しかし、此処で一つ注意点。
最終回までに、原作で死んでいない、キャラが一人以上、おそらく死にます。
ご注意ください。
イエローフラッグの亭主バオの場合
悪夢の再来だ。
ラグーン商会の連中に関わると、たいてい碌なことがない。
あいつらは腕のいい運び屋だが、いつもトラブルや、災害をこの店にまで運んで来やがる。
まったく、疫病神だと思いながら、無残に散らかされた店内の様子に頭を痛める。
そこは、粉々に砕かれたガラスの破片と、生臭い肉片が乱雑に散らばり、異臭が立ち込める地獄が広がっていた。
「仕事中はこの店に来るな」と何度行ったか分かりゃしない。それでも、ラグーン商会の知名度と影響力を考えると本気で来るなとは言えなかった。
こんな町でさえなければ、即座に立ち入り禁止にしてやるのにと思いながら、無残になった店の補修を考える。
とりあえず、死体から修繕費を徴収させてもらおう。
めぼしい死体を探す為に、壊れた電球の代わりとして、カウンターの裏に備えていた懐中電灯のスイッチを入れる。
すると、両手に持ったモーゼルを腰にしまう、優男の姿が目に移った。
「……?」
無言で懐中電灯の光を見つめる優男。
そういえば、この男は、餓鬼を庇って撃たれたはずだ。
なのに、煙幕が晴れてからは、ハリウッド並のワンシーンを演じながらも、まるで痛みを感じさせていなかった。
まさか不死身ということはないだろうが、この男の身体は一体何でできているんだろうと疑問が浮かぶ。
「―――……、兄ちゃん、さっき撃たれてなかったか?」
何やら、妄言をつぶやきながら、餓鬼と襲撃者の間に割り込んだ直後に撃たれたはず。
あの距離なら自分でだって外すことないだろうと思いながら、警戒を久崩さぬように、目を細めて男を観察する。
新しくロアナプラに訪れた子連れの男。
銀髪優男で、長いロングコートを羽織り、使用していた銃は、すでに骨董品であるモーゼルだ。
そして、いきなり煙幕を使ったかと思えば、視界が効かぬ中で、多数の襲撃者を一斉射撃で沈め。さらに、視界が戻った瞬間、動揺が納まらぬ前に、残りの襲撃者を無駄弾なく沈めた。
その手腕は侮れない。
まるでA級映画の主演じゃないかと思い、単純な戦力はラグーン商会の用心棒であるレヴィと同等ではないかとあたりをつける。
まったく血を流している様子もなく、ピンピンしながら動き回っていた男は、静かに自分の胸元を開いて見せた。
その行動に、これまでの疑問が一斉に氷解した。
「防弾チョッキか? 暑苦しいのによくやるな」
俺も昔は着ていた時期があるが、暑くて重い上に、動きづらいことから、すでにカウンターの下にしまわれて久しかった。
「いざというとき、心強い」
「確かにそうだが、まさかこの街でそんなもの着ている奴がいるとはな」
手のひらで額を抑えながら、笑い声をあげる。
この街は馬鹿で救いようのない悪党どもが集まって出来た町だ。
確かに防弾チョッキは有効だが、ここでそんなものに、金を掛けるくらいなら、まず銃を買う。
銃を買ったら酒と女を。
持つだけで強くなった気がするのは、誰だって同じだ。
そんな馬鹿どもは、自分の命がなくなる瞬間まで、自分の命が、どれだけ軽いのかを知ることはない。
もしもそんな頭が在るのならば、とっとこの町を出ていく事を考えるだろう。
だが、目の前の馬鹿な男は、銃に加えて防弾チョッキまで着込んでいる。
此処まで知ると、先ほどの煙幕や、その中で敵を一掃した手段がおぼろげに見えてくる。
おそらく、長い厚手のコートの中には、いくつもの商売道具を隠し持っているのであろう。
手品の要領と一緒だ。
長く袖を隠すことのできる服装は、多彩な暗器の仕込みが可能だろう。
そして、こんな荒事の場でも、笑顔を崩さない餓鬼の方にも納得が行った。
おそらく、金髪の餓鬼は仕込みを逸らすための囮として、仕込まれていたに違いない。
こんな場所で少女の笑みは、否が応でも意識してしまうことだろう。
まず間違いないと思っていい。
しかし、拳銃を突きつけられた状況で、一切気負うことなく、無邪気に笑えるまで仕込んでいるとは、つくづくぶっ壊れていると思った。
「あんた名前はなんて言うんだ?」
「ロットン、ロットン・ザ・ウィザード」
なぜかサングラスを中指で直しながら、ロットンは名乗った。
もって回った仕草に、話し方だが、それも擬態なのかもしれないと思い、僅かに彼らに興味が湧いた。
