咎孕みし堕天使への狂歌   作:空箱一揆

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仕事のストレスから、ひどく残酷で救いのない話を書きたいと思いながらできた作品です。
『大海を統べるは、蓬莱の姫』の輝夜達と同じく、異変に巻き込まれたルーミアの物語です。



001 遭遇

 ある咎人の場合

 

 光が身を沈め、蜘蛛の巣のように張り巡らされた裏道を支配するのは暗闇の静寂。

 白日の芸術的な造形を持った美しさはなりを潜めて、そこに在るのは悪徳と暴力に支配される空間である。

 恐怖を纏わせた叫び声と、狂喜を孕んだ少女の叫びが交差する。

 歓喜を響かせる少女の声色に恐怖はない。

 恐慌する悲鳴は野太い男のものだ。

 戦場へ招く戦乙女の呼びかけか、はたまた悪魔の手招きか、およそ考えつかない異質な音色が我を誘うと、咎人は思う。

 町の成り立ちにして、夢魔の誘いにひきこまれた愚かな生贄の叫び声だろうか?

 我がただの人で在るならば、この場を去るのだろう。

 しかし、この咎人が、ただただ安穏な歩みを進めることができるだろうか。

 この叫びは、我が罪を裁くために背後より迫り来るのではないか?

 逃げ出すことに意味などない。

 この先に待つ審判にこそ、生きる意味があるのかもしれない。

 この歩みの先が、永劫の闇だったとしても、その先に待つ我が罪の在りかから目を背けることなどできないだろう。

 右手に触れた冷たい感触。

『elegy』がその音を奏でた日を思い出す。

 今宵、左手にかかる重厚な塊に、その魂が宿ることはあるのだろうか?

 今宵こそ、その魂を宿しその産声を響かせてくれ。

 悲しき哀歌にふさわしき、旋律をこの心に響かせてくれ。

 

 

 

 悲しげな表情に、銀色の髪。

 全身を覆い隠すようなロングコートと、怪しく光る指輪。

 視線を隠すための薄暗いサングラス、その咎人の名前は『ロットン』と呼ばれていた。

 

 

 

 ある人食い妖怪の場合

 

 (ここは、どこだろう?)

 

 身体が重く、ひどくおなかが減った。

 河童と宇宙人が面白いことをしているらしいと聞き、見に行こうしていたはずだが、どうしてこんな所に居るのだろう。

 聞き覚えのない音を拾いながら、それがこの村の言葉なのだと理解し始めた頃、ようやく、食事に在りつくことができた。

 人間の里よりもずっと広く、どこまで行っても人間だらけの世界だった。

 幻想は欠片も見当たらなく、ただただ、おなかの音が鳴る。

 いつもどこでも現れる隙間妖怪はおらず、空を自由に翔け回る赤白巫女も姿を現さない。

 酷くおなかの音が鳴る。

 

 (あれは食べてもいい人間?)

 

 すれ違う人間達は、暗闇を渡り歩く一人の人食い妖怪に興味も示さず通り過ぎる。

 見たことない着物を着た人間が何十人、何百人とすれ違う。

 里の中での人食いは禁止されている。

 それを破れば、博麗の巫女に殺されるだろう。

 里の出口は何処にある。

 

 酷く酷く、おなかが減った。

 

 普段これほどまでに飢餓を感じたことはない。

 一定の量であるが、隙間妖怪がある程度の食料を供給してくれるからだ。

 しかし、今はそれがない。

 

 酷くおなかが減った。

 

 このまま、空腹を続けることは、自身の存在にすら影響すると思い当たる。

 なぜここまで空腹が酷くなるのか?

 分からない。

 異常事態が自身に降りかかっていることを感じるが、有効的な解決策を思い当たるに至らない。

 心なしか、身体中から力が抜けていくのを感じる。

 

 おなかが減った……。

 

 すれ違う人間達から恐怖を感じない。

 妖怪に対する恐れを感じられない。

 人間が私を見下ろす視線が、ただの少女を見ているように感じる。

 普段恐れるはずの人間が恐れない。

 これまでの自身の存在証明が崩れていく。

 

 お腹が、減ったなぁ……。

 

 これ以上の空腹は、もはや自身の命にかかわると、本能が警告を打ち鳴らす。

 博麗からの制裁と、空腹からの消滅を天秤にかけて、少女の姿と正反対の妖怪の本性が牙を剥き出しにする。

 

「――お腹が減った」

 

 目の前に、無防備のお肉が歩いているのに、なぜ私は我慢しているのだろう。

 私は人喰いだ。

 喰らわなければ消滅してしまう。

 人の恐怖を浴びなければ、私は存在できない。

 無防備に、阿呆のように、木偶のように歩き回るお肉が目の前にあるのに、なぜ喰らわない?

