一時間後にもう一話投稿させて頂く予定ですので、よろしければそちらも見てやってくださいませ。
『急……さい! 頭……血……から……』
ん……あれ……?
ぼんやりとした意識が覚醒する。
ふわふわとまるで浮いているような、そんな不確かな感覚が俺の体を包んでおりその感覚は夢の中にも似ていた。
思いまぶたを開けてゆっくりと首を動かして見ればそこにいるのは目を赤く腫らして涙をボロボロと零す希さんだ。……って何泣いてんスか、希さん。
止めてあげないと。
ん? あれ? 体が思うように動かないぞ、なんだこれ。
てか。
なんで俺こんなところで寝てるんだ? 俺は、今朝―――あれ?
段々と意識が覚醒してきた。そして、それと同時に過去ないほどの頭痛が頭を襲う。
どういうことだ……だめだ、思い出さなくちゃ……。
ゆっくり、ゆっくり深呼吸し、考える。
今日何をしてどこにいて―――何があったのかを。
意識が、埋没していく―――。
◆
結局寝ることも出来なかったその日、デスクの前で大きく背伸びをすると背骨が痛い程バキバキと音を立てた。
「う、あ……やっべぇ、流石に気持ち悪い」
がんがんがんがん、と頭の中を盛大に痛めつけてくる頭痛に辟易としながらも、冷蔵庫から栄養ドリンクを取り出し一気飲み。
「あぁ……《優良枠》取ろうとしてた時思い出すわこれ……」
我ながら随分とトチ狂ったかのように勉強に打ち込んでいたもんだと戦慄する。いや、まぁそのおかげで勉強が苦手じゃなくなったからいいんだけどさ。
よし、と声を漏らしてジャージに着替え向かう先は勿論あの神社だ。
やる事はやった。後は彼女たちにすべてを任せる。
そう思いながら、希望と、期待と、そして若干の不安を覚えつつも俺の足は確かに神社へと向かっていった。
◆
向かうとそこには、すでに三人の姿があった。そして、巫女服姿の希先輩の姿もそこにはあった。
三人は神社の賽銭箱の前へと立ち、静かに手を合わせていた。
その様子を見つめながら希さんの側へと近寄り声をかける。
「おはようございます……希さん」
「あぁ鍵君おはよ……って、顔真っ青やけど……」
「え? あぁ、少し寝てないだけなんで、全然平気っすよ! あ、もしかして心配してくれたんですか?」
ゲヘヘへ、と笑い声を漏らしながら希さんに声をかけると本人は至って真面目な顔のまま、
「うん、しとるよ」
「うぇ」
なんて。
その真面目に心配してくれてる様子から何だか不意打ちをくらった見たいに思わず恥ずかしさが込み上げてくる。
「あ、いや……その」
「というより本当に大丈夫なん? 数日前からずっと言っとったよね? なんでちゃんと寝ないん? 体壊したらどうするつもりや?」
「お、俺も男ですからー……」
「そういうこと言うてないんやけど」
「……え、あ、はい。ごめんなさい」
ヤバい希さん怖い。
冗談が言える感じじゃなく、心配して怒ってくれてる。
嬉しいような、恥ずかしいような。
「大体鍵君いつもそうやん? 自分のこと顧みないで周りにばっか変に尽くして、たしかに良いことしてるのはすごいと思うし、尊敬に値するけど何も体調を崩すくらいやらなくたって―――」
「あ、鍵君だ! おっはよー!」
「―――ともかく、なんかあったらすぐいうてや。なんかあったら、罰として言うことひとつ聞いてもらうんやから」
「……は、はい。承知しました」
ナイス! 穂乃果ちゃんナイス! 今この瞬間君が女神に見えるよ!
ともあれ希さんのお説教はなんとか回避され、じっとりとした視線を残したまま彼女は神社の社の方へと歩いて行った。
「あ、あれれ? お邪魔だったかな?」
「ん、いや! そんな事無いよ! おはようほのかちゃん。いよいよだな」
「―――うん。いよいよだよ」
なにが、かはもはや言うまでもない。二人してにやり、と不敵な笑みを口元に浮かべた。
「さて。そいじゃあ早速最後の練習見させて貰うかな!」
俺が意気込んで穂乃果ちゃんにそう言うと彼女はなぜか浮かない顔をしていた。
「あ! そ、それなんだけどね、鍵君。……あの、今日は見て欲しくないの……」
「え……?」
唐突な拒絶の言葉に思わず絶句する。
な、何か気に触るようなことでも言ってしまったのか?
怒らせちゃったのか?
