***マイスの家***
その日も、日課になっている畑の世話を早朝から始め、朝日が完全に顔を出したころには終えることが出来ていた
それから土などの汚れを落とした後、朝食を取って「今日はこれから何をしようかなー?」なんて考えていた時だった
コンコンコン
「はーい!ちょっと待っててくださーい」
聞こえてきたノック音に返事をしながらイスから立ち上がり、玄関へとむかう
「はい、お待たせしまし…たー?」
玄関の扉を開け出迎えたのだけど、そこにいたのはローブのフードを異様に
「ええっと…、どういったご用件でしょうか?」
「いやいや!?僕だよ、ぼ・く!」
僕の反応が何かいけなかったのだろうか?
その人は少し焦り気味に身を乗り出すようにしながら、フードを少しまくり上げて顔を覗かせてきた……って、あれ…?
「もしかして、トリスタンさん…!?」
「やっと気づいてくれた…!っと、悪いけどあがらせてもらうよ!」
落ち着きなくキョロキョロと周りの様子を見まわしていたトリスタンさんは、何かから隠れようとするかのように足早に僕の家へと入ってくる
「…ふうっ、これでとりあえずは一安心だ」
ソファーに腰かけて大きく息をつくトリスタンさん
…なのだけど、不思議なことにローブを脱がない。いや、それどころかフードすら取ろうとしていない
「あの、ローブはここのコートかけにかけられますよ?」
「あっいや、これはその……いいんだ!うん、気にしないでくれ」
そう言いながらトリスタンさんはより一層フードを目深にかぶろうと端を引っ張りだした
……どうしたんだろうか?大臣の仕事から抜け出している時は、隠れるような仕草をすることは多々あったけど、今日はそれの何倍にも身を隠そうとしているような気が…
それに、そもそも仕事から逃げるためならば、前大臣のメリオダスさんと仲良くしている僕のところに来るとは思えない。…事実、これまで来たことがあるのは一度だけで、トリスタンさんはほとんどは街中をウロウロして逃げていたはずだ
「もう一回だけ聞きますけど、ローブ、脱がないんですか?」
「うっ!?……でも、確かに今回来た理由を話すには、どちらにせよ事情を説明しなきゃならないのか……これはもう腹をくくるしかないか(ぼそぼそ」
僕の質問に言葉を詰まらせたトリスタンさんは、ひとりでなにかをブツブツと呟いて悩みだした
……そして、トリスタンさんは僕へと向きなおって必死の形相で言った
「恥を承知で頼みたい!キミは、毛が…髪の毛が生える薬を作れないかい!?」
「髪の…毛?」
「そうだ!」
そう言ってローブのフードをおろすトリスタンさん。フードの下から見えてきたのは……
『頭』だ。ただし、髪の毛の無い…正確には1センチにも満たない毛はびっしりとある
…つまりは「丸ボウズ」というわけだ
「こんなのでは、人前に出れなければ、街を歩くことすらままならない!どうにかしたいんだ!」
トリスタンさんの必死の訴えに……いや、それ以前にトリスタンさんの頭の様子を見た時から、僕は涙が止まらなくなっていた
そのことに、気づいたんだろう。トリスタンさんが驚いたように僕に言ってきた
「き、キミは僕の為に泣くというのかい…!?受付嬢の人たちが笑った、この僕を…」
「……わかるんです。風が、空気の流れが良く感じられますよね…」
僕が涙ながらに発した言葉に、トリスタンさんがハッとしたように目を見開いた。
「まさか……キミも…!?」
「ははっ……少し、経験があって…」
思い出されるのは、あの時
ジョキジョキと『毛刈りバサミ』で全身(金のモコモコ状態)の『ふわ毛』を刈り取られた……全身がスースーしたあの日の事…
…僕の場合、モコモコ状態から人間に戻れば少し寒い気がするだけで、ボウズ頭になったりしたことは無いんだけどね……
「まさか同士がいるとは…!」
目を潤ませながら言うトリスタンさんに、僕はどうしても気になることを聞いた
