咎孕みし堕天使への狂歌   作:空箱一揆

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前回の投稿から時間が開きまして申し訳ありません。
時間が空くと、キャラの性格とか忘れそうで、読み返したり、余計に時間がかかってしまいますね。
作風としては、断章のグリムのような作品を目指しています。
所で、此の読者に断章のグリムを読んだことがある人いるのでしょうか?
そして今回、ルーミア無双の回です。
 



006 家族

ラグーン商会の水夫、ロックの場合

 

「レヴィ、レヴィ?」

 

 ガタガタと激しく揺れながら、街中を疾走する赤いロードランナーは、人身事故を紙一重で躱しながら、街中を疾走する。

 人以外のモノを盛大に跳ね飛ばし、轢きつぶしながらも、いまだ人的被害が出ていないのは、車を運転するベニ―の腕がいいのか、俺達の普段の行いがよいのか、おそらく前者だと思いながら、自分の横で、ぐったりと死んだように、身じろぎしない刺青のガンマンに呼びかける。

 頬を軽く叩いて反応を見るが、その姿はまるで死体のようで、ピクリとも動かなかった。

 

「ロック、レヴィを起こせッ! もしもアイツが追って来たら、レヴィの銃が必要だッ。それに、次に起きたら閻魔の目の前だったなんて笑えないだろう」

 

 傷口を抑えながら、必死に声を絞り出すダッチ。その横では、焦りを含んだ声色でベーニーが問う。

 

「それより、何処に行けばいい? 逃げ場所はあるのか?」

「知るかッ、とりあえず港だ。ラグーン号へ向かえ」

 

 傍目に見ても、ダッチの表情は青ざめており、今も脇腹を抑えながら、時折苦悶の声を漏らす。

 必死に平静を取り繕おうとしているようだが、状況は芳しくなかった――。

 

「レヴィ……」

 

 仕事を受けた直後はこんなことになるとは思いもよらなかった。

 孤児と言われていた子供を一人、運ぶだけの仕事だった。

 だが、それは真っ赤な嘘。

 彼は、南米に君臨する資産家集団、十三家族の次代当主……、に為るはずであった、ただの子供だ。

 おそらく、ガルシア君が死ぬことになった理由の一端は俺達にもある。

 いや、自身に言い訳をしそうになったところで、薄暗い感情を振り払う。

 何を言ったところでガルシア君の命に終止符を打ったのは、横で意識を失っているレヴィであり、今回の過失はラグーン商会の落ち度であろう。

 殺す必要などなかった。

 言い方は悪いが、商品として扱うのならば、手ずから傷をつけることはご法度であるはずなのだ。

 しかし、今回の依頼にある虚実の何かが、レヴィの内にある負の感情を刺激してしまった。

 そこまで考えたところで、短くなったタバコを捨てて、新しいタバコへ火をつける――。

 いつからか、増えていったタバコの量。

 深呼吸するように深く煙を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。

 今レヴィの過去を考えるのはやめよう。

 下手に考えてしまえば、ガルシア君を殺した罪をすべてレヴィに押し付けてしまいそうであった。

 俺達は、一人の子供が不幸になることを理解した上で、この仕事に乗ったのだ。

 食う為に、生きるために、ただ自分の命の代わりに、見ず知らずの命を差し出したのだ。

 正直に言えば殺したくなかった。

 だから、殺さなくて良い理由を探していた。

 その結果が、頭部を、身体を、命を、すべてを失った子供の躯だ。

 

「――無力だな……」

 

 正義の味方(ヒーロー)など存在しない。

 所詮、ロビンフットは、所詮大衆が求めた偶像の集大成に過ぎない。

 それでも、せめてその偶像の一かけらになれることを願ってみたが、どうやら俺という存在では、偶像の一欠けらにすら届くことはないようだ。

 もしも、ロビンフットが居たならば、俺はあの時、この時代錯誤な海賊もどきの運び屋に、助けられることもなかっただろう。

 俺は、ガルシア君が死ぬその瞬間まで正義の味方(ヒーロー)を求めていた。

 困っている人がいれば、当たり前のように助け、他人を救ってくれる存在を。

 しかし、ガルシア君は死に。

 現実に俺が助かったのは、偶像の正義の味方(ヒーロー)ではなく。

 己が信念のみ従い、自由を愛し、くだらない不条理を吹き飛ばしてくれる、そんな無頼者だ……、それはまるで正義の反対の存在であって――――。

 その結果すら、単なる偶然と気まぐれの産物に過ぎなかった。

 人はあっけなく死ぬ。

 そこに悪意があろうと、無かろうと。

 そして今度死ぬのは自分かもしれないのだ。

 子供の命を天秤にかけて置きながら、今度は必死に生き残ろうと思考を巡らす自身の感情が後ろめたく、無力な自分がどうしてもみじめであった。

 

