夏の月 十三日
さて、また日が空いてしまったが、やはりこれにも訳がある。
ここ五日間、トウヤの悩みを解決するために、カノコタウンに滞在していたのだ。
トウヤのお母さんに並んで食事を作ったり、彼の思い出の場所を案内して貰ったり、忙しなくも充実した日々だった。日記を書く時間が取れなくても仕方がないと、そう思う。
うん。言い訳だ。
なんにせよ、そうやって過ごす内にトウヤは吹っ切れた顔をするようになった。やはり彼はそうやって真っ直ぐと前を向いている方が似合っていると思う。そう言ったら照れられた。こういうところは、まだまだ子供みたいだ。
それはともかく。
アララギ博士不在のため結局挨拶を交わすことが出来なかったのは残念だが、その他のやりたいことはだいたい済ませて、私たちはカノコタウンを出発した。もちろん、“そらをとぶ”を使ったのでセッカシティまでまたたく間に到着することが出来た。
セッカシティに到着して直ぐ、私たちはアララギ博士のお父さん、と名乗る男性に出逢った。彼はトウヤを見て陽気な笑みを浮かべると、片手をあげて近づいてきて握手を求めた。フレンドリーな人物のようだ。
ならば、と、私も挨拶をすると、わざわざ腰をかがめて目線を合わせてくれたのだが、自分の背の低さを再確認することになってしまい少しだけ目を伏せた。仕方がないと思う。
アララギさんは、きっと彼の街では先生のような立場だったのだろう。問題を出す教師のような口ぶりで、リュウラセンの塔について聞いてきた。
だが、私も一応大人だ。
トウヤが一生懸命答えを出してから自分の知識を伝えてあげようと、トウヤを待った。けれどどうやらわからなかったようで、恥ずかしそうに、けれど言い訳せずにわからないと告げていた。
今の子供は“それ”が中々できないから、彼は十分すごいと思う。
さて、それではお姉さんの面目を保たせてもらおうとアララギさんに答えを告げる。
……といっても、大学時代に習った内容に数少ない友人であるアカギと一緒に考察したことをねじ込んだだけの、論文試験だったらせいぜいA評価いくかいかないかぐらいの内容だったのだが、アララギさんは過剰なほど驚いて捕捉までしてくれた。
女性や子供にやさしい人なのだろう。紳士だ。
アララギさんからも捕捉で説明をもらってから、私たちはセッカシティのジムに挑むことになった。つるつると滑る床をトウヤとともに移動して、難なくジムリーダーの元へとたどり着く。ハチク、と名乗った彼は、普段は俳優をしている。私も何度かテレビで見たことがあったのだが、トウヤは知らなかったようだ。
ハチクは、氷属性のエキスパートだったのだが、イシュタルとゲノセクト――名前はまだ決めてない――で難なく撃破。ゲノセクトは背中のカートリッジを入れ替えると属性を変化させて攻撃できるようだ。本来はトレーナーがやらなければならないのだろうが、自分でやってくれるので非常に助かっている。
二人で撃破してジムを出ると、チェレンとベルに出会った。彼らもセッカジムを挑戦しに来たらしい。久々だったので、こうして出会えたのは嬉しい。
一言二言会話をしていると、ハチクさんも出てきた。が、ハチクさんは突然虚空に向かって「居るのは分かっているぞ」などと言い出したので一瞬電波な人かと思っていたら、何故か忍者が出現した。電気石の洞窟で色々言ってしまった忍者だ。とりあえず軽く会釈して曖昧にほほ笑んでみると、何故か肩をびくりと震わせて顔を逸らされた。ちょっと傷つく。
忍者たちはトウヤと一言二言言葉を交わすと、消えるようにいなくなった。話を要約すると、どうも友達を呼び出すのにも遠回しな言い方しかわからないN君が、忍者たちに頼んでリュウラセンの塔にトウヤを呼び出した、ということらしい。わざわざ父親であるゲーチス社長を経由して忍者に頼んでしまうあたり、初々しい。
