気分転換にこんなものを書いてみました。
ぜひ何かこの作品に対してご感想やご希望ございましたらアドバイス頂けると嬉しいです。
ゆるーく書いていくつもりですのでよろしくお願いします。
第一話 杉崎鍵の一存
国立音ノ木坂学院。
由緒ある古き良き学院と名高い、たしかに味のある作りと、長い時を過ごしてきたことが伺える校舎は新品の物ではないが、それは汚いというわけではなくむしろ管理の行き届いた校舎にほぅ、吐息が漏れた。
少し前までは廃校の危機なんて話がチラホラと耳に入ったが今目の前に広がっているのはがやがやと慌ただしく生き急ぐ若々しい学生諸君……って、同い年くらいの俺が言うのも変な話か。
「おい、ついたぞクソガキ」
刺のある声。というより棘しかない。そんな声が俺の乗っていた黒塗りの乗用車の運転席から聞こえてくる。
「はぁ、全く何故私がクソガキのパシリのような真似をせねばならんのだ。感謝しろよクソガキ。これは貸しだ」
ずいぶんと高圧的だ。傲慢で、業突張りで、強情。何をしていても眉間にシワを刻んで物事を見下すようにする男。
それがこの枯野恭一郎という男だった。
「あぁ、分かってるよ。……で、本当に《企業》は介入してこないんだろうな?」
少しだけ声に刺を交えて、そう言葉を返す。
今ここまで連れてきたこの男――枯野に関しては信用しているが、逆に言えばただそれだけ。
しかしそんな俺の問いかけと突き刺すような雰囲気にも臆すことも躊躇することもなく、枯野はふん、と鼻をひとつ鳴らしていつものようにニヤリと憎たらしい笑みを浮かべた。
それは俺のよく知る彼の笑顔だ。
「まぁ、しないだろうな。というより下手に手を出せん。あそこの様に企業が全て取り仕切って管理していたわけじゃないからな。―――言ってしまえば今のここはいつ爆発してもおかしくない爆弾と一緒だ。何をきっかけに、誰をきっかけに、スイッチが入ってもおかしくない」
そう言いながら、枯野は憎々しげでいながらもどこか楽しげな複雑な表情を作り上げこちらに向き直る。
「そんな所になんでわざわざ俺を持ってくるかなぁ」
「……くく、最悪貴様もろとも死ねばいいとでも思ってるんじゃないか?」
「陰湿!」
「安心しろ。ここは女が特に多いらしいからな。調べによると美少女も相当いるらしい。死ぬ時は美少女達に囲まれて死ねるんだ」
「全然安心できねぇ!」
「まぁそれは冗談としてもだ。一応《企業》はここの大手スポンサーもやっている。それで碧陽からお前をこっちへ無理やり引っ張ってきたわけだ。下手な事をするなよ、碧陽に迷惑がかかるからな」
「なんかすげぇ真面目な事を悪人に言われて腹が立つんだけど!」
「……迷惑掛けられると……処理が面倒だからな(ニヤァ)」
「全然真面目じゃなかった!」
「あ、忘れてたが、お前の転入理由をパンツぅ、パンツ食わせろぉ、しか言えない子になったから一年からやり直して更正するって事にしてあるからな」
「そんな嘘が通じてたまるか!」
「…………」
「え、おいまってよ枯野? 枯野さん?」
一通りコントを済ませて、車を出る。
制服に変なところがないか確認しながら校舎へと向き歩き出す。
「……ふん、まぁせいぜい世界を滅ぼさないように世界を守るんだな、ヒーロー」
「あ? 何言ってんだよ枯野。俺はそんな世界を守れるようなヒーローじゃねぇっつうの」
背中越しにかけられた声にひらひらと手を振りながら言葉を漏らす。
「俺が守るのは、大好きな美少女だけだ」
「……はっ! お前ここでも女を作るつもりかクソガキ。全く、貴様に惚れた女共も不幸なもんだな」
「当たり前だ。俺の夢はハーレムキングだぞ。それに不幸なんかじゃないさ」
なんたって。
「俺――杉崎鍵は好きで好きでたまらない大好きな美少女たちを幸せにするのが夢だからな!」
「好きにしろ馬鹿が」
なんて。
そう、ここは音ノ木坂学院。
碧陽学園ではない、もうひとつの俺の学校生活。
そこで起きる、俺のもうひとつの物語である。
◆
変な奴が来た。
まず私――西木野真姫が今朝のホームルームで感じたのはこの一言だった。
今朝から教室―――いや、学校がざわざわしていると思ったら、
『かよちんかよちん! もう聞いたかにゃー? なんと今日転入生が来るんだって! どんな子かにゃ? 楽しみにゃーーー!』
『り、凛ちゃん声が大きいよぉ……!』
と、いう話が側から聞こえた。なるほどそれはざわつく訳だ。
まぁ私には関係ないけど。
なんてそんなことを考える。我ながら随分と面倒臭い人間になったものだと思う。治せはしないが。
そんなことを考えてるうちにホームルームが始まり、そしてその話題の本人が入ってきた。
薄い茶色の髪、線の細いイメージではあるが、男らしさのあるシルエット。スッとした切れ目。高校生にしては落ち着いた、というよりどこか大人びた雰囲気を持つ青年だった。
柄にもなくその男を見ていると、
『!?』
目が、あった。
あちらもたまたまこちらを見ていたようで、目があった瞬間彼はニコッと優しく笑い軽く目礼した。……恥ずかしさのあまり顔を逸らした。
顔に熱が集まるのがよくわかる。ああもう何なの今の。絶対変な勘違いされた! 恥ずかしい!
