遅れてしまい申し訳ございません。
任せてください! と、威勢よく言ったはいいものの。
俺は早くもグロッキーに陥っていた。
それもその筈、まだ知り合って数日、会った時間にすれば一日にも満たない時間しかともにいない中相手がいる場所に検討など付けられる訳もなくましてや土地勘もない。
ぐるぐるぐるぐる、同じ所を行ったり来たり、知らないところに行ってはまた迷いを繰り返しては疲れ果てていた。
「お、俺って方向音痴なのかもしれない……」
ようやくその発想に至った。
いや、だってこの多目的室なんてもう七回くらい見てるよ。
そうだ、きっと焦る余りに余裕をなくしていたに違いない。
落ち着いてもっかい探してみよう。
見落とさないようにしっかりと。
一度深呼吸をし、切り替える。
まず多目的室がここな。よし、いない。
足を進める。
んで3-Aの教室はここだろ? で、絵里さんは居ないと。
また足を進める。
それで3-Bがここか。会長はいない、と。
また足を進め、
次が3-Cだな。ふむ、ここもいない。
先を見据えて歩き、それでここが―――。
『多目的室』
「いやなんでだよ! これはもはや迷うってレベルじゃねぇよ! 俺は次元の狭間にでも迷いこんでんのか!?」
思い切り声を上げる。
あれ!? おかしいな。おかしいな!?
走る。
目まぐるしく視界に入るその部屋を表す表示が変わっていく。
多目的室――3-A――3-B――3-C――多目的室。
「ぬぁあああああああ!!!???」
流石に地面に倒れこみ地面を殴り始めた。
「この学校どうなってんだよ! 歴史ある学校だからって何でもしていいと思うなよ! アニメ化したらどう責任取るつもりだ!」
手の込んだ嫌がらせにも程があるわ!
なんて思っていると手前に見える階段。そうだ、普通にここから降りればいいんだ。
そう思うやいなや階段を駆け下り下へと目指す。
「うおおおおおお!」
駆け下り、時にはジャンプし、とにかく急ぐ。
そしてついたその先には―――。
『暗黒の神殿 Lv90』
「出てくる
そこにあったのは如何にもと言った風情あふれる漆黒の素材で作られた建物。
城と言っても過言ではないその広大な建物はまさに見る者を圧倒し、恐れを与える。
「いやいやいや! そう言うのじゃないから! 何当たり前に描写入ってんだよ! まずここ学校だから! 学校だよな!?」
突っ込むも帰ってくる声は無い。
よく見れば帰り道も見えなくなっていた。
「くそ、どうすれば……!」
頭を抱えて悩んでいると、その神殿の手前にある立て札にはこうあった。
『恐れるな。その恐れこそが君の敵だ。
負けるな。その弱さこそが君の弱点だ。
逃げるな。その甘えこそが君の罪だ。
さぁ――戦え。己の力全てを掛け、この世界を救え。この地に眠る邪神ガルファザード・ルフキメスを倒せるのは君しかいない。そして手に入れろ。―――この扉の先こそに、君の望むものがある』
「……そう、か」
悩んでいた事が、そのメッセージを見たことによってアホらしく感じられた。
「……ふ、レーベル違いとか、ジャンル違いとか、そんなことは関係無いんだ! えぇ、やりましょう! そして、待ってて下さい絵里さん! 今すぐ迎えに行きますから! 待っててください!」
目に強い光を宿し、神殿の重厚な扉を開く。
そして制服の袖を捲り、走り出した。
光のある方向へと、足を止めることは許されない。
さぁ―――行け。
「うおおおおおお! 俺の冒険はまだまだこれからだぁ!」
待っててください! 今すぐこの俺、杉崎鍵があなたを迎えに参ります!
◆
一方その頃。
「はぁ……」
本日何度目になるか分からない溜息が口から漏れる。
今日は生憎の曇り空。
まるで私の心のようだ、なんて言うのは詩的すぎるかしら。
場所は校庭の隅。私が生徒会に入ってから見つけた、穴場的スポットだった。落ち込んだり、悩んだりしているときはいつもここに来て、この岩に座り込んで空を見ていたりする。
ここしばらくはご無沙汰だったけど……変わらないわね、ここは。
なんて。
自嘲気味に口の形を歪めてみても気分は一向に晴れることない。
寧ろどんどんと胸に押しかかる不透明な重みが増していくようにも感じられた。
“『自分の私情を挟むのは良くないですよ』”
未だに脳内にリフレインする彼の言葉。
その通りだった。
なんて、なんて浅ましい人間なのだろうか。
自分が許されなかったが故に、自分は認められなかったが故に吐いた言葉。
高坂さん―――いい娘だと思った。本当に学校が好きなのだと思った。学校が好きで、失くしたくなくて、だからこそ行動に出れるような、良い娘だった―――だからこそ、許せなかった。
私だって私だって私だって私だって私だって―――私だって。
「失くしたくない……この学校を、廃校になんか……!」
でも、許されない。
“『あなたは生徒会長なのですから。今いる環境の維持に努めてください”
連動して思い出される否定の言葉。
それは理事長からの言葉であり、逆らうことのできないモノ。
「なんで……どうして……」
分からない。生徒会長として学校を無くさないように力を尽くすことは間違っているのだろうか?
