黒桜ちゃんカムバック   作:みゅう

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#9 ボク自身の価値を

 教会での出来事から想像するにランサーとキャスター陣営は既に接触し、協力体制に入った可能性が高い。討伐に参加した両者に令呪が配られることからしても、一時的な同盟を組むことは充分にあり得るだろう。

 よってウェイバーの出した結論は、バーサーカー討伐には積極的には参入せず、炙りだしたキャスターの根城に突入することであった。

 工房が更に強固になり、手の出しようがなくなる前に何とかしなければならないのだ。討伐で手薄になると思われる今しかチャンスはない。

 自分自身がランサーのマスターであるロード・エルメロイに敵視され、更にライダーもアーチャーに目を付けられてしまっている敵だらけな現状だ。

 序盤にアサシンが脱落し、有効的であったセイバーも破れ去った以上、どう考えてもバーサーカーの次に狙われるのは自分たちである。ランサー達とアーチャーが潰し合ってくれれば恩の字だが、まずそれはない。

 あのアーチャ―が強力過ぎる以上、アーチャー打倒までの・長期的な同盟か不戦協定を結ぶ必要がある。最悪の場合はキャスターの排除に踏み切ると決めたが、その場合だと次に潰されるのは自分たちだ。

 そして肝心な同盟や協定を結ぶだけの材料を自らが持っていないことが最大の障害であった。何を持って自らの価値を証明するか。

 

「オマエのじゃない。ボク自身の価値を証明しなきゃだめなのに……ボクって本当、何も持っていないよなぁ」

「そうだな坊主。確かに貴様は魔術師としては未熟なのだろうな」

 

 いつもなら豪胆に笑い飛ばしてくれるはずのライダーの一言が、虚栄で満ちた胸に鋭く突き刺さる。アイリスフィールの笑顔も、心なしか陰りを感じる。彼女は無言のままだ。

 ウェイバーにとっては長い一瞬の間、沈黙という名の苦痛を取り払ったのは彼の王の言葉であった。

 

「だがな、坊主よ。貴様には気概がある。余の聖遺物をあの魔術師から見事に奪い取って見せたのだ。その気概こそが、この征服王と共に闘うマスターとしての証に他ならん。自身を持つが良い、我がマスターよ! それにお主は聡明だ。きっとこれから精進すれば大成するであろうよ」

 

 ライダーは丸めた冬木市の地図でウェイバーの右肩を叩くと、口角を釣り上げて白い歯を見せる。

 

「何、足りぬなら余所から奪い獲ってくれば良い。そうであろう?」

「あぁ、行こうライダー。キャスターの工房を征服するぞ!」

 

 

                ×        ×

 

 

 

「これは、酷いな……」

 

 意気揚々と出発したのにも関わらず、神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)によって突入した先は地獄絵図だった。工房内の猟奇的な光景にライダーは言葉に詰まった。アイリとウェイバーはまだ視界に捉えていないらしい。

 次々に現れる異形を葬りながら辿りついた先の貯水槽。ライダーと同じ物を見たアイリはウェイバーへ声をかける。

 

「無理して見ない方がいいわ」

「坊主止めておけ。これは貴様にはまだ早い」

 

 二人の言葉が未熟という意味に映って癪に障ったのか、ウェイバーは声を荒げる。

 

「ボクだって魔術師なんだ。さっきの変な怪物を見たくらいで…………」

 

 だが彼は見てしまった。“人間だった”モノたちによって作られた彫像を、家具を、楽器を、衣服を、絵画を。常人の感性では理解できない、理解するべきではないモノたちを。

 人であった彼らの内のいくつかは、呼吸をするように胸を上下させているモノもあった。声にならない声を上げるモノ、筋肉を痙攣させ、内臓を脈動させているモノ。

 そして、ハッキリと目が合った――――合って、しまった。振り子時計と化した眼球がこちらを見つめ続けている。

 

「ひ」

 

