乗物から落ちた後の話をしよう。
何処とも知れない場所に落ちた後、着の身着のままでさらわれた俺にできることといえば、途方にくれることだけであった。外出の必需品である財布、携帯電話、サングラスのうちの最初の二つの無い状態でどうしろというのか。ヒッチハイクなんてのは論外である。御手洗さんを見て絶叫をされたのだから間違いない。
よって方角も分からず、当てもなくただ道に沿って歩くだけの俺に、救いの手を差し伸べたのは、ヒッチハイクの邪魔になっていた御手洗さんだった。右手なだけに。
俺の周囲をぷかぷか浮いている彼が急に上昇したかと思うと、周辺の情報を集めてくれたのだ。そして、彼の指し示すままに歩くことになった。どうにも彼のお仲間が各地にいるということで、彼らを起こして情報を集めていけばそのうち家につくだろうという話だった。
というわけで、御手洗さんのお仲間を起こしては、道を聞いて少しずつ家への帰路を辿ることに成功する。どうにかしようと思えば、どうとでもなるんだなと思った瞬間である。ちなみに、目覚めたお仲間さんはその後どこかへと去った。そのお仲間さんといのが、変な奴ばっかだった。
あるお仲間さんは、この世で最も綺麗な髪であると言われても違和感のない艶やかな髪の女性だったが、その髪を編んで服にしているのはさすがにどうかとおもった。もっとまともな服は無かったのか。とりあえず毛深いねと言ったら自慢の髪なんだよぅとけらけらと笑いながら自慢してきた。本人が喜んでくれたようで何よりである。さわり心地は良かったとだけ言っておく。
また、血のように赤くて、血管みたいな髪の女性が現れたときは、美人さんだなとおもったけど、目の前で自分の腕を引っかいて、俺に向って付着した血をぶっかけようとしたので、ちょっと怖かった。お近づきになりたくない類の人種(?)である。だが美人だ。
そして、極めつけは髪で片方の目を隠し、もう片方の目も閉じた少年が現れたときであった。盲目なのかなと思った瞬間、隠していない方の目を見開き、こちらを観察するように見たのだ。その見開き方が半端なくて、目が顔に取って代わったといっても過言ではなかった。ホラーである。しかし、ガン付けとあればガンナー(笑)の俺が黙っているはずもなく、思わずこちらも対抗してサングラスを外した。睨み合うこと数分、同時に握手。お互いの健闘を讃えたのだ。ここに新たなガンナーが生まれた。
そんな感じで御手洗さんのお仲間と会ったわけだが、個性的な面々であった。もう少し友達を選んだほうがいいのではないかと、御手洗さんに言おうか迷った。が、俺の言える義理ではなかったので、口を堅く閉ざした。第一印象で判断するのは、俺が最もしてはいけないことである。深い付き合いのある御手洗さんであれば、大丈夫だろう。
御手洗さんの仲間との出会いで、クマさんのことを思い出した。今頃元気にやっているだろうか?
そんなこんなで、キャンプ気分で野宿しては、地道に実家への道を辿ること数日、山に光が灯っているのが見えた。村である。山奥にひっそりとあって、まるで隠れ里のような雰囲気であった。
その村の近くにも御手洗さんのお仲間がいるという話であったが、そいつは避けようと御手洗さんの方から提案された。一体何故だろうかと尋ねれば、起こせば厄介と返される。
仲間はずれか?と問えば、そういうわけでもないらしい。歯止めが利かないとかなんとか言っていて要領を得ず、どうも他人が触れていい問題ではないようだ。とはいえ、もう夜も更けていて、限りなく満ちている月が空に昇っていた。もう少しで満月なんだなぁと思いつつ、月といえばツッキーどうしてるだろうと連想ゲームのように思い起こされたが、目先の欲に駆られてすぐ頭を抜け出して言った。つまり、久しぶりに屋根のあるところに寝たかったのだ。そうして、はやる気持ちを抑えながら村へ泊めてくれるよう頼もうと思い、とりあえずは村に近づいたところ。
「正直今の戦力で君と戦うのはちょっとなぁなんて思うんだけど」
「……悪いが(何を言っているのか、全然わからない)」
「だよねー。とすると僕らは必然的に戦わないといけないわけど……残念だけど僕達の勝ちだ」
ピカァァ……と光る地面。
透明半球に閉じ込められる俺。
あれよあれよと言う暇もなく変なことに巻き込まれてしまった。口を開こうとするたびに、先手を打たれて、結果何もいえないまま襲われてしまった。
