黒桜ちゃんカムバック   作:みゅう

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#13 助けに来たよ

 聖杯の器を無事に確保。ランサーと先輩の2騎も無事で魔力の損耗も少ない。わたし達の陣営は非常に理想的な状況のはずだったのだが、想定より遥かに早く“その時期”が訪れたようだった。

 

「間桐桜。聖杯の扱いよりも先に色々と話すことがあるようだな」

 

 そう言った後、残り少ない紅茶を飲み干したケイネスさん。ソーサーにカップを戻す動作は音一つしないぐらい丁寧であったが、それが逆に居心地が悪い。突き刺さるような目線のおまけもついているのだから尚更だ。

 その矛先であるわたし自身はというと、お行儀悪く紅茶に上唇をパクパクと浸しながら、次の言葉を発するまでの時間を稼いでいる。先輩の真似をせず、素直に砂糖を入れれば良かったと後悔した。淹れ方も最高、発酵も浅いものだったのに、ダージリンの渋みばかりが口内に染み込んでいく。

 

「そうね。私も同感だわ」

 

 少し前まで甘えさせてもらっていたソラウさんも、今回は言い逃れを許してくれそうにはない。言葉を発そうとしても言い淀むわたしと、合流後からずっと顔色が悪くお茶に口を付けさえしない雁夜おじさん。そんな状況を察して、代わりに先輩が口を開いた。

 

「桜、雁夜、ここは私から話そう。全てを――だ」

 

 先輩がそう判断したのならわたしに異論はない。わたしに続いて雁夜おじさんも首を縦に振る。

 

「話すべき事は多いが、全てを明かすつもりだ。今まで話せなかった理由も、君達を頼った理由も自ずとわかるだろう。だから落ち着いて聞いて欲しい」

 

 ぶれることなく刻まれる秒針、それより少し速いわたしの鼓動、そして誰かの固唾を呑む音。

 

「先ずは我が真名を明かそう。私の名は衛宮士郎。“魔術師殺し”衛宮切嗣の息子。そしてここから先の未来、守護者に至ることを定められた英霊だ」

 

 ソラウさんは首を横に傾け、ケイネスさんは小さな舌打ちを一つだけ。隣のランサーに至っては動じる様子を微塵も見せない。周りの反応が小さいことにこちらが驚いたぐらいだ。拍子抜けして開きそうだった口元をしっかりと結ぶ。

 

「……息子? ……未来? 第五次ってそんな訳がっ! イリヤは、キリツグはどうなったの!?」

 

 そして一番動揺しているのは本来部外者のはずの、両手両足を椅子に拘束された彼女だった。半ば茫然としているのか、唇を震わせながら言葉を発している。対する先輩は一瞥だけ。あくまでも感情を押し殺して答えていくつもりなのだろう。

 

「アイリスフィール、その問いに答える前に、私の知る第四次の結末を話そう」

「結末――――そうか大前提として“貴様ら”は知っているのだな」

 

 ケイネスさんの目線が再び先輩からわたしへ。

 

「ばれてるみたいだね」

「完全にばれてますね」

 

 ヒントは少なかったハズなのに、どうして其処に至ることができるのか。凡才のわたしには不思議でならない。雁夜おじさんもきっと同じ気持ちだろう。

 そんなケイネスさんが優勝できなかったのはやはりランサーの火力不足だったのだろうか。昼に短い模擬戦をしたが、あの先輩を素人目でも技量で圧倒していたと思う。しかも先輩と組む事が出来れば「本来の火力」も取り戻せるのだ。戦力的にも、戦後処理のことを考えても、この陣営との決裂だけは絶対に避けなければならない場面が今なのだ。頑張って下さい先輩。

 

「肯定だ。当時私は桜ぐらいの子供、しかも養子に行く前だったのでね。伝え聞いたことばかりで詳しいことは知らない。所々記憶の摩耗もあるようだが許してくれ。しかし、確実なのは衛宮切嗣は最後の方まで勝ち残ったということだ」

「流石キリツグ。当然ね」

「しかしだ」

 

