楽しんでいただけたら幸いです。
やばい。
やばいやばいやばいやばい。
のっけからそんなことしか言えない俺―――杉崎鍵だが、こう見えて割とうまく今までやってきたつもりだった。
なんだかんだ。
なんとかかんとか、今までやって来たつもりだった。
そりゃ勿論あの頃の話なんてことはなく、ここ最近、言うなれば高校二年生位からは―――割と出来てたつもりだった。
間を取り持ったり、場を取りなしたり。
怠慢にも程があると言われるかもしれないが、そう感じていた。
しかしそれがどうだ。
ようやく音が鳴り止んだ
『不在着信:999件
留守番アリ
火神北斗』
「ひぃっ」
―――正直今回は詰んだ気しかしない。
火神北斗。
今期生徒会のメンバーの一人、活発そうな見た目と明るく誰とでも仲良くなれるその性格で周囲をも明るくしてしまうその様子は我がクラスの星空さんにも共通する部分があるが―――こいつは違う。
それだけじゃない。
省略させてもらうが、なんというか、素がやばいのだ。
殺されかけた。それも一度や二度じゃなく。
ヤンデレ。
言葉に表すならまるで正しくその通りで―――しかしその枠組みにさえ有り余る行動力を持った女の子なのだ。
故に。
震える手で留守電の表示をタップし、一番上から再生を始める。
『センパイどこ行っちゃったんスか? ねぇ、ワタシを置いて行くなんて……まさか、他の女? まだハーレムなんて、そんなこと言うつもり? ……ゆるさない』ピッ。『あはは、センパイがそういうつもりならそれでいーんスよ? ……こっちにだってやりようはあるから』ピッ。『今日生徒会のみんなと話し合いました。フフ、友達って良いっスよね? ……どんなことでも協力出来て』ピッ。『待っていて下さいねセンパイ。きっとセンパイなら喜んでくれるッスよ? きっと嬉しくて嬉しくて泣いちゃいます。涙を流して、喜んで、従ってくれます。そうッスよね? ぷっ! あはは! ふふふ! なーんちゃってッス! 驚きました? えへへ、わかってるッスよ、センパイの事は。 ちゃんと全部ぜぇーんぶ。だって』ピッ。
『―――いつでも貴方を見てるから』ピッ。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ。
あ、あれ? おかしいな? ふ、震えが止まらない。
大丈夫だ安心しろ何も怖いことなんて無いあぁそうだと言うか真儀留先生に伝えておいてくれって頼んでおいた筈だぞ? そうだよな? うん、うん、確かそのはずだ。
何かの間違えなんだそれ以外の何物でもないそうに決まってるよし今日も頑張ろうQED(証明終了)!
夜中鳴り止むことなく響いた『セーンパイ♡ 火神ッスよ? セーンパイ♡ 火神ッスよ?』といういつの間にか入れられていた着メロが百回を超えたあたりでただの恐怖に切り替わった。お陰で今や空が白んでる。
「取り敢えず……今度謝りに行こうか」
何故だがそんな決心をし、寝る気分でもなくなって起き上がる。
眠い眼をゴシゴシこすり背伸びをして。
「今日もいっちょ、頑張るか!」
声を上げた。
◆
今日は運が悪いのかもしれない。
いや、かもしれないではない。昨日の夜から朝にかけてあんなことがあった時点でその運の悪さは認めるべきだった。
まさかそれだけではなく、
「認められません」
「なんでですか!?」
なんて、そんなやり取りが目の前で繰り広げられているのだから。
冷たい声でバッサリと相手の言葉を一刀両断するのは我らが生徒会長絢瀬絵里さん。
対するは燈色の髪の毛を―――ん? あれ? あぁ! この娘気絶した美少女か!
