黒桜ちゃんカムバック   作:みゅう

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#18 俺しか居ないんだ

 桜にとって絶体絶命の危機、それを止めたのは新たなライダーでも士郎でもなかった。

 

「おとうさま?」

「時臣、お前が止めたのか?!」

 

 困惑していたのは桜や雁夜だけではない。時臣自身も自らの行動を理解できずにいた。

 

「私は、何てことを。王よ、どうか」

「痴れ者が。この期に置いてまだ弁明の余地があるとなどと思い上がれるとはな」

「令呪を捧げることも厭わな――」

「代わりに怒りを納めろとでも言うのか? この我が、たかが児戯ごときに本気になるとでも?」

 

 全てを言い終える前に釘を刺すアーチャー。つい先程までは寛大な態度を取り、聖杯戦争の終結に協力的だったのだ。アーチャーに激情的なきらいがあったとはいえ、真っ先に約定を破棄する様は協定の場に居た誰から見ても確かに不可解な行動ではあった。

 

「偉大なる王よ。恐縮ながらあれは私の娘なのです。長女を喪った今、あの子を失う訳には――」

「あの眼を見てまだ分からぬか、この幼童が本当に貴様らと同じ雑種とでも?」 

 

 王の言葉が何を意味するのか。この聖杯戦争の裏側を知った面々の誰もが同じ答えに辿りつく。誰もが否定したくとも、辿りつかざるを得なかった。

 

「――――アンリマユ」

 

 誰かが漏れる様な声でその名を口にした。

 

「違う」

 

 桜は即座に否定する。全ての戦闘が膠着状態の今、その声は小さくとも誰もの耳へと確かに届いた。

 

「間桐桜、そう言いきれるだけの根拠が君にはあるのか? 時臣君には悪いが、その可能性が高いならば監督役として、いや、一人の聖職者として真実を確かめなければならない」

 

 アーチャーに代わり、桜を追い詰める役を担ったのは言峰神父。普段温厚であるはずの彼の顔には、鬼気迫る決意が浮かんでいた。桜の方に歩み寄って彼は問答を始める。

 

「わたしは、確かにアンリマユに呑まれかけていて……でも、でも! 最後にわたしの意識が消える前に、ライダーがわたしを助けてくれたから、わたしは!!」

「どうやって助けられたのかを具体的に述べてくれないかね?」

「聖杯戦争に最後まで残ったわたしのライダーが『サクラの願いを叶えて下さい』って言ったから!」

「その聖杯の力でこの時代まで来たことは、先程彼らから伺っている。だが今の私たちが真に知るべきなのはもっと根本的なことだ」

 

 真に知るべきこと。それは――――桜自身が知っておかなければなかったこと。

 

「“あの時の間桐桜(キミ)”は何を願い、そして“今の間桐桜(キミ)”は何を望んでいる?」

「それはもちろん先輩と一緒になって…………あれ? でも、あのままでもわたしは先輩や姉さんと一緒に溶ける(なれる)はずで――――――――違う。そんなことじゃない」

 

 言峰神父の問いに即答した桜であったが、次第に口調はしどろもどろになっていき、彼女の目線は瓦礫の山をあてもなく彷徨う。

 

「わたしは全てをやり直したくてこの時代に――――――――違う。そんなにわたしは強くなかった!」

 

 既に膝を着いていた桜であったが、うずくまるようにして頭を抱え叫び始めた。

 

「…………わたしは、間桐桜(わたし)はっ!! 間桐桜(わたし)は間桐の魔術が嫌だった。痛い事から、汚らわしい事から逃れたかった! 綺麗な身体(チガウカタチ)で先輩と出会いたかった。先輩の未来を変えたいというのも後付けの理由」

 

 次第に解き放たれていく桜の本心。誰も彼女の言葉を遮るものはいない。彼女自身が真実に辿りつく、その時を待った。

 

間桐桜(わたし)はただ、救われたかったんです。自分でやり直すだけの気力もなくて、ただ、ただ間桐桜(わたし)は。悲惨な未来を誰かに変えて欲しかった……」

 

 多くを手玉に取り、場を翻弄してきた桜。彼女には多くの偽りや裏切りもあった。しかし己の無力さを嘆き、震え、涙するその儚い姿は、誰が見ても年相応の頼りない少女にしか見えなかった。

 

