ガンナーは神と踊る   作:ユング

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知っている人は知っている旧猫世界、現グインです。
またちょくちょく投稿していくのでよろしくお願いします。
以前読んでいてくださった方も、初めて読む方も楽しめるような作品に出来たらなと思います。


第一話

彼らは世間一般で言う不良であった。

学生服をだらしなく着こなし、髪を奇抜な色に染めて、腰にはジャラジャラとチェーンを巻きつけていたり、人によっては耳や鼻に穴を開けてピアスをつけていたりといかにもな連中であった。バイクを乗り回し、他者に暴行を加え、教師や親なんざ関係ないと万引きやカツアゲなど問題を起こしては警察の世話になると札付きのワルであった。当然、地元に住んでいる人たちからは嫌悪の眼で見られていたが、触らぬ神に祟りなしといわんばかりに避けられてもいた。彼らの親もまた彼らの扱いに困っており、肩身狭い思いをしていた。

しかし、そんな悪評すらも誇らしげに掲げ、俺達は社会に束縛されている連中とは違うと主張していた。気に入らないことがあれば我慢せず、国家権力に敗れても心までは屈服したわけではないと不敵に笑う。それはしがらみだらけの社会に対するアンチテーゼだったのかもしれないし、平凡に生きたくはないという彼らの願望であったのかもしれない。

だが、今となっては、もう知る術もない。

何故なら、ある男と出遭ったことで彼らは劇的に変わってしまったからだ。

それこそこれまでの己の行動原理を思い出せなくなるほどに、理解不能になってしまうほどに。

 

―――逢魔ヶ時に遭遇したその男は衝撃的であった。

 

最初にその違和感に気がついたのは、誰であったか。

いつものように後輩から金を巻き上げて、学校を自主退席しては適当にぶらつき遊びまわっていた彼らは、日が傾きほのかに赤く染まっている道を連れ立って歩いていた。

勿論、夕方になったから家に帰るなんてことはなく、むしろ彼らの時間はここからだといっていい。これから来る夜の時間に、彼らだけの時間に心なしか浮き足立っていた彼らだが、ショートカットするために公園を横切っていた時、ふと周りの様子がおかしいことに気が付いた。ふざけながら歩いていたので、最初はそれが何かが分からなかった。だが、道を歩いていくうちにその違和感の正体に気付く。

静か過ぎるのだ。

いつも聞こえている音が無くなったかのような、そんな静寂。

まるで世界に俺達だけしかいないような、奇妙な感覚。

いや、何よりもまだ夕方なのに自分達以外の人影が見当たらないことが何より不可解だった。この公園は広く、いろんな人がたくさん来る。影ではカップルがちょめちょめなんてこともあるくらいだ。実際さきほどまでは結構な数とすれ違っていた。だが、今はその影すら見えない。

あまりの異常事態にその場で立ち尽くす彼らの耳は、かすかな音を拾い上げた。

地面を踏みしめる音だ。

どんどん近づいてくるその音は、前方から聞こえてきた。

ザッザッと、普段は意識もしないただの足音なのに、殊この静寂の世界においては恐ろしく強調されていた。

やがて、彼らの目の前の一つの影が現れた。

風景から浮いているようなそんな違和感。よくある怪談話に似た状況が彼らの心臓を跳ね上げる。だが人影が近づくにつれて、安堵のため息をつく。あることに気がついたからだ。夕日の影に隠れて顔こそ見えないものの、その人影は男で、どうやら彼らと同年代であること。その男は学生服を身に纏っていたのだ。

要するに彼らはちょっと変な状況に陥って冷静な判断を見失っていたのだ。だがふたを開けてみれば、別にどうってことはない。たまたまだったのだと安心する。

 

状況が自らの認識の外を行く未知なる非常識でなく、自らの知る常識内に当てはめることができることが彼らの緊張を和らげる。

だからこそ、その反動が目の前の人影に向くのは必然のことであった。

八つ当たりである。相手は学生。しかも都合のいいことに一人であり、お金をせびるにはいいカモである。不良たちはビビッてしまった自分たちを塗りつぶすように、矛先を相手へと向け、にやにやと顔をゆがめながらその足を前へと動かす。

