ガンナーは神と踊る   作:ユング

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く、クマさん!?

というわけでどぞー


第十四話

クマさんに言われたことを吟味する。まず真っ先に気になったことがあった。

 

安心院(あんしんいん)さんというのは、安心院(あじむ)なじむのことでいいのか?親しみを込めて安心院さんと呼ぶように強制してくるあの人でいいのか?」

『あれ、知ってるんだ。でも名前に違和感があるような……?』

 

訂正されなかったということは、どうやら同じ人物を脳裏に描いているということでいいらしい。どこかの教室で、どこぞの学校の制服を身につけ、絶対手入れが大変そうな長くて黒い髪の女。

何故俺が他にあまりなさそうな苗字なのに確認したかといえば、実は俺は一度彼女と会ったことがあるからだ。だからこそ俺はクマさんがその人物の名を口に出したことに驚いた。だってそうだろ?自分の夢に出てきた人の名を他人から聞くなんて、偶然なんてレベルではない。

短いスカートから伸びている黒のニーソで覆われたおみ足がそこはかとなくエロもとい色っぽかったから、てっきり性欲をもてあましているのだと自己嫌悪におちいっていたのだけど、クマさんの口ぶりだと実際に存在していることになる。そういえば、本人も夢ではないよ的なことを言ってた気がする。てっきり、そういう夢かと思っていたけど、俺やクマさんのような超能力者なのかもしれない。

そうすると、あんな事してしまったのは、悪かったかもしれないなぁ。……まぁ本人はピンピンしていたし大丈夫か。

しかし、そうなると穏やかではない。倒す、という言葉は日常生活においてあまり使わない言葉だ。勿論、倒すにしても色々とあるだろうが彼はどんなつもりで言ったのか。例えば運動会とかでライバル的ポジにいる相手と競い合って勝つみたいな感じなんだろうか?

 

「倒すって言うのは?」

『そのままの意味さ。僕がまだ中学生だった時のことなんだけど、僕の過負荷(マイナス)で彼女を封印してさ。その時手に入ったのが大嘘憑き(オールフィクション)で……まぁ詳しいことを飛ばすと完膚なきまでに彼女を螺子伏せたいんだよね』

「何で?」

『……それが彼女の望みだからさ』

 

ふむ、まとめてみよう。色々と意味の分からないことがあるが自分なりに解釈してみよう。

まず中学時代安心院なじむを過負荷(マイナス)、つまり超能力で封印した。そしたら大嘘憑き(オールフィクション)を手に入れたと。あれ、そうするとクマさんは大嘘憑きではない能力を持っている?いや、今は置いておこう。

でも今こうして俺に協力を頼んでいるのは、結果的に出来なかったことが窺える。なぜならクマさんが『完膚なきまで』と強調するくらいだ。彼女にとっては屁のカッパだったんだろう。確かに、前会ったときもそんな節はあった。

で、そもそもクマさんが彼女を封印したのは彼女がそれを望んでいたからで、今もまだ望んでいるからだと。

なるほどなるほど、彼女はクマさんに封印されることを、もっと言えば倒されることを望んでいるようだ。倒す、倒される、ねじ伏せる、ねぇ……。ん?

クマさんに、完膚なきまでに……たおされるのを望んでいる……?ねじ伏せられることを望んでいる……?

…………

へ、変態だ―――ッ!?

よくよく考えてみれば、安心院さん!?あんたクマさんになんてレベルの高いプレイを……!?

それに応えるクマさんもクマさんだよ!?めがね好きにされることを望んだノートン先生よりも欲求がハードさだよ!ノートン先生は動機が仲間のためだったからまだしも、倒してほしいってどんな動機であっても絶対そういうマクドナルドの頭文字的意味だろ!?服の大きさ大中小の中だろう!?

でも普段はクマさんが返り討ちにされてるから小なのか!?そういえばおみ足綺麗でしたね!

じゃあ、何か?安心院さんの欲求を一人で満たせないから俺に協力してくれと?アブノーマル過ぎて付いていけないぞ!どんだけだよ!?