 ウェイバーの前歯の隙間から擦れる様な声が漏れた。額に針を植え付けられても、顎を切り裂かれ、舌に眼球を縫合されながらも、ソレはまだ生きているのだ。

 

「酷いわ。人として信じられない。あのアインツベルンでさえまだマシよ。治癒魔術をこんな事に使うなんて……」

 

 気のせいか周囲の音が遠くなった感じがする。胃の奥底から酸っぱい何かが口元に込み上げてくる。だが込み上がって来たソレを彼は飲み干した。

 この人の前で醜態は晒せない。熱くなった目頭を袖で拭い、膝を思いっきり抓って震えを止めようとする。しかし、得体のしれない恐怖の前では、身体が思ったように言うことを聞かない。

 それでもなお、精一杯の言葉を連ねるウェイバー。

 

「ライダー。方針変更だ。キャスターは倒す。これはマスター命令だ。例えこの先の勝算がなくなったとしても、こんな奴を許すわけにはいかない」

「よく言った。このような外道、決して野放しにするわけにはいかん」

 

 ライダーは確固たる言葉で同意し、覚悟を決めた少年の頭を揉みくちゃにする。

 

「――――なぁ、キャスターよ?」

 

 振り返ることなく、ライダーは背後へと声を投げかける。

 

「あぁライダー。私もその意見に概ね同意だ。多少の犠牲には目を瞑るが、これは目に余る光景だ」

 

 ライダーが語りかけた先へと視線を向ける。両手に白と黒の双剣を手にした赤い外套のサーヴァント――おそらくはキャスターと、ランサーのマスターであるロード・エルメロイ。

 この二人が並んでいるところを見るに協力体制は既に確立されているのだろう。だがそれよりもウェイバーには気になることがあった。

 

「まるで自分がキャスターではないと言わんばかりじゃないか。消去法でわかってるんだよ!」

「時計塔の名を汚す屑めが。見識が浅いにも程がある」

 

 激情に駆られて捲し立てるウェイバーに対し、極めて冷やかな声を正面から叩きつけるロード・エルメロイ。

 その語気に圧されて、一歩後ずさりするウェイバーを受け止めたアイリスフィールは、眉間を締め付けながら彼らに問いかける。

 

「もしかして、討伐対象のバーサーカーが、実はキャスターだったってこと?」

「その通りだ。教会で正しい情報を入手していれば被害状況からすぐに察することができただろうにな」

 

 貴様達はソレを怠ったのだ、というような言葉がその後に続くのだろう。皮肉気な声色でそのサーヴァントは答えた。

 

「じゃあ貴方はバーサーカーなの? バーサーカーは理性がないはずじゃあ……」

「こちらが種明かしをする必要はない。それに――――桜とランサーに追われて来たここの主がお帰りのようだ」

 

 正解を得る前に、倒すべき敵が舞い戻って来た。

 出口側から現れたのは蛙のように眼が突出した長身の男、奴がキャスターか。そしてその後ろにはナイフを弄ぶ華奢な青年、おそらくはマスターだ。

 

「なんと! 我が工房へまた侵入者が。貴方達もジャンヌに捧げる贄となりに来たのですか?」

「ねぇねぇ、またやばいんじゃないの旦那。このおっさん達、超ヤル気じゃん。俺でも分かるって。あいつ等さっきのみたいな奴なんでしょ? さっきの女の子も訳わかんないぐらい強かったし、逃げた方が良くない?」

「何を弱気になっているのです龍之介!」

「だってさぁ……」

 

 キャスターと違ってマスターは逃げ腰のようだ。ロードエルメロイの言うようにランサーから敗走してきた所なのだろう。

 

「目の前に最高の素材が二人も居るではありませんか! それにこの匹夫どもを片付けねば、苦労して作り上げた芸術品たちを汚されてしまうのですよ?」

「うわっ。それはやだ。絶対やだ。それならさっさとやっちまおうぜ旦那。それであのオルガン完成させよう。きっとすっげぇ良い音で鳴ってくれるんだろうな」

「えぇ龍之介、より素敵なオルガンを作ってジャンヌに歌を捧げようではないですか!」

「おうさ。旦那、その粋だ! 俺も協力するからCOOLに決めようぜ!」

 