 なぜ、誰一人妖怪を恐れない?

 追い詰められていく現状に、苛立ちが募る。

 博麗の制裁が何だ、どのみちこのままでは私は死ぬ。

 登り出した三日月を見上げて、髪に結ばれたお札を何気なしに触れそうになる。

 さらに苛立ちが増していく。

 もはや、隙間妖怪も博麗さえもどうでも良いと思えてくる。

 ひどくなる空腹に比例して、全身の力も弱まっていく。

 もはや、時間がないことを悟った私は、自身に残された妖力のすべてを使い、薄暗い街で話しかけてきた一人の男を暗闇の中へと引きずり込んだ。

 

 ――

 ――――

 ――――――

 ――――――――うまいッ!?

 

 まるで、見たこともない化け物を見たように怯える男。

 我慢できずに、私を突き放そうとした右腕を食いちぎる。

 私をただの人間だと思っていたらしい愚かな餌は、恐怖をひりだしながら、私の腹へと収まっていく。

 普段食べられない、恐怖に満ちた餌だった。

 味は悪くない。耳に入る恐怖の声色が、体中に力を宿してくれる。

 恐怖の味は、嫌いではない。

 ただし、抵抗して動き回るせいでものすごく食べづらい。

 私は、食事はゆっくり、静かにするのが好きだ。

 うまいが、面倒な手順や、作法など考えずに食べられる者が好きだ。

 お湯を入れれば、程よい恐怖と、味を引き出してくれる餌はないものだろうか?

 隙間妖怪も、そのあたりを考えて配給してくれるとありがたいのだが。

 適度な歯ごたえを感じて、しみだした血をごくりと飲み干す。

 赤黒くどろりと感じた感触が、程よいうまみを滲み出す。

 今だに、叫び声を上げるとは、元気な餌だ。

 まったく、食べずらく、めんどくさい……、それでも、

 

「たまには、いいものだわ」

 

 目玉を引き抜いた時点で男は失禁し、痛みの限界を超えて絶命する。

 これで食べやすくなった。

 ぴくぴく痙攣する餌を眺めながら、ゆっくりと食事を続けようとする。

 そんな時だった。

 

 

 

 ある咎人と人食いの邂逅。

 

 とある少女の姿をした人喰いは『ルーミア』と呼ばれていた。

 その少女の姿からは、想像すらできない圧倒的腕力に、首を絞められた男、ロットンは全身から力が抜けていくのを感じる。

 酸素を求めて、口は虚空を食むが、締め上げられた喉をそれが通ることはなかった。

 かろうじに引っかかっていた、サングラスが地面に落ちる。

 そしてルーミアと視線が交差した。

 ガラス玉のように澄んだ瞳。

 生きた芸術を眺めるように、遠くなる意識の中でロットンは思った。

 

 (――――美しい)

 (まるで、月の光を纏うアルテミスの生き写しだ)

 (口元から零れ落ちる、赤黒く濁った液体は、聖者のワインであろうか?)

 