寒い中待ちぼうけさせてしまうのも申し訳ないが、こちらもジムを終えたばかりで疲労がたまっている。今日はもう遅いから明日にしよう、今日はひとまず帰って休もうと提案したら、忍者たちも納得したのか、引いてくれた。
子供は風の子、とはいえ天気もよくないことだし、進んで嵐に飛び込ませる必要もないだろう。
なんにせよ、微笑ましい気持ちのまま、今日はセッカシティで体を休めることにした。最近はトウヤも一緒のベッドで寝ることに躊躇いがなくなってきたようだ。お姉さんには素直に甘えるべきだと思っているので、温かく見守ってあげよう。
追記。
久々に社長から連絡があった。夜に抜け出して宿の外で話さなければいけなかったので蒸し暑かったが、定時報告以外の連絡などいつ振りかわからない程なので渋々電話をする。
また遠回しなことを言ってきたので自分なりに噛み砕くと、どうやら本社を移動するから私も本社に出向になるかも、ということだった。この旅が終わってしまうのは寂しいが、私も社会人なのだから仕方がない。でも、ここまで来たのだから、できればジムバッチは最後まで集めたいが……まぁ最悪、有給とって一人で取りに行こう。
夏の月 陽炎の足音
――暗い部屋。ぼんやりと光を放つ液晶モニターの前で、ゲーチスは微かに笑う。モニターに映るのは、彼が長い年月をかけ慎重に作り上げてきた“城”の建築風景だった。
「八割、というところですかねぇ」
ゲーチスは進行度合いを示すグラフを見ながら、楽しそうに笑う。その笑顔はまるで、興味のある玩具を前にした子供のようであり、また、巨万の富を目前にした飢えた老人のようでもあった。
「王は玉座に、力は王錫に、王冠は――ここに。ククッ、あと、必要なものはただ一つ」
ゲーチスは楽しそうにそういうと、パチンッと指を弾く。するとゲーチスの背後に、音もなく影が降り立った。
「最後の仕上げです。彼女のすべてを見極め、報告しなさい。アナタたちの主観で構いません」
「ハッ」
三つの影は、ゲーチスの命に従う旨を示すと、その場から掻き消えた。
ゲーチスはそんな己の忠臣たちのことなど気にするそぶりも見せず、笑みを深めたまま椅子の背もたれに深く背中を預ける。
ゲーチスの眼前。纏められた書類。ようやく洗い出すことができた、彼女に深くかかわる存在の経歴がそこに綴られている。
「ククッ、まさかこんなモノが出てくるとは、ねぇ?」
ゲーチスが調べ上げ、何度も何度も目を通した書類。その紙面にはこう、綴られていた。
『
ナナシ・アル調査報告書。
製薬会社no-nameに就職後、直ぐにシルフカンパニー開発研究室にヘッドハンティングされる。
その後研究室が謎の爆発。開発部のメンバーは解散。
ナナシ・アルはその数か月後、カントーのポケモンジム事務員に就職。
就職の十日後より経歴抹消の痕跡有。
最終経歴のポケモンジムは、トキワジムだったということのみ判明している。 』
経歴抹消という一文以外は、とくに問題がないように思えるその報告書。だが、裏のものが見れば、経歴抹消という一文など些事に過ぎないということに気が付くことだろう。
トキワジム――ジムリーダー・サカキ。その名を知らぬものはいないとまでされる巨悪。史上最悪の秘密結社のボスと言われ、表の世界でも裏の世界でも実力者であり続けた男の名を知らぬものなど、いるはずがないのだ。
「元最強のジムリーダーにして、最高峰の秘密結社と呼ばれたロケット団のリーダー。その配下となった男が、娘として己の籍に加えた少女」
――ここまでピースがそろえば、その正体はおのずと見えてくる。
未だに正体の掴めない母親。
ロケット団とシルフカンパニーで猛威を振るった男。
血のつながりなどあるはずがない経歴なのに、調べ上げた男の容姿とよく似た髪色。
ポケモンの存在を無条件で受け入れ、ポケモンに忠誠を誓わせるカリスマ。
――そして、ロケット団の代名詞とすら呼ばれた研究。“人工ポケモンの開発”。コードネーム……“ミュウ=Ⅱ”。