『だから、願い(わたし)がここに居るんです』

 

 そして真実(こたえ)が姿を顕わにした。外見や声色に変化があったわけではない。たが明らかにその身に纏う空気が無機質で、研ぎ澄まされたものに変わった。

 

「桜、君はアンリマユなのか?」

『そんな大層ものじゃありませんよ、衛宮先輩。もっとシステマチックなものです。そうですね分かりやすい言葉にするなら“願いのカタチ”いえ、“最適解”や“道しるべ”とでも言えばいいのでしょうか。彼女(わたし)が願った幸せな未来はまだ叶っていませんから。それを形にするための誘導装置。そんなものだと解釈して下さい』

 

 願われた未来はまだ来ていなくとも、それが来ることは確定している。その必然に至るために用意されたのが今の間桐桜の中身。あらゆる因果を一つの事象に収束させるためのプログラム。彼女は自身をそんな物だと自称した。

 

「では今の君と普段の君は同一の存在なのか?」

『そうですよ。どちらも同じ願いの形からなる存在なのですけれど、普段のわたしはそれを知らない“間桐桜の記憶からなる疑似感情”を受け持っていて、表に今出て来ているわたしが“仕組み本体”を受け持っている。そう捉えてもらって結構です』

 

 桜の口を借りて次々と明かされる真実。更にその奥に潜んでいるであろうものを探して、士郎はその先の言葉を促すように言う。

 

「念のために問いておくが、桜、いや君自身が聖杯に再び代わる可能性はないのだな?」

『えぇ。ここの聖杯とわたしは別物ですし、第二の聖杯になることもありません。その中身が消費されて形を変えたのがわたしなのですから』

 

 そしてその未来に辿りつくためにこの世界、この時代の間桐桜へと干渉して今に至ると彼女は言葉を続けた。もう今の彼女は先程まで涙を流していた少女とは違う。

 

『やるべきことを終えたらちゃんとこの身体は返しますよ。わたしは願いと記憶から生み出されたお化けみたいな存在でしかないんです。だから衛宮先輩、安心して下さい。この子(わたし)が幸せになるには、わたしが消えることも織り込み済みです。表のわたしは嫌がるでしょうけれど』

 

 特に第五次聖杯戦争で用いられた聖杯は名だたる大英霊を吸収し、充分過ぎるほどに霊脈からも力を得ている。聖杯の解釈によってもたらされる手段や過程、結果そのものは多数に分岐すれど、願いの方向性が結果に辿りつくという因果関係は、それを上回る奇跡で上書きしない限りは絶対とも言えた。今までの状況と彼女の言を合わせて考えれば、そういう結論に至ると場に居た魔術師たちは同じように判断した。

 

「にわかに信じられんが、しかし……」

 

 戸惑いを隠せなかったのは誰もが同じだ。しかしケイネスほど難しい立ち位置にいる人物は居ないだろう。魔術師としての努め、ロード・エルメロイⅡ世から託されたもの、婚約者からの願い、目の前の少女の健気な願いと、今にも裏切りかねない二人の主従。彼が立場をはっきりさせられないのも無理はない。

 ケイネスとは対照的に大きく傾きだしたのは時臣だ。先程、もしかしたら発露していたのかも知れなかった親としての感情などではない。土地管理者としてでもなく、根源を目指す魔術師としての遠坂時臣として、彼の中の天秤は大きく揺れ動いていた。

 

「――――何と言うことだ。もし言っていることが真実ならば、もしや桜は並行世界の神秘に、いや第二魔法の一端に触れたということなのか!?」

 

 そう、遠坂家の先祖代々目指している“並行世界の運営”という命題。理屈は過程はどうであれ、別の世界の間桐桜の記憶の一部が並行世界を飛び越え、この世界の間桐桜の中に取り込まれているのは間違いない。方法の模索どころではない、求め続けた“結果そのもの”が目の前にある。しかもそれが自らの娘の身体に宿っているのだ。

 魔術師としての責務。その意味をケイネスとは違う意味で取るならば、自然と時臣の立ち位置は定まってくる。そして、彼女がアーチャーを排除する動きを見せていたというのならば、時臣が取るべき行動も定まって来る。時臣が固唾を静かに嚥下した、そんなときだ。

 

「気に食わんな」

 

