やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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読者の皆様がおいくつなのかわかりませんが、一応二十歳前後の方が読んでいると
想定して書いています。

ところで皆さん。ご両親の馴れ初めって聞いたことありますか?
もし機会があったら尋ねてみるのも良いかも知れません。
お父さんお母さんも初めからお父さんお母さんではなく、今の皆さんと同じ年だった時があり
なにかしら理由があって結ばれたのですから。
今後の、まあ参考になるかも知れません。

私が自分の両親に聞いたら、母親曰く父親があまりにもしつこかったから根負けしたとのこと。
今ならストーカーとして通報するレベルだったと言ってました。


両親の馴れ初め

開け放していた窓から風が吹き込む。夏とはいえ夜半に差し掛かると気温はぐっと下がり

遠くから虫の音が聞こえてきた。

私は空っぽのコップを片手に部屋から出ると、リビングへと向かう。

上手く寝付けなそうだし夏休みに入り大学もない。

荷物の整理などやることはあるけど、たまには夜更しもいいと思う。

 

リビングの灯りをつけ、対面式キッチンのほうへと回る。

冷蔵庫を開き麦茶が入ったボトルからコップに移し替えようとしたが、

なんとなく温かいものが飲みたくなり、電気ケトルをセットしてお湯が沸くまで暫し待つ。

 

電気ケトルを眺めながら、比企谷くんの家にお邪魔したときのことを顧みる。

三人で映画を見ていると、比企谷くんと一色さんは仲よさげにこしょこしょと内緒話をしていた。

映画の内容について話しているだけだし声が大きいかったわけでもなかったけど、

妙に気に障ってそんな二人の邪魔をするようなことをしてしまったと思う。

 

比企谷くんの部屋なのに、その彼に「しずかに」なんていってしまったり

睨んでしまったから、嫌な子だって思われてないかなぁ……。

 

でも胸がざわついてどうしようもなかった。

それで、少しだけ彼に触れたくなって、彼の頭にぺしんっとチョップをしてしまった。

触り心地が良くってそのまま撫でていたら、一色さんむっとした顔してたな。

それを見てちょっといい気分になるなんて、最低すぎる……

 

考えていると、お湯が沸く音がした。

そこで思案をやめ、お茶の用意をし湯呑に焙じ茶を注ぐ。

ケトルを置き湯呑に手を伸ばすと、不意にドアが控えめに開けられた。

 

「めぐり、まだ起きてたの?」

 

見ると、眠そうに目をこすっているお母さんが立っていた。

トイレに向かう途中、電気が点いてたから見に来たらしい。

 

「んっ、なんか眠れなくってね。お母さんもお茶飲む?」

 

「そうね。いただこうかしら」

 

「うん。焙じ茶でいい?」

 

「めぐりが和茶って珍しいわね。いつもは紅茶とかココアばっかりなのに」

 

「うん。たまにはね」

 

「そうなの? じゃあ私も焙じ茶、いただこうかしら」

 

「はーい」

 

手早くお茶を淹れ両の手に湯呑を抱えて、リビングのテーブルまで運ぶ。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

お母さんは湯呑を受け取ると、息を吹きかけてから口をつける。

私もお母さんの前の椅子を引いて座ると、同じように息を吹きかけてから口をつける。

それから暫くお互い無言のままお茶を啜っていると、お母さんが話しかけてきた。

 

「めぐり。あなた一人で向こうにいって、やっていける?」

 

「うん。大丈夫だよ、お母さん。行くっていっても二年だけだし、あっという間だよ」

 

「でも、年頃の娘が一人で、海外になんて……」

 

「同じ大学から五人行くからさ。その内二人は友達の女の子だし、まあなんとかなるって」

 

「でも……」

 

「お父さんはなんて言ってるの?」

 

「お父さんはね、めぐりが本格的に語学を身に付けたいっていうなら行かせてやれって。

でもね、やっぱり心配でしょうがないみたい。

お父さんの会社の海外支店で働いている山崎さんってあなたも知ってるわよね?」

 