 ルーミアの背後に伏せた男は、言葉もなく、許しを請うかのように黙して地に伏せている。

 にたり、とルーミアは嬉しそうに笑う。

 明滅を繰り返す外灯の下で、金色の乙女は感じたことのない、興奮を覚えた。

 乾いた笑みを返す男から理解の範疇を超えた感情が湧き上がってくる。

 ただ少し力を加えるだけで、男の首は細い小枝を折るように砕けてしまうというのに。

 その目には恐怖が宿っていない。

 ただただ、純粋な好意のように、親しみを込めて、今にも死んでしまいそうな表情をしながら、ルーミアの表情に見惚れているのだ。

 薄れゆく意識の中で、ロットンが浮かべたものは笑みである。

 ルーミアは、不思議そうな顔をして、思わず右手の力を緩めた。

 移り変わるルーミアの表情に、ロットンはこれまでの人生すべてが、彼女の姿に出会うものであったのではないかと思った。

 出会い、そして次にくる死の刻を待ちながら、力なくロットンは微笑を浮かべ続けている。

 常人には理解できない思考。

 人喰いであるルーミアですら、その思考を理解することはできなかった。

 しかし、突如としてルーミアの全身に力が満ち足りるのを感じた。

 突如失われる空腹に対して、ルーミアは驚いてロットンを地面に落とす。

 いきなりの出来事に咽返り、手の痕が付いた首を抑えながらロットンはゆっくりと立ち上がろうとする。

 ルーミアは知る由もない。

 突如満ち足りた力の存在。

 それは、妖怪たちが人間の恐怖を妖怪の力に変えるのと似たプロセスで生み出されるものである。

 幻想郷で、ある一定以上の妖怪がわずかに内包する力の名を『信仰』と呼ばれている。

 恐怖を上回る畏怖と呼ばれるものが、ルーミアの全身に新しい力を宿した時であった。

 ただただ、恐怖を与えるだけの妖怪が、ただ人を食い殺すしかできないルーミアに対して、ロットンは畏怖を抱いた。

 人では在りえない人形のような美しさと、圧倒的な捕食者としての存在感にロットンは羨望したのだ。

 恐怖ではなく、畏怖。

 伝わってくる力の源を本能的に理解し始めたとき、ルーミアはただ年相応の少女のように笑い声を上げた。

 たかが、人喰い風情を畏怖する人間がいるとは、誰が考えるのか。

 恐怖とは違う。ただの妖怪に対して、人間は畏怖など抱かない。

 妖怪は人間の敵だ。

 ゆえに恐れても、敬いはしない。

 少女の姿を模すのは、ただ人間を捕食しやすくするため。

 夜を纏ったようなスカートと、血のように赤い瞳。

 人形のように精巧な美しさという、皮を被ったとしても、その奥に潜むのは、獣よりも達の悪い残虐性。

 そんな存在に対して、ロットンは畏怖を抱いた。

 人間として破綻した思考に、ルーミアは笑い声を上げる。

 かわいらしく、人間のような笑い声をあげる。

 血のシャワーを浴びながら、食い殺された男の肉体を背に、神秘的なまでに、残酷に美しくルーミアは笑う。

 

 「――深淵より湧き出た闇が、少女という姿をかたどるなら、あるいは君のようになるのか? それとも、天から身を窶した堕天使といったところか?」

 

 掠れて、息切れた言葉が吐き出されたとき、ルーミアは目の前の男を殺す気が完全に失せていた。

 殺すなどもってのほかだ、人を食い殺すよりも、自身の存在を保つために目の前の男が必要だ。

 ルーミアは、空腹より解放されたのを感じた。

 

 「あなたは、なんて名前の人間?」

 

 両手を大きく広げ、世界の大きさを感じ取るように、ルーミアは問いかける。

 

「――ロットン。君の名前は?」

「ルーミアよ。ねぇ、ロットン、久しぶりにお酒が飲みたいの?」

 

 ヒビの入ったサングラスを拾い上げながら、ロットンはルーミアという名を反芻する。

 

「ルーミア……、君の名前をもらってもいいだろうか?」

 

 いまだ、魂のこもらない鉄の塊。

 まるで幼子を抱きかかえるかのようにルーミアに触れさせると、ルーミアはロットンに答えた。

 手に収まるそれが、何なのか、ルーミアは理解できなかったが、ロットンがそれを大事そうにしていることだけはわかった。

 

「いいわ。私の名前をあげる」

 

 魂のこもらない鉄の塊。量産された名前をモーゼルM712という。

 箒の柄とあだ名される独特の形状を持った拳銃、それがモーゼルM712だ。

 そして、ロットンの右手に収まったそれを『elegy』、左手に収まったそれは『Rumia』と名付けられた。

 新たな誕生の産声を上げるように、Rumiaが天高く鉄火の悲鳴を上げる。

 そろそろ人が集まりだしそうだ。

 Rumiaから発射された弾丸は、二人を照らした外灯を撃ち抜き、あたりに闇夜を呼び込んだ。

 そして、停滞を拒むように吹きだした風が、まるで二人を祝福するかのように月明かりを覆い隠す。

 ロットンは、男の懐から零れ堕ちた、財布と携帯を拾い上げる。

 そして何気なく広げた携帯を覗き見た。

 対してルーミアは、もはや男の躯に用はないとばかりに、歩き出す。

 ルーミアは、携帯に対してさした興味も示さずにロットンを手招きする。

 ロットンは、携帯の主の名前を確認すると、それを自身のコートへとしまった。

 暗黒の祝福を受け、ロットンとルーミアの姿は、夜の人々の中へと紛れていく。

 

 ―――携帯の持ち主の名前は『ウィザード』と呼ばれていたらしい。

 

 




ここまで、読んでいただきありがとうございます。
ある意味幸運EXコンビ? 
命題の義を終えたロットンと、お札リボンが取れたルーミアなら公式チートになるか? (お札リボンが取れるとは言っていない)
感想、コメントいただけましたら幸いです。

5837様、誤字報告ありがとうございました。

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