 手出しを禁じられたまま沈黙を保っていたアーチャがようやく口を開いた。圧倒的な威圧感が込められたその言葉によって、場の雰囲気が一気に緊迫する。

 

「そも、前提条件としてだ。汚染された聖杯が寄越したのが貴様ならば、雑種どもにとっては碌な結果にはならんだろうな」

『そう来るのですね』

 

 そう、発動した聖杯自体が汚染されているのならば、その願いの行きつく先が破滅的なものであるという可能性が高いと考えられる。真っ当な思考回路を働かせることができる魔術師、つまりこの場においてはケイネスが取るべきスタンスも自ずと決まって来る。士郎とランサーをいつ、どう動かすか。ケイネスは思案を始めた。そんな中、アーチャーは言葉を続けた。

 

「本来ならば雑種どうなろうとで捨て置くところだが――その願いへの“最適解”とやらに、我への不埒な真似も含まれていたのならば話は別だ。手を出すなよ、ランサーに贋作者(セイヴァー)。約定を違えるつもりはない」

 

 仮にアーチャーが残り全てのサーヴァントを倒せば、アイリスフィールが無事に冬木を出ることは叶わない。それは王の矜持として、許されるものではなかった。

 

「だが、そこの女二人は一片とも残しはせん。先程の令呪も我の力なら些事に過ぎんしな」

 

 桜へ向けられていた無数の矛先が時臣へと向き直る。そして同数の新たな武具がライダーへと向けられた。ライダーにとっての最善手は桜を回収して即座に離脱すること。だが今のライダーは蛇に睨まれた蛙のように動けない。なぜならば――――

 

「全てが不死殺しか。この状況では桜は……」

「決して動くなよエミヤ、ランサー。もし動けば私は令呪を使う」

 

 武具を相殺し、桜を離脱させようにもケイネスの牽制によって阻まれる。拳に刻まれた令呪はちょうど二画。 

 

「くっ、再契約が仇となったか」

「しかし、主よ」

「私には時計塔の魔術師としての責務がある!!!」

 

  それが魔術師としての賢明な判断なのだと自身に言い聞かせるように、ケイネスは夜に吼えた。

 

「人としての情よりも、想い人の願いよりも、それは。私にとって重いのだ」

 

 アーチャーの裁きを邪魔立てしなければ、聖杯を完成させることなく丸く収まる。ケイネスの判断は正しいものだ。少なくともランサーにはそれを否定するだけの言葉を持ち合せていなかった。

 そして士郎もケイネスの決断に完全に動きを封じられた。令呪を使われる前にルールブレイカーで契約を切るという手段もあるが、今のエミヤは単独行動スキルを持ち合せていない救世主(セイヴァー)のクラス。魔力供給なしで戦うのは厳しい。

 そして今まで場を混乱させるのに活用されていたエクストラクラスというのが裏目に出た。本来アーチャークラスで得るべき対魔力が更に低くなっている。そのせいで先程のライダーの魔眼の影響をもろに受け、行動に支障が出ている。今は過剰に魔力を身体に流すことで抵抗しているが、その魔力消費量が増加した状態でマスター抜きの全力戦闘など厳しいどころか論外だ。

 

「畜生、俺はどうすればっ……」

 

 雁夜は絶望的な状況を前に歯噛みする。ケイネスが静観を決め、動けるのは監督役の他には雁夜だけだ。つまり実質のところこの状況を引っくり返せるのは――――

 

「俺しか、居ないんだ」

 

 雁夜は士郎から託された短剣を固く握りしめた。幸か不幸か、雁夜の居る場所は丁度時臣のすぐ後ろだ。宝具の余波に巻き込まれかねないことを除けば条件は悪くない。

 ケイネスが立ち位置を明確にしたことで、動向を伺っていたアーチャーも行動を開始するであろう。もう時間はない。雁夜は近くの時臣の下へ駆け寄った。

 

「時臣、早く令呪で自害を!」

「わかっているっ! 令呪を重ねて命ずる……」

 

 攻撃の停止命令だけでは足りない。それしか桜が生きる道はないと時臣も考えていたのだろう。紡ぐ言葉は流星の軌跡の如く、早く、滑らかに。しかしそれはあくまで人間の基準で、だ。

 既に宝具を展開していたアーチャーにとっては、亀の歩みよりも遅い。矛先が桜から時臣へと向きを変えた。時臣は続きの言葉を発する間もなく、右腕部、肩口から先が吹き飛んだ。

