.hack//SAO FIFITH Crisis 作:かなかな
Vol.0 可逆創生
Side; Real 二〇〇四年八月十三日 ドイツ ベルリン
叫びのような、甲高いブレーキ音。
だが、制動は間に合わず、小さな衝突音が鳴り響いた。
あまりに呆気なく、人が一人轢かれてしまった。すぐに運転手は、飛ばされた女性に駆け寄った。だが、彼女は、打ち所が悪かったのか、既に息をしていなかった。
Side; Real 二〇〇四年十二月七日 アメリカ 連邦最高裁
「被告、ユーリ・セト・カジンスキーに死刑を宣告する」
裁判長の低く、物々しい声が法廷に響いた瞬間。
法廷に詰め掛けていた報道陣の一部が、一気に外へと駆け出していく。恐らく、生中継で、この裁判の行方を見守っていた局だろう。この裁判は、大注目の裁判であり、今後、同じような事件が起きた場合の指針とも言える事件になった。
七人もの人間を殺した、恐るべき殺人鬼。
弁論台に立って、判決を聞いていたユーリ・カジンスキーは不敵に笑った。
Side; Net 二〇〇七年十二月二十四日 『the world』
流れ落ちる水の音。
二年越しの超大作が、いよいよ日の目を見るのだ。雪崩打って入ってきたプレイヤー達は、実に三千万人超。世界でも類を見ない、化け物ゲームとして、これから発展していくことは、誰の眼にも明らかだった。そう、これは、長く続くゲームになると。
そう、ログインしたばかりのオルカとバルムンクは、そう思っていた。
Side; Real 二〇〇九年九月一日 ドイツ ミュンヘン ミュンヘン大学
「……留学かぁ」
曾我部隆二は考えた。
日本で研究していても詰まらないと想い、遠く離れたミュンヘンまで飛んだのだが、知り合いがいないというのは、結構辛いものがある。勿論、日本に残っている友人たちとは、メールで遣り取りできるが、やはり直接顔をつき合わせて、話し合いたいものだ。
「何か、面白い研究でもしてるといいんだけどな」
Side; Net 二〇一〇年十二月二十四日 認知外空間
「これで、終わりだ!」
カイトは走る。全てを終わらせるために。
目の前にいるのは、目玉の化け物。
世界を全て闇の中へと再誕させる化け物。
有効な対抗手段は、既に失ってしまっている。仲間たちも、もう倒れてしまった後。残っているのは、カイト、ただ一人だけ。
だが、こいつを討ち果たせば。
「うおおおおおお!」
敵の攻撃が、頬を掠める。
だが、それよりもカイトの突き出した短剣の方が正確に、相手を捉えていた。
終わった。確かに刺した手ごたえがある。安堵にカイトが顔を上げた、そこには。
「ありがとう、カイト」
優しく微笑む銀髪の少女が居た。そして、カイトの剣は、彼女の腹を深く刺し貫いていた。彼女にとって、この目玉の化け物は敵のはずで、庇う理由なんかないはずなのに。
「ごめんなさい。最初から予定されていたことなの」
銀色の少女は、顔をカイトから背けた。
「自己犠牲、私が究極のAIになるために、大事な事なの」
それは、まるで細胞のアポトーシス。最初からプログラムされていた死。
「アウラ……」
「後は、任せて」
Side; Real 二〇一五年六月十三日 東京都 サイバーコネクト東京本社
「この実験はもう止めよう、天城」
番匠屋淳は、重い声で、データを取っていた、同僚の天城丈太郎に訴えた。
だが、天城の方は、何故か、涼しい顔だった。
「何故だい、淳。こんな人のためになることは、これ以上ないよ」
本当に、この計画が、人類のためになると理解していて、そして、信じている顔。その純粋な研究者としての探究心を、その実験と結果を知っていてもなお、番匠屋は、停められなかった。彼が、世間を知るにはあまりにも幼すぎた。天才と呼ばれるが故に、孤立を深めた十七歳の青年が、こんな大義名分を掲げたものに、興味を引かれるのは当然だ。
もう、どれだけ問答を重ねても、この男は止まらない。
なら、取るべき手段は一つだけ。恐らく、こんな計画の中枢にいた以上、裏切ればどうなるかくらいは、重々理解している。そのための準備は整えている。
「解った」
番匠屋は、白衣の懐から、取り出したものを天城の顔に、叩き付けた。
それを見た、天城の顔が凍った。
「辞表、だって……」
「もういい。元々、俺とお前は、水と油だったんだ」
それだけの言葉を最後通牒のように、突き付けると番匠屋は、背を向けた。
「じゃあな、楽しかったぞ」
Side; Real 二〇一五年十一月九日 サフランシスコ サンフランシスコ総合病院
すべてが白で統一された、病室。
今、この病室には、自分ひとりだけだ。
曇りガラスの向こうでは、三人の大人たちが泣いているのが解った。
シルエットだけだが、髪の長い大人が一人、顔に手を当てて、零れる涙を全て受け止め様としているかのように、泣き崩れていた。それを優しく支える人が一人。もう一人は、ただ、呆然というように、その場所に立っていた。
両親と、一番の友達。
彼らはきっと、少年の状態を知って、崩れたのだろう。
「ありがとう」
少年は、聞こえないような小さな声で、そう呟いた。
Side; Net 二〇一七年四月四日 Δサーバー 勇み行く 初陣の 夢の果て
「君の狙いは、ソレ」
首元に、冷やりとする刃の感触がある。
「うちらの狙いは、キ・ミ」
先程まで、懇切丁寧に教えてくれていたプレイヤーがいきなり豹変して襲ってきた。
いや、心のどこかでは、こういうこともあるだろうと思っていた。上手い話には乗らない。それが、ネット世界での鉄則であり、最大不変の真理でもある。
初心者相手に、PKを行うというのは、ごく普通に行われている。
右も左も解らない初心者を相手にするというのは、溜め込んだ金を吐き出させるよりは、自分がすっきりする。要は、憂さ晴らし、単純に、弱いもの苛めをしたい奴らだ。
「さって、今日も楽しく、遊びましょ」
抵抗できない。
敵は二人。二対一の状況で、初心者が勝てる道理は、どこにもない。
ぐっと眼を瞑った瞬間。
「ぎゃああああ!」
自分のものではない悲鳴が上がった。驚いて眼を開けてみれば、狩る者は、狩られる者へと落ちていた。二人とも、地面に倒れ付し、このまま放っておいたら、自動でログアウトするだろう。だが、そんなことよりも、一体、誰が、こいつらを倒したのだろうか。
ふと、神殿の入り口へと眼が行った。そこに居たのは、青い髪の男。
「Welcome to『The World』」
Side; Net 二〇二〇年十二月二十四日 認知外空間 終末の女神のエリア
「ありがとう……、助けてくれて……」
死に行く少女は、優しく笑って、そう言った。
「アウラ……」
皆の悲しげな視線が集る。
同情でもない、哀れみでもない、ただ、長年の友を失うような、そんな悲しい眼をしていた。だが、泣くことはなかった。ただ、少年の中で、残り少ない命の灯火を燃やし尽くそうとしている姫を、騎士達は、優しく見守っていた。
「大丈夫、私は、ずっと、貴方たちの傍にいるから……」
それだけ言い残して、彼女は、春の淡雪のように、世界に解けて消えた。