 笑顔で笑い合う二人とは裏腹に、対峙する面々の表情は固まっている。理解が追いついていないのは皆同じようだ。

 

『旦那が彼女さんの仇をぶっ殺せますように!』

 

 突如、青年の令呪が光った。それは無意識の発動だったのか「うわぁ、何か光ってる!」などと無邪気にはしゃいでいる。

 

「おぉ、流石は龍之介です。令呪の使い方を心得ているとは。これで心おきなく戦えます」

 

 エーテルの嵐がキャスターの周囲に集まっていく。対するライダーはロードエルメロイ達を差し置いて戦闘に立ち、その大きな背中を見せつける。

 

「こやつは“我らが”引き受けた。この外道は断じて“逃がさん”」

 

 ライダーが短剣を掲げると、令呪以上のエーテルの奔流が巻き起こる。

 

「――――さぁ集え、我が同朋よ!」」

 

 世界の色が、いや世界の理そのものが全く異なるものへと書き換えられ、染め上げられていく。吹き抜ける熱い風と、肌を差す陽光。彼らが目を明けた時に目の前に広がっていたのは別の世界だった。

 

「ま、まさかこれは固有結界か!?」

 

 あの冷徹そうな赤い外套のサーヴァントが初めて動揺した声を上げた。

 驚くべきは周囲の世界だけではない。熱砂の世界から王の下に集う無数の戦士たち。

 

「こいつら、まさか一騎一騎がサーヴァントなの?」

「然り、相手が数で来るならこちらもそれ以上の物量を持って制するまでの事。行くぞ坊主、我らに二度の敗走はない!!」

「そんな馬鹿な。あり得ない」

 

 ロード・エルメロイが頭を抱えながら目の前の光景を否定する様を、ウェイバーは眺めていた。

 征服王は魔術師でもないにも拘らず、規格外の大禁術を行使しているのだ。単純に物量の問題であの軍勢に万に一つの勝ち目もない。それを理解したロード・エルメロイは悪夢を見ているような気分なのだろう。

 ウェイバーはロード・エルメロイから明らかに殺意の籠った怨差の視線を向けられた。だが相手が動くことはない。何故ならば数人の英霊たちがアイリスフィールとウェイバーを護っているからだ。

 

「くっ、これでは弓を出すことも適わんな。これがもし私が先に展開していれば……いや、重ね塗りという手も実現できるのか? いや、だが、アーチャー戦に魔力は取って置くしかない」

 

 手を出そうとすれば逆に狩られる。それを悟っている赤い外套のサーヴァントは双剣の構えを解き、戦士達の戦い様を眺め続けている。

 危険はないと判断したウェイバーとアイリも達も彼に倣い戦況を見守ることにした。

 例え相手が無数の異形を司るサーヴァントだったとしても、令呪によって強化されていたとしても、伝説の英雄たちが負ける姿など想像できるはずもない。

 事実、逃げ場を失ったキャスターと異形達は軍勢によって蹂躙され、神への怨差を残して消え去っていった。

 結果として運営から依頼されたバーサーカー討伐戦はライダーの一人勝ちである。

 そして世界が再び陰鬱な仄暗い水路に移り変わり、節理が元に戻った瞬間――――――――その時に、それは起きた。

 

「危ない!!」

 

 ウェイバーの顔にかかる血飛沫――――アイリのものだ。彼を庇うように飛び出たその背中には3本の黒い短剣が突き刺さっている。明らかに致命傷だ。

 

「……えっ?」

「糞っ!」

 

 仮面を被った黒衣の暗殺者をすぐに斬り伏せるライダー。

 暗殺者は左肩から袈裟切りにされながらも逃げようとするが、二つの軌跡がそれを阻む。

 

「アサシン、とうとう出て来たか」

 

 歯噛みしながら赤い外套の彼は言う。既に暗殺者は塵と消えて形もない。

 

