街を覆う影・凶禍の行進
迷った挙句、俺達はシオと別れることにした。
俺達はもう無理だが、シオならば人の中でも生きていくことが出来る。なによりシオが俺達に付いてこなかったというのが大きい。シオのようなどちらにも転びうる存在はなるべく自分の道を自分で選ぶべきだ。その結果、この先敵になったとしても、それは仕方のないことだろう。
打算的なことをいえば、シオがフェンリルでの日々を体験しなければそのまま終末捕喰で地球がリセットされかねないというのもある。あれはアラガミとしての本能ではなく人としての想いに従ったからこその奇跡だろう。
なんにせよ、シオと別れた俺達は極東支部から離れることにした……のだが、まあ獲物がいない。アラガミがいないというわけではないのだが、強力な個体がいないため進化というよりメディを元に戻すための糧として不十分なのだ。
やはり人工ノヴァの影響で極東支部周辺が激戦区であり、誰にとっても絶好の狩場らしい。その傾向は人工ノヴァが成長するにつれてさらに強くなるだろう。
先輩と総司がうまくやるだろうと放っておいたが、やっぱり先に潰しておいたほうがいいかもしれない。最近、また意識が飛びそうになってきたのだ。ノヴァの波動によるアラガミの活性化と凶暴化。その影響がもう出始めているのかもしれない。
そう思って戻ってきた神奈川県もとい極東エリア。はっきりとは分からないがシオと別れてから一年か二年ぐらい経ったような気がするので最低一年ぶりといったところか。
「「極東よ! 私は帰ってきた!」」
元ネタはたしかガンダムの『ソロモンよ! 私は帰ってきた!』だったはず。どうでもいいけどデンドロっていいよな。個人的にはあのロマンを詰め合わせた感じ満載の武装と見た目が良い。
「これってなんか意味あるの?」
「海に行って海だ―! って叫ぶぐらいの意味しかないな」
ようはノリと勢いだ。意味など知らん。
「それでノヴァって奴を食べにきたんだっけ?」
「そうそう」
考えてみれば人口ノヴァはアルダノーヴァも含めて神機であり、アラガミでもある。あれらを取り込めばメディの身体を元に戻せるかもしれない。というよりあれを喰って戻れなかった場合、完全に手詰まりだ。それもあっちが完成体であるほど戻れる可能性も危険性も上がるというチキンレース。
焦らず、確実に。まずはここでの地盤を固めるべきだろう。そのための世界旅行でもあったのだ。ここは部下でもあるあいつらの出番だろう。
あいつら。勿論ザイゴート達のことだ。いやもはやザイゴートとは呼べないかもしれない。ザイゴートでありながらクアドリガやヴァジュラなど高位アラガミを取り込んだ、世界各地のザイゴートの集合体。その名もザイゴート・マザー。
アイテールの冠のようなその姿はアマテラスを越える巨大さも相まって、聖母のような神々しさと太陽のような偉大さを兼ね備えた浸食型ならぬ侵略型ザイゴート。その巨大な瞳からはデンドロのようなメガビームならぬ極太サリエルレーザーを放つことが可能な移動要塞。唯一の難点は異常に目立つこと。ただしその分、囮には最適だったりする。
そんなマザーをかつての住居。食材じゃなくて贖罪の街に投入する。
その日、一つの街が白い霧に包まれた。
なんてモノローグが入りそうなほど、圧倒的な光景だった。
遠くから見ている分にはまるで雲がそのまま落ちてきたかのように錯覚させられる。しかし、その雲はマザーから発せられる毒の霧であり、その中心にいるのがマザーだ。
街はあっという間に霧に呑みこまれ、外からは勿論、中に入ったとしても五里霧中なシークレットスペースと化した。
ここからが第二段階。
「よし、そんじゃいくか」
