短いですが、どぞー。
もし生まれ変わる機会があるとしても―――……
田中太朗の死に際の念
田中太朗はまどろんでいた。
大太の依り代となり、その肉体から命まで捧げた人間は消滅するはずであるが、田中太朗は彼の神の中で未だに無事でいた。
まどろみのなかで、太朗は理解していた。今こうして彼が存在しているのは、彼を保たせようと何らかの力が働いているためであることを。その力がなんの力か、確信とまではいかないがうすうすと気付いていた。気付いていて目を背けていた力だ。
彼は知っている。この力が昔から働いているものであると。
一言で言うのなら暴力だ。別の言葉で言えば、自分と言う存在の特異性を示すものだ。
これがある限り、自分は消滅することもできないだろう。この力に護られていることは皮肉の一言でしかないが、すぐにどうでもよくなった。どの道どうしようもない。
故に何をすることもなく、できることもない今の彼はまどろみの中へと自ら意識を溶かしていった。寝れば暇つぶしにはなるだろうと考えて、彼の意識は深く深く潜っていく。
そして―――……
この世界における田中太朗とは何者なのか?
その答えの一つとして、彼は
全てに弱い男、『負完全』球磨川禊の
そこでいうところの田中太朗の在り方とは一体なんだ。
田中太朗は
だが、そうである前に転生者である。そこに彼の心のあり方を示す解がある。
そう、すべての始まりは彼が死んだあの日からであった。
それを語る前には、まず彼の前世である××××について知らなければならない。
××××は目つきの悪い男であった。何かあれば真っ先に疑われるくらいに。
彼の周りではよく物がなくなることがあったし、誰かがいじめられていることもあった。その全てが彼の責任になることはよくあることであった。どこかの誰かが彼の名義で好き放題するのだ。いつしか教師の間でも要注意生徒として名が挙がることになった。誰も彼の言うことを信じるものはいない。何かがあれば彼のせいであるという空気が出来上がっていたのだ。
身に覚えのないことに対して、彼は憤りを感じていた。その鋭い目つきがもっと鋭くなるのに時間はかからない。そして、彼はついに動き出した。信じられるのは己だけ。時々気にかけてくれる先生がいても、彼が問題を起こしている前提である。彼が実は何もしていないと信じてくれる人はいなかった。彼の世界は既に敵しかいなかったのだ。
彼のした行動は至って単純だ。他の生徒に話を聞く。どうせなんでもかんでも俺のせいだからと開き直って、時に強硬手段を使ってでも情報を集めた。
そうして、自分をこんなめに合わせている奴を特定していった。はたして、そいつは学校一の優等生であった。彼と相対した優等生は笑っていた。彼のおかげでいいストレス発散ができたと。責任が自分に回らず、しかも好き放題できるこの状況は素晴らしかったと。謝罪の言葉はない。
その瞬間、彼の頭は真っ白になった。気がつけば、全身を焼き尽くす激情に駆られ、彼を殴っていた。その瞬間、まるで計ったかのように入ってきた教師に取り押さえられた。鬼の首を取ったかのような優等生の顔を彼は忘れない。
その後は流れるようであった。それまではまだ疑惑であったが、これまでの問題は全て自分のせいであると
彼に対し処分が下され、彼はそれを受け入れざるを得なかった。勿論、自身が被害者であると訴えなかったわけではない。だが、周りの視線を見て彼は悟ってしまった。誰も彼もがゴミでも見るような目であった。
身に染みて思い知らされた。数に逆らうことの愚かさを。空気に逆らう無様さを。理不尽に逆らう恐怖を。この世の全ては多数決で、大多数の意見が正しい。たとえ自身の無実を訴えたところでだれが信じてくれるというのか。ましてや周囲の事実に対する
この事件のせいで、両親も呼ばれることとなる。相手の親に頭を下げている二人を見て申し訳なくなる。外でのことが彼らの耳に入ればきっと軽蔑されるだろう。少なくとも話の中の彼は褒められた人間ではないのだから。罪悪感が募った。恥ずかしい上に、自分が情けなくなった。二人の顔を見れない。家に帰れば、何を言われるのか想像もつかなかった。
だが帰り道、彼らは何も言わなかった。ただいつものような暖かい笑顔で家に迎え入れてくれた。
そして入った瞬間、怒られた。だが、その方向性は彼の思っていたのとは別方向であった。
何故頼ってくれなかったのか。その言葉に集約された心配の念を、彼は感じ取った。
面食らった彼であるが、何を言われたのか理解して彼は泣いた。これまでの鬱憤を全て流しだすようにして彼はおいおいと泣いた。
二人は彼を信じてくれていたのだ。優等生を殴ったことだけは謝るべきことだから、そのことだけは親に謝ったが、それ以外のことは何かの間違いだったと信じてくれているのだ。
これがどれほど彼の心を救ってくれたのか、二人は理解してくれるだろうか。彼の味方であってくれたことが、彼を立ち直らせるきっかけとなった。
やがて、彼は引きこもる。両親が信じてくれていても、心の傷はまだ癒えない。彼の両親はそんな彼に時にはゆっくりすることも大事だと、受け入れた。ゆっくりでいいから、また立ち上がりなさいと。そんな二人の優しさに彼はある夢が芽生える。
―――いい大学に入学して、いい会社に就職して、初任給でご馳走しよう。二人にたくさん孝行を尽くして、俺が二人にどれだけ感謝しているか、一生をかけて伝えるんだ
希望に満ちていた彼の想い。その時彼にあったのは感謝と誇りであった。自分を信じてくれたことに感謝を。そんな二人の子供であることの誇りを。今までの彼からは考えられないほど生き生きとした姿。彼の人生はいい方向へと転がり始めていた。だが、それも。
あの日が来たことであっけなく途絶えることになる。
彼はあっけなく死んだ。鉄骨の雨に押し潰されて。最後に彼が思い描いた言葉は、彼の絶望そのものを表していた。
――――もし生まれ変わる機会があるとしても、二人のいない世界などゴミだ!!
だが、彼の物語は終わらない。
全てが真っ白の世界でそいつに出会った。
「忘れられた神々」と名乗ったそいつは嗤う。まるで出来のいいおもちゃでも見るように嗤う。
そいつは有無を言わさずに与えた。
一つは特殊な肉体を。一つは彼に相応しい能力を。一つは新しい人生を。
『君が最終的に何になるのか、僕は今からそれが楽しみで仕方がない!』
何一つ彼が望んでいないものを押し付けて、そいつは彼を新たな世界へと送り出した。
そして、意識が目覚めた時、彼は田中太朗になっていた。
彼の意識は死んだその日から一歩も進んではいない。彼の世界は生まれたときから終わっていた。彼の視界はほとんどゴミのように映っている。それが彼の
彼と言う
現世にある全てがどうしようもないほどどうでもいいと思えてしまうほどの未練を前世に対して抱えていた。
故に彼に生じた
転じて、全てをゴミにする力。
それが、それこそが彼だけの
圧縮は本質ではない―――ひとつの過程でしかない。
彼の前世と彼の過負荷についての回でした。
彼の過負荷については正真正銘ここが底です。いきなり出てきたのはあまり引っ張りすぎるのもあれだと思ったので。
でも彼への認識についてはまだ少しだけあるんじゃよ。
ヒントは出していますので好きに想像してください。
質問があればじゃんじゃんしてください。