「うん。ウチに何度か来た人だよね。すごく身体の大きい」

 

「そうそう。その山崎さん今ね、めぐりが行く先のエリアを担当してるらしくって

娘がそっちに留学するんで目を掛けてやって欲しいって頼んでたわよ」

 

「ちょっと、やめてよ、もー。子供じゃないんだから」

 

「何言ってるの。あなたはまだ子供よ。

それに、お父さんとお母さんにとっては、あなたはずっと子供」

 

「それは、まあ、そうだけどさー」

 

不貞腐れた私を見てお母さんは柔らかく微笑み

その微笑みに釣られて私も微笑んでしまう。

 

「ありがとうね、お母さん」

 

「お父さんにもお礼いっておきなさい」

 

「うん。明日朝いうね」

 

「そうね。お父さんも喜ぶわ」

 

「うん」

 

そうしてまた暫く無言でお茶を啜っていると、ふと思いついたことがあったので

お母さんに聞いてみることにした。

 

「お母さんはさ、どうしてお父さんと結婚したの?」

 

尋ねると、お母さんは驚いたような顔をして私を見てくる。

 

「どうしたの、めぐり。そんなこと聞くなんて」

 

「んっ、や、なんか、どうしてかなって」

 

「そういえば、お父さんとの馴れ初めって、話したことなかったわね」

 

「うんうん。お母さん。良かったら聞かせて!」

 

「そうねえ……。えっとね、私とお父さんがめぐりの通ってた総武高校の一回生だったことは

話したことあったわよね」

 

「うん。上級生が居なかったんだよね?」

 

お母さんは頷くと、当時のことを思い出すように目を細める。

 

「上級生も下級生も居なかったからかしらね。

同級生は皆仲良しで、とても和気あいあいとした感じだったわ。

でもね、その代わりというか纏まりがなかったのよ」

 

「纏まりがない?」

 

「そう。それと前例が全くないから、何をするにも手探りでね。

お母さん言ってなかったけど、初めての文化祭の時、実行委員長だったの」

 

驚いて声がでない。

そんな私を見てお母さんは微笑むと、お茶を一口飲み喉を潤してから話を続ける。

 

「それでね。今もそうだと思うけど、生徒会の人たちが文実のサポートをしてくれたの」

 

「それで、お父さんと出会ったの?」

 

「そうなの。お父さん生徒会で庶務をやっててね。それで当時の生徒会なんだけど

お父さん以外女の人ばかりで、なんか良い様に使われてたみたい」

 

思い出したようにくすくすと笑うお母さんを見ながら、温和だけど寡黙で照れ屋なお父さんが

女の子たちにちょっかいかけられて困っている姿を想像してみる。

そうして想像したお父さんの姿になんだかおかしくなってしまい

お母さんと二人でひとしきり笑い合うと、気になったことを尋ねてみる。

 

「それでお父さんに助けてもらって、こう、好きになちゃったとか?」

 

「そうねえ、一杯助けてはくれたんだけど……

なんというかすごく文句が多い人だったの、お父さんって」

 

「ええっ……あのお父さんが?」

 

「そうなのよ。今は殆どそういうことを口にしないけど、当時はねえ……

文句っていうか泣き言とか恨み言っていうのかしらね、あれは。

早く帰ってテレビが観たいとか働くと死ぬ体だから仕事したくないとか

ぶつぶつ言ってるような人でね。それでも、誰よりも働いてくれてたの」

 

あのお父さんが……意外すぎてちょっと想像出来ないなあ~

 

「ただね、めぐりが生まれた時に、お父さんこういったの。

『子供の前で不満を口にしたり態度に出ないようこれから気をつけるよ。

子供は親を見て育つって言うしな。不満ばかりこぼす子になって欲しくないからさ』って」

 

「まあそれを聞いたときお母さんね。『私にはいいのかよ』って思わずいちゃったんだけど」

 