「あれは……、まるで外宇宙から落ちてきた狩人の類だ。違うのは、泥をかぶって隠れたとしても見逃してくれないことだろう」

 

 深い思考の闇に囚われていたところで、ダッチの問いかけによって現実へ引き戻される。

 

「狩人か……、俺にはあれが、未来から来た殺人ロボットに見えるよ。違うのは守護する子供がすでに死んでいるってことだ」

「そうかい、だがどっちだとしても、今の俺達には手に余る相手にはち違いねぇ。どうだロック、ヤクザみたいに侍ソード一本で相手してみるか?」

 

 傷の具合はよほど悪いらしい。

 時折苦痛に耐えるように言葉を堰き止めながらも、饒舌に舌を動かす。

 そうでもしなければ、耐えられないのだろう。

 

「残念だけどダッチ、俺はロビンフットにはなれそうにない……、勝ち目のない賭けはごめんだ」

「そうかい、だがそうも言ってられないかもしれねぇぜ」

 

 突如ダッチは、窓から乗りだすと、手にする拳銃を発泡する。

 

「ッ! どうやら魔術師は失敗したらしいな。ロックッ! レヴィを早く起こせッ!」

 

 ふり向いたそこには、メイドに服に身を包んだ殺人機械――否、憎悪に包まれ、感情を狂わされた人間が追って来て居た。

 ダッチは、痛む脇腹を抑えながらも必死に弾丸を放つが、顔色はさらに悪くなる一方だ。

 おそらく今あのメイドとまともに戦えるのはレヴィしかいない。

 俺やベニーでは、逃げることさえできずに、一突きの元に刺殺されるのがオチだろう。

 ダッチもすでに限界に達しようとしている。

 ともかくレヴィに目を覚ましてもらわなければと思い、声をかけ続ける。

 

「レヴィっ」

 

 かなり頭を強く打った用で、全く反応しない。

 まるで死人のようだ。

 そして、ダッチは込められていた弾丸を撃ち尽くし、新たに装填しようとシリンダを外すが、手を震わせたように、持っていた拳銃をついに取り落とした。

 

「やべぇな。ちょっと意識が飛んだ」

 

 腹から新しく流れ出す血。

 俺は持っていたハンカチを差し出して、ダッチに傷口を抑えさせる。

 しかし、この程度では、何の解決にもなっていない。

 そして何発がの弾丸がロードランナー赤い塗装を抉りとる。

 運転しながらだというのに、驚異の命中率だ。

 近づいてくる恐怖に、気持ちは焦りだす。

 呼吸を整える暇すらない。

 この場にいる誰もが戦えない。

 ベニーは運転中であり、ダッチはすでに意識がもうろうとし始めている。

 レヴィの意識はいまだに戻らない。

 ――俺以外の誰もが……。

 純粋な引き算よりも明確な回答。

 少なくとも俺は、銃を持つことはできるだろう。

 引き金は引くだけでいいだろう。

 殺される覚悟と、殺す覚悟、いまだに俺は本当の意味で覚悟ができていなかったのかもしれない。

 本当に殺されるのが嫌ならば、早々に日本に戻ればよかった。

 殺す覚悟もなくこの場所にいるべきではなかった。

 だけども、自分が生き残る為に暗いことに手を染めること、その覚悟だけはあったはずだ。

 「レヴィ」と、問い掛ける感覚が短くなる。

 それでも一向にレヴィの意思は戻らない。

 だがもしかしたら、後一秒後に、レヴィは目覚めるかもしれない。

 今その一秒だけ、僅かなりとも、時間を伸ばせるのは自分しか居なかった。

 ならば……、俺はレヴィの手に握られた銃を指をほどくようにして取り上げた。

 酒の席でレヴィが語っていた銃の扱い方。

 撃てれば何でもよい、打つために必要な手順。

 すでに安全装置は解除されている。

 俺は、ガルシア君の血に濡れたその銃を手にして……、ついに並走し始めた、メイドへ向けて銃口を向けた。

 鼓動が早まる。

 感化が鈍化していくように、何も考えられず。

 