 

瞬間、彼らは圧殺された。

手も足も腕も顔も胴体も、身体のあらゆる部分がふかしたジャガイモのようにたやすく、あっさりと潰された。

―――そう錯覚した。否、錯覚させられた。

 

気が付けば全員座り込んでいた。中には嘔吐する者もいた。失禁する者もいた。だが、それを咎める者も嗤う者もいない。そんな余裕など吹き飛んでいる。目があった瞬間死を錯覚させられた。漫画ではなく現実で、それも恐ろしくリアルに。

平和な日本の中に生きていて、そんなものに耐えられる人間は少なくとも彼らの中にはいなかった。

もはや彼らには、身体を震わせるしか出来ない。逃げることは愚か、立つことも動くことさえ出来ない。ともすればショック死していた可能性も考えると、むしろ全員息をしていることは奇跡だろう。

そんな不良たちのあられもない姿を見ても、男は尚少しも歩みを止めない。

まるでそれが当然の如く、堂々とした足取りで歩く。

 

不良たちに近づくに連れて、明らかになっていくその容姿。

不良たちは確信する。

 

こいつだ。

公園の異常なまでの静けさ。この男こそがその原因であると。

 

夕闇の影に浮かぶ眼光。そこから放たれる威圧。

 

これは文字通り威圧だ。殺気なんてちゃちなもんなんかじゃない、威圧だ。

そうとしか、この現象を表現できる言葉を不良たちは持ち得なかった。

事実、その表現は的確であるといえよう。

彼が一歩歩くたびに、木々が軋み、空間が悲鳴を上げる。これが錯覚だとは思えなかった。こいつは、世界を威圧している!

 

普段は平穏に暮らしているであろう虫や我が物顔で散歩をする猫達動物が見当らないのは、この男の放つ威圧に恐れをなしたからだ。そして、不良たち以外の人間がこの場にいないのもきっと同じ理屈に違いない。思えば、すれ違っていた人々は只ならぬ様子であった。そして、俺達と違って逃げ出せたのはこいつが姿を現す前に気が付いて、一目散に逃げ出したからだ。そのことに気がつきはしても、もはや意味のないことであった。今更後悔しても、もう全てが遅すぎた。

 

もうこいつの『眼』から逃れられない。

否、こいつの『眼』から目を離せない。

 

―――――ああはなりたくねぇ・・・。

 

そう、呟いたのは誰であったか。いや、本当に呟いたかどうかさえさだかではない。しかし、それは誰もが心のうちに思い浮かべたことだった。

それは人が息をするがごとく自然に、そして当然に思い浮かんだ。

何一つ疑問を抱かず、さながら子供が理屈なしに納得するがごとく、彼らは頭でなく本能で理解していた。嫌悪と恐怖の目で彼を見ていた。普段自らに向けられる目と同じ目で彼を見つめていた。

 

どう生きれば、いやどう生まれればあんな『眼』になるというのだろうか?

前髪に申し訳程度に隠れているだけで、不良たちの目には彼の眼がはっきりと映っている。

三白眼というには余りにも鋭すぎ、光を映さない死んだ眼というには余りにも暗すぎ、あらゆる負の感情が見え隠れしているというのに、余りにも整いすぎている男の眼が。

 

あんなの、あんなおぞましいもの人間がしていいものじゃない。なのに、こいつは化け物じゃなくて人間だ。そして、あれは俺達の行きつく先の果ての果てのその果てだ。

不良たちはそのことを本能的に悟った。

 

そして同時に自分自身の目に対して、言いようもない不安を抱く。万が一もないのに、万が一の可能性を考えてしまったからだ。今、目の前にいるこいつの『眼』だけは自分にあってほしくない。どれだけ悪業を働いてもあんな目つきになるとは思えないが、一瞬でもその可能性を考えてしまった時点でもう彼らはこれまでやってきた己の行いになんら魅力を見出せなくなってしまった。ほんの少しも、あの目に近づきたくないという拒絶反応が全身を襲う。