この私だからこそ率先して、先頭に立ち何かしらの行動に出るべきなのではないのだろうか。
それこそが生徒会長だと思っていた。
いや、思っている。
「こんな事なら……生徒会長なんて……」
「ならなきゃ良かった、ですか?」
「ッ!? 杉崎く……じゃない!?」
そこにいたのは杉崎君にも似たまるで体格の違う誰か。
所々が破けていたり……これは、斬られたような跡? があったりするが間違いなくこの学校の制服であるが……こんな生徒は知らない。
あ……感覚的には胸に北斗七星の傷跡がある男のような顔をしているわ。
「あ? え、あぁすいません何でも無いんです……《我が深淵なる神の力よ。その一端を我に授けよ》……っと、こんなもんですかね? ほら、分かりますよね? 杉崎です杉崎」
「いやいやいや! あり得ないでしょう!? 今のは完全にメタモルフォーゼの域よ!? というか今の詠唱何!? あなた魔法使いなの!?」
「ははは、魔法だなんてそんなことあり得ないですよ。何いってんですか絵里さん……っと、魔力使いすぎたかな(ボソッ」
「魔力!? 魔力って今言った!?」
「そ、そそそそそんなこというわけないじゃないですかやだなぁ! あはははは!」
「分り易すぎて寧ろ嘘臭い!」
「まぁ気にしなくていいですよ。魔神ガルファザード・ルフキメスなんてこの世界には居ませんでしたしまさかあんな所で《残響死滅》兄さんなんているわけもないですからあははははは!」
「なんかよく分からないけど気になり過ぎてもう気にならないわよ!」
そんなやり取りをおいて。
「迎えに来ましたよ、絵里さん」
「……そんなもの頼んでいないわ」
実は少し寂しくなってきてた所だけど、そんなこと言うわけない。
「そうですか……なら、横いいですか?」
そんなことを言いながら、了承もなしに勝手に座り込んでこちらに手渡してきたのは温かい缶のココアだった。
……今日は少し肌寒いくらいの気温だったから、制服以外着ていない私には丁度欲しいものだ。
「なんつーか、絵里さんの生徒会長って大変そうですね」
「……どうかしら」
そう思ったことは、ない、ことも無い。
確かに忙しい時期が来れば二人しか居ない生徒会はかなり大変だが、別に嫌だったかと言われると首を傾げる。
「思っちゃうんですよね。もっと肩の力抜いて、普通に、楽しくすれば良いのにーって」
「そんなこと」
出来るならやってみたい。
一瞬声を荒らげそうになるが、なんとかそれを喉にとどめそこで言葉を打ち止める。
なんの気も知らないで勝手なことばかり言う彼に段々と苛つきが募り始める。
「だいたい、何なのよ貴方……何も知らないくせに」
私とした事が珍しいと思った。
確実に今私は彼に対して当たっている。
行き場のない怒りをただ、無関係の彼にぶつけているのだ。
そう気付いた瞬間に自己嫌悪に苛まれた。
何やっているんだ私は。
生徒会長なのに。
「えぇ、何も知りませんよ」
だけど彼は言った。
散々害意をぶつけられたにも関わらず、彼は胸を張って言った。
「あなたの事情なんて、悲しみなんて俺は何一つ知りません。―――でもだからこそ、言えることってありません?」
「……ないわよ」
「そうっすか。ならまぁいいですけど。でも絵里さん。いつまでそんなことしてるんです? 勝手に一人で悲しんで、一人で憂いて。あなたがこの学校で出来ることなんてありませんよ?」
その言葉がスイッチだった。
一番、今、何よりも言われたくなかった、触れて欲しくない逆鱗に彼は問答無用で触れてきた。
「―――い」
すると、どうなる。
「い、いいかげんにしてよ!? なんなのよ! あなた一体何なの!? ただの一年生が一体私に何が言えるのよ! あなたは良いでしょうね、えぇ! この学校が無くなればまた別の学校へ行けばいいんですから! ―――でも私は違うのよ! 生徒会長なのよ! この学校を無くすわけには行かないのよ! 絶対に! 絶対に! 私は! 私はぁ!」
「でも、無理ですよ」
「―――――」
激怒に対してノータイムで帰ってきた言葉はそれだけだった。
本当にそれだけ。
見も蓋もない、ただ当たり前の事実だった。
「貴女がいくら嘆こうが焦ろうが、廃校になるもんはなるんです」
「そんなことは知ってるわよ! でも」
「でもじゃないです。 これは情状酌量なんて答えはありません。あるのは廃校になるか、ならないかの二択です」
「そんなことは」
「分かっていたなら、こうなってませんよ」
「…………」
「ねぇ絵里さん。あなたは何なんですかね」
「……あなたが呼んでる通り、生徒会長よ」
「そうっすね。でもじゃああなたは生徒会長でしかないんでしょうか?」
「…………」
「いや、そうじゃない筈だ。あなたは生徒会長であると同時に絢瀬絵里っていうこの音乃木坂が誇る生徒の一人でもあるはずです」