不用意に近づくからそうなる。もうちょっと学ぼうと決意する一幕であった。
さて、どうするか。
半球内にいると神様特典であるゴミを木に変える力が使えない。
そして、それは神器も『回帰』も使えないことを意味していた。では代わりに、
(頭が……いたい……か、カラダもうごかない……てか全部イタイ……)
全身に響く激痛や、吐き気や寒気が襲い掛かってきたためだ。そのせいで、俺の意識は霞かかったように薄れ、前後不振の状態にまで陥っていた。身体も鉛のように重く、立つこともままならない。病気にでもなったかのような状態異常のせいで、いつ意識が飛んでも不思議ではなかった。
下手に発動しようとすれば、ちょっとした暴走状態になるだろう。状況は全然わからないが、このままだと大変なことになるくらいは分かる。
(……ヤバイ……はやくなんとか……しない……と)
周囲で何か言っているのが聞こえるが、どれも素通りしていく。必死に意識を繋ぎとめようと耐え忍ぶが、効果が薄い。御手洗さんが慌てているのが見えた。俺は何かされているのだと理解していても、何も出来なかった。何かに包まれるのを境に俺は意識を……。
(あ、めっちゃすっきり)
手放さなかった。唐突に、打って変わってそれまでの苦痛が無くなり、むしろより通常時の快適な気分が強調された感じだ。健やかな気持ちとはこのようなことを言うのだろう。
はて?一体何が起こったのだろうか。
意識を取り戻したとき、眼前に広がるのは真っ暗な世界であった。まるで何も見えない。おまけに体が動かないものだから、もどかしく思える。指一つ動かせないばかりか、髪の毛の隙間までびっしりと何かで埋まっているような感覚であった。まるで石の中にいる気分だ。ガシっと全身が固定されている感覚はある意味新鮮で、とてつもない閉塞感でもやもやする。自由に身体を動かせないっていうのは相当なストレスになるようだ。
恐らく、金縛りか何かだろうが、どちらにしろこんな状態ではゴミも握れないため、『
どうも、魔法を魔力(彼ら曰く呪力)に戻しているらしい。詳しくは知らないが、倒すたびに『呪力に戻った!?』などと驚いているから多分当たっている。隙を突けばいいだけの簡単なお仕事でした。
が、強力だが、今使えないので意味はない。
ではどうするかを考えなければならないわけだが……。
(太朗君。体は動かせそうかね?)
(うおっ!?なんだっ、頭の中に声が……)
(我輩だ)
(お前だったのか……ってその一人称、もしかして御手洗さんか?)
(いかにも)
たこにも。ちょっとくだらないやりとりをしながらも、重厚感ある声が頭に響くのはあまり気分のいいものではなかった。脅されている気分だからだ。御手洗さんのテレパシーらしい。これが若本ヴォイスであればクスリッときたが、バスの域にまで達するほどのおどろおどろしい低い声ではグスリとなる。子どもであれば涙腺大崩壊間違いなし。
って、これまでは筆談であったのに、ここにきてテレパシーだと?
(最初からそうしてればよかったんじゃないのか?)
(そうしようにも、できなかったのだ。できるようになったのはつい先ほどのことだ。それよりも、太郎君)
(何だ?)
(気付いているか?今君は目を閉じていることに)
(マジで?てことはこの暗闇は目を閉じていたからって落ちなのか?てかそれが何?)
(……本気で気付いていないのか、意図的に無視しようとしているのか、あるいはまた別の何かか、判断に困るところだな)
俺の返答に、御手洗さんはそう呟いたが、一体なんのことだろうか。
(今の状況を説明すると、君は封印されてしまったのだ。今はまだ意識もはっきりしているかもしれないが、徐々に薄れ、もう二度と目覚めることはないだろう)
(封印!?どうして俺が封印されないといけないんだ)
(それについてはすまないとしか言えないな。以前説明したように、我輩達は大太の一部。そして彼らの目的は大太の復活の阻止だ)
(……つまり、敵対関係にあると)
(我輩に協力して封印を解き回ったのも、君が彼らに敵視されている理由のようだ。これまでは月読尊のおかげで巫女や呪術師はいなかったが、今回は先読みされたようだ。敵ながら天晴れだ)
要するに今まで敵と遭遇しなかったのは、運が良かったからだと。薄氷の上を気付かずに歩いていたなんて、これほど恐ろしい話もない。いうなれば、地雷原を裸足で駆け抜けるようなもんだろ?
(ていうか、どうしてここでツッキーの名が出て来るんだ?)