俺はその事に気付くも彼女はあまりに熱中しすぎてこちらに気づきもしていない。
よくよく室内を見てみればそこには海未さんとあの幼い顔の娘がいる。
テンションを上げて話しかけてもいいんだけど、そういう雰囲気じゃないよなぁ。
そう思い一応二人に向けて目礼をし希さんに目を向ける。
ちらり、と横目でこちらを見る希さんとたまたま目が合った。
その目が一体俺に何を伝えたいのか、分からない。
ただその目に宿るのはいつものおちゃらけたような雰囲気ではなく、静謐な熱が篭った、信念の籠もったものだった。
「部活は同好会でも何でも最低五人のメンバーが必要です。署名を見たところ三人しか居ない部は設立できません」
そこに絵里さんの声。なるほど、部の設立問題か。とようやく得心を得る。
「で、ですが他の部でも五人以下のところなんて―――」
「確かにそうやな。でもその部も勿論他の最低数以下の部だって設立時は五人以上いたんよ?」
「ぅ……」
まるで予測していたかのように希さんが被せるように言葉を紡ぐ。切り返せなかった事に海未さんは顔を顰め俯いた。
「だから、あと二人見つけんとね?」
「……希?」
先ほどとは打って変わって、その声は優しげだった。その言葉に絵里さんは眉を顰め、咎めるように名前を呼び、その呼びかけに対して希さんはちろりと舌を出して手を合わせた。
「……分かりました」
そして、声が上がる。
「五人以上いれば、認めてくれるんですよね?」
「原則、そうなっています。……ですが、高坂さん」
「な、なんでしょうか?」
「貴女はどうして今、この時期に限ってこんなアイドル部なんていうものを設立するつもりになったの?」
その言い方は、絵里さんらしくなかった。
少ない日数ではあったが、絵里さんが人格者であることは理解できた。自分に厳しく、常に自分を律し、周囲を導こうと常に先導を切る、そんな人間。
時に見せる優しい笑顔は人を魅了し、時に見せる真剣な表情は勇気を与える。
そんな姿を見ていた。
なのに。
今の彼女の表情は、見るまでもなく曇っていた。
そんな無遠慮に無愛想な一つの言葉に対して彼女は言葉を返した。
「スクールアイドルって生徒会長さんは知ってますか?」
なんて。
「……えぇ、まぁ」
そう苦々しくも絵里さんが言葉を返すととたん彼女はにこりと笑みを浮かべる。
スクールアイドル。それは今流行りのアイドルのカテゴリーだ。言ってしまえば学生“兼”のアイドル。学校という環境に身を置きながら、自分たちでダンスの振りをつけ、歌詞を作り、音楽を奏でる。
勿論俺は知ってる。大好きです!
「えへへ。この前UTX学院って所で見たんです! A-RISEっていう今凄い人気のスクールアイドルがいて、閃いたんです! これなら出来るって! これで沢山人気になって、頑張ればきっとこの学校に沢山の人が来てくれるはずです!」
「つまり、この学校を廃校にしないために、と?」
「はい!」
「そう。―――なら、なおさら駄目ね」
「え?」
空気が凍る。酷く冷たい空気が生徒会室を包み、思い沈黙が空間を満たす。
「あなたのそんな夢物語の為に、あなた以外の四人を巻き込んで。―――貴女はそれでその四人が成績を落として人生を損ねた時、責任を取れるの?」
「―――ッ」
それは正論だった。
まさしくぐうの音も出ない。
そして熱も、人の温かみもない正論でしかない、正論。
だからこそ、ここは俺の出るべき所なのかもしれない。
「そこまででいいでしょう。絵里さん」
「……何? 杉崎君」
そういう絵里さんの声は無機質だった。何も感じていないような、冷たい声色。ゾッとする感覚が背中を這いずる。
「まず第一に、五人以上集めてきた場合は俺達にそれを阻止する権利はありません。余程の不都合を抱えたような部の設立で無いとそんなことはできませんよ」
「……そんなことっ」
「それとも貴女は貴女の勝手な一存で彼女たちの選択肢を無くすつもりですか?」
「―――ッ」
そして。
これもまた正論なのだ。
「生徒会長なら。生徒たちの長を名乗るのなら、自分の私情を挟むのは良くないですよ、絵里さん」
