「・・・・・・じゃあ、僕はここで」
「はい・・・・・・・今日は楽しかったです」
分かれ道で僕たちは別れる事になる。本当は家まで送るのが安全上は好ましかったのだが、彼女はそれを遠慮した。そこまでの手間はかけられないらしい。
「僕も楽しかったよ。じゃあ、また」
僕は踵を返そうとする。
ーーと。
「待ってください!」
突如、彼女は叫ぶ。
「・・・・・・・どうしたの?」
僕は振り返る。彼女の頬は赤く染まっていた。走ったわけでもないのに、呼吸が荒かった。酷く緊張している様子だった。
「初めてあなたに助けて頂いた時から気になっていたんです・・・・・・・・その、今日一日、一緒にいてさらにその想いは強くなりました。私にあなたの心の透き間を埋める事ができるかはわかりませんが、そのーー」
その続きは聞くまでもなくわかっていた。
「わ、私とおつき合いをして頂けないでしょうか?」
ーーと。
『い、いいんですか!? 友利さん! 乙坂さんをとられてしまいますよ!』(柚咲の声)(肩を揺すられ、頭が上下運動する音)
『だ、だからなんなんですか! とるとかとられないとか!』(友利の声)
『しっ!お二人ともお静かに、尾行が気づかれてしまいます!』(高城)
物陰から声が聞こえてくる。
いや、気づかれてないともで思った? モロバレだったんだけど。
ともかくこの場は連中に関しては無視しよう。
「こほん」
僕は咳払いをする。
「白柳さん、君のその気持ちは正直言って嬉しい」
「え? それはーー」
「だから、僕は君に対して誠実じゃなければならないと思う」
僕は告白する事にした。能力に関しては伏せなければならない。だが、他の全てに関しては。
「まず、僕は勉強ができない。頭もそんなによくはない。進学校に入ったのもカンニングをしたからだし、成績がトップだったのもカンニングをしたからだ」
「え?」
「それだけじゃない。君と知り合うきっかけになったトラックの事故。あれは僕が起こしたんだ。一歩間違えば大惨事になるかもしれない。ただ、君に劇的な出会いをし、君の気を引く為に起こした茶番劇だったんだよ」
「そんな、どうやって?」
「詳しくは話せないが、僕はそういう事ができるんだよ」
僕は続ける。
「ついでにいえば、君に接触したのも、君個人に惹かれたわけじゃない。君は学園のマドンナだったから。そのステータスが欲しかっただけなんだ。はっきり言えばオブジェみたいなものさ。僕は単に、僕の自尊心を満たす為だけに君に近づいた。君を物かなにかのようにしか見てなかったんだよ」
「・・・・・・・そんな」
「軽蔑したろ? これで僕を好きになる理由なんてなくなった。僕は君が告白するに足る人間じゃないんだよ。それがもうわかっただろ・・・・・・じゃあね。まあ、僕の本性を知って二度と会おうとは思わないだろうけど」
僕は今度こそ会う事はないだろうと思い、踵を返す。
ーーしかし。
僕の腕は強い力で引き留められた。
「なんで引き留めるんだよ。馬鹿なのか君は。僕が君にわざと嫌われる為に、嘘をついたとでも思ってるのか?」
「いえ、そうではありません! 乙坂さんの言っている事は本当の事なんだと思います」
「だったらどうして引き留める?」
「かつての乙坂さんはそうだったかもしれません。ですが、今の乙坂さんは違うはずです。今日一緒にいてわかったんです。今の乙坂さんは、昔の乙坂さんではないと」
「全てを知った上で僕を受け入れようっていうのか?」
「・・・・・・・はい。私ではあなたの側にいる事はできませんか?」
白柳さんは俯いて聞いてくる。
普通であれば、これ以上ない申し出だった。まさか、僕が全てを告白した上で彼女が受け入れてくれるとは夢にも思わなかった。
そう。普通であれば彼女の申し出を断る理由はない。これからきっと幸せな毎日が送れる事だろう。誰もが羨むような幸せな毎日が。
「それは・・・・・・・・」
瞬間。僕の脳裏に浮かんだのはあの日の事。僕が人の道を踏み外そうとしていた時、手を差し伸べてくれた彼女。
ーーそして、あの日オムライスを作ってくれた彼女の事だった。
「白柳さん。正直、君の気持ちは嬉しい」
「それはどういう・・・・・・意味でしょうか?」
彼女は期待と不安が交錯したような表情になる。
「・・・・・・・だけどごめん。君の気持ちには応えられない」
「それは・・・・・・・どうしてですか? 私にはそんなに魅力がないから」
「いや、君は魅力的だよ。間違いなく。だけど、僕が前に道を踏み外そうとした時、支えてくれた人がいるんだ。今はその人の事を僕は気になってる」
「・・・・・・・・そうですか。でしたら仕方ないですね」
彼女ーー白柳さんは大人しくその手を引いた。
そして、深く深呼吸し、その後笑顔になる。もしかしたらそれはただのやせ我慢の作り笑顔だったのかもしれない。
「告白してすっきりしました。乙坂さん、今日は一日おつき合いありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
「それでは、今度こそ失礼します」
彼女は振り返り、帰路につく。もしかしたら泣いていたのかもしれない。だけど、その表情は見えなかったし、覗き見るような趣味もない。
ーーさて。
「お前達、いるんだろ?」
僕は物陰に声をかける。
「はわわっ!」と柚咲。
「・・・・・・・まさか、気づかれましたか」と、高城。
「・・・・・・・・さぞかし面白い見物だったろ?」
「そんな、人の恋路を見せ物のように面白い半分で冷やかすなどと・・・・・・いや、実際見物でしたが」と、高城。
「どうしてなんすか?」
と、友利。
「どうして? って」
「なんで彼女を袖にしたんですか?」
「・・・・・・・・他に好きな奴がいるからだ」
「その人は彼女みたいに可愛くない、可愛げのない奴じゃないんですか?」
「・・・・・・・かもな」
「それに、その人があなたの事を好きになるとは限らないんじゃないんですか?」
「その通りだな」
「・・・・・・・それでもあなたは、その人の事を好きなんですか? 好きでいられるんですか?」
「・・・・・・・多分な」
「全く、呆れた人ですね」
そう、友利は溜息をつく。
「ともかく、今日のところは帰ろう」
僕はそう切り出す。人の告白を断るのも、あまり気持ちのいいものではなかった。
「そうですね・・・・・・私たちも帰りましょう」
そう、友利は言う。
こうして僕達もまた、帰路についた。
続きは同人誌の方でという事で以降よろしくお願いします。