(む、それは彼女が……あ)
(?どうした御手洗さん)
(太郎君、君に一つ残念なお知らせがある)
嫌な予感しかしない。
(先ほど君は封印されたといったが、それは我輩にも当てはまるのだ。むしろ、基幹になっているのは大太の封印であり、大太と繋がっている太郎君も大分影響を受けるのだが、そこは置いておこう。問題は今、我輩達がいるのは封印の中で、もっと具体的にいうと地中に引きずり込まれたのだ。人間である君が地中にいれば息なんてできるはずもないから、我輩がそれとなく土の中に含まれている空気を集めて君に供給していたのだが)
(なんとなく想像ついて聞きたくないけど、つまり?)
(我輩眠くて空気作れない)
思ったより深刻な問題だった。石の中にいるではなくて、土の中にいるだったか。それにしても、さっきから息苦しくなってきたな~って思ってたけど、それを聞いた瞬間冷や汗がドッとあふれ出した。どうするんだよ!?このままお陀仏になれってのか!
(今の我輩は少しでも気をぬけばころりと堕ちる。今はそなたとの会話で無理矢理頭を働かしているが、時間の問題だ。だから、すぐにここから出よう)
(出る方法があるのか!?)
(先ほどの一連の会話はそれを話そうとしていたのだ。話が脱線しまくってしまったがな。ああ、眠い……。無駄話が過ぎたな。意識……が……。要点だけ……言うと、我輩がサングラスを……取る。そなたは目……を……ぐぅおおお……くかぁああああ)
(御手洗さん?……御手洗さぁあああああああああああん!?)
最後まで説明してから寝てくれよ!そして、いびきうるせぇ!
てか、このままだとヤバイ!どんどん息が苦しくなってきた!本気で何かしないとヤバイ。
脳は酸素が回らないと停止してしまうから、早く……しないと!
(御手洗さんは何を言おうとしていたんだ?目?俺の目をどうするんだ……?)
焦燥。
これが三回目の命の危機。一回目は前世、あの時は普通に死んだ。
二回目は最近のノーパラダイビング。
そして、今は窒息死。
何度遭遇しても慣れることはない中で、焦りだけが俺を困惑させていく。
――――気付いているか?今君は目を閉じていることに
(これだ!!)
ほとんど酸素が回っていない、朦朧とした意識で思いついたら即行動。御手洗さんの言葉が何の意味を持っているのか知らないが、目を開ければいいのだと、最後の力を振り絞って目をこじ開けた。
パリンッ……と何かが割れるような音と共に、視界が一気に広がった。同時に真ん丸の石みたいな塊が地面に落ちる。触ってみると滑らかで、堅かった。土の塊のようだが、かなり圧縮されたことが窺える。
御手洗さんの言っていた通り、地中深くにいたようで、俺は穴の中にいた。クレーター状に抉られた土の中心からは、星空が見えた。月が円の中心に昇っており、俺のいるところを奥深くまでしっとりと優しく照らしてくれるような光で満たしていた。気が付けば俺は自由に動けるようになっていた。どうやら、封印は完全に破壊できたらしい。
(サングラスがない。御手洗さん、やることはやっていたんだ。ああ、空気が美味しい)
空気のありがたみというものを俺は感じ取っていた。当たり前のものであっても、なくなってしまえば困るもの。空気にはとても大事な価値があるのだ。
今の心境は例えるのなら、サウナから出た後のあの爽快感だ。満面の笑みを抑えられない。
しかし、疑問も残る。何故、御手洗さんは俺が目を開けばこの封印が解けるといったのか?
(どうでもいいか。とりあえず解けたのなら……)
俺はポケットの中からゴミを取り出して握る。木が手からあふれ出す。
地面奥深くに根ざし、天へと向って成長し続ける。俺は、自由に動けないストレスとか息苦しさから解放されたせいか、かなりテンションが上がっていた。
それはもう、類をみないくらいにだ。
だからだろう。俺がイメージした木というのは。
ジャックと豆の木のように大きな木であった。
流石に天にまで届くことはなかったが、周囲を巻き込みながら成長していく巨大樹を見て、俺は少しだけやり過ぎたと反省した。
もう笑うしかないね!