 さも自らの事のように胸を張って誇る彼女に対し、先輩は更に一つ低いトーンで言葉の錆を打つ。肝心なのはここだろうと誰もが予感していたことだろう。言葉はなく、秒針の音さえも今は遠い。再び空気が揺らされたのは数瞬の後のことだった。

 

「何か、起こったの?」

 

 一息おいて先輩はその答えを告げる。

 

「街が炎に包まれた。煙に染められる風景と、命が焼ける匂い――それが私が思い出せる最初の記憶だ」

「最初と言うのは、つまり貴様は……」

「あぁ、私にはそれより以前の記憶がない。まぁ最も、守護者として永劫とも言える時を戦い続けた私には、生前の記憶はほとんどない様なものだがね。だがそれでも私にとっての“原風景”は決して忘れん」

 

 閉じられた瞼の裏側にはきっとそれ以上に凄惨な光景が焼きついているのだろう。先輩が背にしているその窓の向こう側。静かに寝息を立てているこの街の景色も、このままいけば全て灰に変わってしまう。

 蟲蔵に閉じ込められていた当時の私が知ることは少ないけれど、その戦禍の跡はお爺様に連れられてこの目で見た。

 あんな風にしてはダメだ。この街のどこかに居るはずのもう一人の先輩は絶対に巻き込まない。正義の味方になる道から救い出して、わたし達と幸せになるんだ。そう固く決意して、拳とも呼べないぐらい小さな指先をぎゅっと握りこむ。

 窓の向こうから先輩に視線を戻すと、自然と目が合う。軽く頷いた先輩はその先の言葉を続けた。

 

「第四次聖杯戦争当時の私は今の桜と変わらない歳の子供だった。聖杯戦争による大火災で全てが燃え尽きたが、私は衛宮切嗣に助け出され養子として生きることになった。これが私と第四次聖杯戦争の因縁だ」

「キリツグが、貴方を……そうだったのね。他の人には関係ない話だけど、一つだけ聞いて良い?」

「記憶にある限りのことは答えよう」

「キリツグとイリヤ、二人は幸せになれたのかしら?」

「あぁ、それならば自信を持って答えよう。二人とも最期は満足そうな笑顔だったよ」

「……そう、それならいいわ」

 

 深紅の瞳を潤ませながら彼女は呟いた。そしてしばらく沈黙を保っていたケイネスさんが前に出る。ここからが正念場だろう。

 

「もうその女はいいな。衛宮士郎、いくつか質問がある」

「続けてくれ」

「その大火災の原因は“貴様の知る第四次聖杯戦争”の勝者によるものなのだな?」

 

 誰が勝者かと聞かない辺り、ケイネスさんは既に目星がついているのだろうか。そんな疑問がふとよぎるが、マスターを消去法で可能性を絞っていくと、そう答えは多くないということに気付く。例えば典型的な魔術師であるお父様やケイネスさんが街を焼き払うなんて“神秘の漏えい”に関わらない限りは行わないだろう。行ったとしても小規模なはず。キャスターのマスターが生き残れるとは思えないし、ライダーのマスターにそんな根性はない。ならば行きつく答えは――

 

「おそらくは言峰綺礼。奴は他人の不幸を糧にして生きる様な男だ。私も生前散々辛苦を舐めさせられたからな」

「その男の事はよく知らんがやはりそうか」

 

 わかっているとの前提で交わされる会話。ソラウさん、ランサーさんは付いていけているのだろうか。これからもっと情報が溢れて来るのだけれども……

 

「次は間桐桜、君に答えてもらおう」

「えぇ、偽りなく答えましょう」

 

 そんな事を考えていると、とうとう出番が来た。心の準備はもう出来ている。

 

「何故この男を召喚できた?」

「わたしが第五次聖杯戦争を勝ち抜いたマスターで、恋人である先輩を英霊にしないために過去に遡ってきたからです」

「捕捉するならば私の英霊としての願いは、英霊エミヤシロウを誕生させないために平穏に聖杯戦争を終結させることだ。私と縁を持ち、同じ願いを抱いた桜に呼ばれたのはもはや必然だろう」 

 

 目を丸くして言葉を失う面々。他の陣営、いや世界中のどこにも絶対漏らせない情報がここにはあるのだ。

 