「そうかい、あの嬢ちゃんはなんていうんだ」
「彼女の名は、ルーミアだ」
「ロットン、呼んだ?」
それまで聞こえていた、ピチャピチャという音が止み、ロットンの言葉に反応するようにルーミアと呼ばれた餓鬼が、トコトコと近づいてくる。
理由は分からないが、とてもうれしそうな笑顔を浮かべている。
顔から体中まで、返り血浴びたというのに、まったく怯えすら見せない姿に、まっとうな育ちではないことを確信した。
そんな餓鬼を此処まで、手なずけられるとは、ロットンは一体何者なのだろう。
少なくともただのチンピラでは在りえない。
多勢に無勢で在りながらも、即座に戦場を支配し、制圧するだけの行動力。
襲撃してきた敵はおそらく、ラグーン商会を狙ったものだろう。
しかし、この場でとんだダークホースに出会うとは、夢にも思っていなかっただろう。
俺でさえ、びっくりしているのだからな。
「ねぇ、ロットン。そろそろ眠くなってきたから行きましょ」
「そうだな」
そうこう考えている間に、ロットン達は、最初に頼んだ、ビールとミルク代を差し出して店を出ていこうとする。
「ちょっと待ちな。これから餓鬼連れて宿探しに行くつもりか、さすがにそれはやめとけ」
単純な善意が2割でロットン達を引き留める。
ロットンの腕はかなりのものであり、目の前で観察したこの男の性格が進んでトラブルを招きたいような、人格破綻者には、見えなかったからの提案だった。
正直に言って、四大マフィアが入り乱れるこの町で、中立を貫くのはかなり面倒なものだった。
今でこそ、それぞれマフィア間のどこにも属さない情報交換の場ということで、台風の目のように置いておかれているが、その拮抗はとても危ういものだ。
だからこそ、ラグーン商会のように、有望で力ある客達に繋ぎを取ることは、この店を存続させる為に必要不可欠である。
「店の片づけ手伝ってくれるなら、上の一室しばらく貸してやるぜ。あんた町に来たばかりだろう。住む場所決まるまでの借宿で良ければどうだ」
あまり深入りし過ぎず、それとなく、無理なく恩を売る。
それがこの店、イエローフラッグを存続させるコツの一つだ。
笑顔はプライスレスだが、無駄撃ちしないこともポイントだ。
しばらく、考え込むそぶりを見せたロットンは、ちらっと横でソーセージのようなものをかじっているルーミアに視線を落とした。
「ルーミアは、それでいいかい?」
「そうね、歩くのも面倒なんでここに泊まりましょう」
思ったよりも、はっきりとした受け答えをしているルーミアに、やはり実年齢はもう少し上かもしれないと思った。
しかし、どこか発音が拙いようにも聞こえる。
つかみどころのない餓鬼だ。
「よし、じゃあ今日は店じまいだ。そのあたりで寝ている客から、店の修理費集めるから手伝ってくれ」
店の修理費の改修と、死体の片づけの手配、本格的な片づけは日が昇ってからになるだろうが、今日も遅くまでかかりそうだ。
「分かった」と短く答えると、ロットンはまず、見た目が人間に近い物の身体をあさりだした。
その横で楽しそうに騒ぐルーミアの姿に、とても場違いな印象を抱く。
その楽し気な話声を背中にし、俺は店の外で閉店と書かれた看板を立掛けるのだった
とある始末屋の場合
朝一の電話に、仕事の支度を済ませた私は、数人の同業者を連れて、頻繁に要請が入る酒場へと足を向けた。
ずっぽりと頭からつま先までを覆う黄ばんだ白色の作業服。
素肌すべてをそれで多い隠して、半壊したドアを落下させながら店内へ入る。
バケツや鉈をはじめ、掃除道具と死体袋を担ぎ、あたりを見渡せば、男女関係なくひき肉のようになった死体の山だ。
元南ベトナム兵が経営する酒場、『イエローフラッグ』は、今日も楽しい死体の山で彩られている。
程よく、ぐちゃぐちゃに盛られた死体の上には、砕けた椅子や、テーブルの破片が、チップスのようにばらまかれている。
昼食までには終わりそうにないと思いながら、不機嫌な表情をした、店の亭主であるバオに声をかけた。
『今月デ、三ドめネ。もうスぐ、すたんぷガ、溜まるかラ、期待シてナさイ』
かつて恋愛のトラブルで、喉を切り裂かれ、まともな発音が不可能になった私は、電動式人工喉頭を喉に押し当てながら、とびきりの営業スマイルでバオが差し出したカードにスタンプを押す。