さっき襲ってきた人達、ドン引きしてる。しかも、膝をついてうなだれている人もいる。良く見ると家屋を巻き込んでいて、きっとその持ち主だったんだろう。まぁ、襲われたのはこちらも同じなので、お互い様と言うことにしておこう。こっちは殺されかけたわけだしね。
――――ズグンッ……
「?気のせいか?」
一瞬だけ、右手が大きくうずいたが、それどころではないので無視した。俺は右手に
「すまない皆。僕のミスだ。あいつを、田中太朗を甘く見すぎていた……!」
「馨さんは何も悪くないですよ。しかし、今のでしとめられなかったとなると、ちょっとこちらが不利ですね」
実際はちょっとどころではない。彼の力を封じるものが全て駄目になってしまった今、彼らに残っている対抗手段は尽きた。彼らにできることは、被害を最小限に食い止めて逃げることだけ。後一歩まで追い詰めることができて、何たる様だと誰が罵れよう。彼らは田中太朗のことを良く研究し、その最善の対策をとった。想定よりも常に上で脅威を設定していたのにも関わらず、こうなってしまったのは田中太朗が彼らの想像を遥かに上回っていたからに他ならない。相手が悪かった、そういうしかない。
だからこそ、甘粕の決断は迅速であった。
「私達が全力で時間を稼ぎますので、その間に馨さんは何人か連れてお逃げを」
「な、何を馬鹿なことを!それに大太の封印だって!」
「馬鹿なことでもないですよ。こうなってしまった以上、残る手は逃げの一手のみ。一度体勢を立て直さなければ、全滅します。封印については多分何とかなります。それにあなたは媛巫女、ここで失うわけにはいきませんからねー」
その言葉に、馨は歯噛みすることしかできない。
甘粕の言葉は正鵠を射ている。今逃げなければ全滅は必死。それだけは避けねばならない。そして、馨は日本の呪術界が大事にしている媛巫女の一人。彼女を失っても代えはいない。甘粕は腕の立つ男であるが、しかし彼の代わりはいる。この場での役割ははっきりしていた。
「……行ってください馨さん。何、これでも逃げ足には自身がありますからね。安全を確認できたら、すたこらっさと逃げますよ」
「甘粕さん……」
「早く。いつまでも彼が待ってくれるとは限りませんから」
見れば、田中太朗の右手の指には銃のようなものが生み出されていた。二人はあれの存在を知っていた。だから、何か言おうとした馨の言葉を遮って、甘粕冬馬はせかす。少し逡巡した後、彼女はその場から離れた。
その様子を満足そうに見届けてから、甘粕は彼と向き直る。
「全く、ここ数週間の出来事は例えるなら某シューティングゲームの難易度ルナティックですよ。次から次へと絶え間なく厄介ごとが起こって、今も一歩気を許せば日本存亡の危機ですからねぇ。全く、働くこっちの身にもなってほしいものですよ」
「……東宝プロジェクトか」
「おや、ご存知で?意外にあなたもいける口だったりするんですね。私は西妙寺妖々子とかが好きですよ。あなたはどうですか?」
「……」
「つれないですねぇ」
先手必勝といわんばかりに、甘粕から仕掛ける。
今目の前でしゃべっていたはずの甘粕ではない、もう一人の甘粕が後ろから殴り掛かってきたことに、太郎は目を見張る。
「分身の術か……!」
「それはどうでしょう?」
かろうじて相手の拳を受け止めるも、足場の不安定な枝の上であっては踏ん張れない。太朗は甘粕と一緒に地面へと落ちていく。
「さぁ、最後まで私たちに付き合ってもらいますよ!」
その言葉と合図に、周囲の術者たちが襲い掛かる。
田中太朗はそれを無感動な目で見るのであった。いっそ、ため息をつきそうなほどに無感動な目で……。
「はぁ……はぁ……」
甘粕らと別れた後、馨は数人を引き連れ、森の中を走っていた。あの村までは車に乗って訪れたのだが、その車は太朗の木の成長に巻き込まれて動かなくなってしまった。そのため、今こうして自らの足で駆け抜けなければならないのだが、夜も更けており、森林内という視界もままならない中を走るのは大変である。
それでも彼女達は逃げていた。後悔の念と罪悪感を抱きながら。
(すぐに助けに行くから、それまで死なないでくれよ)
彼女達は知っていた。これがきっと今生の別れにもなると。そして、残った甘粕たちも知っていただろう。そんな決断をさせてしまった己の無力さ、不甲斐なさに馨は歯噛みしながらも、泣くことはなかった。今はそんな場合ではないからだ。まだ戦っている彼らをどう助けるのか、走りながら必死に考えるべき時なのだ。
だが、そんな妙案がぽっと湧き出るのであれば苦労はしない。よくない想像ばかりが浮かび上がるのをどうにかして抑え込んで、あらゆる方法を模索していた。
そんなときであった。
「!?」
一筋の光が正面から差し込んできたのだ。暗闇であった中、急に明るくなれば、その落差に人間の目は追いつけない。すかさず腕で目元に影をつくり、何事かと足を止める。こんな時にとイラつきながら。
「馨!」
「馨さん!」
果たして、聞こえてきたのは二人の少女の声であった。
そしてその後ろからは一人の少年が。
馨に一筋の光が差し込んだ。
話すすまねぇー。
もうちょっと展開を練ることを覚えていかないとなぁ。
そんな感じの第十九話でした。
次回もよろしく!