「時を遡り、過去に介入する――まさに魔法のような奇跡。聖杯の力でもないと不可能なことね」

「見た目からかけ離れた精神年齢と強大な魔力。第五次の勝者と言うのならば整合性はある。色々と情報を伏せていたこともな」

 

 ソラウさんに続けてケイネスさんもようやく納得したというような口ぶりだ。しかし最初に出会ったときのように警戒心を抱かれているのは確かだ。向けられる言葉の切っ先は未だに鋭い。

 

「聖杯戦争に我々が勝利することで大火災を防ぎ、英霊エミヤシロウの誕生を阻止する。そして間桐の家を潰し、聖杯戦争による名声を得た私の庇護下に入ること。本当の目的はこれに相違ないな?」

「ありません。それがわたしの全てです」

 

 はっきりと断言する。姉さんを、先輩をあの世界で失い、この世界でも姉さんを既に失った。お父様やお母様が今後どうなるかも分からない。それでも、それだからこそ、わたしは絶対に道を違えない。先輩を手に入れて、正義の味方への運命からも、お爺様の手からも絶対に逃げ切って見せる。

 

「そのためになら何でもします。だからどうか力を貸して下さい。お願いします!」

「俺からも頼む。桜ちゃんが言っていることは本当だ」

 

 喫茶店の時と同じように雁夜おじさんが三人に頭を下げた。それに合わせてわたしも深くお辞儀をする。

 

「俺は本来間桐の捨て駒にされて無様に野たれ死ぬ運命だった。でも桜ちゃんのおかげで俺は無事だし、最終盤まで残るはずだったセイバーも最初に始末できた。もう未来は変わっているんだ。桜ちゃんの知識は本物だ」

 

 雁夜おじさんは両手を広げて声を張った。そして右拳を向けてガッツポーズを取って一言。

 

「それになにより士郎は強い。あの狙撃も、ランサーとの模擬戦も見ただろう? 俺達のセイヴァーは最強なんだ!」

 

 唾が飛ぶほどの熱弁に心を打たれたのか、ランサーが助け船を出した。

 

「主よ。俺からも進言します。サクラの覚悟はこの目で見ました。それに万が一マスターたちに危害を為すことがあれば俺が排除します。双剣については誰よりも知り尽くしている自負がある。この男に万に一つも負ける要素はありません。我がゲッシュに誓っても良い」

 

 姉さんとの別れを見られたことが後押しになっているのか。この場で味方してくれるのは非常にありがたい。

 そう言えばゲッシュで女性からの命令には逆らえないんだっけ。その割にはソラウさんのお願いを袖にしている気がするけれど。

 

「ケイネス。私からもお願いするわ」

「ソラウ、それはランサーが――」

「違う。何でも叶えられる聖杯の願いを使ってまで恋人の運命を変えようとしているのよ。私は魔術師である前に一人の女として彼女に協力してあげたい。私も今日サクラちゃんの覚悟をしっかりと見た。それでも前を向いて語れる彼女にきっと裏はないわ。私はそう信じたいし、貴方にも信じて欲しい」

「しかしソラウ――、いや分かった。信じよう」

 

 そして遂に折れた。100%の信頼ではないがそれでもいい。これから少しずつ足りない分を積み上げればいいのだから。

 

「私からも感謝する。だから信頼の証を預けたいと思う」

 

 軽く礼をした先輩はケイネスさんの方ではなく、拘束されている彼女の前に立つ。そしてその鎖骨部分に手を伸ばす。

 

「な、何するのシロウ!?」

「え、先輩!?」

「落ち着け。桜もだ」

 

 珍しい呆れ声で先輩は言う。変な事はしない、と信じたい。でも先輩だし義理の母親とはいえど少しの不安はあるのが本音だ。

 

「トレース・オン」

 

 そんな私の心境を余所に、瞳を閉じて集中する先輩。

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)

 

 先輩がその真名を唱えると、光の粒子が密度を増し段々と実体を成していく。そして現れたのは黄金に煌めく一つの鞘だった。これは今までの投影とは少し違う。

 

「ど、どうしてそれを!?」

「アイリスフィール、私はこの鞘の力によって切嗣から救われたのでね。先程身体の様子を確かめたときに其処にあると気付いたのだよ」

 

