最初は第三者、途中からマイス君視点です。
【9-3】
***職人通り***
「キイィ……」と扉の蝶番が軋む音がしたのは『ロロナのアトリエ』。そこから出てきたのは、つい先程までアトリエ内で
そんなロロナは出てすぐに、通りを雑貨屋のある方面へと歩いて行こうとしたが……その前に、とある
「あれ? トトリちゃんにちむちゃんたちも……
「ああっ、先生! ええっと……それは、その、色々あったというか……」
少し顔を赤くして慌てふためきながら答えるトトリ。
そんな弟子の姿を見て、ロロナは首をかしげた。すぐに答えを導き出せた某大臣ほどは察しが良いわけではないらしい。
「……つまり?」
「実は、ついさっきトリスタンさんに会ったんですけど……そのトリスタンさんがいきなり現れた女性に連れてかれちゃったんです」
「ちむっ、ちむ!」
ロロナとトリスタンのやりとりを覗いていたことなどは伏せ、言葉を選んだ末にそう発言したトトリ。そのトトリに同調するようにちみゅみゅみゅちゃんも頷いた。
「タントさんが? 連れてかれたってことは、たぶんその女の人は国勤めの人なんだろうけど……またお仕事抜け出して来てたのかなぁ?」
「「また」って……あの人、一応この国の大臣さんなんですよね? 大丈夫なんですか?」
「あはははっ。大丈夫かどうかはおいといて、タントさんにはよくあることだから。トトリちゃんは気にしなくっていいよー?」
「は、はあ…………あれ?」
「ええ~?」といった様子で、呆れ顔で脱力したように肩を落としていたトトリだったが、不意にピタリとその動きを止めた。その視線はロロナの顔に定まっており、目を少し見開いてハッとした後、そのまま心配そうに顔を歪めた。
トトリがそうなった理由がわからず、ロロナはキョトンとした。
「やっぱり……? あのっ、ロロナ先生」
「ん? どうかした?」
「
「えっ?」
トトリとしては半分、確信に近いモノはあった。
「異性から押し倒される」なんてことがあった後だ。最終的に一応は
それを裏付けるかのように、ロロナの
「うーん……? そんなこと無いと思うんだけどなぁ?」
当のロロナ自身は、自分がそんな状態だとは思っていなかったため、トトリの言葉にわずかにだが首をかしげてしまった。
しかし、同時に「そう見られてしまった原因であろう
「えーっとね、元気が無いとか無理してないよ? 確かに色々あってちょっとグチャグチャーってなってる気もしなくはないんだけど……レシピ考える時よりも、いっぱい考えて、いっぱい悩んで……ここらへんがキューってなって頭が痛くなっちゃいそうなくらい」
眉間のあたりを指差して、
「けどね……
ハッキリとした口調でそう言った後、ロロナは気合を入れるかのように両手でパシンッと自分の両頬を叩く。そして、そのままその手で胸の前で握ろ拳を作った。
その眼は、先程までの柔らかな眼とは打って変わって、奥底にゆらめく火が見えるかのような力のこもった眼になっていた。
「だから、行ってくるね! トトリちゃん、悪いけどアトリエのことよろしくっ!」
そう言うと、ロロナはそのまま駆け出していってしまった。
そんなロロナの姿をトトリとちむちゃんたちは少々唖然としつつも見送っていた。
トトリとしては、内心冷静でもいられなくなっていつも以上に残念な感じにロロナがなっていると踏んだのに、思っていたよりも元気そうな姿に驚いてしまっていた。
だが、先程のロロナの笑顔が、「天真爛漫」という言葉が似合う普段の笑顔とは違っていたのも確か。全く何ともないわけでもなさそうなのだが……それでも、しっかりと前を向いて立っている、歩けているというのは……。
「大人の余裕……とはちょっと違うか。でも、先生も先生で色々考えてて、それで一生懸命頑張ってるんだよね」
「ちむ」
トトリの呟きに、ちむまるだゆうくんが頷いた。
その返事を聞いてか聞かずか、トトリは短くため息を吐く。
「先生とマイスさんがどうなるか、すっごく気にはなるけど……先生に悪いよね」
「ちぃーむ! ちむ、ちちむ!」
「そうだよね。あんなカッコイイ目で「行ってくるー」なんて言われたのにコソコソ追いかけてくなんて、私には出来ないよ。だから……アトリエで待っとこっか?」
「「「「ちーむー!」」」」
そう言ってトトリたちは留守番を任された『ロロナのアトリエ』へと入って行く……。
