「いよいよ、だね」
私の声が、広いステージ上の中ポツリと響いた。
「そう、ですね」「うん……」
それに伴って、二人のガチガチに緊張した声が追従した。
「もー! 二人共暗すぎるよう! ほら、明るく行こ? 楽しまなきゃ損だよ!」
そんなことを言ってみるが、声が震えているのがバレバレなのか二人はそれに笑みを零した。
どうやら私も、充分緊張しているらしい。
長い付き合いの幼馴染み二人はそれに対して特に追求することもなく、私の様子を見てかいくらか肩の力を抜いて深呼吸を始めた。
「よし……それじゃあどうせならさ。なんか、してみない? ミューズ専用の、掛け声みたいな!」
「……穂乃果はホント、考える事が子供みたいですね。……でも、嫌じゃないです」
「うん、いいんじゃないかな! ことりもしてみたい!」
随分と付き合いの良い幼馴染みにクスリと笑ってしまいながら、三人が三人、言わなくても手を重ねた。
「μ'sの初ライブ。絶対成功させよう。ファンだと言ってくれる人の為に、最高のものにしよう。そして―――精一杯、楽しもう!」
「はいっ!」「うんっ!」
それを最後に三人は最初の立ち位置まで戻り、静かにその時を待った。
『それでは―――から―――講堂にて―――』
そのアナウンスが合図だったようで、そのすぐ後に幕が上がり始める。
三人が三人手汗がじんわりと滲むのを知りながら、ぎゅ、とお互いの手を握りしめた。
バクバクと心臓が早鐘を打ち、やがて上がりきった幕の向こうヲ見据えて、スポットライトの光の奥へと視線を向けた。
「―――――っ」
そこには溢れんばかりの人がいるわけでもなく。
それなりの観客がいるわけでもなく。
ただ何もなく。
無人の光景だけが、広がっていた。
◆
「……あぁ、そっか……俺車にぶつかったのか……」
「鍵君ッ!?」
思い出すようにポツリと呟くと、側に控えていた希さんが声を荒らげ俺の名前を呼んだ。
「ご、ごめんなさい……わ、私があの時……あんなことしなきゃ……!」
目に涙を浮かべながら希さんは懺悔するように謝る。
「いっ……つつ、はは。何いってんスか希さん。女の子を助けるのは、当たり前でしょう? 寧ろこんなの怪我にも入らな……ぐぅ!?」
ひどく鈍い痛みが頭を襲った。
「鍵君無茶しないで!! 頭を割っちゃって血が出てるみたいで……もしかしたら頭を打った衝撃で脳内出血起こしてるかもしれないんだよ!?」
「大丈夫ですって……だから泣かないで下さい、希さん」
そういって、目から未だに溢れ続ける涙を拭ってやる。
その動きにピクリ、と身体を震わせるが嫌がるわけでもなく希さんは俺の動きにじっと従った。
「折角の可愛い顔が台無しじゃないですか。ほら、なんてったって今日は運命の新入生歓迎―――……希さん、今何時ですか?」
スゥ、と脊髄に冷水をかけられるかの如く、急激なまで思考がクリーンになっていく。
「え? 時間? え、と……16時」
ガタンと身を起こす。確か三人のライブの開始時間は16時半だ。
その衝撃に頭がまたひどい痛みを訴えるが、知ったこっちゃない。
今はそんなことより大事なことがある。
「希さんっ! ここから学校までどれくらいで向えますか!」
「え!? なにいうとるの!? まさかとはおもうけど、行くつもりやないよね!?」
「行きますよ! だって今日はあの三人の初ライブなんですから!」
あぁクソ!俺の服はどこだよ! わかんねぇ! もういい! このままいってやる! ケータイはどこだ……あった! 財布も、あるな!