 真昼の太陽のように部屋中を照らすその鞘を手に取った先輩は、ケイネスさんに迷うことなく差し出した。

 

「全て遠き理想郷――5つの魔法さえも寄せ付けない評価規格外の宝具だ。本来の担い手である騎士王がいなければその効果は微々たるものでしかないが、ソラウに渡しておくといいだろう」

「この魔力、間違いなく本物だな。その申し出、ソラウ、君はどうする?」

「これを、私が? 魅力的だけれども丁重にお断りするわ。恐れ多いというか、何と言うか。気持ちだけで十分よ」

 

 現存する宝具、しかも評価規格外。そんな物をポンと渡されて「はい頂きます!」とは中々言えないだろう。完全に顔が引き吊っていた。

 

「だったら士郎、その鞘、俺に貸してくれないか?」

 

 そう言ったのは雁夜おじさん。

 

「これがあれば臓硯を、時臣を、もしかしたら出し抜けるかもしれない」

「急にどうしたんですか、おじさん?」

「ついさっきまで時臣と臓硯と接触していたんだ。そして時臣に俺が魔術師じゃないとばれた」

 

 よく無事で、としか言えないぐらいの衝撃の真実が飛び出て来る。さっきまでおじさんは一人だったはずなのに。

 

「時臣は俺の事を一般人だと見くびっている。妙に動かなさすぎる爺ぃもだ。警戒されている桜ちゃんと違って、俺になら付け入る隙はある。やっと俺にも覚悟はできたよ。士郎、あの二本のナイフを投影して、鞘と一緒に貸してくれ。あれなら俺にも使えるんだろう?」

「君の事だ。止めてもきっと止まらないのだろうな。わかった」

 

 わたしを一瞥した後、雁夜おじさんの胸に鞘を押し当てる。すると、鞘が体内に溶け込むようにしておじさんの身体の中に収まった。

 

 柄の先に紅い宝玉がついた短剣と、稲妻を象ったような歪な刃を持つ短剣をそれぞれ投影する先輩。

 

「使い方はもう知っているな? 刀身は布で巻いておくと良いだろう」

「ありがとう士郎。さっき俺は何もできなかった。やっぱり俺一人無力なままじゃダメなんだ」

 

 笑顔で受け取るおじさんだったが、そのやりとりを見ていたケイネスさんとソラウさんの様子がまたもやおかしい。具体的に言えば口が開いたままだ。

 

「そ、それって投影なの?」

「あぁそうだ。生前は魔術師だったからな。投影した宝具を使っての狙撃と剣戟。それが私の能力だ」

「そんな馬鹿な。宝具を投影だとっ!? 規格外にも程がある。だが、それより他に何が投影できるかだ。あの弓と双剣、それ以外には何がある? ライダーとアーチャーの対策が大きく変わるぞ」

 

 現実に戻ってきたケイネスさんは怒涛のスピードで言葉を浴びせる。

 

「任せておけ。君たちが最も求めているモノを私ならば用意できる」

「セイヴァー、もしやそれは!?」

「ランサー、君と私は敵同士ならば最悪だったが、お互い味方で良かった。我々は最高の相性だったらしい」

 

 不敵に先輩は笑う。その言葉の意味を理解したのかランサーの口元も緩んだ。

 

「セイヴァー、いやシロウと呼ばせてくれ」

 

 先程、先輩から渡された新たな力を天に掲げ、ランサーは告げる。

 

「もう我々に敵はない。必ずや勝利を主に捧げ、サクラを幸せにすると誓おう!」 

 

 

                ×        ×

 

 

 

 次の夜。今回狙うは遠坂邸。どうもこちらの事情に気付いている節のあるライダー陣営も危険であるが、やはり最大戦力であるアーチャーが優先だ。魔力の損耗がない内に叩いておきたいという思惑がある。

 それが起こったのは、入念に準備を済ませ、アジトの1つであるマンションからいざ出発というところだった。

 眠る街の静寂を粉々に砕いたのは突然の轟音。そして世界が揺れた。地震の如く、足元から全てが震えている。

 