「人間も巻き込まれればいいのに」
「お前も黒くなったなあ」
「リューマだって黒いじゃん」
「色々喰い過ぎたんかね」
絵具も混ぜすぎると黒くなるし、アラガミも取り込み過ぎると身体が真っ黒になるのかもしれない。まあ、最大の要因はメディの捕食形態がまとわりついていることだろうけど。
さて、毒で弱っているであろう奴らを喰いにいくとしようか。
この時マザーはマザーでその名にふさわしく大量のザイゴートを生み出している。普通の眼では霧で見えないが、マトリョーシカのように開けた口から1/2サイズのザイゴートが飛び出し、そのザイゴートからもさらに1/2サイズとなったザイゴートが次々と出てくるという奇妙な光景が繰り広げられているはずだ。そうやってネズミ算式に増えたザイゴートはその物量でもって街を席巻する。なんかもう感応種みたいだな。
大抵の場合は俺達がつく頃には大体終わっており、第三段階の食事が終われば晴れて新しい拠点の完成となる。
この方法の良い所はゴッドイーターに関してかなりのアドバンテージを獲れることにある。
ヴェノム、ジャミング、リークを付与し、数メートル先の視界も奪うこの霧にかかれば蜘蛛の糸にかかった虫も同然。というよりこの霧は蜘蛛の糸のようなもので繋がっているから霧散しにくいのだが、侵入すれば即座にばれる。そうなれば百を超える強化ザイゴートから誘導サリエルレーザーの雨あられ。もはや無理ゲーに近いが、最近のゴッドイーターはやたらと強くなってきたので、これくらいしないと死ぬ。真正面からなんてやってられない。
エリック! 上だ! なんて感じでオウガテイルにやられる時代は終わったのだ。今のあいつらは素手で小型アラガミを撃退できる。つーか、なんか変な魔法染みた技を使うようになった。地面から棘みたいのが生えたりとか、カマイタチみたいなの飛ばしたりとか、どっちがアラガミか分かんねえよ。
それに先輩のせいか、技術が近代まで戻ったようで。ジャミングを付けてなければ各種レーダーでこっちの位置はもろばれ。偵察機も飛んでいるのでこの霧がなければ休まる時がない。
というわけでやらなければこっちがやられる状態。
ちなみにアラガミの方はというと、俺達以外は原作準拠といった所。マータとピターが出始めたくらいで、接触禁忌なんかほとんどいないし、霧の甘い匂いに釣られてホイホイかかるぐらいにはちょろい。まあ、数多のアラガミを捕食した上で創り出した代物なのでひっかからないのも困るが、引っかかり過ぎで心配になる。
一応、大型のアラガミが釣れるようにしているので、シオが直接釣られることはないだろうが、若干不安だ。幸い、エイジスからは離れているのでここまで来る可能性は低そうだが、原作でリンドウを拾ったときはここまで来ていたので油断は出来ない。
シオには恩もあるし、なるべく穏便に済ませたい。
なんて舐めたことを言っていられる場合でもないんだよな。この霧も旧世代の爆弾やミサイルで爆撃でもされたら簡単に吹き飛ぶし、過信できるものではない。全力でこられたら確実に負ける。予算の都合とアラガミホイホイとして有用だからこそ見逃されているという可能性が高そうだ。
とりあえず、拠点も確保したことだし、エイジスの偵察でもするとしよう。
そんな時のためのミニザイゴート。その大きさは人の目玉ぐらい。目玉おやじみたいなものだ。コアはマザーだから喰われない限り作座に霧散するのでやられる心配も少ないという優れもの。まずはこいつらを先遣隊として飛ばして様子をみる。
そういえば何故アラガミは菌類として流行らなかったのだろうか。オラクル細胞由来のウイルスとか打つ手なしだと思うのだが、繁殖能力に難でもあったのだろうか?