「そういえばあの女の人、私に「弟子2号」なんて言ってきたけど……人違い、だよね? 初対面だし」
「ちむー?」
トトリの疑問に答えられる人はそこにはいなかった。ただ、ちむドラゴンくんが「さあ?」と首をかしげて……バランスを崩し倒れそうになるだけだった……。
―――――――――
***マイスの家***
所変わって『マイスの家』。その名の通り、マイスが住んでいる家である。
玄関を入ってすぐにあるリビングダイニング。そこには、家の主であるマイスと、今朝ロロナに泣き付かれてマイスの様子を見に来たクーデリアが。
そんな二人が、いったい何をしているのかというと……。
「目ぇ瞑った? じゃあ深呼吸……吸ってー……吐いてー……」
「すぅ…………はぁ…………」
「今、あんたの目の前には……一緒にお喋りしたり、ゴハン食べたり、冒険したりする
「……っ!」
「「…………」」
目を瞑ったまま、落ち着いた様子だったはずのマイスの顔が「ボフンッ」という効果音が聞こえてきそうなほど、一気に赤く染まり……二人の間に何とも言えない沈黙が流れた。
その沈黙に耐えかねたように、肩をフルフルと震わせていたクーデリアが、口を閉じ抑えこんでいた言葉を爆発させる。
「あ・の・ね・え? ようやく意識するようになったかと思えば、なぁーんであんたは名前出しただけで反応するくらい過敏になっちゃってるのかしら!?」
「えぇ……その、ごめん」
「これで何度目? 頭がそのまま下半身に繋がってるような下衆野郎じゃなくって、
「かはんっ!? それに、気色悪いって……」
「あたしに言われたくらいで一々凹むなっ! ああ、もう……なんで
関係改善云々の前に、ロロナと面と向かって会話もできない状態ではどうしようもないだろう……ということで、クーデリアは言葉巧みにマイスを誘導し、まずは「イメージトレーニング」でマイスの状態の改善を行おうとしたのだが…………今のところの結果は、見ての通りだった。
クーデリアが声を荒げるのも仕方のないことだろう。それほどまでに、マイスのロロナへの意識が良くも悪くもヒドイのである。
そもそも、
それでも変に投げ出したりせず、こうして最後まで付き合おうとしているのは、クーデリアの元来からの性格か……それとも、二人と浅くなく有る「
そんなクーデリアでも匙を投げてしまおうかと思ってしまうほどどうしようも無いマイスの様子に、彼女は頭を抱えてしまった。
(いっそのこと、密室か何かに閉じ込めたりして、無理矢理にでも二人っきりにしてしまったほうが手っ取り早い上に
クーデリアが、『錬金術』や『魔法』を持つ者に対して効果があるか微妙なことを考えはじめていた……ちょうどその時、玄関戸のほうからノックが聞こえてきた。
家の主であるマイスが返事をする――よりも先に……というか、ノックの後、ほぼ間髪入れずに扉は開かれた。
そこにいたのは――――
「おじゃましまーす」
――――ホンワカとした調子でそう言うロロナだった。
突然現れたロロナに、クーデリアは朝のあの情けない様子と違うロロナに驚きつつ、
来訪者ロロナを見て、クーデリアがデジャヴを感じていたが……先日とは色々と状況が異なっていた。
朝か、夜かなどといった時間帯の違い……などではなく、重要なのはロロナとマイス。先日は来訪したロロナが地に足がつかない様子だったのに対し、今日は家主であるマイスのほうが地に足がついていない。
だからと言って、
「ちょっと、ロロナ――」
いきなりのことに数秒固まっていたクーデリアが、復活してすぐにロロナに声をかけようとした……が、意図してか否か、それに被るようにロロナのほうからもクーデリアへと喋りかけたのだ。
「ああっ、くーちゃんゴメンね。お仕事でも色々無茶言ったのに……やっぱり私、自分でお話ししたいかなーって」
「――まっ、ロロナがそうしたいって言うなら、あたしは別にいいんだけど……」
さっきまで声を荒げてまでマイスをどうにかしようとしていたクーデリアだったが、ここではあっさりと引き下がった。
相手がロロナだったからだろうか?
それとも、少し申し訳無さそうに言いながら浮かべられた微笑み……その眼の奥にある光が、幼馴染でも見たことの無い柔らかくも力強さが感じられる……「決意」を感じられるモノだったからだろうか?