「く、くくく、くっ、ハハハハハハハッ」
実のところ、ダークトリニティに調べさせることなどもうない。だがゲーチスは最後に、確認がしたかったのだ。
調べ上げた彼女の、イルの器が、ゲーチスの掌から零れるほどのものであるか、否か。ゲーチスの手で掌握できる器ならば、それでもいい。利用しきるだけだ。だが、もしも、ゲーチス程度では把握などできるはずもない器を持っているのならば、その芽はわずかに残った“計画とん挫の可能性”なんかよりももっと大きな力のうねりを己にもたらす事だろう。
暗い部屋で、ゲーチスは笑う。ただただ、振って湧いた運命という名のアンノウンに感謝するように、大きな声で笑い続けた。
――†――
笑い声が響くゲーチスの部屋を背に、ダークトリニティは闇を走る。
「名無し、か」
ふと、一人が呟く。三人の中でもリーダー格の男だ。彼の声は小さかったが、思いのほかよく響いたようだ。以前、イルに相対した女のメンバーが、首をかしげながら顔を上げる。
「どうした?」
「いや、名無しであり“在る”者と、名無しであり“得る”者の娘の名前が、名無しであり“居る”者、なのだろう? いったい、どのような意味が込められているのかと、ふと、気になっただけだ」
「ナナシ・エル……ナナシ・イルの母親……か」
いつも寡黙な男、彼らの最後の一人が呟く。
完全に情報が隠ぺいされた家族。新しく多くの情報が手に入った父親にしても、まだその半生が判明していない。そんな二人の娘とされたあの少女は何を抱えて生きていたのだろうか。今さらながら、男はそんなことが気になった。
「アレがなんであろうと、関係ない。私たちは任務を遂行するだけ」
「そうだ……我々は……ただ、恩のあるゲーチス様のために」
「ああ、そうだな。わかっている」
男はそれきり目を伏せて、それからゆっくりとイルの居場所を感じとる。闇の中に輝く、燃え盛る太陽。ただ誰もかれも問わず無慈悲に、慈悲深く他者を葬り去る浄化の火。その力強い気配を、掴む。
「跳ぶぞ」
『応』
あの実験施設で……ロケット団によって手を加えられた体。数多くの仲間たちを犠牲にして作り変えられた肉体と精神。人の身でありながら行使できるように“調整”された力を用いて、ダークトリニティは空間を跳躍する。
そうして降り立った先は、今後、Nが使用する予定の塔の前だった。
「気配を殺せ。会話を記録するぞ」
返事はなく、ただ、行動だけが返ってくる。
男は仲間の力に乱れがないことを確認すると、“アララギ”という男と並び立つイルとトウヤに意識を向けた。
「――ところでおまえさん、リュウラセンの塔を知っているかね?」
世界的に有名なポケモン生態学者であるアララギが、トウヤとイルに質問をしているところだったようだ。その優しげで穏やかな眼差しは、黒板の前で教鞭をとる先生のようにも見える。
どうやらアララギは、トウヤとイルの知識を試しているようだ。
「うーん……聞いたことは、あるんだけど……ごめんなさい」
「はっはっはっ、無理もない。観光名所ではあるが、一般人は指導員が付かない限り入ることができないような場所だ。調べでもしなければわからんよ」
トウヤの答えに、アララギは気を悪くした様子でもなく、そう言った。それから彼は、イルに顔を向けて「君はどうだ?」と問いかける。
「少しなら」
「ほほう? 聞かせてもらっても構わないかね?」
「ええ」
イルはそう、抑揚のない表情で頷く。
世界的な権威を前にしても、世界征服をもくろむ組織の長を前にしても、イルは態度を変える姿を見せない。まるで地位や人種、種族さえも垣根なく“平等”と捉えているかのような超然とした態度に、ダークトリニティの男は心のどこかで警報を発していた。
もしかしたら、主たるゲーチスはイルの器を図り違えているのではないか、と。