「やめて、く――」

 

 自身の言葉とは裏腹に引き金を引こうとする自身の指は、メイドから向けられた、殺意によって一瞬硬直する。

 ただ、次の瞬間、彼女の姿は闇の中に飲まれていった――。

 黒い靄のようなものに包まれて、後方に引きはがされていく車を見ながら、俺は、撃たなくてよかったことに安堵したのだった。

 

 

 

遊撃隊の伍長、メニショフの場合

 

 此処が無法者たちの街だとしても、最低限線引きされたルールというものがある。

 例えば、この町で唯一、中立であることを許されているイエローフラッグ。

 この場所での争いは暗黙の了解として、この町を知るもの達にとってはタブーとされている。

 例え巨大な組織が縄張りを主張しあったとしても、この時代、どこかで妥協や一時の停戦が必要な場合がある。

 我々は戦争屋であるが、獣ではない。

 戦い、勝ち続けることこそが本文なのだ。

 だが、新参者や立ち位置の分からぬ小物にとって、暗黙のルールは守るに値しないものであるらしい。

 たった今、たどり着いたその場所は、何人も客が地面に汚物をぶちまけながら転がっている。

 そんな中、幼い少女も、地に倒れた連れらしき男のそばに座り込んでいる。

 悲痛なる状況。

 例えこの世の暗黒面に身を映したとしても、不条理な世界のあり方に対して、少なからず憤りを感じてしまう。

 それは、弱さなのだろう。

 ゆえに言葉には出せない。

 そして、表情に見せるわけにもいかない。

 すでに血に伏せた者達に対して、俺ができることはないと判断し、すぐさま大尉に命じられた任務を遂行することを優先させる。

 強制的に閉店となった店の中へ、もしここにラグーン商会のメンバーがいないとすれば、この惨状のあらましをバオにでも確認する必要がある。

 地面に伏せた金髪の幼女をもう一度だけ一瞥し、静かに店内へと向かう。

 何やら、化学兵器が使われた様子だが、客のうめき声を聞く限り、致死性ではなさそうだ。

 しかし、それでも念を入れて、手にしたハンカチで口を覆い店内へ突入しようとする。

 

「おいッ! ロットンッ! てめぇなんてことしやがるッ!! このゲロまみれの店内と、壊れた調度品の数々、どうしてくれるッ!?」

 

 どうやらこの店の亭主である、バオは五体満足で、元気な様子だ。

 相変わらず悪運が良い奴だと思い、飛び出してきたバオに声をかける。

 声を張り上げながら店の外へ飛び出したバオは、咽たように、何度も咳をしながら、赤くなった目で、地に伏せた死体へ叫んだ後、すぐに、こちらへ気付いたようで、驚愕した声と共に、一歩後ずさる。

 

「おっ?! あんた、ホテルモスクワのッ!? なんでここにッ!?」

 

 店内を取り囲むように、配置された兵士達に、気圧される様子で、恐怖をにじませた表情でこちらを見つめる。

 こちらに来た目的を話、速やかにラグーン商会と、目的の人物の事を尋ねなければならない。

 そう思い、話を切りだそうとするが、今度はこちらが驚愕にする番であった。

 

「ッ!? お前、生きていたのか?」

 

 死んだと思っていた男は、砂だらけになったロングコートを払いながら立ち上がる。

そして、骨董品ともいえる二丁のモーゼルの具合を確かめながら、足元の幼女に対して自分の無事を告げていた。

 次に、なぜか自分のズボンのベルトを緩めているようだが、この場所で一発始めるわけじゃないよな?

 おいッ、止めろよ……ッ!?

