***冒険者ギルド***
あたしは、つい頭に手を当ててため息をついてしまった
「何よ。文句でもあるの」
そのため息に反応して、カウンターの向こう側にいる
……まあ、もしもここにいるのがあたしじゃなくてフィリーなら涙目になって震えていたかもしれないけど、それがどうしたという話だ
「別に。ただ、ちゃんと理解してるのか、気になっただけよ」
「何の話よ」
「冒険者ランクの話。あんたらみたいに高ランクまでなると、次のランクアップまでの道のりはドンドン長くなっていくから、ランクを一つ上げるだけでも相当大変になるわ。特にあんたみたいな活動方針の冒険者だと月単位でかなりの時間が
あたしがそう言うと、目の前の冒険者……ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラングは少し顔をしかめた。……けど、それはほんの数秒間だけで、すぐにあたしにむかって口を開いた
「……トトリが出来たんだもの。私に出来ないわけないじゃない」
「それ、あたしの質問の答えになってないじゃない」
気付けば、あたしはもう一度ため息をついていた
―――――――――
……ことの発端は数日前、今と同じく『冒険者ギルド』のあたしが担当している受付の前で起こった出来事だ
あたしの冒険者ランクのランクアップをしにトトリが来ていた。そこにミミが来てトトリの冒険者ランクを確認したことで、ある問題が起きてしまった
それは「トトリのランクが、ミミよりも高かった」というものだ
実際のところ、この問題は小さなものだと思う
いくら同時期に免許取得したからと言って同じ早さでランクアップしていくとは限らない。受ける依頼の数や内容が冒険者一人一人で違うのだから当然のことだ。……事実、トトリと一緒に冒険者免許を貰ったジーノという少年は、トトリはもちろんミミよりも冒険者ランクは低い
でも、その時点ではまだその感情の矛先は
その気持ちは理解できないわけじゃない。けど、だからといって他人を悪く言うような言葉は、本心であろうとなかろうと使うべきではなかっただろう。そこから二人の言い争いが……ケンカが始まってしまったのだから
「別におかしくなんてないよ。わたしだって頑張ってるんだし」
「私が頑張ってないとでも言いたいの? 言っとくけどね、私の方があんたの何十倍も何百倍も努力してるんだから!」
「ミミちゃんが頑張ってないなんて言ってないよ。何でそんなに怒るの? わたしは、ただ……」
「納得いかない! 絶対間違ってるわ! シュバルツラング家の当主である私が、こんな田舎娘以下なんて!」
「むう……しょ、しょうがないじゃない。わたしのほうが上なんだもん」
「あら、珍しく言い返してくるじゃない。ランクが上だってわかった瞬間、偉くなったつもりなのかしら」
「そんなこと言ったら、ミミちゃんなんていつも偉そうじゃない! シュバルツラング家の~なんて言っちゃって」
「実際そうじゃない、それの何が悪いっていうの?」
「クーデリアさんが言ってたもん。『貴族』の名前なんて大した意味無いって!」
「……ッ!? あんた、それ以上言ったら怒るわよ!」
「同じ『貴族』でもクーデリアさんは親切で良い人なのに、ミミちゃんはいっつも偉そうで、意地悪なことばっかり言って……」
「黙りなさい!!」
「きゃっ!? あっ……ご、ごめん。わたし……」
ミミからの一喝でトトリは一気に頭に登っていた血が引き、一歩立ち止まる事が出来たのだろう……が、それはもう遅かった
「……そうよね。あんたは凄い冒険者の娘で、凄い錬金術士の弟子でもあるし……私みたいに家の名前くらいしか無い人間なんて、さぞくだらなく見えるんでしょうね」