「リュウラセンの塔は、イッシュが現在の形になるよりも遥かに昔に建造されたと思われている。太古の時代、人々はポケモンを神として崇めていた。リュウラセンの塔はそんなポケモンたちに人々が謁見するための聖域の一つだった」
「一つ? ということは、ほかにもあるの?」
「トウヤ……。ええ、そう。例えば、ホウエン地方の“空の柱”や“砂漠遺跡”。あとは、ジョウト地方の“アルフの遺跡”なんかもそうね」
「ふむ……あとは、カントー地方の“アスカナ遺跡”なんかも、同じ時期の遺跡だね」
アララギが、イルの答えに驚きながらも、動揺することなく告げる。するとイルはこくりと頷いて見せた。
「古代、神であるポケモンと人間は平等ではなかった。近代に入りポケモンは人間に従えられる存在となった。今は、共存の方法が強く考えられている」
「ああ、そうだね。ポケモンを一方的に縛り付けるのではなく、モンスターボールの中でありながらも共存し、仲間になろうという試みは進められている。ポケモンの住みやすい空間をモンスターボールの中に作ろうとしたゴージャスボールの作成なんかが、良い例だね」
「そっか……みんな、そうやって考えているんだ……」
イルと、それからアララギの話を聞いてトウヤはどこか嬉しそうに頬を綻ばせている。けれど、身を隠しながらその話を聞くダークトリニティにすると、イルがそれを語る様子には、違和感しか覚えなかった。
彼らは、当然のことながらゲーチスからイルの話を聞いている。その中には、イルの“面接”での話も含まれているのだ。
そう、ゲーチスによって、「ポケモンとはなにか?」と聞かれた時のイルの答えもそれに含まれている。
『ポケモンとは、ただ在るものと存じます』
ただ在るもの。
それは支配でなく。それはへりくだりではなく。それは平等ですらない。
だからだろう。影からイルの言葉を聞く彼らは、イルの“語り”がこれで終わりではないのだろうということを、直感していた。
「――故に、運命は螺旋する」
「……?」
続けられた言葉に、アララギは言葉を待つ。
懐かしむような瞳に、トウヤは首をかしげる。
濃密に変化した気配に、“彼ら”は思わず、息を呑む。
刹那にして、“場”がイルに支配されていた。
「人間の歴史は、常に螺旋してきた」
――歌うように。
「支配の次は反逆、反逆の次は平等、平等の次には崩壊があり、支配が始まり反逆し平等になる」
――嘆くように。
「リュウラセンのリュウとは流、リュウラセンのラセンとは螺旋。運命の流れを監視する塔」
――憎むように。
「リュウラセンとは、螺旋の龍。伝説の神々が姿かたちを、在り様を変えながら人々を見守る箱庭の監視室」
――祝福するように。
「止まらぬ運命。降りかかる宿命。成し遂げ続けなければならない使命」
――まるですべてを呑み込むように。
「そう……誰かが成し遂げるまで、変わらぬ時を螺旋する、運命の塔」
――イルは、語り終えた。
しん、と空気が凍結し、静まり返る。
いったい、どれほどの時間がたったことだろうか。ダークトリニティは、額から流れた汗が手の甲に落ちた衝撃で、辛うじて目を覚ました。
「世界征服? ポケモンの平等? ――アレが、そんな生易しいものであるはずが、ない」
ダークトリニティのリーダーたるものが、任務に私情を挟むことなど許されない。そうわかっていても、男は、呟かずにはいられなかった。
プラズマ団の暗部として人間の暗がりと深淵ばかりを行き来していた彼らといえど、こんなにまで“空虚”な欲望を見たことがない。そんな風に戦慄させるのに、ふさわしい内容だった。
「それ、は、君の持論、かい?」
「ええ、そうです。お耳汚しを失礼いたしました」
「いや、いいよ。興味深い話だった。今度、じっくりと聞かせてくれないかい?」
「ええ、もちろん。このような不確かな考察でよろしければ、喜んで」
イルが丁寧に頭を下げたことで場の空気が霧散し、ようやく元の雰囲気が戻ってきた。ダークトリニティたちもこの時になって漸く、心を持ち直す。
