昔々のお話。
俺が生まれ変わる前のお話。
神なんて存在はいなくて、漫画のような能力もなくて、超能力なんてもってのほかな世界での、ただ目つきが悪かっただけの男のお話。
小学生だった俺は、虐められていた。どこにでもある話だが、当事者にしてみれば理不尽で不条理であった。目つきが悪い。それだけでいじめられる対象になるなど、当時ただの子供だった俺に想像できるはずもなく、降りかかる火の粉に嫌気のさす日常であった。
机に落書きされたり、靴を焼却炉に入れられたり、上履きに画鋲が入っていたりと他にも色々あるがおおむねそんな陰湿な日々。積もっていく陰鬱とした感情を押し殺し続けた。先生も見て見ぬ振りをしていたため、味方などいないも同然であった。直接的な暴力が無かったのは、恐らく彼らなりにばれるのを恐れてのことだろう。
俺はただひたすら耐えていた。
親にも話さなかった。だって大好きな二人に心配なんてさせたくなかったから。
そんなある日のことだ。
いい加減虐められることに疲れてしまった俺は、この状況を変えようと自分で動きだした。
頼れる人はいない。教師は口ではきれいごとを言うだけで、何もしてくれない。両親にも心配させたくない。ならば、自分で解決することを決意するのは当たり前な思考の帰結であった。
まぁ、結果はいわずもがなさ。
今となってはどうでもいいことだし、ここで語ってもつまらないことだから詳細は控えるが、一つ言えるのは、抗うというのは皆が思っている以上に疲れることってことだ。
甘粕、大太の封印を護る者達と太朗が本格的な戦闘に入った瞬間、その大半が戦闘不能となった。
それというのも、彼に本気で睨みつけられたからだ。普段サングラスによって抑えているが、それらが一切取り払われた状態での彼の本気のガン付けの圧力は恐ろしいものだ。
その圧力たるや呪力で強化した肉体がまるでゴミ屑を扱うが如く尋常なものではなかった。全身を圧縮してくる圧力波に耐えることができず、大半がこれにより手足が骨ごと粉砕されて戦闘不能となる。太郎がガンナーを名乗っているのは伊達ではない。もっとも、その程度で済んだのは幸いだろう。下手をすれば、文字通り全身が圧縮されて見れたものではなくなるところだったのだから。あるいは、その程度に彼が抑えたのか。
この圧力に対応できたのは甘粕たちレベルの術者であった。熟練した肉体強化がこの圧力に抗うことに成功させたのだ。しかし、厄介なことに彼のガン付けは彼らだけを圧縮したわけではなかった。
その目力は彼らのいる空間をも歪ませる。いや歪ませるという言葉では済まない。
さながら四方を固定した紙の真ん中だけをぐしゃぐしゃにしてしっちゃかめっちゃかにするかのように、引き裂くやひき潰すとも違う、理解の届かない空間へと変化させていく。
かつて、不良たちを追い詰めたときの空間の悲鳴の比ではない、それは断末魔とまで言えるほど身の毛がよだつものであった。
そして、空間にかかる圧力により彼らに流れる時間の流れもまた変化した。すなわち、太朗とは相対的に遅くなってしまったのである。彼らからしてみれば、太朗が急激に速くなったように見えただろう。これは少し前階段から落ちた万理谷裕理を助けたときに用いた力でもあった。この力のせいで、彼と戦えることのできる人間はさらに限られてしまう。
かろうじて戦闘不能を逃れた彼らを待ち受けていたのは、『衝撃』であった。その『衝撃』により一気に3~4人の人間が吹き飛んだ。さらにもう2~3人が後に続く。甘粕達が唐突に現れた『それ』に目を見張る。
『それ』を持つのは大太の右手、手洗い鬼の御手洗さんであった。
『それ』は万物を創り出す彼の力によって生み出された巨大なハンマーであった。人間の手の何倍も大きい、人外の右手にふさわしい巨大なハンマーは、彼らの驚愕を置き去りにしたまま、敵を達磨落としのように吹き飛ばしていく。叩き潰されるものがいないのは、太朗の慈悲か御手洗さんの優しさか、そうであっても超重量が正面からぶつかった破壊力は人の身体を容易く壊していく。太朗たちからすれば普通の速度で、甘粕たちからすれば超スピードで振るわれるハンマーは、まるで自我があるかのごとく自由自在であり、悪夢そのものであった。
