やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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ゲームも飽きてきたのでまたバシっと書き始めようと思います。
自分で書いたのにどんなこと書いてたのか忘れて最初から読み直してみたら
文章が今よりもっと稚拙で、なんかいたたまれない気分になりました。

直してると直すとこしかないからいつまで経っても先に進まないので
とりあえず最後まで頑張って書き上げようと思います。


三人の子供

『こんばんは。比企谷くん』

 

『こ、こんばんはです。めぐり先輩』

 

声に緊張が出ないよう気を付けていたつもりだが、やはり少し上擦ってしまった。

すると俺の声が若干強ばっているのを感じたのか、先輩は慌てたように口早に言葉を続ける。

 

『ご、ごめんねー。その、急に電話しちゃって。

あのね、秒速の下巻のほうも読み終わったから比企谷くんとお話したいなって思ってさ。

ほんとはメールを送ろうとしたんだけど……。今日って確か勉強会の日だったよね?』

 

よく知ってるな、先輩。そういやこの前、一色が先輩に勉強会のこと話してたか。

 

『そうですね。明日、終業式なんで先輩も知ってると思いますが、今日は午前中だけ

授業だったんですよ。それで昼過ぎから夕方近くまで、一色と勉強してたんですけど』

 

『やっぱりそっか~。えっと、それでね。比企谷くんと一色さんが勉強を頑張っているのに

邪魔するみたいで悪いかなって思ってさ、我慢してたのね。その、メールを送るの』

 

『や、そんな気にしなくても』

 

『んっ、そういうけどさ、やっぱり気にするよ~』

 

『えっと、なんか気を使わせちゃったみたいで、すいません』

 

『えっ、やー、うん、なんかこっちこそごめんね。

まあそれでね、話したいこと一杯あるのになーって思って携帯みてたら

そこに比企谷くんのメールが来たから、わぁ~って思って、つい……』

 

先輩が言ってくれた言葉に、思わず口元が綻んでしまう。

そして緩んだ口からでた声は、自分の声とは思えないくらい明るくて弾んでいた。

 

『めぐり先輩。なんかその、色々と気にしないでください。

メールを送ったらすぐに電話が掛かってきたんで、少し驚いただけですから』

 

『あうっ』

 

あうって。やっぱり可愛いなこの人。

 

『ほんとに構いませんよ、めぐり先輩。気遣ってくれてありがとうございます。

えっと、俺も先輩と本の話したかったですし、こうやって話せて嬉しいです』

 

言うと、受話器越しに先輩がほっとしたような吐息を漏らすのが聞こえた。

安心してくれたのか、先輩はいつものほんわかした口調で柔らかな声を出す。

 

『んー、でも私、本の話だと長くなちゃうんだよね~

さっきまでね、あとで比企谷くんに送ろうってメールを書いてたんだけど

良さを伝えたくってあれこれ書いてたら、なんかすごく長文になちゃってさ~』

 

俺も俺も、俺もですよ! めぐり先輩。先輩ももしや五百文字くらいですか? 

でも長文だと『長い。三行で』って言われるんですよね。

そのわりに、ありがとうの一言で済む事を『お礼は、三行で』とも言うし悩みますよね。

 

などと思いつつ、そういや先週喫茶店で話したときも、身振り手振りを交えながら

一生懸命話してたもんな、この人。と思い出す。

なんか小さい子が学校であった事を母親に話してるみたいで可愛かった。

 

『いいですよ、先輩。聞きますよ。聞きたいですし』

 

言うと、先輩は弾んだ声で『いいの?』と尋ねてきた。

図書館で俺の話をちゃんと聞いてくれた先輩が、俺に聞いて欲しいといっている。

なんと答えるか? そんなのはもちろん決まっている。

俺は出来るだけ優しい声で『聞かせて欲しいです』と返事を返す。

 

『えへへ、ありがとう』と嬉しそうに呟く先輩の声に、心の中で『こちらこそ』と

返していると、先輩はさらに弾んだ声でなかなか風流な提案をしてきた。

 

『じゃあさ、比企谷くん。良かったらなんだけど、外でお月様でも見ながら話さない?』

 

先輩の言葉に、ちょっと驚いて時計を見る。時刻はもう夜の十時近くになっていた。

 

『えっ、今からですか? まあ、月を見るなら夜じゃないとあれですけど……』

 

『……いやかな?』

 

俺の言葉を拒絶と受け取ったのか、先輩はしゅんとした悲しげな声でいう。

 

『いや、じゃなくて、えっとですね。俺の方は全然いいんですけど

先輩女の子じゃないですか。こんな時間に外に出るのは……』

 

『私、結構夜中に外に出てるよ?』

 

えっ、マジで? めぐりん不良なの!? 繁華街で地べたに座ったりしてるの?

