設定としては《前》の話から飛んで、本編『ロロナのアトリエ編』のエピローグ後の時間軸となっています
============
ロロナが3年間『王国依頼』を達成し、マイスが旅行を終えて他の人たちに農業を教え始めてから、数ヶ月が経ったころ
マイスのもとに農業を教わりに来ていた人たちが
一番多かったのは、マイスの家の近くで自分たちも畑を
それぞれが行く末を考えて決心を固め始めていた、そんなある日のこと……
============
***マイスの家そばの街道***
太陽が一番高い位置から少しズレだしたころ
『アーランドの街』から『近くの森』へと続く街道。その途中にある脇道……マイスが草を
そんな道を、一冊の本を胸の前のあたりで両手で抱えて歩く人がひとり
モンスターが出てくるかもしれないという街の外を、武装らしきものも無しに慣れた様子で歩いていたのは、フィリー・エアハルトだった
「あれ……? ここの道、少しだけ広くなったような気が……最近、沢山の人が来るようになったからかな?」
自分が歩いている小道を見ながらそう呟いたフィリー
下を向いていた視線を上げた彼女は、ふと別の変化にも気がついた
「そういえば、こころなしか木も少し減っている気がしなくも無いような?」
『近くの森』のようなうっそうとした森林地帯ではなく単なる小さな林だったため、フィリーでも気づけた微妙な変化だったが……
「まぁ気のせい、だよね? どっちにしても大したことじゃないし……」
少しばかり別のことに気がとられている今のフィリーには、どうでもいいことだったようだ
……なお、実際に木は減っており、その理由は農業を教えていってる間に木材や新たな土地がもっと必要になったため、マイスが少しばかり伐採したためである
「……ふふふふふっ、ついにこの日が来たんだよっ……! 何週間もかけて家にある本を全部読み返し、その中から選び抜いた本!」
そう言いながら無意識のうちに、本を抱えている手に力がこもっていたフィリー
「選ぶのには苦労したなぁ……でも、私ながら最良の一冊を選べたよ!」
フィリーの選考基準は「甘く」、「時に苦く」、「ロマンチック」……そして「私が耐えられる恥ずかしさ」である
前半は「少女趣味」の一言といったところで候補にあがる
そんな、大変なのか何なのかわからない選考を経て選ばれた一冊の本
それに書かれている物語を元に、マイスにデートをエスコートしてもらう……それがフィリーの目的だった
ただ、これは半分以上フィリーの勘違いで勝手に言い出したことであり、実はこの時点でマイスのほうはそんな話はすっかり忘れているのだが……
「えっと、この前会った時、今日は教えるのは午前中だけで午後はお休みって言ってたから、まずはこの本をマイス君に渡して読んでもらわないとね。それから、次のマイスの休みの日までに計画を考えてもらって、それで……えへへ」
その先の事をどう妄想したのかはわからないが、フィリーはひとりで少し口元を緩めてニヤついていた
「……あっ、でも、このお話に出てくるのって、スラッと背の高い美青年だったっけ?……で、でも! マイス君は私なんかにも優しくて、男の人だけど怖くないし……むしろカワイイし! 他に良いところがあるよね」
……物語の登場人物の描写とマイスとの違いを自分で指摘し、誰も聞いていないのにフォローを入れるフィリー。結果的には一人で勝手に盛り上がっているだけである
そんなことをしているうちに、フィリーはマイスの家へとたどり着いたのだった
――――――――――――
***マイスの家***
マイスの家の玄関でノックすると、いつもの調子のマイスの「はーい、ちょっと待ってくださーい」という声がフィリーの耳に入ってきた。そして、数秒間が空いてから玄関の扉が開いた
「お待たせしましたー! あっ、フィリーさんいらっしゃい! どうぞどうぞ、中に入ってー」
「こ、こんにちは、マイス君。おじゃまします」
笑顔で迎え入れてくれたマイスに、少しぎこちなさを残しながらも笑顔で挨拶をするフィリー
「あら~、あのフィリーが笑顔で挨拶しているのを見るのは、不思議な感覚だわ」
「お……おお、お……! お姉ちゃん!?」
聞きなれた声に反応してフィリーが目を向けたのは、いつもフィリーを含め来客者が座ることが多いソファーのほう。そして、そこにいたのはフィリーの姉、エスティ・エアハルトだった
フィリーが驚きで口をパクパクとさせている中、家の主であるマイスはといえば、エスティの言葉に反応して「あははっ」と笑いながら言葉を返していた
「不思議なんかじゃないですよ? フィリーさんも最近はウチに来る人たちともお話しできるんですから」
