』
「それは何とも言えないな。さっきの話を聞く限り、今のイタ電とここ数日の諸々が同一犯の仕業だって決めつけるのはちょっとな。大体、ソースがおな中だって言うなら男繋がりでいくらでも広がるんだから、容疑者を絞るのはスマホの番号より難しいぞ」
『ほぁー…。よ、よくぽんぽん出てきますね…』
納得したような声を上げる一色だったが、そのまま黙り込んでしまった。
や、やめて欲しいなー、電話口で沈黙すんの。
そもそも俺にとっての電話は連絡ツールであってコミュニケーションツールではない。ドラマとかで何となく電話だけ繋いで時間を共有しているカップルとか見てると超イラつく。いやそれはカップルにイラついているだけかもしれないが。
この状況で一色が黙っているからと言って、二人の会話の間を楽しんでいると考えるほど、俺の妄想サーキットは素直に出来ていない。おそらく"経験者は語る"とか"類友"とか、そんな常套句が彼女の頭を巡っているのだろう。
「一応言っておくけど、やった事ないからな?」
ぷっ、と小さく噴き出す音が心地良いノイズを届けてきた。続けてクスクスと空気を震わせる笑い声に、改めて電話相手が女子であることを思い出し、何となく頬を掻いた。
『いえ、べつに疑ってませんよ。感心してただけです』
間近に聞く一色の笑い声。
こんな遅くに彼女と会話している。
電話とはいえ、二人きりで。
ひどく不思議な感覚が胸を満たす。
そう言えば今は何時だったっけか。
時計を見ようと身体をひねると、こちらを見ている小町とバッチリ目が合った。
彼女は優しいような蔑むような、なんとも表現が難しい表情をしている。慈愛顔とドヤ顔と軽蔑顔を足して割ったみたいな──総合的には見下し成分が勝ってそうな顔。
一言で言うと、めちゃくちゃニヤニヤしていた。
「…ちょっと小町ちゃん、顔が変よ?あと顔が変だわ。ブサイクさんに見えるからやめなさい」
「二回も言われた!?」
『あ、もしかして例の妹さん、傍にいるんですか?良かったらご挨拶を──』
「教育に悪いから遠慮してくれ」
『ひどっ?!今のはひどすぎです。さすがのわたしも泣きそうですよ…』
本当に泣き出しそうな声に思わずたじろいでしまう。電話は顔色が見えないから演技かどうかの判断が難しいんだよな。いや待て落ち着け、あのいろはすがこの程度で涙ぐんだりするものだろうか。
『ちょっとお話してみたかっただけなのにー…』
しょんぼりした声にお兄ちゃん回路がくすぐられる。
騙されるな、こいつは比企谷検定の取得疑惑がある。妹で責めれば楽勝とか悟られたら今後に障るぞ。
小町は満面の笑みで手を差し出している。
代われと言うのか。冗談ではない。返事の代わりに差し出された手の平を指でつーっとなぞってやった。
「ひゃん!」と可愛らしい声を上げて手を引っ込めた小町は「セクハラ攻撃禁止!」と叫んだ。
『……せんぱい、なにやってるんですか?』
さっきまでのか弱い一色は、やはり幻聴だったのだろう。冬場の廊下の3倍くらい冷たい声が俺の耳を貫いた。怖っ!いろはす怖っ!