 

クマさんの知られざる一面を知ってしまった瞬間だった。

俺は扉の向こう側の別世界を垣間見たような気がして、思わずクマさんから目を逸らしてしまった。いや、クマさんは俺のたった一人の親友だ。これくらいのことを受け入れる度量を見せなければ。かなりきついけど、見せなければ。いや、ま、まずはクマさんの気持ちを聞かなければ。

 

「クマさんはそれでいいのか?」

『……ふぅ。さすが太郎ちゃん、僕のことお見通しだね。でも、いいんだよ彼女の望みをかなえられるのなら』

「ちゃかすなよ。格好つけんなよ、二人きりなんだ。こんな時くらい本心を言ってみな」

 

これは大事なことなんだ。なぁなぁで済ますなんて、納得いかない。二人の営みに水を指すようなマネ、クマさんだって本心では納得いかないはずなんだ。そして、俺には受け入れる度量はやっぱない!

だから、本心を引き出し、クマさんに考えを改めるように促す!この作戦で行こう。さぁ、クマさん、本心を言うんだ!

 

「彼女を倒したい」

 

それはいつもみたいにへらへらした顔でも、さっきまでみたいなキリリとした顔とも違う、力の抜けた自然な、そしてクマさんらしい顔だった。

 

「負け続けている僕だけど。何一ついいところを持っていない僕だけど。弱点だらけの弱っちい僕だけど。それでも、勝ち続けている彼女に。たくさんいいところを持っている彼女に。弱点なんて見当らない彼女を倒したい!」

 

どこまでも自分を貶し、相手を誇りながらもそれでも倒したいと願う姿。

 

「才能がなくても、努力しなくても、勝利しなくても、卑怯でも、おちこぼれでも、不幸でも、はぐれでも、嫌われ役でも、憎まれ役でも、恨まれ役でも、どんな手を使ってでもいい!非才も怠惰も敗北も落ちこぼれも不幸も嫌悪も憎悪も怨恨も全て混ぜ込んだ『負完全』な僕でも、『負完全』な僕だからあの人を倒して、螺子伏せたいんだ!」

 

そこにあるのはこの世の誰よりも無様な負け犬の遠吠えでありながら、この世のどんな鉱物よりも硬い不屈の心で立ち上がる男の姿であった。そこに彼の信念のようなものが見えた気がした。……思った以上に熱く語られてしまった。

 

「だからお願いだ太郎ちゃん。僕に力を貸して」

 

そして俺に頭を下げた。クマさんそりゃないよ……。

 

「クマさんは俺を見縊っていないか?」

 

ああ、くそ。本当クマさんは畜生!

 

「俺は親にきっちりかっちりとしつけられているんだよ。特に友達は大事にしろってな」

「それじゃあ」

「そこまで言われて手を貸さない奴がいるかよ、こんちくしょう!」

「太郎ちゃん!ありがとう!」

 

人の気もしらないで、いい笑顔しやがって。

とんだやぶへびじゃねぇか!ああ、二人の高度なプレイになんて巻き込まれるつもりはなかったのにな!そんな風に言われたら、断れるわけないだろうに。確信犯だろ絶対に。でも分かっちまったんだよ。

 

「クマさんは安心院さんがそこまで好きなんだな」

『流石にばれちゃうか』

 

やっぱりか……。いや、そりゃ安心院さんのレベルの高い要求に応えるくらいだからそう思ってたけどさ。いつもの笑みを浮かべて、こともなげにいうクマさん。

 

『でも、向こうはそんな風に見てくれていないだろうね』

 

爆弾投下された――――っ!?ヤバイよ!安心院なじむ、あんたレベル高すぎるだろ!?好きでもない相手にそんな要求するって相当だよ!?俺今クマさんの顔まともに見れなくなっちまっただろうが、不憫すぎて!

 

「そうか。安心院さんは相当な天上人なんだな」

『そりゃそうさ。だからこそ倒しがいがあるってもんだろ?』

 

そういって、気取って笑うクマさんは、つくづく尽くす男なんだろうなとしみじみ思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「球磨川先輩!あんた、何が盛り上がるだ!あの後静花たちの空気が氷点下にまで下がって、フォロー大変だったんだぞ!?タロ兄さんまで俺を置いていきやがって!」

『おかしいな~?あの曲を歌えば場は盛り上がるって聞いたんだけどね?そんなデマを流した人が悪い。僕は悪くない。後、逃げた太朗太郎ちゃんは確かに悪い』

「すまなかったな護堂君。それとクマさん、その理屈でいうなら、一緒に逃げたお前も悪い」

 

灯台下暗しって感じに愕然とすんな、当たり前だろうに。

三十分くらいしてから戻ったところ、護堂君が怒り心頭で絡んできた。当然といえば当然だが、元凶のクマさんが何一つ悪びれないのはどういうことなのか。この中で一番図太いのは彼かもしれない。