「……生徒会長の資格すらないと言いたいの?」
我ながら随分酷い物言いだと思ってしまう。
「いえ? ただ、なんで一人の女の子だけがこんな苦しんで悲しまなきゃいけないんだと、俺はそう思ってます」
「……え?」
思考が一瞬、停止した。
「廃校ですよ? 廃校。そんなもん、生徒会長が何かしてどうにかできると思ってるんですか? 正直、そんなことは無理です。―――そんなこと分かっているのに、そのことに気付かず、誰も守ってやらない。そんな環境が嫌だっただけです」
その表情は怒りにも似たものが宿っていた。
あぁ、彼は本当に今私の為にその感情を抱いていると、それが本気だという事がわかってしまう。
「無理でしょう。辛いでしょう―――だから、頼って下さいよ、“絵里先輩”」
「あ………」
絵里先輩。
久々に呼ばれた名前だと思った。
今では皆が私を会長と読んでいたから、まともに名前を呼ばれるなんて随分なことだった。
「笑っていいじゃないですか。ふざけていいじゃないですか。楽しんでいいじゃないですか。―――だって貴女は生徒会長である前にただの女の子でもあるんだから」
そんな目で見ていてくれたの、彼は。
疎ましいと思っていた。邪魔だと思ったこともあった。
それなのに。だというのに。
彼はただひたすら一途にそうやって私のことを見ていてくれた。
「尊敬してますよ。絵里さんはすごい人です。ほんと綺麗だし可愛いし、勉強もできてスポーツもできて、凄いなぁって色んな人から話を聞くたび思うんです。でもだからって何でもはできないじゃないですか。助けさせて下さいよ」
「そんな……だって……」
こんな酷いことしていたのに。
そんなことをしてもらえる資格なんて。
「希さんだって、凄いずっと寂しそうにしてたの気付いてます?」
「希が……?」
「えぇ、気を使って絵里さんいる時は気丈に振る舞ってますけど、居なくなったりしたらすぐに寂しそうにしてます」
「そう、だったの……」
「ですから! 一緒にやりましょう! 生徒会室で三人で話し合うんです! どうしたらいいか、廃校にしないためにはどうしなきゃいけないか!」
「……え?」
今生徒の力でなんかできないって言ったばっかりじゃない。
「出来ないかもしれませんが、一緒に考えたいんです。絵里さん一人で抱え込んでまた希さん悲しませるつもりですか?」
「……しないわよ」
「ですよね? なら、沢山話しましょう! 思い浮かばなくなるまで話して! たまにふざけたりして! それでいいじゃないですか!」
「それでいいのかしら……」
「いいんです! 寧ろ絵里さんは考え過ぎです。シワ増えまンガッ!?」
「何か言ったかしら?」
「い、いいえ」
即座に動いた右手を元の位置に戻す。
「ほら、なんか色々グワーって言ったら楽になったでしょ?」
「……たしかに、そうかも」
「申し訳ないです。人の気持ち考えないようなこと言って」
「……いいわよ。……寧ろ、ごめんなさい。私が間違っていたわ。本当にごめんなさい」
「お!? 絵里さんまさかデレました!? 付き合ってくれるんすか!?」
「本当にごめんなさい」
「傷付いた! 絵里さんの胸の谷間より深ぐべらぁ!?」
ノータイムで拳を打ち出した。
「調子に乗らない」
「ひゅ、ひゅいまひぇん……」
そんな様子にクスリ、と笑みを零して立ち上がる。
だから。
「ありがとう」
聞こえないくらい小さな声で、一言呟く。
「え? なんか言いました?」
「いーえ? ほら、戻るわよ! あなたも役員でしょ!」
「! はい! ってちょっと会長走るのはずるいですよ!」
直接は恥ずかしくて言えないから、ここで言わせてもらうわ。
ありがとう
私を見てくれていて、ありがとう。
私を心配してくれて、ありがとう。
でも。
でも私はやっぱり一番前を歩く。
生徒会長だから。私は私が生徒会長である事を誇りに思っているから。
みんなより一歩前を、進んでいくの。
でももしまたこんな事があったら貴方は、また私の前を歩いて立ち塞がってくれるかしら。
私の背中だけではなくて、私を正面から見つめてくれるかしら。
もしまたこんな時があったらその時こそ必ずこの言葉を伝えさせてもらうわ。
でも。
でも今だけは。
せめて―――この顔の赤みが引くまでは一番前を走らせてはくれないかしら。
ハラショー姉「杉崎く……誰だ貴様!」
鍵Lv99「俺の名前……フッ、もう忘れてしまったよ」ドドドドド
ハラショー姉「殺気が膨れ上がる……! こちらも気を抜いてはおれん……リミッター解除ォ!」
鍵Lv99「ほぅ? 己の力のみでその領域まで至るとは……じっくり楽しんでやろう」
ぶつかる肉体! 迸る汗! さぁ、勝負の行く先は一体どこに!
次回! 杉崎死す! デュ○ルスタンバイ!
ごめんなさいふざけました。