 

「おい、お前ッ?! 一体何をッ?」

 

 こんな所で、公開プレイをを始められてはたまらないと、制止しようとするが、

 

「ふっ、俺のマグナ「てめは一体何をしてやがるッ! てっッ?! それ、何があったッ!?」

 

 俺が制しするよりも早く、バオが銀髪の男の頭を叩くと同時に、ロットンが股間から取りだした物に対して、目を見開いた。

 ファールカップ。

 一般的には、格闘技などの目的で股間を保護するものだが、どれだけの力を加えられたのか、一目で分かるほどに、それは大きく凹んでいた。

 

「一体何が……」

 

 ある意味男として、俺も何がどうなって、そのファールカップが、此処まで痛いたしい状況になったのか、興味なくもないが、このまま、バオと、銀髪の男の漫才を見せられているわけにはいかない。

 銀髪と、金髪の少女。

 その組み合わせにどこか引っかかるものを覚えつつ、とりあえずバオとこの男に現状を尋ねることにする。

 

「所で、バオ一体何があった?」

「ッ!? 何ってそりゃ、メイドだよ。メイド服を着た女がいきなり店を尋ねて来て、そいつを狙ったコロンビアカルテロの連中とひと悶着あったんだが……、もしかして、あのメイドは、ホテルモスクワの関係者かいッ!?」

 

 顔を青くしながら、尋ねるバオに、とりあえずは関係者ではないとだけ伝える。

 だが、ここで騒動を起こした女中はおそらく、こちらが探していた目的の人物であろう。

 

「関係者ではないが、こちらはその人物がどこにいるか知りたい、何処に行ったか分からないか? それと、ラグーンの連中が此処にいたと思うが?」

「いや、ラグーンの連中なら来ていない。メイドの事ならロットン、お前の方が詳しいだろッ」

 

 へしゃげたファールカップをひとまず股間に戻したロットンに、バオが問いを投げかける。

 ロットンと呼ばれた男は、今度はサングラスの位置を直しながら、悲しそうな声色で答えた。

 

「ああ、彼女ならばラグーンを追って行った。できることならば、この場で子供と一緒に眠らせてあげたかったが……」

「子供?」

 

 そう言ったところで、珍しく上等な服を着た子供の死体に気付く。

 この街では、まずお目にかかれない服装に、この死体が、近くのストリートチルドレンで無いことは理解した。

 むごたらしく、頭部を失った死体を見下ろしながら、自分達が織っていた女中の情報を頭の中で反芻する。

 

「ッ、この子供ッ! まさか、ラブレス家のッ?!」

 

 ここ数日調べていたコロンビアカルテロの状況と、ラグーンが依頼されていたらしい仕事を思いだし、状況が最悪の事態へ向かおうとしていることに気付いた。

 

「ラブレス家というのは分からないが、彼女にとって大事な者であることは確かだ。その子供の死に対して、僕にも責任がないとは言い切れない」

「思ったよりも状況は悪そうだな、詳しく話してもらう」

 

 何があったかこれから詳しく聞く必要があるが、事態は緊急を要するようだ。とにかくは、女中とラグーンの状況大尉に連絡するために携帯を取りだした。

 そこでふと思いだす。

 

「あんた、最近噂になっている子連れか?」

 

 携帯電話の番号を押しながら、目の前男についての噂を思いだす。

 銀髪とロングコートの二丁拳銃。そして、幼女とも見れる幼い少女を連れた男が、バオの店に出入りしていると噂になっていた。

 不名誉なあだ名と、女性関係のトラブルが絶えない男。

 それがロットン・ザ・ウィザードという男にかけられたレッテルであった。

 そこまで、考えたところで、大尉へと連絡がつながる。

 

『伍長状況をッ?』

『はッ! イエローフラッグは一部損傷。ただし、非致死性の化学兵器で店内はひどい有様です。居合わせたコロンビアカルテロの連中はすでに死亡。猟犬はラグーンの連中を追って十分前に、メインストリートへ向かったとの情報が。そして、目的の子供ですが、死亡しています』

『ならば、一部部隊に情報収取を継続させ、伍長は子供の死体を確保しこちらに合流せよ』

『了解、店の主人にはなんと?』

『後で、見舞金でもだしてやると伝えておけ。部隊を率いて街へ出る』

 