そして、彼を発端として、被害者の女の子達がそれに追従する。

 

「あれを歌わせようとする人がおかしいんです!なんですか、あのは、破廉恥極まりない歌詞は!」

「セクハラですよセクハラ!ツッキーさんだってそう思うでしょ!」

「妾からすればどれもこれも似たような歌ばかりだったのじゃ。それにもっと恥かしいことを知り合いが……いやなんでもないのじゃ」

『え!もっと恥かしいの!?なにそれ聞きたい知りたい覚えたい教えてツッキー!』

「ええい近寄るなこの蛆虫にも劣るクソ虫が!」

「クマさん、ツッキーの言葉に反応するなって。クマさんも反省しろよ」

『おいおい冗談はよしてくれよ。場を盛り上げるために必要なのは省みないことだよ?反省なんて言葉はそれに真っ向から喧嘩売っているじゃないか』

 

他人にやらせるのではなく、自分でやらないと意味がないけどな。

そもそも、ああいったネタ曲は野郎ばかりの中で歌うものであって、断じて女性がいるところで歌うものでもないし、歌わせるものではない。仮にいたとしても、彼女達のような人達ではなく、もう少しそういうことに理解を示してくれる人でないと無理だ。

とはいえ、結果だけを見ればいい親睦会になったのではないだろうか。見ると女性三人組と護堂君は仲がよくなっている。クマさんと俺はまぁいつも通りだが、そこはいつものことだしな。

宴もたけなわですが、という決まり文句で場を閉め、俺達は色々とゴタゴタはあったものの、すっきりとした気分の余韻に浸っていた。

外に出た時、日がほとんど沈みかけており、ひんやりとした冷気が襲い掛かる。しかし、歌ってほてった身体を冷やすには丁度良い具合であった。

 

「グラさん、グラさん」

 

袖を引かれたので何かと思えば、ツッキーがちょっと寒そうに身体を震わせていた。ほとんど歌わず、途中から子猫を可愛がることにシフトチェンジした彼女にとって、この気温は心持ち肌寒いようだ。

 

「貴様の上着、妾に掛けさせてやってもいいぞ?」

 

上目遣いでこちらを見上げる彼女は、上から目線でそんなことをのたまった。何故俺にそんなことを言うのか?恋人である護堂君に言えよ。と思ったら、当の護堂君は万理谷さんに上着をかけていた。護堂君、君って奴はホント……。静花ちゃんがそんな護堂君に、物申す。俺の中でも護堂君の評価が一部下がる。彼は天然なだけなんだと呪文を唱える。

 

「クロとシロがいるだろうに」

「貴様は妾にこやつらの毛皮を剥げと言うのか!?」

「剥いでも足りないだろうが!」

『その言い方だと足りてたら言ってたのかい?とんでもない人間だよ』

 

生きたホッカイロがいるだけでは足りないらしい。別に上着を貸すことを渋っているわけではなく、護堂君の前でそんなことをするということに抵抗があるというか。だからって、護堂君の前じゃなくてもしないけどな。

しかし、どうしようか。このままだと流れるままツッキーに上着を貸さなければいけなくなる。そうすると護堂君に嫌われてしまう!

どうにか窮地を脱出しようと鋭敏になった俺の感覚器は、くちゅんという音をとらえた。小さく、典型的なその音は、静花ちゃんのくしゃみであった。

 

「静花ちゃん、もしかして寒いのか?」

「えっと、実は少し」

「よし、俺のでよければ上着を貸すよ」

「え、でも」

「いいからいいから、風邪引くからね」

 

遠慮がちな姿勢を無視して、俺は強引に静花ちゃんに上着を渡す。戸惑いながらも、静花ちゃんはそれを着込む。よし、これで上着はなくなった!

 

「グラさん貴様っ」

「ツッキーは神様だから、当然年下に譲る優しさは持っているよな?」

 

言外に『え、まさか持ってないの?』と投げかける。プライドの高いツッキーは当然これを受け止めるしかないわけだ。

 

「み、見くびるな!その程度の懐の広さはあるのじゃ!神を愚弄するでない!」

 

ぐぬぬって顔している。だが、何も言えない。当然だ、なんてったってツッキーは神様で偉いのだから、器は大きいもんなぁ?