最も、ゴーグルとマスクの所為で私の表情を読み取ることは不可能なのだけど。
「スタンプなんかよりも、お前らを頼らずに、一月くらい店を営業してみたいもんだ」
『ザンねンだったワネ。デモ、そうなッタラ、私もゴはン、食べられナクなるかラ、そうならナいよう、願ってルワ』
バオの店に、死体が出ないようなことが、一月も続くなど、この町を牛耳る四大マフィアのホテルモスクワや、三合会の連中が、仲良く手をつないでダンスするくらい在りえない、と思いながら、さっそく宝の山を片付けにかかる。
最近やっと、内臓の価格が戻って来たが、この分ではまたすぐにでも値下がりしそうだ。
まずは原型がまともな死体を優先的に片づけていく。
目が濁り始めてるわ……、残念。
これではクーラーボックスを持ってきた意味が無いかもしれない。
鮮度の落ちた死体をてきぱきと解体しながら、袋に詰め込んでいく。
しかし、見事に一撃で頭を撃ち抜かれた死体以外は、ひどい有様だ。
大量の弾丸で削りとられた肉には、骨を抉り、内臓をそぎ落とし、大量の血を床にぶちまけている。
それだけならまだしも、獣に食い荒らされたような後まである。
そこで、ふと作業の手を休めた。
『指? きれイに、喰イ千切られテる』
野犬が侵入したにしては、妙にきれいな食べ方をしていることに疑問を浮かべながらも取りあえず作業を進める。
早くしなければ、昼どころか、夜までかかってしまうかもしれない。
他の同業者も、めぼしい臓器を回収しながら、掃除を続ける。
そして私は、一番奇妙な死体へと手を伸ばした。
『……、バオ? こレ、何ガあったノ?』
腕の付け根から、巨大な猛獣に食いちぎられたかのように、悲惨な傷口をさらしている死体を指さす。
床のガラスを掃いていたバオは、私が指さした死体の男を見て、眉を顰めながら答えた。
「ああ、昨日、このごたごたに居合わせた新顔がいてな、今二階で寝てる。そいつらがやったんだ」
『そいつら』というならば数人のグループなのか?
それとも、そいつは、サーカスのピエロよろしく、猛獣でも手なずけているのだろうか?
多くの死体を片付けて来た私だが、それでもこんな切り口は見たことがなかった。
そんなことを考えていると、酒場の二階から、誰かが降りてくる音が聞こえた。
この店の住人だろうか?
「ロットンッ! 起きたならお前も手伝えッ!」
店の奥から、なかなかイカした服の趣味をした、銀髪長身の男が、ロングコートを翻しながら現れた。
この街ではあまり見かけない、タイプの人間だ。
「ルーミアは、まだ寝てるのか?」
「ああ」
ロットンと呼ばれた男は、いまだ寝ぼけているのか? と思えるような動作をしながら、バオと受け答えをしていた。
「昨日はお愉しみだったのかい?」
「―――? シャワーを浴びてすぐに寝たが?」
悪そうな顔でうっすら笑みを浮かべるバオは、そのままロットンにガラスと木片を片付けることを命じると自分は、店の奥へと引っ込んでいった。
見た目と裏腹に、箒を手に掃除をする姿はひどくシュールに思えた。
「コれ、あなたガ、殺ッたノ?」
機械的な音声に戸惑ったのか、数秒間視線を合わせながら沈黙。
次に、獣に食われたような死体と、私を交互に見比べながら、箒を杖のようにしながらロットンが語りだした。
「俺ではない。彼の命運が未だ尽きぬ運命で在るならば、そこで眠るのは俺であったかもしれない。ゆえに、彼の死はその運命によって決定されたのであろう」
「……………」
ロアナプラの狂人、変人を相手に商売している私であるが、その返答はまったくの予想外であった。
手にしていた、電動式人工喉頭を危うく取落としそうになりながら、改めて、その男を観察する。
しばらく、微妙に胸の奥をつつくようなポーヅを取っていた男だが、私が反応を返さない事に、飽きたのか、元の掃除へ戻っていく。
とりあえず、この男が、昨晩この店で派手に暴れた人物で有ろうことは察しがついた。
どうやったのか知らないが、獣に食いちぎられたかのような後が見れる死体。
まさか、この男が月夜に、尻尾と牙が生えてくる種族ではあるまいし、どうやったのかは非常に興味がある。
『こレ、もシ必要になったラ、連絡ちょうダイ。1割引きデ、請け負うハ』
取りあえず、持ち歩いていた名刺をロットンに渡しておくことにした。