 通信がきれた携帯電を戻しながら、再び目の前の男に意識を戻す。

 子供の死体を確保するということは、いまだこの死体はあの猟犬に対する切り札になるのだろう。いや、どちらかというと、これは飼い主に対するアプローチだろう。

 しかし、頭部のはじけた子供の死体を運ぶことになるは。

 いくら戦場を渡り歩いたとしても、なれないものだ。

 必要であれば、殺す。

 親、子供、必要であれば飼い犬までも。

 それが俺達の役目であるにもかかわらず、いまだにいまだに、後味の悪さを感じる程度の感情は残っていた。

 子供の死体のそばでは、金髪の少女がしゃがみ込みその有様に呆然としているようだ。

 もしや友人だったのかもしれないと考えるが、すでにその子供は人ではなく、物に成り下がっている。

 恐怖に涙を流さないだけ上等だと感じながらも、どう声をかけたものかと金髪の少女に近づき――ッ!?

 

「お前ッ!? 一体何を」

 

 子供殺す事自体は、感情を殺す事ができた。

 しまし突如目に入って来たその光景は、衝撃過ぎて、一瞬感情を抑えることができなかった。

 少女の手には、千切れた肉片が、それが子供の死体であることは明らかであった。

 少女は、まるででサバンナの獣のように、獰猛な笑顔でこちらを振りかえり、手にしていた肉片を口の中に放り込む。

 くちゃくちゃと音を立てて、素早く咀嚼すると、すぐさま背を向けて走りだした。

 俺の漏らした言葉に、部下たちが反応し視線を集めたが、走り去る少女には怪訝な視線を向けただけで特に何もすることはなく、ただ少女の姿を見送った。

 ロットンは、この少女の在り方を知っているのだろうか?

 一瞬、問いただしたくなったが、今はそれよりも任務の重要性を思いだして手早く死体を袋に収めるように部下を呼ぶ。

 世界は、どうしてこうも狂っているのだろうか?

 早く任務を終わらせて、強い酒でも飲みたいものだ。

 

 

 

宵闇の化け物の場合

 

 納まった苛立ちが再び炎灯す。

 心の奥で燻っていた、不確かな感情が、はっきりとした苛立ちとして全身を駆け巡る。

 地に伏せたロットンの生を確認すると、私は軽く腹ごしらえをして、メイドが走りだした方へ駆けだした。

 

 何故、あの人間を痛めつけられたくらいで苛立つのか?

 

 分からない―――。

 

 この人間は私の何なのか?

 

 私が存在するために必要なのだ。

 

 では、ロットン以外の人間でも良いのか?

 

 ……、良い――、よい? 良いのか?

 

 ロットンとは何か?

 

 ロットンは、ロットンであり、それ以上でも以下でもない。

 

 何故苛立つのか?

 

 私はこのロットンをどうしたいのか?

 

 その答えは、およそ心の深層より湧きだし、今言葉として表に出ようとしている。

 しかし私は、何よりもその言葉を、自身の心を理解することに対して、恐れを抱いている。

 人喰い妖怪である私自身の存在が揺らぎそうで、これまで纏った殻が剥がれ落ちそうで、恐ろしくて……。

 苛立った感情のまま左手が自身の頭を押さえつける。

 ……、一瞬、自身の心は空虚に沈み落ちたように暗転し、苛立ちが、薄い笑いとなって零れ堕ちた。

 いくら自問したところで、これからやろうとすること、自分のしたいと思ったことだけは覆らない。

 ――遊びましょう。

 あのメイドは、ロットンを痛めつけて私を苛立たせた。

 だから、遊ぶのだ。

 感情のままに、あのメイドに、この気持ちが晴れるように、遊ぶのだ。

 人を殺す事は、人喰い妖怪としての在り方だ。

 恐れられる為に殺し喰らう。

 けれども今は、そんな理由に関係なく、私の心の底から、あの人間を――殺したいと思った。

 だから、遊ぶのだ。

 全力で、手加減なく。

 それで死んだとしても、それは事故なのだから。

 

「いらだった私の気が済むように、遊びましょう」

 

 手は抜かないが、ハンデはあげよう。。

 遊び相手は、空も飛べず、能力も使えず、銃を使わなければ弾幕も放てない、人間だ。

 ゆえに、ゆっくりと懐にしまっていた、三枚のカードを取りだす。

 

「生き残れるかしらね?」

 