なんにせよ、ロロナの意思をくみとったクーデリアは、ロロナと入れかわるようにして玄関から家の外へと出て行こうとする。その前に、一言だけ言い残して。
「それじゃあ、あたしはお役御免ってことで、」
肩をほぐすかのように軽く肩を回しながら出て行くクーデリアに「え、ちょっ!」と驚きつつも視線で必死に助けを求めるマイス。……だが、クーデリアはマイスに対してあえてヒラヒラと手を振ってみせるだけで、そのまま出て行くのだった。
―――――――――
***マイスの家***
二人きりになった。
それも、ロロナと。
これまでに、同じように二人きりになることは普通にあったのに、どうしてこんなにも顔が熱くなるんだろう。目の前にいるはずのロロナの顔を見ることが出来ないんだろう。
恥ずかしさも当然あるんだと思う。けど、
この場から逃げ出したい。そうすれば、この苦しさを感じるほど胸を締め付けられるような感覚を少しは緩められる気がするから。
でも、逃げたくない。クーデリアが言っていたように、こんな僕じゃあダメなんだ。自分のしなきゃいけないこともできずに、ロロナの事ばっかり想っているだなんて。ちゃんといつものように――――
「ゴメンね、マイス君」
「えっ」
ロロナの口からいきなり出てきた謝罪に、僕は呆けた声を漏らすことしかできなかった。
って、あれ? なんでロロナは僕に謝って……? むしろ、悪い事してるのは僕のほうで……
「あっ! 今のは、アレじゃないんだよっ? マイス君を怒らせちゃうようなことしちゃってたからじゃなくてね。……ソッチも本当は謝らなきゃいけないんだけど、私バカだからどうしてかわかんなくって」
「……何の話なのっ?」
いやいやいやっ!? ど、どういうこと?
僕が怒るって……ハッ!?
まさか、ごくまれに見るロロナの怒った時の表情の中に「ふーん!」って明後日の方を向いて頬を膨らませる時があるけど……。もしかして、今日の僕の
ロロナだし、そんな勘違いをしてもおかしくは無い。
おそらくしているであろうロロナの「勘違い」を訂正するために、慌ててロロナに制止をかけようとし……ついつい前を見てしまった。
つまりは、ロロナの顔を真正面から見ることに……結果、僕はビタッ!っと固まってしまった。
それはもちろん、ロロナの顔を見たから――――――
自分の気持ちのモヤモヤでロロナとちゃんと面と向かって話せなかった。
もし仮に、ロロナが僕のことを見てくれなくなったら、僕はきっともの凄く傷ついたことだろう。僕がロロナの事を想うように、ロロナが僕の事を想っていないのは間違い無いけど……それでも、
なんでそんな当たり前のことに、気付かなかったんだろう……!
僕は、僕は自分の都合だけを考えて……「こんな気持ち、向けられても迷惑だろうから」ってロロナの都合を考えているようなフリをして、僕は本当にロロナの気持ちを考えてあげられてなかったんだっ!
ロロナっ! そんな風に申し訳なさそうにしなくていい。謝るのは……謝らないといけないのは僕のほうで……!!
「なんで怒らせちゃったのかわかんない。わかんないままだけど、
謝ろうと開きかけた口が止まってしまう。「ロロナは何を言ってるんだろう」って、思ったから。
ロロナが相手の気持ちを全く考えないような人じゃないってことは知っている。そうじゃなきゃ、僕だって好きになったりはしない。
じゃあ、なんでロロナは「怒らせてしまった理由」を「そんなこと」だと言って一蹴したんだ……? 「会いたかった」? 僕に? なんで……?
「
疑問がポンポン浮かんでくる最中に聞こえてきたロロナの声は、頭をガツン!とハンマーで叩いたかのような衝撃を僕に与えた。
「っ!? それって、どういう……!!」
「まあ、それは「冗談」らしかったんだけどねー」
ガクッと力が抜けて、そんな話、「冗談だったから」っていってもして欲しくないなーっと思いつつ顔をあげたら、ロロナの顔が見えた。
「ううん。でも、
遠いどこかを見るように……その時の事を思い出すようにして言うロロナ。
……一体、その人は何と言ってロロナに告白をしたんだろう?
