【*8-4*】
***離れ***
「よしっ、こんなところかな?」
普段から定期的にしていた掃除でそこまで汚れてはいなかった『離れ』。そこに備え付けられているベッドとそのすぐそばに布団を用意し、ちゃんと二人が寝るスペースを確保できた。そうしても手狭に感じない程度の広さを『離れ』は持っていた。
まぁ、一番多いときだとアランヤ村組+αの計7人が寝泊まりしたことも一応はあるから、2人くらいはどうということも無いとは思う。
なにはともあれ、準備は万端だ。家のほうに戻ってロロナとクーデリアに……
「予想はしてたけど、あたしの分も用意してるのね」
「あれっ、クーデリア? どうしたの?」
家に戻ろうと振り向くと、いつの間にか開けられていた『離れ』の出入り口の扉、そこにクーデリアが立ってた。
いきなりのことにちょっとだけ驚いていると、クーデリアは何とも言えない顔をして髪を軽くワシャワシャとかきながら口を開いた。
「言っとくけど、あたしは泊まらないわよ」
「ええっ!?」
「そんなに驚くこと? あたしは一度も「泊まる」だなんて言ってないわよ」
あれ? そうだったっけ?
クーデリアに言われて、お泊まりの話をした時の事を思い出してみる。
…………………。
うん。確かに言ってなかった。もちろん、『冒険者ギルド』で「新種のモンスター」について話しがあるから~って約束をした時も
でも、せっかくなんだし……。
僕のそんな思いが顔に出てしまっていたのかな? クーデリアが呆れた顔をしてため息を吐いてきた。
「あのねぇ……こっちにも都合とかあったりするのよ。明日は朝一から仕事だし」
「えぇ、そのくらい街に送ってあげるし……それに一緒のほうがロロナも楽しいと思うし、クーデリアがいないってなったら寂しがるんじゃないかな」
「……ちょっと悔しいけど、今回に限ってはそれは無いと思うわ」
ううーん……そんなこと無いと思うんだけどなぁ?
……って、あれ? なんだろう?
よくわからないけど、なんだかクーデリア言い回しが変っていうか、ちょっとおかしいような……?
感じ取った違和感を指摘して聞く……よりも先に、クーデリアが腕を組んで「まっ」と一言声を漏らしてから、そのまま続けて喋りだした。
「ロロナが寂しがるって思うんだったら、その分あんたがそばに居てあげなさい。それだけであの子も結構喜ぶと思うわ」
それは言われなくてもそうするつもりだ。
最初こそ「用も無くなんとなく来た」みたいなことを言ってたけど、よく聞いていけばどうやらわざわざお泊まりをするつもりで準備してきたって話だという。それは僕としては大歓迎だし、せっかくなんだから最近
だから、何かゆっくり飲めるものなんかを用意して、眠くなっちゃうまでお話し――
「そうねぇ……せっかくこうして布団をしいてるんだから、今日は一緒に『
――してみるのも悪くないかも……って、ん?
「ええっと……クーデリアは何を言ってるの?」
「何って、どうすればロロナが喜びそうかって話よ」
「それ以外に何があるの?」と言ってくるクーデリア。……なんだけど、なんていうか妙にニヤニヤしてるっていうか、その……たぶん、言ったら怒ると思うけど、悪巧みとかをしてる時のアストリッドさんに似た雰囲気が漂う
いや、でもクーデリアだもんね。
……にしても、『
「
「まあ、そうよねぇ……えっ」
これまでのように『香茶』を飲みながらお喋りするのも悪くはない。でも、布団に入ってからダラダラとお喋りするのも、それはそれで面白そうな気がする。
よくよく思い返せば、トトリちゃんたちアランヤ村組が泊まった時、一番楽しそうに話してたのも、みんなが寝る準備をして『離れ』に行った後だった気がする。
それに
残念なことに、あの時のような大人数じゃないけど……それでも、ロロナを一人で寂しく寝かせるよりは僕も一緒にいて寝ながらお喋りするほうが、ロロナもよっぽど楽しめるはずだ。
「自分から提案しといてなんだけど、そんな普通に受け入れられるのは……やっぱり、ロロナのことを異性として全く見てないってことかしら?」
となると、家の扉や窓の施錠は家で寝ている普段よりもしっかりとして……あれ? どうしてかは知らないけど、いつの間にかクーデリアが額に手を当てて、首を振ってた。何か…………もしかして……?