「そんなことない! そんなこと全然思って……」
「バカ! あんたなんか大っ嫌い!」
もっと早く、最初のほうにどちらかが……もしくは双方が一度冷静になることができれば、一言二言謝罪をする程度で事が済んでいただろう。笑い話にはならなくとも、大事にはならなかったはずだ
けど、一流の冒険者と呼べるくらいになったとはいえ、二人はまだ子供だやっていたことも子供のケンカだ。自分の言動を客観的に見ることも、一度血の登ってしまった頭を早急に冷ますことも難しい、思ったことや感情がついつい前に出てしまう、出してしまった手を中々ひっこめない。そんなお年頃だから仕方ないと言えば仕方ないけど
―――――――――
それが先日の事だ
……まあ、
けど、ミミがとろうとしている行動は、正面から謝りに行くといったものじゃなく、随分と遠回りというか、ひねくれたものだった
トトリと同じランクまで上げてから会う
……ええ、うん。言いたいことはわからなくはない
確かに、そうすればどっちが上だだの、凄いだの凄くないだのゴチャゴチャ言うことも無くなり、ケンカの原因は無くなるだろう。……過程の部分は無くならないから、ちゃんと謝るべきだとは思うけど
でもまあ、あたしがどう思うとかよりも、本人が納得するのが大切なことだろう。じゃないと、無理矢理仲直りさせても変にしこりが残ってしまって結局面倒なことになるだけだし……
「はぁ……まあ、あんたに相応の覚悟があるのはわかったわ。なら、あたしからは「頑張りなさい」としかいえないわね」
「別に、何も言わなくっていいわよ」
そうツンと言葉を返してくるミミに「そう」と短く言ってから、あたしは改めてため息をついた
……いや、だって、ケンカの後、泣き出してしまっていたトトリに「
……その時、あたしは何て言えばいいのかしら? しかも、それが何カ月も続くとなると……自分で引き受けてしまったとはいえ、考えるだけで気が滅入ってしまう
「…………ん?」
そんな事を考えていたんだけど、ふと視界の奥……『冒険者ギルド』の入り口近くの柱にそそくさと隠れる人影が見え……それが誰なのかわかったところで、あたしの中にある考えが浮かんできていた
不安要素が無いわけじゃないけど……まあ、大丈夫でしょ
そう考えて、あたしは少しだけ声を張り上げて、柱に隠れた人物のほうへと言葉を放った
「コソコソ隠れてないで、さっさと出てきてコッチに来なさい」
「……はぁ? 何言って……」
いきなりの事に何が何だかわかっていない様子のミミは、あたしの視線を追うようにして振り向き……そして、固まった
「なっ……!?」
「え、ええっと……こんにちは?」
「はいはい、こんにちは。……で、何コソコソしてたのよ
カウンターそばまで歩いてきた柱に隠れていた人物……マイスにあたしは聞いた。すると、マイスは自分の右手を首の後ろに回して、申し訳なさげに首を下げた
「その、なんだか大事な話をしてるみたいだったから、僕が行ったらまた話を中断させちゃうかなーって思って」
「あんたって、変に気を
マイスは「また」って言っているけど……似たようなことがあったのか、それとも前に『
免許更新の前あたりに、トトリとミミの様子をうかがうために『変身』してたりしたけど……随分と弱腰というか、ミミに対して苦手意識というか一歩引いてしまっている気がする
そう思いながらも、あたしはマイスから視線をずらして、ミミのほうを見てみた
「ちょ……なんでよりによって今……けど、あの子が……怒って無いって……いや、でも……そもそも……」
……あら?