一人でオロオロしていると穂乃果ちゃんの後ろからクスクスとした笑い声が聞こえてきた。
「全く。穂乃果、その言い方では杉崎君が誤解してしまいますよ」
「ほ、穂乃果ちゃん言葉が足らなすぎるよー……」
「はぇ?」
気の抜けるような声を上げて俺の顔を覗き込む穂乃果ちゃんに俺もどういうことだか分からずにきょとんとしてしまう。
「え、えっと、海未さん? ことりちゃん? 一体どういうこと?」
「ですから穂乃果が言いたいのは―――いえ。私達が言いたい事は。今日だけは、マネージャーとしてではなくてμ'sの初めてのファンとしてダンスを見て頂きたいんです」
「み、皆……」
その言葉にジーンとくるものがあった。最近はどうにも涙もろいのかもしれない。
「う、うおおおおおなんて可愛いこと言ってくれるんだ三人共! 可愛いなぁあぁ可愛いなぁ! よし、もうこうなったら結婚しよう! 三人とも俺の嫁だ!」
「ば、馬鹿じゃないんですか!? 変態!」「ぅ~嬉しいけど、そういうのは駄目だよぉ……」「や、やだなぁ鍵君。恥ずかしいよぉ」と、三人が言葉を濁す。くっ。
「げっへっへ。しっかり三人共俺のハーレムに入れてやりますから覚悟してて下さい……。って、でも本気で嬉しいよ、ありがとう。今の聞いて俺もすげー元気でた! 絶対三人の初ライブ見に行くから、頑張ってくれ」
『うんっ(はい!)』
気合の入ったそんな声を聞き届けて、結局いる意味もなくなった神社の階段に腰掛けて、一息付く。
「さて、どうすっかなぁ」
「ほんなら、一緒に学校行かへん?」
「おわっ!?」
唐突に斜め後ろから声が聞こえた。慌てて振り返るとそこにいるのはいつの間にか巫女服から制服に着替えた希先輩だった。
「何もそこまで驚くことあらへんやろ? はぁ、ウチ傷付いてもーたわ」
「す、すいません! そういうつもりはなくて……」
「ふふ、じょーだんや。ほら、いこ? ……それとも、いや?」
おどけるようでいて、先に階段を降りてしまった為かこちらを見つめる視線は必然的に上目遣いになっており。
「………ッ」
そのいつもの大人びた雰囲気とは異なった自然な少女の態度に心が強く惹かれた。
「そ、そんなことあるわけないじゃないっすか! 希さんと登校出来るなんて、俺めっちゃ幸せです!」
「ならよかった」
くぅ! なんだ! なんでこんな可愛いんだ!
若干似非関西弁の取れ掛けた希先輩にいちいちドギマギさせられながら神社から音乃木坂への道のりを談笑しながら進む。
なんというか、学校で楽しくやってることはあってもこうして登校を誰かと共にするってのは随分久しぶりな気がする。生徒会メンバーとも新生徒会メンバーとももしかしたらしたことないんじゃないか?
最後に誰かと登校したのは林檎と飛鳥と三人のものが最後の筈だ。
「こら! こんな道でサッカーボール蹴らない! 危ないやろ!」
と、少し考え込んでいると横から希さんのそんな声が響いた。
その声につられて前方に視線を向けるとそこには数人の男の子達がサッカーボールで遊んでいた。
……確かに、危ないな。こんな細い路地で死角も多いんじゃどこから車が来るかもわからない。
希さんのその声にホッと息をついたのもつかの間、その声に一度反応した男の子達はこちらを見るとクスクスと笑い声を立てて、
「うるせーよ! ばーか!」
と、なんの罵倒にもならないような声を上げて、サッカーボールを蹴りながら走ってしまう。
「ちょっと!? まちなさい! ちょっと鍵君はまっててな!」
「えっ、ちょっと!? あぁもう!」
希さんが思わずそれを止めようと俺にかばんを預けて走りだすがそんな危ないこと希さんにやらせられるか! と思いながら走りだす。
あぁくそ。走った瞬間視界がぼやけてきた。どうやらなけなしの体力はここまでのサービスには対応してくれなかったようで、足にも腰にも力は入らず思ったように走ることが出来ない。
あっという間に男の子達と希さんに突き放され角を曲がられその姿は見えなくなる。……若干ショックであるがそんなこと言ってる場合じゃねぇ!
俺も慌てて角を曲がると……案の定と言うべきか、その先にあった光景は道路の対向車線側に転がっていくボールと、それを取ろうとする子供の姿。そして、それを止める希さん。
そして――――。
ブーーーーーー、と、けたたましい不快音を爆音で鳴らしながらこちらに近付く、大型トラック。
どうすればいいか。なんて、考える余地はなかった。
その予想がついた時点で俺の身体は勝手に希さんの元へと動き出し、希美さんの身体を強く引いて、反動で俺の身体が前に押し出される。
―――一瞬、希さんと視線が合う―――信じられないような目に―――戸惑う子供の目―――そして。
大型トラックの白に視界が染まった所で、意識は消え去った。
お読みいただきありがとうございました。