「お父さんは、なんて答えたの?」

 

「ごめんなさいって謝ってたわ。それで『でも、聞いてもらえると嬉しい』って言うから

今でもたまに会社の愚痴とか聞いてるわよ」

 

お母さんは言うと、嬉しそうに微笑む。

愚痴や恨み言。どちらもあまり耳にしたくないことだと思う。

でもずっと一人で抱えているとその行き場のない感情が当人を苦しめる。

それをお母さんはわかっているから、お父さんのそれを聞いてあげるし

お父さんも他の誰にも言えないことを、お母さんになら話してるんだなと思うと

そんな両親の仲睦まじさが嬉しかったり羨ましかったりしてしまう。

 

「それでね。文化祭のときなんだけど」

 

お母さんが話の続きを口にする。意識をそちらに戻し、お母さんの声に耳を澄ます。

 

「みんなやる気はあるんだけど前例もないし纏まりもないから意見の食い違いが多くてね

揉め事が絶えなかったの。それで途中からは、揉めるために揉めるようになちゃって

全然作業が進まなくて……」

 

お母さんはため息を吐くと、手に持った湯呑を見つめる。

 

「それを見かねたお父さんが進捗会議の時に、みんなを怒鳴り散らしたのね。

揉めてる人も揉めてなかった人もみんなまとめて」

 

「そしたらね。お父さん一人が悪者になって、それでみんなが纏まって

そこからはみんなで頑張って、そのおかげで文化祭が滞りなく上手くいったの」

 

「でもお母さん、お父さんがなんでそうしたのか全然わからなかったのね。

みんなが揉めて人手が足りないとき、あんなに一緒に頑張ったのにどうしてって」

 

「それでお母さん、お父さんのこと酷くなじちゃってね。

結局、卒業するまで、お父さんと話をすることすらないままだったの」

 

あまりにも自分と彼の境遇と同じなので、その後どうなったのか気になった私は

前のめりになって続きを促してしまう。

そんな私にお母さんは苦笑しつつ、話の続きを口にする。

 

「そうねえ……。たしか大学に入って三ヶ月くらいしてからかしら。

たまたま立ち寄った本屋さんで、お父さんと再会してね。

お母さん、お父さんにあまりいい印象がなかったから軽く世間話をしてそれで終わるつもり

だったんだけど、話す内になんだか全然違う人と話してるような気がしてきたの」

 

「それで気になって、もっと話したくなって、色んな理由をくっつけて

お父さんと会うようになったのね」

 

「ちょうど梅雨時だったから、雨宿りとか理由をつけてね。

渋るお父さんを引っ張り回して、お父さんもなんだかんだて付き合ってくれてたから

それが嬉しくってね。多分それでお母さん、お父さんに一目惚れしたんだと思う」

 

「何度も会ってたのに、一目惚れなの? 惚れ直したとかじゃなく?」

 

「そうねえ。惚れ直すだと、惚れてないといけないじゃない?」

 

「まあ、うん。そうかも」

 

「お母さん、お父さんのこと、きちんと見ていなかったと思うの。

それでちゃんと見るようになって好きになったんだから、やっぱり一目惚れだと思うな」

 

「そかぁー」

 

「うん。だからね、今でもたまに思うの。

あの時、お父さんと再会していなかったら、お母さん今頃どうしていたんだろうって。

多分今よりずっと、幸せだなって思える事が少なかったんだろうなって。

今お母さんが幸せなのは、お父さんとめぐりが居てくれるからだしね」

 

「お母さん……」

 

「それでね。

お母さんが居る事で、二人がお母さんみたいに幸せだなって感じてくれるといいなって思うの」

 

私はそっと手を伸ばし、お母さんの手を握り締める。

 

「お母さん。私、お父さんとお母さんの子供で幸せだよ」

 

言うと、お母さんは泣きだしそうな、でも嬉しそうな表情を顔に浮かべた。

 

 




それでは次回で

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