「えっと、……ゴメン、もしかして何か言ってたりした?」
「ううん、別に。そんなことより、
「ほらっ」と言って僕の手を取り、引っ張るクーデリア。
手を引かれる僕は、そのまま『離れ』の外へと連れていかれるのだった……。
―――――――――
***青の農村***
『離れ』から出た僕とクーデリア。
元々僕に泊まらずに帰ることを伝えるだけのつもりで『離れ』に顔を出しに来ていたというクーデリア。家に入ることはせず『離れ』との間にある簡易的な渡り廊下の脇から出ていって、僕が送るって言ったのも断ってそのまま村を街の外へと向かって歩いていってしまった。
引き止めようかとも考えたけど……まぁ、新人冒険者ならまだしもクーデリアだ。
『
「もしも」の話をするなら、帰っているクーデリアの目の前に「
……そんなことを考えながら、僕はロロナを待たせてしまっている家へとはいるのだった……
―――――――――
***マイスの家***
「あっ、おかえり~」
「ただいまっ。『離れ』のほうは用意でき、た……よ?」
扉を開ける音で気付いたんだろう。家に入ってすぐ、ロロナの声が聞こえてきた。
そのロロナの声に応えながら僕は家に入っていった……んだけど、
「……マイス君? どーかした?」
ソファーに座って、部屋のはじの本棚からとってきたんだろう本を読んでいたらしいロロナだけど、一瞬固まってしまった僕を見てか、首をコテンッとかしげた。
……一瞬目を疑っちゃったけど、どうやら
先端のポンポンを掴んで掴みあげれば円錐状になるだろう
これまた薄桃色が基調で、
上着とよく似た色使いの
そして、足先からショートパンツの裾から下数センチくらいまでを包み込んでいる白と薄桃色、
「えっと……なにそれ?」
口を動かしてみたはいいものの、何て言えばいいかわからなくてそんなフワフワとした言葉しか出てこなかった僕。
ロロナはと言えば、僕が何の事を言ってるのか分からない様子で頭に
けど、僕の視線を追うようにして自分の服へと目を落して……「はぅわ!?」と変な声をあげ顔をちょっとだけ赤くしてあたふた慌てだし……
「こ、これは、その……ぱっパジャマだよ!? パジャマっていうのはね、寝る時に……!」
「あっ、いや、それは流石に知ってるよ?」
「あれ? そうなの? マイス君がそういうの着てるの見たこと無かったから、知らないのかと……」
「それを言ったら、ロロナがそのパジャマを着てるのを見るのも初めてなんだけどなぁ?」
でも、大昔……それこそこの家に住むことに決めた頃。ベッド・布団など足りてなかった家具をそろえた際にティファナさんに「こういうのも持ってたほうが良いわよ」って寝間着一式渡された……んだけど、これまでほとんど着てなかったりする。色々作業してても不思議とそこまで汚れないし、とある
だから、ロロナから「見たことが無い」って言われるのも仕方ないと言えば仕方ない気がする。
いや、そもそも僕は寝る前に『鍛冶』でも何でも限界までして体力ギリギリになったうえで寝るから、その状態で着替えるのは
「それでそのー……どう、かな?」
「でも、今は昔とは違って体力・気力のほうは全然余裕があるから、そろそろいい加減に……」なんて一人考えていると、ロロナがおずおずと問いかけてきている声が耳に入り、意識を引き戻される。
「どう」っていうのは、この状況からしてやっぱり今ロロナが着ているパジャマに対する感想なんだろう。……なんだろうけど、どういえばいいのやら……
「うーん……色とか雰囲気とかがロロナにぴったりでいいんじゃないかな?」
「そ、そうかな? えへへ~」
「ただ……」
僕がそう呟くと、ニヘラと笑ってたロロナの顔が「へっ?」と一変し、その真っ直ぐな眼が僕を捉えた。
……正直、言い辛い気もするけど、言わないわけにもいかないよね……?
