***マイスの家***
「うーん……」
家のキッチンでお茶を用意しながら、あのこと……トトリちゃんがギゼラさんの行先を知ったことについて考えていた
そもそも、トトリちゃんは僕がそのことを黙っていたという事を知ったのだろうか?
知ったのであれば、きっと僕のことを嫌いになっているだろう。でも、もし知らなくて、今度会った時に「お母さんのこと、わかったんです」と言ってトトリちゃんが話しだしたら……僕は罪悪感でいっぱいになってしまいそうだ
「でも、どうなっても、あの時僕が「黙っておく」って決めたからこうなったわけで……やっぱり、トトリちゃんに何を言われても受け止めないとだよね……」
もう何度目かになる結論を自分の中で出し、とりあえずはこのことについて考えるのは
そして、用意し終えたお茶を持ってリビングダイニングのほうへと運んでいく
用意した二人分のお茶、その一つはもちろん自分のためにとっておき、もう一つのほうをソファーに座っている
「ああ、ありがとう。……キミの出す、こういったものに関しては、僕も素直に褒められるよ」
「あははっ。ありがとうございます、トリスタンさん」
お客さん……トリスタンさんは、僕の出したお茶に口をつけ「……うん、ちょうどいいくらいだ」と感想をもらしている
……けど、そんなトリスタンさんの目がチラリと僕のほうを向いた
「それにしても、珍しいこともあるものだね。キミでも、そんなに悩むことがあるなんてさ」
「そんなことないですよ。僕だって、普段から色々悩んでますし……って、あれ?」
トリスタンさんの言葉に答えたんだけど……ふと、トリスタンさんに悩んでいるってことを話した覚えが無い事に気がついた。じゃあ、なんでトリスタンさんは僕にこんなことを言ってきたんだろう?
つい首をかしげてしまったんだけど、その仕草でか、それとも別の何かかはわからないけど、トリスタンさんは僕に「驚くことは無いよ」と言ってきた
「キミって意外と考えてる事が顔に出てるよ。自覚は無かったかい?」
「あー……そういえば、昔、アストリッドさんにそんなことを言われたことがあったような」
「あ、あの人か……」
僕の言葉を聞いたトリスタンさんは、何故か苦笑いをしていた。けど、一度軽く首を振って気持ちを切り替えたようで、再び口を開いてきた
「で、どうしたんだい? 村の運営で何か問題でもあったのかい?」
「いえ、そこは大臣のトリスタンさんが心配するようなことはありませんよ。考えてたのは、もっと個人的なことです」
そうは答えたものの、このまま悩んでいたことについて話すつもりは無かった。というのも、もうどうこう考えても仕方ない事だというのは自分でもわかっているから、わざわざトリスタンさんにまで話をしようとは思わなかったからだ
だから、話の流れを変えるために、他のことについて、今度は僕がトリスタンさんに聞いてみることにした
「でも、そんな大臣さんが今日はいきなりどうしたんですか? 何か話しに来たって感じじゃないですし……もしかして、また仕事から逃げてるんですか?」
「いやいやいや!? そんな事は無いよ!? ……まあ、確かにちょっと抜け出したりはしてるけど、また丸坊主にされるのは勘弁してほしいから、怒られない程度にはちゃんとやってるよ」
そう言って身震いをするトリスタンさん。おそらくは、以前に「勤務態度が悪い!」と怒ったメリオダスさんに頭を丸刈りにされたのを思い出したんだろう
モコモコ状態で丸刈りになった事がある僕は、その様子を見て少しだけトリスタンさんに同情した。……だって、あれは何とも言えない嫌な感覚だもの……でも、僕の場合、何度も経験しているうちに変に慣れてしまったんだけどね
そんなことを考えていると、トリスタンさんが疲れた様子でため息をついたため、僕は改めてトリスタンさんのほうへと意識を向けた
「でも、逃げてきたっていう意味では間違っていないかな」
「そうなんですか? 大臣の仕事以外で何かあったんですか?」
「お見合いだよ。前々から親父が勝手にセッティングしてたことが何度かあったけど……最近は無くなったから安心してたけど、またいつの間にか手を回されててね」
そう言って、またため息をつくトリスタンさん
……そういえば、以前にメリオダスさんとお酒を飲んだ時、メリオダスさんが「ヤツも家庭を持てば~」とか何とか言ってた気がする。もしかして、あの後メリオダスさん、本当にトリスタンさんにお見合いをさせようとしていたのかな?