「壊れてなくて良かったー」
メディの声で我に返ると、目の前には懐かしの教会があった。
「懐かしいな」
思えばメディと最初に会ったのもこの教会で、それ以降はここが家みたいなものだった。 メディがはしゃぐのも分かる。
早くあの頃みたいな生活に戻りたいものだ。
ウロヴォロス。
平原の覇者とも呼ばれるそのアラガミは20年前のアラガミ発生以前から存在していたという説もある謎の多いアラガミだ。無数の触手を束ねた前足、怪しく光る眼が集まった複眼、朽ちた羽を持ち、全高10mにも及ぶ巨躯揺らしながら平原を闊歩している。
だがその巨体ゆえに上方から攻撃を想定しておらず、迎撃手段もほとんどない。そこで俺はメディと共に空中ジャンプを使ってウロヴォロスの背に飛び乗り、メディで背中を切り付けまくる。
『痛たたたたっ! 痛い! 痛いって!』
「あっ、悪い悪い」
やっぱり甲羅? は硬すぎて弾かれるか。でもまあ、こういう時はよく節目を狙えという。そんなわけで突き出た棘と甲羅の境に突き刺す。普通、これだけじゃ効果は薄いけど、今のメディは毒剣だ。悲しいことに。
そうやって、どくどくと毒を流し込んでいると、ウロヴァロスが暴れ出し始める。でかい生き物の弱点は自重のせいで起き上がりづらいこともあり転がれないことだ。ジャンプされようが走られようがこちらとしては全く問題ない。
このまま呆気なく決着かと思ったが、さすがにそう上手くは行かないもので蚊をはたくように触手を背中に打ち付けてきた。
しかし、遅い。予備動作が分かり易いこともあって簡単に避けられる。背中から飛び降り、宙を蹴って複眼にメディを突き刺した。ウロヴォロスが悶えるが、これで終わりじゃない。
ガチャリと何かが外れるような音と共にメディの刀身がずれて内蔵された砲身が露わになる。トリガーに指を駆けられない俺では不可能だが、メディなら自分の意思で引き金を引きことが出来る。
「メディ」
「うん!」
直後、ほぼゼロ距離からのインパルスエッジが撃ち込まれた。
ウロヴォロスは触手を振り乱して暴れ回るが、俺は爪を喰い込ませてしがみつき続け、メディは引き金を引き続ける。
やがて傷が深くなりすぎたせいで、メディが外れ、仕方なくウロヴォロスを蹴って離脱する。その際に捕喰形態で食い千切るのも忘れない。
すると捕喰効果でバースト状態になったおかげで相当な力が湧いてきた。その効果が切れない内に終わらせる。そう決めた俺はウロヴォロスが暴れ疲れた隙をついて駆け出し、走り抜けざまに前足と後ろ足を切り裂いていく。
自重の重いウロヴォロスはそれだけで身体を支えきれずに前のめりになって倒れ込む。ここまでくれば後は楽なもの。トドメを刺すためにメディを構えた。
ウロヴォロスは見た目はアレなのに高位のアラガミだけあって美味い。この理屈を人間に適用すれば栄養価の高いものほど美味いということになるが、ロイヤルゼリーやサプリメントが美味くもないことを考えると、やっぱりアラガミの舌は人と違うのだろうと思う。
俺達がウロヴォロスを横取りしたことで、自分達の強化もしながら人工ノヴァの開発も遅れて一石二鳥かと思ったが、どうも人工ノヴァは完成に近いっぽい。勿論外面の話だが、いくらなんでも早すぎる気がする。こうなるとさすがにこのまま放置するわけにもいかない。うちのザイゴートたちもノヴァの波動にあてられ始めているし、四の五の言ってられる場合じゃなくなった。
「リョーマ、大丈夫?」
「ああ」
そんなわけでエイジス付近に来た俺達だが、今の所ノヴァの影響は少ない。メディに至っては神機なので影響は皆無だ。いざとなればメディが俺を動かしてくれるからそこまで暴走の心配はないだろう。
だからといって長居するつもりもないし、さっさとノヴァを喰って帰るとしよう。
「よし、行くぞ」
「うん」
夜、潮が引いてエイジスへの道が出来たことを確認した俺達はエイジスへ向けて走り出した。
経過は順調。セキュリティが機能していないんじゃないかと思えるほどのあっけなさで侵入に成功した俺達は苦も無くエイジス島の中心部へと近づいていた。
「なんもないね」
「油断はするなよ。こういう呆気ない展開を嵐の前の静けさっていうんだからな」
「分かってるよ」
そして、俺の言葉は現実のものとなる。
「ん? 前になんかいるよ」
「あれは……」
アルダノーヴァのプロトタイプの一つ、ツクヨミだ。無機質にして宇宙からの来訪者を彷彿とさせるフォルム。黒いボディを走る奇妙な青色のライン。太陽を写し、月明かりを反射する金色の月輪と金色の髪。
月夜に会う相手としては申し分ない。それも初期設定のみでゲームには登場しなかった男神のオマケつき。原作のような未完成さなど微塵も感じさせない佇まい。とてもタダでは通れそうもなかった。
「スサノオ以来の接触禁忌か。お前を喰えばメディは元に戻るかな?」
ツクヨミは答えない。電源が入ったかのように青いラインが淡い光を帯び、動き出す姿は妖しく不気味だ。
女神が宙へと浮かび上がり、男神は女神を奉るように空を仰ぐ。そして、ツクヨミが目もくらむような閃光を発した瞬間、異変が起こった。
というわけですいませんでした。
先の展開に関しても先に謝っておきます。