 

「がぁあああああああっ!!」

 

 苦悶の声と鮮血が闇に舞う。だがそれは時臣のものだけではなかった。

 

「おじ、さん?」

 

 雁夜の右胸と脇腹に突き刺さる凶刃。そして右足と左腕に関しては欠片ほども存在していなかった。

 

「ぐ、はぁっ……何で、私を庇った?」

 

 自らの傷口を魔術の焼きながら時臣は傍らの雁夜に問いかける。雁夜に同じ手当を施すことはない。手遅れであるのは誰の目にも明白だった。

 

「あおいさん、が、かなしむ……だろう」

 

 お前のためじゃない、と時臣にだけ聞こえる声で雁夜は呟いた。残せる言葉は少ない。ぶつけたい思いはたくさんあった。

 

「おまえしか、いないんだ」

 

 だがどんな糾弾よりも、恨み事よりも伝えなくてはいけないことが、雁夜にはあった。

 

「さくら、ちゃんを、しろうとふたりで……」

 

 残る全ての力を振り絞り、短剣を時臣の胸に突き刺した。

 

「いやぁあああああああああああっ!!」

 

 ―――――まもってくれ、との最後の言葉をかき消すように爆ぜる空。

 

 時臣の身に何が起きたのか。事態を理解するのにはそう時間がかからなかった。あの短剣に刺されたことによって、アーチャーとの契約が完全に切れている。

 そして襲い来る宝具を全て撃ち落とし、自身を庇うように立つのは――――

 

「貴様も道理がわからぬか、贋作者(フェイカー)!!」

「生憎と、正義の味方は今回廃業してね。この世界では桜の味方になると衛宮士郎(オレ)に誓ったからな」

 

 行動を封じられていたはずの衛宮士郎だった。雁夜と同じく契約を破棄した士郎はケイネスの命に反して時臣を守った。それは勝てる目算がゼロではなくなったからこその行動。

 そしてマスターを失ったサーヴァントと、サーヴァントを失ったマスターがここに一人ずつ居る。その二人の願いが等しいならば。

 

「立て、遠坂時臣。桜を救えるのは私たちだけだ。そして私と契約しろ」

 

 ランサーや新たなライダー、そして聖杯への対処、問うべきことは幾らでもあった。だがそれよりも―――

 

「勝算はあるのだな?」

 

 時臣は杖で身体を支え立ち上がる。

 

「無論。未熟な身の時でさえ一度目を成し遂げた。今の私ならば言葉にするまでもない」

「時臣くん、令呪の移植は私が」

 

 前に出てきたのは言峰璃正。めくられた腕には幾つもの令呪が刻まれていた。しかし時臣はその言葉を遮る。

 

「言峰さん、貴方もこちら側について問題が……いや、そんな話をしている場合ではないですね。今は時間が惜しい」

 

 悠長に数分かけて令呪を移譲していることなど不可能だ。時臣は雁夜の躯を一歩踏み越え、左拳を掲げた。

 

「聖杯よ、私にその力があるのなら―――」

 

 令呪も宿っていなければ、魔法陣もない。コンディションも最悪でありながら、定められた詠唱する間も与えられない。万全の態勢で動くのを常とする時臣からすれば、最もらしくない状況だ。

 急転する状況と一時の気の迷いに翻弄されてこの様だ。今の時臣は魔術師としての覚悟や信念、父としての想いすらも確固たるものとは言い難いのかもしれない。

 家訓である優雅さとはかけ離れた哀れな姿なのだろうと時臣は自嘲する。しかし凛を失った今、桜と自らが共倒れするのだけは絶対に避けなければならない。そのためになら、どんなに不格好でも運命を手繰り寄せる。

 

「我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう、セイヴァー!!」

 

 死して尚、己の存在意義を、理想を再び塗り替えた男。その強さは目の前の光景が全てを示していた。

 もう一度爆ぜる空。相殺しあう武具の嵐。

 

「あぁ期待に答えるとしよう、新たなマスターよ」

 

 虚空に新たな投影品を展開する士郎は背中越しに時臣へと語りかける。そんな所へ鎖付きの短剣を構えたライダーが士郎の横に並び立った。ライダーへ向けられていた不死殺しの宝具も撃ち落としたため動けるようになったためである。