目の前の死体の殺し方を教えてくれたら、2割引きでもいいと思いながら、男の様子を窺う。
ロットンは手にした名刺を奇妙な目で眺めながら、それを受け取りポケットにしまった。
「覚えておこう。俺とお前に運命が在るなら、また交わることもあるだろう」
『所デ、コレ、どうやって殺したノ?』
その後、何度か問い詰めてみたが、ロットンは獣に引き裂かれたような死体の作り方を一切話さず、奇妙な言い回しではぐらかすばかりだった。
仕方なく、その日はおとなしく帰ることにした。
余計な詮索をしたとして、殺されてはかなわないからだ。
取り合えず、面白い死体も手に入ったことだし、帰ってからゆっくり遊ぶとしよう。
新しい玩具を手に入れた私は、楽しい気分でイエローフラッグを去るのであった。
とある人喰い妖怪ルーミアの場合
「私のおやつがない~ッ!?」
月が昇る前に、夢から覚めた私は早起きだ、と自分をほめながら、昨日残った食料を求めて階段を下りる。
しかし、そこには何もなかった……。
あれだけ騒がしかった酒池肉林宴会場がまるで嘘のように、がらんとした何もない空間だけが広がっていた。
とりあえず、おいしそうな部分をまとめていたはずの場所へ近寄り、床を叩いてみる。
ペチペチペチと、乾いた音がする。
それ以外に、何もなかった。
それでもあきらめきれずに再度、さきほどより力を込めて叩いてみる。
バンバンバンと、床が軋む音がする。
が、やはり何もなかった……。
「ルーミアの嬢ちゃん、そんな所で何してるんだ?」
まさかの光景に、自我喪失したように、昨夜の幻想を求めて、何もない空間を見つめる。
その背後から、昨日酒を運んできた人間の雄が声をかけて来た。
「私のおやつが~~……」
「お前、死体の中に何か隠してたのかッ?!」
酒を運んできた雄は、若干一歩引きながら、表情を歪めてこちらを見下ろす。
せっかく、起きたら食べようと思ったのに、少し目を離せばこのありさまだ。
幻想郷でもよく、あったことだ。
食料を木に突き刺しておけば、カラスや雑魚妖怪に食べられたり、地面に埋めて置けば、埋めた場所を忘れたり。
仕方のないことだ。
よくあることだ。
しかし、この高ぶった気持ちはどうすればいいのだろう……。
そこまで考えて、ふと見上げた先に食料が在ることに気付く。
あまり、美味しそうな人間ではないが、この高ぶった食欲を抑える、単純な解決方法が目の前にある。
床を撫でるのをやめた私は、酒を運んで来た雄を見上げながら立ち上がる。
「一体何を隠していたのか知らないが」
ビールを運んで来た食料が、何かを話している。
「そんなに腹が減ってたのか?」
ああそうだ、とてもお腹が減っていた気がする。
宵闇を発動させる必要もない。
ただ一歩、妖怪の力で踏み込み、腕を振るえば目の前の食料は、食べやすくなる。
両足に力を込めて、飛び出す瞬間。
食料と目が合った。
「ほら、これやるから。後はロットンにでも食いにつれて行って貰え」
視線を交わした瞬間。
一瞬の本能を上回る何かが、私を制して、酒を持って来た雄の手に、視線が変わる。
「……、それは何?」
「何って、ただの飴玉だよ。食ったことが無いのか?」
キラキラした包みをはがし、自分の口へ放り込んだ。
そして、酒を持ってきた雄は、新しくポケットの中から三つの飴玉を差し出した。
雄の仕草を真似して、包み紙をはがすと、その中にあった丸い、輝く石のようなものを口の中に放り込む。
その瞬間、人間を食べたときと、同じくらいの幸福な気持ちが浮き上がってくる。
「美味しいッ!?」
「そうか、そりゃよかった。裏でロットンが掃除してるから、それ持って飯でも食いに行ってこい」
私は、そう言われて、酒を差し出した男が、指さす方向へ、走り出した。
そして、店の奥へ入る直前、ふとあることを思い出した私は、両手を大きく広げて、クルリと背後を振り返る。
「ありがとうッ!」
飴玉を差し出した男を置いて、私はロットンを探しに店の裏へと走り去るのだった。
ルーミア、飴玉で買収される。
バオ、お菓子を持っていなければDead Endでした。
あんな街で長年酒場を続けるバオは、もしやロットン並に幸運値が高いのでは? と思うこのごろです。
此処まで読んでいただいてありがとうございます。
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