ここまで大太の力を掌握しているのかと、戦慄させるほどの衝撃を与えた。もちろんこの衝撃は精神的なものである。
状況を打開する手を考える時間もない甘粕たちは、どんどんその数を減らしていった。
馨さん達を逃がすだけの時間稼ぎになっているだろうか。
そんな疑問が頭をよぎる甘粕であったが、次の瞬間には気を引き締めて戦いに集中する。
日常茶飯事というのは、日常で普通に起こることを言うのであれば、まさに今の状況は俺にとっての日常茶飯事に他ならない。
襲われる。
この世に生れ落ちた俺には至極慣れ親しんだものだ。だからこそもはや俺は驚くようなことはしない。俺にはよくわからない理由で、向こうの勝手な理屈で襲いかかられた回数はもう両手両足では事足りない。最初はパニックに陥って、何が何やらわからないうちに撃退してきたが、今となっては慣れたものだ。
今の肉体はかつての俺では想像つかないほどのスペックを持つのだから、武術を嗜んでいなくても相手を上回る速さで近づいて、防御されてもそれを上回るだけの力でぶん殴れば相手はそれだけで倒れてくれる。どこかで読んだことがあるのだが、武術は弱い奴が強くなるための技術だという。であるのなら、最初から強い生物は武術なんて必要ないのだ。冗談みたいな話だが、冗談ではない。ダメ押しに
それに、相手の呪術だか魔術だかはレベル2を付加した木で無効化できるし、俺の類稀なる動体視力のおかげで今世界のすべてはスローモーションだ。よく漫画であるような意識だけ先行する状態ではなく、きちんと俺の身体はこの世界にあわせて動くことができる。相手も何人かそれなりに速く動ける奴がいたけど、俺には全く及ばない。後は、赤裸々となった相手の動きに合わせて、カウンターを決めればいい。
まさに俺の独壇場。
そして、この場にはこれまでとは異なる存在もいることを忘れてはいけない。背後からブオンッと背筋の凍る音が放たれる。そして、響く声。
(我輩に任せろー!)
ばきばきー
思わずやめてと叫びたくなるのを堪える。ついでに生々しい音に耳を塞ぎたくなる。
巨大なハンマーをもった右手が、背後から飛び掛る三人の男たちをなぎ払う。嫌な音を上げながら吹き飛んでいく三人は、木に叩きつけられてそのまま気絶する。あれは痛い。
そう御手洗さんである。
俺を護るようにフヨフヨと漂うその右手の頼もしさといったら。
最初に背後から飛び掛ってきた分身っぽい男の拳を受け止め、そのまま遠くまで投げ飛ばした力強さといったら。
惚れる。彼が女だったら『右手が恋人』とかできたのに。
冗談はさておき、彼も戦ってくれるおかげで随分と負担が軽くなった。避けるだけでいいとか今までの戦いからは考えられない。いくら戦いに慣れたとはいえ、多勢に無勢、対処するのにも限界がある。しかも遠くから状態異常を仕掛けてくる奴もいるらしく、時折動きが鈍ったり、体の一部に激痛が走ったりする。レベル2は、神器同様、木一本に付き一つしか還元できない。要するに相手が別々の術を使ってきたら、その都度新しく木を生み出す必要があるわけだ。『手で覆えるだけのゴミ』という限定条件がある以上、神器と違って、それが隙になってしまうのは言うまでも無い。生み出した木は当然手で覆えない大きさであるし、何より神器を常時発動しているため、レベル2の木は常に一つずつしか生み出せない。ゴミの方はなんとでもなるが処理が追いつかない以上、隙はどうしても出てくる。
だが、その弱点は御手洗さんのおかげで無くなっていた。彼がいるおかげで隙は埋められすぐさま敵を沈めることができていた。ここまで余裕のある戦いは、いつぶりだろうか?
殴って、蹴って、打ち込んで、時々、御手洗さんにも巨大釘を打ち付けてもらいながら、粛々と殲滅していく。
今、俺達一人と一体で無双していた。
神の一手とは御手洗さんのことだったんだ!