悲鳴をあげずとも、あたしとマイスが言葉を交わしている間に逃げ出すのではないかとおもっていたのだけど、ミミは未だにカウンターの前にいた。あたしが知らない間に何かあって、
……ただ、マイスには完全に背を向けている上に、頭を抱えて何かブツブツと言ってて不気味なんだけど……まあいいか
「じゃあマイス。この子のこと、頼んだわよ」
「「えっ!?」」
マイスとミミの驚愕の声が重なった。特にミミは抱えていた頭を瞬時にあたしの方に向けて目を見開いていた
「ちょっと! なんでこい……この人に私が……」
「時代が違うとは言っても、マイスは最速で最高ランクまで上がった冒険者よ。あんたのランクアップの手伝いにはもってこいだわ」
「そのくらい知ってるわよ! じゃなくて! 私は手を借りなくても……!」
「まだ貸し借りなんて言ってるのね……というか、いいの?」
あたしがそう言うと、ミミは「なんのこと?」と心底わからない様子で眉をひそめた
「マイスだったからまだ良かったけど、もしも来たのがトトリだったらあんた何とかできる?」
「ぐぅ!?」
「というか、街を活動の拠点にしている時点でそういうリスクがかなりあるわよ。その点、マイスに協力してもらえばランクアップに近づける上に『青の農村』を拠点にできるわよ」
そう言ってみせたけど、ミミはまだ抵抗するみたいであたしを睨みつけ続けている
「トトリだって『青の農村』には行くじゃない! それに、冒険の時間のほうが長くなるからそこまで関係無いし、依頼を受けたり報告するのは結局街の『
「そうかしら? 村のほうにはお利口なモンスターたちがいるから、その子たちに頼んでトトリが来たら教えて貰うようにして隠れたりすればいいわ。あと冒険と依頼の事だけど、それも協力者がいれば色々楽よ。アトリエに行ってもらってトトリの足止めをしてもらっているうちに、あんたは安全にここに来れたり……ね」
そこまで言うと、ミミは押し黙ってしまった……
そして「リスク」と「マイスの手を借りる」というふたつを天秤にかけて迷っているのか、「うーん……うーん……!」と小さく
……っと、今度はマイスがあたしに「あのー……」と声をかけてきた
「なに?」
「僕が「嫌だ」って言うのは……?」
マイスはそう言うけど、その表情は別に嫌そうにしているようには見えない
「却下。……というか、根っからのお人好しのあんたは断らないでしょ? その相手が
「それはそうだけど、何が何だか状況がわからないから…………あれ? 昔にも似たようなことがあったような……? 確か、アレは……」
「そ、そんなことどうでもいいでしょ! とにかくあんたはトトリに気を付けながら、その子のランクアップの協力をしてあげなさい!」
あたしの言葉の勢いに押されてか、マイスは「え、うん。わかったよ」と勢いのまま承諾した。あとはミミのほうだけど……
「……わかったわ。でも、あくまで私は私の実力でランクアップする。だから、トトリに会わないようにするため
「ふぅん……まあ、そういうことで良いわよ。結局はあんたの問題だしね」
あとは本人たち次第だろう……トトリのほうも、
――――――――――――
あたしの受付から依頼の受付へと移動した後、カウンターから離れていく二人を見て、あたしはひとまずの安堵の息をついた。自分のことじゃないのに知らないうちに
「あ、あの~……?」
……と、あたしの右手のほうからそんな声が聞こえてきた
そっちに目をやってみると、カウンターに目のあたりまで隠れるくらいにしゃがみこんでいるフィリーが見えた。あの子が担当している依頼の受付にはさっきまで二人が行っていたはずだけど……その時に何かあったのかしら?
「何? 持ち場から離れてまで話すこと? それとも、あの二人のこと?」
「え、ええっと、二人のことでちょっと…………大丈夫かなぁ、って思って」
「大丈夫よ。あんたは知らないでしょうけど、この手の事には、マイスは
「いえ、そっちじゃなくて……」
そっちじゃない……?
となると……ああ、ミミとトトリじゃなくて、ミミとマイスとのほうかしら? ミミが悲鳴をあげて逃げて、マイスがぶっ倒れた時にもこの子も『
「もしかして……あの二人の間のこと? それも、そう大したこと無いだろうから心配いらないわ。マイスから話をきくかぎりじゃあ、きっとトトリとマイスのとの時みたいにどっちかが変に勘違いしてこじれちゃってるだけよ」
あの二人の仲も早々と何とかしてほしいものよね。これまで、マイスがミミに避けられる度に、あたしがマイスにフォロー入れなきゃいけなくて、ちょっと面倒だし早く和解してくれればいいんだけど……
「そういう話じゃないんですけど~……!」
はぁ……? じゃあいったい、なんのこと?