「そうなの? 農業を学びに来てる人たちって男の人でしょ? 本当なの?」
「数人ですけど、女性もいますよ。……まあ、エスティさんが考えてる通りで、男性には挨拶だけで精いっぱいみたいですけど……それでも、最初は目も合わせられませんでしたし」
マイスの言葉に「そうよねー」と呆れ気味に笑いながら返すエスティ
「それじゃあ、フィリーさんの分のお茶を用意してきますね」
そう言って隣のキッチンへと姿を消したマイス
それとほぼ同時に、ようやく驚きから復活したフィリーが、まだ完全には落ち着けていない様子でソファーに座っている姉にむかって問いかけた
「お姉ちゃん、お仕事は!?」
「今日は
「聞いてないよ!? それに何でマイスの家に!?」
「いやね、これまでに話は色々と聞いてたりはしてたけど忙しくて実際に来たことは無かったから、せっかくのお休みだしお邪魔しようかなって思ったの。最近は農業を教えてるみたいだし、仕事柄そのあたりも把握しておきたかったのよ」
そこまで言われてフィリーは「うぅ」と言葉を詰まらせた。姉の言うことに問題点が無くて、非難することができそうな部分が無かったからである…………まあ、そもそもフィリーには、口論で姉に勝てる気は無かったのだが
どうしようもなくてプルプルと震えるフィリーだったのだが……
「ねぇ、フィリー? そういえば、私も聞きたいことがあったのよ」
エスティはニッコリとした笑顔をフィリーに向けているのだが、対するフィリーは長年の経験からか嫌な予感がし、気づかぬうちに目じりに涙が溜まり始めていた
「あんたが最近呟いてる「マイス君」、「お姫様だっこ」って何のことかしらー?」
「え!?」
「別の日には「王子様」だとか「バラの花束」が何だとか、一人で部屋で言ってたわよねー?」
「聞いてたの……!?」
「あと、その大事そうに持ってる本は何なのかしらー?」
「ヒィ……」
フィリーが短い悲鳴をあげそうになったところで、笑顔だったエスティの顔から表情が消えた
「私が聞きたいのは、悲鳴じゃなくて質問の答えなんだけど?」
「…………!!」
エスティから感じられるプレッシャーに口を閉じたフィリー。……そして、そのまま後ずさりをして逃げ出そうと動き出すのだったが……
「フィリー? せっかくマイス君がお茶を用意してくれてるんだから、ゆっくりしていきなさい…………
時に、妹にとって姉の言葉は何よりも重い重石となる……そうでなくとも、今のエスティのプレッシャーをものともしない人物は王国内にも数えるほどもいないだろう
「あのー……エスティさん? 何でフィリーさんは泣いてるんですか?」
新しく用意したティーカップとポットを持って来たマイスだったが、泣いてイスに座ってるフィリーを見て何事かと問いかけた
「さぁねぇ? ちょっとした質問をしただけなんだけど……そうねぇ、マイス君にも聞いてみようかしらぁ?」
「…………!」
泣きながらも必死に首を振るフィリー……だが、マイスはといえばその理由がわからず首をかしげた後に、質問をうながすようにエスティのほうを見た
「いやね、最近この子が「お姫様抱っこ」とか「王子様」とか「バラの花束」とか言ってるのよー。何か心当たりはないかしら?」
「あっ、それは多分、僕が前に話した「バラの王子様」っていうお話のことだと思いますよ」
少しだけ考えた後、思い当たったことをあっさりと言ったマイス
フィリーはそれに驚いているようだったが、エスティはマイスが素直に言うことをわかっていたのか特に気にした様子は無く、ただ単純にその内容に興味を向けたようだった
「へぇ、良かったら私にも教えてくれないかしら?」
「いいですよ。……って言っても、僕もあまり知らないんですけどね」
「あら? そうなの?」
「元々は絵本らしいんですけど、以前いた町でちょっとあって……」
そのまま、前にフィリーに話した内容をエスティに話しだすマイス
マイス本人には悪気はないのだが、色々と考えていたフィリーからすれば、姉に自分が考えていることが丸わかりになり邪魔をされるだろうという予感がし、気が気で無かったのだが……
「何かしら?」
「ううぅ……」
エスティの笑顔による威圧で、どうすることもできないのだった…………
結論
妄想癖(弱)を持っていて時々一人で勝手に話を進めたりするけど、なんだかんだ言ってモコモコ状態を含めマイスが好きなフィリー
基本的にどんな人とでも仲良くなれてみんなと仲良し、マイペースだけど勢いに流されやすい部分があるマイス
つまり、フィリーが積極的になれば普通にチャンスが……!
エスティ「ディーフェンス! ディーフェンス!」