思わず三度見程しました。
どうやら日刊ランキングに載せていただいた模様です。
評価をしてくださった方も、お気に入りをして下さった方もありがとうございます。
今回はギャグ少なめかもしれません。
「で、なによ」
会話はその一言から始まった。
場所は音楽室だ。入ってすぐにグランドピアノがでかでかと置いてあり、そこから少し距離を開けて机が並ぶよく見る光景だ。
放課後の今は窓から入る夕日の斜光と僅かながら耳に届く放課後特有の喧騒がこの空間を満たしていた。
そして、今声を投げかけた目の前にいる人物とは、真っ赤な髪を肩上まで伸ばし、どこかムスッと顔を顰めているようにも見える様にしている女の子、西木野真姫その人だ。
そんな彼女は今日はピアノに向かっている訳ではなく机に腰掛け窓の外を静かに見つめていた。
その表情はいつもとは違い静かに、何かを憂いているようにも見え、彼女の美しい顔にはとても良く似合っており、さながら女神の様にも感じられる。
その様子を見ながらも、俺も対面に座るために椅子を運び出し、座る。
「いや、まぁその、なんていうかな……」
うまく言葉にできない気持ちが胸にこみ上げて、俺はただ曖昧に答えを濁すしかなかった。
「なに? ちゃんと言いなさいよ」
「……えっと……じゃあ」
すぅ、と息を吸い込みこちらは椅子に座っているためどうしても見上げるような形になってしまうが、彼女に視線を合わせ、微笑みを湛えながら、できるだけ優しく言う。
「真姫ちゃん。くまさんパンツがよく似合っ―――ぐが」
目の前にはいつの間にかスクールバックが存在していた。
◆
「しんっじらんない! しんっじらんない! 馬鹿なの!? ねぇ死ぬの!?」
「安心しろ真姫ちゃん! 俺の脳内にしっかり焼き付けたから!」
「死ね!」
「ごるふぁっ」
綺麗にビンタが頬に決まった。
「痛い! 痛いぜ! これが愛の痛みってやつか真姫ちゃん!」
「これが愛なら今頃私は大量殺人犯よ!」
「またまたぁ」
「またまたなんて現実で使う奴初めて見たわ!」
静かな音楽室に2つの声が何度も響き渡る。
そこまで言って気が済んだのか彼女はもうっ、と声を上げてスカートを抑えながら机に座り込む。
「……全く、人が黄昏れてる時になんてことしてくれるのよ」
「廃校のことか?」
「……えぇ」
「そっか」
しばらくお互いが何も話す事なく、ただ静かな時間だけが流れていく。
どれだけ立っただろうか。
決して短くない時間が過ぎた頃、彼女はポツリと口を開いた。
「……私、この学校が廃校っていうのを知って何も思えなかった」
「…………」
「勿論入ったばっかりだし、もしかしたら当たり前なのかもしれないけど、それがとてもショックだったのよ。人間味がないみたいで、心がないみたいで。―――ほら、分かるでしょう? 私はクラスでもあんな風だし、学校が楽しいなんて思った事はないわ。毎日毎日がつまらなくて、辛い」
言葉は、返せない。
「私だって出来るなら、誰かと仲良くしたい。学校っていうのを、楽しみたい。でも、できない。結局できない。いつも出来ない。そんな私が、こんな私がどうしたらいいのか、分からない」
目を見ればその目は何も写してなかった。
空虚。空っぽ。
知っている。その目を俺は知っていた。
あの頃、毎日鏡を覗けばいつも見ていた目だったから。
あぁあの頃はそうだった。
なんで俺が生きているのか。
どうして俺じゃなく彼女達があんなに苦しむ事になったのか。
誰か、誰か俺を痛めつけてくれ。
罪を、罰をくれ。
痛い。辛い。怖い―――でも、彼女たちはこれ以上に痛かった筈なんだ、辛かった筈なんだ、怖かったはずなんだ。
なんて。
「バカだよなぁ」
思いだしてつぶやく。
「え……?」
目の前の真姫ちゃんからそんな素っ頓狂な声が漏れる。
「馬鹿だよ、真姫ちゃんは」
だから言ってやるんだ。
そんな
「真姫ちゃんは確かにコミュ症だよな」
「悪かったわね」
「はは、性格は全然違うけどさ。居たんだよ、知り合いにそういう娘が」