「こいつで最後だな」
(ああ、我輩がいうことではないが、死屍累々だな……)
やりすぎたか、テヘペロなどと言っている御手洗さんはさて置いて。
気が付けば、相手は後一人になっていた。戦いの前に、東宝プロジェクトについて語り合おうとしていた人。ちなみに俺は紅白な主人公が好きである。黒髪で紅白で巫女とか滾る。
その最後の一人は、息も絶え絶えでありながら、しかし戦意はまったく失われていない。むしろ、虎視眈々とこちらの喉を食い破ろうとする気迫が伝わってきた。先ほどの戦いでも、分身とかなんか忍術っぽいものを使ってこちらに対応していたことから、忍者だろう。そうすると、下手な油断は禁物だ。いつだって猫は鼠に噛まれないようにすべきなのだ。
一瞬の気の緩みが命取りなのだから。
この男は、幻術とか分身とかを使ってこっちを翻弄してきた。また幻か分身かもわからないので、直接触って確かめることにする。男の首を掴み、持ち上げる。若干力を込めてみると苦しそうにうめく。感触からして、多分本物。
そして、思った。
(あれ?これだと俺が悪役みたいじゃないか)
(それは今更であろう)
(ていうか、この後どうしよう)
首を掴んで持ち上げてみたのはいいけれど、これ以上危害を加えるつもりはない。とはいっても、手を放した瞬間手ひどい反撃を食らうのもごめんである。とりあえず、この人にも釘を打ち込もうと、
「ふ、ふふ……」
!?手の中でうめきながらも、笑みを浮かべる男。周囲は壊滅し、これだけ痛めつけられたのにも関わらず急に笑いだしたので、気味が悪かった。痛めつけられて悦にはいる変態性ゆえか、それとも別の理由があるのか。
……後者であると信じたい。
「何を笑っている」
「いえ……我ながら……この状況は笑うしかないなと……」
ああ、なるほど。こいつらは俺を倒す戦略・戦術をかなりの精度で練り上げてきていた。これまでの俺だとあっさりやられるほどに。もし、今回御手洗さんがいなかったらと思うとぞっとする。
しかしだ。最終的には俺に軍牌が上がった。それが結果だ。
そもそも、俺に襲い掛からなければこんなことにはならなかっただろうに。いや、むしろ俺に襲い掛かったからこんなことになったのか。どちらにしても、俺からすれば自業自得だ。弁明の余地もないだろ。
ということを言おうとして、そこまで回らない俺の口に絶望した。知り合いでなければ、うまく動かないのです。
「……貴方相手に有効な戦略……大太の封印……今回はいけると思ったのですがねぇ……ままならないものですよ……」
首を絞められているせいか、苦しげに言葉を紡いでいる。そして、徐々に雰囲気が変わっていく。
「その目……その目ですよ……私の同僚が……一般の方々が……おかしくなるのは……」
「何が言いたい?」
「ふふふ……ことここに至って理解しました……ああ……圧縮なんてとんでもない……私達はとんだ思い違いをしていました……」
「……何を言おうとしている?」
背筋に嫌な予感が這い上がる。今からこいつが口にしようとしていることを、俺は聞いてはいけない気がする。鉄の付いている右手に力がこもる。
「目です……その目なんです……そうでないと説明が付かない……あれだけ周囲が圧縮されていて……圧縮だけに目が……どうして……人が死なないのか……目です……目なんです……滑稽だ……貴方は気付いているのに……くふふ……目を逸らしている……」
「俺が何に気付いているって?何から目を逸らしているって……!?」
さっきからこいつは何が言いたいんだ!虚ろな笑みを浮かべて、何を
「あなたは目を逸らしている……ああ滑稽だ……こんな奴に私達は……何故今気がついて……釘付けになっていた……?いや……今釘付けになった……ならやはりそういうこと……だから目を逸らしている……何に?どちらにしても……滑稽です……気付いているのに……気づいていない矛盾……くふふ……でもあなたは気付いている……今の貴方の顔は……」
反射的に
「ふふふふ……ははははははははは……駄目なんですよ……その目は駄目なんです……その目が駄目なんです……その目で駄目なんです……ふふふ……違う……その目で見るな……その目で私を見るな……」
「……もうやだこいつ」
壊れたようにブツブツと呟くばかりであった。なんていうか、キモい。
(……御手洗さん。俺の顔って今どんな感じ?)
(……いつも通りだが?)
少し、本当に少しだけ。この男の言葉が気にならなかったといえば嘘になる程度には気になったので、御手洗さんに俺の顔を見てもらったが、特に変化はないようだった。良かった。
さて、こいつは適当に捨てて―――……
(太朗君、後ろだ!!)
(うぇっ?)
咄嗟に手に
「あちゃー、今のいい感じだったのになぁ。ていうか甘粕さんを盾にするなんて聞いていた以上に外道だねっと!」
新たな敵は、可憐な少女であった。大和撫子を思わせる風貌に、野生児を思わせる快活さ。何処と無く浮世離れした彼女は、奇襲に失敗したと悟るやいなや、すぐさま距離をとる。
「こらっ、清秋院!あまりタロ兄さんに物騒なことを……こ、これは!」
「そんな全滅!?い、急いで手当てを!」
「祐理、そんなことより今は敵に集中して!」
聞き覚えのある声と見覚えのある姿。
木々の間から出てきたのはこの前一悶着起こした万理谷さん、先ほどここから逃げたと思しき少女、そして。
「護堂君……何故ここに?」
「タロ兄さん……」
悲しそうな表情で俺を見る護堂君がやけに印象的であった。
俺たちの久しぶりの再会は、たくさんの人が釘に打ち付けられている中という、随分と殺伐した場所であった。
突っ込みどころ満載?
というわけで、皆様お久しぶりです。ようやく一段落ついたので、また更新をぼちぼちしていこうと思います。週一更新を目指して頑張ります。
また、後ニ・三話は展開的に若干だれると思いますが、よければお付き合いください。
といわけで、次回お楽しみに。