「でも、どうしてそんなことになったんですか?」
「……朝起きたらなってたんだ。ひとが寝ているうちに、あの親父が剃ったんだ!」
「えっ」
トリスタンさんの言う「親父」っていうのは、おそらくはメリオダス前大臣だろう
あのメリオダスさんが、何の理由も無しにそんなことをするとは思えない。何かしらの理由…例えば、何かに凄く怒っていたりとか…
そこまで考えて、僕はふとある考えにたどり着いた
「あっ、トリスタンさん、また大臣の仕事ほっぽりだしたんですね…。それはメリオダスさんも怒りますよ」
「理解が早いね。…というか、さっきまでの涙はどうしたんだい」
「トリスタンさんの自業自得だと気付いたら、なんだか自然と引いちゃいました」
「手のひら返しが早いなぁ…」
困ったように笑うトリスタンさん。…当然ではあるけど、その顔にはいつもの元気は無い
「こんな風になったせいで、帰って来たロロナにも会えないよ」
「あれ?まだ会ってなかったんですか?」
そう僕が聞くと、トリスタンさんは軽く頷き、ため息をついた
「帰って来たって情報が僕の耳に届くのが少し遅くてね。それから抜け出す予定を立てて、いざ!って時にコレだよ…」
「…そうやって、何度も抜け出そうとするからいけないんじゃないですか?」
「でも、いくらなんでも、コレはやり過ぎじゃないかな?」
「それはまあ確かに…」
毛の状態については同情してしまう部分がたくさんある
けれども、経緯のことを考えるとトリスタンさんの自業自得な部分が多くて、
「それで、話を戻させてもらうけど……毛が生える薬とか伸びる薬、無いかな?」
「お願い!」といった感じに言ってくるトリスタンさん。だけど…
「いや、そんなもの無いですよ?…なんで頼む相手が農家の僕なんですか」
「だって…ほら、キミって薬の調合もできるじゃないか。だったらあるんじゃないかなーって思ってね」
確かに薬の調合はするけど、基本的に自分が使うようなものしか調合しない…というか、レシピなんて知らないからできない
そもそも、もし僕が「毛が生える薬」なんてものを調合できるのなら、今頃、武具屋のおやじさんがフッサフサになっているはずだ
「…本当に無いのかい?」
「無いです。僕が作れるのは、「傷を治す薬」、「毒を消す薬」、「麻痺を治す薬」とかの戦闘向けのものと、「筋力を上げる薬」、「頭が良くなる薬」、「体力がつく薬」とかの増強用のものと……あとは、「作物が良く育つようになる薬」ぐらいですよ。高々その程度です」
「いや、何か途中に普通じゃないのがあった気がするんだけど…?」
……?そうだろうか?
「あっ…!」
色々、自分が作れる・作ったことのある薬を思い出していく中で、
…「生える」というか「育つ」ことに関係があると言えばあるんだけど……
「いやぁ…でも、
「なんだい!?何かあったのかい!?」
必死の形相になって迫ってくるトリスタンさんに、引きながらも、コンテナからある薬を取り出す
「『超栄水』っていう、「作物が良く育つようになる薬」を飲めるように改良(?)した薬なんですけど……」
「……髪の毛への効力は?」
「試したことは無いですけど……たぶん無いです」
トリスタンさんは、僕の顔と『超栄水』を何度も見比べ……
「可能性が
そう言いながら僕の手から『超栄水』を奪い、それを一気に飲み干した。そして……!
その場にぶっ倒れてしまった
…言い忘れたが、『超栄水』は「作物が良く育つようになる薬」を飲めるように改良(?)したと言ったけれど、お世辞にも飲めたものじゃない。本当に死ぬほどマズイ
……飲んだことがある僕が言うのだから間違いない
なお、トリスタンさんは頭を厳重に隠した上で僕が街へと運び、彼(とメリオダスさん)の家へと送った
…その間、トリスタンさんはうわごとのように
「ぼ、ぼくは…トウ、モロコシ……コーン、一粒、一粒…が、ぼ…く、なんだ…」
…と呟いていた……大丈夫だろうか?