 

「助太刀します。ここでアーチャーを倒さなければ、逃げたところでサクラはまた狙われるでしょう」

「助かる。君には――――――――――――――を頼みたい」

 

 士郎はライダーにだけ聞こえる声で、とある頼みごとを託す。ライダーは戸惑いの色を見せながらも承諾した。

 

「不可能ではありませんね。情報不足で色々聞きたいことはありますが、それがサクラのためになるのならば」

「感謝する」

「代わりにほとんど戦闘そのものには参加できませんよ」

「あとは流れ弾から皆を守ってくれれば十分だ。他は私が受け持つ」

 

 残る大きな戦力はランサーのみ。ケイネスが静観の構えを見せる中、泣きやんだ桜、いや泣き止ませた彼女がランサーへと声をかけた。

 

『ランサーさん、お願い。わたしのこと守って。それにわたしの事、きっとソラウさんにもお願いされたんでしょ?』

「貴様ぁあああ!!」

 

 ケイネスが激昂するのも無理はない。これがただのお願いならば何の問題もなかった。しかし桜からの願いは「女性からの頼みを断れない」というディルムッドのゲッシュに乗じたものだ。しかもソラウのものと合わせ、二重の縛りにしている。

 あのクー・フーリンでさえゲッシュを破ったときは半身の自由が奪われるような事態になったのだ。ディルムッドもおそらくほとんどの戦力を失う様な事態に陥るであろう。令呪で桜に反抗させてもどの程度効果があるのかも怪しい。そして何よりの問題が、ランサー自身の性格上、桜に肩入れする方が自然だと考えられることだった。

 

「主よ、どうか俺に命を……」

 

 サーヴァントを二騎、打ち捨てる様な真似をしてでもアーチャーとともに桜を討ち危険を排除するか、桜や士郎を信じ、ソラウからの願いに応えるか。本来迷うまでもない問題で再び大きく揺さぶられるケイネス。

 

「主よ。しかし主のためにもソラウ様の願いを無視する訳には!」

「その口を慎め! 一時の感情で軽率に行動すればどういう結果が待っているのか、一度死してなおも貴様は学習せんのか!」

 

 保護したはずの桜には円満な問題解決を阻害され、先程主従関係を結んだはずの士郎には契約を破棄され、忠誠を誓ったはずのランサーには命令よりも騎士道を優先されそうになる。そんなケイネスが激昂しない理由などあるわけがなかった。事実その額には、はち切れんばかりに膨れ上がった青筋が浮かび上がっている。

 

「しかしながら場の状況が静観を許さないのも確かだ」

 

 魔術師として常識的であり、人として真面目であり、そして男として恋愛に不慣れであることが、彼をギリギリまで惑わせ、そしてギリギリの結論を絞り出させた。

 

「あのアーチャーが矛を収めるとはとても考えられん。ランサーの状態からしてアレがソラウに手を出したということはなさそうだ。教会ごと我々を葬り去ろうとした事実は消えんが……エミヤシロウ、聖杯の後始末を忘れてはいないだろうな!?」

「無論だ。このライダーが召喚されていることは僥倖だ。いくつかの問題を彼女なら打破できる。今の桜が現状での最適解を出した上での召喚ということに納得もいった」

「そうか、こうなった以上仕方ない。ランサーよ。令呪によって命ずる。全力でアーチャーを打倒せよ!」

 

 やけくそ気味になりながらオーダーするケイネス。拳に刻まれた残る二画の令呪の内一画が消失した。

 

「ありがとうございます。主よ」

 

 ランサーは士郎の前に立った。士郎へと声をかけようと振り向く。足元に目をやれば足首まで石化が進行していた。魔術に疎いランサーから見ても士郎に残された時間はそう長くない。だが士郎が断言したからには何かしらの手段が残されているのは確かだろうと、ランサーは士郎を信じる他なかった。

 

「その状態では碌に足を使えまい。援護に徹してくれ。俺が前に出る。新たなライダーよ、主たちの身は任せた」

「えぇ」

「おそらく俺にとってここが最期の戦場だろう。前回は退かざるを得なかったが――――」

 

 名高き二槍を構え、その切っ先をアーチャーへと向けた。

 

「ランサーのサーヴァント改め、フィオナ騎士団の戦士、ディルムッド・オディナ。推して参るぞ英雄王!」


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