取ってつけたような笑顔から飛び出る冷たい声。そのギャップこそが怖いのだと思っていたが、顔が見えないと普通に超怖かった。包丁とか持たせたら次の瞬間
「ちょっと手を突付いただけだ。思春期だからな、何してもすぐセクハラ呼ばわりされるんだよ。男家族は辛いぜ」
『へぇ~…』
一色の興味なさそうな「へー」は度々俺を傷つけてきたが、今度ばかりは一刻も早く興味を失って欲しいと願うばかりであった。
一色を小町に会わせたくない理由。
それは勿論、我が家のピュアエンジェルが小悪魔JKに毒される危険があるからだ。
しかし実のところ、最近ではそれとは全く真逆の懸念も抱いている。
その懸念とは、毎日5分小町と話しているうちに、一色が真の可愛げをスピードラーニングしてしまう可能性だ。
今でこそ心中で劣化版小町と評しているが、世の中にはパクリ進化なんて言葉もある。コピーがオリジナルを超えられないというのは、一昔前の常識だ。最近のラノベにおいて、コピーは平気でオリジナルを凌駕する。むしろコピーが主役になる話まである。
もしも小町の魅力を一色が全て学習したとしたら…。いろはす改爆誕の危険性については今さら論じる必要もないだろう。
そうなれば、第二の中原くんが比企谷家に出現しかねない。我が家から犯罪者を出すわけにはいかないのだ。
ちなみに第三は材木座な。先日も一色にかなり反応していたし、速攻で陥落するだろう。むしろ既に手遅れかもしれない。
つまるところ、どう考えてもこの二人、"混ぜるな危険"なのである。
これに加えて、二人に俺の与り知らぬところで自分の話をされる可能性がある事が超恥ずかしい。
雪ノ下や由比ヶ浜なら気にならなかった前例があるのだから、これは一色が後輩であることが原因と考えられる。
「わたしの時はあんななのに、妹相手だとそんななんだー、ぷーくすくすー!」という年下同士の情報交換を恐れているのだ。これで小町が一色と同じ一個下だったりしたら、なお悪い。
「妹を猫かわいがりしているなんて一色に知られたら、弄られるってレベルじゃねえぞ…」
「未だに隠せてるつもりなのが小町的に超ビックリ。てか妹を足蹴にしといてどの口が言うのそれ!」
人聞きの悪い事を。一色さんがDVと誤解したらどうするんだ。
お前がしつこく携帯に手を伸ばしてくるから足でガードしているだけじゃないか。
ははーん、さては狙ってやってやがるな、さすが我が妹。お願いだから雪ノ下が相手の時だけはやめてね、マジで通報されちゃうから。
「ねーお兄ちゃん、ちょっとでいいから…ねっ?」
『ねぇせんぱぁい、ちょっとだけ…ダメですかぁ?』
背筋を這い回る甘い毒は一体どっちの声から受けたものか。
常識的に考えれば妹であってはならないが、一色からというのは俺的にあってはならない気もする。
いずれにせよ天然と養殖の飽和攻撃という反則技に、俺はいともあっさりと屈した。
つか、抵抗するだけ無駄だった。ぶっちゃけ小町にしてみれば、いくら俺に拒否されても由比ヶ浜経由でどうとでもなるんだよな。
「わーったよ、好きにしろ。一色、悪いが対策はまた明日ってことで。俺は疲れたから寝る」
『えっ、まだ21時ですよ?先輩おじいちゃんですか?』
「お前よりはな。んじゃお疲れ」
そのまま携帯を小町に手渡した。
アフターケアと言うのなら、小町に勝る癒しもあるまい。
このタイミングで下手に俺が相手して、後でPTSDを拗らせたとか言われても堪らんし。
「あんま長電話するなよ?」
「だいじょう
にししっとVサインする小町。ネイティブかよ。
ああ、またひとつ、俺の知らないネットワークが構築されてしまうのか。
「いいか、一色の言う事は半分くらいに聞いとけ。あと男を紹介されても絶対に会うな」
『ぜんぶ聞こえてますー!先輩マジでいっぺん説教させてください!ホントわたしのことなんだと──』
女子と女子、二人が出会えばそこはもう土壇場──じゃなくて社交場だ。あとは男子の出る幕ではない。
電話から聞こえてくるクレームを受け流し、俺はまたも自分の部屋から退出した。
物は考えようだ。もしかしたら、少なくとも小町にとってこの出会いはプラスになるかも知れない。
小町が高校に入れば、途端に田舎のコンビニよろしく大量の羽虫が寄ってくるだろう。中には断ってもしつこく付きまとう相手が居るかもしれない。強引な相手が居るかもしれない。
そんな時、一色お得意の
とは言え、そんな一色も今現在ストーカーに悩まされているわけだから、あんま当てにも出来ないんだけどな…。
「どもども、はじめましてでーす!いつも兄がお世話になってますー」
いつもより一際高い、よそ行きの声。
部屋の中からダダ漏れしてくる会話の中身に、興味が無いといえば嘘になるが──。
「…なんか喉渇いたな。一色と話して疲れたか」
独りごちると、妹の声を背に、俺は一階へ続く冷たい階段を降りていったのだった。
20話目にしてようやく小町登場。八色SSにしてはかなり遅めでしょうか。
次話はまた葉山で荒れそう…。
短めのシーンごった煮の話になりそうです。