 手始めに一枚のカードだけを除いて、片付けると、闇を全身に纏いながら天高く空へと浮かび上がる。

 その姿は、まるでそこに何もいなかったように誰にも知られることはなかった――。

 妖怪とは化け物である。

 人の恐怖に、人の空想を混ぜて体現しされたも存在である。

 怒りでは、恐怖に立ち向かうことができても、乗り越えることはできない。

 上空で纏った闇を解除すると、町を見下ろして目的のものを発見する。

 赤い鉄の箱。それを追う車という鉄の箱。

 追うものが、これより追われるものに変わる。

 此処からは私のステージだ。

 ゆっくりと闇を纏いながら、メイドがいるはずの車へと一気に急降下する。

 鉄の箱が、赤い鉄の箱に並んだところで、メイドが窓より顔だす。

 そして、私の右手がメイドの頭部を捕捉した。

 驚愕した叫び声と共に、私を引きはがそうと全力でメイドは抵抗してくる。

 弱い。

 しかし、私の力もだいぶ弱っていた。

 人間を一瞬で殺せない程度には。

 ぐるぐると回る鉄の箱は、そのまま鉄の木にぶつかって停止する。

 車から引きずり出したのか、自力で逃げ出そうとしたのか、メイドと私は車の外へと転がりでた。

 そのため、掴み方が悪かったのか、メイドの頭部を離してしまった私。

 メイドは一瞬の生を嗅ぎ分けた様子で、一気に私から距離を取る。

 そして黒い弾幕を放つ筒、銃をこちらに向けて、弾幕を放った。

 

「美しくないわ」

 

 躱そうとした私の髪を僅かに掠める。

 グレイズしたと感じた瞬間、金色と赤色が宙を舞った。

 瞬間、私は脳内すべてを一度に洗いだされたかのような錯覚を覚えた。

 今までの拙い思考が鋭く加速したように感じ、一瞬の戸惑いの後、私は笑った。

 向かってくる、色褪せた弾幕の群れ弾幕。

 若干見づらいそれを僅かな動作で躱して見せる。

 今の私なら、吸血鬼にすら勝てそうだ。

 私は、世界のすべてがおかしく思えて、とても楽しそうに笑った。

 その隙をつくかのように、メイドがさらに弾幕を放つが、数も少なく、白黒の魔法使いにすら劣るであろう威力であった。

 平面にしか放てない弾幕を空へと僅かに浮かび上がることで回避する。

 次は自分の番だ。

 簡単に勝負がついては興ざめであるため、少しは頑張ってほしいものだ。

 

「お前はッ、何者だぁッ!?」

 

 空へ浮かんだ瞬間、メイドは初めて憎悪以外の表情を見せて、驚愕を混ぜ込んだ声で叫ぶ。

 

「気をつけてね。闇符、ダークサイドオブザムーン」

 

 再び闇を纏うと、それまでメイドが立っていたはずの場所へ赤い弾幕を放つ。

 弾幕が周囲を破壊する音と共に闇を一瞬だけ解除すると、今度はさらに密度をあげて、黄色い弾幕を放った。

 メイドの悲鳴が上がる。

 しかしいまだ、恐怖は僅かしか得られない。

 いまだ怒りが恐怖を凌駕しているようだ。

 闇を解除しながら、地面に降り立つと、それを狙った様子でメイドの一直線の弾幕が私へ飛来する。

 私は地面に足がつくと同時に、その場を蹴りつけるようにして、黒い弾幕を回避して見せる。

 さらに追撃が来るかと思ったが、メイドはこの場所を逃げ出すことを優先した様子で、大通りを外れて裏通りへと走りだしていた。

 

「化け物かっ!?」

「つまらないわね」

 

 吐き捨てるようにつぶやいた言葉が、僅かに私の存在を満たす。

 それでも、所詮あのメイドは武器を持った里の人間程度でしかない。

 吸血鬼の所に住むメイドとは比べるもなく、弱い。

 

「あと二回、無事に済むかしら?」

 

 空を飛ぶとお腹が減ってしまう。

 私は、大地をけって、メイドを追うようにして駆けだした。

 追いかける私に向けて、時折、思いだしたかのように振り返り、メイドは黒い弾幕を放つ。

 なんだか、めんどくさくなって来た。

 

「月符、ムーンライトレイ」

 