あれ汚いよね! と思って慄いていると、俺が想像したのとは少し違っていた。

 

『比企谷くん、覚えてるかな? うちのすぐそばに御宮があるの』

 

『そういやありましたね。

確か公園脇のちょっとした高台になってるとこ。急な階段が続いていたような』

 

『そこそこ! あそこね、お祭りで使うお神輿がしまってあるんだけど、建物の軒下が

縁側みたいになってるんだ。それでね、月が綺麗な夜なんかは、夜中に家を抜け出して

そこに座ってぼーっとお月見してるの。それで良かったら一緒にどうかなって思って』

 

『お月見ですか』

 

『ほら、今夜は月が綺麗だしさ』

 

携帯を片手にベットから立ち上がり窓辺へと向かう。

窓の外。見上げた夜空には雲一つなく、ぽっかりと浮かぶ月は

先輩のいうようにとても綺麗な満月だった。

 

月明かりに照らされて、夜空を見上げる先輩の姿を想像してみる。

うん、すごく良さそう。見てみたいというか、見なくては、と思う。

 

『じゃあ、先輩。俺で良かったらご一緒させていただいて良いですか?』

 

『うんっ、待ってるね!』

 

俺の言葉に、めぐり先輩は嬉しそうに明るい声で、そう言ってくれた。

 

 

× × ×

 

 

星空の下、暗い夜道を自転車で走り抜ける。

信号が赤になる。横断歩道の手前で自転車を止めると、信号が変わるのを待つ。

待ちながら、ふと考える。まさか自分が、こんな夜遅くに女の子と待ち合わせをして

会いに行こうとしてるとは。そう思うと不思議な気分になる。

昔。そうずっと昔には、そんな事をよく想像というか妄想していたものだが。

 

いつだって期待して、いつも勘違いして、いつからか希望をもつことをやめていた。

だから今回も、希望をもってもいないし期待ももちろんしていない。

それでも俺はこうやって先輩の元へと向かっている。

するべきこと、しなくてはならない事のために。

 

そして俺は、めぐり先輩と初めて出会った文化祭のことを思い出す。

今になって思えば、あの実行委員会には三人の子供がいたとおもう。

そのせいで文実は上手く機能せず、本来なら特に問題がなかったはずの運営に

支障をきたしたのだろうと思わずにはいられない。

三人のうち特に誰かが悪かった訳でも無く、それ以外の誰もが悪かった訳でも無く、

たぶん組み合わせが悪かったのだろう。

 

そして、その三人とは。

 

まず一人目は、相模南。

自尊心が強くすぐ勘違いして思い上がり、それでいて打たれ弱い。

周囲と自分を比べて蔑んだり劣等感に苛なさまれる、未熟で安易な子供。

 

たが体育祭まで通してみれば違った解釈もできる。

文化祭では、陽乃さんの賞賛を無邪気に喜び、それもあって雪ノ下の才能に

嫉妬してしまい、それと比べた自分のふがいなさを涙していた。

しかし体育祭では、めぐり先輩の誠実な評価に奮起し逃げても良いところを

逃げずに戦った。反省し成長することが出来る、素直な子供。

 

次いで二人目は、雪ノ下雪乃。

優秀な姉を見て育ちその姿に憧れて、姉と同じものを求め、

姉にないものに手を伸ばし、姉のようになろうと藻掻く。

文化祭のときにはその姉への強い対抗心から、本来の自分のやり方すら忘れ

体調まで崩してしまう、とても器用であまりに不器用な子供。

 

たが奉仕部の活動を通して色々な経験を積んだこと。

そしてなにより、由比ヶ浜の優しさに感化されたことによって姉の影を

追いかけることをやめた彼女は、これまでとは違った歩みを見せるだろう。

その才能に見合った心の成長を遂げた実直な子供。

 

そして最後に、比企谷八幡。

人の輪に入ることを諦め、人と関わることを拒絶し、人の気持ちを忖度せず、

人の立場を斟酌しない。人と向き合うことに恐れを抱く、臆病で我儘な子供。

 

そうして今でも。

あの時と同じような状況になれば、また同じような行動を取ってしまうであろう

変わらない変われない愚直な子供。

 

ただ一つだけ変わったところがあるとするならば

それは俺の行動をちゃんと批判してくれ、そして頑張ったことをきちんと感謝してくれた

先輩に対して、俺も同じようにしたいと思えるようになったこと。

 

すいませんでしたと謝罪を、ありがとうございましたと感謝を

きちんと先輩と向き合って、ちゃんとした自分の言葉で。

 

信号が青になる。ペダルを漕ぐ足に力を入れて、夜の町を先輩の元へと急ぐ。

もうしばらくすれば日も変わる。子供は寝る時間だろう。

だが、それまでの自分と違い人と向き合うことを決めることが出来た俺は、

多少なりとも子供の殻を脱ぎ捨てて大人になれたのだと思う。

 

そして、ほんの少しだけ大人になった俺は、もう少しだけ夜更かししても

良いのかもしれない。

そんな事を思いながら、これから会いにいく彼女も今見ていると思う、

夜空に浮かぶ月を見上げた。

 

 

 




次回タイトルは「月明かりの下」です。

それでは次回で。

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