「……あれ? でも、逃げてきたんだったら、なんでウチに?」
トリスタンさんのお父さん……メリオダスさんとは結構仲良くさせて貰っている。大臣を引退してからも度々『
だから、むしろ街よりもメリオダスさんの味方が多いと思う。つまりは逃げる場所としてはあんまり
「むしろその逆だよ。親父も僕が『
「まぁ、確かに野菜とかウチの作物を街に
そう考えると一日……とはいかずとも、それなりの時間を稼げるだろう。そうなれば時間的にお見合いも流れてしまうだろう
……でも、今から僕が動けばどうにでもなりそうなんだけど……どうしよう?
「それに、最初はアトリエでロロナに
とっても残念そうに首をすくめて首を振るトリスタンさん
アトリエに誰もいなかったって言うのは、トトリちゃんはクーデリアから話を聞いた後に『アランヤ村』に帰ったらしいし……もしかしたらロロナもトトリちゃんに付いて行ったのかもしれない
「それにしても……お見合いって、そんなに嫌なんですか?」
僕がそう聞くと、トリスタンさんはほとんど間を開けずに「もちろん」と返してきた
「もちろん、年齢的にも世間体的にもいい加減結婚を考えた方が良いとは思うよ? でも、頭でわかってても、踏ん切りがつかないというか……諦めがつかない部分があるのも事実なんだよね」
「……? どういうことですか?」
「さっきの話の流れからこの話題を振ってきたから「もしかしたら気づいてるのかな?」って思ったけど……うん、キミはそんな察しの良い人じゃなかったよね……」
「いや、だから何のことですか?」
よくわからないことを言いだしたから改めて問いかけてみたんだけど、トリスタンさんは「いやいや、気にすることじゃないよ。それに、キミにはそう関係の無い事だろうし」と言って、それ以上は何も言ってはくれなかった
その代わりに……というのかどうかはわからないけど、トリスタンさんが「そういえば……」と口を開いた
「そういうキミのほうはどうなんだい? 僕が言うのも何だけど、キミももういい歳だろう? 結婚とか、そういう話はあったりしないのかい?」
「うーん……無いですね。というか、そういう事を自分で考えることもほとんど無くて……。『
「そういう時に、その結婚式に来ている人なんかと話して、そのまま何かあったりとかは?」
トリスタンさんの問いかけに、僕は首を振ってみせる
「それも無いです。聞かれた時には「結婚かー」なんてちょっと考えたりしますけど、その後は新郎新婦の二人をお祝いするのに集中しますし、終わったら終わったで、式に出ていた分の仕事の調整とかありますから……というか、普段から仕事とか試してみたいこととか沢山ありますから、いつの間にか忘れちゃってます」
「なるほど、ね。確かに、仕事熱心なキミらしいと言えばキミらしいけど……」
「……ど、どうかしましたか?」
納得できていないといった顔で、ほんの少し首をかしげて僕をジロジロ見てくるトリスタンさん。その様子に、さすがに不思議に思い、僕はどうしたのか聞いてみた
「いやさ、キミはそうでも、周りはほっとかないんじゃないかなーって思ってね。女の子に告白されたり、縁談がきたことは無いの?」
「ええっ!? 告白なんてされたこと無いですよ? 縁談なんかも全然無いです。……そもそも、僕にそんなことがあるわけないじゃないですかー?」
少し驚きながらも、僕は笑いながらそう言った。けど、まだやっぱりトリスタンさんは気になっているようで、そのことについて追究してきた
「本当かい? 仕事はもちろん、料理・裁縫・鍛冶は職人レベル、地位というか役職は「村長」って微妙だけど、経済面は問題無いどころか国でもトップクラス……そんな男を、女性やお偉いさんは