「なんだこれっ、爆発!?」

 

 窓辺にかけ寄った雁夜おじさんが外を確認する。わたしもそれに付いて行く。すると信じられない光景が遠目にだが確認できた。

 

「ソ、ソラウさん! ハイアットホテルが崩れてます、これって!!」

「嘘っ! 私達の部屋がっ!!」

 

 まるでハリウッド映画のようなシーンが目の前にあるのだ。口を抑えながらも金切り声を上げるソラウさん。信じられないのも仕方がない。しかし、ケイネスさんの方が取り乱し方が異常だった。

 

「はははっ、そんなっ。フロアごと貸し切った工房が……結界二十四層、魔力炉三機、猟犬代わりの悪霊、魍魎数十体、無数のトラップ、廊下は一部異界化させて――」

 

 瞳からは光が消えうせ、死人のような目をしている。早口言葉の様な、呪文の様な何かを呟いているが発狂と言っても過言ではない状態だろう。

 

「気をしっかりと、主よ! おそらく敵の狙いは――来ます!!」

「桜、雁夜っ!!」

Fervor(滾れ),mei(我が) sanguis(血潮)!」

 

 光と共に目の前が弾け飛んだ。わたしの身体はおじさんと共に先輩に抱えられ三人まとめて衝撃波に吹き飛ばされる。

 窓から飛び込んできた戦車がわたし達の居たリビングを粉々に蹂躙していた。ライダーだ。この展開は全く予想していなかった。まさかライダー達にこの場所がばれるなんて、誰が考えようか。

 

「大丈夫か、桜?」

「はい、問題ありません。ケイネスさん達も無事な様ですね」

 

 水銀の壁でソラウさんを守ったケイネスさんは凄い。ランサーもしっかり聖杯の器である彼女を椅子ごと確保していた。

 

「やはりこの程度は避けるか」

「ライダー、御託は良いから。すぐに始めるんだ」

 

 ライダーが土足で戦車から降り立った。その巨漢に似合わない小さな短剣を構える。次に降りてきたマスターも土足だ。

 人の家を壊して、土足で上がり込むなんて許さない。絶対に許さない。哀れなぐらい戦い慣れていないマスターだったので、なるべく穏便に済ませようという考えがあったが、もうこの時点で問答無用のゴミ箱行きだ。

 そして戦車から降りて来るもう一つの人影、土足でその男も絨毯を汚した。許せない。そしてその男は面を上げた。

 

「遅くなったね。助けに来たよ、アイリ」

「キリツグ!」

 

 驚きよりも納得の方が先だった。このマンションがばれたのはあの冴えない男のせいらしい。禍根はここで断つ。先輩の話で出ていた砂漠の固有結界を使われては厄介だ。機動力を生かせないこの場所で敵を完全に潰す。

 

「先輩、ライダーを!」

 

 叫ぶ声に合わせて先輩は飛び出した。しかしその剣戟はいつの間にか現れた一人の騎士によって阻まれる。

 

「このミトリネス、王の一人として馳せ参じる!」

「不味い。ランサー、ライダーを止め――」

「させるかっ!!」

 

 ケイネスさんが指示を出し、ランサーが動き出そうとした刹那、再び部屋に鮮烈な光が刻み込まれる。衛宮切嗣の手から放たれたのは閃光弾か。やられた、多分ランサーの足も止まっている。視力が回復する前に、悪化していく状況を確信する言葉が耳に入った。

 

「――さぁ集え、我が同朋よ!」

 

 部屋の書類が、カーテンの切れ端が、フローリングの破片がエーテルの嵐に巻き込まれる。そして塗り変わっていく風景、噂に聞いていた熱砂の海の真ん中に、わたし達は立たされていた。

 

「最悪の事態になってしまったようだな、桜」

「まさか、向こうも同じ手を使って来るなんて思いませんでした」

 

 先輩の言う最悪の事態とは、奥に見える万の軍勢のことではない。味方だって怪我ひとつない状況だ。しかし――

 

「どこにも居ないな。爺さんに分断されたか」

 

 鷹の目を持つ先輩が言うのだから間違いない。衛宮切嗣とアイリスフィールがこの世界から消えていた。

 


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