「報告を急がねば」
普段は寡黙な仲間が口早にそう告げるが、男はそれに、首を横に振って妨げる。
「まずは、ゲーチス様からの言伝を彼らに伝えるのが先だ」
「だが……! いや、そうだな……すまない……気が、急いていた」
だが、男とて気持ちは同じだ。仲間を止めるということで辛うじて保たれた理性を繋ぎ止めるように、より深く気配を沈め、イルたちの後ろにつく。
最早この運命という名の螺旋は止めることができないのではないか。ダークトリニティは皆共通して、予知めいた予感を覚えるのであった――。
――†――
「『――以上を持って、ナナシ・イルの報告を終える』か……なるほど」
無事に任務を終えたダークトリニティによってもたらされた報告を、ゲーチスは満足げに眺めていた。報告書の最後は、イルの危険性について一言加えられているが、とくにゲーチスの興味を引くことはない。
「くくっ、これで確定しましたねぇ。もしかすると、彼女はワタクシの味方ではないかもしれない。けれど少なくとも、“彼ら”の味方には、なり得ない」
これまで、世界が危機に瀕する度に、幾度となく救世主が訪れた。
救世主たちは平凡な出生から偉業を成し遂げ、迫りくる闇を打ち砕き、世界に平和を呼び続けてきたのだ。
例えば、赤き衣を身に纏いロケット団を壊滅させた少年。
例えば、その三年後に復活したロケット団を潰した少年たち。
例えば、世界地図を塗り替えようとした二大組織の野望を妨げた、少年と少女。
例えば、己の力で、新世界の創造主になろうとした男の野望を打ち砕いた少女。
彼ら彼女らは変わらず、ポケモンをパートナーや友達、家族として扱い世界を平和に導いてきた。
だがそんな彼らに信頼されながらも、イルは、そんな彼らとは一線を画する。そのポケモンに対する在り方はむしろ、ポケモンはパートナーでも道具でもなく己の力であるとした男――ギンガ団のボス、“アカギ”に似た考え方だ。そんな彼女が“正義の味方”の側につく姿など、ゲーチスには想像できなかった。
「さて、ここまで来れば大詰めですねぇ。そろそろ、彼女のための舞台を用意せねばなりません」
野望が叶うのならばそれが一番だ。
だがここまで慎重に計画を進めてきたゲーチスが、最後の最後で気を抜くことなどしなかった。
もしも、己の野望が叶わなかったとき、世界は己に牙をむくことだろう。そうして破滅に追いやられた悪の先達たちを、ゲーチスは蔑ろにすることなどできない。だからこそ、彼らから何も学ばずに計画を始めることなど、しないのだ。
「世界がワタクシに牙をむくというのなら、その世界そのものを変質させてしまえばいい」
ゲーチスは、そう言いながら立ち上がる。
己が世界に負けたとしても、決してそれだけでは終わらせない。確実に今ある世界を打ち砕くために、ゲーチスは猛毒になるかもしれない花を掴みとることを、決意した。
「彼女の拠点については、お任せしますよ――我が友よ」
ゲーチスの声に呼応するように、彼の背後から落ち着いた声が響く。
「ええ、良いでしょう。例のアレは必ず間に合わせますよ、我が友よ」
ゲーチスは声の返答に満足すると、ゆっくりと歩き出す。
その顔には、狂気と欲望にまみれた笑顔が、理性という仮面の下で渦巻いているのであった。
世界はもう、止まらない。
望む望まないに限らずに、世界は運命という名の螺旋に呑み込まれていく。
今はただ、決壊への足音を静かに響かせながら、ゆっくりと世界は回っていった――。
――了――
副題「ゲーチスのフラグ立て」
今回は主に助走回です。残るバッヂもあと一つ。物語も終盤ですね。
しばらくトウヤ視点はお休みで、他者視点中心に物語を展開していこうと思います。
それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました!
次回でまた、お会いしましょう!