 

こんなものいつまでも見ていたいものではない。

しかし、自分の目が男を視界に捉えるのをやめてくれない。目が目の前の男から離れてくれない。いっそ意識を失いたいというのに、その意識が無理矢理男に向かってしまう。

 

ああ、闇が、混沌が、暗い暗いクライくらい・・・・・・

 

「ふひゃ・・・ふひ・・・・ふひゃはははははあは・・・・」

 

笑い声が聞こえる。幻聴なのか、誰かが笑っているのか、それとも自分で笑っているのか。

精神が壊れたのか、はたまた精神の安らぎを求めるために無理矢理笑っているのか。

分からない。分からないわからないわからないわからないワカラナイ・・・・・・

闇がより一層その濃さを増した。

きひっ、きひひきひゃはあ。誰も彼もが堰を切ったよう笑い出した。

男は一瞥もせずに、彼らとすれ違う。彼らの存在など気にもかけていなかった。

男が公園から姿を消しても虚ろな笑い声が響いていた。

警察が彼らを保護するまでずっと、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺には前世がある。

などと臆面も無くほざく奴がいた日には間違いなく正気を疑うものだが、いざ自分がその立場になって見るとそう言っていられなくなった。しかし、なるほど、実際に経験してみてなんだが、やはり信じられるものではない。今までの常識を覆すこの現象を受け入れまいとして常識が非常識を拒絶し、それでも現状がそれを事実として物語っているわけなのだから、無理矢理にでもねじ込まれていく。ならいっそのこと認めてしまったほうが楽だ。

 

この俺田中太朗には前世がある。

うん、改まって宣言するとやっぱり恥かしい。事実であるというのに、なんともいえない羞恥心はまるで自分が特別な存在であると思い込んでいたのが、年を重ねるにつれてそうではないと自覚し、社会人になってもふとした拍子に思い出してしまう、そんな黒歴史のようなものだ。何故大人になってまでこんな妄想染みた現実を考えなければならないのか。しかし、俺は悪くない。

 

悪いのは、鉄骨の雨を降らせた建設業にいそしんでいた人たちだ。それが原因で俺は死んでしまい、その先で神を名乗る存在に出会い、流されるままによくあるネット小説のようにテンプレなやりとりをして適当な世界に転生させられたのだから。

何かが切れる音がしたと思ったら、轟音と共に振ってくる影を見たときの絶望感といったらなかった。視界に映る全てがスローになり、俺は呆然と立ち尽くしたまま圧殺された。

救いといえば、痛みもない即死で逝けたことだろうか。

ああ・・・だけど、明日はくるものだと信じていたのに何の前触れもなくこうして死んでしまったという事実は、俺の気分を最悪にさせる。俺には未練というものはほとんど無かったけれど、それでもあるにはあったのだ。

前世に残してきた未練。それは、両親の存在。

みんなに嫌われる俺を二人は愛してくれた。一時期荒れたときもあった。引きこもった時もあった。二人に迷惑をかけるだけ、かけてきた。

叱られたことも、殴られたこともあった。泣かせたこともあった。

それでも二人は見捨てないでくれて、俺が成長するのを待っていてくれた。

そして、何の恩も返すことも無く勝手に死んでしまった。

一体俺という存在は何だったのだろうか。

無意味に生まれて、無関係に生きて、無価値に死ぬ。まさにそんな言葉を体現したような人生だった。

 

遠く離れた場所どころか、世界をまたいでしまった今、二人とはもはや一目見ることも一言話すことも叶わない。

元の世界にどれだけ似通っていようが、この世界には二人はいない。

俺がどれだけ二人に救われて、どれだけ二人に感謝していたのか、それを伝える手段はなくなってしまったのだ。

もはや後悔の念しかない。そんな不幸な事故にあってしまった自分の不運と不幸と不甲斐なさに、涙がこみ上げる。

 