「……少し、風に当たってくるわ」
その言葉を最後に、絵里さんはどこか覚束ない足取りで生徒会室から出ていく。
追いかけようとしたのか一歩踏み出した希さんの前に手を翳しそれを止め、首を振る。
「今はそっとしておきましょう」
「……でも」
「安心してください。責任は俺が取りますから!」
にこっと笑みを浮かべて、そう答える。
「もう……しょーがないから騙されたる……嘘ついたら本当に怒るからね?」
おっと、素の希さん可愛いな。不意打ちはずるいぜ。
「えっと。それで―――穂乃果さん、だっけ?」
「えっ、あっ、はい!」
「絵里さんの言うとおりです」
「ぇ―――?」
きっぱりと言ってやる。
「確かに絵里さんの言ってることが全てではありません。でもあの言葉もまた正論なのは事実。それに、仮に部を生徒会が認めたとして、どうするつもりですか?」
「ど、どうするってそれは……スクールアイドルをして……」
「してどうするんです? それは確実に人気になるんですか?」
「…………」
「『なるかもしれない』、『出来るかもしれない』。そうでしょう。傍目から見てもあなた達三人はとても美少女だ。それは俺が保証します。でもだからといって、人気になるか、それは確実ではないでしょう?」
「……それは」
「良いですか。スクールアイドルとして、もし貴女達が当校の看板になった時、貴女たちの一挙一動全てがこの学校の評価につながってくるんです」
「!」
ようやくその事に気づいたようで、彼女はビクリと肩を震わせた。
「廃校を阻止なんて、普通は一学生にはできません。マンガじゃないんです。アニメじゃないんです。ここは生徒が生きる現実だ。もし万が一そのスクールアイドルが問題を起こしたら。今ある数パーセントの確率が更に低いものになるでしょう」
「じゃ、じゃあ何もしなければいいの!?」
「いえ? やっても構いませんよ?」
「ど、どういうこと?」
「言ってるじゃないですか。『その責任を背負って、自分が最後の希望を断つ原因になるかもしれないという可能性まで抱えて、それをやりたいならやればいい』ってね」
「え――ぁ――う」
現実というのは残酷だ。光があれば影があるように、行動というものには全てリスクが伴う。
そしてこれは、一人の女の子が抱えるには大き過ぎるソレだ。
もし、その万が一があればきっと潰れてしまう。きっと壊れてしまう。
そうなるくらいなら、苦言を呈する方が、嫌われてもいいからそうした方がいいのだ。
「勿論それは、貴女だけじゃない。一緒にスクールアイドル担った周りにまでそのリスクは及びます」
「……」
「応援してますよ。ぜひ頑張って下さい」
ニコリ、と最後に笑顔を浮かべてそう言い切るのを最後に彼女達は静かに部屋を出て行った。
それを確認してから、ため息を深く吐く。
「ごめんな……嫌な役目負わせてしもうて」
そういうのは希さんだ。らしくない。悲しげに眉を顰めてこちらに謝ってくる。
「何いってんすか! 全然気にしてないっすよ! いやー、また希さんに真面目なところ見せたくて! あれ? もしかして惚れちゃいました?」
「……もう、ほんと鍵君はずるいね。……ありがとう」
「え? なんか言いました?」
「ぅ! 何も言ってへん!」
「えー、教えてくださいよぅ」
「何もいってへん言うとるの!」
「あはは、なら、良かったです」
そんなやりとりをしてから、生徒会のドアを開ける。
「それじゃあ迷子の会長連れ返してきますね。待っててください! これでもハーレムキングですからね!」
「……期待して待っとるよ、ばか」
「はい! いってきます!」
すぐに見つけてやるぜ! 待ってろよ絵里さん!
◆
「ずるいよ……もう、あんなん見せられたら……ずるいやんか……」
生徒会室。
ソファーの上で膝を抱え込み、彼女は心臓の音を誤魔化すように呟いていた。
鍵「アニメじゃないんです。マンガじゃないんです」
ほのか「いやアニメだよ?」
鍵「えっ」
ほのか「えっ?」
ちょっと考えてしまいましたこれ。