 逃げ出すメイドの左右に白い光の波動を放つ。

 突如現れた光に意識を取られ、メイドは地面に散らばるゴミに足を取られて倒れ転げる。

 左右から閉じていく光に、メイドは引きつった表情を浮かべた。

 先ほどよりも僅かに、恐怖が増した目で私を見つめる。

 

「あは」

 

 その光景がとても心地よく、私はゆっくりとひかっりの帯を閉じながら飛び切りの笑顔を返してあげた。

 しかし、メイドは笑顔を向けると同時に、恐怖を瞳の奥にしまい込んだように、再び怒りを宿した瞳で、こちらへまっすぐに弾幕を放つ。

 光の帯に挟まれてた道をまっすぐ、遮るものはなく私に向かって弾幕が飛来する。

 さすがにこのままでは飛弾してしまうので、光の帯を解除して、その弾幕を回避する。

 

「今のは、スペルブレイクになるのかしら?」

 

 私の問いかけには応じず、メイドは新しく弾幕を放った。

 後一度、大分気分も晴れてきた所だ。

 

「次で最後よ」

 

 その言葉に反応するように、メイドは飛び上がるようにして、立ちあがると、弾幕を放ちながら再び距離を取ろうとする。

 ただし、空を飛べないのでは、弾幕の射程から逃れることは不可能でる。

 

「異符、ブラックバレットオブウィザードッ」

 

 両腕に闇を纏わせて、闇の中から直進的に黄金と紫の弾幕を放つ。

 右手の弾幕は等間隔な平行で発射され、だんだんと上下に分かれてゆく。

 左手からまき散らされた弾幕は、紫の弾幕の隙間を埋めるように、

 黄金と紫の光は混ざり合い、人一人がぎりぎり避けられるであろう隙間だけを残して、メイドに飛来する。

 おそらく、巫女であれば、格子の隙間を縫って接近するだろう。

 黒白の魔法使いであれば、迷うことなく自身の最大弾幕で相殺と反撃を行うであろう。

 ならばメイドは、お前はどうする?

 つい最近作り上げたこの弾幕をどのように回避するのか考えながら、あるいは、此処で終わるのか?

 その決着はすぐに分かる。

 周囲の建物と、私の弾幕の所為で負傷していた何人かの人間を巻き込みながら、鮮やかな破壊がまき散らかされた。

 砂埃が舞い上がる。

 反撃するのか?

 即座にメイドの反撃を回避できるように備える。

 

「……、ぅ―――、」

 

 小さな呻き声が聞こえた。

 煙の晴れた先、そこには、弾幕を放つ機械を取り落としたメイドの姿。

 かなり際どいよけ方だったらようだが、四肢はいまだにつながっている。

 しかし、銃を取り落とした指は、何本か欠けており、再びこれまでのようにそれを握ることはできないだろう。

 たったそれだけの負傷で、空も飛べなくくせに、能力も使えない癖に、弾幕を回避するとは、

 

「負けちゃったわ」

 

 非常に残念であるが、三枚のスペルカードをくぐって生き残るとは、思わなかった。

 だけどまあ、目の前のメイドには、十分な恐怖を与えられたようだ。

 失った指、取り落とした銃に気付かず何度も、私に向けて弾幕を放つような動きをするメイド。

 もはや逃げ出す気力もなく、ただただ、機械的に反撃の真似事繰り返すメイド、怖い、逃げたい、逃げられない。

 私が何者であるか理解できない。

 畏怖。

 人々が忘れ去った幻想への恐れが、僅かであるがメイドから私へ流れ込む。

 殺すには惜しい。

 そもそも、三枚のスペルカードを避けて生き残ったのだから見逃してもいいだろう。

 これから先、死ぬまで私を恐れ、闇を恐怖して生きてほしい。

 それが人間の正しい在り方なのだから。

 

「じゃぁね」

 

 闇を纏い、溶けるようして私は姿を消した。

 彼女が闇を恐れるように、この日の恐怖を忘れぬように。

 二度と、ロットンへ手を出さぬように。

 そう願いながら……。

 

 

 

ロベルタの場合

 

「ロベルタッ!?」

 

 私を呼ぶ声が聞こえる。

 誰が?