持ち物を確認して体から余計なものをベリベリと剥がし、立とうとすると目の前に腕を広げた希さんが立ちたはだかった。
彼女は潤んだ瞳でこちらを睨むように見据えて、言う。
「駄目だよ、鍵君……今は安静にしなきゃ」
「んなことは分かってます……でも行かなきゃいけないんです」
「だめ」
「退けて下さい」
「だめ!」
「行きます」
「なんで!? 死んじゃうかもしれないんだよ!? そんな
その言葉に対してなのか、果たして血が足りてないせいなのか。
多分両方なんだろう。随分と余裕のない俺にはその言葉で十分すぎて。
ギリ、と歯をかみしめて、彼女に対して俺は言った。
「―――どけ、希さん」
「え?」
「たかだかライブ? あぁそうだろうよ。あんたらにしちゃそんなもんかも知れねぇな。だけどちげぇんだよ! 俺らにしたら大事で! 大切で! かけがえ無いもんなんだ! そして俺は約束した。絶対見に行くって。俺は約束したんだ。だから退け」
「ひ、あ……」
「あと言っておくけどな、俺は死なねぇ! 大好きな人達を残して死ぬなんて、そんなことは絶対にしない! ……あぁったく、俺何してんだ。すいません希さん。余裕がなくて当たっちゃったみたいです……本当にすいません」
頭を下げて詫びる。
憂鬱になる。モヤモヤとしたものがなくなった代わりに自己嫌悪が自分の中を埋め尽くした。
「……絶対に、死なない?」
「……当たり前です。だって俺、希さんを悲しませるわけには行きませんから。だから見ててくださいよ。俺が全部ぱぱっと解決しちゃうところ」
「……本当に鍵君ならなんとかしちゃいそうで、こわいよ」
「はは、でしょ? じゃあ行ってきますんで、あとは頼みます。迷惑かけてすいません」
そう言って、走りだした。
階段を降りて、受付の人が俺の姿を見てぎょっとするのも構わず、俺は走り続ける。
そして玄関先にたくさん止まっているタクシーの一台に乗り込み財布から一万円を叩きだして慌てて言葉を紡いだ。
「音乃木坂高校へ。急ぎでおねがいします」
◆
果たして、今の私は笑えているのだろうか。
「は―――は」
少しは考えていたとはいえ、予想はしてたとはいえ。
いざこの光景を見てみると、若干クるものがある。
なんだろう。まるでバカみたいではないか。あれだけ一生懸命練習して、体中筋肉痛に苛まれて、慣れてない発声練習して、睡眠時間を削って。
それが全て、無駄だった?
ちらりと横を見てみれば、海未ちゃんもことりちゃんも、その光景をただ呆然と見ている。
こんな時、どうすればいいんだろうか?
誰も見ていないのに、歌う意味なんてあるのだろうか?
ただ虚しくて、バカにされるだけじゃないんだろうか?
伝える相手もいないのに……意味なんて。
ならいっそ、やめてしまったほうが。
「歌わないの?」
その時、静かな声が私の耳に届いた。
講堂の扉が音を立てて開き、そこから現れたのは一人の女性。
いや。
「生徒会長さん……」
綾瀬絵里生徒会長だった。
彼女は一度講堂の様子をぐるりと見渡してフン、と一度鼻を鳴らすとそのまま歩き、最前列のど真ん中へと腰を下ろした。
「何、歌わないの?」
何時もなら格好良く見えるその仕草も、今はそうは見えない。
「……バカにでもしにきたんですか?」
「はい?」
「こんな状況見て、楽しいですか? うまく行かないところを見て満足ですか? もうこんな……こんな!」
「ほんとあなたには幻滅したわ。えぇ、欠片でも
「…………」
意味がわからない。意味がわからないけど、その言葉には本当に落胆が込められていて、その瞳には失望の色が宿っていた。
「別に、私が来たのはあなた達の為じゃないわ」
「…………」
「彼の―――鍵のためよ」
「っ!?」
その言葉に、重く沈んでいた心が揺さぶられた。
「ねぇ知ってる? ほとんど寝る間も惜しんで私達の作業と並行しながらあなた達の音楽聞いて暇があったらダンスの動画チェックしているのを」
……知らない。
「ねぇ知ってる? たまに作業中寝てしまった時も、寝言でも貴方達のことを心配しているのを」
……知らない。
「ねぇ知ってる? ―――彼が、どれだけこの日を楽しみにしていたのかを」
…………。
「今朝、連絡が入ったわ。交通事故で強く頭を打ち付けたらしいわよ。今は病院で安静にしているって」
「えっ!?」
聞いていない。
「正直、私もこんなところにいる暇があったら今すぐにでも病院に向かいたいところだけど……きっと彼は凄い楽しみにしていただろうから……」
「…………」
その言葉に、もう返す言葉もなかった。
酷いことを行ってしまった。身勝手に言葉を投げかけて、随分勘違いをして。
「―――でも、彼が来なくてよかったわね。こんな姿を見たら幻滅しちゃうし」
「――――っ」
「えぇほんと。こんなことなら来ないほうが良かったわ。本当に期待はずれも良い所」
そんな言葉に、頭の中に彼の姿がフラッシュバックした。
いつでも私達の練習に付き合ってくれて、楽しみだと言ってくれた彼の姿が。