好奇心や野次馬根性で知りたいわけじゃない。ロロナをこんな
告白のことを
「
告白で、ロロナが怖がったこと。そして「私が好きな人」という凄く気になるワードのことが引っかかりながらも、僕はロロナにそのことを聞くことが出来なかった。
思い出しながら語るロロナの表情が……その雰囲気が、僕の声を押し留めていた。
「「なんてね」って言う直前に、もっと辛そうな
そう言うとロロナは、その
「もっと一緒にいたい。だから、伝えたい。けど、伝えられない。嫌われたくない……でも、
「ロロナ……」
「マイス君――――――
――――――私、マイス君のこと、好きだよ」
「好き」。
その意味は……わざわざ考えなきゃならないほどじゃない。
ああ、そうか……
僕だけが特別じゃないんだ。
僕らだけが、特別なわけじゃないんだ。
誰だって悩む。
周りの人の目を気にしてしまう。
怖いからこそ、独りは嫌で誰かを求めてしまう。
逆に怖いからこそ、誰かを突き放して独りになってしまうかもしれない。
好きな人が相手なら、なおさらだ。
それは、今、僕の手を強く握ってくれているロロナの顔を見てもわかる。
だからこそ僕は…………
「あっ……」
僕は一歩さがる。
……半開きになっていた口をギュッと閉じ、目尻に涙をためるロロナの顔が見える……けど、僕は言わなきゃいけないことがある。
「ごめん、ロロナ」
「……~っ!!」
その溢れ出る涙を拭ってあげたい。
でも、
キュピーン!
わずかな音と淡い光と共に、僕は
沢山の涙で視界がにじんでしまっていたのか、突然の光に驚いて目をつぶってしまったのか、ロロナは僕を見失い「あれ? あれ?」とキョロキョロとした。
「……ここだよ。もっと下」
……これで気付くはずだ。
身長が半分以下になって、消えるようにロロナの視界からいなくなった僕を。
「あっ……!?」
「…………」
目尻に新たに涙をためていたロロナの目が見開かれる。その目は
「ずっと黙ってて……騙しててゴメン。信じられないかもしれないけど、
「えっ……それって、どういう」
「『魔法』、『ゲート』。それに「新種のモンスター」……それらは僕が前にいた場所のもので、僕は……この世界じゃない世界にいた、モンスターと
信じてもらえるかもわからない話。むしろ、冗談だと思われた方が嫌われないかもしれないくらいだ。
だけど、近年現れた『ゲート』と「新種のモンスター」で、僕が公表し広めていっている『魔法』で信憑性を高めてたたみかける。
嫌われるかもしれない、拒絶されるかもしれない……
「だから……だから、そんな僕は……僕のほうからロロナの手を取ることはできないんだ」
そう言いながら、今度は僕が右手を伸ばす。ただし、その場から動かずに、ロロナの手を握ることも無く……ただその
「…………………るい…………」
「えっ?」
「…………ずるい……」
「ずるい」か。確かにその通りだと思う。
ロロナにあれだけの事を言わせておいて、後からこうして要求するだなんて……「受け入れてくれるんじゃないか」っていう打算的な考えにしか思えなくて当然だよね。
だから、やっぱり……
……僕は目を伏せて、伸ばしていた右手をおろ――――――
――――――身体が宙に浮い……いや、
「ろろ……な……?」
「ずるいよ……」
「……ゴメン」
「……ずるいよ! かわいくて、かっこよくて、かわいいだなんてっ!!」
「ごめ……へっ?」
「それにそれにっ! トトリちゃんやピアニャちゃんにチヤホヤされててずるい! 私はどっちかといえばトトリちゃんやピアニャちゃんチヤホヤしたい側だけどっ!!」
「ええっ!?」
何の話!?
いやっ、というか、「ずるい」ってそういう!?
予想外のことに混乱する僕……けど、ロロナはそんなこと御構い無しに僕の事を抱きしめて、
「……やっぱり、マイス君はちょっと抜けてるところがあるね。こんなに好きなんだから、もっと好きになっても、もう嫌いになんてなれるわけないんだよ?」
「?」
「んーん、なーんでもない。ただ…………大好きだよっ!」
抱きしめたまま、嬉しそうな声で言うロロナ。きっと笑っているに違いない。だから、僕は……自分の気持ちを言葉にして返すべきだろう。
「ロロナ。僕は――――――」
――僕は、言う。ロロナにしか聞かれたくない、その『
ロロナルート、節目にしては(特に前半が)スッキリし過ぎている印象を受けますが、ようやく大きな一区切りです。
一応色々と考えて書いてはいるのですが、正直、ロロナの心情描写不足感が否めません。吊り橋効果ってわけじゃなくて、鏡というか、ひとふりというか……?
まあ、二人の間は最後はスルリといきましたが、ね?
ご存知の通り、この二人になるとまだまだ問題が残されてしまってますので。……他ルートだと、もうとっくに全部解決してそうな……STⅢ?なんのことやら。
この先、どうなっていくかは……本編の本筋とともに進んでいきますので少々お待ちください!