だから、せめて今の両親だけでも、たとえ誰に自己満足だといわれようと恩を返そうと思った。前世の知識というアドバンテージをフル活用し、親が皆に誇れるような職業に就こうと小さい頃から勉学に励んだ。公務員にでもなれば、今の両親もかつての両親も喜んでくれるだろう。

ああ、だけどなんだろうなぁ、このこみ上げてくる空しさは・・・・。

 

「そう簡単に割り切れるもんでもないよなぁ」

 

そう呟いて、ため息をつくのであった。

暗い方向へと向かう思考を切り替えるために、目の前に集中する。

気が付けば、いつも通る公園前まで来ていた。

 

「相変わらず人の気配がないな」

 

学校から家への帰路の途中にあるこの公園を、俺は近道のつもりで毎日通りかかっているのだが、まだ夕方であるというのに人気がほとんど感じられないというのは一体どういうことなのだろうか。ここそれなりに広いから場所によっては人がいるかもしれないけど、それにしたって静かだ。普通は連れ立って帰る親子とすれ違いそうなものだけど。

まぁ俺にとっては都合がいいけどね!

 

そう、この静けさは俺にとっては好都合なのだ。何故なら、俺は生まれつき目つきが悪い。それこそ出会い頭に人に悲鳴を上げられるくらいに悪い。前世でもこれのせいで俺は嫌われていた。神様に普通の目つきにしてくれとお願いしておくのだったと後悔するくらい悪い。むしろ、悲しいまでにパワーアップしている。

そのため、この目つきの悪さを隠すためにサングラスをかけている。学校でも勿論許可は取っている。というか、むしろ推奨された。解せんことはないけど、釈然としない。

 

だから、人がいないこの公園は俺にはとっても落ち着く場所なのだ。誰ともすれ違わないから、安心して堂々と歩いていける。サングラスもここでは外せるのだ。てか、夕方ってほのかに暗いからサングラスつけると視界が暗すぎて危ないしね。

というわけで早速ここまでの道中つけていたサングラスを外し、中に入る。

やっぱり人気ないなぁ。

見慣れているため、特に見るところもないのでさくさくと進む。

しばらく歩いていると前方に人影が見えた。結構な人数いたが、そんなことよりもこの公園に人がいることの方が驚いた。それだけ人がいる状況は珍しいのだ。

とはいっても、珍しいだけなのでそのまま足を進めていく。

近づくにつれて、様子がおかしいことに気が付いた。

その人たちは全員明らかに不良だった。もう見た目からして不良だった。自分も人のこと言えないがこいつらは明らかに不良だった。服装もそうだが、何よりも。

 

「けひっ・・・けひぇへっへっへ」

「あひゃひゃひゃ」

「うひひひひぃ」

 

全員、正気を失っていたのだ。しかも寒そうに身体を震わして。

明らかに怪しい小麦粉的なものをやっているに違いない。そうでなければ、こんなに状態になるはずがない。

虚ろな眼をして、何が楽しいのか笑っていた。もう時間帯と相まって不気味だった。とても怖い。しかも何が怖いって、俺の足音に反応したのか、全員こちらを見て笑っているのだ。

とりあえず、見られたからには、こちらも見返すしかない。

相手が不良だということで睨みつけることにした。いわゆるガンつけだ。常人であれば、ただの挑発行為も俺の眼にかかれば話しは別だ。俺のことはガンナーと呼びな。

などと胸中でふざけていると、不良たちは狂ったように笑い出した。

日常に潜むホラーって奴を垣間見た気分だ。どうやら、俺のガンつけが悪い方向に作用してしまったらしい。

とりあえず、ここに放置するわけにもいかないので、携帯を取り出して警察に任せることにした。

 

公園で久しぶりに見た人たちがアレな感じだったのにやるせなさを感じつつ、俺は公園を去った。

襲い掛かってこなかったことに安堵のため息をつきながら。

 


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