ファンだと言ってくれた彼の姿が。
「生徒会長さん!」
「……なに?」
「今から、私達の歌、そのビデオカメラで撮ってもらえませんか?」
「―――はぁ、まぁいいわ」
「有難うございます。それと、有難うございます!」
「……意味がわからないわよ」
そう言いながらも、先程までその顔に貼り付けられていた失望の色はもうどこにもない。どこか不敵に微笑むその姿は凛々しくもあり、美しい。
そのやり取りを終えて、すう、と息を吐き、胸に手を当てて三人とも顔を見合わせる。
その顔に恐怖も不安もない。三人の思いは今こそ完全に一致していた。
「それじゃあ、聞いてくださ」
「だああああああああ間に合ったかこんちくしょーーー!」
『え?』
ドバンッ! とドアが乱暴に開かれて聞こえた声はソレだった。
随分聞き慣れた声ではあるが、最初は幻聴だと思った。
当たり前だ。
何故ならその本人は、ここにはいないはずの人で―――。
思わずマイクを口元から外すのも忘れて、呆然とつぶやいた。
「杉……崎、君?」
「おう、遅刻して悪かったな三人共。μ's最初のファンこと杉崎鍵はここにいるぜ」
その姿はボロボロだった。血の滲んだ包帯を頭に巻いて、格好なんて病院服のまんまだ。随分満身創痍にも見えるそのとっても馬鹿な男の子の姿に思わずマイクを付けたままいってしまう。
「バカッ……なんできたの!? 怪我してるんでしょ!?」
「ははは、俺がそんなもんで約束破るわけには行かねーだろ! 頼むぜ穂乃果ちゃん、ことりちゃん、海未さん! 最高のライブを」
「―――――もう」
そのまま歩いてきて、最前列の真ん中の席に座ろうとしたらそこで生徒会長さんと杉崎君の目があった。
「あ、遅刻しちゃってすいません絵里さん。どうでした? 新入生歓迎会は」
「どうもこうもないわよこの大馬鹿っ! 一体何してるの!? 怪我してるんでしょ!? ねぇ馬鹿なの!? 死ぬの!?」
「お、おおぅ。絵里さんにそこまで言われると流石にショック受けますね。でもまぁ、安心して下さい。俺は大丈夫ですから」
「――――。終わったら、即効で病院に戻ること、いい?」
「勿論です。正直頭痛が笑えないレベルなんですぐに戻らせていただきます」
そう言って笑う彼の姿を見ながら、いよいよ音楽が鳴り始めた。
マイクを通して、大きく言う。
『今日はお集まりいただいて、ありがとうございますっ! 本日はμ's初めてのライブ! 私達三人と、みんなの協力でこのライブを開くことが出来ました。本当に、有難うございます。この声が届いてなかったとしても、その人達には感謝しています! でも、実は一番このμ'sには協力してくれた男の人がいて、その人は言ってくれました。私達の最初のファンだって。だから私達は、そんな彼の為に歌います。ずっと支えてくれて、信じてくれて。聞いてくれて―――ありがとう。聞いてください』
―――あなたに送る、この歌を。
◆
「どう思います? 絵里さん」
「………まだ動きが拙いわ。ほら、ステップがズレた。体の軸がなってない。もっとコアの部分を鍛えなきゃ―――」
「それでも、どうですか?」
「…………。なんなんでしょうね。こんな拙いのに、まだまだなのに、心があったくなる様な、透き通るような。―――綺麗な歌」
「でしょう? 俺が見込んだだけはありますよ」
「ふふ、そうなのかも知れないわね。……ねぇ、もし私が―――いえ、何でもないわ」
「はい?」
「いえ、何でもないの」
「そうですか……あぁ、あと絵里さん。一つお願いがあるんですが」
「なによ」
「希さんに言っといてもらえませんかね。安心して下さい。俺は全然ピンピンしてるって」
「良く言うわ。……って何あなた私の肩に頭預けてるのよ。え、寝たらダメよ!? ちょっと待ちなさい! あなたこんな所で死ぬなんて!」
「……ぐぅー……むにゃむにゃ」
「くっ……駄目よ絵里。手をあげたらダメよ。せめて元気になってからしばかなきゃ」
「げっへっへ……絵里さんの胸は美乳だなぁ……」
「あなた起きてないわよね? ねぇ?」
「ぐぅー……お腹いっぱいでもう食べられない……」
「………はぁ、もういいわ。―――頑張ったわね。おやすみなさい、鍵」
これでようやくスタートラインですねー。いやー長かった。話をうまくまとめる才能の無さに涙が流れそうです。正直まだまだ書きたい内容沢山あるのに登場してないどっかの永吉さんとか不憫すぎますよね。泣いていいぞ永吉。しかしお前の登場はまだだ(無慈悲
というわけでここからようやく生存系の色も出始めるかと思います。ゲームでいうチュートリアルでしたねここまで。こんなチュートリアル長いクソゲーあったら私は消し飛ばしますけど。
読者の皆様はこんな拙作にこれまでお付き合いしてくださって本当にありがとうございました。是非これからもアドバイスやご意見など御座いましたら是非おっしゃってくださいませ! できる限り取り込んでいきたいと思います!
ありがとうございました!