「おえらいさん? えっと、それは……アレじゃないですか? それ以外がダメ過ぎるとか、あとは…………男として、見られてない……とか?」
「……自分で言ってて、悲しくならないのかい?」
そう言われても、それ以外に思いつかなかったし……それに、本当に告白とか縁談とか全然無いのは事実だから、これ以上はどうも言えないわけで……
――――――――――――
そんなことをダラダラと話し続けていると、いつの間にか日が暮れ始めてしまっていた。どうやらトリスタンさんの思惑通り、今の今までメリオダスさんは来ず、ここまで時間が経ってしまったようだ
けど、トリスタンさんはあんまり喜んでいる感じではなく、むしろ何かを悩んでいるようだった
「帰ったら怒ってる親父が待ち構えてるわけだし、どうしたものかなぁ?」
「それは逃げた時点で決まってる事ですよね? お見合いから逃げて、怒られない方法なんて……お嫁さんを連れて行く、とか?」
「難しい事言うんじゃないよ。それができていれば、何の苦労も無いんだから」
呆れた様子のトリスタンさんだったけど「あんまり気が進まないけど……」と呟いて、僕のほうを見て口を開いた
「そういえば、
……うん、なんとなく、そんな気はしていた
けど……
「すみません。もう先約っていうか他の人に貸してて……」
「そうなのかい? 誰か旅の人かな?」
その質問に僕は頷く
「旅人といえば旅人ですけど……リオネラさんですよ。トリスタンさんも会ったことありましたよね?」
「ああ、あの子か。そう言えば最近また広場で人形劇をやってるとか聞いてたけど……って、えっ?」
「そうですね。ステルクさんと仲直りしてからは、また街で劇をしてるんですよ。……とは言っても、今日村にいないのは劇のためじゃなくて、フィリーさんの家に遊びに行ってるからなんですけどね。あっ、でも夜には二人で来るって言ってたから、そろそろ夜のゴハンの準備しないと!」
リオネラさんもフィリーさんも特に嫌いな食べ物は無いから、作ってあげられるメニューの自由度は高い。けど、それだけに何を作るかは悩みどころだ
そうだなぁ……何にしよう?
「ちょっと待って。結構前から人形劇の噂は聞いてたんだけど……もしかして、ずっとここに泊まってるのかい? というか、付き合ってるのかい?」
「いやいや、いつものことなんですよ。 これまでにも年に何回か『
「そ、そう、なのかい? ……もしかして、告白とか縁談とかが来ないんじゃなくて、来ようがなかった? もう付き合ってるかそれ以上と勘違いされてた? それか誰かが邪魔してたとか、けん制し合ってたとか……いや、まさか……でも、それだけで貴族あたりが大人しくするとは…………」
…………?
うーん? トリスタンさんが何かブツブツ言ってるのがギリギリ聞き取れるか取れないか微妙なくらいの大きさでよくわからないや。もしモコモコ状態ならちゃんと聞こえてたかもしれないけど……まあ、変身するわけにもいかないから、仕方がないだろう
――――――――――――
その後……
「リオネラさんは昔からトリスタンさんのことをなんだか怖がってる感じがありますし、フィリーさんは男の人がまだ苦手ですから、夜ゴハンにはお誘いできません」
……と、申し訳なく思いながらも伝えると、トリスタンさんはあっさりと引いてくれた
「いやぁ、さすがに邪魔する度胸は無いかなぁ……うん」
そんなよくわからないことを言ったトリスタンさんは「それじゃあ、お邪魔したよ」と足早に帰っていった
トリスタンさんが何を言いたかったのかはよくわからないし、ちょっと気になるけど……それよりも、今日の夜ゴハンのメニューを考えて、早く作らないと
真実は……どうなんでしょう?
近々、別のキャラを交えることでそのあたりがわかっていく……かもしれません