蘇る。というより常に頭の中にある存在が鮮明になる。
「その娘も凄いコミュ症でね。なんつーかたくさんにてるところあるよ」
「へ、へぇ、どんな?」
「名前の始まりが『真』の所とか。後は男同士の絡み合いが大好きで末期のオタクで残念な感性を前面に押し出した男性恐怖症の天然コミュ症な所かな」
「ぶっ飛ばすわよ」
どうやら比べられたくもないらしい。残念、真冬ちゃん。
「ま、まぁ確かに彼女はとても残念な娘だったよ。今に思えば本当に俺は……俺はっ……!」
考えれば考えるほど何故か脳内にノイズが走りある単語が頭痛と共に走り抜ける。
う、うぅ……
「ちょ、ちょっと。ねぇ、す、杉崎?」
「はっ! お、俺は一体何を……」
「なんだかよくわからないけど凄いうなされてたわよ」
「……思い出すのはやめておこうかな、うん。ごほん! それでだな!」
「ずいぶん強引に行くわね……」
「しゃらっぷ! ―――まぁ、うん。確かにすごい強烈に残酷に残念な娘だったんだけど」
「さっきよりとてつもなく評価がグレードダウンしてる!?」
「でも、それ以上に魅力的な娘だった」
「―――」
彼女が息を呑む。それは何に対してか。
そして俺は彼女の事を語る今、一体どんな顔をしているのか―――いや、それだけはなんとなく理解できた。
とても誇らしげな、そんな顔をしているのだろう。
「ネガティブだし、空気は読めないし、なんかどん引きさせられる時あるけど、綺麗な子なんだ。見た目もそうだけど、心っつーのかな。すげー悩んでる時とかさ、悲しい時とか。とても素直に真っ直ぐに、言葉をぶつけてくれるんだよ。そしたらなんか今はまで悩んでたこととか馬鹿らしくなっちゃうんだよなぁ。この娘みたいになれたら、なんて何回思ったかな。でもきっとそんなこと言ったらあの娘なら―――真冬ちゃんなら『? 先輩は真冬みたいになれませんよ? だって先輩は先輩ですし、真冬は真冬ですから。 それに―――真冬が二人いたって楽しくないですけど、真冬と先輩がいたら真冬はきっと楽しいです!』とかな」
「――――」
「当たり前なんだよ真姫ちゃん。悪いところなんてたくさんあるんだ。出来ないことなんて笑っちゃう程あるんだよ。それでも、そんな奴らでも一人でいるより二人で居られる方が楽しいに決まってる」
「……でも!」
「じゃあ真姫ちゃんはどうだった? 今みたいにさ、バカみたいなこと言って、言われて、
「……やじゃ、なかったわよ」
「ありがとう。ていうか、もともと考え過ぎなんだよな。ここは学校だぜ? 遊びたいなら遊べばいい。誰かと仲良くなりたいならすれば良い。ただし、本分を忘れる事なかれ、ってな」
「……結局、私はどうすればいいの?」
「それは自分で考えなきゃだめだろ? 今の話を聞いてどうするかは、真姫ちゃん次第だ。
そのままで居るのか、一歩踏み出すのか」
そう言われて、真姫ちゃんはしばらく俯きこんだ。
何かを考える様に、不安げな表情をしながら葛藤をしていた。
やがて、その顔が上がる。
真っ赤に頬を染めながら、こちらを睨むようにして視線が俺を射抜く。
「なら、えっと、その……」
本当に自分を表現するのが苦手な娘だなと、その様子を見ながらも思わず苦笑してしまいながら俺は真姫ちゃんに声を投げる。
「頑張れ。俺は真姫ちゃんの味方だ」
それはもうきっと相手が笑うくらい真面目に、こんな馬鹿な言葉を。
そうすると真姫ちゃんはようやく覚悟を決めたようで、息を深く吸い込んで。
「私と友達になって下さい!」
―――言った。
今までの彼女なら間違ってでも言わないであろう、言葉が出た。
それは一歩だった。普通の人間からすれば当たり前で、どうとでもない事かもしれない。
でも彼女はその一歩をようやく歩み始めたのだ。
答え?
そんなものは決まっている。
「喜んで」
夕陽が注ぐ音楽室に二人の声だけが響いていた。
有難う御座いました。
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