「ロード、今直ぐに雁夜と連絡を取ってくれ! 雁夜が危険だ!」

「言われずともわかっている! し、しかしこの電話は一体どうやって使えば」

「渡してくれ。これだから、魔術師という奴は……」

 

 ロードたち二人の方も慌ただしい。だが、こちらの問題の方が深刻だ。ライダーに抱えられたアイリは息絶え絶えに言葉を吐く。

 

「……大丈夫よ。これ、ぐらい、なら直せ……るわ」

「その傷で何を言う!」

「ほら、こうやっ……て? あれ、変ね。もし……して毒が」

 

 一気に状況は暗転した。最悪だ。ライダーに治癒の心得はないし、心得のあるアイリ自身が重傷なのだ。故に彼にはどうすることも出来なかった。

 助けられる方法があるとすれば、それは――――

 

「――――先生。頼みが、いえ、交渉があります」

「君に先生と言われる筋合いはもうないはずだがね。私からライダーを奪った君が何故その女を助けねばならないのだ?」

「筋合いがないから、交渉なんです」

 

 掌を目の前に掲げてウェイバーは言葉を紡ぐ。

 

「令呪一つが対価です。水に長けた貴方なら容易いことでしょう? ボクの戦力は減って、貴方の戦力は増える。そして隣のサーヴァントのマスターに令呪が配布されるのを防ぐことができる。損は、ないはずです」

 

 そうだ。ロード・エルメロイにとっては絶対に得な話なのだ。そもそも令呪一つという対価は大き過ぎるぐらいなのだ。断る理由があるわけがない。

 

「ロード・エルメロイ、雁夜は無事な様だ。無論桜とソラウもな。そして二人から指示があった」

 

 歪に歪んだ笑みのロードが口を開きかけたところで、サーヴァントが口を挟む。

 

「少年、助ける代わりの令呪は不要だ。私も補助程度の事はしよう。しかしその代わりにホムンクルスの身柄をこちらで預かることが条件だ。ロード・エルメロイ、この要求の意味はわかるだろう?」

「成程、そちらの方が好都合だな。ソラウの意見に同意しよう」

「では、ライダーのマスター。君は彼女の生存を望む。それで相違ないならば彼女を助ける代わりに身柄を預かろう。我々にはアインツベルンの縁者が居るのでね」

 

 上から目線の、有無を言わせない要求を突きつけてくる。戦略的に考えれば令呪を失わずに済むのは大きい。

 だが、それ以前に彼女を助けようと言う行為が戦略を度外視しているのだ。明らかに何かを企んでいる二人に預ける気にはなれない。

 しかしながら時間は冷酷に過ぎていく。早く手を打たねば取り返しがつかない。自分の中で渦巻いている感情が冷静な判断能力を全て奪っていく。

 そして決断できない主の代わりにライダ―が言葉を発した。

 

「その要求を――――」

「いや、その必要はありません。王よ」

 

 突然、その言葉を遮る声が狭い空間に響き渡る。どこからともなく現れた長躯の男が前に出た。ライダーを王と呼ぶ長髪の男は彼の軍勢の英霊であるのだろうと推測できた。

 しかし彼の見た目は明らかに近代の魔術師のものである。明らかに異質だ。

 彼の正体を探ろうと必死なウェイバーを見下すように一瞥すると、アイリスフィールの傷口に掌をかざす。

 

「ふむ。この毒なら治癒可能な種類であるようだ。よってその要求は却下だ」

「何と! でかしたぞ! 名は……ん、と、誰だ?」

「王よ。仔細は後ほど。それよりも貴様だ。先程のキャスターとの戦いから私の視線に気づいていたのだろう?」

「何だよ、そんなことよりも早くアイリスフィ……」

「ファック! そんなことではない! 重大なイレギュラーだぞ。このサーヴァントはな!」

 

 罵詈雑言を吐き捨てて、彼は指を赤い外套のサーヴァントに突き立てる。

 

「何故ここに居るのだ―――――――“エミヤシロウ”!!」

 


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