 

『うわぁ、太朗ちゃん凄く悪い顔してる』

 

だまらっしゃい。大体護堂君が万理谷さんに上着を渡したのが悪い。そうすればこんなことにはならなかっただろ。

 

『仕方がない。親友のために僕が人肌脱ごうか』

「貴様のはいらん!」

『……』

 

うわぁ、一刀両断しやがったよ。これは酷い。俺は親友のフォローに入る。

ほらほら、笑顔のままクマさん泣かないの。ツッキーは酷いね。でも、それ学生服だろ?ツッキーに貸したら何着て学校にくるんだよ。どの道駄目だっただろ。はいはい、また勝てなかったまた勝てなかった。

 

「もう知らんのじゃ!」

 

怒って、先に言ってしまうツッキー。謎の罪悪感に駆られるが、仕方がない。ため息一つついて、それらを押し出そうと試みる。

 

「よ、良かったんですか?その、ツッキーさんが先に言ったのに……」

「気にしなくていいよ。ツッキーは大人なんだから、どっかで折り合いつけるさ」

 

うちに帰ってからが大変そうだけどな!

 

「神にあんな態度を取るなんて……」

 

万理谷さんが凄く驚いていたのが目に入った。何だろうか?

 

 

 

 

 

 

 

なんじゃなんじゃ。グラさんの癖して!妾を優先しないとは何事じゃ!

ええい、腹ただしいわ!羅刹王との会合で少し見直したと思ったらすぐこれじゃ!あ奴は妾に対する畏敬の念という者が足りぬ!否、無い!無さ過ぎるわ!

むっ?

 

「そうか、ようやく日が落ちるのじゃな」

 

気が付けば一人じゃった。天に月が幽かに姿を現し、日が地平の彼方で沈むのがみえたのじゃ。それでも尚天には太陽の威光が行き届いているのが、さすがじゃ。だが、それも後数分。

数分後にはこの威光から解放され、妾の本来の力が戻ってくる。

しかし昇りゆく月はまだまだ上弦にも満たぬ半端なもの。後、十日いや、せめて一週間を無事に過ごせればよいのじゃが……。

 

「それは難しいでしょうね。月の引力は要らないものまで引き寄せてしまいますから」

 

丁度日が隠れ、太陽の呪縛はなくなりました。『妾』が『私』へと戻る感覚。それは切り替わるようにではなく、器が満たされるような感覚。力が内側から溢れだし、微光を伴い、意識が覚醒する。同時に己の本分へ立ち戻ろうと誘う強い欲求が沸いてくる。

しかし、私はそれを抑えていました。気が抜けるとすぐに『反転』させようとする激情を私は抑えていました。まつろわぬ神としての本分を存分に発揮せよと囁きかける本能に抗っていました。それが(ルール)ですから。

何より、大呪法『大太招来の儀』を発動する条件はまだ満たされていない。昨夜の舞だけでは、不十分。

意識は揺さぶられ、力が十二分にあたえられても、彼らには顕現するに必要な『体』はない。今、彼らの僕使達はそれらを集め封印を解こうと動いているでしょう。

……あの野蛮で粗野な愚弟は言いました。これは『芸舞(げーむ)』だと。

ならば私は(ルール)に従い、己に与えられた使命を全うしましょう。

全ては月が満ちてからです。

 

「おや、あなたは既に目覚めていましたか」

 

ふと結界が張られるのを感じた。墓場のように重苦しい結界。それでいて、如何なる達人であっても、極近くに来るまでは気付かせない恐ろしく隠蔽性の高い結界。

 

ずりずりと何かが這いよってくる音。

壁に巨大な影が映ります。

一見すると人の姿。だが、明らかに違うと分かる異質な存在。

ボロ衣を纏い、その下から見えるのは金属で作られた骨の体。その『骨』という文字が刻まれた顔も金属で作ったしゃれこうべであった。だが、何よりも目につくその下半身がその存在を人から遠ざけていた。彼の腰から下につながれたそれも巨大な骸。あらゆる機械を無理矢理繋いで作った骸であった。地を這うようにずりずりと進むとそれは、人間にとっては怖気を誘うものでしょう。

 

彼は大太の中でも基盤となる部位を担う存在。

あなたが一番のりですね。

お久しぶりです。轟天支える骨(大太の骨)土雲八十建命(つちくもやそたけるのみこと)




私はいい訳をしない。
書きたくなったから書いた。
ただそれだけだ。
だから、私が口にするのはただ一言。

サーセン

それと安心院なじむはわざとです。

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