「ワンサイズとは言わないけど、少し小さかったりしない? ほんのちょっとだけ窮屈そうに見えるんだけど……」
上も下も、ふわふわした服の素材やゆるりとしたそのデザイン。だから、その、体のラインっていうのが基本わかり難い……はずなんだけど、袖口のあたりとか……胸元とか……あと、太もものあたりとかが、こうほんの少しだけ……ね? 肉というか柔らかさが見て取れそうな肌の…………
って、あれ? ロロナの様子が……?
「ぐはっ……!?」
「ロロナ!?」
まるで射抜かれたかのように胸を両手で押さえ、そのままソファーに横向きに倒れてしまった。
「ち、違う……これは、太ったんじゃない。太ったんじゃないの…………そう。これ結構前に着てたのだから、太ったんじゃなくて成長してサイズが合わなくなっただけなの……!」
やっぱり、「『パイ』は別腹!」なんて言って沢山食べちゃうロロナでも、女の子はそういうことを気にするんだろう。
胸にやっていた手をいつの間にか顔へとやって覆い隠してしまっているロロナ。横に倒れて、顔を隠してぶるぶると震えている姿は……うん、何もいうまい。そもそも僕が指摘したからこんな
なんとかフォローをしたいんだけど、ちょっと見てると顔が熱くなりそうな「ムチッと感(弱)」はくつがえりそうもないから……ここは、ロロナが言ってることから何か突破口を……!
「あっ……! 「前に着てたの」らしいけど、どれくらい前から来てたの?」
「……師匠を探す旅に出る前くらいから」
「6年以上前じゃない……着れてるのがすごいくらいだよ、それは」
顔をおおっている手の指を広げ、その指の間から目を除かせて「本当?」と不安そうに聞いてくるロロナに、僕は頷いてみせた。
「でも、なんでそれから買い替えてないのかが気にはなるんだけど、何か理由が……?」
「ええっと、旅は持って行って着替えたりする余裕はないから……。街に帰ってきてからはアトリエにトトリちゃんがいることが多くてね、トトリちゃんが忙しそうに調合してそのままの格好で寝たりしてるのに、私だけ着替えるのもなぁ~って思って生活してたら……」
「パジャマを着ない生活がしみついちゃった……ってこと? 確かに、錬金術はものによっては調合に凄い時間がかかるし、仕事が増えるとなおのことヒマが無くなっちゃうもんね」
それはわかった……けど
「じゃあ、なんで今日はわざわざ引っ張り出して来たの?」
「元々ゆったりとした服だったし、ちょっとくらい大きくなってても着れるかなーって。……いけると思ったのにー! うわ~ん!」
「やっぱり、単純に成長しただけっぽいし、気にしなくていいと思うんだけどなぁ?」
それに、「着れると思った」ってだけっていうのは理由としてはなんだかちょっとズレてる気も……お気に入りだったパジャマを引っ張り出してくるくらいお泊まりに気合を入れて臨んでたってことなのかな?
とにかく、ロロナが落ちつくまで時間もあるだろう。その間に
「それじゃあ『離れ』に行く準備で、
「うん…………うん?」
……?
ソファーに横たわっていたロロナが、腕をつっかえ棒にするような形で上半身を少し上げ顔をこっちに向けて不思議そうな……かつどこか悲しそうな顔をしていた。
「横にはなっちゃってたけど、私、まだ全然眠くないから大丈夫だよ……?」
「ああっ、そういえばまだ言ってなかったっけ? 色々あって、今日は僕も一緒に『離れ』で寝ることにしたんだ」
「えっ?」
「今日は本当に
「ええぇーーーーっ!?」
――――――――――――――――――
***離れ***
どれくらいマイス君とお喋りしたんだろう?