 すでに私を呼ぶものは躯になり果てた。

 ならば、個の声は幻聴であるのだろう。

 しかし、その声はどこかで……

 理解できない化け物の強襲から、必死に逃れた私は、全身が痛む身体を引きずりながら何とか、港へと逃げ出すことに成功した。

 そこには、かつて私にぬくもりを与えてくれた人が、この世に残った最後の恩人が立っていた。

 

「だ、旦那さまっ―――」

 

 それが幻想であるのか、本物であるのかもはやどうでも良かった。

 負傷したのは肉体だけでなく、私の心もボロボロだった。

 目の旦那様だが、幻だとしても、私の心は限界をとっくに超えていたのだ。

 優しく抱きとめる旦那様に身体を預けながら、私は泣いた。

 ただ、子供のように。

 無力な自分を嘆くように。

 救えなかった若様に対して、許しを請うように。

 不甲斐ない自分のすべてに、泣いた。

 声を張り上げ、もはやここで旦那様に見捨てられたなら、間違いなく死を選ぶであろう。

 

「すみません。すみません、申し訳、ありまぜんっ」

「ロベルタ……、帰ろう。私たちの家に。私はもう、家族を失いたくない」

 

 息子を失って一番つらいのは、旦那様のはずであるのに。

 不甲斐ない私を見捨てても、仕方ないはずなのに。

 あなたはまだ、私を家族といってくれる。

 あなたは一番泣きたいはずなのに、私が先に泣いてしまって……、

 

「申し、わけ……、あり、ません」

 

 私自身すでに感情の制御ができていなかった。

 どうして良いのかわからなかった。

 そこから、先のことは覚えていない。

 次に気付いたとき、私は白い病院のベッドの上であった。

 できればすべてが、一夜の悪夢として忘れたかった。

 しかし、これから先私はあの悪夢を背負って生きていかなければならない。

 それがせめて、私を救ってくれた旦那様へ返せる唯一のものだと信じて。

 

 

 

ラグーン商会の水夫ロックの場合

 

 港へ逃げ込んだ俺達を待っていたのは、バラライカさん率いるロシアンマフィアの面々であった。

 その中に一人、明らかにマフィアとは無関係そうな男性。

 それが、ラブレス家の現当主であることを理解するのに、さほど時間はかからなかった。

 こんなにも早く、自分達と関係のある人物を調べ上げたのかと恐怖したが、実は、親元のロシアンマフィアとコロンビア・カルテルは、すでに戦争状態にあり、いくつかの情報は集まっていたらしい。

 今回の誘拐の一件はコロンビア・カルテルが、ラブレス家に対する嫌がらせの一環として始まり、そこに俺達は巻き込まれた形となったとして、話はついているそうだ。

 だが、そんなことを言われたとしても、子供を殺された親としては、俺達も子供を殺した殺人犯と同類でしかないだろう。

 去ってゆくラブレス家の現当主と、メイドに対して、俺は黙って三人を見送ることしかできなかった。

 向こうも、様子を窺っていた俺達を鋭い視線で一瞥した後は、徹底してこちらを見ないようにふるまっていたようであった。

 だが、とりあえずラグーンの面々は何とか一命をとりとめたのだ。

 無論ベニーと俺は無傷であったが、ダッチはしばらく入院生活を余儀なくされそうである。

 しかし、今の所は元気そうである。

 そして、レヴィは……、

 

「……ッ! 痛ってぇッ!!?」

 

 車の中で意識を失っていたレヴィが、いつも通りの気丈な声をあげる。

 その声に、安堵した俺達だったが、レヴィが次に発した言葉によって、再び、周囲の沈黙が訪れた。

 

「レヴィッ?! よかった」

「……おい、ロックッ!?  此処は何処だ、どうして明かりを付けないッ?」

 

 全く見当違いの方向を見て叫ぶレヴィに対して、俺達は、レヴィが発した言葉の意味を理解するのに、数秒の時間を有したのだった。

 

 

 

 

 




子供一人が死ぬことで、二人生き残る可能性が出れば、ガルシア君の死にも意味があったかもしれない。
最後が駆け足だったかもしれませんが、どうでしたでしょうか?

此処まで読んでいただいてありがとうございます。
感想、コメントなど頂けましたら幸いです。

次回は、タケナカ編かな?

獅子カメーン様、誤字報告ありがとうございました。

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