一人心の中で悶絶していると話はとんとん拍子に進んでいたようで、ついにそんなシーンへと話は進展していた。
「えーと、じゃあ杉崎鍵君、自己紹介してもらえる?」
「えぇ」
そこまでは、良かった。
贔屓目に見ても悪くない見た目の男だろう。さぞこのままいればこの女子の多い学院でモテただろうに。
しかし彼は言った。
ニィ、と今までの優しい微笑みから一転。その笑みはまるでやんちゃな子供のようなソレで数十の瞳の圧に臆する事無く、いや寧ろ慣れているかのような仕草で、教卓に前のめりに手を付き、口を開いた。
「うっし、始めまして皆。俺は杉崎鍵。まぁ杉崎でも鍵でも何でもいいがよろしく頼む! 趣味は美少女探しとはまっているものはエロゲ! あ、ハーレムキング目指してるんで可愛い子には片っ端から声かけて仲良くなるつもりだから! みんな俺とぜひ付き合ってくれ!」
( ゜д゜)。
( ゜д゜)。
( ゜д゜)。
空気が固まった。
無言の教室に、転入生―――杉崎鍵の「えっ? えっ? 外した?」というのんきな声とごうんごうんとなるクーラーの音だけが空間を支配し、
「……ぷっ」
誰かが零したその声を皮切りに、
『あははははははははっ!』
笑いに包まれた。
えぇー……。
「えっ! ちょっ! 待てお前ら! 人の夢笑うなんて最低だぞ! まじだからな! 俺まじでハーレム目指してるから!
あっ何先生ナイスギャグみたいなジェスチャーしてんすか! 違いますからまじで――あぁもう、なんか外されたなぁ! えっと!まぁなんつーかそんな事でよろしく頼む。色々わからん事とか迷惑かけることあるかもしれないがその時はぜひいってくれ。できるだけ治すように頑張るから! 逆になんか助けれることなら助けるし、大変なことなら手伝う。遠慮とか一切すんなよ!」
なんだか一人で怒ったり笑ったり、とても忙しい人だったけどそのせいで一時間目が始まるまでずっと教室は笑いに包まれていた。
もうすでに転入生はその笑いの中心にいた。
どこまでも変な人だった。
◆
「杉崎君まじ面白いな! てかどこの高校から来たの?」
「ん? 碧陽学園つーんだけど、まぁみんな個性的で楽しい所だったよ」
「うわ、杉崎君見てたらなんか想像ついたわ」
「失礼だなおい! ってそんな堅苦しい呼び方しなくていいぞ?」
「お、そうか? じゃあ宜しく鍵! あ、俺本間な! 本間健太!」
「え、ずるーい! 本間だけなに転校生と仲良くなってるのー!」
「そんな嫉妬しなくても俺の心は君にしか向いてないよ! ところで名前を伺っても!?」
「えー! 口説かれちゃうよー!」
そんなこんなで。
あっという間にわらわらと彼の周りには人が集まり、やいのやいのと喧騒が生まれる。
「…………」
それを遠巻きに眺めていることに気がついて、慌ててそちらから目を逸らす。
……いや、別に悔しくないわよ? そんな人と関わるのとか疲れるだけだし。あれだってどうせなぁなぁの上辺だけの関係でそんな長く続くわけないし。
「……はぁ」
そんなひねくれた考え方しかできない自分に漏れるのは溜息だけだ。
あぁ、そうよ。私だってなれるならあんな風に―――。
「あ、そこの美少女!」
そんな時だ。横の方から声が聞こえた。
転入生の声だった。
それにしてもよく美少女とか可愛いとか臆面もなく言えるわね。普通の神経してないわコイツ。
「あ、あの、美少女さーん?」
うっわ、しかも無視されてるし。
随分と可哀相ね。
「……あのー赤い髪のー……」
赤い髪? このクラスに居たかしら。
とんとん。
肩を叩かれた。
そちらを見る
「!?」
「えっと、やぁ?」
いたのは―――転入生、杉崎鍵。
「え、え、え? わ、私のこと?」
「お、おう。というか赤い髪の美少女なんて君以外いないよ、な?」
「び、びしょ! ぅ……」
何いってんのよこいつ! 馬鹿じゃないの!
思うように言葉が出ない。というか何だこのファーストコンタクト。なんて言えばいいかわからないわよ!
「ぇ、あう……」
ついには、ムスッとした顔をしてクラスを足早に出ていく。
あーもー! 何やってんのよ私ぃ!
……はぁ、保健室に行こう。
そんな形で私、西木野真姫と杉崎鍵ファーストコンタクトは果たされた。
◆
「俺はもうダメだ……美少女に嫌われた……本田……このゲームのリセットボタンはどこだ」
「お前の発言救いようねぇな! ……というか俺は本間な!」
「大丈夫だよ! 杉崎君! あの子みんなにもあんな感じでねー? とっても可愛い子なんだけどあの雰囲気に気圧されてちゃってみんな触れられない感じなの」
「……なるほど、つまりあれは俺へのラヴコールだなっ。ツンを剥がせばデレが出てくるんだ!」
『それはない』
「うおっ。お前ら早くも連携し過ぎだよ!」
音乃木坂は平和であった。
ありがとうございました。