お布団に入る前も、入ってからも。最近あったお祭りのことや普段の食事のこと、本当に他愛のないお話もした。状況が状況なだけにかなりドキドキしながらだったから、半分くらい右耳から左耳へとそのまま通り抜けちゃった気がするけど……仕方ないと思う。
とりあえず……もう、『
私が寝てるベッド。
そのすぐ隣の床に敷かれた布団にはマイス君が。
「くぅ…………くぅ…………」
そして……そのマイス君はついさっき、私よりも一足先に眠ってしまったところ。
私はゆっくりと自分の布団から抜け出して……ベッドに腰かけるような姿勢になってから、そのままの流れでベッドの隣のマイス君の布団へと足をおろしていく。
「そろ~り……そろ~り……」
音を立てないように、マイス君を起こしてしまわないように、私はおりていき……ししてそのままの流れでマイス君の寝ている布団の中に潜り込んだ。
「ね、寝てる……よね?」
布団に潜りこんでから、改めて寝てしまっているマイス君の顔を見た。
……うん。無事、起こさずに潜り込むことができたみたい。
くーちゃんとあんな話をしたからじゃないけど……こんなことしちゃって、ちょっと大胆過ぎたかな?
でも大丈夫、大丈夫なはず。そう、これはわざと潜り込んだわけじゃないんだもん……。
「寝相が悪くてたまたまベッドから落ちちゃったんだから、それならしかたないよね……?」
唯一そばにいるマイス君が寝ている以上、私自身以外られにも聞かれることも無い言い訳を、あえて自分に言い聞かせるように呟く。
布団の中で伸ばした左手が何かを探し当てた。ゆっくり、優しく触ってみる。
……これは右手、かな?
その手を握り……ふとある事を思い出した。
「……なんでだろうね?」
「変だし、わかんないけど……ふふ」
でも悪い気はしなかった。
ただマイス君のことを考えるだけで胸が苦しくて……
手に触れるだけで顔から火が出るくらい熱くなって……
そうしていくだけでなんだか私のどこかが満たされていくような気がしてた。
気づけば空いていた右手を布団から出し、寝ているマイス君の頭をそっと撫でていた。
そして、そのままゆっくり頬へとおろしてき……
「おやすみ、マイス君――――ゅっ」
――――――――――――――――――
朝……なんだと思う。
鳥の声が聞こえるし、視界のはじに見える窓の外はカーテン越しでもギリギリわかるくらいには明るかった。
けど……
「しゅぴ~しゅぴ~…………まいしゅきゅー……ん」
僕の視界の下半分はほぼ薄桃色。少しだけ濃いピンクのリボンも見える。
上半分の大半は……何の色なのか、というか何なのかは考えたらいけない気がする。……考えてしまったら、僕が主に精神的にマズくなる。
「しょこふぁ~、めー……うみゅぅ……えへへぇ」
それにしても……冒険の時の野営じゃあそんな印象は受けなかったけど、ロロナって寝相が悪かったりするのかな? じゃなきゃ、こんな
ああ、いや、でも寝相が悪かったらアトリエのあのソファーで寝るなんて無理だろうし……?
「ん、んんっ~…………ふひゅぅ……く~」
……これ以上は…………うん、流石に……。
どうしたら……あっ、だけど、ロロナが起きてないなら別に少しくらい良いんじゃ……?
少しくらいなら、バレないよね……?
「モコー……」
こうして、僕は『変身』することで何とか抜け出せた。
でも、なぁ……。
――――――――――――――――――
***冒険者ギルド***
「くーちゃん、どうしよう……」
「朝っぱらから、そんな辛気臭い顔して……どうしたのよ」
「マイス君が顔を合わせてくれなくなったのっ! 私どうしたら……!?」
今にも声を上げて泣き出しそうなロロナを前にして、頭を抱えるクーデリア。
「やっぱあたしも一緒にいた方が良かったのかしら?」
時すでに遅し。もう後の祭り……
【悲報】また二人の距離が広がる……というわけではないです。一応。
次のロロナルートは……ロロナ側からではなく、マイス君側からの内心のお話が中心となり、そして……!?
あっ、あとロロナの服は『アトリエクエストボード』の「レイジーナイト」を参考にさせていただきました。部分部分の名称を間違えてるかもしれません。